111日目 銀河坑道(3)
これはあれだな、セミアクティブモードを切ったままにしておいたのもよくなかったな。
でも、もう動じないぞ、と決意する。
MMOで遊んでるからにはね、やっぱりある程度の人馴れというか、図太さみたいなものも重要だと思うのよ。
ひたすら引きこもって服作ってるだけのプレースタイルならあまり気にしなくていいのかもしれないけど、私はやっぱり、それだけじゃ物足りないな、きまくら。ワールドをもっと飛び回ってみたいな、って感じるタイプだからさ。
だから私は億劫がる心を抑え、平静を装って声の主と対峙した。
まず浮かんだのは、「あらキレイな人」という感想だった。
ねじれた角とケモ耳を持つ青年アバターなんだけど、すらっとした華奢な体躯やロングストレートの白金髪、中性的な顔立ちにちょっとときめく。カミキリ様見たときにも思ったけど、私結構、見た目こういう美人タイプに弱いみたい。
ただ同時に、「あら残念」とも思う。なんかね、アバターの繊細な完成度に反して、格好がやたらユルいんだよね。
だぼっとした灰色スウェット地の上下セットってもう、まんま近所のにーちゃんの部屋着ってかんじなんですけど。それに合わせてる護身具が黒い大鎌って、うーん……コミカル世紀末がテーマだとすれば、間違ってなくもないのかもだけど。
そんなもやもやを抱えつつ青年を観察していると、彼は私を睨みつける目にさらに力を込めたようだった。友好的な雰囲気ではないようだ。
けど何だろう。冷酷そうだとか、怖いとはあんまり感じないんだよね。
憮然とした表情といい、尖らせた唇といい、“怒っている”というより“拗ねている”という表現が似合うように感じる。まるで子どもみたいに。
「ゾエとリンはおまえの仲間になったのか?」
「え?」
「クドさんも」
「はい?」
自己紹介もなく、急に何を言いだすんだろう、この人。
ワンチャン忘れてるだけの知り合いという可能性もなくはないので、ネームタグを表示してみる。けど、『ヨシヲwww』とかいうふざけたユーザーネームに勿論覚えはない。
とりあえず、『クドさん』というのは分からないもののゾエ氏とリンちゃんはまあ、友達ですけど、ええ。
そう告げると、ヨシヲ氏の顔に険が増した。
「そうか……おまえは最初から、それが目的だったんだな」
「えっと……」
「おまえがきまくら。に現れてからというものPTはばらばら、ゾエは好き勝手いなくなるしゾエの対応に追われてリンは注意散漫、クドウは元からリンしか見てない。ちったあ反省するかと思って距離を置きゃ、あいつらこれ見よがしにおまえと一緒に登場しやがった。だが、何もかも、おまえの策略だったんだな。結社を崩壊させ、俺の仲間を取り込むことにより、自分の力を付けたかったと、そういうことだったんだな……。だが……俺は認めねえぞ!」
俯いたヨシヲ氏の肩が震えている。何やらお怒りのご様子だ。
「あんな奴等、ほっといたっていいんだ。……でもなあ、それじゃ俺の矜持が立たねえ。だから……」
言って彼は顔を上げ、びし、と私に人差し指を突き付けた。
「おい、俺と勝負しろ、ブティック」
朗々と宣言するヨシヲ氏。
「どっちがクラマスとして相応しい人間か、或いはより優れたきまくら。プレイヤーなのか。決着をつけようじゃねーか。別におまえらの仲に水さすような真似はしねーよ。あいつらがどっちに付くのか、それはあいつらが決定すべきこと、個人の自由だ。俺はただこうなった以上、おまえの実力を見極めたい」
はあ、と、とりあえず私は静かに話を聞く体勢。
話の行方? 意味?
