4.意志転生 -premind release-
おまけの方が重要だ、という経験はないだろうか?
例えば、お菓子に付いてくる歴代のプロ野球選手のカードを集める人たちからすれば、
カードの方が重要で、お菓子はおまけになる。
行き過ぎると、お菓子を買わずにおまけの中身が欲しくて、
スーパーのレジを通さずに盗む者が表れる。
複数の物事に対する重み付けというのは、人によって変わってくるものだ。
散歩プラスアルファ、と彼女は言ったが、私にとってはそのプラスアルファが重要で、
今まで一番大切な経験であった・・・。
リセリアと私は、歩き続けて、大きなドーム型の講堂の前に着いた。
講堂に対して背を向けると、ピウアルトの景色が一望できた。
遠くには小さくなった船達が海岸沿いに並んでいた。私達が歩いてきた道も眺めることが出来た。
景色に見とれている私に、リセリアは声をかけた。
「さて、散歩は中断してプラスアルファの時間ですよ」
「いったいここで何を?」振り向きながら私は言う。
嫌な予感はこの時点でしていた。
「貴方が、この私の秘書として相応しいのか、テストをします!」
講堂の中に入ると、何もない広い空間がそこにあった。
床、壁、柱すべて石材で出来ており、無駄に広いエントランスだった。
眼の前に、4,5mほどの高さの扉が備えつけられていた。
「あ、そこじゃないよ。そこは大ホール」
大ホールと呼ばれた、その部屋を無視し、リセリアは右の壁へ向かっていった。
よく見ると、壁の方に通路があるのが見えた。
私も彼女に付いていく。通路を歩きながら私は
「一体何をするの?」
と先ほどと同じ質問をしてみる。しかしリセリアは
「だからテストだって」
と、同じような回答しかしてくれなかった。
「テストって・・・」
私は、彼女についていきながら、胸中不安で一杯であった。
――テスト? リセリアは私が秘書として相応しいのかを確かめると言った。
もし、私が見当外れな動きや解答をすれば、それは何を意味するのだろうか。
クビ? それとも・・・死か?
目的地に付くその間、私は不穏な言葉がどんどんと浮かんで、
それらが私の頭を埋め尽していった・・・。
通路の先には、先程の大ホールの扉とはうって変わって人1人分の高さである扉がそこにはあった。
リセリアは躊躇せずに、扉を開けた。
彼女の先には、コの字に机を並べられている小さな部屋があった。
その机の並びに沿うように何人かの男女が座っていた。
誰もが皆、神妙な面持ちで私達を待っていた。
部屋の奥には、1人の立派な服装を纏った男性が座っていて、私達の姿を見ると
ゴホン、と1つ咳払いをした。
私とリセリアは、部屋の入口付近である下座に当たる席へ座った。
「それでは時間なりましたので、月1度の定例会議を始めたいと思います」
一番奥に座っている男性がそう言うと、雰囲気が更に張り詰める感じがした。
恐らく彼は議長に相当する者なのだろう。
「まずは、ピウアルトを囲む外壁についてですが、これについてパラメット」
パラメットと呼ばれた男は、私から見て議長のすぐ右に座っていた。
彼は渋い声で返事をすると淡々と説明していった。
「外壁については、今の所異常はありません。また、外壁に備え付けられている空間接続の魔法についても特に問題ないようです」
「よろしい、それでは・・・えー、リセリア、紹介しなさい」
「アスカ、アスカ・サカモト」
リセリアに名前を言われて、ドキッとする。
「アスカ・サカモト、なにか質問は?」
いきなり言われても困る。質問・・・とは?
