46話 聞く耳を持たない彼女
この嫌な女性は、一体何者なのだろう。リンツの何なのだろう。
彼とは一体どのような関係性なのだろう?
そんな疑問を抱いていると、女性が視線をこちらへ向けてきた。
「初めまして、地味な娘さん。わたくしの名はイレーネ・ニュクス。名誉あるニュクス家の人間で、リンツ様の友人の娘ですわ」
人形のような女性——イレーネの発する言葉は、まるで、「貴女とは格が違うのよ」とでも言っているかのようなものだった。恐らく、自分を偉いと思っているのだろう。
……それにしても、友人の娘って。
微妙に遠くない? その関係。
「よろしくお願いします、イレーネさん」
突っ込みたいところは色々ある。ありすぎて困るぐらい、たくさんある。だが、嫌われてややこしい方向に絡まれたりしたら面倒だ。なので私は、今以上嫌われないように挨拶をしておいた。
「挨拶はなさるのね。最低限の教育は受けている、ということかしら」
「この国へ来てまだそれほど経っていないので、分からないこともたくさんありますが……」
軽く会話しておく。
「あら、そうでしたの! ピシアの生まれではありませんのね」
なぜ嬉しそうなのか……。
「はい」
「どちらからいらっしゃったのかしら?」
「アックスです」
するとイレーネは、ふふっと笑った。
馬鹿にしたような顔で。
「あらあら! ……では、田舎者ではありませんの?」
驚きの展開。
イレーネの発言は、私の想像の範囲の外だった。
だが、この程度で動揺していては駄目だ。その程度の人間であっては、大きなことは何もできないだろう。
私は、冷静さを失わないように努めつつ、言葉を返す。
「そうですね、えぇと……ピシアよりは発達していません」
「ふふっ。ですわよねー」
「リンツさんに連れていっていただいた遊園地などは、素晴らしい場所で、特に驚きました」
刹那、イレーネはバッとリンツの方を向いた。
「このような侍女と遊園地へ!?」
「侍女ではなく、妻だよ」
一応訂正するリンツだが、イレーネはまったく聞いていない。
「リンツ様! 見損ないましたわ!」
「なぜかね」
「侍女と外出など、王子らしくありませんわよ!?」
「いやだから、侍女じゃなくて……」
もう一度訂正しようとするリンツ。
しかし、その声がイレーネの耳に届くことはない。
「あぁ、なんてこと。このピシアの王子様が、王子の誇りを忘れるなんて——」
「違うのだよ!!」
リンツはついに声を荒らげた。
イレーネがあまりに話を聞かないので、腹が立ったのかもしれない。
「彼女はキャシィさんと言ってだね! 僕の正式な妻だよ!」
リンツが出した大きな声に、イレーネは言葉を詰まらせる。
「アックス王国から嫁いできてくれた王女様こそが、キャシィさんなのだよ!」
……ま、第二王女だけれどね。
「王女? はっ、ご冗談を。本当に面白い方ですわね、リンツ様は」
「冗談じゃない!!」
リンツは大人げなく叫んだ。
それから、私へ手を差し出してくる。
「行こう、キャシィさん」
広い心を持ち、基本常に穏やかな態度を崩さないリンツだが、今は少し不機嫌そうだ。
否、どちらかというと、不愉快そう、という表現の方が相応しいかもしれない。
とにかく、今のリンツはあまり心地よい気分ではなさそうだ。
「え。もういいの?」
「いい。キャシィさんと過ごせる、せっかくの楽しい時間なんだからね。余計な話をするなど、損としか言いようがないよ」
「わ、分かったわ……」
差し出された手を、そっと掴む。すると、リンツはすたすたと歩き始めた。イレーネの方なんて、少しも見ない。
「リンツ様!? どうしてわたくしを置いていってしまわれますの!?」
背後からは、イレーネの声。
彼女はかなり動揺しているようで、品のない声で叫んでいた。
「リンツ様っ!!」
私は、彼女を少し、可哀想だと思った。けれど、相手をし続け嫌みを言われるのも疲れるので、彼女の方へ戻ることはしなかった。
 




