ドリームワールド
魔物に支配された世界、そこで奴隷として生きる、ケージ・ターガーは、ある魔物に襲われてから、不思議な夢を見るようになる。夢の中では、人間が魔物を支配しており、現実世界とは反対だった。
ケージは腕に覚えがあったが、争いが嫌いであった。例え、夢の中であろうと、魔物相手だろうとも、力を使いたくなかった。しかし、夢の仲間達には理解されなかった。
そんな夢を見るようになってから、魔物の友人であるエンツレリクレツが、魔物に襲われたケージを病院に入れたことで、人間を守る者として、死の島に送られてしまう。
ケージは、エンツレリクレツを助けるために、彼を崇拝する犬の魔物グレッドと共に死の島に向かう。
島への道のりの途中、初めて訪れた禁断の遺跡で、そこが、夢の中で見たものと同様な事をケージは知る。
そして、夢の中では、魔物が人間に反逆するために、禁断の遺跡で、魔法の力を使った、兵器を開発している事を知る。
グレッドが捕まえた、罪人として、死の島に入ったケージであったが、そこで、以前助けた女性ルナと再会する。自らの行動で、この島に送られたと、後悔したケージは、彼女も一緒に助け出す事にする。
無事に二人を連れ、島を脱出したケージは夢のことが気になり、禁断の森に向かおうとするが、途中で、魔物達に見つかってしまう。
しかし、ルナが魔物達にも姿を見せない魔物の王である事が発覚し、彼女の計らいで助かる。
ケージは夢の中での、ルナとの会話で、夢が現実のことであり、その世界では、自身が魔物と認識されている事を知る。夢の中では、人間が魔物に、魔物が人間になっていたのだ。そう夢の仲間達は魔物だったのだ。
そして、魔物と人間の関係が周期的に逆転し、人間の王、魔物の王の勝利した方が力を持つようになる事を、自らが人間の王である事が神々により決められている事を知る。
それを知ったケージは、禁断の森にいるだろう、実は魔法ではなく、科学の力で、魔物に攻撃を加えようとしている人間達を止めに行く。
ルナを含めた魔物の協力もあり、人間達を止めたケージだったが、そこで、神の遣いにより、彼女との戦いを求められ、ケージは止むを得ずそれを了承する。
ルナとの戦いで、彼女を倒す演技をするケージであったが、神の遣いに見破られ、戦うことになる。
ケージ達は神の遣いとの戦いで、人間と魔物の絆を認められ、人間と魔物の長き争いは終わる。
プロローグ
この世の中は、ある時から、魔物が支配する世界になっていた。
まだ、顔の覚えていない母が居た時に言っていた。数百年前までは、この世の中は、人が支配していたと。そして、ある時、突然、この絶望的な状況になったと。
今では、殆どの人間は牢獄の様な家で、生活を余儀なくされていた。ケージも例外ではなく、そんな家の中で、今にも吹き飛びそうな布団の中にいた。
この日は酷く寒く、ケージは布団から出たくなかった。しかし、そんな寒い中でも、家の扉が、彼を呼び出す様に、何者かによって叩かれた。ケージは、寒さから、その扉に反応することが面倒になる。
「おい! こら! 開けろ。叩き壊すぞ」
外から乱暴な声が聞こえてくる。扉が無くなると、さらに寒くなると思ったケージは、面倒臭そうに、ゆっくりと扉に向かう。
扉を開くと、狼の様な顔をした不細工な魔物がいた。ただ、動物とは違い、彼らは二足歩行をしており、立派な鎧を纏っていた。
もう一人は、鬼のような顔を持った、種族の魔物がいた。その屈強な肉体は、人々を威圧する様なものであった。
「お前、相変わらずなめているな。魔物様が来たら、すぐに開けるものだぞ」
犬の様な魔物が言う。相変わらず、三下を絵に描いたような男である。
「すみませんね。眠かったもので」
ケージがあくびをしながら言う。
「魔物を軽く見ると、どうなるか教えてやろうか?」
狼の様な魔物が言う。ケージは、未だこの男の名前が覚えられなかった。
「がははっ、そう熱くなるな。いつものことだろう」
鬼の様な顔を持つ男が言う。ケージは、この男の名前は覚えている。エンツレリクレツと呼ばれる将軍だ。
「エンツレリクレツ将軍。人間に甘い顔をされては困ります。この男を特別扱いしすぎなのではないですか? それに人間を作業場に移送するなんて、貴方様がすることではないでしょう」
「今は魔物が支配する世界だ。儂らは自由にやればいい。それは、誰を特別扱いしようが自由だってことだ」
エンツレリクレツが言う。
「分かりました。では、後は、お任せいたします。人間、あんまり調子にのるなよ」
狼男はそう言うと、別の家に向かって行く。
「さあゆくか。さすがに、仕事を休ませる様な特別扱いはできんぞ」
エンツレリクレツはそう言うと、ケージに手錠をかけ、そこに付いている鎖を引っ張る。
第一章不思議な世界
ケージの周りには、薄暗い空間が広がっていた。そんな中に、何人もの人間が、必死に穴を掘っていた。
「何で、こんな洞窟をさらに掘らないとならないのかねぇ」
ケージの隣で、スコップを持ち、壁を削っている男が言う。
「さあね。魔物だから、暗いところが好きなんじゃないの?」
ケージが言う。
どうやら、魔物たちは、この洞窟を広げて何かを作ろうと考えているようなのだ。ケージたちは、その作業に駆り出されてきたわけだ。彼にとっては、魔物が何を作ろうが興味がなかった。ただ、頼まれたのであれば仕方ないだろう。魔物に逆らうわけにもいかない。
「なあ、何で、俺たち人間は、こんな目にあわないとならねえんだ」
隣の男が言う。ケージには興味のない話だった。魔物が何かを作ろうとしている。それだけだろうと。
「ただな。最近、人間の救世主が現れたって噂を聞いたことがないか?」
隣の男が言う。それが事実であれば、人にとっては朗報だろう。大した人間もいるものだと、ケージは感心する。
「しかし、その中の中心人物の一人が捕らえられてしまったと聞く。頑張ってほしいものだがな」
男が言う。それは残念だなとケージは思うが、ただ、今のご時世に魔物に逆らっては、その末路もやむを得ないだろうと、彼は思う。
ただ、ケージは、それよりも、気になることがあった。この作業場に女性が混ざっていることだ。金髪で青い瞳をした、細い腕の持ち主の彼女は、周りの男とは違い、今にも倒れてしまうかのような疲弊をしているように見えた。女性だからと言う問題ではない。人間や魔物とか関係が無い、弱っている者を痛めつけすぎるのは、力ある者でも許されないのではないだろうか。命を失う現場は見たく無い。
だが、ケージは、極力関わってこなかった。自らの保身のためというのもあるが、守りきれる自信がないからだ。彼が助けても、魔物の報復が、助けた人間に行く可能性があるためだ。
「あの女、落ちなかったぜ」
洞窟の入り口の方から、魔物らしき声が聞こえてくる。
「げっ、魔物たちが来たぜ」
隣の男はそう言うと、さっきまでとは人が変わったように作業に力を入れ始める。ケージは、依然、変わらない様子で作業を続ける。
少しすると、声の主が現れる。ワニのような姿をした魔物と、狼のような姿をした魔物が姿を表す。
「くそ! むかつくぜ」
先ほどの品のない発言をした魔物だろうか。彼が、近くにいる人間を手で叩く。
「ぐっ」
男は、そう言うと、勢いよく吹き飛ぶ。
ただ、その魔物も、力を加減しているのだろう。彼らが本気で人間を殴れば、その者は生きてはいないだろう。その証拠に、男は、弱々しい足取りながらも立ち上がり、作業を再開する。
周りは見て見ぬ振りをしていた。彼らの思うことはただ一つだろう。自らに、その災難が及ばないことを願っているだけだ。それは、ケージも、被害者には気の毒とは思いながらも、無視して、作業を続ける。その間、何人かの者が、魔物の八つ当たりの被害にあう音が聞こえてくる。
「おっ、人間の雌がいるじゃねえか。くそ! あの女の代わりに、こいつをぶん殴ってやるか」
ワニの男の声が聞こえてくる。ケージがそちらに視線を向けると、そこには、先ほどの女性が目に飛び込んでくる。ワニの男は下卑た笑みを浮かべながら、手をあげて殴るふりをしており、女性は明らかに困惑していた。
ケージはスコップを捨て、勢いよくワニの男に向かい駆け出し、彼の側に来ると、男の手を掴む。
「ねえ、それは辞めましょうよ。確かに、あんたらにとっては、おれらはゴミかもしれない。でもさ、そんな無抵抗な人間を殴ったって、親しい人に胸を張って言える? 側から見ると、みっともない胸糞悪い光景だよ」
「何だ! てめえ!」
ワニの男はケージの手を振り払い。その手で、彼の頰に、拳を叩きつけてくる。それを受けた、ケージが吹き飛ばされる。
ワニの男と、更に狼の男が、吹き飛ばされた、ケージに再度近づいてき、何度も蹴りつけて来る。ケージは防御もすることなく、その攻撃を受ける。
「何だ。この人間。生きてやがる。腹たつな」
ワニの男は、肩で息をしながら、そう言うと、腰に携えている剣を抜く。それを見た、ケージは覚悟を決める。魔物に逆らったのだから、それも止むを得ないだろう。彼らにとっては、人間の命など、大層なものではないのだから。
しかし、諦めるのは早いかもしれない。以前どこかで見た真剣白刃取りを試して見ても良いかもしれない。
「おい。こいつ、よく見たら、エンツレリクレツ将軍のお気に入りじゃねえか?」
狼の男が言うと、ワニの男が、ケージの顔を見て、驚いた表情をする。
「本当じゃねえか。ちっ。命拾いしたな。てめえ、この雌に興味でもあったのか?」
「違いますよ。ただ、おれが、腹が立ったから止めただけです。女性は関係ない」
「そうかよ」
ワニの男は、そう言うと、ケージに唾を吐きかけた後に、その元を離れていく。彼らの姿が遠くなったら、先ほどの若い女性が、彼の元に近づいて来る。
「大丈夫ですか! 私のせいで、こんな・・・。医務室に行きましょう」
「いいよ。体だけは生まれつき頑丈なんでね。それに、人間のために、医務室なんて使わせてくれないよ。気にすることないよ。まあ、良くあることよくあること」
ケージはそう言うと、立ち上がり、笑みを浮かべる。
「今度、お礼を。お名前は何と言うのですか?」
「別にいいよ。いや・・・」
ケージの脳裏に、以前、彼が助けたことで、報復を受けた人間が浮かび上がってくる。
「ケージ・ターガーというんだ。もし、何かあれば連絡して。ただ、それよりも、作業しないと、また、魔物様がご挨拶にくるよ」
ケージはそう言うと、心配する女性を無視して、自らの作業場に戻る。
ケージの周りには、平原が広がっていた。美しい木々が多くあり、その周りの景色はどこまでも続くように思えた。
「がははっ、なんか、魔物に殴られたらしいな。まあ、魔獣みたいな奴もいるからな」
ケージの隣を歩いている鬼の顔をした男が言う。エンツレリクレツが、彼の隣にはいた。
魔物には二種類いる。隣のエンツレリクレツの様に理性を持った二足歩行をする者。もう一種類は理性なく、人間を襲う獣のような魔獣だ。
そのため、人間の作業場の行き帰りで、魔獣に襲われない様に護衛されることがある。彼らにとっても、人間は大切な奴隷なのだろう。ただ、エンツレリクレツの様な将軍が護衛をすることは、まず無いだろう。
「殴られたことなど何度もあるよ」
ケージが答える。エンツレリクレツに言われ、二人同士の時には敬語は使わない様にしていた。
「しかし、魔物に殴られて生きているとはな。お前の体はどうなっているんだ? 今度、調査班に頼まないとな」
エンツレリクレツが笑みを浮かべながら言う。
そう、魔物に本気で殴られたら、人は容易に命を失うのだ。ケージもその現場を何度も見て来た。思い出したくない光景だ。
しかし、彼は生まれつき、異常な身体能力を持っていた。それがあり、彼は魔物への恐怖心がいまいち弱かった。ただ、勘違いしてはならない。人間が魔物に敵うわけはないのだ。
「お前は本当に面白い」
「ねえ、前にも聞いたかもだけど、何で、あんたは、おれに良くしてくれるんだ? 面白いから?」
ケージがエンツレリクレツに聞く。
「がははっ、すぐにお前はものを忘れるな。確かに、それもある。ただ、儂がお前を気に入っているのは、その目だよ。お前の目には魔物に対する憎しみがないのだ」
エンツレリクレツが言う。それは、ケージには理解ができなかった。何故、魔物という理由だけで、知りもしない者を嫌わなければならないのだと。
確かに、魔物は人間にとっては天敵だろう。ケージにとっても、好きな存在ではない。しかし、エンツレリクレツのような魔物もいる。ただ、そんな考えは、恐らくは、変わっているのだろう。
「それに、お前を好いているのは儂だけではないよ。他にもいる」
「へえ、例えば、どんな魔物?」
「んっ、まあ色んな魔物だ」
エンツレリクレツがどこか濁すように言う。
「そう言えば、お前が守ったのは、若い女性だった様だな。儂には分からんが、人間にとっては美人だったのか?」
エンツレリクレツが言う。確かに、綺麗な金髪の長い髪に、青い瞳を持ち、整った顔をした女性だった様に思えた。ただ、ケージは、そういった事には興味がなかった。ただ、自らよりも、圧倒的な弱者が虐げられるのが許せなかったに過ぎない。
「お前も、そろそろ、嫁さんを探さんとならんぞ。我ら、魔族の奴隷を増やすためにもな。その娘なんて良いのではないか?」
エンツレリクレツがそう言って笑う。確かに、ケージも、今年で二十歳になる。そろそろ、そう言ったことも考える頃かもしれない。彼は、エンツレリクレツの言葉に、納得する。
「おっとと、それよりも、儂が見つけないとならんか!」
エンツレリクレツはそう言い、更に笑う。
そんな、くだらない話をしている時だ。二人の視界が、不思議な生き物が近づいてくることを捉える。馬の様な姿をしていたが、頭には角が生えていた。
ケージは、以前母に教えてもらって、その正体を知っていた。ユニコーンと呼ばれるものだ。しかし、それは魔物にも存在せずに、架空の存在のはずだ。
「ケージ! 下がっていろ」
エンツレリクレツはそう言うと、彼とユニコーンの間に入り、手に持っている大剣を構える。それに反応したのか、ユニコーンは、更に速度を上げ、ケージたちに近づいてくる。その速度は、考えられない様なものであった。
「何なのだ。あの生き物は」
エンツレリクレツがつぶやく様に言う。そんな事を考える間も無く、ユニコーンと、エンツレリクレツが衝突する。彼は、ユニコーンの角を大剣で受ける。
「何なんだ。この力は・・・。持ちこたえられん。ケージ、逃げろ!」
エンツレリクレツはそう言うと、大剣を弾き飛ばされ、角こそ避けたが、ユニコーンの頭からの突進を受け、吹き飛ばされる。
すぐに、ケージの目の前に、ユニコーンは現れ、彼もエンツレリクレツ同様に、吹き飛ばされる。それを最後に、彼の意識は、頭から離れて言った。
ケージの周りには喧噪が広がっていた。
飲み屋であろうか、以前、エンツレリクレツに見せてもらったことがあった。魔物たちが酒というものを飲み、馬鹿らしい話をしていた。しかし、今目の前に居る者たちは魔物ではない、人間たちである。
ケージもその一人の様で、彼はテーブルに座り、その上には、酒が並べられていた。
「おい、ケージどうしたんだ? ぼーっとしてよ」
ケージの隣で飲んでいる金髪の軽薄そうな男が言う。他にも、ケージのテーブルには、数人の男女がいた。
「あんたは?」
ケージがそう言うと、男は不思議そうな顔をする。
「おいおい、親友にして、戦友の、レオン・アルタード様の顔を忘れたのかよ?」
レオンと言う男が言う。そう言うのであれば、親友にして戦友でも良いかと、ケージは思う。どうにも、記憶がはっきりしない。ケージ自身は、不思議なユニコーンの攻撃を受けて、重傷を負ったと認識していた。
「それで、親友に聞きたいんだけど、こんな事していて、魔物に目をつけられないかい?」
ケージが言うと、レオンが呆気にとられた表情をする。
「おいおい! 先日も一番魔物を討った男が何を言ってるんだ?」
ケージの目の前に座って居る、体格の良い筋肉質な男が言う。無造作な髪型をしており、大層な髭を生やしていた。五十歳くらいの男だろうか。
「おれが魔物を? そんな事人間にできるものなのか?」
「先日の魔物狩りで、頭でも打ったの?」
レオンと言う男の横の女性が言う。黒髪の清楚そうな、その面影とは違い、酒を片手に活発そうな女性であった。ケージと同じくらいの年齢だろうか。
ただ、そこまで言うのであれば、魔物を倒したのかもしれない。彼らが嘘をつき、からかっている様にも思えなかったのだ。彼らは、魔物に対して、一矢報いる集団なのだろうか。
「まあ、でも、控えたほうがいいよ。彼らには敵わない。人間よりも圧倒的な力を持つ者が何人もいるんだからさ」
ケージが言うと、レオンが笑い始める。
「はは! さては、新手の冗談だな。やるじゃん。魔物なんて、俺らの敵じゃないぜ! おれらに歯向かう奴らなんて、何人もいねえよ」
レオンが言う。どうにも、ケージが持つ世界観とは違うものが、そこには広がっている様に思えた。
そこまでの事から、ケージはある事実に気づく。これは夢であると。彼は、あのユニコーンの攻撃を受け、気絶し、この夢の国に入り込んだのだろう。
ケージ自身では、魔物よりも有利な立場になりたいと思ったことは一度もなかった。それは今の境遇に納得しているわけではないが、別にどちらが上でもよかった。しかし、この様な夢を見ると言うことは、そういう感情はあったのだろう。
「また、魔物退治に行くんだから、変な冗談もいい加減にしなさいよ。近々、魔物か魔獣がいる噂の禁断の場所に行くんでしょ」
女性が言う。
「何のために退治しているの?」
ケージが言う。この夢の世界では、人間が優越な立場にあるならば、別に無理に争う必要はないのではないだろうかと、ケージは思っていた。もちろん、自衛は必要だ。勝てる相手に、無抵抗に、攻撃を受ける事は馬鹿らしいと思う。ただ、彼らの言い分は違った気がした。
「何を言っているの? あいつらは敵なのよ。従わない魔物は始末しないと駄目じゃない」
女性が過激なことを言う。
「でもさ。こっちに危害を加えて来ているわけじゃないんだろ? なら、放っておけばいいじゃないか。彼らには彼らの生活があるだろうしさ」
ケージが言うと、彼の向かいの筋肉質の男がテーブルを叩き、立ち上がる。
「ケージよう。今更何を言っているんだ! お前は今まで散々魔物を討って来たじゃねえか。今更聖人ぶるんじゃねえよ!」
筋肉質の男が言うと、レオンが彼を宥める様な動作をする。
「まあまあ、ケージも疲れてるんだよ。な?」
レオンの言葉に、ケージは、素直に頷く。これ以上、事を荒げても良い事はないだろう。それに、彼らには彼らの考えがあり、それが間違っている様にも思えなかった。
「まあ、酒でも飲めよ!」
レオンが言う。話し方は軽薄ではあるが、良い人間であると、ケージは思う。
「まあ、ケージも疲れているみたいだし、そろそろ、御開きとしようぜ。ミディアちゃんは、今日こそは、この後に、ウチに遊びに来いよ」
