153日目 マルモアレジスタンス(1)
ログイン153日目
「ブティックさーん! こっちこっちー!」
21時、待ち合わせに指定した【アプリコットランド】前の広場に向かうと、ラーユさんがぶんぶんと手を振りかざしていた。
赤を基調とした、【マルモアレジスタンスの衣装セット】を着こなしたラーユさん。うーん、明らか目立っている。
派手で美人で元気なラーユさんに視線を送っているプレイヤーは少なくないようで、自然、彼女が呼びかける私のほうにも視線が集まる。これはもうのんびりせず、さっさと目的地に移動しちゃったほうがよさそうだね。
「すみません、お待たせしました。今日はよろしくお願いします」
「はーい。それじゃ早速行きましょっか。あ、その前に……」
ラーユさんからパーティ申請が届く。それから姿勢よく歩きだした彼女の背中を私は追った。
向かった先は、繁華街の中にある遊技場【パレス・エトワール】。例の雀荘も含む、娯楽用の複合施設だ。
一階はトランプゲームの大富豪が遊べるようになっている。しかしラーユさんは人で賑わうプレイルームを颯爽とすり抜け、奥へ奥へと進む。
そして『STAFF ONLY』と書かれた扉を躊躇いなく開いた。続く私が後ろ手にドアを閉めると、ひと気のない通路には先の喧噪が嘘かのような静寂が訪れる。
ラーユさんは脇目も振らず、ずんずん歩く。そして二つ角を曲がったところで、地下へ続く階段が現れた。
階段の前にはフードを目深に被った男の人がいて、けれどラーユさんを認めるとすぐに道を譲る。階段を下りきり、突き当たりの重い扉を開けると――――――。
【ダナマス地下街 マルモアレジスタンスのアジト】
――――――そんなタイトルが視界に表示され、消えていった。
扉の向こうに広がっていた光景に、私は息を呑む。確かにタイトル通り、そこには街が広がっていた。
雰囲気は、レトロな駅地下タウンみたいなかんじっていうのかな。
低い天井には配線が所狭しと這い、切れかけの蛍光灯が白い光を放っている。通路の脇には、酒場に宿屋、診療所――――あからさまにヤブっぽい胡散臭さだ――――に床屋と、色んなお店や施設が軒を連ねていた。
街の見た目はごちゃごちゃしてて賑々しいイメージがあるんだけど、その実往来は僅かで、驚くほどに静かなのが異様だった。酒場の奥から聞こえてくる洗い物の音が、いやに耳に響く。
ラーユさんはこちらを振り返ると、ほっとしたような笑みを浮かべた。
「よかった。ブティックさん、ここまではちゃんと来れてますね」
「は、はい。……ってことはここってやっぱり、普通の人は……」
「ええ。ブラックギルドの組合員でないと、そもそもスタッフオンリーの扉を潜れません。ということで、ようこそ。私達の拠点へ」
はえー……、と私は周囲の景色を見回す。
ゲームの中でも限られた人しか入ることが許されない領域、かあ。
すっごく秘密組織っぽい。ロマンがあるなあ。
これは悪役ムーブに入り浸ってしまうのも納得の特権であると、私は感嘆の吐息を漏らした。
それからラーユさんは入り組んだ路地をさらに奥へと進み、やがて一つの錆びた扉に辿り着く。そこには『本部』と乱雑に書き殴られたプレートがかかっていた。
ラーユさんが振り返って、こくりと頷いてみせる。どうやらいよいよこの奥に、ツェツィーリアがいるらしい。
彼女がドアノブに手をかけた、その時だった。
革命イベントを起こそうとしています。よろしいですか?
→・はい
・いいえ
『えっ』
私とラーユさん、二人の口から同時に声が上がった。困惑して、顔を見合わせる。
「ラーユさん、今……」
「うん、もしかしてブティックさんも?」
「はい。革命イベントが起きるけどいいかってメッセージが、表示されてます」
ラーユさんはしばらくぽかんとしていたけれど、やがて実感が湧いてきたようだ。その顔はにまにまと緩んでいった。
「すっ……っごおーーい! 革命ですって、革命! 私、自分で起こすの初めてです!」
「おおう、おめでとうございます」
「これで私達も一躍有名人ですねー!」
「え? ……んー……」
いや、革命イベントは確かに興奮するけど、私はわざわざ目立ちにいきたくはないんだよな。自分でこのエピソードを楽しめればそれで十分っていうか。
……ああ、そっか。ラーユさん革命イベントの経験ないから――――――。
「あら? 『ダミーアバターを使用しますか』って、何のことでしょう」
――――――うん。動画が公開されることは知ってても、この機能のことは知らなかったんだね。
「ダミーアバターっていうのは、モブのアバターで自分の素性を隠せる機能なんですよ。イベントはこのままの外見で進みますけど、公式サイトで革命エピソードが公開されるとき、自分はモブの外見で登場できるんです。私はこれ使おうかなーって……」
「ええーー! そんなのつまんないですよー!」
「いや、でも、革命ってみんなにとって良いことが起きるとは限らないんで……。場合によっては、コメントで愚痴る人とか結構いますよ? まあ私自身は、どんな方向に行こうと革命自体は面白いと思ってますけどね」
と、消極的な反応を見せる私に対し、なぜかラーユさんは。
「大丈夫ですよ!」
言いきった。
………………えっと、根拠は?
「折角の革命イベントですよ! しがない一プレイヤーたる私達に対する皆さんの驚く反応、見たいじゃないですか!」
「あの、根拠……」
「……って、そっか、ブティックさんは元々有名だから今更ってかんじなのか。いえいえでも! 私だけ素の自分をさらけ出して隣の子はダミーアバター使ってるとか、寂しいじゃないですか! 私だけなんか痛いじゃないですか!」
「こん……」
「ブティックさんおねがーい! だって私、ブティックさんに仕立ててもらった、こんなに可愛いカッコしてるんですよ~! きっと私のきまくら。史上、一世一代の思い出作り大チャンスなんです! 一緒に晴れ姿で挑みましょ~~!」
「………………」
これ以上ないくらいに、大きな水色の瞳をきらっきら輝かせるラーユさん。
……で、でたあ~~~~!
生粋の陽キャ。ウルトラポジティブ人間。リスクヘッジ何それ美味しいの的な、考えるな感じろ的な、超能動的且つ積極的なタイプ。
私とは真逆の思考回路の人。
でもね、私知ってるんよ。結局、この手の人が最強なんだってこと。
だってたとえ失敗したとしても、それはそれでよしって、最終的には自分のこと肯定できちゃうんだもん。そんなん最早向かうところ敵なしじゃん。
そして何だかんだこういう人が、石橋を念入りに叩く私みたいな保守的思考人間の横を颯爽とすり抜け、さっさと成功を収めちゃうものなんだよね。
少なくとも、私にはそう見える。そう思える。
ちょっと苦手ではあるけれど、紛れもない憧れの存在。
つまり何が言いたいかっていうと――――――。
「……分かりました。ダミーはなしでいきましょう」
「やったーーーー!」
――――――私、この手の人には勝てないんです。逆らえないんです。ぐふう。








