212日目 同盟(9)
『あっひゃっひゃっひゃ。わーりいわーりい。いやでもこれはちょんが天晴れだわ。退いたと見せかけて単独で敵陣乗り込んできて、誰にも何も気付かれないままピースだけ抜いてくとか、豪胆も豪胆だぜ』
『それはそうかもしんないけどおまえが言うな!』
至極もっともな突っ込みにも動じることなく、ゾエ氏はぎゃははと笑い転げている。私はなんだか力が抜けてしまって、管制室の椅子にへなへなと崩れ落ちた。
とはいえある意味緊張が削がれてよかったかもしれない。スピーカーから響くチームメイトの怒涛の非難にも、呆れと笑いが混じっているのが分かる。
ほんと肝心なところバカ過ぎて……うん、きまくら。楽しいわ。
しかしその直後、さらに驚愕を誘うアナウンスが入る。
オルカチームがテファーナ領の第四エリアを攻略しました!
その通知が何を意味するものなのか理解するのに、さっきよりも時間がかかった。あれほどうるさかったスピーカーも、息を呑む音や「え?」という困惑の呟き以外、声が発されなくなる。
『オルカチーム』は、えーっとえっと、まことちゃん、のチームだ。で、『テファーナ領の第四エリア』というのは、丁度さっきちょんさんにチェスピースを盗まれた、うちの陣地の一つ。
つまりこれは――――――。
「ぎょ、ぎょぎょぎょぎょ……、」
『……漁夫だーーーー!!』
『ぎょぎょー!?』
『ぎょー!』
『ハイエナがハイエナされとるやんけ!』
――――――まことちゃんチームの誰かが、ほくほく顔のちょんさんに攻撃を仕掛けてピースを奪ったということ。そして当然こんなこと狙ってやらないとできないわけで、つまり……同・盟・崩・壊。
いやもう色んなこと起こり過ぎでしょ。変な笑いでてきたわ。
頭の中はぐっちゃぐちゃだ。なのにそれを整理する間もなく、目の前のカメラにはさらなる新情報が飛び込んでくる。
第六拠点――――今いる拠点の南側から、ばらばらと黒い人影が木々の間に見え隠れしつつ、こちらへ向かってきているのが見えるではないか。
「援軍……来てます」
『どういうこと? 敵が増えた? もっと具体的に』
「多分敵。この拠点の南から三人ほど……」
バレッタさんはしばらくの間黙り込む。
「……きつい」
次に発された声は、すぐ後ろからはっきりと聞こえた。
バレッタさんはリスポーン地点をこの管制室に設定している。つまり、[耐久]ゲージがゼロになってここに飛ばされたということ。
下層から攻めてくる敵を食い止めようと孤軍奮闘している彼女は、先ほどから三、四回、出て行ってはリスポーンするを繰り返している。そして拠点内を破壊する音や敵チームの話し声は、徐々にこちらへと近付いてきている。
ここもそろそろ限界が近い。もう敵の動きがどうだとか情報収集だとか、形振り構っていられる時間帯ではないだろう。
バレッタさんは準備を手早く済ませ、すぐに部屋を出て行く。私もその後を追った。
バレッタさんは何も言わないから、私の判断は間違ってないと思う。今は仲間が来るまでの間できる限りここで踏ん張って、時間稼ぎをしないと。
しかしその時、外からノイズ混じりの声が響いた。
『ブティックさあーーーーん! 助けに来ましたあーーーー!』
私はバレッタさんと顔を見合わせた。
彼女は顎で上を示し、自身は階段を駆け下りていく。私は慌てて来た道を駆け上り、屋上に出た。
腰を低くし身を隠しながら双眼鏡を覗くと、崩壊した防壁の前で【拡声器】を手にしたプレイヤーがいる。褐色の肌の馬族の青年――――まことちゃんだ。
『僕達は仲間ですので攻撃しないように! ちょんから奪ったチェスピースも後でお返しします! 今から援護します!』
言って彼は二人のプレイヤーを率い、砦の内部へ乗り込んでくる。
私の脳内は混乱の極みに達した。
『仲間』? ほんとに?
うちのピース漁夫ったのに? 無条件で返してくれるとか、そんなことある?
いくら“同盟”を結んだとはいえ、結局は私達、ライバルどうしなのに。
しかしバレッタさんの『誰? どこ?』という簡潔にして逼迫した問いが、辛うじて残っていた私の理性を繋ぎ止めた。
私の第一の役目は……報告!
「まことちゃんチームです。南からこっちに来たのは彼等でした。まことちゃん含め三人います。彼等は共闘を申し出ています。今拠点内に突入してきました。ちょんさんから奪ったピースも後で返す、と言っています。それが本当かどうかは、分からないけど……」
私の状況説明に、攻略班のほうも困惑しているようだった。
『マジ? 今うちら丁度森の第三エリアまで帰ってきたとこだったんだけど』
『第四エリアのピースはマップ上で捕捉できてる。そっちのが近いし、順当に行くならまずそっちを取り返すことが優先かって話が持ち上がってんだ』
『もしまことちゃんの言ってることが信用できるっていうんなら、話は変わってきますね……』
『信じるなら当初の予定通り直で第六エリアを目指すが……信用、できるかあ?』
『ビビアさん、あんたに任せるよ。まことからピースを奪い返すか、第六エリア防衛を優先するか。指示をくれ』
ひえ~~、こういう勝敗を分けるような重要な局面で、私なんかに判断仰がないでよ~~! そんなの私だって分かんないよ~~!
と、パニックに陥る頭の中とは裏腹に、どういうわけか言葉はすっと出てきた。
「信じないで負けるより信じて負けよう。みんな、すぐ帰ってきて」
スピーカーから小さな笑いが漏れ聞こえてきて、私は恥ずかしくなる。
あれ? 私今なんか、結構カッコつけた台詞言っちゃった?
咄嗟に出た言葉で、全然キザなこと言ったつもりはなかったんだけどな。
しかしそんな感情は、笑い混じりのゾエ君の台詞で即上書きされる。
『ビビアさん、それは違うぜ。俺等信じて勝つんだ』
……まったくこの子は、すーぐそうやって年長者をからかって。でも私が言うより様になるから、悔しいことこの上ないよね。
本当、帰りが待ち遠しくて堪らないよ……!








