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年上王子が呑気過ぎる。  作者: 四季
4章 同室の件
40/53

40話 しっかりして下さい

 翌日、いつもより少し早めに起きた私は、速やかに服を着替えた。そんなに乱れてはいないが、髪も整える。


 今日は工事で、いつものようにずっとここにいるわけにはいかないからである。


 外出はしないにしても、工事が終わるまでの間は、この部屋の外に出ていることになるだろう。それはつまり、ローザやリンツ以外の人にも会うということ。侍女はもちろん、その他の、例えば用事で城へやって来た人なんかに遭遇する可能性だってあるのだ。


 だから、寝巻きのまま、なんてことは許されない。


 今日は珍しく、ピシアへ来る時に持ってきた荷物の中から取り出したワンピースを着てみた。

 鏡の前に立つ。すると、懐かしいワンピースを着た自分が映る。

 上半身はターコイズ、スカートの部分はブラックのワンピース。胸のところについているリボンは黒く、ターコイズに囲まれているため非常に目立つ。


 ブラックというと大人っぽいイメージがある。だが、このワンピースの場合はターコイズがそれを上手く緩和していて、あまり大人っぽくない私でも、それなりに着こなせる。


 ピシアに来てからは一度も着ていないワンピースだ。


 鏡に映るのは、懐かしいワンピースを身にまとっている自分。目にするだけで、アックス王国にいた頃を思い出す。


 昔を思い出し、私は一人、しんみりする。

 あの頃にはもう戻れないのだと、そんなことを考えて。


 ……でもいいの。


 私はもう、あの頃に戻りたいなんて思っていないわ。今や、ピシアにだって、大切な人や思い出があるんだもの。


 優しい母のようなローザ。いつも楽しませてくれるリンツ。

 二人がいてくれるから、私はもう寂しくなんてない。


 もし本当に、もう二度と生まれ故郷へ帰れないとしても、それを嘆いてはいたくない。


 ただ嘆き続けるなんて無意味だ。今の状態を嘆いても、何も変わらないし誰も幸せにはならない。

 そんな無意味なことは止めて、私は、今この場所で幸福を見つけたいと思う。この国にいなくてはならないということ以外は自由の身なのだから、ここで幸福を見つけよう。私はそう思っている。



 コンコン。



 鏡に映る自分の姿を見つめていたところ、誰かが扉をノックした。


「はい!」


 私はそう返事をする。

 すると、扉の向こうから「リンツだよ」という声が聞こえてきた。


「勝手に入って大丈夫よ!」

「…………」


 得たいの知れない沈黙。

 何だろう、と思っていると、二十秒ほど経過してから再びリンツの声。


「すまないが、鍵を開けてはもらえないかね?」


 ローザが来てくれた時のためと思って鍵をかけていないこともあるのだが、どうやら今は鍵が閉まってしまっていたようだ。私は急いで扉の方へ向かい、鍵を開ける。


 そして、扉を引く。

 そこにはやはり、リンツが立っていた。


「やぁ!」

「開いていなくて、ごめんなさい」

「いやいや! 気にしないでくれたまえ」


 白いシャツに黒の長ズボン、そして、やや丈の長い濃紺のジャケット。夕陽が沈んだ直後のような色みが大人っぽい。


「いきなり来てしまって悪かったね! すまないね」


 だが、着ている服の色みが大人っぽくとも、リンツ自身はそれほど大人っぽくはない。彼自身の振る舞いはいつもと同じだ。


「……って、ああ!?」


 突如大きな声を発するリンツ。

 彼は目を皿のようにして叫んだ後、両手で私の肩を強く掴んできた。


「何かね!? そのワンピースは!!」

「え……」


 突然掴まれ、さらに叫ばれ、私は何も言えなくなってしまう。ただただ、唖然とする外ない。


「素敵すぎやしないかね!?」


 私の顔のすぐ前でリンツが叫んだ。

 こんな至近距離で叫ばれると、耳が痛くなってしまう。一瞬は「鼓膜が破れたらどうしよう」なんて考えてしまったくらいである。


「え、あの……褒めてくれているの?」

「そう! そうだとも!」

「ありがとう」


 リンツの勢いに圧倒されつつも、私は一応お礼を言っておいた。


「どこで貰ったワンピースなのかね!?」


 質問が飛んでくる。

 当分離してもらえそうにない。


「貰ったのではなかったかな? ということは、買ったのかね?」

「……持ってきたの」


 このまま黙っていると、凄まじい勢いの質問を続けられそうな気がするので、小さく答えておいた。


「持ってきた?」

「えぇ。アックスから」

「ほう、なるほど。そういう発想は、僕にはなかったよ」


 卵から生まれた犬を見たかのような顔つきだ。


「そうなの?」

「はは。すまないね、考えてもみなかったよ。というのも、キャシィさんがアックスから来てくれた人だということを忘れてしまっていてね」


 しっかりして下さい。


「いやー、しかし見事。最高だね、そのワンピースは」

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