2.科学と魔法の違いが分からない世界の日常を彩る懐かしき味噌汁
坂本明日香ことアスカは、転生してから1日が経ったその日。久しぶりに12時間の睡眠をとった。起きた時間は午前7時。非常に健全な時間帯に起きたものである。転生したばかりのその日は、異世界を管理しているとかなんとか言っていたリセリア・ランドールから服を借りてこの『ピウアルト』という世界、それから数多の世界についての説明を受けた。
「つまり、ピウアルトというのは、貴方の世界も含めた、幾千、幾億の世界の均衡を保つため存在するそんな世界ってことよ」
地下室で服を渡され、着替えたその後、私はリセリアと一緒に1階のリビングで昼食を食べていた。ベーコンエッグに、パン、いちごやりんごのフルーツが1つの皿にまとめて置かれていた。私は――こんな食べ物、いつ頃以来だろうと――生前を思い出しながら、少しずつ口に含んでいく。そのたびに、何だか幸せな気分になるのだが、その気分が故に、私は生前がどれだけ酷い状況なのかを思い知るのであった。そんな気持ちを私が抱えているとはつゆ知らずに、リセリアはどんどんピウアルトについての説明をしていく。話し相手が出来て嬉しいのか、それとも元々お節介な性格から来るものなのか、私には判断できる材料がまったくなかった。
「ピウアルトには、貴方の世界での科学って言われている概念も、別世界で魔法と呼ばれている概念も存在するの。で、どちらも扱えるから、上手く組み合わせて、私達の生活に役立てているってわけ。」
私は、科学も魔法も区別がつかなかった。別に科学だって十分に発展してしまえば、殆どの人間には理解できないブラックボックスなのだから。だから当然ながら私は質問する。
「ここでは科学と魔法の定義ってどうなっているのですか?」
すると、漸く私が口開いたことに驚いたのか、少しの間ぽかんとして、その後すぐに不服そうな顔を浮かべるリセリア。
「・・・なんで敬語なのですかぁ」
「はあ。しかし初対面ですので。それにどうも年上そうに見えるし」
「まあ、貴方の世界の日本ってところは礼儀にうるさいところだもの。でも、こう見えて同い年だったりするのね」
私は驚いた。てっきり彼女は私よりも4,5年は年上だと思っていたからだ。最も、金髪で鼻がすっとした外国人的な風貌であるがゆえ、むしろ日本人である私が若く見られがちなのかもしれない。世界的にみれば、19歳というのはこういうものなのかもしれないな、と私は考えを改めた。しかし、世界というのはどの世界のことを指すのだろうとか、どうでもいいことを考えていると、リセリアはそんな私の姿を見て何を思ったのか、自分で言ったことを否定し始めた。
「最も、私はこう見えても1万年以上はここに存在しているのだけどね。換算すれば、貴方が死んだ歳と同じぐらいってところかしら。」
「・・・いったい、寿命はどの程度?」
当然の疑問だ。1万年?私にとっては、スケールが大きすぎてついていけなかった。
「寿命ね・・・。まあそこもおいおい説明していくけど、端的に言えば無い。」
「・・・はぁ」
としか言いようがない。頭がおかしいのかこの女性は、と思ったがすでにさっき転生とか言うおかしな事が起きているのだから、こういうふうに考えている私のほうがよっぽどおかしいのかもしれない。
リセリアは、話が逸れたわね、と言って申し訳なさそうな顔を浮かべると、私の科学と魔法の定義について説明してくれた。
「科学と魔法の定義ね・・・。まあ私も専門家じゃないし、ピウアルト自体専門家なんていないのだけど。強いて言うならば、科学は『どうやって』が存在する。魔法は『どうやって』が存在しないって言うところかしら。」
「・・・つまり、科学で包括できる物は全てどうやって成り立つのかが説明できると。しかし魔法で包括される物は、全てどうやって成り立つのかが分からないってことですか。」
「まあそんな感じ。だから、このパンを焼くトースターだって、どうやってパンを焼いているかというと、パンをセットするとスイッチが入って、そちらの世界で言う電気だっけ?それが流れて、抵抗となるヒータが熱を持ってパンに熱を伝えるわけ。それで、ある時間が来たら、自動的にスイッチオフ。」
「で、魔法は?」
「魔法は、そうね。電気には必ずどうやって作られるとかどうやって制御するとかあるじゃない。でもこのトースターは電気ではなくて、『エーテル』って呼ばれる謎のエネルギーで動くようになっている。だけど、どうやって『エーテル』を作るのか、ましてやどうやって『エーテル』をコントロールするのかは不明。だけど『エーテル』は使い手が機械を動かしたいと思えば動かすことが出来る。だからそっちの世界みたいに電気の配線をする必要もないし、それをコントロールするスイッチもいらない」