部屋にいる私以外の全員が、私に視線を向けていた。何か言わなければ、何か・・・。
「・・・と、特には」
すると隣に座っているリセリアが、その私の答えを聞いた瞬間厳しい口調で私を質問攻めにする。
「本当に?それじゃあ聞くけど、何でピウアルトには外壁が必要なの?何で、ピウアルトの外壁には空間接続の魔法が張り巡らされているの?そもそも空間接続の魔法って何なのか分かっているの?」
リセリアの様子に思わず、驚きを隠せない。
ここまで強い口調で話しかけられたことが無かったからだ。
ましてやこの状況の理解すら出来てない私は、ますます混乱していく。
オタオタする私を見ていた議長は、ゴホンと咳をし
「・・・そこまで、リセリア。いきなり、話を振って申し訳なかった、アスカ。しかし貴方は異世界の管理人であるリセリアの秘書である以上、この世界について少しでも詳しくなっておかなくてはいけない。知らないことは誰にでもある。ましてや貴方はまだ転生して間もない。だからこそ、我々に遠慮せずに質問をしなさい」
「・・・はい」
私は喉に物が詰まった感じを受けながら、何とか返事をした。
「よろしい。それではリセリアの質問については私が説明しよう。まずピウアルトについてだが・・・」
ピウアルトの空間の形は平面である。
地球もかつては平面であると考えられており、それをピウアルトは実現していると言える。
そのため、ピウアルトの海をずっと行くと、そのままピウアルトを飛び出してしまう。
ピウアルトの外は、『次元の狭間』と呼ばれている。
全ての世界の外側には、この次元の狭間が流れており、
これに入り込むと、無作為に別の世界に流されてしまう。
ピウアルト以外の世界は、この次元の狭間にたどり着ける方法を見出していない。
そのため、他の世界には次元の狭間と世界の境界に何かを挟む必要はない。
しかし、ピウアルトは海の先にいけば、次元の狭間にいとも簡単にたどり着いてしまう。
これではピウアルトの住民が簡単に別の世界へ行くことが出来てしまう。
また、他の世界の者達が、万が一次元の狭間にたどり着けば、ピウアルトに来ることも考えられる。
飽くまでピウアルトは、全ての異世界をを管理し、他の世界とは隔離されてなくてはならない。
そのため、ピウアルトと次元の狭間に『絶対安全プラスティック』と呼ばれる
100%壊れない素材を使って、その問題を解決した。
しかし、そのままでは海流に変化が起きてしまい、海の生態系に影響を及ぼす可能性があった。
そこで、空間接続の魔法という、別々の地点を空間的に繋げてしまう魔法を使って、
かつて左から右へ流れていた海の流れを模倣している、という事らしい。
つまり世界の果てにたどり着くと、反対の世界の果てに飛ばされるというわけである。
ピウアルトの空間は今やドーナツ型であると言える。
我々よりも遥かに大きい空間を簡単に歪めてしまうのだから、魔法というのは恐ろしいものだ。
しかし、私にとっては今の状況の方が恐ろしい。
それからも話し合いは続き、幸いにして私に話が振られることは無かった。
エーテルの消費量について、エーテルは無限のエネルギーなのか、住民の不満はないか等
ピウアルトに関する議題が幾つか挙がり、誰かがそれに対する答えを言ったり、複数人が議論したり、順調に会議は進んでいった。
その中で、私はずっと話が振られないことを祈りながら、前の世界の自分のことを思い出していた。
今思えば、私は人前で何かを発言することが苦手だった。
貧乏という負の要素を持っていたことも作用したのだろう。
元来の性格もあるかもしれない。
目立たないように、なるべく生きてきたつもりだった。
しかし、どの場面でも発言というのは求められる。
例えば小学生の頃。
授業で、ある議題について賛成か反対か、グループに別れて議論させられた。
私にとっては早くこの時間が終われと思いながら、その議論のただ過ごしていた。
しかし現実は非常で、担任の1人1回は発言をするようにというルールによって、
発言しない者が私だけになった。
