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優しい魔王の疲れる日々(リメイク)  作者: n
優しい魔王の疲れる日々(リメイク)1
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第6話:魔王と陽明学園普通科生徒会長

球技大会が終わり、今度は生徒会長が一組面々の元へ現れます


 陽明学園普通科1組と6組の壮絶な球技大会決勝を遠くから双眼鏡を使ってその様子を眺めている二人がいた。

 陽明学園普通科生徒会室と書かれた一室で眼鏡を掛けた男子生徒と女子生徒が仲睦まじい様子ではないが、二人でその試合を眺めていた。

 片方の男子生徒の胸ポケットには生徒会と書かれた金色のバッチをつけて彼の左手には生徒会長と書かれた腕章がつけられている。

一方、女子生徒の方は、制服ではなくリクルートスーツの様な服装で胸の前で黒いプラスチックの板を抱えていて、そこに資料らしきものが挟まっているのが見える。

また彼女も胸ポケットに生徒会と書かれたバッチをつけていた。

腕章も勿論、装着しており、生徒会副会長と書かれている。

「どうですか会長、今年の体育大会に使えそうな人はいましたか?」

「う~ん?雛罌粟?その言い方はね?彼らをまるでさ?捨て駒として使おうとしている上の人的な立場の人が言うことだよ?」

 雛罌粟と呼ばれる女性は会長の話を聞いて頭を下げた。顔ではまったく怒りを現していない会長と呼ばれる男性だが、それは表面上だけなのかもしれない。

 そんな会長と同じ部屋にいる女性は雛罌粟(ひなげし)涼子(りょうこ)、普通科生徒会の会長である風間(かざま)一平(かずひら)の秘書を務め、リクルートスーツ仕様の改造征服と、生徒会副会長兼秘書としての敏腕で普通科で知らない人物はいないほどの人間だ。

一平に付き合っているのは腐れ縁で彼女は一刻も早く、彼の子守りの様な現状をどうにかしたいと思っている。

 そして笑いながら涼子の事を見ているのは風間一平、この陽明学園普通科の生徒会長を務めている。

好きなものは娯楽全般と美女や美少女、暇さえ見つければ普通科を回って自分の色眼鏡にかなう女子生徒を探し出しては声をかけている。

 陽明学園の6科と呼ばれる各々の学科にはそれぞれ生徒会長が存在し、それぞれ選出されている6人がその科で一番の実力者であり、最も自分の科に在籍する生徒たちからの支持を受けている人間だ。

 魔法科ならば、単に魔力が高い、ということや新たな魔法や魔法陣の製作ができる者。

 機械科ならば、機械の製造技術が高い、企画立案ができる、新兵器の開発による功績がある者。

 科学科ならば、自分の異能の強さが群を抜いて優れている事や新たな異能の発見、異能不正仕様者の取り締まりで極めて陽明学園に貢献している者。

 銃器科ならば、正確な射撃と性格な銃器の扱い、傭兵として遠征に行くことや戦争参入での功績。

 魔王科ならば、魔王科の中で特に秀でたなにかがある者。魔王科だけは情報量が少なく、誰が入学し、誰が卒業したかも非公開にされている。

 勿論、生徒会長選出も六科で年に数回会議が開かれる六科会でしか、誰が選出されたのか分からない。

 といった各科毎に生徒会長へ選出されるべき基準が存在する。

その基準を一つでも満たし、尚且つその科で圧倒的人気や支持率等を持つ生徒が生徒会長を務めることが許可される。

 生徒会長の特権というものも存在することもあってか毎年、生徒会長に立候補する者は後を絶たない。

しかし、それは普通科のみで他の科は毎年、1人の立候補者しか出ない。

 なぜなら普通科以外の学科において、ナンバーワンの生徒はすでに前年に決まることが多いからだ。

 それに引き換え普通科は毎年の様に立候補者が乱立する原因は、他の科に比べて明確な実力者がいないという決定的に普通科ゆえの欠陥があった。

それと毎年の様に開催されている陽明学園六科対抗体育大会という催しものもあり、会長になる者は大会に参加しなければならないのだが、ここ数年は普通科が参加するのは危険視とされている為、普通科は参加するしない以前に他の科との戦力差を考え、毎年の様に体育大会へ参加する事も減り、その激務と言われる体育大会に参加しなくていいという楽観的な条件から、会長争いは激化している。

