7.私はFになる
何で日常系を書こうとして殺人が起こるんですか・・・?
読者が犯人オチではありません
「イル・・・さん?」
一体、何が起きているのか。私は理解できなかった。
しかし、眼の前のそれは、動きを止めることなく私達の所へ、近づいてくる。
一定の速さで。
それは、設定された機械的な動きだった。
館内が暗く、遠くからでは影としてしか認識できなかったそれが、近づくごとに、
どの様な姿をしているのかが分かってくる。
それは、まるで結婚式の花嫁のように思えた。
何故ならば、イルと思わしきそれは、ドレスを着ていたからだ。
「異常事態です。異常事態です、今すぐここから離れてください」
私の隣で、アンドロイドのシャーリが警告をする。
しかし、私達は一歩もそこを退くことが出来なかった。
どこまでも近づいてくるそれは、私達にぶつかるのではないかと思われるぐらい、
スピードを落とさない。
しかし、私達の3m手前で止まる。その瞬間、館内の照明がつき始める。
急な光の投下に、私は一瞬視界が白くなる。思わず手で目を覆い隠し、
ゆっくり順応させると、眼の前の光景が鮮明に映し出された。
下半身が切り取られたそれは、台車の上に上半身が置かれて、
顔の位置にはウエディングベールが被さっていた。
私は、そのウエディングベールを持ち上げると、驚き尻もちをつく。
そこには、虚ろな眼をしたイル・クローデルがそこにはいた。
入り口の出迎えが終わると、私はイルとシャーリと共に神殿内に入る。
神殿内は外側から想像した広さよりも、狭く、入り口付近に窓口があり、
そこでもシャーリと同じ姿をしたアンドロイドが、対応をしてくれた。
館内に入る際には、入り口についている監視カメラで、人体認証を行うらしく、
登録をしていれば素通りできるらしい。
データを登録していない私は、窓口で館内に入るための手続きを行った。
取り敢えず、私は名前と性別をタッチパネルで入力させられた。
未登録者の館内見学という扱いで、中に入ることが許可され、私は2人についていく。
窓口を通り過ぎると中央の広場から、右に登録用の窓口が幾つか存在していた。
恐らく、個人情報の登録、職業の選択というのはここで行うのだろうと思った。
左の方を見ると、椅子がいくつか並べられており、休憩所とイルが紹介してくれた。
壁の方にはトイレがあったので、私は先にお手洗いに行くと、二人に告げて向かった。
トイレの入り口は2つの道に分かれていたが、私は急いでいたので間違って
男性トイレに行ってしまった。すると、ブザー音が鳴り
「貴方は男性ではありません、女性用のトイレは右隣になります」
と天井の指向性スピーカーから音声による警告が伝わってきた。
やってしまった、と思いながら私はさっさと出ていき、今度こそ女性トイレに向かった。
「間違って男性トイレに入ったようですね!」
シャーリ・アシュットはトイレから戻った私をケラケラと笑った。
その姿にどことなく身近にいる彼女のことを思い出し、少しばかり怒りを覚えた。
「どうしてわかったの?」
「この神殿内は『シャーリ』と呼ばれる人工知能によって、全ての機械は管理されているのです。先程の警告もシャーリによるものであり、何かが起こると全機械に情報伝達が送られるようになっているのですよ! なので、アスカさんの行動は全機械に筒抜けです!」
えへんと胸を張る、シャーリ。
周りを見ると、確かに到るところに彼女と同じアンドロイドがそれぞれの仕事を行っていた。
先程の間違いが、例え機械とは言え、全ての存在に行き渡っていると思うと何だか恥ずかしくなってきた。
アンドロイドと分かっていても、シャーリは人間らしく振る舞うので、余計に気恥ずかしさを感じるのかもしれない。
それに比べ、その話を聞いていても無表情のイル。
どっちがアンドロイドなのか、人間なのか自分の認知に疑いを持ってしまうぐらい静かだ。
「・・・さて、アスカさん。まずは個人情報の登録を行いましょうか。あちらになります」
相変わらず声に抑揚がない。
イルは、シャーリに下がるように言うと、私を窓口に連れて行った。
同じような窓口が並んでおり、テーブルの上にタッチパネルがあった。
そのタッチパネルには、個人情報・職業の2つのシンプルなボタンが並んでいた。
誰でも使えるようなUIにしているのだろうか。
取り敢えず、個人情報を押すと、登録・変更・確認の3つのボタンがあるので、
登録を押す。
そして、項目ごとに対応する内容を打ち込んでいく。
名前・・・アスカ・サカモト
と入力してはたと疑問に思う。
「名前って別の名前にすることができるの?」
イルは小さく頷く。
「ええ、もちろんです。ですが登録すると、基本的には変更できません」
坂本という苗字には嫌な思い出しかない。
私はすでに、あの世界とは縁を切っているも同然であった。
転生者ならば、この世界に親がいないので、私自身が苗字を決めることが出来る。
「さて・・・何にしようか」
日本人的な苗字でも構わないだろうし、敢えて洋風な苗字でも良いだろう。
