43話 いい物を見せたくて
好きなところに座っていいと言われたので、ソファに座らせてもらうことにした。
というのも、いきなり他人のベッドに座るということには、少々抵抗があったからである。それに加え、他人が寝ているところへ勝手に座るなんて失礼だろう、という思いもあったのである。
それゆえ、私はソファを選んだのだ。
「ここに失礼するわね」
「どうぞどうぞ。好きなところへ座ってくれたまえ。何なら、ベッドでもいいんだよ?」
「いいえ。ここで構わないわ」
リンツはというと、机の方へ行っていた。
机と一体になっている棚から何かを取り出そうとしているらしく、豪快に腰を屈めている。
何を出そうとしているのかしら?
食べ物を出してくるような棚ではないから、食べ物以外の物だと思うのだけど。
「リンツさんは何をしているの?」
思いきって尋ねてみた。
すると彼は、机と一体化した棚のすぐ近くで腰を屈めたまま、穏やかに答えてくれる。
「ちょっと待っていてもらえるかね? いい物があるのだよ」
「いい物?」
「そう。キャシィさんに見せたい物なんだ」
見せたい物、ね。
べつにそんなに気を遣ってくれなくていいのに。
リンツは子どものように自由奔放なタイプで、他人に気を遣ったりなんてしそうにないのに、妙なところで意外と気を遣ってくれたりするから、不思議な人だ。
「もう少し待っていてくれたまえ。確かこの辺りにしまってあるんだ」
「分かったわ。急がないから、ゆっくりでいいわよ」
「おお……! 優しいね、君は。まるでエンジェルのようだ……!」
エンジェルなんて言葉を唐突に使われ、私は思わず苦笑してしまった。
だってほら、普通はあまり使わないじゃない?
「変ね、エンジェルだなんて」
「キャシィさんに相応しい言葉だと思うよ」
「まさか。リンツさんは、意外と冗談が好きなのね」
「冗談ではないよ! 本音だとも!」
はっきりと言われてしまった。
こうも躊躇なく言われてしまうと、もはや、何も返す言葉がない。
リンツが何かを探し出してから、あっという間に三十分が過ぎた。
もういいわ、と何度か言おう思ったが、一生懸命な彼を見ていると、そんなことはとても言い出せず。ただ時間だけが過ぎてゆくという結果になってしまったのだ。
「——あった!」
もうそろそろ本当に言おう、と決意した頃になって、リンツは声をあげた。
どうやら、探していた物が見つかったらしい。彼に手には、小さな茶色の箱が握られている。恐らく、その箱の中身こそが、彼の探していた物なのだろう。
「見つかった!」
嬉しそうに言いながら、リンツはソファの方へと歩み寄ってくる。
「あったの?」
「そう! ついに見つかった!」
リンツはドラマチックな言い方をする。その顔はとても嬉しそう。
「それは良かった」
見つかった小さな茶色の箱を大事そうに持ちながら、リンツは、何も言わずソファに腰掛けてきた。
自分の部屋とはいえ、何の断りもなく隣に座ってくるなんて。
私は内心、そんな風に思った。
だが、リンツのことは嫌いではない。だから、隣に座られること自体は、それほど嫌ではなかった。なので、特に何も言わないでおいた。
「これを見せたかったのだよ!」
リンツは箱の蓋を取る。
するとそこには、四つの丸い物体が入っていた。
「これは何?」
布で作られた、手のひらに収まるくらいの大きさの、丸い物体。
こんな物体は見たことがない。
「お手玉という物だそうだよ」
「へぇ。お手玉って名前なのね」
不思議な物体だ。ただ、嫌な感じはしない。手作り感満載の布で作られているところや、まるまるした可愛らしいシルエットは、好印象だ。
「触ってみてくれたまえ」
リンツがそう促すので、箱の中にある四つのお手玉のうち一つを、恐る恐る手に取ってみた。
肌に優しそうな、柔らかな布の手触り。少し揉んでみると、じゃりじゃり、という妙な音が鳴る。日頃滅多に聞くことのない奇妙な音が、なぜかとても心地よい。
「いい音がするわね」
「これはだね、東の国から来たお客さんがくれた贈り物なのだよ」
「東の国の?」
「そう。なかなか面白い物だとは思わないかね」
「えぇ! 実に興味深いわ」
東の国、なんて、壮大すぎてイメージが湧かないけれどね。
「その国では、これを投げて遊ぶらしいよ。僕にはできないがね」
紹介しておきながら自分はできないとはっきり述べる辺り、素直だ。
普通男性なら見栄を張ってできないこともできると言ったりしそうなものだが。
「投げるの?」
「まずは手に持つ。そして、上に向かって投げて、それをキャッチする。そういう動作が基本で、徐々にお手玉の数を増やしていくそうだよ」
……よく分からないわ。
「数が増えるほど難しくなるのね」
「そうそう! キャシィさんは凄く詳しいね!」
いや、詳しいわけではない。
数が増えるほど難しくなることくらい、誰にでも想像がつくだろう。