 なぜならどの道、危険性がある学園行事に身を投じなくていいのなら、生徒会長になってその立場を利用して普通科の中だけでも上に立ってやろうという野心がある者が台頭しているからだ。

 そんな中、今年は、風間一平が普通科のナンバーワンの実力者になった。なぜなら彼は今年の陽明学園六科対抗体育大会に普通科が出場するということを表明したのだ。

あまりにも危険な学園行事の為、全く人は集まらない。下手なことをしたら生徒会長一人で体育大会に出場しなければならないというプレッシャーをはねのけて今、この男は生徒会長の椅子に座っている。

なぜ、体育大会という学園行事が危険なのかというとそれは内容が表していた。

 六科最弱と呼ばれる普通科という立場において体育大会の内容、六科によるトーナメント戦という内容の体育大会には厳しいものが多すぎる。

 勿論、トーナメント戦といっても学力や運動といった内容ではない。

そこには戦闘技術や学科を越えた戦いをしなければならないという内容だ。

他の科は普通科と比較し、特別故に戦闘技術があれば特殊な能力があるのが他の五科。

普通科は勉学と強いて言うなら運動神経が秀でた者しかいないという最大の欠点があった。本来ならば、欠点ではない。はずなのだが体育大会に出場するとなれば、勉学と運動神経だけでは、他の科と比べ強みが薄かった。

「1組の彼らはよさそうだね?」

「彼らの意思にもよりますが、私はいいと判断します。普通科教職員の方からの評価が高いことは確かですし、何より今年は魔王科の望月結会長が体育大会に参戦となれば、望月君は必ず私たちが勝利するためのトリガーとなってくれるはずです。今年は非常に楽しみな体育大会になりそうですね」

「あれ?でも待って?誰が彼らを勧誘するの?」

 涼子は溜息を吐きながら、ゆっくりと右手を上げて勢いよく振り下ろし、一平を指さした。

思わず一平は自分の背後に誰かいるのかと思い、後ろに振り向くがそこに人影も無ければ、他の人間もいない。

涼子の変な冗談かと察した一平は、涼子の方に振り返るが、涼子は自分の眉間に人差し指を当てていた。

「嘘でしょ?」

「あなたしかいませんよ?だって会長なんですから」

「え?嘘でしょ?」

 一平は涼子の台詞を聞いて椅子を一回転させると涼子の方に振り向いたが、涼子はそれを見計らってなのか一平の方向を見ずに窓から見えるグラウンドを眺めている。

「とりあえず、明日のお昼あたりですかね」

「お昼?僕のご飯は?」

「あなたには特権があるのですから、お昼ぐらい後で食べればいいでしょう?望月君にもその特権を使ってあげてくださいね?悪魔で協力してもらうためです。あなたが六科で行われる行事で恥をかかないようにするためでもあるんですよ?」

「それが許されるならそうしようかな?僕も最近授業に行き過ぎてて疲れてたからね?」

 会長の権限の一つに学校行事科行事での立案、計画成立に準備期間というものが存在する。

 主な用途は多忙なる生徒会長のために自由に授業を欠席してもよいという権限、さらにこの権限は欠科目時数、欠席日数に数えられることはない。もちろん、会長とその行事にかかわる人間たちにもその権限は会長の許可さえあれば、自由に使用することができる。

 制限はなく、ある一定の成績を取り続けているか、その学科での功績を充分に認められている会長は、準備期間と言って授業にでない。ということもしばしばである。

一平の場合、その目的は周囲や先生にばれているので真面目に準備期間に取り組んでる姿を涼子に見せなくてはいけないという特別条件付きなところもある。

 一平の日頃の行いが悪い故なのだが、本人は自分の悪行のせいではないと生徒会長に就任してからずっと主張している。

「とりあえず、午後の授業は出席なさってくださいね?彼らの授業というより、球技大会は16時に終わるはずだったんです。が何故か、大量に生徒が腹痛で倒れたらしく、なぜか午前中で決勝戦が終わるため、学園行事を終了させて帰宅させるそうですよ」

「そうなんだね?じゃあ少しだけ顔でも見せてくるとするよ?」

 一平はそう言うと席を立ち、学生鞄を持って涼子に手を振った。

涼子は振り向かずそのまま手を振ると一平は、その場から魔法科の生徒が移動手段に使うと言われている瞬間移動用の魔法陣を展開することもなく、科学科の生徒でも使う者が限られるテレポーテーションと呼ばれる技能も使わず、一瞬で消えた。

