248日目 宣戦布告(4)
それにしても、陸に上陸してからというもの周りからの視線をちくちくと感じるのは気のせいではないはず。
なんか【ヒメカゲタイジュ】遠征のときのことを思い出すなあ。見られてる感覚に顔を上げれば、ぱっと目を逸らされるのも同じだ。
そんなふうに居心地の悪い思いをしながらも、待ち合わせの“小屋”が見えるところまでやって来る。しかしそこで私は驚いて立ち止まった。
冷ややかな眼差しのリンちゃんとひらひらと手を振るゾエ君に、ではない。二人の後ろの、私が最初に建築した小屋の窓ガラスが、明らかに破壊されていたからだ。
ぱっと見異変があるのはそこだけのようだ。しかしひと一人は余裕で通れるくらいの大きな窓であるため、結構目立つ。
瞬間的に覚えたショックは小さくなかった。
……でも、一拍遅れて納得もする。知らない人が沢山侵入しているこんな状況なのだ、十分起こり得ることである。
入場を許されたプレイヤーは拠点内の物を自由に動かしたり持ち出したり、こうやって壊したりもできちゃうシステムになってるからね。
ゆえに私は入場制限をかけていたわけで、何かの拍子にそれが解かれてしまったらしき今、イタズラするひとが一人二人いたっておかしくはない。
まあ、あの小屋はどの道壊す予定ではいたし、ささやかな不愉快さはあるものの肩を落とすことではない。私は気を取り直し、リンちゃん達に近付いた。
彼女はむすっとした顔で私に語りかける。
「何が起こったか、さすがにもう分かった?」
……え? うんと、何の話だっけ。
あ、そうだそうだ、巨人の鐘同盟さんがうちに宣戦布告したっていうあの変な表記バグの話か。
なんかここに来るまでにも色々妙なことが起こってるもんで、そもそもリンちゃんが何で怒ってるのか頭から抜けちゃってたよ。
それで………………あれ? それでリンちゃんって、何で怒ってるんだっけ?
視線を泳がせながら問うと、リンちゃんは般若の形相に変じた。
「だから! バグじゃないの! 同盟に宣戦布告されて、あんたの拠点は襲撃されてたの! ついさっきまで!!」
青く広がる空に、リンちゃんの怒声とゾエ君の笑い声が高く高くこだました。
【宣戦布告】――――――それは秘境エリアにおいて、誰かが占有している拠点を乗っ取る、若しくは占有権を剥奪するための手段である。リンちゃんはそう語った。
他プレイヤーの占有地に対してこの選択肢を選ぶと、まず相手方に「宣戦が布告された」との通知がいく。するとその五分後に対象の拠点は開放される――――つまり襲撃が可能になるそうだ。
襲撃イベントのタイムリミットは十五分間である。そして制限時間内に拠点の【チェスピース】を破壊すれば、相手プレイヤーの区画占有権は失われる。
その一連のくだりがつい先ほど、私の占有地に対して行われたのだと、リンちゃんは説いた。
「そんな……そんな機能やルールがあるなんて、聞いてないよ! 運営の告知にも書いてなかったよ!」
「告知はまあ、そうね。きまくら。その辺、不親切なとこ多いから。でも誰かの占有地にぶつかったとき選択肢に出てきたでしょ、『宣戦布告する』ってやつが。そこで何だろって疑問に思わなかったの?」
「えっ、そんな選択肢出てきたことないよ?」
胸を張って答えると、リンちゃんとゾエ君は顔を見合わせる。一拍置いてゾエ君は「ああ」と合点がいったふうに呟いた。
「ビビアさん、2,000GP持ってないんじゃね」
「2,000GP? 持って……ないねえ」
「……あーね。そういえば【パイオニア】称号持ってない人も選択肢出ないんだっけ。そもそもブティが宣戦布告できる立場にいないから表示すらなかったんだわ。それでもここに来るようなレベル帯の人はみんな知ってるようなもんだと思ってたけど、あんただいあり。とか談話室で情報取り入れたりもしないもんね」
どうやら宣戦布告を行うには条件があって、2,000GPとパイオニア称号が必要らしい。称号は兎も角として、所持しているGPが届かなかった私には選択肢すら表示されなかった、と。
二人は納得顔だけど、結局「大体私が悪い」みたいな方向に持っていかれてるかんじなのが不服である。
