191日目 ふゆっこ(2)
いつの間にか現れていたマグダラは、きょろきょろと辺りを見回して何だか落ち着かなさげだ。見るからにこういう人の動きが激しい場所、好きじゃなさそうだもんね。
加えて高価そうな室内装飾や調度品を目にしては、複雑そうな顔をしている。
「あやつ、すっかり成金趣味が身に着きよって……」
アンゼローラ様は裏の庭にて、弓矢の練習をしているようだった。彼女のそばには沢山の侍女やメイド達がはべっている。
メイド達がテーブルの上に林檎を置いては打ち抜き、もう一つ置いては打ち抜き。そして的中させるたびまるでそういうシステムであるかのように、使用人等から拍手と歓声がわき起こった。
アンゼローラ様は私達に気付くと手を止め、無邪気に笑う。
「おお、まさかあのマグダラではあるまいなと思っていたが、まさかのまさかで本当におまえであったか」
そして弓を侍女に預けると真っ直ぐに近付いてきて、たじろぐマグダラを躊躇いなく抱き締めた。
お、おお、なんかこの子めっちゃイケメンだな。男だったら間違いなくモテてただろうし、女である今もこうして女子にモテてるんだろうな……。
「会えて嬉しいよ、我が同胞。一度見舞いには行ったのだが、その時おまえはすやすや眠りこけていたものでな。やっと目が覚めて再会を祝えるかと思えば、おまえはまたどこかへふらふら家出してしまったと聞くし。まあ確かに、あの神経質なギルトアがお目付け役とあらば息が詰まるだろう。逃げ出したくなるのも無理はない」
「む……う、うむ……。久しいな、アンゼ」
マグダラは唐突なハグに最初は抵抗があったみたいだけれど、やがて自身もおずおずとアンゼローラの背に手を回した。アンマグてぇてぇですね分かります。
それにしても、レスティーナの始祖世代っ子達はやっぱり仲がいいんだね。殺伐としたダナマ賢人のイベント後だから、余計ほのぼの感じるよ。
そしてマグダラは今もこうして、みんなのことが大好きなんだなあ。
それからアンゼローラ様はメイド達に命じて、この場にお茶の席を設けてくださった。私とふゆっこさんとマグダラとアンゼローラは、お茶とお菓子が沢山載った卓に着く。
私は始祖世代二人が、昔話や近況などを語り合うのに耳を傾けた。
アンゼローラ様は足元まで届く豊かな灰髪を持つ女の子で、ルビーを惜しげなく使った黒と赤の衣装を身に着けている。
特徴的なのは灰色の“手”だ。頭と同じくらいの大きさがあって、鱗と長い爪が付いている。
トカゲや恐竜を思わせるキャラデザインだ。
彼女は今も現役の冒険者で、世界中を旅して回っているそうだ。
丁度明日からもダナマに遠征の予定が入っていると聞くと、マグダラはほんのり複雑そうな顔をした。
そういえばマグダラは、志を異にして故郷を去ろうとするみんなを、最後まで引き留めていたんだっけ。やっぱり自分だけ置いてけぼりを食らったかんじで、寂しいんだろうなあ。
リアルでもあるよね、こういうこと。仲良かった友達が自分とは違う新しい目標見つけて、新しい挑戦始めて、新しい友達も増えて、いつしか遠い存在に、みたいな。
でもアンゼローラが自分の充実した日々について語っていくと、マグダラの顔色は少しずつ変化していく。
アンゼローラは本当に活動的な人で、且つ野心と慈愛の精神を同時に抱く物語の英雄みたいな人だった。
お金が大好き自分磨きも大好きということで、冒険者として活躍している。その一方で、身寄りのない女の子や女性達を使用人として積極的に雇い入れ、教育にも力を入れているらしい。
名誉女爵の地位を持っており、政治権力に対する発言力も大きいようだった。
マグダラはアンゼローラの話に楽しそうに耳を傾け、お茶会が終わる頃には、彼女の眼差しは幾分穏やかなものになっていた。
そうして私達はアンゼローラの屋敷を後にし、次はクリフェウスを訪ねることに。
クリフェウスは“静かなる湖畔の隠者”の二つ名の通り、【沈黙の都】の湖のほとりに居を構えている――――――んだけど、現在彼は枢密院議員としての任期にあるため、王城にて暮らしている。
何でもレスティーナの四賢人達は、数年交代で議員の席に就かなければならないんだって。
因みにきまくら。サービス開始当初は、やはり議員としての役割を担っていたのはクリフェウスだったものの、一回彼は逃げ出しているらしいね。