 涼子にとっては、いつもの事で彼女自身が驚くことは全くない。が、他の科の生徒に見られでもすれば、確実に大事になるであろう現象であった。




 球技大会も終わり、1組の面々は帰路についていた。

 1名ほど、集団の後ろで球技大会の6組キャプテンを務めた桧人の自称彼女、鈴村詠歌が桧人とにこやかな笑みを浮かべながらに肩を組んで歩いている。

桧人は前方を進む集団をじっと睨めつけながら詠歌に引きずられながら歩いていた。

「ねぇ桧人!今日、結婚しよう!」

「俺はまだ17だぞ!そろそろ手を離したらどうだ!」

「17でもいいじゃない。私は構わないけど!」

「俺が駄目だからな?それに法律もそれを許さんだろう!?」

 引きずられながらも桧人は詠歌に抵抗をつづけた。

勿論、手足は使わずその口のみで、麗花は影太と楽しげに会話をし、歩も皆の楽しそうな表情を見て笑っている。

鋳鶴は少しもたつきながら歩いてはいるが、皆が自分の歩幅に合わせて歩いてくれている事に少しだけ幸福感を得ていた。

やがて、鋳鶴の家の前に差し掛かる角に入る。

鋳鶴は昨日、自分を襲った魔王科の生徒、ライアが潜伏していないか、と自宅の玄関辺りに視線を移すと、白いフードでもない。怪しい雰囲気を放つことも何かこちらに向かって攻撃をしようとする気配もない。男子生徒が鋳鶴たちの前に現れた。

先日、鋳鶴が魔王科の生徒に襲われたことを聞かされていた面々は、それぞれ戦闘態勢をとる。

 鋳鶴は気付く、彼が目の前の男子生徒が着用している制服が、陽明学園のものだという事に、彼の手にはただ鞄の持ち手が握られているのが見えるだけ、学科や学年を表すバッチは距離が遠くて確認することができない。

 一言で言うならば、鋳鶴の遠目で見た彼に対する現時点でのイメージは普通である。

 どこにでもいそうなただの男子生徒、ただ少し平均よりはやせ形で華奢な体格をしている。歩は鋳鶴の顔を見るが、鋳鶴は首を振り、歩は警戒するのをやめた。

 しかし、どこにでもいそうな男子生徒が鋳鶴たちの方向に振り向くそぶりを見せると一気に何か、背筋が凍るような何かを全員は感じた。男子生徒は手を振っているが、鋳鶴たちはそれを無視するどころかもう一度、臨戦態勢をとる。

 鋳鶴は自分の左胸辺りに手を翳し、歩は腰に下げた木刀を引き抜き、桧人と詠歌はいつでも動けるようにと小さく飛び跳ね、影太は両手を合わせて印を組む準備をし、麗花はボクシンググローブを両手に装着したところだった。

「気を付けろ。鋳鶴、誰かわからん。今度は私がお前を逃がす番だ」

「うん。でも無理だけはしないでほしい。歩を危険な目に合わせたくないからね」

 わずか10mと鋳鶴たちが望月家まで近づいたときだった。

「そんなに警戒しなくていいんだよ?僕が今すぐ、普通にそっちにいくからね?」

 瞬きもする間もなく、目の前にいた男子生徒は消えて、鋳鶴たちの真後ろに立っていた。何も見えなかったこと自体に驚きを隠せない。

彼の胸元を見ると普通科と書かれたバッチ、左手には生徒会長と書かれた腕章が付けられていた。

それは、彼が自分たちと同じ学科でその生徒だということを現している。それと普通科で頂点の存在であることの証明である。

「えっ!?」

「おっと、自己紹介が遅れてしまったね?僕の名前は風間一平だよ。普通科の生徒会長をやらせてもらっている。かな?こう見えても一応ね?三年生だからね?でも僕のことがわからなかったのは、個人的に悔しいかな?」

 一平はやれやれと気だるげに手を振りながら話した。

 鋳鶴たちは彼の自己紹介よりも彼が何をしたのかが気になって話になりそうにない。

 一瞬の出来事だ。

 全員が理解したのは、一呼吸置いてから、全員の思考は一つ、この風間一平は何か、特殊な能力を使ったと考えた。

 魔法ならば魔法陣や詠唱といった動作やシステムが必要になる。異能も同様、所作や一連の動きがあるため、全く動かずに能力を発動することはできないと考えてもいい。何か特別な力でもなければ瞬間移動は不可能、それは生徒会長となれど、普通科の生徒会長にそれほどレベルの高い能力が扱えるはずがない。

