27話 朝食と髪型と
翌朝、起床時あまりに眠かったため、私は朝食を自室でとることにした。
頼んでからしばらくして、ローザが運んできてきてくれた朝食は、安定の華やかさだった。
寝起きでも心を揺さぶられたほどの、魅力的な見た目である。
見た目が素晴らしい、と言うと、「見た目だけでしょ」と思われてしまうかもしれない。もちろん、世にはそういうものもあろう。ただ飾っているだけで中身が伴っていない、というのも、珍しいことではない。
ただ、ここははっきり言わせてもらおう。
ピシアの料理において、そういうことは絶対ない!
味が伴っていないなんてことは、今まで一度もなかった!
……それはさておき。
美味しそうだからこそ、出来たてを食べたい。早速いただくとしよう。
「いただきまーす」
誰にも見られていないが一応手を合わせ、朝食を食べ始めることにした。
香ばしい匂いの漂う、丸いパン。宝石のように光沢のある赤をした魚の切り身とタマネギを、洋風ドレッシングで和えたもの。色は薄めだが味はしっかりついている、ジャガイモポタージュ。
朝からこんなものを食べられるなんて、なんて素晴らしい暮らし!
……ただ、肥えないかどうか少し不安だったりする。
朝食を食べ終えた私は、鏡の前に立つ。
肩甲骨辺りまで伸びた水色の髪を、手に取り、リボンで結ぶ。アックス王国から持ってきた荷物の中に入っていた地味な紺色のリボンで。
異性が近くにいる環境なのだから、少しはおしゃれな髪型をした方が良いのだろう。リンツだって、きっとその方が喜ぶはずだ。それに、挑戦してみたいという気持ちがないわけでもない。
だが私は器用な方でない。
そのため、新たな髪型に挑戦するというのは勇気がいる。
一人そんなことを考えていた時。唐突に、コンコン、という乾いたノック音が聞こえてきた。
恐らくローザだろう。
彼女が朝食を回収しに来てくれたものと思われる。
鍵は開いているはずだ。
だから私は「どうぞ」とだけ言った。
すると、扉が勝手に開く。
「失礼しますね。朝食を下げに参りました」
「ありがとうございます」
ローザは今日も元気そうだ。明るい顔をしている。
「……あら」
食べ終わった後の食器を片付けながら、ローザは、鏡の前に立っている私へ視線を向けてきた。
「キャシィ様、髪型を研究なさっているのですか?」
ローザは、幼い娘を見る母親のような目をしている。
この人、もしかしたら、本当の母親より母親らしいのではないだろうか……。
「え? あ、いえ。ただ、髪をまとめていただけです」
「そうでしたか。失礼しました」
そんなことを話しながらも、ローザの手は動いていた。もちろん、食器の片付けをしてくれているのである。
会話しながらでも安定して仕事ができるなんて、素晴らしいことだ。
「あ、そういえば」
「何ですか? ローザさん」
「リンツ王子が、キャシィ様に会いたいと」
ローザ経由で用事を伝えてくるなんて、珍しい気がする。
「リンツさんが?」
「はい」
「何か重要なお話でもあるのでしょうか……」
私がなんとなく言うと、ローザは軽く頭を下げた。
「申し訳ありません。そこまでは伺っていないのです」
頭を下げさせてしまったことが何だか申し訳なくて、私はやや大きめの声で「いえいえ! 謝らないで下さい!」と返した。
だって、ローザに罪はないんだもの。
「私がリンツさんのお部屋へ行けばいいですか?」
「いえ。リンツ王子がこちらへやって来るものと思われます」
なるほど、いつもの感じってわけね。
それなら何の問題もないわ。
「分かりました! いつでも大丈夫です」
「承知しました。では、リンツ王子へそのようにお伝えしておきますね」
「いつも色々すみません」
「いえ。それでは失礼致します」
ローザが部屋から出ていってから、私は一人考える。
リンツ王子が私に用事だなんて、一体何だろう? と。
王子らしくなく、大人らしささえ控えめな彼のことだから、私の想像を遥かに超えるようなユニークな用事を持ってくるかもしれない。だが、そう思わせておきながら今日に限ってまともな用事ということも、考えられないことはない。




