111日目 銀河坑道(8)
さて、と私は立ち上がる。
ぼちぼち他の子達の睡眠状態も解けてきたみたいだ。欠伸をしたり、目をこすったりしている子もいる。
モグマのほうも目を覚ましたみたいだけど、一回眠り込んだことによって敵対&暴走モードがリセットされた模様。彼はのっそり立ち上がると、再び椅子に座って作業の続きをしだした。
私達がいてもお邪魔みたいだし、こっちもそろそろ帰りますか。……あ、でも帰り道が分からないんだった。
しまったな。クールに去ろうとするクー君を意地でも引き止めて、一緒に帰ってもらえばよかった。
まあしゃあない。ヨシヲに変な絡みされて疲れたし、さすがにもういい加減お家に帰りたい。知らないプレイヤーだろうと何だろうと、恥を忍んで道を聞こうじゃないか。
なんて思ってモグマ家から外に出たら、早速一組の男女が目に入る。丁度いいからあの人達に聞こう。
近付いていくと、その内の男のほうがこちらを見て、にこっと微笑んだ。そしてなぜか拍手をする。
「いや、素晴らしいですよブティックさん。あなたは本当に素晴らしい。まさか闇に葬られし伝説を、光の下へ導きだすとは。あなたの連れてくる“解”はいつだってぼく達の予想を斜め向こうに超越していて、且つ清々しい」
えっと……、これもロールプレイの一種なのかな? さっき会ったユカさん?といい、この人といい、きまくら。ではこういうプレースタイルが流行ってるのかな。
私みたいなロールプレイビギナーには、もうちょっと分かりやすい言い回しを使ってほしいところなんだけど……。
まあ何にせよ、友好的なかんじではあるみたいだ。
私のことを知ってるようだけど、お客さんかな? あるいは、動画を視た人とか?
さすがに知り合いってことはないよね。
ぴんと上に伸びた兎の耳と、アオザイに似たアジアンチックな衣装が特徴的な青年。同タイプのアジアン衣装を、フリルやレースでふわふわに仕立てた、丸いネズミ耳の小柄な少女。
改めて二人を観察してみるも、やはり記憶にはない。[ee]、[ふゆっこ]というユーザーネームも、馴染みのないものだ。
とはいえ一方的に認知されるのにも、少しずつ慣れてきてるからね。まあ何だっていいや。
ということで、ちょっと出口への道を教えてくれませんかね。色んな人に尋ねながら歩いて行くつもりなので、面倒でない範囲でお願いできないかと。
そう頼んでみると、「ああ、いいですよ。出口までご案内します」と、eeさんは快く承諾してくれた。
ふゆっこさんのほうはシャイな雰囲気で、もじもじしながらeeさんに追従してるかんじ。私ともあまり目を合わせたがらない。
無理に話しかけたりするより、そっとしておいたほうがいいかんじかな。
「それにしても、ヨシヲ君も困ったものですねえ」
ふゆっこさんに気を遣って私のほうも大人しくしていたのだけれど、先頭に立つeeさんはお構いなしにぺらぺら喋りだした。気まずさが薄まるので、これはこれで助かる。
「ヨシヲ、さん、を知ってるんですか?」
「ええ、存じ上げてますよ。ぼくは彼のファンですから」
えっ、変わってますね。という言葉をすんでのところで飲み干す。
……変に奴のことを愚痴ったりしてなくてよかった。
私の複雑な心境を読み取ったのか、ee氏はこちらを振り返り、薄く笑む。
「まあ今日のはちょっと、やんちゃが過ぎてましたね。けどね、正当かどうかはともかくとして、彼の行動にも理由はあるんですよ」
「はあ……」
「リンリンさんとゾエベルさんが、彼のクランメンバーだったことはご存知で?」
話半分に聞いていた私だったが、いきなりとんでもない情報がでてきたもので息を呑む。
え、嘘。
リンちゃんと、ゾエ君が?
彼の仲間? あれの友達だったの?
……でも確かにそういえば、出会った最初の時点でヨシヲ氏、そんなようなこと言ってたかも。突然キレ気味に絡まれたことのほうが衝撃的で、あの時は話の内容まで気が回らなかった。
驚き過ぎて言葉もでない私を眺めてから、ee氏は視線を前に戻す。
「[秘密結社1989]。それが彼等四人のクランの名前です。きまくら。の前線プレイヤーであり、いわゆるランカーでもあり。やっかみと羨望の眼差しを集める、有名クランの一つです。……しかし最近彼等は、クランとして、またパーティとしての活動を全くしていないようで。なぜだか知っていますか、ブティックさん?」
「いえ……」
「長らくの友情関係に亀裂が走ったらしいんですね。切っ掛けとなったのは、とある習可スキルの付いたアイテムだったんだとか。スキルの名は、【反撃の狼煙】」
………………ん?
「これがサブスキルのくせして、ハイスキルにも並ぶような環境スキルでして。人によっては『壊れ』なんて表現する者もいます。まあプレースタイルにもよりますし、ここら辺は意見の分かれるところですが。とはいえパーティに一人このスキル持ちがいるだけでも大分アドバンテージが付いてしまうような、ハンノロはそういうスキルなんですね」
「ほ、ほう」
「しかしとある筋からその衣装アイテムを手に入れたゾエベルさんは、自分が先にハンノロを取得するでもなしに、迷うことなくそれを推しキャラにプレゼントしてしまったらしいんです。そのことを知ってヨシヲ君は激怒し、現在に至るんだとか」
「はー……なるほど」
そんなことを話しながら歩いて行く内に、前方から喧騒が届いてくる。気付けば見覚えのある場所まで来ていた。
向こうに見えるのは大坑道のザクロライトっぽい。ここまで来ればもう大丈夫だ。
にしても大坑道のほう、さっきより人が増えてない? 縄張り争いのわちゃわちゃが盛んになってるとかじゃなくて、何かを見物しているような、そんな人だかりができている。
ee氏は前方の人の群れを認めて、足を止めた。そしてこちらを振り返り、目を眇めつつ口端を持ち上げる。
「ブティックさん。創造と破壊は紙一重なのですよ」
蛇のように鋭い笑みだった。
******
【きまくらゆーとぴあ。トークルーム(個人用)】
[송사리]
カズノリ…びっくりしたよ
[송사리]
びーちゃんも、すっごい感謝してた
それに感激してたよ、カズノリのオートマタドール
「綺麗だね、素敵だね」って
[滅べクレクレ]
当然
[송사리]
いつからあそこに来てたの?
もしかして、私がびーちゃんの遠征に付いて行くんだー、って言ってたから、心配して?
[滅べクレクレ]
いや
談話室で見た
金髪がびーちゃん追っかけてるって
[송사리]
そうだったんだ…
[滅べクレクレ]
やめられたら困るし
[송사리]
え?
[滅べクレクレ]
きまくら。
今やめられたら困る、びーちゃんに
まだメアリーの衣装もベアトリクスの衣装も作ってもらってない
製作中のテレジアも
[송사리]
そっか(´-ω-`)
[송사리]
でも、平気?
また嫌なメッセージ送られてきたりしてない?
[滅べクレクレ]
今のところ特に
[滅べクレクレ]
外出て思ったけど、きまくら。、昔と雰囲気ちょっと変わった
[송사리]
うん…分かる
[滅べクレクレ]
久々に外の空気吸ったら結構気持ちよかった
ヴィクトリアもルドルフもフィリップも、のびのび動けて楽しそう
[滅べクレクレ]
次びーちゃんの遠征付いて行くときは、俺も呼んでよ
[송사리]
……うん!
勿論!