レオンが、女性に呼びかける。女性の名前はミディアと言うらしい。
「来世でね」
ミディアがつれない表情でそう言う。
ケージが次に目覚めた時は、白い立派な壁に囲まれていた。そんな中で、彼は立派なベッドの上で寝ていた。今まで、こんな大層な寝具で睡眠をとったことなどない。
ゆっくりと、ケージは起き上がると、身体に激痛が走る。
(やっぱ、夢だったのか)
ケージは心でつぶやく。酒の場は楽しかった。もう少し居たかったものだとも、彼は心で思う。
しかし、それにしても、こんな場所にいることがケージには理解できなかった。まだ、夢の中なのだろうか。立派なベッドもだが、周りは真っ白い壁で囲まれており、立派なつくりをしていた。
ケージがそんな事を考えている時だ。壁の中にある唯一の扉が開く。
扉からは、犬の様な顔をした魔物が入ってくる。
「目が覚めたのか。人間」
犬の魔物は無愛想な顔で言う。
「ここは、どこですか?」
「病院だよ。お前の様な人間が来られるところではないのだがな」
犬の魔物が言う。確かに、病院に運ばれた人間などは聞いたことがない。どんなに重傷だろうが、人間であるならば、普通は汚い我が家に送られるだけだ。
「何故、おれみたいな人間がここに」
ケージが言うと、犬の魔物が近づいて来て、ケージの胸ぐらを掴む。
「エンツレリクレツ将軍の申し出だよ。お偉方の反対を押し切ってな」
犬の魔物はそう言うと、悲しそうな表情をする。
「そのせいで、エンツレリクレツ将軍がどうなったと思う。その申し出をするためにな」
犬の魔物がそう言うと、ケージに嫌な予感が走る。
「お前を病院に入れるために、あの方は、将軍の座を追われて、シザーアイランドに送られた」
犬の将軍が言う。
シザーアイランドはケージも知っている孤島である。犯罪者たちが送られる場所。そこでは重労働を課させられ、体を壊し、その島で生涯に幕を閉じる者が殆どだ。
「何とかならないのか?」
ケージが言うと、魔物はケージの頰に拳を叩きつける。それを受けた、彼は、ベッドの下に転げ落ちる。
「将軍はとても偉大な方だった。おれだって、何とかしたい。だがな、どうしようもない。お前の様な人間のために、何故将軍が」
ケージの頭に考えが巡る。シザーアイランドに行き、エンツレリクレツは助けたい。ただ、それは魔物に逆らうことになるだろう。恐らく、生きては帰って来られない。それに、万が一帰って来られても、今までの様な生活は送れないだろう。
しかし、ケージは、自分にとっては、エンツレリクレツは友人だと思っている。そんな者を見捨てて生きていたとしても、何の意味もない。
「あんたに迷惑はかけない。シザーアイランドに行く方法を教えてくれないか?」
「知ってどうする?」
「将軍を助けるのさ」
「何故?」
「将軍は大切な友人だからだよ。当たり前だろ?」
「魔物と人間が? 何を言っている」
「友人に、人間とか魔物って関係ある?」
ケージが言うと、犬の魔物は少し考える表情をするが、すぐに、その動作を止め、天井を見るように顔を上に向ける。
「孤児だった、おれは、将軍に拾われるまでは、クズみたいな人生を送っていた。それが、今では隊長なんてものになれている。あの方のおかげだ。おれも、将軍を助けたい」
犬の魔物が言う。
「おれの名前はグレッドという。おれが、シザーアイランドまでの道のりを案内しよう」
「助かる」
「ところで、何か策があるのか? 孤島だぞ」
「無いさ。とりあえず、行けば何とかなるんじゃ無いの」
ケージはそう言うと笑みを浮かべると、グレッドは呆れたような表情をする。
「ダイソという村に、おれがたまに使う船がある。それを使って、シザーアイランドに行こう。ただ、おれも目立ちたくない。禁断の遺跡を抜けて行くぞ。おれは人間を助けることはしない。そこで、お前が命を落とそうとも、知らないぞ」
「まあいいさ。何とかなるんじゃないの」
ケージが言うと、グレッドは呆れた表情をする。
ケージの周りには平原が広がっていた。周りには本当に何もない。ただ、たまに、木々があるくらいだろう。ただ、辺りは暗闇に包まれていた。夜の方が、魔物が少ないと考えたためだ。
そんな中を、ケージとグレッドは、禁断の遺跡に向かい歩を進めていた。
「魔物は少ないが、魔獣は夜の方が多いぞ」
グレッドが言う。
魔物は知性を持ち合わせているが、魔獣はそれがない。彼らは、人間だけではなく、魔物も襲ってくる。
「そんな、武器で大丈夫なのか?」
グレッドが言う。彼は、ケージに武器を持たせてくれた。最初、彼は、剣を渡して来たが、ケージはそれを拒否し、木刀を選んだのだ。魔物であろうと、魔獣であろうと、彼は命を奪いたくなかったのだ。
「命を奪う道具は持ちたくない。魔獣といえどもね」
「変な奴だな」
「あんたも、変な奴だろ? 将軍を助けるためとはいえ、人間と共にするなんて」
ケージが言うと、グレッドが一瞬無言になるが、すぐに口を開く。
「将軍に色々と聞かされて来た。人間全体が敵ではないと。特にお前のことはよく聞かされて来たよ」
「へえ、あんたみたいな魔物もいるんだな」
ケージが言うと、グレッドが首を振る。
「だからといって、お前を認めたわけではないぞ」
グレッドの言葉に、ケージが微笑する。
「そういえば、あんた、持ち場離れて大丈夫なの?」
「有給を申請した」
「有給って?」
「魔物には、年に何度かは本来の休日以外も休むことができるのだ。お前らには考えられないだろうがな」
ケージは、魔物の汚さを感じた気がした。自分たち人間は、休みもなく働いていると言うのに、週二日以外にも休むと言うのかと。
そんな時だ。ケージの背後から、うなり声のような声が聞こえてくる、ケージとグレッドが勢いよく振り向くと、そこには、顔を三つつけた、犬の姿があった。
「ケルベロスか。魔物のなりそこないだな」
「あんたの同族じゃないの? 何とかならない?」
「馬鹿言うな!」
グレッドはそう言うと、剣を抜き、勢いよくケルベロスに向け、駆け出す。彼がケルベロスとの距離を縮めると、勢いよく、ケルベロスに斬りつける。
しかし、その攻撃はケルベロスに楽々かわされてしまう。ケージの目から見ても、グレッドは良い腕を持っている。しかし、油断があるように見えた。
「ぐわぁ」
ケルベロスは勢いよく、グレッドの腕に噛み付く。彼は痛みから、剣を落としてしまう。それを見た、ケージは勢いよく、ケルベロスに向け駆け出す。
ケージは、ケルベロスに近づくと、彼の胴体を掴み、口を広げ、グレッドに噛み付いている口を引き離す。
ケルベロスは三つの顔を動かし、ケージの腕に噛み付こうとしたが、彼の腕に、顔が届くことはなかった。
「落ち着きなよ。何もしないよ」
ケージはそう言うと、ケルベロスを地面に下ろす。
「でもね。もし、まだ襲ってくるなら、この木刀で眠ってもらうよ」
ケージはそう言うと、腰に収まっている木刀を手に掴み、ケルベロスに向かい、構える。それを見た、ケルベロスが唸りながらも、後ずさりを始める。
「何をしている、早く攻撃しろ!」
グレッドが腕を抑えながら、後ろで叫ぶ。
「無駄に争うことはないよ。きっと分かってくれるよ」
ケージがそう言うと同時に、ケルベロスは踵を返すように、彼らとは正反対の方向に逃亡を始める。それを見たケージは、グレッドの方に歩み寄る。
「腕は大丈夫? 見せてごらんよ。バイ菌は怖いからね」
グレッドは驚いたような表情をしながら、腕を差し出す。
「人間が魔獣を追い払うだと?」
「あんたが噛まれていたのを横から不意をついただけさ。真正面からじゃ、こう上手くはいかないさ。おれもやられてたよ。あんたがやれれてくれてたおかげさ」
ケージは、そう言い、ポケットに入っている包帯を出し、それをグレッドの腕に巻く。
「自分用に持って来たんだけどね。あんたに使うことになっちゃったよ」
ケージは悪戯な笑みを浮かべる。
「人間。お前の名前を聞いていなかったな。名前はなんて言うんだ?」
「ケージ・ターガーっていうんだ。覚えておいてよね」
「ケージ・ターガーか。以前、人間の事を調べた時に、日本とかいう国で、そんな、名前に似たものがあった気がするな」
グレッドが言う。エンツレリクレツもそんな事を言っていたような気がした。もしかすると、ケージの祖先は、そこで暮らしていたのかもしれない。
「ふん。まあ、覚えているかは分からないがな」
グレッドが言うと、ケージは笑みを浮かべる。
「とりあえず、禁断の遺跡もすぐ近くだろ? 着いたら、ひと休憩しよう。あんたの傷も心配だしね」
ケージがそう言うと、グレッドが頷く。
「おれが囮になったから撃退できたのだぞ。勘違いするなよ」
グレッドが言うと、ケージが微笑する。
ケージの周りには廃墟が広がっていた。石でできた建物が壊れているように思えた。建物は破壊されてから、相当の時間が流れているように思えた。
そんな中を、ケージは、三人の男女と共に歩いていた。
「相変わらず、陰気な場所だな。禁断の遺跡ってのはよ」
ケージの隣にいる、金髪の男が言う。彼の名前は、確か、レオンと言っていたように思えた。確か、ケージの親友にして、戦友のはずの男である。
ケージはそこで気づいた。また、あの夢を見てしまっていると。恐らくは、禁断の遺跡に向かっているため、この場所が出て来たのだろう。彼自身は遺跡に入った事は無いため、想像上の景色だろう。
「ここに何人かの魔物がいるらしいわね」
ミディアが言う。魔物がいる事の何が嬉しいのかは、分からないが、彼女は嬉しそうだ。
「馬鹿者、油断は大敵だぞ。このオーディンも気を引き締めておる。何せ、今回はあの場所に行くのだからな」
筋肉質な男の名前が発覚する。オーディンと言うらしい。
「あの場所?」
ケージが問う。
「おいおい、今日は禁断の遺跡の中心部に行くといっただろう。また、ど忘れか」
オーディンが呆れた顔で言う。
「禁断の遺跡の中心部には、近づいてはならないのさ。おれらみたいな強者でも避けていたが、もう、手応えある魔物も減って来たしな。ここに来るくらいしか無くなっちまった」
レオンが言う。
「なあ、何で、そんな危険を冒してまで、魔物を襲うんだ? 魔物と遊びたいのかい?」
「それには、シンプルな答えがある。金と名誉だよ。魔物を倒した者は認められるし、お偉方から多大な報奨金がもらえる」
オーディンが言う。
「そんな、くだらないことのために?」
「呆れた。貴方は霞を食べて生きているのかしら?」
ミディアが言う。
「まあまあ、確かに、それも大事さ。でもさ、人に喜んでもらうって気持ちよくないか? 魔物を退治した報告をすれば、みんなが喜ぶ」
レオンが言う。しかし、グレッドの様な良い魔物もいるではないかと、ケージは思ったが、言っていることは分からないでもない。ケージは、それ以上反論を辞める。
ケージたちがしばらく歩いていると、壊れた建物が減り、大きな道が、目の前に現れる。レオンが先頭にその道に入って行く。
しばらく歩いていると、トカゲのような姿をし、剣と鎧を纏ったリザードンと呼ばれる魔物と、目が一つしかなく、斧を持ち合わせたサイクロップスが目の前に現れる。
「人間が何のようだ? ここに近づく者は、大抵命を落とす者だが?」
リザードンが言う。
「いやー、本当に申し訳無いが、そのジンクスは、今日この場で消えることになるぜ」
レオンはそう言うと、リザードンに駆け寄り、彼に剣を斬りつける。その動きは、ケージが見て来た、魔物よりも圧倒的に俊敏なものであった。しかし、魔物はそれを剣で受け止める。
「なるほど。確かに、そこらの魔物とはひと味もふた味も違うな」
レオンがそう言うと、彼に、サイクロップスが近づき、斧を振り下ろす。しかし、それは間に入った、オーディンの大剣が受け止める。
「ふむ。なかなかの力だ」
オーディンが言う。
二人が死闘を繰り広げている中、ケージの隣にいる、ミディアが独り言を呟き始める。それを見たケージは何事かと、彼女を見つめる。
しかし、ケージの考えは全く的外れであったことがすぐに分かる。彼女の手から、複数の光の矢が、放たれ、魔物の二人に向かって行った。
魔法。恐らくは、その力だろう。魔物が使っているのは何度か見たことがある。しかし、人間がそんなものを使えるなど、ケージは考えもよらなかった。
しかし、その光の矢は、二人の魔物に当たることは無かった。彼らと矢の間には、光の壁のような物が出来ており、それに当たった光の矢は消滅してしまう。
「おいおい。多勢に無勢とはひどいな」
二組の戦闘の背後から、一人の魔物が現れる。馬のような足をしており、上半身は人間に近い姿をした魔物だ。ケンタロウスという魔物だろう。
「そんな、魔物が魔法を使うなんて」
ミディアが驚きの表情を浮かべる。当たり前のことに何を驚いているのか、ケージには理解できなかった。
「魔法は君らだけの専売特許では無いのでな」
ケンタロウスが言う。
魔法の使い手まで現れた。ケージの目には、他の者たちの戦況もあまり良いとは思えなかった。オーディンは大剣で受けていたが、押されており、レオンは何とか相手の剣をかわしてはいるが、今にでも当たりそうである。
ケージは手に持っている剣を捨てる。
「いやいや、降参降参。とても敵いません」
ケージが言うと、全ての者の時が止まる。
「な、何を言っている! 戦士としての誇りを捨てたのか!」
予想外にレオンが怒りの声を上げる。
「戦士の誇りというのも命を落としたら、おしまいだよ」
ケージが言う。
「ただ、命を奪うなり、捕虜にするなりは、おれだけにしてくれないかな?」
「そんな条件を飲んで、おれらに何の得がある?」
ケンタロウスが言う。
「なら、全滅するまで抵抗させてもらうよ。あんたらは、自分から侵略してきたわけじゃない。ここに来られたのが嫌だったんだろ? おれらを殲滅して、人間の怒りを買うよりも、利口じゃないかな? もちろん、その場合は、おれ以外の人間には帰らせる」
ケージが言う。単純な正義感からではない。レオン達が見ず知らずの人間であれば、一人で逃げていたかもしれない。ただ、彼らは自らを仲間と言ってくれている。是非とも助けたい。それに、目の前にいる魔物達は、ただの荒くれ者とは違うように思えたのだ。危害を加えられても無駄に命を奪うようには思えなかった。
「何を勝手なことを!」
オーディンが怒りの表情で言う。
「そうだぜ! お前だけ置いていけるかよ。勝つつもりだが、 負けても、戦士として、潔く皆で戦おうぜ」
レオンが言う。
「親友なら、おれを信じてくれないか? おれは絶対生きて帰ってくる」
ケージはそう言うと、剣を捨てたまま、レオンとリザードンの所に歩み寄る。
「近づくな」
リザードンが狼狽しながら言う。
「攻撃するならしなよ。人間の底力が見られるかもよ? おれが倒れても他の者たちが、それを見せてくれるさ」
ケージが言うと、リザードンは剣を上げたり、下げたりを繰り返す。
「人間にも情があるか・・・。やめろ。その人間を斬ったら、おれらも奴らと同類になる」
後ろにいる、ケンタロスが静かながら威圧的に言う。
「君の提案を飲もう。君には捕虜になってもらう。そして、他の人間たちも戦士の心を持っているのは分かるが、見逃してやるから、とっとと消えろ。この人間の心意気を無駄にしたくなければな」
ケンタロウスはそう言うと、ケージを縛るように、他の者に指示をする。
遺跡の中、ケージの手には縄が付けられていた。目の前には、それを牽引するように、ケンタロスが歩いていた。先ほど、皆で通ることができなかった道の先にある階段を、ケージは捕虜として通ることになった。
「君のような人間もいるのだな」
ケンタロスが言う。
「ははっ、ありがとね」
「珍しいものを見させてもらった。私の気持ちを良くしてもらったからな。その礼だ。そんな貴重な存在を私の元に置きたかったというのもあるかな。人間は、そろそろ、いなくなるものだしな」
「いなくなる?」
ケンタロスの言葉に、ケージが疑問を投げかける。
「いや、何でもない。そのうち話そう」
ケンタロスが言う。
「それより、おれが言うのも何だけど、他の人間を逃してよかったの? 報告されるよ」
「ふっ、絶対助けるとか言っていたな。構わんさ。彼らが何人来ようと、新たな恐怖を植え付けるだけだ」
「あんたら何者なんだ? この世界では、魔物は弱者だと聞いたよ」
「この世界というのはよく分からないが、私たちは世界の選りすぐりの魔物を集めた者たちだ」
「それだけの事で、人間に勝てるのかい?」
ケージが言うと、ケンタロスが微笑する。
「それだけではないのだよ。奴らは文明とか言うのに、うつつを抜かしているが、魔法の力というのは、君らが考えているよりも、恐ろしいものなのだよ」
ケンタロスの言葉が、ケージにはよく理解できなかった。ただ、彼らが、人間たちを退けているのは事実だろう。
「準備が終われば行動を開始するさ」
ケンタロウスが言う。先ほどの不気味な言葉と相まって、ケージが不安になる。
「なあ、止めないか?」
「馬鹿を言うな」
「しかし、それでは、争いの連鎖になっちゃうよ。今度は人が、君らに憎しみを持つ。同じことの繰り返しじゃないか?」
ケージが言うと、ケンタロスが怒りの表情を浮かべる。
「お前らに何が分かる。私たちが、どれほど、苦しい生活を送っているか、分かっているのか?」
ケンタロスの言葉に、ケージはそれ以上の反論を辞める。彼らの気持ちは痛いほど分かるからだ。自分らを虐げている人間の自分に、こんな事を言われたら、激昂するのも当然だろう。
「ごめん」
「君は運が良かった。その争いの敗者の場にいないのだから。まあ、捕虜の生活がどうなるかは、私も保証できないがね」
ケンタロウスにそう言われ、ケージの背筋が冷たくなる。
「君、そう言えば、名前をなんて言う?」
「ケージ。ケージ・ターカーだよ」
「私は、セントロスだ。まあ、何かあれば、私に言いたまえ」
セントロスはそう言うと、軽い笑みを浮かべる。
「おい。起きろ、人間!」
顔に痛みが走ったかと思うと、ケージは目を開く。そこには、犬の顔が存在した。グレッドが彼の顔を蹴飛ばしたのだろう。
「もう、朝の四時だぞ。そろそろ起きろ」
グレッドが言う。どうやら、また、あの夢を見てしまっていたようだ。
「今夜までには禁断の遺跡を抜けなければならない。そろそろ行くぞ」
「グレッド、傷は大丈夫なの?」
ケージが言うと、グレッドが怪我をした手を回す。
「魔物を舐めるなよ。もう、完調だ」
グレッドがそう言うと、ケージは安心する。
「さあ、それよりも行くぞ」
グレッドを前に、ケージもその後ろに付いて行く。もう、遺跡は目の前だ。視界には廃墟が数々と広がっていた。
しかし、実際に禁断の遺跡に入ると、ケージは、ある違和感を感じる。
ケージは、禁断の遺跡に入ったことがないはずなのだが、この風景に見覚えがあるのだ。そう、あの夢で見たものと同じだ。幾ら何でも知らない遺跡の真実の姿が、夢に出てくるわけがない。
(あの夢は何なんだ?)
