51話 自室拡張
私の伝えたかったことは、きちんと伝わったのだろうか。この胸の内にある感謝を、リンツにちゃんと伝えられたのだろうか。
本当のところは分からない。
だって、その答えは、リンツに聞かなくては分からないことだから。
ただ、私にしてはきちんと言えたつもりだ。もちろん、完璧ではないかもしれないけれど。でも、私にしては頑張った方。
だからこそ——少しでも伝わっていてほしいと願う。
その日の夕方。
私はリンツと、拡張作業が終わった部屋を見に行くことにした。
「どんな感じかしらね」
「広くなっていることは確かだろうね」
「えぇ。……少し緊張するわ」
ただ広がった部屋を見に行くだけだというのに、妙に緊張してしまう。
偉い人に会うわけではない。
誰かを説得しなくてはならないわけでもない。
だから、緊張なんて必要ないはずなのだ。
なのに凄く緊張してしまっている私がいる。リンツの隣を歩いているだけなのに、部屋を見に行くだけなのに、額に汗が浮かぶほどの緊張。体も強張る。
……おかしな感じ。
自室へ繋がる扉のノブに手をかける。そして、軽く回転させるようにしつつ扉を押し開けた。
「あっ……!」
パッと見た感じ、私の自室。今朝までと、何一つ変わっていないように感じられた。しかし、視線を少し動かすと、大きな変化が視界に入る。
「繋がってる!」
当然のことを叫んでしまった。
少し恥ずかしい。
「おぉ、広々しているね」
後ろから入ってきたリンツは、目を開き、感心したような声色で感想を述べた。
とても彼らしい、純粋でシンプルな感想だ。
「うむ、悪くない。これなら自由に行き来できそうだ。それに……完全に繋がってしまっていないというのも、キャシィさん向きと言えるやもしれんね」
隣の部屋と繋がってはいる。しかし、自室側は軽く壁に囲まれていて、「いかにも一部屋になっている」といった感じではない。
「えぇ! 面白い仕組みね」
工夫が感じられるところが素晴らしい。
「これならキャシィさんも、一人の時間も謳歌できるのではないかね?」
「本当に。ありがたいわ」
リンツのことは嫌いではない。それに、私たちは既に夫婦なので、同じ部屋で暮らすというのも問題はない。
だが私は、自由に寛げなくなってしまうことを恐れていた。
昼間からベッドの上で寝転んだり、好きな時に鏡を覗いたり。そういったことができなくなるのでは、と、不安を抱いていた。
しかし、この状態なら、そんな心配は必要なさそうだ。自由に寛ぐことも、時にはできそうである。
「でもリンツさん」
「何かね?」
「リンツさんとしては、前の部屋の方が広かったんじゃない?」
こちらへ移動してくると、狭く感じるのではなかろうか。
「うーむ……そうだろうか?」
「気のせいかしら」
「そう! それ! 気のせいだとも」
リンツは急に明るい声を出す。
何だか意味深だ。それまでは普通の声だったのに、急に明るい声に変わったことが、不思議で仕方ない。
訝しんでいた私に対し、リンツは呑気に尋ねてくる。
「キャシィさんは今まで通り、ここを使うよね?」
「そのつもりよ」
別段こだわりがあるわけではない。が、この部屋を使うとなれば、私は今まで私が使っていたところを使うのが普通だろう。それに、その方が気が楽だし、寛げる。
私が答えると、リンツはにっこり笑う。そして、元々隣の部屋であった方を指差す。
「では、僕の荷物はあちらに運び込むことにしようかね」
リンツは肩を回しながら張りきった顔。
「こっちがいい? それなら、変わってもいいわよ」
「いやいや。いいよ。気にしないでくれたまえ」
広くなった部屋での暮らし。リンツと二人の生活。それがどのようなものになるかは、まだ分からない。だが、彼とならやっていけるだろう。きっと、何とかなるはずだ。
それからはバタバタだった。
清掃員がやって来て、部屋の最終確認。幾人もの侍女が、リンツの部屋から物を運んでくる。大きい家具だけは男性使用人が。
非常に慌ただしい時間が続き、寛ぐなんて夢のまた夢だった。
これが自国でのことならば、働いている者たちがいる中でごろごろしていたとしても、叱られはしないだろう。第二であるとはいえ、王女だからだ。王女という身分ゆえ、ある程度自由に振る舞える。
しかし、ここは自国ではない。この国——ピシアにおいて、私は、王子のもとに嫁いだ一人の女に過ぎないのだ。
だから、話は大きく変わってくる。
いくら王女でも、ここでの私は他国から嫁いできた女に過ぎない。




