12話 彼と結婚に関する諸々
急に倒れたリンツのもとへ駆けつけた私は、意外と何事もなかったかのように彼と話せた。
こんなにも普通に話せるとは思わなかった。不思議なものだ、顔を見る前までは緊張していたというのに。
「いやぁ、それにしても……心配させてしまって悪かったね」
「いえ」
「ついでに何かお話しないかい?」
やや熱があるのか、リンツの顔面はほんのりと赤らんでいた。
しかし、それ以外はわりと元気そうに見える。
「……積極的ですね」
「そうかね? 僕としては、結婚相手と話をしたいと思うのは普通だと考えているのだが」
散々拒み続けてきた私に対し、リンツは何の躊躇いもなく喋りかけてくる。そのことが、私には不思議でならない。
が、彼の言葉を聞くと、「そうだなぁ」と思わないこともなかった。
彼があまりに当たり前のように言うものだから、彼の発言が当然のことであるかのように感じるのだと思う。
「けど私は、お誘いを何度も断ってしまいました。だから、リンツさんは不快に思っていらっしゃるものと考えていたのですが」
するとリンツは、ははっ、と笑い声を発する。
「まさか!」
簡易ベッドで寝ているわりに、楽しそうな笑い声。
予想外過ぎて、正直、戸惑いを隠せない。
「あの程度で不快だなんて思う人がいるのかね? もしいるなら会ってみたいくらいだよ」
彼はそう言うが、不快に思う人はいると思う。むしろ、その方が多いくらいだろう。誘っても断られ、誘っても断られ、そんなことを繰り返していて嫌な顔をしないでいてくれる人は、そう多くはないはずだ。
「リンツさんは広い心をお持ちなのですね」
すると、リンツの顔面が固まる。
何かやらかしてしまっただろうか——と一瞬思ったが、次の瞬間には彼の目が輝いていたため、少なくとも怒ってはいないだろうと理解できた。
光の宿った瞳でこちらを見つめながら、彼は、唇を隠すように手のひらを口元へ当てる。
「キャシィさん……!」
その口から放たれる声は、震えていた。
「え」
「あ、い、いや。何でもないよ」
「何ですか? 気になります」
慌てたようにおろおろされると、何を思っているのか気になって仕方ない。ちゃんと話してほしい、と思ってしまう。
「あ、いや……その、たいしたことじゃないのだよ」
「隠し事は止めて下さい」
すると彼は、暫し黙り込んだ後。
「分かったよ。すべて隠さず話すとも」
そんな風に言ってくれた。
……良かった、これで色々悩まずに済む。
「実はだね」
「はい」
「前から——そう、初めて君と顔を合わせた日から思っていたのだけれど」
「はい」
何をいうつもりだろうか。
「キャシィさん、若いのにしっかりしていて素敵だね! 魅了されるよ!」
おっと、急に甘い発言が来た。
本気だろうか。
「実は僕、ずっと、気に入る相手がいなくてね」
リンツは勝手に語り出す。
「成人した頃からは、結婚相手を探す会がちょくちょく開かれていてね。その会に時折参加して、女性を見ることはあったのだよ。けど、なかなか好みに合う女性はおらず、良い人を見つけられないままこの年になってしまった」
そんな風に話す彼は、自嘲気味に笑っていた。
彼の話の隙を見て、私の背後に立っていたローザが口を開く。
「ではキャシィ様、失礼致しますね」
「ローザさん! 行ってしまうのですか?」
「お二人はご夫婦なのですから、邪魔者はいない方が良いでしょう」
「え、でも……」
「何かご用がありましたら、お呼び下さい」
ローザはニコニコしている。
その表情はまるで、楽しく遊ぶ子どもたちを見守る親のようだ。
「それでは」
扉の方へ歩いていってしまうローザを引き止めようとした時、視界の中にいたリンツが、立てた人差し指一本を彼自身の唇へそっと当てるのが見えた。
引き止めるな、ということなのだろうか。
「リンツさん……」
「話の続きをしても構わないかね?」
あ、そうだった。
そういえば彼の話を聞いている最中だったわね。
「すみません。どうぞ、お話を続けて下さい」
「あいがとう。で、どこまで話したのだったかね……そうだ! 良い人が見つからず年老いてしまったところだったね」
「はい、多分」
はっきりと覚えてはいないけれど。
「ではそこから。そうして独身のまま年老いてしまった僕は、若い女性にはもはや相手されなくなったんだ」
「何だか大変ですね」
「そんな時、親が紹介してくれたのが君でね」
「私ですか」
「そう。隣国の王女だと」
なるほど。リンツは急に言われたわけではなかったということか。
私の両親も、彼の親を見習ってほしかった。
「で、結婚を決め、今に至る」
「話が飛びすぎでは!?」
思わず大声を出してしまった。恥ずかしい。
「いや、あまり長話も良くないかと思ってね」
「はぁ」
「というわけで、僕の話はここまでとしておくよ。聞いてくれてありがとう」
「いえ」
最後何とも言えないような締めくくり方になってしまっていたが、まぁ、そんなに深く考えることもないだろう。