ケージは思案を巡らせる。一つ考えられるのは、あれは、過去の出来事だと言うことだ。人間が、まだ、覇権を持っている時代の出来事が、何故か夢に出て来ていると言うことだ。
あの不思議なユニコーンの影響だろうか。いや、普通に考えれば、偶然だと考えるのが妥当だろう。
「口数が少ないが、どうした?」
グレッドが言う。
「いや、何でもないよ」
ケージの言葉に、グレッドは反応せずに、すぐに彼に背を見せ、先に進み始める。
しばらく二人が歩いていると、左側に大きな道があるのが目に入る。夢に出て来た、中心部への道だ。
「おい、左側は、本当に危険だから、そっちには行くな。お前が危険になるのは構わんが、おれも巻き込まれてはたまらん」
ケージはグレッドを無視し、そちらに向かおうとする。
「ケージ! そっちには行くなと言っただろ!」
グレッドは、ケージを思いっきり殴り飛ばす。彼は、思わぬ攻撃に吹き飛ばされる。
「イテテ、いや、あっちに確認したいことがあってさ」
「そこには何がいるか分からないんだよ。魔獣なら二人とも、人間なら、おれが、魔物なら、お前が命を失いかねないんだ」
グレッドはそう言った後にハッとした表情をする。
「いや、お前が命を失うのは構わないのだがな」
グレッドは、バツが悪そうに頭をかきながら言う。それを見て、ケージは微笑する。
「分かった。すまない。もう行かないよ」
ケージは立ち上がりながら言う。
「と、とりあえず、そんなくだらない事はどうでもいい。早く、ここを離れるぞ。大きな音も立ててしまったしな」
グレッドはそう言うと、急ぎ足で、先に進み始める。ケージもそれに付いて行く。
「ところで、あそこには何があるんだ?」
ケージが歩きながら聞く。
「おれ達、魔物にも詳しいことは分からない。そう、魔物が反映した時から、ずっと言、われてきたらしい。だから、もしかすると、人間が覇権を持っている時代からの伝承かもしれん。もしかすると、そこには、人でも魔物でもない何かがいるのかもしれない」
グレッドが言う。
ケージの頭に、あの夢のことが浮かび上がってくる。彼らが人間の文明を滅ぼしたから、それが魔物にも伝わっていると言うのだろうか。
ただ、どうにも違和感がる。人間の文明を破壊したなら、魔物にとっては、栄光の地として扱われても良いものだ。しかし、彼らも、この地を恐れている。どうにも、辻褄が合わない。
「まあ、近づかなければいいんだ。それよりも、早く遺跡を抜けるぞ」
グレッドが言う。確かに、彼の言うとおりである。こんな、不気味な地は早く抜けるに限る。
「お前、将軍を助けたら、どうするんだ?」
グレッドが唐突に聞いてくる。
「さあ、考えてないよ。何とかなるんじゃないの?」
ケージが言う。
「軽いやつだな。お前は、この世界で居場所を失うぞ」
「将軍を見捨てて、一生涯後悔するより、ちょびっとだけ、マシさ」
「そうか・・・」
グレッドはそう言うと、口を閉じる。その沈黙は何かを思案しているように思えた。
「そうだな。お前の言うとおりだ。おれもシザーアイランドに行くぞ」
グレッドが決意を込めた口調で言う。
「グレッド。あんたは、おれと違うだろ? 家族だっているんじゃないの?」
「安心しろ。おれは独り身だ」
「隊長なのに? 顔の問題?」
ケージが言うと、グレッドが足を止めて、彼の頭を叩く。
「馬鹿者。おれは硬派なんだよ。人間ごときに、おれの魅力が分かるものか」
「はは、ごめんごめん」
ケージがそう答えると、グレッドは再び足を進め始める。
「誰かいたら紹介しろ。魔物でも人間でも構わない。こんな逃亡者になる男でもよければって子ならな」
グレッドは背中を向けながら言う。その言葉が、ケージは嬉しかった。魔物である彼が人間を認めてくれたように思えたから。
「ただ、気立ては大事だからな」
グレッドが小さな声で言う。
辺りは闇に包まれていた。もう時刻は、深夜二時になるだろうか。
ケージとグレッドは、小さな村に着いた。ここに、彼の船があると言う。
(ここからは、お前の手を引く)
グレッドは小さな声でそう言うと、自らが背負っているバックから、縄を取り出し、ケージの手を縛り付ける。
この世界でも捕縛とは、夢と変わらないな。とケージは心でつぶやく。
グレッドに牽引され、ケージがその後ろを歩く。ただ、深夜であることから人通りも殆どない。これならば、すぐに船に乗ることが出来そうだ。
その証拠に、そろそろ、海が近づいてきたのか、潮の匂いがしてきたように思えた。
しかし、その時だ。目の前に、ワニの顔をした鎧を着た魔物がいる事が目に入る。
(まずい。顔見知りだ)
グレッドが小さな声で言う。
「あっ? グレッド隊長ではありませんか? 確か、体調不良でお休みとお聞きしていましたが?」
ワニの男が言う。
「休暇中だろうが、悪人がいれば、取り締まるのは当然だろう?」
「悪人とはその人間ですか?」
「そうだ。魔物のご婦人に乱暴を働いたのだ」
グレッドが言う。咄嗟の事とはいえ、何と言う理由で捕縛されたことにしてくれるものだと、ケージは思う。
「へえ、何か、そんな事をしそうな人間には見えませんがね。それで、この人間をどちらへ連れてかれるのですか?」
「シザーアイランドだ」
グレッドが言うと、ワニの男が、ケージに近づいて来て、下卑た笑いを浮かべる。
「おい、人間。お前みたいなやつじゃ生きて帰れねえな」
ワニの男は、そう言い、ケージに軽く蹴りを入れる。
「生意気な人間だな。へっちゃらな顔をしてやがる」
「おい。やめろ。こいつには命尽きるまで働いてもらうんだぞ。傷物にされては困る」
グレッドがそう言うと、ワニの男が納得いかない表情ながらも、引き下がる。
「それで、どうやって、連れて行くおつもりで?」
「おれの船を使う」
グレッドがそう言う。
「隊長自らが行うことではありませんぜ。おれがやっときましょう」
ワニの男がそう言うと、グレッドが動揺した表情をする。それを見た、ケージが縄を腕力で、軽く引きちぎる。
そして、ワニの男に近づき、片手で、彼の頭を掴み。持ち上げる。
「何だ、こいつ! 本当に人間か?」
ワニの男が手に持っている剣をケージに斬りつけて来たが、彼は、それを軽く受け止める。
そこで、ケージは、止まった表情をしている、グレッドに視線を送り、自らの足を軽く叩く。ハッとした、グレッドは、ケージの足に蹴りを入れる。ケージはワニの男を離し、その場に蹲る演技をする。
「この野郎!」
ワニの男がケージに斬りつけて来ようとしたが、グレッドがそれを制止する。
「この通り、こいつは只の人間ではない。お前では厳しいかもしれない。いざとなれば、大岩すら持ち上げる男だ」
グレッドの言葉に、ケージは大げさすぎるだろうと感じたが、それを表情に出さないように心がける。
「い、いや、人間ごときに遅れをとることはしませんぜ。ただ、ここは、より安全を考え、隊長に護送してもらっちゃおうかな」
ワニの男が引きつった笑みを浮かべながら言う。
「では通してもらうぞ」
グレッドはケージの手を掴みながら、ワニの男の横を通って行く。
(おい、突然なんだ。驚いたぞ)
ワニの男が見えなくなる頃に、グレッドが小声で言う。
(あんたも、もっと、臨機応変に対応してよ)
(お前が、攻撃を受けた時、演技でも痛がっていれば、こんなことにはならなかったぞ)
グレッドの言葉にケージは納得する。確かに、もっと、演技を入れた方が良いかもしれない。
(確かに)
ケージがそう言うと、グレッドが納得したような表情をする。
しばらく、二人が歩いていると船らしきものが目に飛び込んでくる。今にも沈みそうな小舟である。
(あれなの?)
ケージが言うと、グレッドが首を縦にふる。
(贅沢を言うな)
(魔物の隊長も安月給なのね?)
(うるさい)
二人はそんな軽口を叩きながらも、船に乗り込む。グレッドはすぐにオールを掴む。
(村が見えなくなるまでは、おれが漕ぐ。見えなくなったら、お前が漕げ)
(えー。おれ?)
(人間が漕ぐんだよ)
そんな事を言いながらも、船は村から遠ざかっていった。
第二章仲間
船は村から大分遠ざかっていた。ここまで来れば安全だろう。ケージは、オールをグレッドから渡され、漕いでいた。
「地図の通りだとそっちだな」
グレッドが指を指していう。全く楽な仕事である。
「シザーアイランドが見えて来たら、おれが漕ぐからな」
グレッドはそう言うと、バックから、包まれた握り飯のような物を出す。
「おっ、いいね」
「人間ごときにはやらんぞ。準備もせず出て来たお前が悪い」
グレッドはそう言うと、包みを解き、握り飯を口に入れる。それを見た、ケージの腹の虫が鳴く。
グレッドは一つ食べ終えると、もう一つをバックから取り出そうとすると、それを船の上に落としてしまう。
「ああ、くそ。落ちたものなんて食べられるか。お前が食え」
グレッドはそう言うと、包みのままの握り飯をケージに手渡す。包まれたものを落としたところで何てことはないだろう。ケージは、このグレッドという男が好ましく思えていた。ケージは一度、オールを置き、握り飯を手に取る。
「シザーアイランドとは、どういう所なんだろうな。実は、おれも行った事がないんだ」
グレッドが言う。
「んぐんぐ、おれも分からないけど、地獄みたいな、んぐんぐ」
「おい、食いながら話すな」
「んぐ、あんたが聞いたんじゃないか? 腹減っているのに」
「食うか、話すかにしろ」
グレッドの言葉に、ケージが反論する。彼は、急いで食べ終える。
「地獄みたいな所じゃない?」
「確かにそうだろう。そんな所に将軍が・・・」
グレッドが暗い表情で言う。
「グレッドの方が将軍を知っていると思うけど、何でいつも、そんなに悲観的なの? あの人なら、どんな場所でも大丈夫だよ」
ケージはエンツレリクレツの強さを知っていた。今まで色々な魔物も見て来たが、彼より腕の立つ者はいなかった。ケージも、エンツレリクレツが暇な時に、剣技を教わったものだ。
ケージとて、心配がないわけではない。シザーアイランドがどんな場所か知らないからだ。ただ、グレッドを安心させたかったのだ。
「なら、何故助けに行くんだ?」
「おれの都合だよ。おれが見捨てたくないから助けに行くだけさ」
「変な奴だな」
グレッドが言う。
「ただ、確かにな。話に聞いた限りではあるが、あそこは、ただの地獄だけではない。監視役の魔物用に酒場もある。意外に、そこで飲まれているかもしれないな。将軍に意見できる魔物などいないだろうしな」
グレッドが言う。
「なあ、おれは実はそんなに人間が嫌ではないんだ。好きでもないけどな」
「うん、そうだね」
「おい! 少しは驚けよ。お前の軽さは、たまに傷つくぞ」
ケージがあっさり言ったことに、グレッドは不満そうにいう。
「おれの亡くなった両親は、人間に寛容な魔物だったんだ。身内だけに話してればいいのにな。周りの人間に説いて回っていた。それが、上の怒りに触れてな。シザーアイランドに送られて、過労死させられた」
グレッドの話を、ケージは相槌だけうち、他の言葉を挟まなかった。
「馬鹿な親だよ。周りから、散々教えられてきたのにな。人間は自分らの天敵だと」
グレッドがそこで言葉を止める。
「凄い両親だね」
「どこがだ?」
「だって、おれそんな事できないもの。怖いじゃん。いやだよ、知らない者のために、命張るなんて。しかも、自分らが嫌いな種族のさ。同族の、おれでも嫌。そんな事ができる両親なんて、誇れると思うよ」
「そうか・・・。そうだな」
グレッドは、そう言うと、初めて、笑みのようなものを浮かべた。
「ただ、勘違いするなよ。おれは人間が好きではないからな」
「分かってる。分かってる」
ケージが笑いながら言う。
「それよりも、着いたら、計画通りに行くぞ」
グレッドが言う。
そう、着いてからの計画は立てておいたのだ。とりあえずは、ケージは囚人として、あの島に収監されることになる。そして、グレッドは、監視役として、あの島に残ることになる。囚人側と監視側の両方から、エンツレリクレツを探すのだ。
罪状は気にくわないが、ケージの収監は問題ないだろう。ワニの男のアクシデントも良い方向に働きそうだ。グレッドがいなければと思うと、どうやって、潜入したのか、今でも、自分でも考えつかない。
ただ、問題はグレッドだ。彼がその監視官になれるかと言うところだ。有給を取っている彼が、いきなり、配置変更を願い出るなど、どう考えてもおかしい。
そのことに関しては、船の中で詰める必要がありそうだ。
ケージの周りには石の壁が広がっていた。先ほどまで、大海の中に居たのに関わらず。
そして、手には縄が縛られていた。どう見ても、そこは、囚人を入れる牢獄だ。そこに、ケージは薄い布団に寝かされていた。
まだ、シザーアイランドには着いていないはずだ。最後に、船の中で、グレッドと一眠りしていたところだと思っていた。
(また、あの夢か)
ケージは心で呟く。
もう、只の夢だとは思えなかった。連続して同じ夢を見ているのもだが、物語が続いている。かつ、禁断の遺跡には、夢と同じ風景が広がっていた。
しかし、この場所は、ケージの自宅よりも圧倒的に酷いものであった。便所も布団も同じ部屋にあり、仕切りすらない。丸見えだ。
ケージが布団の中で、天井を見つめていると、牢獄の入り口の方から、足音が聞こえてくる。特に興味のなかった彼は、その足跡を無視する。
「牢獄暮らしはどうかな?」
鉄格子の外から、セントロスが声をかけてくる。
「後は、柔らかいベッドと、トイレの仕切りと、美味しい食事があれば、最高だね」
ケージが言うと、セントロスが微笑し、鉄格子の鍵を開ける。
「今日は、君に見てもらいたいものがある。人間の君にね」
セントロスはそう言うと、鉄格子の扉を開ける。ケージは布団から、起き上がり、鉄格子の方に向かう。
「私に着いてきてくれ」
セントロスはそう言うと、先ほど、牢屋の出入り口があるだろう、方向に歩き出す。ケージもそれに付いていく。
ケージは歩いている途中にあることに気づく。牢屋に入っているのが魔物だけなのだ。
「魔物が牢屋に入っているようだけど?」
ケージが聞く。
「ここも、多少、大所帯になってきてね。罪を犯した魔物を入れている。人間は始末してしまうのでね。君が初めての入居者だ」
「それは光栄だね」
ケージは答える。セントロスの言うことは、納得できるところもあった。
セントロスは階段の近くに来ると、そこを下っていく。そこは、蝋燭こそ点ってはいるが、薄暗いものであった。今が、どの時間帯か分からなくなる。
「今は何時なの?」
「昼だ。この牢屋も大分地下なのでね」
セントロスが言う。酷い場所だと、ケージは思う。
しばらく下っていくと、反対に、明かりが強くなって来る。薄暗さが薄れていく。地下に入るごとに明るくなるとは、変なものであった。
階段が終わると、扉の様な物が目に入る。木ではなく、鉄の扉だ。セントロスが、その扉の鍵を開ける。
すると、そこから、先ほどまでよりも強い光が飛び込んで来る。ケージは、思わず眼を細める。
「付いて来てくれ」
セントロスはそう言うと、扉の中に入っていく。ケージもそれに付いて、扉に入っていく。
扉の中には、異様な空間が広がっていた。一番不思議なものは、船である。何が不思議かと言うと。それは宙に浮いているのだ。
「何、これ?」
「我々が作り出したものだ。飛空船と名付けた」
ケージの質問に、セントロスが微笑しながら言う。意味分からない言葉だった。
「魔法の力で浮いている。これは、空高くまで浮き上がることが可能だ」
「はぇぇぇ」
ケージは感心した様に声を上げる。世の中も便利になったものだと、心で呟く。まあ、別に、ケージは空を飛びたくもないので、それほど、興味もなかった。
「それで、これがどうしたの?」
「おいおい、もっと驚いて欲しかったがな」
セントロスがため息をつきながら言う。
「これで、人間に近づいたらどうなると思う?」
「空を見上げるだけじゃない?」
ケージが言う。
「人間の攻撃は届くと思うかな?」
ケージはそこまで聞いて、黒い予感が浮かび上がって来る。
「そして、我々はこれを落とす」
セントロスは、今度は、黒い塊の様なものを渡される。
「魔法で作ったものだ。我々は爆弾と名付けた。これを落とされたところは、とてつもない被害を受けるだろう」
セントロスが言う。
「ねえ、この船は移動に便利で良いものじゃないか。この爆弾だって、今は大変な穴を掘るのに使えそうじゃないか? 何故、そんな人を傷つける使い方をする?」
ケージが言う。
「君なら、そう言うと思っていた。だがね。結局、君の言うことは綺麗事にすぎないよ。我々の怒りは収まらない。そんな言葉ではね。言葉だけでは、人間も、我々を冷遇し続けるだろう。力でしか解決できないんだ」
セントロスが言う。確かに、そうかもしれないと、ケージは思う。しかし、他にもっと方法があるのではないかと思う。
「ただね。私は君と口論したいのではないんだ。もう、人間が我々に勝つことは不可能だ。だから、君も諦めて、我々の仲間にならないか? 今の牢屋から、上等な部屋も用意しよう。良い条件だと思うが」
セントロスが言う。
確かに、良い条件だ。思わず乗ってしまいそうだ。そう、レオン達の存在がなければ、乗ってしまっていただろう。
「意外と牢屋が気に入っているのでね」
ケージは言う。
さすがに、この事実は見逃すことができない。人間が攻撃を受けようと、ケージは逃げる自信がある。しかし、レオン達の生活が破壊されてしまう。それは見逃すことができない。ここを何とか抜け出し、彼らに伝える必要があるだろう。
それならば、セントロスの提案を受けた方が逃げやすいだろう。しかし、ケージは、彼のことも気に入っていた。味方に引き入れた人間が裏切っては、セントロスに迷惑がかかってしまう。
「ふっ、君ならそう言うと思っていたよ。提案を受け入れていたら、始末していた」
(あ、危なかった・・・)
ケージは心でつぶやく。
「やはり、私は君を気に入っている。どうしても落としたいものだ。牢獄に戻ってもらうが、必ず、君を私の右腕にしてみせるよ」
セントロスが言う。ここまで認めてもらうのは、素直に嬉しいものではあるが、さすがに、人間を滅ぼす行為の協力をするわけには行かない。
ケージは脱走の計画を立てることにする。
「おい、そろそろ、着くぞ」
その言葉が聞こえたと思うと、ケージは目を開く。辺りを見渡すと、そこには大海が広がっていた。そして、目の前には不気味な島が存在していた。あそこが、シザーアイランドというのだろう。
そんな中、グレッドがオールを漕いでいた。
「魔物様に漕がせて寝ているとは、大層な人間だな」
グレッドが言う。
「グレッド、健康には適度な運動も必要さ」
ケージの言葉に、グレッドがため息をつく。
「まあいい。とりあえず、おれは、着いたら、お前を囚人として受け渡したら、監視官になる手配をする。お前が言ったように、将軍を追って来たことにしよう」
グレッドが言う。
そう、グレッドが監視官になる理由は、彼の上官である、エンツレリクレツの監視をしたいためという事にすることになった。たまたま、凶悪犯であるケージを捕まえて、シザーアイランドに送ることになったが、エンツレリクレツを思い浮かべ、彼の近くで働かせてもらおうという形だ。
エンツレリクレツを見つけた際の逃走方法も考えておいた。
グレッドがエンツレリクレツを見つけた場合は、ケージが収監されている場所に、深夜に彼が将軍を連れて、訪れる形になっている。そこで鍵を開け、この船が停留されている場所に向かうという形だ。その脱出経路などは、着いてからグレッドが探さなければならない。ケージが見つけた場合は、事情をエンツレリクレツに話せば良い。後は、グレッドに任せれば良いのだ。時折、夜にグレッドがケージの下に訪れ、情報は都度交換する形にしている。
「そろそろ、手を縛るぞ」
グレッドはそう言うと、縄でケージの手を縛る。彼が持って来た縄は、ケージが切ってしまったため、先ほどの村で新たに入手したものだ。
しばらく、グレッドが船を漕いでいると、島の目の前まで着く。船が停留所に着くと、すぐに何人かの魔物が近づいてくる。
「グレッド隊長ではないですか? 休暇だったのでは?」
魔物の一人が言う。
「たまたま、非番の時に、ご婦人を襲った罪人を見つけてな」
「人間ごときが!? おい。罪人の証を持って来い」
魔物の一人が他の魔物に指示すると、一人の魔物が、こちらを背にし、どこかに向かって走り去ってしまう。
「それに、村では、クロコダイルが、この男に暴行された」
魔物たちが騒めく。
「人間がですか?」
「ああっ、そのため、このシザーアイランドに収監してもらいたい」
グレッドは、そう言いいながら、縄で縛ったケージを引きながら、船を降りる。
「貴様、クロコダイル殿にどんな無礼を働いたのだ?」
魔物の一人が、そう言うと、ケージの足に軽く蹴りを入れる。それを受けた彼は大げさに倒れこむ。村での教訓を活かさねばならないだろう。
「いたたた・・・。死ぬぅ」
ケージは大げさに地面に蹲り。そのまま、仰向けに倒れる。
「大した人間ではなさそうですが」
蹴りを入れた魔物が唖然とした顔で言う。
「う、うむ。しかし、一般人と一緒の扱いは出来ん」
グレッドがそう言うと、先ほど、どこかに走り去った魔物が戻ってくる。手には、丸い何かが先に着いた、長い棒を持っていた。どうにも、そこには高熱が宿っているように思えた。焼印だろう。
「立て、人間」
「うん」
ケージはそう言われると、先ほどの醜態が嘘のように、平然と立つ。
「ちょっと、熱いぜ」
魔物はいやらしい笑みを浮かべながら、ケージに棒を近づけ、その先を、彼の首筋に当てる。確かに、言われたように熱い。
「へへっ、中々、我慢強いじゃないか」
「うーん、でも、あまり意味ないと思いますよ。すぐ消えてしまうかな」
ケージがそう言う。
「何だと? お前、回復魔法の使い手か何かなのか? 人間のくせに」
「いや、そう言うのは知らないですけど」
「なら、治るわけないだろ。一生もんだぜ」
魔物はそう言うと、また嫌らしい笑みを浮かべる。
「戯言に付き合うな。お前らは持ち場に戻れ。おれは、この者を収監する手続きをする」
グレッドがそう言うと、魔物たちが敬礼をする。
(おい、あの大げさな演技と、戯言は何だ?)