「君たち一組が、優勝したそうだね?鈴村さんは6組だけどお互いによく頑張ったと思うよ?」

「生徒会長ともなれば、普通科の2年生以上の生徒ですよね?本日は通常授業のはずです」

 詠歌が真剣な眼差しを一平に向ける。生徒会長とはいえ、鋳鶴たちはその詳細を知らない。

「僕は生徒会長だからね?そんなことは気にしてくれなくて結構さ。でも風紀委員の三河さんに目をつけられると僕にとっては大変かなぁ?」

「そんなことはどうでもいい!さっきのはなんだ!会長さんよ!」

「君は坂本君だね?涼子から話は聞いているけどね?君も魔法を使えるような素質があるらしいね?」

 桧人は自分のその情報を耳にして、なぜその情報を知っているのだろうと思った。

鋳鶴たちにですら、自分が魔法を使おうとするところは見せていない。

魔術を行使するとしても、それは誰にも見られない様に家でこっそりとやる程度、それがなぜ会長に知られているのか桧人は不思議で仕方なかった。

 その桧人の思いを無視するかの如く、一平は話しを続ける。

「土村君はいない。というよりも普通に隠れているだけか……な?普通に姿を見せてくれないかな?」

「……ッ……!?」

 影太は忍術を使用して隠れていた。

 しかし、一平の言葉とともに彼は姿を現してしまう。

 彼が話かけ始めた途端に忍術を使用し、即座に影になり、皆の背後に影として隠れていたのだが、この男はまるで影太の忍術を解除する方法を当たり前の様に知っているかの如く、解除させてみせた。

それも影太の意思と何も関係なく、まるで影太自身が影になりたくないと念じているかの様に、自然と自分の意志で解除されていたと言った方がいいだろう。

強制的に解除された場合には影太自身が深刻なダメージを負う事がある。

 影太の土村忍法は、ただの忍法と括ってしまえば、そうだ。

しかし、一般常識として広まっている忍法とは違いがみられる。

 基本的に影太の忍術は魔術を大量に消費することはない。

言ってしまえば超能力に使いものだが、普通の超能力とは違い、己の精神力と若干の魔力を用いて発動する類のものである。

影太の忍術は魔力を消費して使う現代忍術の一つ、そして魔力を消費するだけならいいのだが、影太の影になるという忍術は、自身を影にしてしまうため、強制的に解除されることがあれば、自分の体にダメージが与えられるのが必至である。

しかし、一平の一言では解除されたというよりもこちらの影に徹するという精神力を無に還された感じだろう。

故に、影太にダメージはなく、彼は困惑の表情を見せたのだ。

「僕は望月君に、用があるんだけれど?」

「嫌ですよ。鋳鶴はこの前、家の前で魔王科の生徒に襲われたんです。俺たちは鋳鶴を守ってやらなきゃいけない。友達として、それに何よりも風間一平、あんたは怪しすぎる。俺たちの生徒会長に対して申し訳ないが、信用に値しない」

「すごい友情?と言えばいいのかな?仮にも僕は君たちの代表である生徒会長だよ?でも君たちは優しいから、望月君を庇っているようだけど、望月君はなんて言うだろうね?」

 鋳鶴はいつの間にか全員の前に立ち、一平を睨んでいた。

その目には、戦いを行うという意思と、覚悟があることを一平はそこから感じ取る。

「望月君?君は今日の野球で疲労困憊だろうし、腰を痛めているようだからおすすめしておくけどね?君の力はその傷というか怪我を一瞬で回復することも可能なんだよ?」

 思いがけない情報を聞いた鋳鶴は自分の左手を左胸に翳した。

 するとみるみるうちに左手から青い紐状の閃光が飛び出し、左手に反応して彼を包んだ。鋳鶴は一同に自分から離れるように言うと、鋳鶴はたちまち、人間離れした青い繭の様な塊になる。

