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chapter 3 魂の船

 船の一角に書庫があった。受付では鳥のおじさんがヒマをもてあましていて、ルナの知りたかったことを何でも教えてくれた。まず、ルナ達が乗っている卵みたいな船は死者の魂を運ぶ船だということ。そして、一度に運べる人数には限りがあるということ。これが分かったおかげで、どうして阿比寿町にちょんまげの魂がいなかったのかという疑問が氷解した。地球の魂は早く死んだ人から順に、船に乗るのを待っていたのだ。船の行き先はひとつではないそうで、私はどこで降りることになるのか?と訊いてみたら、自殺者の行き先は地獄だと思っておいたほうがいいね、と返された。ルナは少しだけゾッとした。

「それで、お嬢さんがたはどんな本をお探しかな?」

「《デストルド》の召喚呪文」

 おじさんとセネトは絶句した。

「さっきセネトさんのお話を聞いてて、ひらめいたんです。悪い神官は冥界のエネルギーの一部を《デストルド》として人間の世界へ引っ張り出したんでしょ?」

「そうね」

「なら逆に、あっちからこっちへ同じ魔法で引っ張り込むこともできるんじゃないかって」

「それはルナちゃん、危険すぎるわ。船の外で召喚することになるのよ?」

「でも、再封印を繰り返すごとに新しい《ウンネフェル》が必要になるのって、きりがないと思うんですよ。だってそのたび誰かが死ななきゃならないし」

 無言でルナとセネトを見比べていた鳥のおじさんは、魔術書の閲覧を条件つきで許可してくれた。条件とは護衛部隊のおにいさん達にも作戦を説明することだ。


 船の外は《うねうね》の巣窟だった。ルナが星々だと思って船から見上げていたのは、おにいさん達と無数の《うねうね》との戦いの雷光だったのだ。鳥のおじさんは魔術書の持ち出しまでは許可してくれなかったから、ルナは発音がむずかしいうえに長くてややこしい召喚呪文を歌だと思って覚えた。外国のロックバンドの曲を歌詞の意味も分からないまま歌えるルナにとって、そのていどは朝飯前だった。

 金色の杖先で暗闇に大きく光の魔法陣を描くあいだ、セネトがルナの背中を守ってくれる。セネトの戦い方はさすがベテランといった鮮やかさで、白金の杖をブーメランのように放り投げれば、杖の行く手にたちまち火花のイルミネーションがきらめく。群がる《うねうね》をチョップや肘打ちや回し蹴りで次から次に跳ね返すセネトは、さっきまでとはまるで別人だ。ルナの絵描き歌が終わると、冥界の暗闇に、目に見えない変化が起き始めた。……それは空間の歪みだった。


 光の召喚陣が空間に大きな虫くい穴を作り、この世とあの世とを結ぶ一本の通路になった。ゲートの奥から《うねうね》の塊が群れ出てくる。指輪に封印されていた《デストルド》がゲートを通じて冥界に送還された。だが同時に、冥界の《うねうね》も人間の世界へあふれ出そうとゲートに押し寄せる!

「一方通行じゃないんだ……!」

「ルナちゃん!冥界の《蛇》は私たちが押さえる!今のうちに元いた世界へ帰りなさい!」

 言われて、トンネルの向こうにかすかにのぞく本物の星空を見上げた。自殺した者の行き先は、地獄。しかし帰ったところで、地球もまた別の種類の地獄ではなかったか……?《デストルド》を吐き出した虫くい穴が閉じようとする最後の瞬間、ルナはセネトの腕を強く引っ張り上げて抱き寄せた。すると、あっけにとられていたセネトも通路の中を飛びながらルナを抱き締め返し、胸元の柔毛に顔を埋めさせてくれた。


 夜明け間近の砂漠に二匹は帰ってきた。砂丘はアリジゴクの巣のようにくぼんでおり、その中心にルナとセネトが立っているのだった。《猫の神》が砂から頭を出した。

「おかえりルナ、よくやってくれたな。おかげで自由の身になった。じゃが、まさかセネトを連れてくるとは……。分かっておるか?お前達もまた冥界側だということを」

「『死んだ者は生き返らない』でしょ?……私、人でも猫でもない、生きても死んでもいない、半端な存在になっちゃったなぁ」

「半端な存在でもできることを、これから考えてみましょう」

「やれやれ、仕方ないのう」

 太陽が砂漠の国を照らし、朝がやってきた。はるか砂丘の向こうにそびえる高層ビル群は人々の墓標だ。陽光を浴びて人間の姿に変身したルナとセネトは、死の世界で見つけた、たったひとつのぬくもりを放すまいと、互いの手をぎゅっと握り合った。


おわり

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