しばらく歩き、魔物たちの姿が見えなくなると、グレッドが小さな声で言う。
(ん? 焼印が消えたら困るかなと思って、あらかじめ言ったんだけど)
ケージはそう言うと、首筋をグレッドに見せる。そこには、半分消えかけている焼印があった。
(どう言うことだ? 回復魔法でも使ったのか!?)
グレッドが驚いた表情で言う。
そう、幼い頃から、そうであった。多少の怪我では普通の治りなのだが、大怪我をすると、大抵は、すぐに治ってしまうのだ。幼い頃は、それで気味悪がられたりもした者だ。
(あんたも気味悪いと思うかい?)
ケージが、少し暗い顔で言うとグレッドがしかめっ面をする。
(お前は魔物を舐めているよな? そんな奴、沢山いる。全く普通だ)
グレッドの言葉にケージは微笑する。
(しかし、首をはねられても生きていそうだな。お前は)
(はねられたことないから分からないけど、それはないんじゃないかな)
ケージが笑いながら言う。
ケージの周りには、荒地が広がっていた。木々は枯れ果てており、まるで生気を感じなかった。そんな中を、彼は大きな岩を背負いながら歩いていた。
「おらおら、遅えんだよ!」
ケージの後ろから鞭を持った魔物が怒鳴る。
ここの場所に比べれば今までの暮らしは、何て天国だったのだろうと、ケージは感じていた。帰るところは、牢獄、そこには、本当に何も存在しない。ベッドすらもないのだ。あるのは、ただ一つ、トイレ用と言わんばかりの穴だけだ。労働が終われば、その狭い牢獄の中で、ただ、時間を潰すしかやることがなくなる。
「遅いって言ってんだろうが!」
先ほどの監視員の魔物が、ケージに鞭を叩きつける。
「イタタっ、そんなに叩かないでくださいよ。頑張りますから」
ケージがそう言うと、魔物は更に鞭で何度も叩いてくる。
「お前ら、罪深い人間は生きている価値なんてねえんだよ!」
魔物が数度叩くと、ケージは、岩を誰にも当たらないように投げ、その場に、俯けに倒れ込む。
「けっ、人間なんて、弱いものだな。早い所、所定の場所に、岩を運んどけよ。おれは飯でも食ってくらあ」
魔物はそう言うと、どこかに歩いて行ってしまう。
「おい、大丈夫か?」
声がすると、ケージは、寝返りを打ち、仰向けになる。視界には、赤い髪をした男の姿があった。一見、強面の顔をしているが、その身体は貧相なものだった。この地獄に長い期間いるためかもしれない。それほど、ここの食事は簡素なものだった。
「あの、御人はどこかに行かれたかな?」
ケージが笑みを浮かべながら立ち上がる。
「あんた、何ともないのかよ?」
赤い髪の男が言う。ケージとて、痛くないわけではない。それほど、ここの魔物は容赦無く攻撃をしてくることがある。中には、それを受けて、亡くなってしまったものもいる。
「いや、何ともあるよ」
ケージは笑みを浮かべながら言う。
「何か、あの魔物の友人がどこかで失敗したらしくて、機嫌が悪いのさ。そんなのよくある話だろうに」
赤い髪の男の後ろから声が聞こえてくる。そこには、大きな岩を持った猫の顔をした魔物がいた。まだ、短い間しか、ここにいないが、ここの魔物は、人間に対して差別的な意識が、殆どない。お互い苦しい状況であり、監視員という共通の敵がいるからだろうか。
「あいつもいなくなったし、少しくらい休んでもバレやしねえだろ。あんたら、何でここにきたんだ? おれは魔物の馬鹿を何人か殴っちまってな」
男が言う。人間で、魔物を殴るなど大したものである。余程、腕に自信があったのか、言い方が悪ければ、後先を考えない愚か者とも言える。
「おれは、罪状は・・・。色々とね」
アニーが言う。
「そっちのあんたは?」
「おれも色々とね」
ケージが言う。
「何だよ。二人とも。本当の罪状は何なんだよ」
男が言う。
「そう言えば、さっき、あんたらと同じ人間を抜いてきたよ。かなり重そうだったなぁ」
魔物が言う。彼の顔は、猫のようで可愛らしいものだったが、さすがは魔物といったところだろう。人間とは段違いの体力を持ち合わせていると言うことだろう。少ししたら、ケージ達も抜かれていたかもしれない。まあ、ただ、早く作業したところで、意味があるものでも無いのだが。
「あれは、女の子というものではないかな? 金色の髪で青い瞳をした人だったけど、凄く苦しそうに岩を運んでいたよ。可哀想だったが、監視員がいてね」
それを聞いた、ケージの脳裏には、あの作業場で出会った女性の顔が思い浮かんできた。いるわけがない、それは理解しているつもりだ。いや、そう信じたかった。
「ごめん。先に行っていてくれ」
ケージはそう言うと、今来た道を勢いよく駆け出す。
少しすると、女性の姿が見えてくる。ケージ達よりは小さいが、彼女の体格からしたら、相当大きな岩を持った、金色の髪をして、清楚な顔をした女性が歩いていた。彼の予感通りに、あの作業場の女性である。
「あ、貴方は?」
ケージが彼女の目の前まで来ると、女性はそう言う。
「足が御早いんですね?」
「普通だよ。それより、何で、君がこんな場所に?」
「い、いえ・・・。あの・・・」
女性のその態度に、ケージは暗い気持ちになる。恐らくは、彼女がここにいるのは、彼の責任だろう。あの時の、ケージの対応の腹いせで、冤罪を着せられたに違いない。一時の感情で、あの様な対応をすべきではなかったのだ。
「い、いえ、違うんです。実は、私は窃盗をしてしまいまして」
女性は言うが、それが、ケージを気遣う、嘘だと言うことは、理解できた。
「おれは、どう償えばいい?」
ケージが絞り出す様な声で言う。
「償うなんて・・・。貴方は正しいことをしたのですよ。例え、その結果がどうであっても、正しいことをした者が罪悪感を感じるのは間違っていますよ」
女性が言う。
ケージは何も言うことなく、女性の岩を奪い取る。また、同じことをしてしまっているのかもしれない。だが、今度は無責任なことをするつもりはなかった。
「君、名前はなんて言うの?」
「ルナ・フレアです」
「魔物が来たら、これはあんたに返すよ。だから、少しでも距離を縮めるために、早歩きで行こう。もし、疲れているなら、おれの背中に乗ってよ」
ケージが言うと、女性が顔を少し赤くする。
「いやならいいけど?」
ケージが言うと、女性が首を横に振る。
「いや、乗らせていただきます」
ケージの背中に、女性が乗る。
「片手に岩を持っているのに、力持ちなのですね」
「ここに来る前に、気の良い魔物からおにぎりをもらったおかげかな?」
ケージはそう言うと、笑みを浮かべる。
グレッドは、シザーアイランドの、ある作業場に来ていた。トンネルを作るための仕事をしている者達がそこには集まっている。
グレッドのシザーアイランドの監視員の仕事への異動は、予想よりも簡単に受け入れられた。彼と話した上官が良い魔物であり、かつ、将軍に敬意を持っている者だったため、グレッドのエンツレリクレツへの想いは、彼の心の琴線を振るわせることができた。
そして、同僚に聞いたところ、この作業場に、エンツレリクレツがいると聞いたのだ。グレッドは監視をしながらも、彼の姿を追った。
多くの人間が働いていた。それは、とても過酷な作業であった。僅かな休む時間を与えられ、食事を殆ど与えられていないのだろう。殆どの人間が、顔色が悪かった。
それは僅かにいる魔物とて例外ではない。体力があり、人間よりは優遇されているのだろうが、その表情には生気を感じられない。グレッドの両親もこの様な感じだったのだろうか。
ここに送られる魔物は重大な罪を犯したか、思想犯だ。人間に対して、甘い考えを持った者。彼らがここに送られる。グレッドは、彼らのことも助けたい気持ちがあった。だが、それは不可能だ。将軍一人でも、綱渡りの作業になるだろう。
しばらく、グレッドが歩いていると、つるはしを持った、一際、大きな男が目に入る。彼は鬼の様な顔を持っていた。その男の隣には、老人が壁につるはしを当てていた。
「がははっ、お前さん疲れているんじゃないか? 儂が二倍掘るから少し休んどけ」
その声、その話し方、それはエンツレリクレツのもの以外の何物でもなかった。
「すみませんな。それでは、一休みさ・・・」
「将軍」
老人の声を遮る様に、グレッドがエンツレリクレツに声を掛ける。
「ひっ、ひぃぃ。休もうとなどしておりません」
老人が、こちらを見ると怯えた声を上げる。
「大丈夫じゃよ。知り合いだ」
エンツレリクレツが老人を宥めながら、グレッドの方を向く。
「グレッド。何で、お前がこんなところに?」
グレッドはその言葉を無視し、二人に近づく。
「人間。お前は、あっちに行って、しばらく休んでいろ」
グレッドが言うと、老人が逃げる様に、どこかに去っていく。
(あなたを救い出しに来たのです)
老人がいなくなったのを見計らい、あたりに誰もいない事を確認した後に、グレッドは小声で言う。
今の時間は、グレッドしか監視員がいないのだが、人間がどこで聞いているとも限らない。
(儂は意外とこの生活を気に入っておる。助けてもらう必要などない)
エンツレリクレツが言う。
(嘘です。このままでは、命を失ってしまいます)
グレッドが言う。
(儂の様な年寄りのために、お前が危険を冒す必要などないよ。儂のことは忘れて幸せに暮らせ)
エンツレリクレツが言う。
(いえ、あなたのためではないのです。私のために、助けられてくれませんか? あなたを見捨てては、私は永遠に後悔する)
グレッドが言う。
(らしくない事を言うな)
(ある人間に言われた言葉です。ケージという男です)
グレッドが言うと、エンツレリクレツが驚きの顔をする。
(一緒に、ケージも来ているのか?)
(ええっ、あいつは囚人として潜入しています。あなたが脱走に協力してくれなければ、あの男は永遠に牢の中で、救出の機会を伺うでしょう)
グレッドが言うと、少しの間、沈黙が走る。
(分かった。お前ら、若手に助けてもらおうかの)
エンツレリクレツが言う。グレッドは、ほっと胸をなでおろす。
(ケージは変な奴だろう)
(ええ、特にあの焼印の・・・。・・・いえ、何でもありません)
(焼印?)
エンツレリクレツが疑問を口にするが、彼は少し考えた後に、気付いたような表情をする。
(そうか、お前さんも見たのか? 不思議なものだろう?)
(え、ええ。あんな力は魔物の中でも見たことがありません)
(ああっ、まるで、神にでも愛されている様だ。儂も、あいつの少年時代に一度見たよ)
(どんな時にですか?)
(いやな。剣の手ほどきをしてやっていたんじゃが、あまりに上手く避けるから、腹が立って、少し本気で叩いてしまったのよ)
エンツレリクレツはそう言うと小さな声で笑う。
(お、大人気ないですね)
(だろ? でもな。今は笑い話だが、当時は本当に焦った。しかし、数分後には元気になっているのよ。傷すらなくな。そんな、ケージが、あのユニコーンの攻撃の時は、全く、目を覚まさなかった。本当に焦った)
エンツレリクレツが言うが、ユニコーンの意味合いが、グレッドには分からなかった。ただ、ケージが、あの病院に運ばれた時の事を言っているのだろう。
(とりあえずは、今夜、あいつには、将軍を見つけられた事を話します。また、ここで会いましょう)
グレッドはそう言うと、将軍から離れようとする。
(待て。お前一人では、この脱出は難しい。せっかくなら、成功させたいだろう? この島で、ケージに会ったことがない事から、儂とあいつでは作業場が違う。もう一人、抱き込む必要がある。今夜は、そいつに会え)
エンツレリクレツが言う。
(しかし、その者は信用できるのですか?)
グレッドが不審げに言う。
(ダリアを覚えているだろう? あいつも、ここの監視員をしている。しかも、儂の作業場でな)
エンツレリクレツが言う。
ダリアはグレッドを知っていた。エンツレリクレツの部隊の他の舞台の隊長であり、彼を尊敬していた男だ。ダリアであれば、信用できるだろう。
(一度、ダリアに会え)
エンツレリクレツが言うと、グレッドは首を縦に振る。
グレッドの周りには浜辺が広がっていた。暗闇の浜辺というのは、どこか薄気味が悪い。そんな中、グレッドの対面には、羊の様な顔をした男がいた。彼の名前はダリア。グレッドと同じ部隊にいた人間だ。
「久しぶりだね。グレッド。こんな所に呼び出して、どんな話があるんだい?」
「単刀直入にいう。エンツレリクレツ将軍を脱走させたい。協力してほしい」
グレッドが言うと、ダリアは、それほど驚いた表情を見せなかった。
「君が来たと知った時から、そんな事を考えている気がしたよ。君は、おれよりも、将軍信者だからね」
ダリアが言う。
「一人では難しいんだ。協力してほしい。おれは、ある牢屋に行く必要があるんだ。お前には、将軍を、この浜辺に連れてきて欲しいんだ」
グレッドが言うと、ダリアが少し考える動作をする。
「それは構わない。おれも将軍は助けたい。だが、条件がある。おれが先に、この浜辺に来ると言う事だ。将軍を置いてから、おれは、すぐにこの場を去る。脱走すべき、お前らと会っては、バレた時に申し開きができない。おれは、将軍に脅されて連れてきたとでも伝える」
ダリアが言う。
言っている内容は、グレッドにも理解できたが、以前は、この様な言い方をする魔物ではなかった。
「この島で色々と見てきたよ。おれらは、上に逆らってはならないとね。人間は敵だ。それだけだ」
ダリアが言う。
確かに、囚人たちを見ていると、ああはなりたくないと思ってもおかしいものではないだろう。
「それともう一つある。計画を実行するなら、ちょうど、一週間後にしたほうがいいよ。その時に、禁断の遺跡に、攻撃をしかける話が出ている。その時には、ここも手薄になるだろうからさ」
「禁断の遺跡に? 何故だ?」
グレッドが言うと、ダリアが両手を胸部らへんにあげる。
「さあね。上の考えていることは分からないさ」
禁断の遺跡は、暗黙の了解で近づいてはならないと言われてきたはずだ。それが、何故、今攻撃すると言うのだろうか。
しかし、グレッドとしては、何とも好都合な事態である。成功の確率が大きく上がったと言える。
「でも、もう、この生活には戻れないけど、いいのかい? 将軍は確かに偉大なお方だ。おれも大好きな人だよ。あの人でなければ、こんな計画に乗る気は無かった。でも、僕にとっても、君にとってもただの上司だ」
ダリアが言う。
「恐らく、お前が言っていることが正しいんだろう。でも、おれも、あるやつの考えに影響されてしまってな」
「ふっ、あの頑固なグレッドの考えを変えるなんてね」
ダリアが言うと、グレッドは微笑する。
ケージは自らの家となった牢獄の中で、横になって考えていた。ルナの事だ。
ルナも一緒に脱走させてあげたい。しかし、グレッドが賛成するとは思えなかった。彼にとっては、縁もゆかりもない人間であるし、事実、エンツレリクレツ一人脱走させるだけでも手一杯だろう。
それに、ルナだけを連れていくと言うのは、ケージのエゴでしかないだろう。助けるのであれば、全員を助けなければならない。しかし、己の失策によって、ここに送られた、彼女を見捨てることができるだろうか。
そんな時だ。牢の前に、不思議な女性が立っていることに気づく。足跡も気配もしなかった。その女性は何故か顔を認識できなかった。顔がないわけでは無い。ただ、どういう顔なのかが分からないのだ。
ケージはこの感じを知っていた。以前まで、彼の元にいた母である。
「母さん? なんで、こんなところに?」
ケージが鉄格子に近づき言う。
「ケージ、魔物をどう思いますか?」
母が言う。
「質問の対象が大きすぎるよ。良いやつもいれば嫌なやつもいる。人間と同じさ」
ケージが答える。
「人間、魔物、色々と見るのですよ」
母はそれだけ言うと、姿を消していく。
以前から、不思議な母であった。簡単に言えば、人間らしく無い。いや、実際に存在しているのかさえも分からない。
だが、ケージにとっては、そんな事はどうでもよかった。母はいたのだろう。それで十分だ。
そんな時、鉄格子の先から、足跡が聞こえてくる。
(おい、人間。何ぶつぶついっている)
小声だが、聞き覚えのある声が聞こえてくる。ケージがその方向に視線を向けると、そこにはグレッドの姿があった。
(良い情報を持ってきたぞ)
グレッドが言う。
(何?)
(喜べ。エンツレリクレツ将軍が見つかったんだ。それに脱出の方法も目処がたった。一週間後に、また来るが、その時は、ここから逃げられるぞ)
グレッドが言う。それは、ケージにとっては嬉しい情報であった。これで将軍を助けることが出来るのだ。ただ、その反面で、ケージはある覚悟をしなければならなくなった。
(あのね。もう一人助けて欲しい人がいるんだよね。一緒に連れて行っちゃダメかな?)
