44話 食の好み
私たちは、それからしばらく、お手玉で遊んだ。
掴んだり揉んだり、軽く投げ合ったり、上に投げてキャッチしてみたり、色々なことに挑戦してみた。
一人でなら寂しいだろうが、二人でなら案外楽しくて。
時間はあっという間に流れていく。
広い部屋に二人きり、というのは、少し寂しいような気もする。もう少し人がいた方が、と思わないこともない。だが、相手がリンツなので、しんとしてしまうことはなく、わりとずっと騒々しかった。
そうして散々お手玉で遊んだ頃、侍女がやって来て、「朝食の用意ができた」と知らせてくれた。私は一瞬「今から朝食は遅くない?」と思ったのだが、リンツから「遅めに頼んでおいた」ということを聞き、なるほどと納得。それならミスではないということだ。それが分かって、安心した。
遅めの朝食は、リンツの部屋に運ばれてきた。
私とリンツはソファに座ったまま、その朝食を食べ始める。
ふかふかのハーブ入りパンは、随所に工夫が感じられ興味深い。
葉野菜のサラダには、ビスケットを砕いた破片のようなものがちりばめられている。あっさりとした酸味のある液体で味つけが施されているらしく、食べると胃がすっとする感じだ。
海産物から抽出したエキスを使ったスープは、まるで魚介類を実際に食べているかのような、立体的な味。時折漂うニンニクの香りが、食欲を増進してくれる。
朝からこんな豪勢な料理を食べていいのだろうか。
少し、そんな風に思ってしまった。
しかし、味は悪くないし量も多すぎはしないので、きちんと完食することができた。
ただ豪華なだけではなく、量を食べきれる程度にしてくれているところは、非常にありがたいところだ。朝でも食べきれる量になっているので、胃を傷めずに済む。それに。無駄になる食べ物も少なくなるだろう。そう考えると、いくつもの意味で良いことだと思う。
「美味しかったわね、リンツさん」
遅めの朝食を食べ終わり満足しながら、私は彼に話しかける。
「うむ。そうだね」
「どれが好きだった?」
「うーむ……スープかな」
「私も!」
好みが合って、純粋に嬉しい。
食事の好みなんて人それぞれのものだから、一致しようがしまいが大差ないのかもしれないが、それでも、一致しないよりかは一致した方が嬉しいものだ。
「魚の香りが良いわよね!」
「そうだね。ニンニクも良かった」
「そうなの! そこも好きよ!」
思わずテンションが上がってしまい、いつもとは違う大きな声を出してしまった。
私はすぐに、手で口を塞ぐ。
「あ……ごめんなさい」
冷静さを取り戻すにつれ、恥ずかしさが膨らんでいく。
食べ物のことでこんな大きな声を出してしまうなんて、変に思われたかしら……。
「いやいや! いいんだよ!」
「……え」
「キャシィさんはまだ若いからね、たくさん食べるべきだと思うよ。それにだね、美味しくたくさん食べられるというのは、健康の証。素晴らしいことだとも」
リンツは笑顔だった。
その顔は、他人を変に思うような人間のそれではない。
私は内心ほっとする。
「では」
私が内心安堵の溜め息を漏らしていると、リンツがゆっくりソファから立ち上がった。
「どこかへ行こうかね」
リンツはそう言いながら、うーんと背伸びをする。
「どこかって? また城の外へ行くの?」
「いいや。今日は城の中を歩くつもりだよ。……外の方がいいかね?」
城の中か。
確かに、それもありかもしれない。
というのも、私はまだ、このピシアの城について詳しくはないのだ。行ったことがあるのは、何カ所かだけである。通ったことがあるところ、という括りにすればもう少し多くはなるだろうが、それでも、半分にも満たないはず。
「いいえ、どこでもいいわ」
私はこれからもずっと、ここで暮らしていくことになるのだろう。ならば、この国について、少しでも多く知っておいた方がいい。国全体のことを覚えるというのは無理でも、せめて城の内部くらいは把握しておくべきだろう。
「では! 僕のおすすめスポットを紹介しよう!」
リンツは妙に張りきっていた。




