22話 怒ったり笑ったりしながら
高くまで上がっていた乗り物が、坂を下るかのように滑り出す。信じられないような勢い。未体験の速度。
何も考えられなかった。
いや、考える暇なんてなかった。
目を閉じ、時が経つのをただただ待つことしかできない。
——バシャァン!
身を縮めた次の瞬間。
水が跳ねるような音と共に、飛沫が私たちに降り注いだ。
びしょ濡れとまではならなかったものの、雨のごとく降り注いだ飛沫によって服が濡れてしまった。
せっかく今日のために用意してもらったワンピースなのに。なんだか申し訳ない。
「……予想外に濡れましたね」
「ははは」
リンツは呑気に笑っていた。
ワンピースに水玉柄のような染みができてしまった私は、乗り物を降りた後、リンツに文句を言う。
「濡れてしまいました!」
「すまんすまん。驚かせてしまったかね」
「濡れる可能性があるなら、前もって言っておいて下さい!」
リンツのシャツにも飛沫による染みができていた。しかし、彼は私と違ってあまり気にしていない様子だ。
「まぁまぁ、そう怒らないでくれたまえよ」
「怒りますよ!」
私はワンピースのスカート部分を掴み、突きつけるようにリンツに見せる。
「こんなに濡れました! これでは、街を歩けません!」
「そんなにも騒ぐようなことでは……」
「騒ぐようなことです!」
大切なことゆえ、はっきりと言っておくことにした。
「男の方には分からないかもしれませんが、女は服が濡れたりすると困るんですよ」
「す、すまない……」
「今後は、前もって言うようにして下さい!」
こちらの方がずっと年下だというのに、こんな強気なことを言うのは、少々失礼かもしれない。そう思う心がないわけではなかった。
ただ、私は、思ったことはちゃんと言える関係でありたい。
そう思うから、少々失礼かもしれないけれど、自分の心をはっきり伝えるようにしている。
「分かった、気をつけるよ」
リンツはそう言った。
少々言い過ぎたかも、と思いもしたが、彼は何も言い返してはこなくて。
彼からすれば私なんて子どもみたいなもので、真面目に相手するような存在ではない。そんな感じなのかも、と思ったりした。
それから私たちは、遊園地の敷地内にある店舗でカレーライスや鶏の唐揚げを買い、近くのベンチでそれを食べた。
屋外で食事をするという経験はなかったため、私は、最初は戸惑ってばかり。足下に野生の鳥が寄ってきた時なんて、言葉を失ってしまった。
さらに、カレーライスは高級感のない味で、鶏の唐揚げは鶏のわりに脂身の部分が多かった。美味しくないということはないのだが、正直戸惑ってしまうような食べ心地。
ただ、それでも楽しかった。
リンツが傍にいてくれるから、である。
彼に対して私が抱いている感情の正体は分からない。どういったものなのかも、どのような言葉が相応しいのかも、不明だ。
しかし、彼と一緒にいれば楽しい。それは確かだ。
ということはつまり、悪い関係が築かれているわけではないのだろう。少なくとも、良い関係でいることができているということは確かである。
「よし! 腹ごしらえもできたことだ、次に行こうかね」
「また乗り物ですか?」
「そうだよ。次はクルクル回転するよ」
私は楽しいし、リンツも楽しそう。
一緒に来て良かった。
「メリーゴーランドですか?」
「違う違う」
「あ、違いましたか……」
「次は、風が心地よい乗り物だよ」
「へぇ」
何の説明もないままに、親が決めてきた結婚相手。それがリンツだった。式の日まで、私は彼のことを顔さえ知らなくて。そんな状態で、半ば強制的に結婚させられた。
けど、「結婚して良かったかもしれない」と、今はそう思えるようになった。
もっとも、夫婦らしいことなんてまだ何もしていないのだけれど。