ケージが言うと、グレッドの顔がみるみると険しくなる。
「何を馬鹿な事を言っている!」
グレッドが大きな怒声を上げる。ケージは慌てて、鉄格子から手を伸ばし、彼の口を塞ぐ。
(ちょっとちょっと、お静かに)
ケージが言うと、グレッドが慌てて、口を押さえる。
(何を考えているのだ。将軍一人でも脱出は難しいのだぞ。もう一人など、連れて行けるわけがないだろう)
(いやね。おれのせいで、ここに連れてこられてしまった女の子がいるんだよ)
(しかも、女だと。足手まとい以外の何者でもないではないか。そんなこと言うなら、お前は置いていくぞ)
(いや、なら、おれの代わりに彼女を連れて行ってくれよ。ここにいたら、彼女は数日と持たない。それでも見捨てられるのかい?)
ケージが言うと、グレッドが少し考える様な動作をする。
(その女は、お前と同じ作業場か?)
(そうだよ)
また、グレッドが考える動作をする。
(その女は容姿端麗か?)
グレッドの言葉に、ケージが少し考える。容姿淡麗といえば淡麗かもしれない。しかし、それが魔物に分かるのだろうか。美的感覚も同じかは、彼には分からなかった。
(まあ、そうかもしれない)
(分かった。連れて行こう)
グレッドが言う。
(とりあえず、一週間後に来る。お前は、その女の牢屋を把握しておけ。さすがに、それが出来ない様であれば、ここに置いていく)
グレッドが言うと、ケージが大きく首を振る。
凄まじい大勢の大きな声と音がした。それに反応して、ケージが起きる。
そこは、先ほどまで、ケージがいた牢獄とは違い、僅かながら、住みやすいものであった。どうやら、また、あの夢の世界に来てしまった様である。
しかし、大きな声と音が聞こえてくるのは何故だろうか。
少しすると、鉄格子の先から、急ぎ足の足音が聞こえてくる。ケージがそちらに視線を向けると、そこには、セントロスの姿があった。
「どうしたの? 宴会でもしているのかい?」
ケージが言うと、セントロスが牢屋の鍵らしきものを、牢屋の中に入れる。
「出入り自由の牢獄なんて初めて聞いたよ」
ケージが鍵を手に取りながら言う。
「どうも、大勢の人間が、この遺跡に攻め込んできているのでね。万が一、興奮した人間か、魔物が、ここに来たら、それを使って逃げろ」
セントロスが言う。どちらにせよ、脱走を考えていたケージだったが、どうにも、脱走しづらくなる様な事をしてくれる。
「私は、また戦線に戻る。まあ、気をつけてくれ」
そう言うと、セントロスは、再び、牢屋を背にし、階段の方に走り去ってしまう。
セントロスがいなくなってしばらくすると、再び、足音が聞こえてくる。もしかすると、彼が言う様に、本当に興奮した魔物が来たのかもしれない。
しかし、鉄格子の先には、思いもよらない人物が訪れていた。金髪の髪をしたレオンを先頭とした、オーディンとミディアの姿だ。
「助けに来たぜ。王子様」
レオンはそう言うと、ポケットを弄ったが、ケージは鉄格子に近づき、手を外に出し、自らで、その扉の鍵を開ける。
「おいおい。何で、そんな物持ってるのよ」
レオンが驚いた顔で言う。
「いや、ある紳士からの贈り物だよ。ところで、何で、ここに?」
ケージが言うと、オーディンがそれを遮る。
「話は後だ。早く、ここから脱走するぞ!」
オーディンが言うと、レオンは首を縦に振り、彼を先頭に、三人は階段の方に走り出す。ケージもそれを追う様に走り出す。
四人は勢いよく階段を上がるが、上がりきった時に、最悪の光景を目にする。そこにセントロスの姿があったのだ。
「お前は!」
レオンが言う。
「ふっ、ネズミが入って行った姿が見えたのでね」
「お前ら、手を出すな。こいつは、おれが倒す」
レオンがそう言うと、今にもセントロスに向かおうとしていたが、ケージがそれを制する。彼では、セントロスに敵わないだろうと言うのもあったが、剣を向けさせたく無かったのだ。
「やはり、君は人間だったと言うことか。滅亡の道を共に歩むのか?」
セントロスが悲しい表情で言う。
「人間だ何だって言うのは、おれには関係ないよ。ただ、争って欲しくないんだ。そして、おれを助けてくれる仲間の行為を裏切れない。すまない」
ケージが言うと、セントロスが微笑する。
「勝手にしろ。逃げればいい。しばらくした所に、王室がある。そこの床には、外につながる地下通路がある。そこは、殆ど警備していない。ただ条件がある」
そう言うと、セントロス腰に携えている剣を抜く。
「ケージ、おれと一対一の勝負をしろ。それに勝ったらだ」
セントロスはそう言うと、ケージに剣を投げてくる。
「おれは剣なんて使えないよ」
「なら、私が君を倒すだけだ」
セントロスはそう言うと、有無も言わさず、ケージに駆け寄ってくる。ケージは、近くにいる、レオンを突き飛ばしながら、彼の剣を、先ほど受け取った剣で受ける。
「止めてくれ。あんたに勝てるわけがない」
「なら、私が勝つだけだ」
セントロスはそう言うと、何度も剣を斬りつけてくる。ケージはそれらを打ちはらう。
「レオン、止めて!」
後ろから、ミディアの声が聞こえてくる。
「ダメだ。今、止めては、ケージに恥をかかせることになる! 大丈夫。ケージなら、必ず、勝てるはずだ」
レオンの苦々しい声が聞こえてくる。彼は、普段は軽そうではあるが騎士道を持った人間である。それは、オーディンも同じなのだろう。助太刀することもなく、真剣な顔で、二人の動向を見守っている。
ただ、ケージとしては、助けてもらいたいのが本音であった。剣で相手を攻撃するなどは、彼はすることなどできない。
そんな時だ。ケージの後ろから、光の矢が飛んで行く。それに反応したのか、セントロスは、瞬時に魔法のシールドのようなものを作り出す。それに触れた、光の矢はすぐに、元来た方向に進路を変更する。
ケージはその矢を放った本人を知っていた。ミディアだろう。彼は、勢いよく、セントロスに回し蹴りを入れ、彼を背にし、光の矢を追いかける。しかし、その矢は人間が追いつけるようなものではなかった。ミディアに向かい、矢が迫っていく。
「おい! ぼっとするな!」
ケージの視界にいた、レオンがミディアに体当たりをし、自らが光の矢の攻撃を受ける。それを受けた、レオンがその場に倒れこむ。
「ごめんなさい! 大丈夫!?」
ミディアが、倒れているレオンに駆け寄る。
「うぐぐっ。ケージは必ず勝っていた。仲間を信じられないのか?」
ケージもレオンの近くに寄る。
「ケージ・・・。おれのことはいい。それよりも、早く、あの馬野郎を・・・」
レオンが辛そうな表情で言う。
「水が差されたな」
ケージがセントロスの方に視線を戻す。
「おれらは、レオンを治療しにいく。あんたが邪魔をするならやりあいたくないが・・・」
ケージはそう言うと、剣を構える。
「私も戦線に戻らねばならない。ここでこれ以上、傷を負うわけにはいかないのでな」
セントロスが言う。
「ただ、次に会うときは、戦場だろう。その時は、容赦はしない」
セントロスはそれを最後に、ケージ達に背を向け、去っていく。
ケージが目を覚ますと、そこには、いつもの牢獄があった。ただ、その牢獄は、先ほどまでの夢の中よりも、酷い物であった。
(寝てしまっていたか)
ケージが心でつぶやく。
この日は、脱走の当日の日である。グレッドに見られていたら、緊張感が足りないと怒られそうである。
ルナの牢屋の居場所は掴んでいた。彼女と作業が重なった時に、聞いたのだ。何故か、ルナは照れくさそうな表情をしていたが、ケージには良く分からなかった。
しかし、ルナに、この計画の話をしたら、彼女の顔には驚きの表情が浮かんでいた。ルナは他の受刑者を置き、自らだけが逃げることに後ろめたさを感じているようであった。それは、ケージも同じ気持ちはあったが、全ての者を逃すことは不可能だ。
そんな事をケージが考えていると、牢屋の方から足音がする。
(おい、人間、聞こえるか?)
牢屋の入り口から、小さな声が聞こえてくる。そこにはグレッドの姿があった。
グレッドは何も言う事なく、牢屋の鍵を開き、牢の中に入ってくる。そして、ケージの手を力一杯縛り付ける。
(おい。例の女の場所は掴めたのか?)
(ああっ、掴めたよ。偶然にもおれの隣の隣だったよ。入り口に向かって進んでくれ)
ケージが言うと、グレッドが小さく頷き、彼を引っ張るように牢の外に出る。
ケージ達は牢屋から出て、少しの間、入り口の階段に向けて歩き出す。少し歩くと、ルナが入っている牢屋が見えてくる。中には、金髪の女性が存在した。
(ルナ)
ケージが言うと、ルナがこちらを向く。
(この女性か? これはこれは)
グレッドが言う。女性という言葉が、ケージには不思議に思えた。人間に対して、彼らしく無い言葉遣いでは無いだろうか。
グレッドは牢屋の鍵を開け、ケージを引きながら、牢屋の中に入る。
(お名前はルナさんと?)
(ねえねえ、そんなの後々。お急ぎなのではないの?)
ケージが言うと、グレッドが頭を掻く。
(申し訳ない。他の目がある。縄で手を縛らせていただく)
グレッドはそう言うと、ルナの手を縛る。明らかにケージとは違いがある、優しい縛り方であった。
(では、二人とも行くぞ)
グレッドはそう言うと、二人を引き、入り口に向かう。
入り口に着くと、グレッドは、目の前の扉を開く。先ほどの牢屋とは違い、明るい部屋が広がった。
しかし、その中に、豚の顔をした魔物がいるのが目に入る。
「これはこれは、グレッドさん。罪人二人を連れてどちらへ?」
豚の魔物が言う。
「今日は嫌なことがあったのでな」
グレッドが言う。その言葉の真意をケージは知っていた。他の監視員が使っているのを何度か見かけたことがある。罪人を連れ、憂さ晴らしに、その人間を痛めつける行為をする際に使う言葉だ。生きて戻れない罪人も多い。
「ははっ、人間の雌まで連れて、グレッドさんもお好きで。人間達、可愛がってもらえよ」
豚の顔をした魔物が下品な笑みを浮かべる。
「まあな。それでは、おれは行くぞ」
グレッドが進もうとすると、豚の魔物が止める。
「あっ、お待ちを。今は、禁断の遺跡に多くの魔物を出しているため、警備が手薄なので、お気をつけください」
「それは、おれも聞いたが、何故、禁断の遺跡に行っているのだ?」
「さあ、何か、有名な誰かの要請らしいですぜ」
「ふーん。まあいい。助言助かる。それでは行くぞ」
グレッドはそう言うと、豚の魔物の横を通り過ぎ、二人を引き歩き出す。
しばらく、三人が歩くと、大きな扉の前に着く。グレッドが、その扉を開くと、そこには外の世界が広がっていた。
(本当に警備が薄いな。余程の人員が割かれているんだろうな)
グレッドが独り言のように言う。外に出ると、数人の魔物達がいる。グレッドは、彼らにも先ほどの豚の魔物と同様の説明をする。それらを回避すると、グレッドは少し足早で、二人を引き、歩き始める。ルナが少し心配であったが、焦るグレッドの気持ちはわかる。
しばらく歩くと、浜辺が見えてくる。脱出も無事に成功しそうである。
「どちらへ行かれるのですか?」
そんな時だ。突然、背後から声をかけられる。ケージ達が振り返ると、そこには、二人の魔物がいた。
「いや、今日は嫌なことがあったのでな」
「グレッド隊長、今日、貴方は船を浜辺に移動させていた。そして、罪人二人を連れて、足早にそこに向かっている。何が目的ですか?」
「いや、何度も言っているだろ? ただの憂さ晴らしだ」
「ならば、我々も付き合いましょう」
魔物達が言う。
「ちっ」
グレッドが手を腰の剣に手を伸ばそうとしたが、ケージがそれを制し、浜辺の方に視線を向ける。命を奪うのを見たく無いと言うのもあったが、彼に同族を手にかけさせるのは心苦しいと思ったためだ。
三人は浜辺に向かい駆け出す。ケージは、足元に転がっている石を一つ手に持つ。
「おい! 脱走者だ!」
先ほどの魔物が叫ぶ。
三人が勢いよく浜辺に入ると、そこには、鬼の顔をした男がいた。エンツレリクレツの姿だ。
「おいおい、お客さんも連れてきたのかよ? んっ? 女の子?」
エンツレリクレツがルナの顔を見て、怪訝そうな顔をする。
三人の背後には、何人もの魔物が付いてきていた。エンツレリクレツは勢いよく、近くにある船に乗り込み、オールを手に取る。
「早く乗れ!」
三人はグレッドを先頭に走っていたが、案の定、ルナが遅れ始めていた。魔物達の中で、チータの様な顔をした者が異常に足が速く、今にも彼女に追いつきそうであった。
「ちょっと痛いけど、ごめんね!」
ケージはそう言うと、振り向き、そのチータの様な魔物に石を投げつける。それは、見事に、彼に命中し、チータの魔物は、その場に倒れこむ。
ケージはルナの方に向かい、彼女の手を引き、船に向かい駆け出す。
グレッドも既に船に乗り込んでおり、二人は、その船に勢いよく乗り込む。
それを確認したエンツレリクレツは勢いよく、オールを漕ぎ始める。
「あいつらも船を使って追ってくるのでは無いか?」
エンツレリクレツが言う。
「ご安心ください。手近な船には少し細工をしています。ちょっとばかり、鍵のない鎖を付けてね」
グレッドが得意げに言う。元はと言えば、ケージの提案であったが、彼が嬉しそうなので、ケージはそれを言わないことにした。
エンツレリクレツの豪腕もあり、船はみるみると、島から離れていく。
しばらくし、島も見えなくなってくると、四人は一息落ち着く。
「もう大丈夫だろう」
エンツレリクレツが言う。
「これで一安心ですね」
グレッドはそう言うと、ルナに視線を向ける。
「ルナさん、初めまして、グレッドと申します。以後、お見知り置きを」
「え、えっと」
ルナが困った顔で言う。
「・・・やめておけ、グレッド。その恋は実らんぞ」
エンツレリクレツが言う。
「何故ですか? 私が魔物だからですか? 将軍は、そういった垣根は無い物だと言われていました」
グレッドがムッとした顔で言う。
「その通りじゃよ。その垣根がないから辞めておけ。魔物の優位性がなければ、その子は、落とせんよ」
エンツレリクレツはそう言うと、ケージとルナを交互に見て、笑みを浮かべる。
「私は諦めませんよ」
「しつこい男は嫌われるぞ」
エンツレリクレツがグレッドに言う。
「しかし、これで、儂たちも魔物から追われる身になったな。魔物の王に仕えて、四十年経ったが、それを裏切ることになっちまったな」
エンツレリクレツが言う。
「魔物の王に仕えると言っても、お会いしたこともありませんよ。将軍はあるのですか?」
グレッドが言う。
「いや、考えてみれば、儂も無いな。がっはは。仕えるも何も顔も見たことない」
エンツレリクレツが笑う。
「将軍も会われたことがないのですか?」
「んー、まあな」
エンツレリクレツが言う。
ケージは、魔物の王について考えたこともなかった。どんな者なのだろうか。
「魔物の王って、どんな者なんだろうね」
ケージが言う。
「ガハハッ、きっとよくわからん強面の方じゃろ?」
エンツレリクレツが言う。確かに、その通りなのかもしれない。考えてみれば、思案したところで答えが見つかるわけがない。
「しかし、魔物たちは、何故禁断の遺跡に攻撃をかけたのでしょう?」
グレッドが言う。
「さあ、儂にも分からん。ただ、レオンが作戦の提案者と言う話だ」
エンツレリクレツが言う。レオン。聞いたことがある名前だ。どこだろうと、ケージは頭を巡らせる。
「レオン。あの人間狩で有名な男ですね。騎士道溢れる男で敬意が持てる男ではありますね」
騎士道という言葉で、ケージの中で、夢の中で出てきた、自らを親友と呼ぶ金髪の男の顔が浮かんでくる。しかし、どうにも話が噛み合わない。彼らが話しに出てくるレオンは魔物のはずだ。
「レオンって、どういう男なの?」
「ライオンのような立派な鬣をした魔物さ。かなりの腕前の男だ。キザで女たらしなのが難点だがな」
ケージの言葉に、グレッドが答える。その言葉を聞いて、彼の中で、益々、夢の中のレオンが浮かび上がってくる。確かに、彼らは夢の中では、禁断の遺跡にいるはずだ。
「ところで、お前らは、これからどうするんだ?」
エンツレリクレツが言う。
「禁断の遺跡に行ってみたいんだ」
ケージが言う。
「馬鹿なことを言うな。人間。今までも入るのは危険だった。しかし、今は魔物達が攻撃しているのだぞ」
ケージはその事をすっかり忘れてしまっていた。
「そっか。そうだった。なら、数日後かな」
「そういう問題ではない。お前がどうなっても構わん。だが、捕虜にでもされて、おれらの情報が筒抜けになったら困る。全力で止めるぞ」
グレッドが言う。
「あんたらに迷惑はかけない。約束する」
「ケージ。儂もグレッドの言うことは正しいと思うぞ。何故、そこまで、禁断の遺跡に行きたがる?」
「友達が危ないかも知れないんだ」
ケージが言うと、エンツレリクレツが難しい顔で唸る。
「私も付いていっても良いですか?」
突然、ルナが言う。
「なんで、貴方が? 危険すぎます。ダメですよ」
グレッドが言う。
「ルナ。君が来ることはないさ。魔物が居ないところで幸せに暮らしてくれ」
「いえ、きっと、私はお役に立てるはずです」
先程までの彼女とは違い、ルナは力強く言う。
「分かった分かった。ケージが言うなら、止めることはできんだろう。ただ、今は危険なことは分かるな。とりあえず、遺跡の近くのラージマウンテンで、一度、待機しないか? 以前から、魔物も人間も来ない、誰も知らない儂の小屋。いや、ペンションがあるんだよ。ペンションエンツレリクレツだ。ガハハッ」
エンツレリクレツが言う。確かに、今、遺跡に行っても無駄死にするだけかも知れない。
「将軍!」
グレッドが言うと、エンツレリクレツが、彼を制す。
「まあ、そのペンションで話そうではないか?」
エンツレリクレツはそう言うと、オールを力強く漕ぐ。
四人の人間たちが森の中を歩いていた。
「将軍はカンカンでしょうね」
四人の中の一人のミディアが言う。
「しょうがない。あそこは戦場が激化している。あそこでは、レオンがまともに治療を受けられん」
四人の中の一人のオーディンが言う。
「私も含めて、あそこには、攻撃魔法の使い手ばかりで、回復の魔法を使える人間は少ないものね・・・」
ミディアが言う。
ケージは、エンツレリクレツが言う、ラージマウンテンのペンションに着いて、そこで一休みしていたはずだ。それが、何故か、森の中を歩いている。どうやら、また、あの不思議な世界に来てしまったようだ。
「ははっ、おれは大丈夫だって言ってるじゃんか・・・」
オーディンに背負われているレオンが青い顔で言う。体調は良くないように思えたが、命には別状は無さそうに思えた。ケージはホッとする。
「ダメよ。私の魔法を無防備で受けたのだから」
ミディアが泣きそうな顔で言う。
「なら君が背負ってくれよ。こんなむさ苦しい親父でなくさ」
レオンが力無い笑みを浮かべながら言う。
「しかし、まさか、魔物があんなものを持っているとはな。人の王でもなければ、あれを止めることはできんかも知れんな」
オーディンが言う。
「あんなもの?」
ケージが言う。
「そうね。ケージは見ていないものね。空を飛ぶ船に、そこから、不思議な球を落としてきたわ。それは、恐ろしい、威力をしたものだった。魔法の攻撃も届かないで、こちらは攻撃を受けるばかり・・・。その混乱もあって、ケージを助けに行けたのもあるんだけど」
