189日目 帰り道
【きまくらゆーとぴあ。トークルーム(個人用)】
[ee]
そしたらその一撃でクラーケンの耐久の十分の一、削れたらしいよ
本当、恐ろしい女の子だね
[ee]
けどね、雷の鉄槌がくだされたのはクラーケン、そして周辺の幻獣だけじゃなかったんだ
覚えてるかい?
ブティックパーティの周りにいた沢山のハイエナ、有象無象のこと
そして仲間外れを食らったからって彼女に喧嘩を売りに行ったヨシヲ君のこと
[ee]
そう、きみも大好きなあのヨシヲ君ね
[ee]
彼等も纏めて、ピッシャーン!、さ
感電ダメージもプラスされるからたまったもんじゃないよね
[ee]
そうして雷帝として生まれ変わったブティックさんはすべてを破壊し尽くし、
後には大量のドロップアイコンと陰でぷるぷる震えるちょんだけが残りましたとさ
めでたしめでたし
[ee]
この話を聞いて、今君は笑っているのかな?
君の笑顔が見たいなあ
[ee]
さあいい加減、かくれんぼは終わりにしよう
僕はとっくに降参している
それとも、帰り道が分からなくなったのかい?
[ee]
或いは、帰り方、か
[ee]
無理に探そうとは思わないよ
この世界で君は自由だ
[ee]
ただ僕は、ずっと君の帰りを待っている
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ログイン189日目
その日、私はレスティンの街をてくてくと歩いていた。
さっきまでダナマスまでお出かけしてて、今は帰途に就いているところである。
昨日早速クー君から【オクトビニール】というビニールクロスが届いたんだ。それでビス子さんのお店に行って、注文を取り付けてきたところ。
お店にいなかったら、何かしらアイテムを購入してそこからメッセージ残そうかな。そう思ってたんだけど、幸い彼はカウンターに立っていた。
そして無事取引は成立となったってわけ。
ビニール傘の話したとき、彼、その場のノリで適当にからかってる感あったからさ。ワンチャン「そんなこと言いましたっけ?」ってすっとぼけられる可能性も考えてたんだけどね。
でもビス子さんはちゃんと私のことを覚えていて、ビニール傘の製作も快く引き受けてくれたよ。
ただちょっと気になったのは、最初会ったときとは打って変わってやたら腰が低かったんだけど、あれ何なんだろね。
「あ、ブティックさんじゃないですか! ようこそお越しくださいました! おお、それは件のビニール素材ですな。まさか本当に探し出してきてしまうとは、いやはやさすが穴掘り名人ブティックさん。いえ勿論俺は信じてましたよ、あなたは不可能を可能にする奇跡を起こせしプレイヤーですからね。ビニール傘ですか? ええ、ええ、勿論任せてください」
って、私を見るなり手なんかもみもみしちゃってさ。ここまでくると好印象どころか胡散臭さのほうが際立つよね。
あとコンビニで売ってるようなシンプルなやつがいいって言ってるのに、やたら細かくデザインの要望を聞いてくるのにもちょっと困った。「ビニール部分にお洒落な柄でも付けます?」とか、「持ち手には何か意匠を施しましょうか」とか。
私としては、あんまりごてごてした傘にされると逆にイメージと違うんだよね。
でもなんかめんどくさかったんで、最終的には「この服に合うかんじってことで、ビス子さんにお任せします」って言っちゃった。
この取引はリクエストボックスからではなくオーダーメイド形式なので、完成品は気に入らなかったとしても購入せねばならない。でもま、お金には困ってないから別にいいかなーって。
イメージと違うものが出来上がっちゃったら、まあまた別の方法を探すことにするよ。そしたら今度こそ、【鍛冶】スキルを取るべき時ってことなのかもね。
すると、ビス子さんたらどういうわけか黙り込んじゃった。で、数秒のちやっと口を開いたと思えば、何やら思い詰めたような顔をして――――――。
「分かりました。ブティックさんのご期待に沿えるよう、誠心誠意、力を尽くしてお作りさせていただきます」
――――――ですって。まったく胡散臭いことこの上ない。
まあでも、一先ず約束は果たしてくれそうなのでよかったよ。後は余計な工夫を凝らされることがないよう願いつつ、完成を楽しみに待つとしよう。
そうして私はダナマスを後にし、レスティンの街に帰ってきたのだった。
でもって拠点に戻るその前に、今はちょっと寄り道中。
数か月前に、【スタンピードを阻止せよ!】っていうマグダラに関連するワールドイベントがあったじゃない?
エンディングは昏々と眠り続けるマグダラと彼女に寄り添うギルトアの姿が映り、終幕となったあれ。
あの後マグダラの【記憶の欠片】が集まったことにより開拓イベントが発生して、新たに彼女のコミュニケートミッションが更新されたの。
その一発目【帰る場所を探して】ってミッションが、いわゆる賢人巡回イベントに当たるもののようなんだ。今日はついでにこれ触ってこよっかなーって思ってる。
きまくら。はこういうストーリーイベントも、結構凝ってて好きなんだよね~。
さて、仕入れた情報によると、マグダラは王立図書館の脇の路地、この小さな道の奥にいるらしい。彼女に話しかければイベントの始まりだ。
建物に囲まれた薄暗い小道をずんずん進んでいくと――――――あ、いた! 突き当りの鉢植えのそばに、蹲る黒い人影を発見する。
俯いているようで顔は見えないが、シルエットは女性のようだし、他には誰もいないようだし、あの黒いローブはマグダラのものに違いない。私は近付いていって、[話しかける]コマンドを実行した。
……がしかし、どういうわけか彼女はうんともすんとも言わない。それどころか、顔を上げることもしない。
そういえば今はショートカットコマンドで話しかけたけど、本来キャラクターの頭上に浮いているはずの吹き出しアイコンが存在しないな。
えーっと、バグっちゃった?
困った私は、試しに実際に声をかけてみることにした。
「あのー、もしもーし……?」
私はロールプレイが苦手なのであんまり使わないんだけど、きまくら。のNPCはこういうリアル世界に則ったコミュニケーションにも対応できるよう設定されている。
するとマグダラは、のっそりと顔を持ち上げた。
ほっとしたのも束の間のこと。その容貌を見て、私は固まる。
あどけない少女の顔立ちに、大きな水色の瞳。髪の色は青みがかった銀色で、ネズミのような丸っこくて薄っぺらい耳が片方だけ、ずり落ちかかったフードから見え隠れしている。
………………あれ? マグダラって、こんな顔してたっけ。
いつも仮面を付けているもので、直に素顔を見るのはこれが初めてなんだよね。
とはいえ、全く見たことがないわけじゃない。確か革命イベントの時の公式動画に二、三回素顔が映ったことがあったはず。
よく覚えてるわけじゃないんだけど、でも、んー、確か顔に紋様が描かれた美少女だったはず? 対してこの子の肌はまっしろまっさらで、ペイントなどは施されていない。
美少女には変わりないんだけど、ちょっとタイプが違うような……。けど、見覚えがあるような気がしなくもないんだよね……。
なんて考えながら見つめ合っていると、ぼんやり少女はふと怯えるように体を抱いて、肩を縮こまらせた。そこで私はやっと、容姿容貌などよりも先に気付くべき、決定的で確実な相違点に思い至ってしまう。
――――――この人、NPCを表す三角形のアイコンが付いてない!
ってことはプレイヤーってわけで、ってことはってことは………………ザ・人違い!!
「すすすすいません! 間違えました!」
すっかりこちらを不審がってるふうな彼女に私はぺこぺこと頭を下げ、逃げるようにその場を後にしたのだった。








