39話 さすがに急すぎないだろうか
その夜。
夕食も終わり、自室で一人寛いでいると、突然リンツがやって来た。
「キャシィさん!」
扉を開け、彼を部屋の中へ招き入れる。
「どうなりまし……違った。どうなったの?」
反射的に以前のような話し方をしてしまいかけ、途中ですぐに修正。
一度決めたことは極力守る方が良い。
「大丈夫だったよ!」
「……大丈夫ということは、ここの部屋を使えるということ?」
もしそうなら、とても嬉しいのだが。
「そうそう」
「本当に……!?」
「わざわざ嘘なんか言わないよ」
そりゃそうよね。ぬか喜びさせるだけの嘘なんて、リンツがつくわけないわ。そのくらい、私だって分かってる。
でも、嬉しいことほど一度は疑いたくなってしまうものなの。
「じゃあ、ここで二人で暮らせるのね?」
私は改めて尋ねた。
するとリンツは、満面の笑みで答えてくる。
「そうなるね。隣の部屋とくっつけてもらうことにしたから、少しは変わってしまうかもしれないけど、一応、ここはこのまま使えるよ」
……隣の部屋とくっつける?
どういうことなのかしら。
この部屋は四方すべてが壁になっている。仕切りで区切られているような部屋ではない。それゆえ、隣とくっつけるなんてことは簡単ではなさそうなのだが。
「隣の部屋とくっつけるなんて、できるの?」
細かな疑問をいちいち尋ねてくる女なんて面倒臭いと、そう思う男性も世にはいるかもしれない。女は黙って大人しく従っていろ、なんて考える人も、たまにはいるだろう。
けれど、リンツはそんな風に思いはしない人なはず。
だから、疑問に思ったことは、小さなことであっても気軽に尋ねることができる。
「うむ。それはわりと簡単にできるよ。というのもだね、元々、この部屋と隣の部屋は同じ部屋だったのだよ」
「そうなの? でも、ちゃんとした壁があるじゃない。同じ部屋だったようにはとても見えないけど」
いつもなら入室してくるなりソファに腰掛けるリンツだが、今は、珍しく立ったままだ。
「ま、丁寧に工事したからね」
「工事?」
「キャシィさんを迎えると決まった時に、ね」
リンツは軽くウインク。
老いを感じさせる顔には、ウインクなんて似合わない。なんとなく違和感があって、少し笑いそうになってしまった。でも、リンツは元より大人びてはいない方なので、普通の紳士がいきなりウインクするよりかは違和感が少ない方なのかもしれない。
とはいえ、違和感がないわけではないのだが。
「隣国の王女様を迎えるのだから、きちんとした部屋が必要だろうと。しかし、この城には広い部屋が多く、一人が過ごすのに相応しい部屋がなかったのだよ。そこで、部屋の一部を区切り、キャシィさんの自室として使うことに決めた。そういう経緯があってね」
リンツは意外にも丁寧に説明してくれる。
「だから、この部屋の壁の一部は簡易的な素材なのだよ。つまり、その壁を外せば簡単に広い部屋にできる、ということ」
「へぇ」
「ちなみに、その工事は半日ほどで可能らしい」
「そうなの」
「だから、早速明日してもらうように頼んでおいたよ」
笑顔で話すリンツは幸せそうだ。
しかし……勝手に約束してこられるのは少し困る。
半日の工事とはいえ、色々準備せねばならないことがあるし、心の準備だって必要だ。
「もう決めたの!?」
「うむ、そうだとも。善は急げ、というからね」
「さすがに急すぎない!?」
「ん、そうかね?」
きょとんとした顔で首を傾げるリンツ。
彼が幼い子どもであったなら、きっと、とても可愛らしかっただろう。
……もっとも、実際には年をとった男性なのだが。
「まだ色々準備できていないわよ」
「まずかったかね?」
「お願いしてくれたのは嬉しいけど、できれば、一人で決めるのではなく少しは相談してほしかったわ」
「おぉ……そういうものなのかね……」
リンツに悪気がないことは、十分理解している。彼は善意で、早く話を進めようとしてくれたのだろう。だから、こんなことを言うのは、少々申し訳ない気もする。
だが、これは今後のためだ。
これから先、重要な選択をすることも多くあるだろう。その中には、二人で相談して決めるべきことだって含まれているはず。そういった時に、リンツが一人で勝手に話を進めたりしては、困ってしまう可能性もある。
将来困らないために、私は、今言っておいたのだ。
「分かったよ。これからはキャシィさんの意見も聞くようにしよう」
「……ごめんなさいね。せっかく善意でしてくれたのに、こんなことを言ってしまって」
「いや、べつに気にすることはないよ」
こうして、明日、部屋を広くしてもらうこととなった。
慣れているこの場所から離れなくて良くなったので、一安心だ。
ただ——部屋が広くなるなんて、どんな感じだろう?




