50話 広がりゆく世界
ガラス細工を集めていることを変な目で見る者も、世の中にはいるようだ。
私は特に何も思わないけれど。
ただ、ガラス細工集めを否定する者を躊躇いなく否定するというのも、それはそれで問題なのかもしれない。世は広い。それゆえ、いろんな考えの者がいるのは仕方ないことだ。
「心ない人もいるものね」
「そうなのだよ……」
「でも、多くの人は美しいと感じるはずよ」
十人中十人が「美しい」と言いはしないかもしれない。しかし、半数以上は「美しい」だとか「綺麗」だとか思うだろう。私がそうだったように。
「リンツさん、素敵なものを見せてくれてありがとう」
私は改めて礼を言う。
すると彼は、ほんの少し視線を下げて頭を掻くような仕草をした。
「い、いや。いいんだ。これはただ……僕の趣味だからね。むしろ、趣味の押し付けになって申し訳ないくらいだよ」
リンツの頬は、ほんのりと赤みを帯びていた。
人生経験も私なんかよりずっと豊富であろう彼が、こんな風に初々しく赤面している。その光景といったら、非常に不思議なものだ。
「いいえ、押し付けなんかじゃないわよ。誰が何と言おうと、ここは素晴らしい場所だわ」
「ガラス細工、気に入ってもらえたようで安心したよ」
「えぇ。私、こんなものは見たことがなかった。だから、勉強にもなったわ」
するとリンツは、ははは、と軽やかに笑う。
「そう言っていただければ光栄だ」
リンツはいつも、私に、色々なことを教えてくれる。お手玉も然り、ガラス細工も然り。先生が生徒に教えるみたいな堅苦しい形ではないけれど、素敵なことや興味深いことを、楽しく教えてくれるのだ。
だから、彼といるだけで勉強になる。
知らないこと。見たことのないもの。行ったことのないところ。
リンツと過ごせば、そういった物事に自然と触れることができる。そして、世界がどんどん広がってゆく。
それって凄いことだと思うの。
「……ねぇリンツさん」
今晩からは同じ部屋で繰らすことになる。良い節目だ。だから私は、今、感謝の気持ちを伝えることにした。
「ん? 何だね」
「リンツさんはいつも、私に優しくしてくれるわよね」
「それはまぁ……可愛い妻だからね」
戸惑いの色を微かに滲ませつつも、リンツは笑う。しわの多い顔に浮かぶのは、柔和な笑み。
二人きりの時に近くでこんな顔をされたら、胸を撃ち抜かれてしまいそうだ。
「それに、キャシィさんには寂しい思いをさせたくないしね」
「寂しい思い?」
言い方が気になったので、聞いてみる。
「僕の父は忙しくて、妻——つまり僕の母に、あまり声をかけていなかったんだ。で、母はいつも寂しそうな顔をしていた。だから、僕はキャシィさんを大切にしたいのだよ」
私とリンツが言葉を交わしている間も、飾られているガラス細工たちは曇りなく煌めいている。
「……へぇ。そうだったのね」
「理想と違ったかね!?」
「いいえ。今の話を聞いたら、リンツさんが優しい人だと、ますますよく分かったわ」
そう、彼は善い人なのだ。
「本当に……いつもありがとう」
ストレートに感謝の気持ちを述べるのは、少々恥ずかしさがある。理由はよく分からないけれど、照れてしまう。
でも言わなくちゃ。
言わなくては伝わらないのだから。
「色々ややこしいことを言って、迷惑をかけてごめんなさい。親に決められた結婚だからって、関係ないリンツさんにまで冷たく接して、申し訳なかったと思っているわ」
もっと早く、素直になっていれば良かったのかもしれない。
「こんな私に……めげずに何度も関わろうとしてくれて、ありがとう。感謝しているわ」
「ん? 僕は特別なことは何もしていないよ」
「何度もきっかけを作ろうとしてくれたじゃない」
するとリンツは、またしても、軽やかな笑い声をあげる。
「ははは。それはただ、僕がキャシィさんと仲良くなりたかっただけだとも!」
リンツは楽しげだ。すぐ近くでこんな楽しそうな顔をされると、自然と、こちらまで楽しい気分になってくる。もっとも、楽しい気分になれるのは悪いことではないのだが。
「楽しくないから帰る! なんて言われてしまっては大惨事。ははは」




