138日目 Ra-yu
ログイン138日目
昨日の楽勝マッチクエストでGPをがっぽり儲けた私は、早速試着室の増設とショップスタッフの雇用を設定することに。
ショップスタッフは、ある程度外見と性格を自分で決められるんだよ。自分のアバターを作るときよりかは大分自由度は劣るけれど、体型とか髪型とか幾つか候補があって、そこから組み合わせることができるんだ。
どんなかんじにしよっかなー。
とりあえず女の子、これは確定。で、店主の私よりも背は低くしたいので、140センチくらいの幼女型にしておこう。
髪型はお揃いのボブ。ちょっと地味めに、髪色はチョコレートブラウンにしよー。
瞳の色を金にしたらなんか猫っぽくなったので、いっそのことさらに寄せちゃおうかと、吊り気味の大きな目にしてみる。で、平常時の表情はぶすっとしたかんじで。
えへへ、可愛い~。これ性格はもう、【無愛想】で決定だね。
店員としてどうなのそれってかんじだけど、こんな可愛い子なんだから全然許せちゃうでしょ。
あとはお店の在庫の中から適当に、アリスっぽいエプロンドレスと黒ローファー、白タイツを選んで着せてっと。
カウンターのショップパネルから設定を終え、決定ボタンを押すと、ブティックびびあの店内に幼女が現れた。うひょー、店員さん、愛らしすぎでしょー!
話しかけると、スタッフちゃんはじろ、とこちらを睨む。
「店長、休憩ばかりしてないでちゃんと仕事してください」
ぐうかわ……!!
いや勿論この無愛想系モブスタッフには他プレイヤーのショップでも会うことあるんだけど、自分が店長サイドだとこんな応対になるんだね~。
いずれにせよ、今まで見たどんな店員さんよりもうちの子がいっちゃん可愛い! 間違いない!
などと親バカ全開でスタッフちゃんの反応を色々楽しんでいると、ふいに視線を感じた。
じいいいいっとこちらを見つめている彼女は、お客さんのようだ。つやつやストレートの黒ロングヘアで、チャイナっぽい衣装を身に纏っている。
因みに現在時刻は朝七時。
……いや、今日在宅勤務っていうのもあって、仕事前にちょっくらきまくら。遊んでもいいやろーってなったんだよね。昨夜はスタッフの設定をする時間が取れなかったから、うずうず気になってて。
で、さすがにこの時間帯ってなると、お客さんもまばらなんだ。丁度私がショップフロアに出たときなんかは誰もいなかったもので、スタッフいじるのに店閉じるまでもないかって、そのままにしてたの。
そしたら私がスタッフちゃんの可愛さにきゃっきゃしてる間に、ひとりご来店いただいてたみたいね。お恥ずかしや。
とりあえず気まずさを誤魔化すために愛想笑いを浮かべ、花を飛ばすスタンプを押しておく。するとお客さんもにこっと綺麗な笑顔を浮かべた。
そしてまた、大きな水色の瞳で、じーーーーっと見つめてくる。私とスタッフちゃんに、交互に視線を送っている。
とっても何か言いたげな様子だったので、私は折れて、セミアクティブモードを解除した。
「いらっしゃいませー。何かお探しですか?」
声をかけると彼女はぱっと顔を明るくし、けど挙動はわたわたと落ち着かない。
「あっ、ありがとうございます。いえ、いろいろ物色していたところだったので、お構いなく。あ、すみません、じっと見ちゃって。可愛くて、つい」
その言葉に気をよくする私。
でっしょおーーーー? でっしょでっしょでっしょおーー?
お客さんあなた見る目がありますねえ。お名前覚えておきますよ。
と、ネームタグを確認すると、[Ra-yu]とあった。らーゆ……ラー油さん?
とはいえここから流麗な接客トークを繰り広げるなんてこと私にできるはずもないので、とりあえずカウンターの奥に引っ込むことにする。物色中とのことだし、お客さんには気兼ねなくウインドウショッピングを楽しんでもらわなきゃね。
そう思ったのだけれど、カランコロンというドアベルの音が、私の足を止めた。
「はろービビア。今日も来てあげたわよ」
「あら、空いてていいじゃない? ねービビア、私に似合う靴、選んでよ」
シエルちゃんとシャンタちゃん!
このお二方のご来店とあらば、私はプレイヤー客の前とて、お出迎えせずにはいられない。シエシャンは誰よりも、私のシャイハートを突き破ってでも、優先されるべきお客様なのである!
ってなわけで、私は日課の来店イベントを心行くまで楽しむ。そして二人が帰るのを手を振って見送っていると――――――。
「………………」
――――――なんか、またしてもじいいいいっと見られていた。ここまで露骨に観察してくる人も珍しいもので、逆に新鮮まである。
「あの……?」
「あっ、す、すみません! 実はシエルちゃんとシャンタちゃん生で見るの初めてで……」
え、そうなの? そんな人いるんだ。
っていうのも、シエシャンって好感度上げる作業こそ難しくはあるものの、決してレアなキャラではない。お客キャラとしては初期は寧ろ出やすくて、それだけにバグキャラ扱い時代はうざがられてたっぽいのに。
私が不思議そうにしていると、ラーユさんは悩ましそうに両の指を絡ませた。
「なーんか私、NPCの子達と上手く仲良くなれないんですよね……。だから可愛いキャラクターと接してるブティックさんが羨ましくて、つい観察しちゃいました」
「仲良くなれない? そんなことが?」
「もっと言うと、嫌われてるってゆーか、見下されてるってゆーか」
ええっ! キャラゲーと呼ばれることさえあるきまくら。において、そんなことが有り得るの?
