1.管理とコーヒーと転生と全裸と
リセリア・ランドールは、全ての異世界を纏める世界「ピウアルト」の管理人であった。
「異世界モニター」と呼ばれる機械を通して、「ピウアルト」以外に存在する異世界を管理・調整を行う仕事を管理人と呼ぶ。
リセリアは、毎日午前から午後までこのモニターの前に座って、様々な異世界の状態を調べる。
彼女の仕事の目的は、すべての世界のバランスを取ることである。
ある世界の種族が絶滅の危機に迫っていれば、別世界で出た死亡者を転生させてその世界の種族のバランスを取る。
もしくは、ある世界で多くの死亡者が出た場合、人口が少ない世界へそれぞれ転生させる。
更には、滅亡に向かっている世界があれば、有望な者を別の世界から様々な付加価値をつけて送り込む。いわゆる『異世界転生』や『異世界転移』と呼ばれている行為に当たる。
リセリアは、この転生や転移がこのように呼ばれていることを知っているし、
それを題材にして質がピンからキリまで幾つもの作品が作られている世界も知っている。
しかし彼女にとってはそんなことはどうでも良いことだった。
常にピウアルト以外の全ての世界のバランスを保っていられるのは、彼女一人のおかげとも言える。しかし、別にリセリアが常に張り付いている必要はなく、
殆どの仕事は機械が自動でやってくれている。
我々の世界で『人工知能』がそれに当てはまる。
機械の動力は別世界で魔法と呼ばれる概念の中にある『エーテル』と呼ばれるエネルギーだ。
我々の世界のように電気を作り出す必要もなく、
常に場所問わずエネルギーを補給しながら動かすことが出来る。
ピウアルトにエーテルが存在するのは、エーテルが存在する世界があるからだ。何故別世界の概念が存在するかと言うと、ピウアルトが全ての世界の文明を取り込む世界であるからだ。
リセリアは、他の世界で作り出された新たな文明、技術、概念も纏める。
彼女の仕事は飽くまで管理であるが、副業として使えそうな知識を纏めて、
必要としている者、実現できる者に伝えることもしている。
その対価として得た金で、本業の最適化を図り、悠々自適に暮らしているという状態である。
本業も副業も基本的に行うことは同じなので、労力は変わらない。
正に彼女にとっては得でしかない仕事であった。
しかし、この小説ではそのようなことを取り扱うのは本質ではない。
これはピウアルトの日常に関する物語であって、ピウアルトの設定資料集ではないからだ。
ピウアルトでは何かをするための箱が機械、その箱を動かすのが魔法と思っていただければ
十分である。現にピウアルトの住人もその程度の認識しか出来ていない。
ということで、月日も不明なある日、リセリアは相変わらず朝7:00に起きた。
窓から入る人工太陽の光によって、自然に目が覚める。
ピウアルトは常に同じ時間に人工の太陽と月が入れ替わりで出たり入ったりする。
なので、規則正しい生活をするリセリアは、絶対にこの時間に起きる、というわけでもないのだが、大体この時間に起きる。
リセリアはまだ目覚めたばっかりだったので、緩慢な動きでベッドから出て、
2階の寝室から1階の洗面所に向かった。
洗顔、歯磨き、身支度等を済ませ、そのまま1階のリビングに向かう。
彼女は一人で一軒家に住んでいる。地下1階から2階ある立派な建物であるが、彼女一人で暮らすには些か広すぎる。
リセリア自身もそのようなことを時々思っているのだが、
別に気にして仕事が出来ないということでもないので、特に何か行動を移すわけでもなかった。
そんな広々としたリビングで、彼女は朝ごはんの支度をした。
パンをトースターで焼き、コーヒーを豆から淹れた。
別に、好きな食べ物をスイッチ一つで出してくれる機械もあるのだが、
彼女はアナログな事を好む人間なので、普段は自分の行為をなるべく挟むようにしている。
決して機械音痴というわけではない。
そのような人間が異世界モニターの仕事を引き受ける訳がない。
むしろ仕事が機械だらけなので、リセリアは仕事以外になるべく機械を入れずに自分で行うことをポリシーにしているのである。
