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放浪者と彼方の文通  作者: トモナ
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ドワーフという種族の宿

 ドワーフの国には土地ごとの酒が多い。

 それは単純に土地柄の作物の収入によるものだけではなく、隣国との関係による観光用のものであったり交易で仕入れているものの影響を受けるからだ。

 放浪者は国境近くの街から馬車でドワーフの国一番の穀倉地帯である街へと馬車で移動していた、徒歩でも移動して良かったが今回は馬車を選んだのには理由がある。


 馬とワイバーンを掛け合わせた魔物数頭係りで牽引される観光用の大型馬車。


 天気は生憎の曇天ではあるが雲間から覗く太陽の光の柱に照らされる一面の小麦畑の姿を見る為だ。


 他の乗客もその美しさに感嘆する中で見える切り開かれた山に作られた階段状の田畑の美しさ。

 この季節に実る果実の豊作が見て取れるほど山肌を染め上げる果物の実りの輝き。

 ドワーフの国でも特に果物酒とビールなどの発泡酒が多彩に売り場を作り上げる事で有名な街であり、この街に行くならば馬車に乗れと誰もが語る程だからだ。


 関所を越えて、活気の熱風に吹き飛ばされないように放浪者はまず宿屋へと向かう。


 ただし宿屋選びの段階から名所巡りは始まっている。

 なにせ観光都市として作られている街での宿屋とは酒と同じようにその店ごとのサービスによって厳しい群雄割拠の界隈を戦い抜いている猛者だから。

 一つでサービスと言ってもドワーフの国ならではのものが多い事も放浪者が旅によって知った他国との違いである。


 まず単純に料理や酒が良い店。


 次に宿泊施設の質が良くフカフカのベットや温泉を持つ店。


 有力な店とのコネを持っている事でそこの施設を優先して受けられる店。


 だが今回の旅で放浪者が選んだのは【道具に関して優れている】店。


 ドワーフの国において工業はまさに他種族の追随を決して許さない分野だというのは言うまでもない。

 こうしたドワーフの国の宿屋には一線を退いた者や観光客の道具や装備を品定めして、より良い装備について紹介してくれる腕利きが滞在している店がある。

 武器に関して既に満足いくものを持っている放浪者はより強力な魔物を解体する為の道具を手に入れる為に、今持っているものよりも更に質の良い解体包丁や調理器具を求めていたからだ。


 特別報酬の金貨で懐も温かいのに加えて、特別なワインという手土産がある御蔭である。


 街でもそうした職人と繋がりがあると紹介雑誌にも載っている店に足を運び、冒険者としての身分証明書の提示と事情を説明して道具調達の為の宿泊契約をとって今装備しているモノを見せる。

 冒険者としてのランクの高さよりもドワーフにとって、来客者の装備している道具の状態を見た方が何倍も信頼出来るというのも種族柄というもの。

 放浪者に解体包丁を軽く振るわせ、調理器具の表面などをしっかりとチェックし、実際にどういった魔物達を討ち取って、何人の人間を切り殺したかと実戦経験を確かめる。


 だが店主から紹介された職人が驚いたのは、放浪者が見せた一振りの剣だ。


 ただの剣に見えるそれは、優れた職人であれば異常な剣であると理解出来る代物。

 職人は放浪者に自分から頭を下げたうえに、どうか工房に赴いて剣を弟子達とゆっくり見せて欲しいと嘆願した。

 ドワーフという種族の優れた職人がこうしてプライドを捨てて頼み込むというのは、それがどれだの代物で、それを持っている相手がどれだけの相手かを如実に物語っているかが判る。

 職人は息子夫婦に宿屋で残っている部屋で一番良い部屋をキープすることを命じ、宿屋で品定めの勉強として一緒にいたドワーフの若者に大急ぎで他の弟子達に工房での作業を終わらせ集まるように連絡を命じた。


 宿屋から通じている工房へとゆっくりと向かう間も職人は剣をウットリと眺めては、そっと剣の腹にシワだらけの指先を這わせる。

 

 自分と弟子達が作った道具を息子夫婦の宿屋に卸して使わせている職人は、少なくとも街の雑誌に紹介されていた過去を持つ街有数の職人であり、その弟子の数も決して少なくはなくその質も決して劣ってはいない。

 そんな職人が剣に熱中しているのは、単純に剣が他の優れた職人に作られた業物だからではない、職人を魅了するのは剣を構成している合金である。

 ミスリル・アダマンタイト・オリハルコン・ヒヒイロカネといったこの剣と魔法の世界においても希少鉱石を混ぜ合わせた至宝とも言うべき、これほどの合金を作るという時点でまず無理難題に等しいがそれを剣として成型するのが難関なのだ。


 放浪者が長い旅路で手に入れてきた希少鉱石を、ふとした事で知り合ったある職人にして戦士であるドワーフが一年掛けて打ち鍛えた至高の一振り。


 竜鱗すら熱したナイフでバターを切り落とすように抵抗なく切り裂き、その骨髄すら一枚の紙を引き裂くようにアッサリと両断してみせ、刃こぼれ一つしない。

 放浪者の旅路を幾度となく救ってきた相棒と呼ぶに相応しい一振りであり、もし放浪者の手から離れれば伝説の一振りとして後世に名前を残すであろう無名の一振り。


 ドワーフの国の宿には人が流れ着くだけではない。


 旅人が持っている遠い異国の工芸品や装備もまた流れ着く。


 それはその土地に住むドワーフにとってどんな黄金や酒にも代えられない代物だ。


 未知の素材・未知のデザイン・未知の魔法の加護などを眼にして触れる事が出来るのだ。


 ドワーフの宿屋には流れ着く。


 遠い異国にいるであろう姿なきライバル達の血と汗と涙の結晶達が。


 今もなお道は続いていると思わせてくれる強い強敵達の息吹が、工房という閉鎖した世界に活力の風を吹き込ましてくれるのだ。

どうしよう酒の話に行かなかった

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― 新着の感想 ―
[良い点] 作者様の硬派な意地が、あらゆる場面で炸裂している作品ですね! 他種族や野生動物にリスペクトがある作品は、「なろう」では本当に少ないですから、嬉しいです。 面白いとかつまらないとかを超越…
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