190日目 帰る場所を探して(前編)
ログイン190日目
路地の奥にいたのは、マグダラではなかった。けどあそこに、他にそれらしき人影はなかった。
じゃあマグダラはいずこへ? 実況動画で聞きかじった話によると、確かにマグダラはあの場所にいるはずなんだけど……。
そんな疑問を解消するべく、私は[情報屋]の攻略サイトを調べてみる。
するとマグダラに会える場所は間違ってはいないものの、彼女に会いに行く前にこなすべきイベントがあることが判明した。そこを通ってないと、マグダラは出現しないんだって。
よって私は、イベント始まりの地であるギルトアの屋敷に向かうことにする。
彼は【静けさの丘】の東、ダナマとの国境である雪山に居を構えている。
で、マグダラは追憶の樹の実が弾けて意識を失ってからというもの、彼が屋敷に引き取って面倒を見ていたんだそうな。しかし【記憶の欠片】が集まって意識を取り戻すなり、マグダラは気が動転して、ギルトアのもとから逃げ出してしまったらしい。
「恐らく、現実を受け入れられないんだろう。記憶を取り戻した彼女は、過去の記憶と現在自分が持っている情報を照合して――――――悟ったんだ。自らが命を賭して守った故郷がもう、存在しないことを」
そうしてギルトアは私に「マグダラを連れ戻してほしい」という依頼を出す。するとコミュニケートミッションが開放されてマグダラと会えるようになるという、どうやらこういう流れだった模様。
そんなわけで、私は再び意気揚々とレスティーナ王立図書館までやって来た。さあこれで今度こそ、マグちゃんと紡ぐ物語の始まりだ!
そうしてずんずん細い小道を進んでいったのだけれど――――――い、いるう~~~~……。
マグダラ……も、勿論いるようなんだけど、その手前、鉢植えの傍らにもう一つ。昨日と同じ人影が存在してるんですよ……。
あの黒いローブ、シルエット、フードから零れ落ちたシルバーブルーの髪の束。私がマグダラだと勘違いして話しかけてしまった、例のプレイヤーのものに違いない。
うえーん、めっちゃ気まずい。
っていうかあの子私のこと怖がってるふうなかんじだったし、そんな人間が二日連続で同じ場所に来て、ストーカーだと思われないかしら?
でもそう考えると、二日連続で同じ場所に来た私も私だけど、二日連続で同じ場所で同じ格好で蹲ってるあの子もあの子だなあ……。独りぼっちで動かないし、元気なさそうだし、実は結構深刻な問題抱えていたり?
まあだとしたら尚更ね、私が関わってよい人間じゃあないと思うんで、そっとしておくのが吉だろう。
けど私はマグダラのもとに行きたいんだよ~。そのためにはあの子のすぐ前を通らなきゃいけないんだよ~。
……俯いてるし、昨日も呼びかけなければ気付かなかったし、忍び足で行けばばれないかな? とりあえず、ここでもだもだしてるのが一番怪しいよね……。
というわけで私は覚悟を決め、路地の奥へ向かうことに。マグダラに話しかければ多分個別イベントモードに移行するから、話し声に反応するってことはないだろう。
どーか顔を上げませんよーに。そう祈りつつ、私は少女の前をそっとすり抜ける。
よし、第一関門突破。
あとはマグダラの頭上に浮かんだ吹き出しアイコンをタップすれば――――――うん、あの少女の姿は消えた。イコール、個別モードに入ったね。
これで一安心だ。
「なあに、あなた……?」
さて、マグダラは私に気付くとのろのろと頭をもたげた。
嗄れ声はいつも通りだけれど、発する言葉には力がこもっていない。インチキ老婆を真似る余裕もないようで、こちらもやはり大分弱っているようだった。
そして前回会ったときと少し違うのは、仮面から半分、顔が出ていること。紋様の入った右側は隠れているが、左側は露わになっていた。
彼女の心境の変化でも表しているのかな。
橙色の瞳は私を映すと、ほんのりと光が灯る。
「ああ……あんた、テファーナんとこのおチビさんか……」
がしかし――――――。
「テファー……な……」
――――――何かを思い出したのか、マグダラはその名前を呟いたきり、がっくりと項垂れてしまった。
私はダイアログに現れた会話から、「こんなところでどうしたの?」という台詞を選んで語りかける。
「道に……迷ってしまったんだ。故郷へ帰ろうと思ったんだが……帰る道が、分からなくて、な……」
ということはマグダラは、【病める森】の中かつて存在していた集落へ向かおうとしていたんだろうか。やっぱり彼女の心は、あの場所に取りつかれているんだなあ。
そうして彼女は、縋るような眼差しで見上げてくる。
「あんた、ビビアといったか。なあビビア、頼みがある。どうか私を故郷へ、案内してくれないかえ? ……ああ、勿論知っているさ。旧き森の里は、もう……。それでも、この目で確かめたいんだ。そうしないと、私の気が済まないのさ。だから、どうか、一緒に……」
「うん、いいよ。私があなたを故郷に連れて行ってあげる」
会話アシストに則ってそう告げると、マグダラはほっとしたように口元に笑みを浮かべた。
「ありがとう。しばらくの間、よろしく頼むよ」
マグダラが仲間に加わった!
そんなメッセージが表示されて、マグダラの姿は消えた。
これね、事前に仕入れた情報によると、パーティを組んだとかではなく、姿は見えないけれどマグダラを連れて歩いてる状態なんだって。関連するイベントに遭遇すると、その都度マグちゃんにゅっと現れるらしいよ。
それじゃあ早速、【病める森】に向かおうかな。
そう思って踵を返したところで、はたと目が合う。マグダラとよく似た、黒ローブの少女。
蹲ってじっとしていたはずの彼女は今は立ち上がっていて、水色の瞳で真っ直ぐに見つめてくる。
ローブの下はアオザイに似たドレスをふりふりふわふわに仕立てた装いで、結構華やかだ。こう見るとやっぱり、マグダラとは全然違う人だったなあ。
なんてどこか冷静に観察してしまうのは、多分現実逃避。
個別モードは終わり、少女には気付かれ、この展開は――――――警察! 警察呼ばれる流れかな!?
と、じんわり背中が冷たくなっていくさなか、再びメッセージが表示される。
[ふゆっこ]さんからパーティ申請が届きました。
受諾しますか?
→・はい
・いいえ
え。