勿論全然分かってないですとも。けどなんか口挟めるような雰囲気でもなくってさ。
「ルールは簡単。今から二時間のあいだに、どれだけ【ニジイロトカゲの尻尾】を入手できるか。その数を競う。な? 猿でも分かるだろ?」
そうですネ。
それからヨシヲ氏は私に、自身のインベントリの中身を共有公開してみせた。初めから所持していたりとかのズルがないことの証明、なんだって。
そして私のインベントリも公開するよう求められる。
まあ見せて減るようなものじゃないのでね。別にいいですよ。
あと、勝負に不正がないよう録画も回しとくんだって。
念の入れようが凄いね。よく分かんないけど。
「じゃあ、二時間後、坑道の入り口にて待ち合わせな。逃げるなよ。まあ逃げたら逃げたで、俺の勝ちになるのは当然だけど。はっ」
言い捨て、ヨシヲ氏は坑道の奥に消えて行った。
その煌めく白金髪が完全に見えなくなるまで見送ってから、私は再びふう、と息を吐く。
さて、改めまして、ここから。ここから私の、いつもの遠征ライフの始まりですよ。
今日は本当、色んな人が現れて色んなことが起こるけど、マイペースを乱すつもりはありません。
図太く淡々と。それが私のきまくら。流儀ってところかな。
え? ヨシヲ氏?
まあ別にいいんじゃない、ほっといて。
だって私、彼の挑戦に応じる返事なんて一つたりとも発してませんから。逃げたら自然と負け判定になるらしいし、じゃあそれでいいかなって。
彼は勝手にひとりで勝負して、勝手に勝てばよいでせう。そうすれば彼は幸せになれるっぽいし、これは別に意地悪とかじゃなく、とっても利他的で慈愛のこもった判断なのです。
よーし、銀河坑道、満喫するどー。
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【きまくらゆーとぴあ。トークルーム(非公式)・Bさんにキャリーしてもらいたい人達の部屋】
[モシャ]
聞け皆のしゅ!
Bさんが銀河坑道に現れたぞ!
これは安全地帯確保の大チャンスなのだ!
[コハク]
いや、私も見たけど、Bさん今日ゾエリン引き連れてるんだよね
Bさん単体ならともかくあの二人がいるとなると、とても平和な遠征作業とは思えなくって
[まことちゃん]
カチコミ?
カチコミなの?
[Wee]
早くも無職に目を付けられ、陰湿なスキル牽制を受けてる模様
ただしゾエさんが全部捌いてはいますが
[きいな]
ササがB推し沼にはまったがゆえにBだけは攻撃できない体になってしまったっていう、あの噂は何だったの
[椿ひな]
B協定があって、B擁護&支援派閥も増えて、3745動画でBさん個人のインフルエンス力も爆上がりしてるっていうのに、あんな堂々と喧嘩売れるんだもんな
やっぱ無職ってすげーわ
[きつね]
ゾエリンは多分虫除け&保護者要員なんだろうけど、ちょっと裏目に出てる感はあるよな
友好条約目的でやって来た外国大使が片手にミサイル引っ提げてる、みたいな
[コハク]
かと思えばゾエさん、あからさまに挑発しだしたね
[まことちゃん]
やっぱカチコミじゃないか
[いりす]
あああブティックさん、遂に明確にソッチ側に堕ちてしまったというのか…
今までは悪女ムーブは飽くまで裏の顔、表立っては決して火種を撒くような真似はしなかったのに…
[賢者ビスマルクの息子]
まあこれだけ有名になっちゃったからねえ
最早表も裏もクソもない状況なんじゃないかな
[ジャガイモ]
まずい、ゾエのスポットライト煽りを切っ掛けに、何も知らん新規どもがBさんに押し寄せようとしている
[hyuy@フレ申投げるな]
メダカが説得に走ってる
加勢せよ加勢せよ
[Peet]
新規ちゃん、有名人に群がりたい気持ちは分かるけど、あの人はダメよ
色んな方面に喧嘩売っちゃうのよ
[モシャ]
B動画がアップされてから一週間かそこらだろ
もう銀河坑道まで来れてる新規て結構すげーな
ニートか
[Wee]
まあ夏休みだしね
あと今時の新規は先人に訓練されてるのも少なくないから、納得はいくかな
[バーボン]
先住民、B周りのマナーも早めに教えてやれよ~
必修科目だろこれ
[hyuy@フレ申投げるな]
リンブティは小坑道入って避難したっぽいね
よかった全面戦争じゃなくて
[カンタカンタ]
ん?
今Bさん達の後ろをヨシヲが追いかけてかなかった?
金髪ロン毛の別人だったかな
[明太マヨネーズ]
マジかよ、Bさんもう完全に結社の一員と化してるんだな
[モシャ]
いや…結社は今仲間割れでグループとして機能していないはず…
そんな状況下でBさんがゾエリン引き連れて登壇って…考え杉か?
[ねじコ+]
う~ん、ちょっと背筋が冷えてきたぞ~