私は内心ワクワクしながら、考えていた。
「それで、どのようなお名前にしたのですか」
登録を終えた私を待っていたイルは、登録する前と全く変わらず私の隣に立っていた。
「名無し」
私は敢えて、困るような内容を答えた。彼の反応を見たかったのだ。
しかし、そうですか、と言ってそれっきり話すことは無かった。
「それでは、今度は職業登録です」
と言って、先程のタッチパネルを使って決めるように誘導する。
期待した訳ではないが、反応が無かったことに私は残念に思いながら、職業を登録する。
今度は職業を押すと、公募・登録・変更のボタンが表れたので、やはり登録を押す。
すると入力フォームが1つ表れた。
何というシンプルな画面設定なのだろうか。
何にするか、結局決めていなかったので、その場で考える。
すると、隣にいたイルが
「済みません、お手洗いに行きたいので、少し離れますね」
「あ、お構いなく~」
と私が言うと、彼は反対方向へ向かった。
彼はトイレに行く途中に、館内を掃除するアンドロイドや、うろうろしているアンドロイドに声をかけていた。
そのたびに、アンドロイドは彼に礼をする。
皆、同じ姿をしているので、奇妙な光景ではある。
彼には、一体一体が識別できているのだろうか。
「さて、そんなことよりも職業ね・・・」
「お困りのようですね!」
と、窓口の方から、先程見た顔があらわれた。別のシャーリだ。
私はビクッと驚き
「急に表れないでよ!」
と珍しく、大声を出した。そんなことも気にしていない素振りで
「あはっ、スミマセン。なにぶん、アンドロイドなものですから」
と全く反省する素振りもなく彼女はヘラヘラしている。
「それで、職業は何になさるのですか?」
「それを考えているところなんだけど・・・なにかいい案ある?」
「そうですね・・・。大体決められない人は『保留』とか『思案中』とかにしますねー」
「・・・それは、職業なの?」
「まあまあ、こちら側とすれば無職でなければ何でも良いのですよ」
と片手をひらひらさせて笑うシャーリ。
先程の、アンドロイドに比べるとより感情が豊かである。
喜怒哀楽の喜や楽に非常に偏りがあるアンドロイドではあるが。
「しかし、職業によっては、人とは違うことが出来ますよ」
「例えば?」
「例えば、釣り人だったら船を貸してもらえるとか、記者だったら偉い方々にでもインタビューのアポが取りやすくなるとか」
「へぇー、自称でも職業によっては、それらしいメリットが得られるのね」
「その通りでございます」
うーん、と悩んで私は名案が浮かび、打ち込む。
「神で」
「駄目です」
悩みに悩んでいると、ふと今何時だろうと思った。
時計を見るとすでに11時半を過ぎていた。もうそんな時間かと思っていると、別の
疑問が湧く。
「そういえば、イルさん遅いな」
「あれー、そういえばそうですね。ちょっとお待ち下さい」
シャーリは、そう言うと右のこめかみに、人差し指を当てる。
何だろうと思っていると、シャーリは急にオロオロしだして
「おかしいな、おかしいよ。イルが、イルが」
と慌てだした。
「どうしたの? 落ち着いて」
私は彼女を落ち着かせる。
アンドロイドに対して冷静になんて変だ、と思う暇もなく彼女はバタバタとする。
「イルが・・・、いないんです」
「・・・えっ」
その瞬間、館内の照明が急に落ちて、辺りは暗闇になる。
その時、私は初めて館内に窓がないことを知った。
照明が切れると辺りにいた『シャーリ』も活動を停止する。
そして、数秒後に『非常電源オン』という音声が聞こえると、シャーリはまた活動を再開する。
「一体何が・・・」
私が呟くと、窓口にいたシャーリは、近くの窓口の入口から出てくると、私のそばによって来て
「何が起きているのか、理解できません」
と不安げな様子で言う。
「イルさんは?」
「館内にはいません」
「どうして」
「分かりません。館内を出た形跡は全くありません。入り口以外の扉はありませんから、入り口から出ていない以上、出られるわけがないのですが・・・」
「イルさんはどこで消えたの?」
「トイレに向かったのは分かります。それ以降の行動が・・・把握できません!」
「いつ?」
「11:00です」
ならば、トイレに向かえば何があったか分かるのではないだろうか。
そう思って反対方向に向くと同時に館内のスピーカー大音量で音楽がなり始める。
「一体何!?」
一体これは?いや、これは聞いたことがある。メンデルスゾーンの『結婚行進曲」である。
そして、トイレの方から何か床をこするような音が聞こえてくる。
私達は、ただその方向を見ることしかできなかった。
そして私は、目の前のそれを見上げていた。
ベールを取っても、何一つ反応がない。
私は、尻もちをついたまま、動くことが出来なかった。
イルが死んだ。
とっくに曲が終わっていたことにも気づかず、私は脳内でいつまでも結婚行進曲が鳴り響いていた・・・。
あなたを犯人です
部屋をお連れします
インド人を右に
てったいしなければ ならかった
誤字脱字に気をつけたいものですね