171日目 蚤の市(2)
さて、まったりやろうねってことで昼の部を選び、本日開店した蚤の市限定コラボショップ。えー、始まってから一時間ほど経過しておりますが、この間のワタクシ、ずっと多忙を極めております。
そこはやはり客の入りの落ち着いた昼の部だからか、あるいは客層自体も落ち着いたかんじなのか、お店にどっと人が押し寄せるほどではない。けど取引を受け付ける私の前には、常に数人順番待ちをする人がいる。
なんかね、新作が売れてるのは勿論のこと、即行受注生産が予想以上に人気なんだよね。
それが証拠に特にこの取り組みをしていないきーちゃんのほうは、私ほど忙しそうではない。向こうは向こうで客足が途絶えることはないんだけど、来てくれたお客さんと和やかに会話してる程度には余裕がありそうだ。
対して私のほうは常に受付の机に座りっぱで、大体会計でシステムパネルをぽちぽちしてるか、受注生産でシステムパネルをぽちぽちしているか……。延々作業してるかんじで、接客を楽しむどころの話ではない。
あれ? まったりどこいった?
もしかして私、仕事量見誤ったかんじか?
いやね、それでもこの受付前に並ぶ列がそこまで整然としてなかった時分は、まだ話しかけてくれるお客さんもいたんよ。
そう、特に予想外だったのが、ファッションについてのアドバイスを求めてくる人がそこそこいること。「こっちのデザインとこっちのデザイン、どっちが似合うと思いますか?」とか、「これに合わせるアウター、一緒に買いたいんですけどどれがいいですかね?」とか。
服を見るのは好きだけど服屋で話しかけられることが苦手な私としては、思ってもみなかった需要である。
そして私に意見を聞いてくるってことは私のセンスがそれなりに認められているということでもあり、素直に嬉しかった。対面形式の販売って抵抗あったけど、こういうよいところもあったんだなあ。
と、ほわほわ嬉しみを噛み締めていたのも束の間のこと。
客足が増え、受付に集まる人達が日本人らしくお行儀よい列を成してからは、もうそんなふうにお喋りに興じる余裕はなくなった。今の私はフリマをまったり楽しむ店主というよりかは、目の前にあるタスクを淡々と消化していく事務職に近いものがある。
お客さんも忙しそうな空気を汲んでか、軽い挨拶以外はほとんど声をかけてこなくなった。
っていうかふと気付いたけど、なんかうちのお客さん達きーちゃんとこに話しかけに行ってない?
「キムチさん、このマフラーだとこっちのワンピとこっちのワンピ、どっちがいいかなあ?」
「くたばれ。そうだなあ、マフラー主体で考えるんならこっちかなあ。どのアイテムを主役にしたいかで変わるかも」
「店員さん店員さん、あのマネキンの着てる服ってもうなくなっちゃいました?」
「受付のブティックさんに注文すれば多分その場で作ってくれますよ。今いそがしくって、店頭アイテム補充する余裕がないみたい」
「きむちゃーーん! こっち向いてーーーー!」
「くたばりちらかせ」
「きゃーーーー!」
あああごめんよきーちゃん。私が自分のキャパ計算を間違えたせいで、きーちゃんがまるでうちのショップスタッフのような役目を……!
あときーちゃんなんか変なファン付いてるし。ファン対応雑だし。唐突に魔王憑依するし。
普段とは違う顔の彼女が新鮮だけど、今はそんなきーちゃんを楽しく観察する余裕もないよおおお……!
なんて嘆きながらひたすら仕事に打ち込む私。コラボ新作のセットをお買い上げになったお姉さんを見送り、「次の方どうぞー」と顔を上げると。
「うすうす、お疲れ様です。ビビアさん、これで【路地裏ボーイのパンツ】作ってくださいよ~」
そこには黒いジャージ素材のクロスを差し出す、ヤギ角青年のにやけ顔があった。
ゾエ君!