いやまあ情報弱者であることは認めるけどさあ。っていうかゲームを楽しむために意図してそうしてるとこもあるから、これに関してはあんま言い訳もできないけどさあ。
にしたって「秘境で拠点持てますよ!」って告知だけしといて、「襲撃される可能性もありますよ!」って注意喚起はしてくれないだなんて、意地悪じゃないですか運営さん。
「意地悪には違いないけど、拠点争奪戦イベントで使われたチェスピやチェスボが登場した時点で、大抵のきまくら。プレイヤーは『あっ、察し』ってなるもんなの」
「注意喚起といえば、一応秘境エリア入る時点でアラートは出てましたしね~。こっから先のご利用は自己責任で、みたいな?」
ぐ……そこを突かれると反論しがたい。思い出されるのは、この二つのアイテムを目にしたときの竹さんとマトさんの反応である。
『拠点争奪戦に使われたアイテムが、新エリア開通に伴う報酬……なんだか戦の匂いがするのは気のせいかねえ』
『いや、俺思ったんですよね。あのイベントシステムめちゃおもろいし、期間限定人数限定の試合だけにとどめておくの勿体ないなって。てか評判よかったろうし、マッチクエのこれまでの発展とか考えると、運営が使い回さないはずないよなと』
彼等の予感はまさしく正解だったようだ。
そしてゾエ君の言う通り、秘境エリアに入場する際現れた「ここから先は未開拓エリアなので自己責任でよろ」みたいな警告文、あれ、こういう事態についての同意書的意味合いを含んでたんだろうな。
どこの国にも属さないってことは要はこのフィールド、無法地帯のようなものなのかもしれない。
ここはほのぼのクラフトゲームきまくらゆーとぴあ。、されどただのほのぼのクラフトゲームではないきまくらゆーとぴあ。
そうか……あんなにおい立つメッセージが現れた時点で、一流のきまくら。プレイヤーは警戒レベルをマックスに上げるものなのか……。見習うべきなんだろうけど、見習って訓練されてしまうのも何だかヤだなあと思ったり思わなかったり。
と、宣戦布告というシステムについて理解してきた私であるが、その災いが自身に降ってかかったということにはまだ実感が持てていない。
二つの強い疑問が残るからだ。
“なぜあの人達が?”という点と、“なぜうちに?”という点が。
「巨人の鐘同盟って、あの巨人の鐘同盟なんだよね? そんな有名でゲームも上手い人達が、わざわざうちの拠点を狙ってやって来た意味が全然分かんないんだけど。変わってるとこといったら光る実のつく樹くらいで、他はその辺の区画とおんなじなのに。占有されてない土地だってまだまだいっぱいあるのに」
「その『光る実のつく樹』が問題なのよ。ブティ、やっぱりあれの重要性にも気付いてなかったのね。まあ気付いてたら、小心者のあんたはこんな場所選ばなかっただろうけど」
「『重要性』ってことは……ただキレイとかそーゆーんじゃなく、ゲーム的に価値があるってこと?」
勿論。リンちゃんは頷いた。
曰く、あの美しい木は【ネビュラツリー】と言って、その木が稀にアイテムとして落とす実のことを【ネビュラキャンディ】と言うらしい。
このネビュラキャンディという果実こそ、きまくら。ガチ勢が喉から手が出るほどに欲しがっているアイテムだというのだ。
ネビュラキャンディを入手するには条件があって、まずコマンド若しくは実際の動きで[木をゆする]こと。
システム上この行動判定がでるのは、一プレイヤーにつき一日一回限りらしい。で、さらにその限定的なチャンスでネビュラキャンディが落ちるのは数割の確率とのことだ。
なるほどだから私はそんなアイテムの存在を知らなかったのだなと、その点は納得である。
木をゆすって実を落とすのはきまくら。採集においてよく使う手段なので、私もミニ追憶の樹――――いや、ネビュラツリーに対して試してみたことはあるのだ。
けど、あんな綺麗な果実をこれ見よがしに付けておいて実際は何も落ちてこなかったので、拍子抜けしたことは記憶に新しい。
もっとも【病める森】にある同種と思しき“追憶の樹”からも、何も得られたことはなかった。そんな経験も相まって、やはりこの木は見た目以上に特別なものは何もないのだなと結論付けていたのだが、どうやらそうではないらしい。