「そんな都合の良い魔法のような・・・」
と言いかけてハッとする。これは魔法だった。
「だから転生のやつもそう。どうやって転生をしているのか?それは分からないけど、とりあえず魔法陣描いて、転生したい人の状態と転生したいよという願いがあれば何か起こる。」
「幾らなんでも適当すぎないですか?」
「だって、そうなっているの。」
「なぜ?」
「その質問は、人間は何故生きているの?という質問の解答と同じよ」
つまり分からない。
しかし私はどうも腑に落ちない。単純に、解明できてないからそうなっているだけじゃないか?理解できれば、それも魔法じゃなく科学になる。科学は結局人間が理解し、扱える魔法だったものなのではないかと、私は一人哲学をした。
「取り敢えず思えば、魔法は人間の思った通りになるのですか?」
「うーん、そういうわけでもないのよね。転生だって、魔法陣、転生する者の状態、それを手続きする者の状態が揃って起きる事象なわけだし。でもどうして、それで行えるかは不明。」
「例えば、私はこのトースターを入れながら、ピウアルト爆発しろ!って願ったらパンが爆発しますか?」
「・・・しない?多分」
「なんでそこで首をかしげるのですか・・・?」
リセリアは、自分に近くにあった皿に残っていたパンの最後の一欠片を食べると、ごちそうさまと手を合わせて、皿を持って立ち上がった。
「まあ、誰もそんなこと思わないしね」
そう言って、彼女は台所に向かって、一人皿洗いをし始めた。隣には恐らく、自動皿洗い機があった。あれも、洗ってくれと願って入れれば勝手に動くのだろうか。
私は、そんなことを思いながら、いちごをゆっくりと味わっていた。
その後、2階に連れられ私の部屋を案内される。特にすることもなかったので、床に寝転がって適当にダラダラと過ごした。リセリアは、一度夜ご飯時に呼びに来てくれたぐらいで、後は適当にやってくれと言った感じで放置であった。ちなみに、変えの服や部屋着、下着類その他日用品なんかもその部屋に用意されていた。
「あの部屋にある全部服類は全部装着者にとって最適な着心地を与えてくれる布を使っているのよ。」
なんて夜ご飯の会話でリセリアが言っていたが、おそらくそれを可能にしているのも魔法なのだろう。科学だったら、前の世界に教えたいぐらいだ。
「・・・魔法がゲシュタルト崩壊してきた」
独り言を言って、そのまま私は部屋着に着替えた。その後、部屋の中にあった、瞬間全身洗浄マシーンなどと言うカプセル状の空間に入って、身体を洗った・・・らしい。らしいというのは、本当に洗ったのか分からなかったからだ。数秒で身体も心もリフレッシュしてくれるとか、リセリアは変なテンションで説明してくれていた。それに従えば、恐らく私の身体と心は汚れ1つついていないだろう。
「これもま・・・、もういいか。」
結局、科学と魔法の違いが分からないなあとベッドで横たわりながら考えていると、日をまたぐことなく、ゆっくり意識を落としていった。久しぶりの熟睡であった。
そんな昨日のことを思い出しながら、私はベッドから身体を起こした。すると、微かに良い和風な香りが私の鼻を擽った。懐かしい匂いであった。その匂いに釣られるように、私は2階を降り、そのままリビングに向かった。リビングに近づくほどに、その懐かしさは増していく。そしてリビングの入口の扉を開けると、そこには台所で鍋使って、何か料理するリセリアがいたのであった。転生したあの日のように、私の方に顔を向けると、微笑みながら
「味噌汁。作ってみたよ」
と一言言って、また作業に戻った。私は、それだけで幸せな気持ちになった。
洗顔や歯磨きを済ませ、再度リビングに戻ると、白ごはん、焼き魚、そして味噌汁という日本ではお馴染みの朝食がそこにはあった。しかし、私はそれが何だが非常に懐かしかった。(あれは小学生なりたての頃だったなあ)
まだ、貧乏ながらも幸せな家庭を築けていたあの頃。あのときも朝早く起きると、母の作っている味噌汁の匂いがして、すぐに母のところへ向かったものだった。
そんなことを思い出していると、リセリアが自身の朝食も用意し終え、対面の席に座った。私が座るのを待っているのだろう。それに気づいた私も、ゆっくり椅子に座る。そして、リセリアが手を合わせると、私も手を合わせ二人同時に
「「いただきます」」
と言った。そして私は、味噌汁が入ったお椀を手に取る。
優しい味噌の香り。
時間を置いて一口。
口に広がる、暖かな味噌の風味。自然に顔が綻びる。
私の姿を眺めながら、じっと見つめるリセリア。そんな姿を見られて恥ずかしくなる私。
「・・・どう。・・・おいしい?」
「・・・おいしい」
そんな会話から始まるピウアルトの日常。人工太陽の光が窓から入ってくる。
こうして、私の第二の人生が始まったのであった・・・。