あ、ラーユさんもしかして、クール系とかツンデレ系のキャラとばっか接してるんじゃない? ギルトア然りコナー然り、そっちタイプだよね。
違うんだよラーユさん、あいつらのああいう態度は愛情の裏返しでね?
「それはさすがに分かってますよ~。そうじゃないんです。例えば、そうですね……、かの有名なリル様だって、私のこと横目で流し見て、『恥を知りたまえ』とか言うんです。それに、可愛くて優しい系キャラのミコト君とか、私と喋ってるとどんより暗い顔するんです。でもお話してくれるだけまだましだったりもして、下手したら私を見ると逃げてっちゃう子もいるんです」
「なんと……」
それは確かに、キャラクターの性格とかの問題じゃないなあ……。システム側のバグでもなさそう。
そこまでくると正常なシナリオに則ってそういう反応をされている感ある。
えっ、じゃあもしかしてこの人、こんなこと言っておいて実はめちゃくちゃ意地悪なんじゃない? 普通に、キャラクター達の嫌がること、わざとやってるんじゃあ。
そう思いかけたけど――――――。
「はあ~~~~~~っ。いいなあ、私も可愛い子達ときゃっきゃしたいなあ。きまくら。始めたのだって、キャラデザに惹かれたのがきっかけだったのに。料理人になったのも、仲良くなった子を喜ばせたいと思ったからなのに。近付いてくる人といったら勧誘プレイヤーか、なんか怒ってるギルド職員ばっか。ねえ小さな店員さん、私、どうしたらいいんだろ」
――――――私はその考えを振り払う。
しゃがんで、スタッフちゃんと視線を合わせて悩みを打ち明けるラーユさんの姿は、到底演技には見えなかった。
因みに、スタッフちゃんにそんな難しい客への対応が組み込まれているはずもなく。
「今忙しいので、後にしてください」
ラーユさんは軽くあしらわれていた。
しゅんと、彼女は膝に顔を埋める。まあそらそうよ。
「あっ、そしたらそれこそ、ショップスタッフを雇ってみるのはどうですか? 勿論リル様とかミコト君とかのNPCとは仕様が違いますけど、外見と性格、自分好みにカスタマイズできますよ。さすがに店主に対して変な態度取る子はいないでしょうし」
「私もそれ、思いついたんですけどねえ。私、ギルド出禁なんですよ」
「は」
「ギルドインフォメーションのアプリも使えないんです。ギルドから除籍されてるからGPも溜まらないし使えないっていう」
「はあー……」
あれ、バグじゃないよなって思ってたけど、これ聞いて今度はバグの線が濃くなってきた気が。ギルド使えないって、ゲーム進行において相当致命的だよね。
「あ、でもブラックギルドは使えるんですよ。これ、ポジション的には公式クランの一種なんですけど、一部ギルドとしての機能もあって。普通のギルドよりできることは大分限られてるんですが、クエスト受注もできるし、アイテム取引もできるから、一応遊べなくもないってゆーか。寧ろ聞いたところによると、取引価格とかクエスト報酬なんかは通常ギルドよりお得らしいです」
ぶ、『ブラックギルド』……? 大分怪しい響きだけど、代替コンテンツが備わってるっていうんなら、ほなバグと違うか~……。
私がうーむと頭を捻っている間に、ラーユさんは気を取り直したようだ。すっくと立ち上がり、無邪気な笑みをこちらに向ける。
「とまあよく分からない状況に巻き込まれちゃってるんですけど、ゲーム進めてけば解決の糸口も見えてくるかなって思って、今はこのまま頑張ってみることにしてます。一応進んでるシナリオやイベントはあるっぽいので。そしたらいつか、私の運命のキャラクターに出会えるかも、なんて」
「なるほど。いいですね、それ」
こときまくら。においては、全然アリな考え方だと思う。実際私だって、なかなか進展しないシエルちゃんのイベントを諦めずに続けてたら、思いもよらない展開が待っていたわけだしね。
イレギュラーな状況にはちゃんとイレギュラーな理由がある。きまくら。ってそういうゲームだと私は感じてるから、バグを疑うような事態が起こったとしてもそのまま突き進んでみるのはいいんじゃないかな。
成功した暁にはその苦労に見合ったご褒美が待ってるかもしれないし、まあ待ってないかもしれないけど。
「はい! だからそれまでの間、せめて自分のアバターくらいは好きに着飾って愛でちゃおーって、今日は服を買いに来た次第なのです」
「うんうん、どうぞどうぞ。ゆっくり見てってくださいね」
そこで私はふと思いつく。たまにはこういう一期一会を楽しむのも、悪くないよね。
「もしよかったらラーユさん、一着好きな衣装、お作りしましょうか」
「へ、ふええ!? そっ、そんな、いいんですかあ!?」
「あ、でもうち、オーダーメイドではなく、リクエストで承ってるんです。だからまあ、大体こんな衣装でって指定してもらって、完成品が気に入ったら買ってもらうし気に入らなかったらまたの機会に、って形ではあるんですけど」
「それは勿論、全然! 構いませんけど……! ……う、嬉しいです!」
感激した様子で両手を組むラーユさん。よかった、喜んでもらえたようで何よりだ。
きまくら。世界を手探りで楽しむラーユさんには、どことなく親近感を覚えたんだ。
独自の道を突き進む彼女が辿り着く結末は、まだ分からない。でもそれまでの道中私の服が少しでも、ハッピーきまくら。ライフの糧になればいいな。








