5話 優しい侍女
四十代と思われる侍女は、私の発言に驚いた顔をした。しかし、すぐに穏やかな笑みを取り戻し、そっと質問してくる。
「一人で過ごされることをお望みなのですか?」
「はい」
「承知しました。では、リンツ王子にそう伝えておきますね」
間違いない。彼女はやはり、良い人だ。こんな勝手な望みさえ受け入れてくれるのだから、悪人なわけがない。
「ありがとうございます」
「いいえ。当然のことをしたまでですので」
ぺこりと一礼し、彼女は去っていく。
その背中に向けて、私は言葉を放つ。
「あ……あの!」
私の声に気づいた彼女は、振り返る。
「いかがなさいましたか?」
「お名前、教えていただいても構いませんか!」
彼女はこの城で働く侍女。この先も、きっと、何度も会うことになるだろう。だから、名前くらいは知っておきたいと思うのだ。
「名前ですか?」
「は、はい。せっかくなので教えていただきたいんです」
すると、彼女は柔らかく微笑む。
「ローザと申します」
彼女の笑みは大人びていて、こうして眺めているだけで心が落ち着く。
「ローザさん……!」
「よろしくお願いしますね、キャシィ様」
「こ、こちらこそ! よろしくお願いします!」
隣国にいきなり嫁げばどんな酷い目に遭うかと心配していた頃もあった。長年勤めている女性から虐められたりしないだろうか、という不安もあった。
けれど、今はもう、そんな心配は必要ない。
こんなに優しい人と出会えたのだから。
「それでは、失礼致します」
四十代くらいの侍女——ローザは、再び一礼し、静かに部屋から出ていった。
それからは、一人で過ごした。
心の整理をちゃんとしたかったからである。
本当はリンツと仲良く過ごすべきなのだろう。しかし、今はとても、そういう気分にはなれない。
もし彼と一緒にいても、両親への複雑な思いが邪魔をして、楽しくは過ごせないだろう。それならもういっそ、一人でいる方がいい。私はそう思う。
とはいえ、いきなり放り込まれた部屋の中で一人でできることなんて、かなり限られている。食べ物があるわけでもないし、遊び道具があるわけでもないし、結局何もすることがない。
暇だ……。
とにかく暇……。
だから私は、ベッドの上で転がったり窓の外を眺めたり、そんなことばかりを繰り返していた。
そうすることで、ほんの少しだけだが、退屈をしのぐことができるから。
その日の夕刻。
ローザが私の部屋へやって来た。
「失礼致しますね、キャシィ様」
退屈しきってベッドに伸びていた私は、彼女の声を聞き、上半身を素早く起こす。
だらしないところを見せるわけにはいかない。
「まもなく、夕食のお時間です」
「そうなんですか!」
「リンツ王子と一緒にお食べになりますか?」
「あ……」
う、気まずい。
「あの、部屋で食べてもいいですか」
「こちらで、ですか?」
リンツには申し訳ないが。
「はい。お願いしたいです」
「承知しました。それでは、こちらへお持ち致します」
無理を言ってしまった、と罪の意識に苛まれる。が、ローザが笑みを崩さず接してくれたため、少しだけ心が軽くなった。
「しばらくお待ち下さい」
「無理言って、すみません」
「いえいえ。環境が変わったばかりですものね。落ち着いて過ごしたいというキャシィ様のお気持ち、理解できます」
なんて優しいの!
思わずそう叫びたくなったくらい、感動した。
嫁いできたばかりの余所者の私を温かく受け入れてくれ、無理を言ってもきっちり対応してくれる。しかも、とても丁寧に対応してくれるのだから、彼女は素晴らしい人だ。