ミディアが言う。ケージが見た、あの空を飛ぶ船のことだろう。
「あれは何なのだろうな。ただ、それでも、止めなければならない。人の王の判断を仰ぐしかないだろう」
「人の王?」
ケージが言う。
「そんなことも忘れたのか? 漆黒の人間だと聞く。黒い髪に黒い衣服に。黒い瞳を持った者だ。ただ、おれも会ったことはない。本当に幹部と呼ばれる人間だけが会えると言う」
オーディンが言う。漆黒とは、何とも王らしくない格好だと、ケージは思う。
「ところで、どこに向かっているんだ?」
ケージが言う。
「あのねぇ。また、ど忘れ? ラージマウンテンに行くって言ってたでしょ? そんな事も忘れたの? オーディンが以前、誰も訪れないような小屋を見つけたって言ってたわ。ただ、生活する分の貯蓄はあるみたいなのよ」
ミディアが言う。ケージは、そこで、自らが今いる場所だと言う事が頭に浮かび上がってくる。
扉を叩く音でケージは目を覚ます。
そこには、木でできた天井があった。ここは、エンツレリクレツの小屋である。暗くなってきたため、ケージはベッドの上で睡眠を取っていたのだ。この様なベッドで寝るのは、初めてではないだろうか。
「どうぞ」
ケージは起き上がって開けるのが面倒だったため、声だけで返答する。
扉が開けられると、そこには、ルナの姿があった。
「寝られていたのですか? ごめんなさい」
ケージが起き上がる。
「ははっ、まだ、そんなに深くは寝ていないさ。どうしたの? 夜に女性が来るのは危険かもよ」
ケージが悪戯な笑みを浮かべながら言う。ルナが照れくさそうな表情をする。
「ははっ、まだ、九時だから大丈夫だよ。みんなも起きてるでしょ? 下に行こうか?」
「いえ、ここで」
ルナはそう言うと、ケージの隣に腰掛ける。
「こんなに穏やかな日々は何年振りでしょうね」
ルナが言う。確かに、今まで、ケージは過酷の労働を魔物に押し付けられてきた。女性であるルナにとっては、更に過酷なものだっただろう。
「有給なんてあるらしいよ。あいつらずるいんだ」
ケージが言う。
「ケージさんは、魔物を恨んでいないのですか?」
ルナの言葉に、ケージは思案する。もちろん、自身に対し暴力的な魔物の事は好きではない。しかし、恨んでいるかといえば、そうでもない様に思えた。
「うーん、まあ、嫌な奴もいるけどね。エンツレリクレツとかグレッドみたいな魔物もいるじゃない?」
「でも、魔物は人間を迫害しています」
ルナが言う。確かに、恨みに思うのは至極まっとうな感情だろう。別に、ケージは、そこを責める気は全くなかった。
「でも、魔物は馬鹿じゃない。今に愚かしいことだと気づいてくれるさ。話し合っていけばきっと」
ケージが言う。
「でも、話し合いで何とかなるのでしょうか?」
「分からない」
「結局、人間が力を付けるしかないのではないでしょうか? そして、力をつけた人間は魔物と同じ過ちを犯すのではないでしょうか?」
「かもしれないね」
ケージが言うと、二人の間を少しの沈黙が支配する。
「ルナ。それよりも、そこの窓から外を見てみようよ」
ケージが言うと、ルナの手を掴み、窓の方に向かっていく。
「今日はとても綺麗なお月さんだね。星も綺麗だ」
「ええっ、とても」
「ねえ、こんな綺麗な景色を毎日見られるだけで、人生なんて十分じゃないか。人間だ、魔物だって関係ない。争う理由なんてない。皆、それに気づいてくれるよ。きっと大丈夫」
ケージが言うと、ルナが頷く。
「ここで一生暮らすのも悪くないね」
ケージはそう言うと笑う。
「おい! 起きろ」
ケージの頭に痛みが走る。彼が目を開けると、そこには、木でできた天井と、エプロン姿の犬の魔物の姿があった。
「朝飯ができたぞ」
グレッドが言う。
「えっ? あんたが作ったの?」
ケージが言うと、グレッドが自慢げな顔をする。
「最近はな。料理ができる男がモテるらしいのでな」
グレッドが言う。どうにも、ルナに会ってから、この男の様子がおかしい。
「とりあえず、もう、皆,、下に来ている。お前も降りてこい」
グレッドはそう言うと、部屋の入り口の方に歩いて行ってしまう。ケージは寝ぼけた頭で、ベッドから起き上がり、近くに置いてある服を着る。
服を着替えたケージは、部屋の入り口に向かい、扉を開く。何個かの部屋が周りにはあった。それは各自の部屋であったが、恐らく、今は、その主たちは、全て下に集まっている事だろう。ケージも下に行く階段に向かう。
階段を降りると大きな部屋が広がっていた。そこには、大きなテーブルがあり、一人の女性と、二人の魔物が座っていた。テーブルには、多くの食べ物が並んでいた。
「あっ、皆、おはよう。朝から不釣り合いな大層な食事で」
ケージが頭を掻きながら、そう言いながら、エンツレリクレツの隣の椅子に座る。
「お前は食う必要ないのだぞ」
ルナの横に座っているグレッドが言う。
「つれないことを言わないでよ」
ケージが笑いながら言う。
「それでは、作った人に感謝しながら、いただきます」
ケージがそう言うと、他の者たちも食事開始の合図をする。
「ところで、ケージ、しばらく、ここに居てはどうだ? 優秀なコックもいることだしな」
隣にいるエンツレリクレツがパンを口に入れながら言う。
「しょ、将軍。せめて、当番制に」
グレッドが慌てて言う。
「どんな者が待っているのか分からないが、ご婦人まで巻き込むわけにはいかないだろう。一晩寝たら、少しは冷静になったのではないか?」
エンツレリクレツの言葉に、ケージがハッとする。あの夢のことが本当であるならば、レオンたちが、ここに来る可能性があるのだ。
「どうした?」
エンツレリクレツがケージに聞いてくる。
そんな時だ。入り口の扉の前で音がする。何か扉を開けようとしているような音だ。
「鍵がかかっている?」
外から声が聞こえてくる。ケージには聞き覚えのある声であった。それは、夢で出てきていたミディアの声であった。
「誰だ!」
グレッドが大きな声で言う。
「すまない。オーディンという者だ。誰か先客がいるのであれば、開けてはくれないか?」
「ちょっと待ってくれ」
エンツレリクレツが言う。
(ケージ、ルナ。お前らは上に行っていろ。魔物かも知れんからな)
エンツレリクレツが小さな声で言う。外の者たちのことは気になったケージであったが、ルナの席まで移動し、彼女の手を引き、足早に階段を上がる。
(ルナ。君は自分の部屋にいてくれ。おれは階段の下を覗いている)
ケージが言うと、ルナは首を縦に振り、自らの部屋に向かっていく。
ケージは二階の床に這いつくばり、階段の下を覗き込むように視線を一階に向ける。
扉を開けるような音が聞こえてくると、中に、三人の魔物が入ってくる。一人は、猫のような顔をした魔物で、一人は牛の顔を持っている魔物であった。牛の魔物の背にはライオンのような顔をした男が背負われていた。
「あなたは、エンツレリクレツ将軍」
猫の魔物が言う。
「ここは、儂のペンションなんじゃよ。あんたらは、人間狩りで有名なレオン、オーディン、ミディアだな。どうして、こんなところに?」
エンツレリクレツが言う。
「いや、遺跡の攻撃に参加して、レオンが怪我をしてしまってな。こいつの治療のために、四人を泊めてもらえないかと思っているのだ」
オーディンが言う。
「四人? どう見ても三人だが?」
グレッドが言う。
「三人? 確かに、三人ね。でも、誰か、もう一人いた気がする。大切な誰かが・・・」
ミディアが言う。
ケージの頭には混乱が広がっていた。下に居る魔物たちは、明らかに、夢で出てきていたレオンたちだ。しかし、その姿は、どう見ても魔物だ。
ケージの中で、ある推論が浮かび上がってくる。
「すぐに、上に案内しよう。ただ、一つ頼みがある。開けて欲しくない部屋が何個かあるのだ。そこは、儂の秘密のコレクションがあってな」
エンツレリクレツが言う。
「レオン、オーディン、ミディア」
ケージはそう言いながら、階段を降りてくる。
「馬鹿! なぜ降りてきた!」
グレッドが言う。
「人間!」
オーディンがレオンを下ろしながら、腰に携えている大剣を構える。
「待って。オーディン。その声、どこか懐かしいわ。そして、何で、私たちの名前を知っているの?」
ミディアが言う。
「おれは、あんたらに助けてもらった者だよ。ケージ、ケージ・ターガーと言う」
ケージが言うと、オーディンとミディアの表情が止まる。
「ケージ? どこかで聞いた名前。ケージ・・・。遺跡で、私たちの代わりに捕虜になった。そして、私たちのリーダーだった?」
ミディアの言葉に、ケージが首を縦に振る。
「何故、人間なの?」
ケージは、ミディアの言葉を無視し、オーディンに下され、力なく座っているレオンのそばに近づく。
「レオン。上のベッドに行こう」
「近づくな。人間。お前がケージのわけがない」
レオンはそう言うと、腰の剣を抜く。
「刺すなら刺しなよ。仲間に疑われるよりも刺される方が痛くない」
ケージはそう言うと、レオンを自らの背中に背負う。
「あんたらも攻撃したかったらしなよ。レオンには、危害は加えさせない。全て、おれが受けるから」
ケージが言う。
「ちっ、どんな姿だろうが。ケージか・・・。敵わないな」
背負われているレオンが小さな声で言う。
第三章二人の王
ケージは、暗闇の中で、木の天井を見ながら、考え事をしていた。
あの夢の世界は何だったのだろうと言うことだ。レオンたちも存在していた。ここまでくると、あの夢の世界での出来事は、現在起きていることなのだろう。
そこでおかしいのが、レオンたちが魔物であったことだ。
しかし、ケージの中では、ある推論が出来上がっていた。あの夢の世界では、人間と魔物が逆転していると言うことだ。そう考えると、あの夢での話が納得できるのだ。人間の部分を魔物に、魔物の部分を人間に置き換えれば、それらは、現実の世界と同じものになる。
そう考えると、セントロス達も本当に存在するのだろう。そして、恐らくは、彼らは魔物ではなく、人間なのだと。彼らは魔物への反逆の狼煙を上げるつもりなのだろう。
「それは本当なのか!」
下から、グレッドの大きな声が聞こえてくる。それを聞いた、ケージはゆっくりと、自らの部屋の扉を開き、階段を降りていく。
大きな部屋に出ると、そこには、テーブルを囲んで、エンツレリクレツ、グレッド、オーディン、ミディアがいた。
「ああっ、そうだ。人間達はおかしな空飛ぶ船で、魔物を襲うことを考えている」
オーディンが言う。
「そんなもの、魔法で撃墜できるだろう」
グレッドが言う。
「そういう高度ではないのよ。魔法も届かないわ」
ミディアが言う。
「科学という物だな。文献によると、人間が以前持っていたと言われるものだ。もちろん、以前の彼らにはそんなものを生み出すものは無かった。研究を続けていたのだろうな」
エンツレリクレツが言う。
「許されない。この世界を破壊させてはならない」
オーディンが言う。
「あのな。奴らには奴らの正義があるだろう。所詮、儂も同類だが、我々は彼らを虐げすぎたんだよ。しっぺ返しというやつだ」
「何を言う。しかし、そう上手くいくものか。魔物の王が何とかしてくれる」
オーディンが言う。
「確かにな。儂も会ったことはないが、あの方は、人間を制圧した時に先導された方だ。あの方ならば何とかしてくれるかも知れん。だが、実際生きておられるかも不明な方だぞ」
エンツレリクレツが言う。ケージが更にテーブルに近づく。
「ちっ、人間か」
グレッドが言う。彼の目には、先ほどまでとは違い、どこか、最初に会った時のように敵意が混ざっているように思えた。
「なあ、ケージ。人間のお前はどう思う? 儂らは、滅ぼされるべきだと思うか?」
エンツレリクレツが言う。
「いや、おれも、あの船は止めたい。人間とか魔物とかいいじゃないか。仲良くできないかな」
「人間風情が何を言う。魔物と人間が平等なわけがないだろう」
オーディンが言う。
「その考えが通じなくなるかもしれないのだぞ。今度のことを魔物の王が解決したとしても、そんな考えでは、いずれ魔物は滅びる」
エンツレリクレツが言う。
「ケージ。儂も、遺跡に付き合おう。その人間達と交渉できないものか」
エンツレリクレツがそう言った時だ。外が騒がしくなり始める。次に、扉がすごい力で叩かれ始める。
「何だ?」
グレッドが言う。
「脱走者のエンツレリクレツ。裏切り者のグレッド。居るのだろう? 出てこい!」
外の者が大きな声で言う。それは絶望的な内容であった。
「少しだけ待ってくれ。今開ける」
エンツレリクレツが言う。
(嬢ちゃんは、上にいるのか?)
エンツレリクレツがケージに小さな声で言う。ケージが小さく頷く。それを見た、エンツレリクレツは、勢いよく扉に向かい、それを開ける。ケージもその後を付いていく。
小屋の外には、数え切れないような魔物達がいた。
「重罪人のエンツレリクレツだな。貴様を処刑するように上から言われている」
「ああ、大人しくお縄につくよ。グレッドは儂が脅して脱走を手伝わせたんじゃ。儂だけで勘弁してもらえないか」
エンツレリクレツがそう言うと、魔物の一人が花のような物を見せてくる。
「この花はな。聞き取り草という。対になる花を置いておくと、その会話を聞くことができるのだ。戦線離脱した馬鹿に一つ忍ばせておいたのでな」
魔物が言う。どうやら、レオン達の誰かが、対になる花を持っているのだろう。ここでの、会話は全て筒抜けであったと言うことだろう。
「貴様らはここで全て殲滅させてもらう。脱獄者と一緒にいる人間狩りの輩とともにな」
魔物一人は、そう言うと、手から火の玉を出し、小屋に向かって撃ち放つ。それは、小屋に直撃し、燃え始める。
「グレッド! レオンと嬢ちゃんを上から連れ出してこい!」
エンツレリクレツはそう言うと、腰の大剣を抜く。小屋の中から、オーディンとミディアも外に出てくる。
「突撃しろ!」
魔物の一人が言うと、大勢の魔物達がこちらに迫ってくる。
「すまんな。あんたらを守れんかもしれん」
「いや、こちらこそ、すまないな。おれらのミスだ」
エンツレリクレツの言葉にオーディンが返す。
大勢の魔物の武器による攻撃、魔法による攻撃がたった、四人に集中した。
さすがは、有名な人間狩りの者達と将軍である。彼らはそれに立派に対応していた。大勢の魔物達も数十人の単位で倒れていった。
ケージ自身も自らの身を守るために、腰に携えている木刀で、何人かの魔物の意識を飛ばしていた。しかし、その数十人を倒したところで、大勢に影響があるようには思えなかった。
逃亡することが前提であれば、何とかなったかもしれない。しかし、小屋を守らなければならない。怪我人のレオンと、無力なルナを放って逃げ出すわけにはいかない。
次第に、体力、怪我が増えていく、エンツレリクレツとオーディンが追い詰められていっているのが目に入ってきた。
「連れてきました!」
後ろを振り返ると、燃え盛る小屋の入り口に、レオンを背負い、右手にルナの手を掴んでいるグレッドの姿があった。
そして、それと同時に、今にでも、剣が当たりそうなエンツレリクレツの姿が目に入ってくる。ケージは、彼のそばに駆け寄り、周りの魔物を、その木刀で叩きつける。魔物達は、その場に倒れこむ。
「ガハハッ、どうするかね? ケージ・・・」
エンツレリクレツが力ない声を上げる。それを無視するように、大勢の魔物がケージとエンツレリクレツに襲いかかってくる。ケージが、木刀を振ると、数人の魔物が、またその場に倒れこんだが、ついに、木刀が折れてしまう。
「すまないな。儂を助けたばかりに、本当にすまない」
エンツレリクレツが言う。
「まだ、諦めるのは早いよ。生きてんだからさ。それに、おれが助けたかったから助けただけさ」
ケージはそう言うが、どう考えても絶望的な状況だ。
ケージに、また、複数の魔物達が襲いかかろうとしていた。ケージは、両の拳を構える。
「やめなさい!」
大きな声が後ろから聞こえてくる。それは、甲高い女性の声であったが、迫力のあるものだった。時が止まったように、ケージと魔物達の動作が止まる。声の主を追うと、そこには、ルナの姿があった。
皆が、そちらに視線を向けていると、ルナの髪の色が変化を始める。金髪の髪は黒くなり、瞳の色が黒くなる。耳は人間とは思えない尖を見せ、目の下には、黒いあざのような物が浮かび上がってきた。
「何だぁ。この人間の女?」
一人の魔物がそう言うと同時に、先ほどまで雲が少なかった空が、雲だらけになり、そこから、稲妻がその魔物の近くに落ちる。
「ひっ、ひぃぃ」
魔物が情けない声を上げる。
「辞めよ!」
魔物達の後ろから、高い声で大きな声が上がる。魔物達は、その声を聞くと、声一つなくなり、海が割れるように大移動し、一つの道を作り出す。
その道からは、頭に複数の蛇を持つ魔物が現れる。その魔物は、ルナの近くまで来ると、彼女の前で膝を落とす。
「王。お久しぶりでございます」
「お久しぶりですね。メデューサ宰相」
ルナが今までとは違い、無表情に言う。
「ま、魔物の王。あなた様が?」
隣にいる、グレッドが狼狽した表情で言う。
「グレッド、お世話になりました」
ルナが言う。
「子供達よ。彼らに傷一つ付けることは許しません。これ以上、危害を加えるようであれが、天からの罰が降りましょう」
ルナが言うと、全ての魔物が膝を落とす。
「さあ、人間達が妙な船を作ったようですね。私がそれは解決しましょう。案内しなさい」
ルナは、そう言うと、メデューサに歩み寄る。
「エンツレリクレツ、グレッド、レオン、オーディン、ミディア、貴方達も来なさい。悪いようにはしません」
ルナが言う。
オーディンがレオンのところに向かい、彼を背負い、ミディアと共に、魔物の群れに歩み寄っていく。
「色々、世話になったな」
ケージの近くを通り過ぎる時に、オーディンが言う。彼らにとっては、魔物の王の言葉は絶対なのだろう。
「エンツレリクレツ、グレッド、貴方達はどうしますか?」
ルナが言うと、グレッドがおどおどした動きをする。
「お久しぶりです。魔物の王。儂は、もう少し、この人間と一緒に、世界を回ろうと思っとります。主よ。勝手を言って申し訳ありません」
エンツレリクレツが言うと、ルナは微笑を見せる。
「お久しぶりですね。エンツレリクレツ将軍。今まで隠していてくれてお礼を言います。それとも、私の顔をお忘れでしたか?」
「がははっ、年を取っても主の顔は忘れませぬ。作業場にもおりましたな。ただ、その代わりと言いたくはないですが、儂のわがままを聞いてはくださらぬか?」
「好きになさい」
「王よ。そんな勝手を許して良いのですか?」
魔物の群れの中かの一人の魔物から、そんな声が上がる。
「私の言うことが聞けないというのですか?」
ルナが先ほどエンツレリクレツに見せたものとは全く違う、冷たい笑みを魔物の群れに向ける。
「い、いえ、申し訳ございません」
魔物は怯えたように答える。
「それでは、私は帰ります。魔物達の住むところへ」
ルナが魔物の群れに向かおうとする。
「ルナ。君は・・・」
「ケージ。貴方には、この姿は見られたくありませんでした」
「姿なんて関係ないさ。君は君だ。ただ、気になるのはそこじゃない。どこに行くというんだ? 君は、もう、おれらの仲間だ」
ケージがそう言うと、ルナが首を振る。
「楽しかった。でも、もう一緒にいられません」
ルナが言う。