「何をした!会長とは言え許さんっ!」

 歩が携えていた木刀の切先を一平に向ける。

「待って待って?そう熱くならないようにね?僕はちゃんと彼の事を知っているから?これで大丈夫だよ?ほらね?」

 一平の言葉を信じて歩たちは構えを解く、鋳鶴を包んだ繭は微動だにせず、周囲に魔力を振り撒いているだけである。

「お前のことなんぞ!信じられるわきゃねぇだろ!」

 桧人がその様子に痺れを切らし、繭に近づく、桧人が勢いそのままに繭の殴りかかろうとしたその時、激しい音を立てて、繭が飛び散った。

 硝子の様に砕けちった青白く発光していた繭は、魔力の塊で形成されており、その破片が体に直撃しても危害は与えず、周辺も被害は加えない。

 繭から出たのは鋳鶴ではなかった。

 正確には、鋳鶴なのだが、彼の見た目が豹変している。

 髪は長く、銀色に染まり、夕日の光を受けて輝き、目は真紅で黒く輝いていた瞳から変色し、服は一部が破け左胸だけ露出していた。

左胸を見るとそこには謎の刺青の様なものが入っている。

そして何よりも鋳鶴の着ていた制服の背後には漆黒のマントが装着されており、そのマントの背には中央に、巨大な字で魔と刺繍されていた。

 一平以外は、鋳鶴の変貌に驚いていたが、一番驚いていたのは何を隠そう鋳鶴本人である。

「え!?なんですかこれ!」

「それが君の能力だよ?たぶんね?あまり大っぴらにするものでもないと思うけどね?」

 一平はそう言うと鋳鶴に向かって指をさした。再び流れる沈黙、一平は指を下ろすと地面に手をつけて土下座をした。突然の行動に一同は唖然とする。

 生徒会長の土下座など滅多に見れるものではないが、先ほどまで完全に優位に事を進めていた男が地に額をつけている。

一同よりも確実に各上、全員が理解したのは、自分たちが束になってもこの生徒会長には適わないと思った。ということ、そして自分達には圧倒的にこの状況に近い体験を味わっていなかったことを考えると、全く勝算はない。一平との苦しい戦いになるだろうと思っていた矢先、目の前でその一平は一同に土下座をした。

 意図は掴めないが、容姿の変貌した鋳鶴は、会長を抱きかかえて立たせる。

「どうしたんですか?一平会長」

「いやさ?僕の目的としては、君たち1組と6組の詠歌君の力を借りたいというかね?僕は今年から会長になったんだけどさ?顔は覚えてないかもしれないけど君たちも去年、僕に投票してくれたでしょ?その時の公約に普通科が体育大会に参加するっていう条件だったよね?」

 一平は自分の膝についた土を払って鋳鶴たちを見た。

 彼の心の中に後悔はない。彼らでいいと思っている。寧ろ、彼らでなければダメな気がする。と一平は考えていた。

 自分の能力だけでは、他科との体育大会で勝てる訳がない。

一回戦突破も危ぶまれるほどの戦力、一平だけで他の科の猛者たちすべてを相手取ることはできない。悪魔で彼は普通の生徒会長だからだ。

それが彼自身の最大の武器であるのだが、最大の弱点でもある。

「でも正直ね?こんなことじゃ僕の味方になってくれないよね?」

 一平はしばらく腕を組んで黙り込むと鋳鶴たちの目を見た。

 それぞれの目は一平に注目しており、曇りもない。

それを信用して一平は自分のことを話そうと心に決めた。

彼らを信用させる。つまり味方に引き込むには自分のことを教えるのが得策と考えた一平には、もう自分のことを彼らに話すことは何の躊躇いもない。

「僕の能力を紹介するよ?それに君たちは気になっているだろうし?」

「能力?でも生徒会長っつっても普通科の生徒じゃん」

 一平の言葉に麗花が思わず問いかける。

 疑問に思うのは当たり前だろう、生徒会長といえど、一平は普通科の人間。

問いかけた麗花以外にもそれを訪ねたいのは山々だ。

なぜなら普通科は能力者や魔法を使うことができるような積極的に在籍している訳ではないし、その人間を留めておくことは極力しない。

 魔法が使える生徒は魔法科へ、特殊な異能を持つものは、科学科に行くだろう、断る理由は無い。普通科の扱いはこの学園にて底辺的扱いだ。自分の魔法や異能の技術がほとんどなかったとしてもわずかな希望があるのなら、他の科に異動するべきだ。