そもそもが臆病で人間嫌いな彼はこの職務が嫌で嫌で仕方なかったらしいんだけど、ある革命イベントにより、そのストレスがマックスになっちゃったそうな。で、耐えられなくなった彼は仕事をほっぽり出して逃亡、自宅に引きこもる。
それでギルトアが「やれやれ仕方がないな」と、彼に代わって議員としての仕事を果たしてくれてたんだと。
因みに因みに、そのギルトアが仕事をほっぽり出してどっか行っちゃう切っ掛けになった革命イベントもあったんだとか。そのせいでクリフェウスがまた呼びだされることになり、彼は無理矢理議員仕事をやらされ、日々悲鳴を上げているんだとか。
きまくら。界はNPCもプレイヤーも忙しそうなことで。
そんな経緯を持つクリフェウスは顔色が悪く、疲れ果てて憂鬱そうな雰囲気であった。けど旧友に会うのは嬉しいらしく、マグダラを見るとほっとしたように顔を和ませる。
クリフェウスの口からは、職場の愚痴やら弱音やらがぼろっぼろ出てくる。マグダラはそんな彼をよしよしと慰めている。
「マグダラ、君の口からもギルトア――――いや、賢人達みんなに言っておくれ。僕はこんなややこしくて複雑な仕事を担える器じゃないんだ。周りの人の目が怖くて怖くて仕方がないよ。使用人の女の子達は今日優しくても明日は冷たいし、貴族の女の子達は香水が強くて倒れてしまいそうだ。もう本当に、僕のことなんか放っておいてほしい。早く静かな湖の屋敷に帰りたいよ」
あー、こういうタイプかー、となんか納得。
このクリフェウス、きまくら。キャラクターの中では結構な女子人気を誇るらしいんだけど、これはあれですね、母性をくすぐるってやつですね。「この人私がいてあげなきゃダメだわ! 放っておけない!」みたいな気持ちにさせられる優男ですね。
リアルでいたら女子をダメにするやつですわ。
それからクリフェウスは、湖畔の屋敷での独り暮らしがいかに素晴らしいかを語る。
彼は【採集師】の賢人なんだけど、植物や動物を観察したり研究したりするのが好きなんだそうだ。
それで自由なときはよく国内を自分の足で歩き回って、フィールドワークに勤しんでいるんだって。そして興味深い素材を持ち帰っては、屋敷で研究に明け暮れる日々らしい。
彼は自然の美しい景色もこよなく愛している。夜、誰もいない湖を星を眺めながら歩くのは最高だと、興奮気味に話していた。
あの湖、イカ狩りやらタコ狩りやらでそんなに静かでもないんだけどな。二人の会話を聞きながら、私は野暮なことを考える。
「おまえさん、独りでいて寂しくないのかえ?」
瞳を揺らしてそう尋ねるマグダラに、クリフェウスは微笑んだ。
「“独り”ほど孤独を感じさせないものはないのだよ、マグダラ」
それは分からなくもない。
終いには、「そうだ、マグダラがこの仕事代わりにやってよ!」なんてぐずりだすクリフェウスを置いて、次に私達は田舎町レンドルシュカに向かった。訪れたのはテファーナの屋敷だ。
私のお師匠設定でもあるテファーナ様はマグダラを見ると、感激した様子で彼女の手を握る。そしてしばし再会を喜んだのち、他二人と同じように、お師匠様の身の上話に移る。
お師匠様も旅が好きな性分で、昔は世界各地を転々としていたそうだ。でも最近はここレンドルシュカに腰を落ち着けているとのこと。
ここに住むことになった切っ掛けは、マグダラの眠る地を守るためだった。とはいえ住んでいる内にこの暮らしが気に入って、今は好んでこの地にいるそうな。
「近頃は交易やギルドが発展してきて、わざわざ遠くへ出向かなくても色んなものが手に入るから。今まで沢山の国、沢山の街を渡り歩いてきたけど、ここレンドルシュカは穏やかな生活を送るには丁度いいわ。近くに森と湖があるから自然の恵みが豊だし、みんな親切だし、人の出入りも丁度いいかんじ」
テファーナは町の人と交流が盛んで、子どもや女性達によく裁縫を教えてあげているらしい。
時折行政関係の人間も、彼女に相談に来るようだ。
町の人達が成人や結婚などの特別な日を迎えるときには、衣装を拵えてあげている。
アンゼローラほど派手ではないけれど、テファーナも社会との関わりをほどほどに保ちつつ、充実した日々を送っているようだった。








