187日目 沈黙の都(5)
とまあクー君、すっごい強いんだけど、弱点がありまして。
……本人そのものがめっちゃ弱いんだよね。単体としての総合[耐久]値はなんと私以下である。
水中探索に乗り出してばかりの頃、びっくりしちゃった。
【タコノショクシュ】と遭遇したことがあったんだけどさ、ぴしぱしぴしって、クー君が突然伸びてきたタコ足に三、四回はたかれたの。
したらクー君、三体のドール諸共、ないなっちゃった……。彼の耐久バー、一瞬で吹っ飛んだみたい……。
なんでこんな紙耐久かっていうとそれには勿論理由があって、彼は装着アイテムによる自分の耐久強化にほとんど手を付けてないらしい。なぜならドールにほぼ全振りしているから。
そう、ドールの分類は特殊装着アイテム。それを三体も連れてるってことは、彼の特装スロットは三つ、既にドールで埋まってるってことなのだ。
これってドール使いとしてもかなり尖ったタイプらしい。自分の能力値とのバランスを考えて、普通は一体、多くても二体連れてくのが一般的なんだって。
しかもクー君、その上さらにドールに特装アイテムを持たせることにより、自分ではなくドールを強化してるからね。
ドールが身に着ける装備品もプレイヤーのスロットを消費するということで、六つあるスロット――――特装スロットは最初五つ、レベル100から六つとなる――――の内の五つが既に埋まってしまっている。
クドウさんのお陰で【空気タンク】を装備する必要がなくなったからもう一つ余ると思いきや、早速そこもドール強化に使ったらしい。おい。
よって最後に余った一枠で、辛うじて水中フィールドに必要な最低限の対策ができている、みたいなかんじなんだって。一応タコノショクシュは中ボス的扱いなわけで、そりゃそんな裸同然且つ生産職のガリ耐久じゃあっさりやられちゃうよね……。
因みに行動不能になったクー君には、急いで【月見酒】を注いでおいた。いわゆる蘇生薬というやつである。
パーティ組んでると行動不能になったとしてもすぐに強制送還にはならず、30秒間回復のチャンスがあるのだ。
これ、そこそこレアなアイテムで、事前にクー君から三本渡されてたんだ。
「持っといて」っておもむろに差し出してきたものだから、最初はただのプレゼントかと思った。けど蓋を開けてみれば、なるほど自分が死んだとき用ねっていう。
この展開はクー君自身予測していたらしい。月見酒で回復した後も、唖然とする私達を前に「何か文句ある?」みたいな表情で、動じず狩りに戻ってったよ……。
けど最初のそれ以降は即死することなく、ドールによって防御もこなす鉄壁プレーを魅せている。最近遠征にはあまり出ていないみたいだし、さっきは久々で感覚が戻ってなかったんだろうね。
あとクー君の紙耐久を知ってから、何気にクドウさんがさりげなく彼を庇って戦っているようだ。
いや~気遣いのできる男性って素晴らしいですな。クドウ君、リンちゃんのことは任せたぞ。
と、温かな瞳で見守っていたら、それに気付いたクドウさんが胡散臭げな視線を向けてきた。何でよ。
そうこうしている内に、湖の底に建造物の集合体が見えてきた。あれが【クラーケン】の襲来により滅びた都市、【沈黙の都】の核たる部分のようだ。
つまり、いよいよ深層まで来たということ。
なるほど確かにクドウさんの言う通り、『プレイヤー側も成長して強くなって』いるらしい。ここから見えるだけでも私達以外に、数組のパーティがここまで辿り着いているようだった。
けど何だろう、みんなして我々を見ると微妙そうな顔をして、すっと後方に退いていくんだよね。微妙そうな顔っていうのも色々あって、ぎょっ、と顔を引きつらせる人もいれば、げ、とあからさまに嫌そうな顔をする人もいる。
……けどね、そんなふうな反応をされるのも、まあ仕方がないかなとは思ってる。ここに来るまでの間、ゾエ君といいクー君のドール達といい、散々他プレイヤーの追いかける獲物を横取りしまくってたからね……。