それまでの交友関係を失ったとしてもきっと選択はきっと今後の人生を違えることはない。

 しかし、一平は普通科にとどまっている。能力があるのなら科学科に異動するはず、それは一平でなくても普通科で彼の事を知っている人間全員が思っていることだ。

 有能な人材は上へ上へと引き抜かれていく、それをいつも見ているだけなのが、普通科の生徒会長だった。だが、一平は違う。

自分の能力を教えるということは弱点を教えるということ、しかし、一平にはそんなことはどうでもよかった。

そんなことよりもこの一筋の光明、1組と詠歌を含めた一同を一平は、異動される前に勧誘したかったのだ。

 突然変異し、一時的に魔力を向上させ、自分の身体能力を上げられる鋳鶴。

 剣術に秀でて、その技術ならこの学園随一であろう歩。

 魔術師としての才能があり、それを秘匿としている桧人。

 身体能力が高く、純粋に戦力になり得る可能性の高い詠歌。

 自らの家が忍者の一族にして、その忍術を使いこなす影太。

 戦闘能力は、普通科でもトップクラスの麗花

 メンバーは充分だった。

 これまでにないと言えるほど、素晴らしい人物たちが集まっている。

 一平の脳内でこれほどの人材が集結しているのであれば、体育大会優勝という事も目ではない、故にこのチャンスを活かさないわけがない。

「僕の能力はね?自分で名付けておいてなんだけどね?圧倒的普通者っていうんだよね?まぁ内容的には異能に近いかな?そしてその能力はね?僕が言ったことを普通のことにしちゃう能力なんだよね?」

 一平の言葉を聞いていたが、一同には理解しがたい内容だった。

 異能と言われるものは、すべてが強く、有力と言われるわけではないが、例えば、魔力を使わず、自然と火炎を掌から放出したり、同様に前触れなく、氷柱を作る能力など、攻撃的なものが多い。

一平の能力は自分だけではなく、周囲に影響を及ぼすことのできる異能である。極めて少ない例であり、彼自身の誇りと言ってもいいのがその異能だ。

「じゃあさっきの瞬間移動は?」

「……俺の忍術でもあの速さは無理だ……。それに魔法科でもあの速度の瞬間移動を会得するには卒業までの時間を浪費するのが当たり前だろう……」

「そうだね?あれは瞬間移動というよりもね?僕が僕自身にああいう移動が出来ると錯覚させるのさ?そしてその錯覚は、周囲にも影響を与えるんだよね?」

「というと?」

 桧人が望月家の玄関の階段に腰かけて一平にそう尋ねた。

「世の中に常識があるのは皆、ご存知だよね?つまりはそういうことだね?」

 一同は息を揃えて一度だけ頷く、満面の笑みを浮かべる一平に悪気はなかった。

「汚い話になるけどね?ゴキブリって見るのも嫌だったりするだろう?その情報を書き換える?っていうのかな?僕が例えばね?ゴキブリは綺麗で神聖な生き物だなんて普通だよ?と言うとね?周囲の人の感覚を狂わせて、周囲の人間にゴキブリという存在を綺麗で神聖な生き物って思わせることもできるんだよ?人は、常識に囚われる生物だよね?僕はその人の常識を支配できる能力を持っているんだ。それに世の中にも影響を与えられる能力でもあるんだよね?それは有り得そうなことなら、どれでも簡単な精神力の消費で抑えられるけどね?あまりにも大規模のものや不可能だと思われるものまたは、自分で不可能と思ってしまうものには、僕自身の体力や寿命といったものを削って使うんだよね?それが僕の異能かな?自分で名付けたけどね?もう一度言わせてもらうけど、圧倒的普通者って言うんだよね?」

「……待て、それは常識を塗りかえる能力だろう……?」

「うん?でも常識だけじゃなくてなんていえばいいんだろうね?たとえば、土村君がその場ですっころぶなんて普通だよね?っていうと」

 影太はその場で回転しながら全身を地面に打ち付けた。

実験台にして申し訳ない。と謝る一平だったが、一同にはその現象が信じられなかった。

この能力はすなわち一同から見れば無敵の能力だと確信しても良い能力。

ただ、一平だけは違う、先ほども言ったように自分一人だけでは体育大会で勝利していくには難しい。この圧倒的普通者ではまだ足りないと思っている。

 一平は自分の能力を解除し、改めて頭を下げた。一平の誠意と態度を信じて、彼の発言を信じ、一同は一度だけ頷いて答えた。

紳士的な笑みを見せてほほ笑む一平の様子を見て一同もほほ笑む。

 ここに生徒会との協力関係は作られた。

 一平は心の中でひそかに感じた。

 このメンバーなら自分の掲げたマニュフェストを実行し、体育大会で優勝できる。と



今回もいかがだったでしょうか、次回の投稿は8月14日の0時になります。よろしくお願いします。

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