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優しい魔王の疲れる日々(リメイク)  作者: n
優しい魔王の疲れる日々(リメイク)1
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第3話:魔王と突然の来訪者

さぁ、そろそろ戦闘描写が出てきます!かなり不安ですが……

 机に置かれた。というよりも桧人によって叩き付けられた紙を全員で見ると、そこには普通科クラス球技大会のお知らせと書かれていた。どういった意図で要からこの紙を手に入れたか、疑問に思った桧人以外だったが、それにはあえて突っ込まないことにした。

「予定は4月27日、今日は4月2日。期限は三週間ほどあるか……そこでだ。この大会には優勝賞品が出るとの噂だ。影太、今年の競技はなんだったっけか?」

「……野球だったはず……」

「野球か、野球は9人でやるスポーツ。最低9人は必要だろうな。だから、とりあえずここから俺を含め5人出るとして、あとはうちのクラスから適当に運動部の人間を選りすぐって選出するか。勿論、お前ら以外のメンバーはモチベーションも低いからそいつらには景品を出す」

「ちょっと待って!?僕だって景品欲しい!それに桧人の事だからルール違反とかはしなっ……!グヘぁ!」

 会話の途中で桧人に蹴り飛ばされ掃除用具箱に打ち付けられる鋳鶴、白目を剥いてしばらくは再起不能であると判断されたのか、歩を看病に回し、普通科の誇る悪人三人衆の三人だけがその机の周りに残っていた。

 片や暴力で人を黙らせる男。片や普通科一のスケバン女子。片やエロフェッショナル。

「とりあえず、ルールを確認してみると」

 桧人が紙を裏返し、全員に球技大会のルールを確認するよう促す。

~陽明学園 普通科 球技大会のルールのお知らせ ~

・野球としてのルールは変わらず、メンバーは各クラス男女問わず9人まで、しかし、出場選手が怪我・諸事情の都合で出場できないときはクラスの控えメンバーを用意しておくことを認めます。

・道具は学園が支給した物のみを使う。

・試合前に学園がグローブ、バット、ボールを貸し出します。それぞれの物品への改造行為などは一切禁止とします。

・水分などは、学園が用意した物のみ使用を許可します。前日に具体的な量、飲み物の選択などを行ってください。お茶のみ持参が許されます。お茶を持ち込む方も学園の許可はもらってください。

・乱闘、暴力行為等は一切禁止とします。現場を目撃した場合、運営委員による両チーム退場処分扱いとなります。

注意:バッティンググローブは希望者のみ貸し出しを行います。

「これがこの球技大会のルールだ。それで俺の作戦なんだが」

 桧人は自分の鞄から一本のペットボトルを取り出し、それを麗花と影太に見せた。二人は口を開けて呆けているかの様に口を開けてしまっている。桧人は不敵に微笑むと、今度は毒物です。と自己主張しているかの様に分かりやすい髑髏のマークの帯が付けられたペットボトルを取り出した。中には大量の錠剤が入っている。

「そこでだ。俺たち1組はこの下剤を学校が用意する飲料にこの下剤を大量に入れておく、1組以外のクラスの飲料にこの下剤を配合し、あいつらを腹痛により全員試合放棄。という扱いで退場させて俺たちが優勝をかっさらうっていう作戦よ。ただ、飲料が正確に運ばれるとは限らないからな。俺たちのクラスの飲み物は全員自賛だ」

「……他の学年は別日のため……被害は2年生のみ……ということか……」

「でっ、でも桧人?細工は駄目なんでしょ?」

 鋳鶴がやっとの思いで起き上がり、桧人たちが会議をしている机の近くに千鳥足で向かう。歩は鋳鶴を支えたまま、彼はもう気力のみで歩いている。よっぽど蹴られ所が悪かったのだろう。

「いいか、お前ら!このクラスの人間全員に次ぐ!飲み物はバットやグローブじゃねぇ!それに飲み物は、学校が出すもんだ!だからこそこの罠を考え付いた!俺たちは悪くない!人を殺すわけじゃない!これは俺たちが勝つ為だ!飲み物の検査は俺たちが持ち込むお茶だけだ!他のクラスの連中は自分でお茶を持ち込む事をしないだろう。どうせ頼めるんだから。と、学園から支給される飲み物をありがたーく頼むはずだ!だったらそこに付け込んで、俺たちが見下げて笑ってやろうぜ!この作戦は以上だ!もちろん他言無用で頼む!」

 桧人の熱弁にクラス中に拍手が巻き起こった。いかに卑怯な手を使っても勝ちたいという桧人の作戦を1組の生徒が受け入れた瞬間である。

 更なる作戦の内容を伝えようと鋳鶴たちをさらに近づけ、自分を中心に円陣を組むような形で桧人は全員の視線を集める。

「それじゃあ三週間後にこの作戦と、この練習メニューを実行しておいてくれ、影太。お前にすべてがかけられている。任せたぞ。俺たちは悪魔でこの力で優勝するつもりだが、万が一ということがある。その為の練習だ。お前らなら最低でもその辺の野球部よりは身体能力も高いはずだろうし、信頼している」