議論も終盤、意見は出し尽くされており、
私程度の脳みそでは新たな意見を言うことができなかった。
私の発言で授業が終了する、ということもあって、クラスから総攻めをくらい
最終的にクラス全員の前で泣いて、強制的に授業は終了した。
授業後のクラスメイト、担任の冷たい視線を未だに私は覚えている。
その出来事が更に人との関わりを避ける要因となり、中学ではいじめられ、高校では孤立した。
基本的に授業には出席していたが、討論がある日は予め欠席したり、仮病で保健室に行ったりして、逃げていた。
就職活動では、グループディスカッションがある会社は候補から問答無用に外す、
急遽試験にディスカッションを入れてきた会社は辞退。
そうして、少ない選択肢の中何とか入った企業が、ブラック企業であり、
酷使されて自殺しているのだから笑えない。
そう、皆が当たり前に出来ることを避けてきた当然の報いである。
自分の意見を自分の声で伝える。
そんな当たり前の事を、転生しても私は出来ていない――。
これでは、何も変わっていないではないか。
そんなことを考えていると、右腕につんつんと刺激を受けた。
その方を見ると、リセリアの左肘が私に当たっていた。
私がリセリアの顔を見ると、彼女は右手で自分の口を隠しながら、私に耳打ちをした。
「・・・ねえ、このままじゃ駄目だと思わない?」
まるで彼女は私の気持ちを見透かしたかのように聞いてきた。
「分からないことを素直に分からないと聞く、自分の意見を相手に伝える。簡単そうで難しい。
自分の気持を素直に表すことは誰にだって難しいことなのよ」
違う! 私以外は皆出来る。出来ないのは私だけだ!
現に、私以外の人たちは、私の目の前で今意見を相手に伝えているじゃないか。
分からなければ、質問して分からないということを恥ずかしげもなく、
自分を表現しているじゃないか!
私は、私は・・・それが出来ない。
私は泣きそうになり、絶望に包まれる。
そんな私の様子を知ってか知らずか、彼女は自分の話を続ける。
「前世はそれでも良かったかもしれない。でも今の貴方は、私の秘書であり、転生した1個人。
ピウアルトの住民は、皆自分の気持ちに素直になって生きている。
私は貴方も自分の意見を言えるようになって欲しいし、そんな風に貴方はなりたいと思わないの?」
「・・・でも・・・でもどうすれば良いの?」
私は今すぐにでも、泣き出したい気持ちを抑えながら小声で彼女に縋る。
彼女は、数秒考えるふりをして、そして笑顔で私に
「だから言ったじゃない。これはテストだって」
と言った。
「それでは、他に議題はありませんかね・・・。
無ければこれで本日の会議はこれにて終了致しますが・・・」
会議が終了する、その時――。
リセリアは、右手を高く挙げて
「お待ち下さい。私は最後に、ある提案をしたいと思います」
と大きな声で発言した。
皆、終わると思っていたので、不意をつかれたようにキョトンとしていた。
若干沈黙があった後、ゴホンという咳払いがあり
「ではリセリア。その提案というのは?」
と議長が問う。
「はい。それはピウアルトの気候についてです。
ピウアルトの気候は毎日同じような気候が続いていることは皆様もご存知かと思います」
「そのとおりだ。常に同じような気候が続くからこそ、常に同じような生活ができ安心して暮らせる」
と、別の誰かが発言をする。
「しかし、だからこそつまらない。安定はしていますが、日々の気候に少し違いがあっても良い。
そうすれば、日々の生活にメリハリが付く。私はそう思っていたのです」
「ほう、では何を提案するのですか?」
更に別の女性が聞いてくる。皆、リセリアに注目する。
しかし――。
「それを提案するのは私ではありません」
その発言に皆、理解出来ずに首を傾げる。
そんな周りの様子に目も振らず、立ち上がってまるで舞台女優のように、わざとらしい立ち振舞いで両手を私に向け、皆の注目を集めた!
「それを提案するのは、私の秘書のアスカ・サカモトです!」