25話 気楽に話せる方がいい
「ティートルネードッ!」
突如響いた叫びに、付近にいた誰もが振り返った。
だが、私としては嬉しかった。何でもいいから助けの手が欲しい、という気分になっているところだったから。
その数秒後、茶色い飛沫が飛んできた。
「ぎゃー!」
「ぎゃーあー」
「冷たいくらー」
飛んできた茶色い飛沫は、私を取り囲んでいた男性たちにかかった。
三人同時に悲鳴をあげたくらいだから、結構な量がかかったものと思われる。
一方私はというと、彼らに取り囲まれていたおかげで、あまりかからずに済んだ。もちろん一滴もかからなかったというほど上手くはいかなかったのだが、髪や服が少々濡れる程度だった。
「くっそ! 何だ、いきなりー!」
「こーわー」
「なんか茶色いのかかったまねぎー」
びしょ濡れになった男性たちは、口ぐちによく分からないことを発しながら、大急ぎで去っていく。そうして、私は場に一人残された。
——直後。
「キャシィさん!」
強く抱き締められた。
「……リンツさん?」
「すまない! 大丈夫だったかね!?」
私の体を痛いほどに抱き締めつつ、リンツは尋ねてきた。
「は、はい。少し面倒臭い方々に絡まれはしましたが……」
「良かった!」
「ありがとうございます。心配お掛けして、すみませんでした」
それからしばらく、私は、抱き締められ続けた。
……何とも言えない心境。
だって、リンツに抱き締められてからというもの、物凄く視線を感じるんだもの。嬉しいというよりか、恥ずかしい。
一分ほどが経過して、リンツはようやく私の体から離れてくれた。
「何者だね! さっきの男たちは!」
「ええと……よく分かりませんが、少しおかしな方々でした」
「ティートルネードが効いたから良かったものの……。やはり、女性を一人にしておくのは危険だと学んだよ」
確かに——って、え?
ティートルネードをしたのって、まさかリンツ?
「リンツさん、あの」
「ん。何かね」
「さっきティートルネードとかいう技で男性たちを追い払ってくれたのって……リンツさんでしたか?」
確認の意味も込めて問う。
すると彼は、頬を緩め目尻を下げた。
「そうだよ」
やっぱり!
……いや、気づいていなかったのは私だけなのかもしれないが。
「それがどうかしたのかね?」
「かなりパンチのある技だなぁと」
「パンチ? まさか。僕は誰も殴ってなどいないよ、暴力は嫌いだからね」
そうでなく。
「えぇと……。迫力のある技だなぁと思った、ということです」
「あぁ! そういうことだったのだね!」
どうやら、今さら理解したようである。
言い換えてもなお分かってもらえないという状況よりかはましだが、正直「そんな勘違いをすることがあるなんて」と思ってしまう。
「さ、ではそろそろ帰ろうかね」
「そうですね」
おかげで助かったのだからきついことはあまり言えないが、ティートルネードを受けたせいで、またしてもワンピースが濡れてしまった。乗り物の時にかかった飛沫がようやく乾いてきた頃にこれとは、今日はとにかく濡れる日だ。
リンツは私が濡れたことなんて気にしていないのでしょうね、どうせ。
「いやはや、今日は楽しかった」
「はい」
「……ん? まさか! キャシィさんはあまり楽しくなかったのかね!?」
不安げな顔になるリンツ。
私は慌てて、首を左右に動かす。
「いえ、楽しかったです! 凄く楽しませていただきました!」
案外すんなり言葉が出た。
それは多分、本当の心を話すだけで良かったからだと思う。
場の空気に合わせて発言を飾ることはできる。けれど、そうなると速やかに言葉を発することは難しくなってしまう。
「飛沫は驚きましたけど……何だか新鮮でしたし、良い思い出になりました」
いつでも本心を語ることができる関係がいい。
だって、その方が楽に話せるもの。