数分後、パンとコーヒーが出来上がると、それぞれ皿とカップに入れて、リビングのテーブルに置く。
彼女は備え付けの椅子に座り、そして手を合わせたあと
「いただきます」
と言い、朝ごはんを食べ始める。
毎日言い続けているが返事はないし、リセリアも返事があることを期待はしていない。
黙々と食べ始め、そうして彼女の1日はスタートした。
朝ごはんを食べだして、リセリアは机の上に置いてある一枚の封筒に目をつけた。
恐らく、転生リストであろう。
一枚の封筒に小さなタッチディスプレイが毎月定期的に送られて、それに触れると空中に見習いの候補者を纏めたリストの映像が表示される。
基本的にリストの候補者は、異世界で死亡した者達で埋められており、選択し転生させることで、リセリアの基に転生した者が送り込まれてくるということだ。
異世界の管理人ということもあって、ピウアルトのお偉方の配慮でリストが定期的に送られてくる。しかし先述した通り、機械で事足りるので、リセリアは基本的にリストをさらっと眺めたら、そのまま送り返すのがいつものことだった。
リストを下から上へと動かすために、映像に向けて片手の人差し指を下から上とどんどん動かしていく。もう片方の手には、食べかけのパンを持ったまま、時々齧っては胃に押し込んでいく。
そして最後まで見て、映像出力を止めようとしたときに、最後の候補者に目が止まった。
「・・・この子・・・。」
リストには、生前の名前、生年月日、享年、性別、経歴、家族環境等、個人情報が普通に載っている。今まで見てきた候補者の中でも、リセリアが目に止めた候補者は酷い人生を歩んでいた。
名前――坂本 明日香
享年――19歳
経歴、家族環境等――65536世界の地球という惑星の日本のF県K市に産まれる。
家族構成は候補者が死ぬまで、父・母・候補者の3人家族であった。
小学校、中学校と義務教育を終えた後、地元では有名な公立高校に進学。
日本で有数の国立大学を目指して勉学に励んでいたが、候補者が17歳の時に、父親がリストラされる。結果、進学を断念し、候補者は18歳で地元の中小企業に就職する。
そこで月540時間の勤務、土日出勤、直属の上司によるセクハラ、父・母の不倫の発覚によるストレスから、19歳の誕生日に自殺。
元々、父親の稼ぎが低く、幼い頃から貧しい思いをしていた。
そのため、誕生日ではプレゼントをもらえない、月日の小遣いが貰えないなどの不自由な生活を強いられていた。
また、中学校では貧しいことを周りに知られてしまい、心無い言葉・いじめに傷つく日々を送っていた。
高校では無利子の奨学金を借りて何とか通学していたが、
中学校の出来事からか、周りとは深い付き合いをせずに孤立。
就職後、上記のことに加え、日々父親からは暴力を振られ、母親からは相手にされない暮らしをしていた。候補者は、死ぬ最後まで「幸せに暮らしたかった」という気持ちを抱えていた。
死後、候補者は誰にも看取られずに、有志によって埋葬された。
「ふーん」
今まで見てきた中でも、ダントツで不幸な少女だと思った。
19歳、恋愛経験も恐らく無いまま死んでしまったのだろう・・・。可哀想に。リセリアは素直にそう思った。
彼女なら、転生させても良いだろう。仕事の経験はあるみたいだし、
そもそも仕事なんてここには有って無いのだから、
生まれて死ぬまで働き続けた彼女に、少しは平穏な日常というものを与えても良いのかもしれない。ピウアルトは、生きていれば良いという考えの人間しかいないので、彼女の心を満たすのには相応しい世界である。
他の候補者ももう一度見ていたが、彼女よりも不幸な候補者はいない。
ピウアルトに転生できる候補者というのは、一般的に平均よりも不幸な人生を歩んでいる者が多いが、それでもやれここが優れている、最後は周りに看取られただ、という何かしら恵まれている部分が出てくるものだ。
しかし、この坂本明日香はそれが見当たらない
。全く見当たらないのは、恐らくそのような光景が一切無かったからだろう。
おそらくここに書かれている以上に、酷い環境だったに違いない。
唯一幸せなのは、彼女に家族がいたことだろう。