クドウさんは私のお守りをすることに強い使命感を持ってくれているらしく、積極的には仕掛けにいかない。でも二人が荒らしまくった狩場のドロップ品を悪びれもなく拾い集めてるの、私、見逃してないからね……。
まあ私は面倒見られてる側なのでね、彼等の行動に口出しする権利は持ち合わせていないんですよ。だから私は黙認するしかないんです。
当方は彼等のやんちゃ行為とは一切関わりがなく、責任は彼等自身に帰属しますので、そこんところよろしくお願いいたします。
でもそうして後方に下がっていったプレイヤー達が、今度は我々パーティが率先してハントした獲物のおこぼれを狙ってくるんだから、どっちもどっちだよね。
世の中ってこうやって堕落してくんだな。あーあ。
因みにそんな人達の中には時々、知り合いだったり見覚えがあったりする人もいたりして、微妙に気まずい。めめこさんと目が合ったときは、お互いそっと視線を泳がせてしまったよ……。
私もじんわりきまくら。内での交友関係が広がっているもので、きっとこういうことはこの先増えていくんだろうなあと遠い目。
そんなわけで図らずも攻略組最前線みたくなっている私達四人は、深層の滅びた都市に降り立った。
白亜の街並みは美しいけれど、やはり静かで物悲しい雰囲気が漂っている。
建物は崩れかけ、足元の道は瓦礫で埋まっていた。壁のひび割れからは水草が生えていて、硝子のない窓を小魚やクラゲが行き来している。
遺跡の奥には、丸いタンクを上に乗せた灯台のような、ユニークな形の巨大な塔が聳えている。
レンドルシュカの人の話によると、昔はあの塔が幻素式の防壁を作りだし、街に空気を供給していたんだって。でもあそこがクラーケンに襲われたため、都市諸共壊滅することとなったらしい。
確かにタンクっぽい球体の部分は、形が大きく崩れている。
さあ、いよいよ出番が来るかもしれないぞと、私は気を引き締める。ここまで私がほぼ何もせず守られていたばかりだったのは、力を温存していたってわけ。
そう、一時は役立たずかに思えたスキル【レオニドブリッツ】にも、輝ける方法があったのだ!
それは新たに習得した別のスキル【氷柱雲母】との併用により実現する。
この氷柱雲母の効果は、『一定時間自身と仲間に[雷属性ダメージ無効][炎属性ダメージ無効]のシールドを付与する』というもの。
これを使えば、雷属性のダメージスキルを使ったとしても感電の効果を受けないのでは?――――――私の所有するスキル一覧を見たとき、皆はそのことに気付いたそうだ。
しかしこの二つのスキルはあまりにも強力過ぎるゆえ、使うタイミングは選びたいとのことだった。
大して強くもない幻獣に形振り構わず打って、肝心のクラーケンが現れたときにクールタイム上がってません!なんてことになったら、宝の持ち腐れになっちゃうからね。
大体のスキルのクールタイムは、[持久]の消費値に依存していると言う。強力なスキルであればあるほど、消費は大きい。
そしてレオニドブリッツも氷柱雲母も、消費は『70~』とサブスキルとしてはトップクラスだ。私が通常の遠征で使ってたときは五分か六分か、凡そそのくらいだった気がする。
ここは水中で[敏捷]値が下がってるから、恐らくもっと時間がかかることだろう。
つまるところ、一撃必殺のようなものなのだ。他にも三人には幾らか算段があるようで、ゆえにできればクラーケンまで温存しておこうと、皆の意見によりそんな結論に至ったのだった。
だから怠けていたとか戦力外通告を受けたとか、そーゆーんじゃないから。
そうして予定調和のごとく、その時は訪れる。
塔の聳える広場まで来たときのことだった。突然、視界が翳る。
仰げば、こちらに向かって飛来する触手を持った巨大な塊。赤紫の軟体動物――――――クラーケンだ……!