「来てくれてありがと~。まさかこんなとこで会うとは! 蚤の市ふらふらしてたの?」
「いやいや、ビビアさんがキムチとコラボショップ開いてるって談話室で話題になってて、駆け付けました」
なんと。コラボショップがトークルームでも反響を呼んでいるとは。
嬉しいような、ちょっとびびるような? ああいう不特定多数が発言するネット集会所じゃ、いいことばっか話題にされてるとも限らないもんね。
でも私は黙々と作業してるだけだし、きーちゃんはのほほんと接客してるだけだし、文句書かれる筋合いもないか。とりあえずそんな口コミをもとにやって来たゾエ君は無邪気な顔で注文頼んできてるわけだし、ここはプラスのほうで考えることとしよう。
にしてもそれでわざわざ駆け付けてきてくれるとか、ゾエ君ほんとにいい子だなー! 別にこの機会に来なくとも、彼くらいの関係値だったら全然いつでも注文受け付けるのにね。
「マジすかー? よっしゃ言質取りましたよ。でもそれはそれとして、シエビビ党代表として、やっぱ推しの晴れ姿は目に納めとくのが仕事ってもんですから。っつーわけでビビアさん一枚写真撮りましょうよ。今日の衣装も超可愛いっすよ」
なんて言って、アイドル扱いしてくれるゾエ氏。
ふふっ、言動ハチャメチャだけど、裏表のない優しい子なんだよね。この前リアルで一緒にバーベキューして親しくなったこともあり、最近私のこの子に対する評価は鰻上りだよ。
そうして撮影と取引をささっと終えると、ゾエ氏は最後、机に重たそうな紙袋を出現させた。中身はというと――――――。
【ストロングドリンク×20】を手に入れた!
【ソーダ×5】を手に入れた!
「これ差し入れっす。んじゃ頑張ってくださあーい。また遊びましょ」
――――――ええええ、ありがた~い!
そう、そろそろ[持久]やばいなって思い出してたところだったんだ。資材の在庫のことばっか気にする余り、生産スキルによる持久消費にまではあんまり頭が回ってなくて。
まあ手持ちの回復アイテムが尽きたら「本日は終了」ってことにすればいっか。そう思ってたんだけど、これでまた大分猶予ができた。
おまけに貴重なソーダまで……。
ひらひら手を振って去っていくゾエ君の猫背が輝いて見えるよ。いや~、持つべきものは萌えオタ仲間だな~。
そんなイベントにより気分がリフレッシュされたこともあり、私は張りきって仕事に戻ることにする。すると……。
「あの、ブティックさん、よかったら僕からもこれ、どうぞ」
「ファンです~! 今日お会いできて感激でした! これ貰ってください!」
「まだ初心者なんで全然いいものじゃないんですけど、私からの気持ちです」
何を思ったか、ゾエ君に影響されたらしき後列のお客さん達から、続々と差し入れが……!
やがてそういう習慣があるものと勘違いされてしまったようで、ゾエ君とのやり取りを見ていないお客さんからも贈り物をいただくようになってしまった。
いや~なんか悪いね~。貰えるものは貰っときますけど。
でもお陰様で、もう持久値の心配は必要なさそう。それに回復薬の他にもソーダとか素材とか色々いただいてしまって……へへ、みんなのあったかさが身に沁みるや。
こういう光景、見たことあるな。
そう、あれは昔私が大学生だった頃、友達の手伝いで同人誌即売会へ行ったときのこと。そこそこの人気絵師だった友達はファンに囲まれ、差し入れ貰ったりスケブを頼まれたりする姿がさながら今日の私と……ってちがああああーーーーう!
今日の私は陽キャなの! おしゃんな服を売るイケてるアパレル店員さんなの!
こう、今現在の絵面は長机に積まれた薄い本を淡々と捌いていく友人と大差ないですけれども、本質が……! 本質が違いますから……!
いかん、作業が段々単純化しているだけに、うっかりすると余計なことを考えてしまう。集中集中、仕事に集中!