「貴方は何を選択するのでしょうね。でも、貴方が選択したものであれば・・・」
ルナはそう言いかけ、メデューサと共に、魔物の群れの方に行ってしまう。そう、一度も振り返ることなく。
ケージは、焼け落ちた小屋の前に座っていた。
目の前には、エンツレリクレツとグレッドが木刀で、剣をぶつけ合っていた。
「おいおい、グレッド本気でやっているのか?」
エンツレリクレツが言う。確かに、グレッドはそれなりには優れた剣士である。しかし、将軍であるエンツレリクレツとは次元が違うのだろう。そして、今度、彼らが向かおうとしているところには、それでは難しいのが現実だ。
「まだまだ、手を抜いていますよ」
グレッドが強がりを言う。それと、ほとんど同時に、グレッドの木刀が空に飛ぶ。
「今からでも遅くはない。魔物達の元に帰れよ。魔物の王がああ言ったんだ。冷遇されることはないだろう」
エンツレリクレツが言う。グレッドの顔は暗いものになっていた。
「将軍。私が彼女に好意を持ったのは、本能的に魔物の王だと感じたからなのでしょうか?」
「さあな。だが、それもあるのかもしれんな。まあ、本能ってのはあるからなぁ」
「ルナが可愛かったってだけでいいじゃないの」
ケージが言うと、グレッドがため息をつく。
「はあ、軽いやつだな。相変わらず」
「まあ、一緒に来るなら、とりあえず、しばらくは、儂らの専用コックだな」
エンツレリクレツが笑いながら言う。
「ところで、本当に遺跡に行くのか?」
エンツレリクレツがケージに言う。
「うん。おれは、あの飛空船と言うのを止めたい。だけど、どこに行ったか分からないじゃない? あそこには手がかりがあると思わないかい?」
「確かにな。余程の間抜けではない限り、自分らの拠点をもぬけの殻にはせんだろうからな」
「し、しかしですよ。あそこは危険な遺跡なんですよ」
グレッドが言う。
「なら、お前は留守番していろ。帰った時には美味い食事をよろしく頼むぞ」
「い、いや、そう言うことを言いたいわけじゃ」
グレッドが焦りながら言う。
「とりあえず行かないわけにはいかないだろう。飛空船のことは、儂ら魔物にとっても一大事なのだしな」
エンツレリクレツが空を見ながら言う。
ケージの周りには、廃墟が広がっていた。それは、以前夢で見たときよりも、ひどい状態になっているように思えた。先日の、魔物の襲撃の傷跡だろうか。
そんな中を、ケージとエンツレリクレツとグレッドが歩いていた。グレッドは、どこかビクビクしているように思えた。
ケージたちがしばらく歩いていると、壊れた建物が減り、大きな道が、目の前に現れる。エンツレリクレツを先頭に、その道を進む。
しばらくすると、長い階段が現れ、その階段の前には、二人の人間が立っていた。片目の男と、どこか、トカゲのような顔をした男であった。
「また、魔物か。また、叩き返されたいのか?」
片目の男が言う。
「セントロスという男に会いに来たんだ」
ケージが言うと、片目の男が驚きの表情をする。
「人間と魔物の集団だと」
「ケージ・ターガーが来たと伝えてくれ」
ケージが遠くにも聞こえるような、大きな声で言う。
「お前らの様な怪しいやつらを近づけるわけにはいかん」
トカゲの様な男が、腰の剣に手を近づける。
「まあ、待ちんしゃい」
二人の人間の、後ろから声が聞こえる。そこには、階段から降りてくる、老人が一人いた。白い長い髪をしており、顔には、幾重にも皺が刻まれていたが、それに反して、顔の覇気は失われていない。
「キムラ博士。出てこられては危険です」
片目の男が言う。
「ケージ・ターガー。君らも聞き覚えがないか? セントロスが話していた。儂は魔物だと聞いておったがな。どう見ても人間だ」
キムラという男は、そう言うと、二人の人間をどかし、ケージ達に近づいてくる。
「面白いメンツじゃな」
そう言うと、キムラは楽しそうに笑う。
「とりあえず、儂の命令じゃ。こやつらは儂の友人じゃから、中に入れる。良いな? 諸君らは引き続き、警備を続けてくれたまえ。これは命令だ」
キムラはそう言うと、階段を登り始め、ケージ達に手招きする。
「分かりました。ただ、何かあれば、すぐに大声をあげてくださいね」
片目の男はため息をつく。
「お前らも何かしたら命がないと思えよ」
トカゲの様な顔の男がケージ達をにらみながら言う。ケージはそれを無視する様に、キムラの後を追う。エンツレリクレツとグレッドも、それに着いてくる。
「セントロスは飛空船じゃよ」
キムラの側まで言うと、彼は階段を登りながら、そう言う。
「キムラ殿。何とか止めることはできないものかな?」
エンツレリクレツが言う。
「魔の者よ。儂を味方だと勘違いするな。儂の息子と娘は、お前らの奴隷として、過労の末、命を落とした。儂はお前らのことを許せんよ。彼らは、お前ら魔物達と交流を考えている頭の良い子達じゃった。それがお前らの怒りを買ったのだろうがな」
キムラが言うと、エンツレリクレツが下を向く。
「申し訳ない。ご子息が亡くなられたのは、傲慢な儂らの責任です」
エンツレリクレツが謝罪をすると、キムラが微笑する。
「変わった魔物じゃな。魔物は許せん、じゃがな、あの飛空挺や爆弾が正しかったとは思えんのじゃ。作ったことを後悔しとる。それで魔物を殲滅したとしても、復讐の連鎖が起こるだけじゃ」
キムラが言う。
「あんたが作ったの? あの浮かぶ船」
「ああっ、怒りに任せてな。じゃがな、過去の文献を読んどったんじゃが、儂ら人間も同じじゃったんじゃよ。儂らも過去、魔物を奴隷にしていたのだ。ある時、人間と魔物の立場が逆転するまでな」
キムラが言う。
「じっちゃんさぁ。難しい話はよく分からないけど、もう一個くらい、あの船無いの? それで、攻撃を止めに行こうよ」
ケージがキムラに言う。
「不思議なやつじゃな。お前は、運良く、魔物からの冷遇を受けなかったのかね?」
「いやいや、結構やられたものだよ。でもさ。いい魔物も沢山いた。それでいいじゃないか。彼らみたいな魔物まで被害に遭うのは可哀想だ」
ケージが言うと、キムラは微笑する。
「そうじゃな。儂も、どうにも気が乗らなかったんだ。息子達も、その方が喜んでくれるかも知れん。儂も気分の良い方に乗ろうじゃないか。よし、付いてこい」
「人間。貴方、裏切り者になるぞ?」
グレッドが言う。
「老い先短いからな。楽しい気持ちで最後を迎えたいじゃないか」
キムラはそう言うと、笑みを浮かべる。
魔物の王は玉座に座っていた。その瞳は黒く、髪は全てを闇にするように黒く長いものであった。そして、黒いローブを着ていた。少し前の人間であった自らとは正反対の色合いであった。
魔物の王は、昔を思い出していた。数百年と言う寿命を持っている彼女にとっては、つい最近にも思える。まだ、人間が覇権を持っていた頃だ。
魔物の王は幼き頃、人間から迫害されていた。いや、魔物の王だけではない、全ての魔物が奴隷として過ごす生活だった。
ただ、魔物の王には、その労働はなかった。彼女に近づけるものがいなかったからだ。
ある日、魔物の王に近づこうとした人間が、彼女の魔法によって、命を失った。それは、魔物の王が望んだものではなかった。
魔物の王は幼き頃から強力な魔法の力を持っていた。その一つに、彼女に近づく者に自動で反撃をする魔法が存在したのだ。彼女に乱暴をしようとする人間は、それを受けて命を落としたのだ。
人間からの投石も魔物の王は、その罰として受けようとした。しかし、彼女のその魔法が、それを許さなかった。
そんなことを考えている時だ。扉を叩く音が聞こえる。
「誰ですか?」
「ルナ。おれだよ。入ってもいいかい」
外から聞き覚えのある声が聞こえてくる。それは、ケージのもの様に思えた。彼は、魔物の王の返答を待たずに、扉を開いてくる。
そこには、ケージの姿が存在した。しかし、何故だろうか。彼を人間には思えない。自分と同じ魔物である様に思えてくる。魔物の王は、そこで、あることに気づく。
「魔物? いや、違いますね。ケージですね。目の前にいるのは、ケージなのに、魔物に思えてしまう。あの時の、私と同じ状況なのですね」
魔物の王が微笑しながら言う。どうしてだろうか。ケージの前だと、人間の頃のルナに戻ってしまう。
「あの時の私?」
ケージが言う。
「この世界では、何回も、人間と魔物で覇権が変わっているのです。その代わり目で、一人の人間か魔物が、神の遣いと呼ばれる者に育てられるのです。以前は、それが、私だった。私は、そこで今の貴方の状況と反対で、人間として、人間の世界を見てきました。それは、薄汚れていた」
ルナが言う。
「それで、私は魔物の繁栄を望んだのです」
「それが君は正しい判断だったと思うかい?」
ケージが言うと、ルナが下を向く。
「間違っていたのかも知れません。結局、魔物も人間と同じことをしてしまっている。だから、天に見放されたのでしょう。だからこそ、また、時代が変わろうとしている」
「違う。おれは、天だか何だかは興味もない。君の答えを聞いている」
「前にも聞きましたが、貴方は、魔物を恨んだことは無いのですか?」
「身体が頑丈なせいか、痛みにも何に対しても鈍感なんでね」
「そうかもしれませんね。本当に色々と」
ルナはそう言うと、微笑する。
「当時、私は、人間を恨んでいた。でも、そんな人間でも優しい人もいました。だから、あの決断が正しかったか分からないのです。そこで、私は、神の遣いと呼ばれる者にお願いをしました。人間にしてほしいと。あんなに嫌いな人間だったのに・・・」
ルナが言う。
「でも、もう、それも、おしまいです。力を願った時に、私は魔物の王に戻ってしまいました」
ルナが言うと、ケージがルナに歩み寄ろうとする。
「だ、ダメ、近づかないで」
ルナが立ち上がり言う。彼女は知っていた。自らに近づくものは、魔法によって、死を迎えることを。
「人間だ、魔物だって、何の違いがあるんだよ。同じじゃ無いか。こんな薄暗いところじゃ気も滅入っちゃうよ。帰ろう」
「違う、そう言うわけじゃ」
ケージがルナの手を掴もうとすると、彼女の体から火の玉がケージに数発命中する。それを受けたケージが後ろに吹き飛ぶ。ルナが思わず目を瞑る。
「いててっ」
ケージがそう言い立ち上がってくる。良かったと、ルナは心から思う。
「私に触れることは出来ないのです。触れようとするものは、魔法で反撃してしまう様になっているのです」
ルナが悲しい顔で言う。彼女にとっては、それはありがたいものでもなんでもなかった。そのせいで、誰とも触れ合うこともできない。
「あつつ。まだ燃えてる。一緒にいた時に触れたけど、全く触れ足りないね。おれは頑丈なんでね。何度でも挑戦させてもらうよ」
ケージはそう言うと、再びルナに歩み寄る。
「ダメだったら」
ケージはルナに近づき、手を掴もうとすると、ケージに何個もの光の矢が襲ってきて、彼の体に刺さる。
「離れて!」
「忘れないでくれ。君に触れられる者もいると」
「ダメ! 死んでしまうわ」
ルナはそう言うと、ケージの手を振り払い、手で突き飛ばす。光の矢の攻撃と相まって、ケージは後ろに吹き飛ばされてしまう。
吹き飛ばされたケージに、ルナが駆け寄る。あくまで、近づき過ぎない距離で。
「大丈夫ですか? 私のせいで、こんな・・・。すぐに治療を」
ルナが言う。早く治療をしなければならない。かといっても、治療班を呼んでは、魔物と認識されていようと面倒なことになってしまう。
「はははっ、作業場で会った時を思い出すなぁ。やっぱ、君は君だよ」
ケージが倒れながら笑う。しかし、それどころではない。ルナは自らのローブの腕の部分を破り、ケージの傷口に当てようとする。しかし、そこで、ルナは驚きの光景を目にする。
「傷が無いわ?」
「昔からそうなんだ。重症の傷はすぐに治ってしまう。気味が悪いかい?」
「いえ、触られそうになるだけで魔法で反撃するよりは、余程、気味が良いです」
ルナはそう言うと、微笑する。自分も、こんな魔法での反撃ではなく、そんな力であれば良かったと、彼女は思う。
「ケージ、貴方と一緒に帰りたい。でも、私は、魔物の王なのです。そして、貴方は人間の救世主なのです。決して相入れないのです」
ルナは悲しい気持ちで言う。そう、新しい救世主となるべき者は、その時の、支配者を討たなければならないのだ。そう決まっていると神の遣いが伝えていた。または、その時の支配者に討たれなければならない。
「おれはそんなご立派なものになった記憶はないよ。なりたくもない」
「いえ、それは、拒否できるものではないのです。母の様な存在にそう教えられませんでしたか?」
ルナが言う。顔の認識できない女性。幼き頃に、彼女を育ててくれた者であり、神の遣い。育ててくれはしたが、ルナは彼女のことを母だとは思えなかった。
「さあ、殆ど忘れちゃったよ。でもさ、よくは覚えてなくて不思議な人だったけど、育ててくれたんだから、お母さんでいいじゃない。君も同じだろ?」
相変わらず軽い男である。しかし、その軽さが、どこか羨ましいと思う時もあった。
「王! 何かあられましたか?」
外から声が聞こえてくる。
「さあ、もう立ち去りなさい。人の救世主。今度は、敵として会うことになるでしょう」
魔物の王が小声ながら、強い口調で言う。その声を最後にケージの姿が消えていく。
魔物の王は、城の屋上にて空を眺めていた。別に退屈で眺めているわけではない。そこから脅威が現れるのを警戒しているのである。
「最近では、近くの村が襲われたと言われます。このダークサイドにもいずれ来ることでしょう」
隣にいるメデューサが言う。
魔物の王にとっては、その村を守れなかったのは悔しい気持ちでいっぱいであった。しかし、今、この、首都である「ダークサイド」を離れるわけにはいかないのだ。数の問題ではないことは分かっている。しかし、首都であるダークサイドが被害にあれば、被害の人数は桁が変わる。どうしても撃墜しないとならない。
人間とは何とも憎たらしい存在だ。ただ、この光景は数百年前を思い出す。
数百年前、まだ、人間が覇権を握っている時、彼らは魔物に非道の限りを尽くした。奴隷として生きているのが、その頃の魔物であり、その中の一人が、魔物の王であった。
当時、人の王がいた。彼は、善人であった。魔物が奴隷にされていたことも心を痛めていたようであった。しかし、それでも、彼は人を優先する男であった。それは、魔物の王とて理解できる。彼女も魔物と人間どちらを取ればと言われれば、間違いなく、魔物を取るだろう。
そんな、疎外されていた魔物だが、禁断の遺跡で、優秀な者たちが集まって、魔法について研究を繰り返していた。今では、魔物の王以外には、使い手がいなくなってしまったが、それは天を操るほどの物までが開発された。
歴史は繰り返されるということだろうか。今度は、驕り高ぶった魔物に、人間が鉄槌を下すというのだろう。
「魔物の王、あれを!」
メデューサが空を指差す。そこには、まだ、遠くからではあるが、十隻前後の船が空を飛んでいた。明らかにこちらに近づいている。
(一隻だと思っていた・・・)
魔物の王が心で呟く。しかし、ここで、あの船を自由にダークサイドの上を飛ばさせるわけにはいかない。禁断の遺跡に行った者の報告によると、あの船には、爆発を起こす、物体が乗っているという。それをダークサイドに落とされては惨事になる。
魔物の王は天に雲を募らせる。空にいようとも、この魔法からは逃げることは出来ない。彼女は、空を飛ぶ船に向かい、指を差す。すると、その船にめがけて、雷が降り注ぐ。
しかし、船は全く問題にせずに、こちらに近づいてくる。
「えっ?」
魔物の王が呆気にとられる。まさか、雷の力に耐えられる乗り物があるとは考えもつかなかったからだ。以前の人間には、その様な物を生み出す力はなかった。
「ま、魔物の王?」
メデューサが慌てている。
魔物の王は、次に、すさまじい風を上空に吹き荒れさせる。船は、多少揺らいでいる様に見えたが、速度を落としながらも近づいてくる。
魔物の王はため息をつく。
「どうしましょう? 下に居る兵士に弓で攻撃させますか?」
メデューサが言う。それで、あの船を撃墜する事が不可能であることは、魔物の王にも理解できた。
魔物の王も、魔物であろうと、人間であろうと、命を奪うことは苦手であった。ただ、彼女とて、甘い考えばかりを持っているわけではない。攻め込んでくる者であれば、撃墜することに心は痛めない。しかし、今から、彼女が行おうとしていることは、自国に被害が出る可能性も低くない。
「メデューサ。今から使う魔法は範囲が広く、制御しきれないかもしれません。なるべく、自国に被害が出ない様にはしますが、自国の民に避難勧告を出しに行ってください」
魔物の王が言うと、メデューサは駆け足で屋上を出て行く。
ケージが今の自らを見たら止めることだろう。話し合いでとか、分かり合えるとか、言ってきそうである。ただ、彼の言うことは、所詮は綺麗事だ。実際は、話し合いで何とかなるわけがない。
人間の王になるべく、救世主、ケージは、最初に会った時からそうであった。彼女が会いに行ったのだ。
魔物の王は、母である神の遣いという者から、新しい人間の王が現れたことを聞いていた。それと同時に、彼が現れたということは、魔物の王である彼女の役割は失敗に終わったことを意味していた。
最後に、母は慰労として、願いを叶えてくれると言ってくれた。魔物の王は、何故か、人間になることを望んでいた。
闇の中で生きてきた事から、月の女神から、ルナと名乗った彼女は、人間の王に会いに行った。自らを破る者が、どんな者か気になったのだ。
ルナにとって、ケージという男は新鮮であった。力を持っているのに、それを使うことを嫌っている人間だ。人とは、力を持てば使いたがるものとばかり思っていた。彼といたり、思い出すときは、人間であった頃に戻ってしまう。
ただ、自分も力を使いたがってしまっているのかもしれない。魔物の王に戻ってからは、力を使うことに抵抗は全くなくなっていた。
魔物の王は、近づいてきた船たちに向かい、両手を向ける。
すると、大きな岩が何個も船に向かい、落下する。さすがに、それを受けた船は何個も落下する。
同時に魔物の王は、推進力を失った何個もの飛空船に、大風をぶつけ、船と大きな岩が、ダークサイドに落下するのを防止する。これほどの魔法を使うと、さすがの魔物の王にも攻撃を連続できなかった。
しかし、魔物の王は気づく。まだ一隻、船があることに。すぐには、先ほどの様な魔法を使うことは出来ない。魔物の王は、船からの攻撃を覚悟する。
ケージの周りには、大空が広がっていた。飛んでいる鳥たちが自分たちと同じ高さにいるのは少し違和感があった。
「ほほっ、凄いものだろう」
近くで舵を切って運転している、キムラが言う。
「うん。風が気持ちいいよね」
「もっと違う感想はないのか?」
ケージの言葉に、近くにいる、グレッドが言う。
「しかし、この船が、大量の魔物の命を奪うことになるんじゃ。セントロス達が向かったのは、お前らの首都であるダークサイドじゃ。罪なき魔物達の命も奪われるかもしれん」
キムラが言う。
「いや、それは、儂らの自業自得かもしれませぬな」
エンツレリクレツが言う。
「しかし、ダークサイドには、今は、魔物の王もいる。あの方は、雷をも操る方のようだ。空飛ぶ船くらいなんともないと思うがな」
グレッドが言う。
