175日目 手がかり(3)
彼の言うところによると、レンドルシュカの町では【クラーケン】の伝説が語られてるんだって。
それはとてつもなく大きなタコ型の幻獣で、古代、湖の底で繁栄していた大きな都市を壊滅させたらしい。そしてその都市の遺跡が、【沈黙の都】――――レンドルシュカの北に位置する遠征フィールド――――として残ってるんだそうな。
つまりいるとしたら、多分このフィールドだろうって結論に達せられる。
加えて、クラーケンという幻獣そのものに遭遇した話はまだ出てないんだけど、確かにそこにいるんだろうって片鱗はある。
その一つが、沈黙の都限定で起きるイベントトラップ[湖の怪奇]。
イベントトラップっていうのは野外において時折遭遇するアンラッキーイベントのことね。で、湖の怪奇トラップは船に乗ってると強制的に転覆させられてしまうというものらしい。
それが水中から巨大なタコの触手が伸びてきて襲われる、なんて流れだそうな。この時のタコ足は飽くまでトラップ扱いなので幻獣としての判定はないみたいだけど、恐らくこの怪物の正体がクラーケンなんじゃないかって言われている。
さらにもう一つ手がかりがあって、それが数か月前のパラディス・ラッシュの話である。
その時舞台となったフィールドが丁度この【沈黙の都】だったらしい。因みにここがラッシュに選ばれるのは今のところその一回きりだそう。
そんな都ラッシュにおいては、まだ誰も深層まで到達することができてない。
元々このフィールド難易度高くて、しかも中層深層に関しては何らかの潜水手段必須とのこと。ご想像の通り、浅層以外は水中フィールドなんだ。
挑戦できる人が限られてくるから、無理もないことらしい。
それはさておきそのラッシュ中にだけ、浅層で【タコノツマサキ】って幻獣が出てくるのね。
沈黙の都における浅層って言うと水上とか湖の周りとか、水中以外のすべての場所を指すんだけど、そこでひょこっと水面から顔を出す巨大タコ足の先端――――それがタコノツマサキだそうな。
で、中層に行くと、これが【タコノショクシュ】に変化する。タコ足の、ツマサキよりもっと広い部分が露わになるそうだ。
「もしかしてそれのドロップアイテムが……!?」
「うん」
「おおっ……!」
「【酢ダコ】とか、【タコ焼き】とか、落ちるらしい」
………………それでいいのかクラーケン。いやまあ、現時点じゃクラーケンと確定したわけじゃないんだけれども。
でもとにかく、ここまで聞けばこの先ももう想像付くよね。
浅層、中層と奥に行くにつれて明らかになっていく幻獣の姿。
最終的に行き着く先は、まだ誰も到達したことのない深層である。
そしてきっとそこに巨大幻獣の正体、クラーケンが存在する……!
さすがに本体をハントして報酬が酢ダコやら煮ダコやら茹でダコやらってことはないでしょう。新素材【クラーケンの被膜】も、恐らくそこでドロップするはず。
しかも何と何と、次回――――つまり再来週のパラディス・ラッシュの舞台が、まさにその沈黙の都なんですって。
これはわくわくしてきましたなー!
……わくわく、してきた……けど……、ふむ……。
私の脳裏に、かつてのパラディス・ラッシュでの情景が蘇る。
深層で現れた強大なタイガーオウルの変異種……――――――、これまでのパターンを鑑みると、クラーケンって多分、あれと同格くらいの幻獣ってことだよね。
で、そんなクラーケンが潜む【沈黙の都】最深部へは、まだ誰も辿り着いたことがない。ラッシュ中の【病める森】を辺り構わず荒らしまくっていたあのきまくら。が誇る“トッププレイヤー”達でさえ、中層で苦戦しているとのことなのだ。
これ、私がクラーケンに挑んだところで、絶対太刀打ちできなくない……?
いやまあ、他プレイヤーが狩った素材を購入するのも全然ありだけど、それを当てにして待つのもなんだかなあっていう。
だって彼等がクラーケン素材を市場に流してくれる保証もなければ、私がそれを運よく入手できる保証もなし。そもそも今回のラッシュで誰かが深層に辿り着けるかどうかさえ分からないわけで。
って言っちゃうと、じゃあ尚更私が辿り着けるわけないじゃんって話にもなるんだけど。うーん、もどかしい……。
しかしそんなふうに悩んでいるところを、クー君は真っ直ぐに切り込んでくる。
「行くのか」
「えっと……」
「行くなら、手伝う」
「………………」
「行かないなら、手伝わない」
こちらをじっと見つめる、アメジストの瞳。実際の言葉数は少ないけれど、その眼差しが何よりも雄弁に語っていた。
おまえの思いはその程度のものだったのか?
人任せにして待つような、その程度の覚悟だったのか?
俺に助力を乞うくせ、自分じゃ何もしないのか?
「行く……。行くよ、クー君。再来週、パラディス・ラッシュの沈黙の都。できるかどうかは分からないけど、やれるだけやってみる。クー君にも、手伝ってほしい」
そう言うと、彼は表情を変えず、こっくりと頷いた。
「準備、抜かりなく」
私はその言葉を噛み締め、胸に炎を燃やす。
多分私が行ったところで足手纏いにしかならないであろうことは、クー君も重々承知の上だと思う。
彼はあのヨシヲをも圧倒した実力者だ。私との力の差は月とスッポン並み。
そんな弱者の面倒を見ながら難易度の高いフィールドを進むのは、一人で挑戦するよりも大変なことだろうと想像がつく。ドール使いである彼のプレーイングとか、彼の性格込みで考えると、尚更そう感じる。
にも拘わらずクー君は、「じゃあ取ってきてやる」と言うのでなく、こちらをサポートする形で手を差し伸べてくれたのだ。それは私の意志を尊重してのことに違いない。
期待に応えたい、そう思う。多分、私なんかが今から努力したところで、彼の目に何かが変わったようには見えないんだろうけど。
それでも、精一杯の誠意は示したい。最善を尽くしたい。
幸い決行日までは時間がある。
――――――準備、抜かりなく………………!
******
【きまくらゆーとぴあ。トークルーム(個人用)】
[송사리]
ええ!?
それで二人で都ラッシュに挑むの!?
[滅べクレクレ]
うん
びーちゃんと行く
[송사리]
だ、大丈夫?
ラッシュ中の、それも最前線に突っ込んでいくってことだよ?
で、そのかんじだと本気遠征モードで行くってことでしょ?
悪目立ちしそうだけど…
[滅べクレクレ]
大丈夫
[송사리]
私も一緒に行こうか?
[滅べクレクレ]
足手纏いだからいい
[송사리]
……(´-ω-`)
言うと思ったけど
[송사리]
でも意外
カズノリそんなだから、びーちゃんのこと手伝うにしても「俺一人で行ってくる」とか言いそうなもんなのに
まあそれじゃびーちゃんの気が済まないか
[滅べクレクレ]
びーちゃんは、盾
[송사리]
え?
[滅べクレクレ]
社会的、盾
[滅べクレクレ]
びーちゃんの仲間であることを匂わせることにより、ヘイトが霧散する
めんどいのが寄ってこない
いくら暴れても大丈夫
[송사리]
…カズノリってそういう奴だよね
知ってた
[滅べクレクレ]
楽しみ(`・ω・´)








