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放浪者と彼方の文通  作者: トモナ
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ドワーフの肴と仕事の一杯

 職人と弟子達は感嘆しながら放浪者の剣を見まわした。

 生きている間にこれ程の業物を実際に見るのは、おそらくドワーフの国でも数少ない体験者となった実感が彼等の心を震わせていたからだ。

 そして放浪者が職人に頼んだのは解体包丁に魔法のコーティングを施す加工術式で、刀身を魔力の膜で保護する困難な仕事である。


 たかが魔力の膜をコーティングするだけと侮ってはいけない。


 魔物の中には強力な毒や酸を身体に蓄えているモノも沢山いる。


 そうした魔物から必要な素材を切り離したり、肉と皮を切り離す時に刀身がそうした物にやられる事例は少なくない。

 冒険者などの仕事において「毒物魔物の討伐・解体は道具代で赤字になる徒労」という標語まである始末で、これが一部魔物討伐の依頼が進まない原因でもある。


 刀身に分厚い膜をコーティングしてしまうと、道具自体の切れ味を損ない解体そのものが上手くいかない。


 刀身の膜が薄すぎると肝心の保護の目的を果たせずに結局武器や道具を捨てる大損に繋がってしまう。


 そんな仕事を頼まれて息を呑む弟子達だが、職人は躊躇わず引き受けた。

 それは放浪者の剣に施された刀身の保護コーティングの術式を見て、それに匹敵するのではなく超える物を作りたいという欲望が湧き上がったからだ。

 決して明かさない製造者について知りたいと思う一方で、それについて知らずに今の自分の培ってきた全てをぶつけたいと思ったのだ。


 弟子達の力を借りずに仕事場に火を入れて、丁寧に解体包丁を預かって作業に取り掛かる。


 コーティングなどの術式を施すのは無数の彫刻刀や彫刻針を用いて、精密かつ複雑な魔術文字の回路を刀身に刻み込む一つの芸術だ。

 ましてや放浪者の解体包丁もまた希少鉱石ではないにしろ旅路で手に入れたお気に入りの業物で、その刀身に負けない道具選びだけでなく、道具に込める魔力の質にも気遣いが欠かせない。

 剣と魔法の世界において料理や鍛冶に使われる火種の材木ですら道具に大きな影響を与えるので、釜戸も数種類同時に火入れを行い、その熱量の一つ一つをその肌で感じ取りながら作業を行う。


 シワだらけながら力強く彫刻刀を使って刀身を削る純粋に強力な赤い火の色。


 力強さとは対極の緻密な一ミリの世界に挑む涼やかな青い火の色。


 躊躇いを跳ね除けて一瞬の判断を示す積み重なった経験の緑の火の色


 戸惑いではなく、直観から素早く違う種類の道具へと魔力を移す黒い火の色。


 培ってきた全てを乗せて、増えてきたシワを誇りに変える白い火の色。


 多彩な魔力と材木によって生まれる魔力によって通常では有り得ない色の火が釜戸から漏れ出ては職人の身体と肌を焼く、それでも職人の目はどこか穏やかで落ち着いた力を感じさせる。

 素早く、力強く、でも丁寧に、落ち着いて持てる全てを持って、自分の中に吹き荒れる格上の職人の遺した技に自分をぶつける。


 そんな姿は美しい。


 職人の弟子達の目は師匠の全てを見逃さまいと、飢えた獣のように鋭い。

 そう目指す先はずっとずっとずっとずっと先にあるのだから。


 作業が終わって手渡された解体包丁に魔力を通して状態を確認する。


 剣のモノとも引けを取らない素晴らしい出来に放浪者も思わず感嘆の息をほぅっと吐き出す。

 満足のいく出来栄えに職人も思わず拳を握り締めて静かに喜びを表現し、弟子に特別に冷えたただの水を持って来させて一息に飲み干す。


 ドワーフと言えば酒好きと思うだろうが、実は正しくもあるが同時に違う。


 鍛冶などの仕事において質の良い水というのは作業において極めて大きな役割があるので、ドワーフ達は仕事の為に質の良い水を仕事用に少しでも貯蓄していたかった。


 だからドワーフは飲み水を節約する為に酒という飲み物をひたすらに選び続けたのだ、それこそ長い年月を掛けて酒さえあれば問題ないと笑い飛ばせる身体になるように。


 自分の全てを賭けられる仕事をやってのけたその瞬間にだけ質の良い水を身体に流し込むのが、この世界のドワーフ族の習わしである。


 そして放浪者が良い職人に仕事を任せたのは、釜戸の特別な燻製室で作られる文字通り世界に二つとない燻製肉を仕入れたかったからだ。


 魔力を宿した食材はこの世界の人間達にとって独特の旨味成分として感じられのだ。


 腕の良いドワーフは今回のように質の良い材木と強い魔力によって多彩な火を生み出す。

 それを利用して地球でいう漬物のように同じ製法でも決して同じ味にはなり得ない燻製食品が存在している。

 世界に二つとないその燻製食品は、かつて放浪者の剣を打ち鍛えた人物のモノはそれこそ選ばれた存在だけが食べられる物として正体を知る他のドワーフ達から散々に自慢されたものだ。


 放浪者はあの国境近くの街で譲りうけたワインと交換を提案した。


 最初は渋った職人ではあったがワインの銘柄を見て、その熟成年月を見て、思わず疲れを忘れて呆けてしまう。

 エルフ印の特性大粒ブドウのワイン【熟成年月百年】もの。

 エルフならともかく他の種族では文字通り人生の間に一本飲めるかどうかの最上級の代物に、アッサリと意見を翻すと弟子達を引き連れて宿屋の一角を支配して息子夫婦にも同席させて飲む事を決める。


 決してこの味を忘れるな。


 決して情けない仕事をするな。


 決して挫けても負けるな。


 決して今日この日の出会いを忘れるな。


 世界にはこうして仕事を評価して、最高の贈り物をくれる者がいる事を忘れるな。

 評価されない日々は誰にでもある、評価されても納得出来ない事もある、自分の仕事に関して見失う事もあるだろう。

 それでも今日この日の酒の味を忘れるな。



 この工房の職人として、ワシの技を受け継いで、いつかもう一度この酒を飲める領域に辿り着け。



 振舞われた酒をチビチビと飲む者もいれば一息に飲み干す者もいる、そんな弟子達の姿を見る職人の眼差しは、とても優しいが自分のグラスにはちゃっかりと並々と注がれている。

 放浪者はそんなワインと宿の料理を楽しみ、それから解体包丁の試し切りとして旅路で培った腕で簡単な料理を振舞った。

 それからこの街でのお勧めの酒屋に対する簡単な紹介状を酔っている職人に上手く書かせて、燻製肉をアイテムボックスにしまってから部屋にあがってグッスリと眠る。


 閉じた目にはあの美しい火の輝きが焼き付いていたが、それすらも眠りを心地よくさせていた。


文通をタイトルに入れてるのそこまでいかない

おかしいなここまで肉付けする気なかったのに

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