249日目 エルネギー(3)
VRゆえのリアリティやエフェクトの細かさ、多様性ゆえ、一見視覚情報は豊富で複雑に思える。が、なるほど確かにこれは一種の“ビデオゲーム”なのだ。
私にとって雲上人であるネギさんのプレーだって、そこにはシステムとルールに基づいて効率的に構築されたと思しき“規則”が存在している。
彼は何か凄腕の妙技を披露しているというよりかは、自分が出せる、且つ私に対する最適解コマンドを打ち込んでいるに過ぎないのだった。
例えば、大太刀の最強アビリティ【居合】が打ち出される前は、数秒本人が無防備になる。それで必ずと言って良いほどスキル【無効化】が繰り出される。
無効化は対象者が発動しようとしていたダメージスキル若しくはアビリティを、その名の通りキャンセルさせるハイスキルである。
また大太刀のコマンドは他のものも、大ダメージを与える代わりに隙が生じる、という技が多い。ネギ氏はそこをもう一つの護身具・脇差でカバーしている。
防御のち大技、大技のち小技で牽制。大体その2パターンだ。
実は選択肢はそれほど多くはないんだな。護身具アビリティとスキルのやり繰り、ほぼそれに尽きる。
そう分かってからは、対人戦への緊張もかなり薄まった。何てことはない、根本はオセロも麻雀もきまくら。も変わらないのだ。
もっともだからと言って私がネギ氏の動きに対応できるかっていうと、それとこれとは全く別問題なんだけどね!
そんなこんなで私がネギ氏に虐められてる間に、時間はいたずらに過ぎていく。
しかしリスポーンを繰り返す内、少し不思議な変化もあった。エルネギー氏が私を迎え撃つ場所が、徐々に後退していったのだ。
私を適当にあしらってる間も、彼はどこか後方を気にしているような素振りがあった。そして五度目のリスポーン、そろそろタイムリミットも間近という頃合いで、ついに島の奥の建造物――――彼が建てた拠点と思しき一軒家が確認できるまでになる。
そこで私は合点がいった。
――――――そうか。
彼はまだ、捨てきれないでいたんだ。私が独りではない、仲間がどこかにいる、という読みを。
そして警戒した。私がネギ氏を引き付けている間、誰かがチェスピを壊してしまうという事態を。
それでここまで後退してきたってことは恐らく、チェスピの保護を優先しようとしたということ。つまりこの近くのどこかに、チェスピースが隠されているということ。
未だネギ氏をぎゃふんと言わせるような一撃は打てていない。最後の最後、何とか爪痕を残せやしないだろうかと私は考える。
だってネギさんたら、私をメタった装備に一縷の隙をも見せないアビ・スキ構成と、私が嫌なことばっかしてくるんだもん。ゲームしてるっていうのに全然気持ちよくさせてくれないんだもん。
もー、フラストレーション溜まりまくりだよ!
そんな私の脳裏に、ゾエ君の言葉が蘇る。
『あんま変なことはしてこないんで俺的にはやりやすいです』
変なこと――――――そっか、変なことすると相手はやりにくいって感じるのか。そして多分それは、対人慣れした遠征ガチ勢なら尚のことそうなのだろう。
これはシステムとルールに支配されたゲーム。選択肢は限られている。
“ティアワン”は無限にあるわけじゃない。強い行動と相手の強い行動への対策も覚えて身に着けるというのが、きっとランクを上げる一番の近道なのだろう。
ネギさんは恐らく、そんなふうに効率を優先して物事に取り組むことのできる、要領の良い人。そうやって強くなっていったプレイヤーだ。
では、器用で頭の良い彼の前で、私がいきなり変なことをやったらどう思うだろうか?
こいついきなりとち狂ったな。きっとそうは思わない。
それは、私が独りで勝負を挑んでいることに未だ疑問を感じているらしき彼の態度からも察せられる。
彼は――――――。
「――――――デスペルタドオオオーーーール!!」
私はネギさんが防御の構えを取ったところで、できるだけ大袈裟に傘を振り上げ、できるだけ大袈裟に叫んだ。直後、「ジリリリリリリ!」と古き良きタイプの目覚まし時計のベルが鳴り響く。
言っても耳を劈くほどの大音量なわけじゃない。きまくらゆーとぴあ。はプレイヤーの健康と快適なゲームプレイにきちんと配慮して作られております。
このスキル【デスペルタドール】は、状態異常[眠り]を解除する広範囲スキルである。なかなか使いどころがなくって、今までずっと眠らせていた技だ。
そんなものをここで放って何の効果があるのかって? 何の効果もないよ!
でも彼は、要領が良くて頭の回る彼は、きっとこう考えるはず。
――――――何か意味があるはず、と。
案の定、身を強張らせ警戒を強めたのが、傍目から見てもよく分かった。
しばし私の振り上げた傘に釘付けになっていたネギ氏の視線は、やがてはっきりと動く。迷うことなく、家屋の脇、自然な様で並べられた樽の辺りに定まる。
なるほど、そこにあるんだね。
次の瞬間、私は地を蹴った。樽のほう目がけて。
そして後ろで「ちっ」と舌打ちが聞こえてきたところで、急ブレーキ。振り返りざま、傘を一閃。
彼の幻性シールドには大きな傷跡が刻まれ、驚愕に見開かれた双眸はこう語っていた。
ぎゃふん!!
ま、私の妄想ですけどね。満足!








