29話 変わり者は無自覚なもの
「だらけているところを見たいだなんて、リンツさんは変わっていますね」
ベッドに腰掛け、堂々とソファに座っているリンツに向かって言葉を発した。
「変わっていると思うかね?」
「はい。少し」
「そうか……まぁ、君が言うならそうなのだろうね」
いつものことながら、リンツは穏やかだ。私が失礼なことを言っても、少々のことで怒ったりはしない。怒るどころか、微笑みながら言葉を返してくれる。
「だがしかし、君も多少変わっていると思うよ」
「えっ」
私が、変わっている?
そんなことはないはずだ。
極めて不細工ということはないが、美人でもない目鼻立ち。まったくないわけではないがさほど目立たない胸。寸胴気味で足もあまり長くなく、いまいちかっこよくない体型。
私はこれといった特徴のない平凡な女。そのはずである。
なのに「変わっている」だなんて。
そんなことを言われたのは初めてだ。
もし相手がリンツでなかったら、「変わっているですって? 失礼ね!」と言ってしまっていたかもしれない。変わっている、なんて言われたことを、不快に思わずにはいられなかっただろう。そういう意味では、言ってきたのがリンツで良かった。
「自室でだらけていることを自ら告白する女性が、変わっていないわけがないと思うのだが?」
「た、確かに……」
言われてみれば、と、妙に納得してしまった。
「ま、変わっている者同士だと気を使わなくてよくていいね」
「はい」
変わっている者同士、とまとめられてしまうのは少々悔しい。複雑な心境だ。
しかし、ある意味それは事実なのかもしれない……。
「というわけで、キャシィさん。これからは、毎日一緒に過ごさないかね?」
え、話がまたそこに!?
「一緒に過ごすのは……あの、考えさせて下さい」
すると、リンツはバッと立ち上がる。
突然のことだったため、驚いた。が、特に怒っているということはなさそうだ。機嫌が悪くなるどころか、彼は余裕のある表情で私の方へと歩いてくる。
「……リンツさん?」
わざわざこちらへ来るなんて、一体どうしたのだろう。
そんな風に思っていると、彼は私のすぐ横に座った。
「あの、リンツさ……」
「何か考えることがあるのかね?」
二人並んでベッドに腰掛けているという体勢。なかなか不思議なものがある。
「迷うことは何もないと思うのだがね」
言いながら、リンツは私の体を抱き寄せた。
服と服が触れ合う。
「ちょ、ちょっと! 何ですか!?」
私は思わず声をあげた。
だって、急に触られるとは思っていなかったんだもの。
「君は実に謹み深い女性だね。そういうところも嫌いではないが……」
「リンツさんっ!?」
「もう少し積極的になってみてはどうかな?」
リンツの手が私のウエストに回される。
でも、その手は、極めて健全なものだった。淫らさなどは欠片もなく、父親が幼い子を抱き上げるかのような包容力を持った手だ。
「……ずっとこうしていたいものだ」
ふぅ、と息を吐き出すリンツ。
その表情は、どこか哀愁を帯びていて、秋の夕暮れのようだった。
「……気に入っていただけたことは、光栄に思います」
「おぉ。そうかね」
「けど……」
「何かね?」
「ベタベタ触るのは、止めてほしいです」
はっきりと述べておく。
するとリンツは、私の体から腕を離してくれた。
「嫌なのかね!?」
「はい。嫌いではなくても、触られるのはあまり嬉しくありません」
「おぉ……」
何とも言えない空気になってしまった。
私のせいだろうか……。
「ということはつまり、一緒の部屋で過ごすのは嫌という意味かね?」
「それはまだ分かりません。ただ、少し考える時間が欲しいのです」
いきなり言われて即座に答えるというのは、私には難しいことだ。
せめて、少し考える時間が欲しい。
「そうかね。……分かった。では、一日二日待つことにするよ。それでいいかな?」
「はい。お願いします」
「ありがとう」
「いえいえ。こちらこそ、ありがとうございます」




