10話 思い出して
ローザと話をする中で、私は、前を向くということを思い出しつつあった。
ピシアに来てからというもの、四六時中、色々考え悩んでばかり。一度も前を向こうとはしなかった。ローザもリンツも、手を差し出そうとしてくれていたのに、私はその手を取ろうとしなかった。
勝手なことを無断で決めていた両親に言ってやりたいことは山ほどある。
けれど、そんなことは後でいいのだ。
文句なんて、再び出会った時に思う存分言ってやればそれでいい。
ぐだぐだ考え込むことよりも大切なことがある。両親への恨みを募らせることより先にすべきことがある。
今日、ようやくそのことを思い出した。
心の中に立ち込めていた暗雲は、みるみるうちに晴れてゆく。そして、その先に見えるのは、雲一つない青空。
「……明日は彼に会ってみよう」
夜眠る前、ベッドの上でそう呟いた。
翌朝。
私はローザに突然起こされた。
「キャシィ様! キャシィ様!」
「もう少し眠らせて……」
ぐっすり眠っていた私は、すぐに状況を掴むことはできない。頭がまだぼんやりしているからだ。ただ、ローザの様子から、急ぎの用であることは想像がついた。
「早朝、リンツ王子が……!」
ローザの口から放たれた言葉。
それは、寝惚けていた私を一気に覚醒させた。
「リンツさんに何かあったのですか!?」
急激に眠気が吹き飛んだため、すぐに体を起こす。
普通に発したつもりだった声は、予想外に大きかった。
「リンツ王子がお倒れになって……」
「そんな!」
馬鹿な、あり得ない。
つい先日まで、あんなに健康そのものだったのに。
しかし——彼は若くはない。だから、急に体調が悪くなる可能性がないとは言えないのだ。そこそこな歳だから、前触れなく体に異変が起こるということも考えられる。
「彼はどこに!?」
昨夜ようやく「彼に会おう」と決意できたというのに、もし彼の身に何かあったら。そう考えると、不安でたまらなくなった。長年関わってきたわけではないのだから、そんなに心配する必要もないと思うのだが、結婚相手である以上やはり不安だ。
「今は医者のもとへ行っていらっしゃるところかと」
「様子、見に行きます」
こんな形で再会するというのは、あまり喜ばしいことではない。
けれど、二度と会えないなんてことになってしまったら後悔するだろうから、少しでも早く会いに行かねば。
私は寝巻きのまま立ち上がる。
「ローザさん、案内していただけませんか」
「は、はい。キャシィ様がそう仰るのなら、このローザ、案内させていただきます」
「ありがとう!」
こうして私は、久々に部屋から出ることとなった。
ローザはすぐに冷静さを取り戻し、まだピシアの城に慣れきっていない私を、しっかりと案内してくれる。
素早く歩きつつも時折言葉をかけてくれるところが、特にありがたかった。
私が生まれ育った城と同じように、ピシアの城の中にもたくさんの使用人がいて、彼女らは、寝巻きで闊歩する私を恥ずかしいものを見るような目で見ていた。無理もない、寝巻きのまま部屋の外を歩いているのだから。目立つのも、見てはいけないものを見るような目で見られるのも、当然といえば当然なのだ。
これまでの私だったら、そんな視線を気にしていただろう。
嫌われているのか、不快がられているのか、と、考えすぎて悩んでいたに違いない。
しかし、今はもう、そんな風に悩みはしなかった。
リンツに会いに行く。
そのことだけに集中できるようになっていたからだ。
「もう着きますか?」
「あと少しです。あちらの角を曲がれば、到着です」
ローザの言葉に、喉が上下した。
もうすぐリンツに会う。
そう考えると、やはり、まったく緊張しないというわけにはいかない。
彼が嫌な人でないことは知っているけれど、まだ慣れていないため、会うというだけのことであっても緊張するのだ。