「確か、雷や雨を操れるらしいのう。だが、それらの対策は施しておる。あっちの船は、こちらとは違い、戦闘用なんじゃよ。あと、船はこちらも合わせて二隻ではないのじゃ。数隻おる。魔物の王一人でどうにかならんじゃろう」
キムラが言う。
「何とも馬鹿なものを作ってしまったものじゃよ」
キムラが暗い顔で言う。
「でもさ。この空飛ぶ船って、便利じゃないか? これがあれば、遠い友人とも簡単に会うことができるし、物を運ぶことができる。今後は、そう、使おうよ」
ケージが笑いながら言う。本当に、便利な物に思えた。こんな物を、ただの人の命を奪うものだけに使うなどと勿体ない。
「そうじゃな。使い方か。小僧、良いことを言うな!」
キムラが嬉しそうに笑う。
「しかし、どうやって、相手の船を止めるのだ? キムラが言うには、この船には、武器が何もないと言うではないか? あっちにはあるのだろ? 撃墜されるだけだろう?」
グレッドが言う。至極もっともな意見である。
キムラは言っていた。この船には無いが、あっちの船には、砲台というものがあるらしいのだ。それは、以前見せてもらった爆弾というものを相手に向かって撃ち放つ事が出来るものらしいのだ。
「魔法の使い手でもいれば良いのだがな。筋肉馬鹿しか集まっていないからな」
エンツレリクレツが言う。
「しかし、とりあえず向かうしか無いよ。考えているうちに、ダークサイドに大きな被害が出る」
ケージが言うと、エンツレリクレツが頷く。
「グレッドが大ジャンプする作戦は?」
ケージが言うと、グレッドが慌てた表情をする。
「馬鹿者。確実に無駄死にだ」
グレッドが大声で言う。しかし、ケージの中で何かが思い浮かんだ気がした。砲台の仕組みは、キムラから聞いた。砲台は横に付いていると。
その時だ。目の前の雲行きが怪しくなってくる。そう、天気が異常に悪くなっているのだ。この船もさすがに雲を越すことは出来ない。そんなものは人間に生み出すことは出来ないだろう。そう、天気の影響からは逃げることは出来ないのだ。
「中に入ろう」
キムラは言うと、船の速度を弱める。
船の床には階段があり、そこを下っていくと、乗組員が雨風をしのげるような場所があるのだ。
ケージ達は、その階段から、部屋の中に入る。
目の前には、大きな窓があり、そこから、正面の景色が見えるようになっている。キムラは、中にある、もう一つの舵を取り、速度を戻し、運転を再開する。
窓には、まだ、小さくはあるが、何隻かの空を飛んでいる船達が見えてくる。
「舵を取られる・・・。凄まじい風だな。もしかすると、魔物の王という者の力かね」
キムラが言う。空は何度も光り、雷が落ちているようにも思える。ルナの魔法の力かもしれない。
「ただ、これ位では、飛空船は落とせんよ。時期に、街に付いて、爆撃が始まる」
キムラが暗い顔で言う。
しばらく進むと、無数の飛空挺達の姿が大分はっきりと見えてきた。飛空挺が落とせないと言っても、ルナの魔法の影響があるのだろう。前の飛空挺の速度は弱まっているように思えた。
「キムラ。もう少し高度を上げて近づけないか? ちょい上くらいにね」
「高度を上げる? もう少しは、出来るには出来るがどうするのじゃ?」
そんな事を話している時だ。大きな音が目の前から響いてくる。
無数の岩が何個も飛空挺めがけて降ってきているのが目に入り、それが何個も飛空挺に命中し、落ちていっている光景が広がっていたのだ。
「何じゃと、これが魔物の王の力か・・・。あれでは、さすがの飛空船も」
キムラが驚きの表情を浮かべる。
しかし、飛空挺の一隻は避け切り、既にダークサイドの上に付いてしまっているように思えた。あの爆弾というのを無数に落とされては、ルナといえども無事では済まないかもしれない。それに、あれだけの魔法を乱発できるとも思えない。
「キムラ、早く、あの飛空挺の上に行ってくれ!」
「悔しいが、おれらでどうにかできる問題でも無いだろう。王の攻撃の巻き添えになるだけだと思わんのか?」
グレッドが青い顔で言う。
「とりあえず、向かうぞ」
キムラはそう言うと、舵を上に向かうように切る。船が徐々に上昇しているのを感じた。少しすると、上昇が止まる。
「よし、飛空挺の上に来たぞ。どうする気だ?」
キムラの言葉を聞いた、ケージは、階段を勢いよく登り、船のデッキに行く。船の外は、とてつもない風が吹き荒れていた。そして、その周りには、空が広がっていた。
ケージはデッキから下を一度見る。やはり、とてつもない高度だ。
「おい! ケージ!」
エンツレリクレツが後ろから付いてくる。
「まさか、お前・・・。やめろ!」
「よし!」
ケージは、一度、気合の声を上げると、そのデッキから、空へと飛び降りる。
凄まじい音とともに、ケージに激痛が走った。
キムラから聞いていた。先に向かった船は、容易には壊れない、特殊な素材で出来ていると。ケージが落ちてきたくらいでは壊れないだろう。反対に、彼自身が壊れてもおかしくなかっただろう。
「いつつ、さすがに無理が過ぎたかね」
ケージが言うと、何人かの鎧を着た人間が彼を囲む。
「やあ、お元気?」
ケージが言うと、鎧の男達は何も返答せずに、剣を向けてくる。
「何だ? お前。空から降ってくるとは、おかしなやつだな」
「お空で散歩って言っても、信じてもらえないだろうね。うん。あんたらを止めに来たんだよ。このままじゃ、どちらも不幸になる。魔物に爆弾を落とせば、魔物が。魔物の王がこの船を落とせば、あんたらが。いや、不幸を感じるのは逆かな? それほど、相手を傷つけるのは自分も傷つく」
「人間なのに、魔物の事などを考えているのか?」
「人も魔物もないさ。まあまあ、とりあえず、帰りましょうよ」
ケージがそう言い、立ち上がると、複数人の男達が剣を近づけてくる。
「まあ、時間もないしね」
ケージはそう言うと、腰の木刀を取り出し、彼らに攻撃を加える。人間達は何も言う事なく、倒れていく。
「何者だ? こんな上空で侵入者とは驚きだな」
階段から一人の男と、数人の部下が現れてくる。茶髪の長髪で、顔も整っているが、どこか、面長で馬を連想させるような容姿をした者が現れる。ケージは、彼が、セントロスであると推測する。
「セントロスかい?」
「何故、私の名前を? いかにも、私が、セントロス・カーズだ」
「なあ、あんたは、実は、この魔物への攻撃が虚しい事だって分かっているんじゃないのか? 牢屋であんたには世話になった。遺跡でも、仲間を見逃してくれた。本当は魔物にも優しい人間だよ」
セントロスが驚きの表情をする。
「まさか、お前は、ケージだと言うのか? 魔物だと思っていたが。いや、今思うと、魔物だったのだろうか? しかし、今は、お前に構ってはいられない。侵入者を捕らえろ」
セントロスはそう言うと、部下に命令をする。彼らは、ケージに襲いかかってきたが、彼は、それを木刀で返り討ちにする。
「何故、その力を同じ人間のために使わない?」
セントロスが言う。
「使わないでいいなら、力なんて使いたくないさ。あんただってそうだろ?」
「お前の様に生きられるなら生きたかったさ。だが、数年前に、そういう訳には行かない事情ができてしまったのでな」
セントロスがそう言うと、腰から剣を抜く。
「お前の思いを、私に通したいのであれば、一つ、おれに勝て」
「分かった」
ケージはそう言うと、木刀を構える。
セントロスは凄まじい速さで、ケージに駆け寄ってくる。彼は、剣をケージの顔に斬りつけてくる。彼は、それを仰け反ってかわす。
すると、今度は、セントロスは、何回もケージの顔に突きを放ってくる。彼は、それを、首を動かしてかわす。
「ひゅー。速いね。大した腕前だよ」
ケージが言う。
「お前も攻撃してこい」
「うん。分かった」
ケージはそう言うと、凄まじい速さで、セントロスに、駆け寄り、彼の腹部に、横から木刀を叩きつける。彼は、勢いよく、後ろに吹き飛ぶ。
「ううっ」
セントロスは剣を杖代わりにしながら立ち上がる。
「もう止めよう。それに、あんた、ここじゃ、得意の魔法も使えない。どう考えてもアンフェアじゃないか。帰ったら、また、地上で相手するよ」
ケージが言う。
「そう言う訳には行かない。私は、魔物を打ち倒さなければならないのだ」
「何で、そんなに魔物を嫌うんだい? ・・・親や子を奪われたのか?」
「私は魔物に育てられたのだ。とても、良い方達だった」
「なら、何故?」
「そんな親が魔物によって粛清された。馬鹿馬鹿しいではないか。ただ、多種族の者を育てただけでな。そんなくだらない種族必要か?」
セントロスの言葉に、ケージは顔を俯かせる。
「でもさ。あんたを育ててくれたのも魔物じゃないか?」
ケージがそう言うと、セントロスが勢いよく駆け寄ってきて、剣を斬りつけてくる。ケージはそれを、木刀を捨て両手で刃を挟み受け止める。
「そうさ。分かっているんだ。魔物全てが悪いわけではないと。しかし、この怒りの感情を、どこにぶつければいい!」
セントロスの剣に力が入る。ケージは、剣を捻り、それを奪い取る。剣を奪われたセントロスは、その場に、膝をつく。
「もういい。お前にやられるなら、私も納得ができる。その剣で私を刺せ」
セントロスがそう言うと、ケージは剣を捨てる。
「そんなことはしないよ。あんたは、仲間と一緒に、これから、この船で、遺跡に帰ってほしい。おれが悪いようにはさせない」
「そんな、恥辱を晒すなら、生きていたくなどは無い」
「あんたの両親は魔物を滅ぼす事を願っていたのかい? お互いが仲良く暮らせるように願っていたんじゃ無いのか? あんたは、それを引き継ぐ義務があるとは思えないか? 遺跡に戻って、人間と魔物の架け橋になってほしい」
ケージが言うと、セントロスはしばらく下を向いていたが、少ししたら、首を縦に振る。
「ケージ!」
突然、声が聞こえる。その方向を見ると、横に飛空船が飛んでおり、そこから、エンツレリクレツが叫んでいた。
「大丈夫か! 今、そっちに乗り移るぞ」
エンツレリクレツが言うと、ケージは手で、それを拒む。
「おれがそっちに行くよ。この船は、もう遺跡に帰るしね」
ケージはそう言うと、エンツレリクレツの方に歩き出そうとする。
「ケージ。この世の中を変えてくれないか? お前ならできる。私みたいな人間が恨みを抱かないような世界に」
「結局あんたに対しても、力でしか押さえつけることができなかった。そんな無能な俺だけど、約束するよ」
ケージはそう言う。
最終章 ケージの決断
ケージの周りには森が広がっていた。そんな中、飛空船から降りた、ケージ、エンツレリクレツ、グレッドがいた。
キムラは飛空船と共に、遺跡に戻っていった。彼も勝手に飛空船を動かした事を罰せられる可能性が考えられたが、セントロスがそれは止めてくれると約束してくれた。
「本気か?」
グレッドが言う。
「うん。これから、魔物の王に会いに行く。もう、人間と魔物の争いは終わらせないとならない」
ケージが言う。彼は、ルナに会いに行くつもりであった。ただ、彼女は、もう、ルナではなく、魔物の王だ。彼の言葉を聞いてくれるとは限らなかった。
「話を聞いてくれるとは限らないぞ」
グレッドが言う。
「その時はその時だよ。おれの力量不足ってね」
ケージは笑みを浮かべる。
「儂も行こう。魔物が一緒にいた方が少しは相手も話を聞いてくれるかもしれん」
エンツレリクレツが言うと、グレッドが動揺した表情をする。
「お、おれも行くぞ」
グレッドが言うと同時くらいに、大勢の足音が近くに聞こえてくる。
少しすると、大勢の魔物と、以前、あの小屋で会った。蛇の髪を持ったメデューサが現れる。
「メデューサという。お前らが、あの飛空船を連れてきたのか?」
メデューサが言う。
「違う。おれらは、やつらを止めに来たんだ」
グレッドが慌てて言う。
「それを信じろと?」
メデューサが冷たい口調で言い、他の魔物達に攻撃の指示をする。
「おいおい。攻撃の意思なんてないよ」
ケージはそう言うと、腰にある木刀を急いで捨て、両手を上げる。
「お前らに意思がなくとも、こちらにはある」
メデューサは冷たく言い放ち、魔物達が今にでも襲いかかってきそうな体制をとる。エンツレリクレツと、グレッドが剣を構える。
「おやめなさい」
メデューサ達の後ろから、声が聞こえてくると、そこから、全身黒い女性が、彼女達に歩み寄ってくる。魔物達の前だからか、夢の中とは違い、その姿は威厳に満ち溢れているように思えた。
「お、王。こんなところまで」
メデューサが狼狽しながら言う。
「こんなことだろうと思っていました。彼らは、飛空船を止めてくれた英雄です。その名目で連れてくるように命じたはずですよ」
魔物の王が静かながら、強い口調で言う。
「し、しかし、こいつらは、人間とそれに与する魔物です。信用なりません」
メデューサが言う。
「人間は確かに信用できない種族です。しかし、中には、違う者もいる。エンツレリクレツ達が付いているのも、そういう人間だからでしょう」
魔物の王が言う。
「彼らは英雄です。丁重に、ダークサイドに案内をしなさい」
魔物の王の言葉に、メデューサを含め、全ての魔物が膝を落とし、彼女の命を了承する。
暗い中にも関わらず、辺りは賑わっていた。
魔物達は人間を撃退したことを祝し、ダークサイドの大広場で、宴を開いたのだ。ケージが今まで見たことがないような、食べ物や飲み物が、周りには広がっていた。
そんな中に、人間であるケージがいることは不思議なものであったが、彼も悪い気はしていなかった。ケージも賑わいは好きである。
ただ、ケージのテーブルには、誰も一緒に宴を楽しむ者はいなかった。エンツレリクレツやグレッドはすぐに、この宴に溶け込み、どこかに連れ去られて行ったが、彼に絡もうとする者はいなかった。魔物の王の知り合いだと言うこともあり、危害を加えてくる者はいなかったが、誰もが彼を腫れ物のように扱った。
ただ、そんなことは、ケージにとっては、どうでも良いことであった。美味しい食事と飲み物があれば、楽しいものだ。
「久しぶりだな」
ケージが一人で食事を食べていると、金色の鬣の魔物に声をかけられる。レオンである。
「おいおい。一人で食事なんて寂しいじゃないか。おれを混ぜてくれ」
レオンはそう言うと、ケージの隣の席に座る。
「ミディアとオーディンは、今は、別の仕事でダークサイドに居なくてね。色気がなくて悪いけどさ」
レオンが笑いながら言う。
「あんた一人だけで、十二分盛り上がれそうだよ」
ケージが笑みを浮かべながら言う。
「傷はもう大丈夫なの?」
ケージが言うと、レオンが頭を搔く。
「あのよー。もっと言うことあるんじゃない? 人間で驚いたか?とかさぁ」
「あっ、そう言えばそっか。それで、人間で驚いたかい?」
ケージが言うと、レオンが笑う。
「ははっ、相変わらず、おれ以上に軽いなぁ。でもさ、本当に驚いたぜ。何で、魔物とか親友とか思ってたんだろうなぁ。でもよ、おれの思いは以前と同じだ。お前は親友だよ。人間は嫌いだけどさ。お前は特別さ」
レオンが言う。何とも恥ずかしいことを平然と言う男である。
「ちょっと、いいかしら?」
レオンの他に声が聞こえてくる。そこには、うさぎの顔を持った魔物が立っていた。
「おっと、レディと用事があったのかい? これはこれは失礼。邪魔者は失礼しよう」
レオンはそう言うと、またなと言い残し、去っていく。
しかし、ケージには、この魔物の顔に見覚えがなかった。
「あんたは? 麗しい方とのダンスの予定は入っていなかったはずだけど?」
「ちょっと、近くの林まで来てもらえない?」
うさぎの魔物が言う。腹も膨れてき、特に断る理由がないため、ケージは、そのうさぎの魔物の指示に従うことにする。
うさぎの魔物は、近くの林に入っていってしまう。ケージも、それを追うように、林に入っていく。
しばらく、林を進むと、うさぎの魔物は立ち止まる。
「こんなところに、何のようだい? 取られるような金品は何も持っていないよ」
ケージがうさぎの魔物の背中に話しかける。
「うふふ、驚きましたか?」
うさぎの魔物は振り向くと同時に、顔が取れ、その中から、見覚えのある顔が現れる。そこには、ルナの顔があった。
「君か。全然気づかなかった」
ケージが笑いながら言う。
「話し方と声も少し変えてましたからね」
ルナが言う。
「私は、どうにも、ああいう宴が好きではないのです。本当は城から出てくる気は無かったのですが、貴方が参加していると聞きましたから」
ルナが言う。
「君も楽しめばいいのに。美味しい食べ物がたくさんあったよ」
「私は魔物の王ですから。一緒に楽しむわけにはいきません」
ルナの言葉で、二人の間に少し沈黙が走る。
「ルナ。魔物の王としての君と話したかった。もう、人間と魔物の争いは辞めにしないか? 皆で手を取り合って、この世界で生きていくわけにはいかないか?」
ケージが言う。
「無理ですよ。魔物には力がありすぎます。人間と共に歩むなどと、彼らが納得しません」
「それなら、力など捨てればいい」
ケージが言うと、ルナが暗い表情をする。
「それは可能ですよ」
「どうやるんだ?」
「私を倒すことです。私が居なくなれば、魔物の力は弱まります」
ルナが言う。
「なら、そんな事はする必要がない。君に危害を加えるくらいならば、今のままでいい」
ケージはそう言ったが、セントロスの言葉が頭に浮かび上がってくる。
「そう言うわけには行きません。私も貴方にそれを告げに来たのです。人間の救世主。一週間後、私と、いえ、魔物の王と戦ってください」
ルナが言う。
「そんな事はできない」
「ケージ。代々継がれてきたのです。人間と魔物の王が戦い、支配者が変わってきた。戦わないとなりません。そうしなければ、どうなるか分からないのです」
「なら、今、おれの命を奪いなよ」
ケージが言う。本当にそれでも良いと思っていた。それで、ルナが平穏無事に行きていけるのであれば、自らのちっぽけな命など、どうなっても良いと。
「ずるい人です。生きている方の思いはどうなるのです」
ルナの言葉に、ケージは、納得する。確かに、卑怯な行為かもしれない。命を失うよりも、罪悪感に苛まれる人生を生きる方が辛い事は、彼自身も同じ価値観だからだ。
「とりあえず、一週間後です。それまでに気持ちを整理しておいてください」
ルナはそう言うと、どこかに消えていってしまう。
「おい! どうした? 人間。何かうさぎの魔物と洒落込んでるんだって?」
後ろから声が聞こえてくる。そこには、グレッドの姿があった。酒が入っているのか、いつもの彼とは様子が違った。
「なら、魔物の・・・。いや、ルナさんは、おれが頂くぞ」
グレッドが言う。
「グレッド。あんたは、おれがルナの命を奪ったらどう思う?」
ケージが言う。
「何を言っている。お前の魔物と人間の溝を埋めると言うのは、そういうことなのか?」
ケージの言葉に酔いが覚めたのか、グレッドが怒りのこもった声で言う。
「一週間後、彼女と闘う。そう決められている様なんだ。あんたとエンツレリクレツも見届けてほしい」
「馬鹿を言うな!」
グレッドがケージの胸ぐらを掴み、そのまま、彼を押し倒す。
「いいか。ケージ。ルナさんだからと言うのもある。だが、それだけじゃない。お前がそんな事を口が裂けても言うな!」
グレッドが言う。
ケージは倒された拍子に、手に擦り傷を追う。彼はそれを見て、ある思案をする。