最も、彼女――坂本明日香――が幸せと思っていたかは不明である。
「決めた」
リセリアは坂本明日香を転生させることにした。
早速彼女は坂本明日香を転生させる手続きを踏んだ。
恐らく、二日後に坂本明日香は、この世界ピウアルトに転生してくる。
その準備をしておかなくては・・・。
手続きが済むと同時に、朝食も終え、皿洗いをした後、いつも通り、地下室に降りて全世界の監視の仕事をした。
緊急事態でなければ、基本的に彼女は昼食までに仕事終え、後はその日によって過ごし方を変える。仕事をしながら、彼女は午後に何をしようか、と考えていた・・・。
・・・。
もう二度と、嫌な思いはしたくない。
私の人生は嫌な人生だった。だから、そう思った。
細かいことを思い出そうとすると、頭がキリキリする。
しかし、思い出そうとしなくたって、幾つもの出来事が、私を苦しめる。
そんな私に居場所なんて当然なかった。だから自殺した。
ただ逃れたかった、絶望に――。
自殺したら少しは楽になるかと思ったけど、実際はそんなことなかった。
死んだ後には地獄、ましてや天国なんて無かった。
無。
それだけ。でも私は存在する。無限に広がる暗闇の中で、私というちっぽけな魂がそこに存在する。そこでは永遠のように、私の生前の走馬灯が川のように流れていく。
そうして、私という魂はその空間内に縛りつけられる。
逃げたくても逃げ出せない。
だけど、そもそも感情というものが私には存在していなかった。
だから、私はそこにいるという事実だけでしかなく、それ以上の事実は無かった。
無。
本当にいつまでもこの状態が続く。
普通ならば狂っていることだろうけど、狂うという概念がそこには存在しない。
だから私は心を文字通り無にして、生前の主観の映像を淡々と眺めているだけだった。
――そして。
どれだけ、生前の映像がリピートしただろうか。
生まれて自殺するまでの19年。
私の魂はリピート回数を数えることだけをしていた。
2の30乗回目のこと。
相変わらず私がビルから落ちて、コンクリートが迫ってくる映像で終わった。
そして、また産まれる場面から始まる・・・はずだった。
しかし、いつまで経っても映像が始まることはなかった。
怪訝に思っていると、暗闇だった空間が一気に明るくなり、そして360度のパノラマビューに、
広大な街が広がった。中世のヨーロッパを思わすような石造りの建物が幾つも建っており、
街の中央付近には、大きな湖が広がって、街の到るところから川が流れて来ている。
(ヴェネツィア・・・?)
私はふとそう思った。そして私の意識は、ある建物へと急速に引っ張られていく。
そして壁に激突するかと思われた瞬間、
私の目の前に魔法陣のような模様が展開され、その中央の隙間に私は導かれていった・・・。
気づけば、私はそこに存在していた。
「・・・これは?」
私は周りを見渡した。一面石で敷き詰めた壁が四方に存在しているだけで、
後は全く何もない空間であった。
足元をみると、先程見たであろう魔法陣の模様が木の床に描かれており、
私の両足がその中央に存在していた。私は足から徐々に自分の身体を見ていった。
ちゃんとそこには私の身体があった。
「・・・胸が小さい」
どうでも良いことを私は呟いて、内心少し笑った。
しかし、一体どうしたのだろうか。
私は何度も自殺したはずだと、頭の中で生前の最後の映像を思い浮かべた。
あれは夢でなかった。理解できない状況に私は1分間考えてみたが、
どうしても答えが浮かばずに、とりあえずこの部屋から出ることにした。
真正面に、木でできた扉があったので、それを押しながら外へと出ていった。
すると、部屋の左側には幾つものディスプレイが壁につけられて、
真正面にはその画面を眺める一人の女声が椅子にもたれかかるように座っていた。
そして私が動かした扉で生じた音に気づくと、こちら側に振り向いた。
私の存在に気づくと、待ち望んでいたかのように直ぐ様立ち上がって、
私の方に向かってきてこう言った。
「待ってたよ、まずは服でも着な?」
その言葉で、私は自分が全裸であるということを漸く認識したのであった。