 影太は一度だけ首を縦に振るとその場から自分の能力である影の力を使い、その場から瞬時に消える。彼の後についていく様に麗花も影に付いていった。

「おおまかな事は伝えたが、個人的に頼みたいこともある奴がいる。一応、各自解散!今日は帰っていいぞ!」




 鋳鶴と歩へのメニューは特になく、二人の身体能力なら野球部程度なら二人とも軽く凌駕できるという桧人の算段で、しつこく聞いてみるも今回の作戦はお前たちに手を煩わせない。だから、なにもないぞ。と言われ、二人は一緒に帰路についていた。

「皆、以外とノリノリだったね」

「まぁ、景品はまだ分からないが学園のことだ。桧人もそれを目的にあれだけ頑張っているに違いない。私はそう思う、今年も最初から大変そうだ」

「それもそうだね。でもやるからには優勝したいね。桧人は卑怯な事を考えてるみたいだけど……」

 歩は桧人の演説を思い出して笑っていた。

 鋳鶴もそんな歩を見てつられて笑い声が出てしまう。鋳鶴の家のもうすぐそこまで迫っていたのだが鋳鶴はその50mほど先で止まった。

 ずっと鋳鶴と話していたため、歩は気付かなかったが、鋳鶴の視線の先には白色のフードを纏った小柄な人間がこっちを向いて立ち塞がっている。

 鋳鶴の額から冷や汗が流れる。歩はそれを見て何かを悟った。悟ってはいけない何かを悟った。目の前にいる人間は敵だ。という信じがたい自分の発想を。

「歩、走れ……いや……走らなくていいから、あいつのことは見なかったことにして逃げてくれ」

 鋳鶴の目つきが変わった。久しく見ていない鋳鶴の緊迫した表情を目の当たりにして歩の背筋が凍る。

「しっ!しかしっ!」

 歩は、鋳鶴の手を引こうとするが、鋳鶴はそれを頑なに拒む。

「大丈夫。歩の背中は僕が絶対に守るから……早く!」

 歩の背中を強く押して、鋳鶴は彼女を走らせた。

 歩が白フードの横を通りすぎるが、白フードは歩のことを見向きもしない。

 鋳鶴にしか興味がないのか、歩は白フードの態度を見て、鋳鶴の事が不安になると同時に、自分は相手の眼中にもない。という無視が彼女のプライドを傷つけていた。

「君は、いったい誰なんだ?」

「それを聞くか……?望月鋳鶴。いや、魔王か」

 鋳鶴は、聞き覚えのない声を耳にしたが、一瞬で誰の差し金か、どこの人間かを理解した。

 流暢な日本語を話しているが、少しだけ日本人とは違う日本語に慣れていない話し方。そしてフードの首回りには、魔王科のバッチである魔と書かれた紫色のバッチがつけられている。

 相手の身長を見る限り、150cm程度だろう。声色も高く、おそらく女性だと鋳鶴は考えた。しかし、相手は陽明学園の魔王科。

 科を越えての喧嘩はたまにあることで、学園内でもよく喧嘩だけでなく、抗争に発展した事例もたびたび起こっている。

ただ、普通科だけは他の科とは違い、どの科とも隔離されているため、私有地で他の科の生徒と喧嘩を起こすことは、滅多にない。例外は除く、が。鋳鶴も魔王科の生徒は一人しか知らず、その生徒は自分の姉で望月家六女、望月結(もちづきむすび)のみである。

 魔王科の生徒会長で、家には滅多に帰ってくることがない。帰宅したとしても長期休みのみで家族とはあまり関わろうとせず、我が道を行く女性である。彼女は学園内で最も特秘と呼ばれる科(土村情報)魔王科と呼ばれる科の生徒会長を務めており、そこで絶対なる圧政しているという噂だ。魔王科は全寮制であるということしか、他科の生徒たちは知らない。故に、望月家に帰る機会も減り、鋳鶴と一番会っていないのは結であろうことに違いは無い。

「結姉の使いかな?」

「将軍が?私を?お前のために?」

「そう思ったんだけど……違うよね?」

「違うと言ったら?」

「使いの人じゃないなら、そこからどいてもらえないかな?そこは僕の家なんだ」

「そうか、それはすまなかったな。失敬失敬」

 漂う空気が重い中。彼女との会話を終えたと思った鋳鶴は白フードの横を通り過ぎようとしたとき、白フードは突然鋳鶴の首に向けてナイフを投げた。フードから手を出さすにナイフを投げたことに鋳鶴は驚きながらそれを寸でのところで回避する。

 反撃も考えたが、鋳鶴は反撃をしようとはしなかった。

 なぜなら、まだ鋳鶴の中で対面に居る相手が男性か女性かはっきりしていないからである。

 男性とすぐに理解できれば、反撃に転じるのだが、性別が分からない以上、手を出すわけにはいかなかった。声色は高い、身長は低い。そう考えれば女性と思う事は必然に近い。そう考える鋳鶴にとって万が一の事も考えると構えを解くわけにはいかなかった。

 この状態で気にするべき点ではないとは思うが、鋳鶴にとって女性はこちらから進んで暴力を振るうような存在ではない。

 故に、最初の会話で相手を女性と考えた鋳鶴は、あえて反撃はせず攻撃を避けることにしたのだ。

「なぜ、こんなことを?」

「お前の存在が邪魔。ただそれだけだ。しかし、そんな存在とはいえ、あのお方の弟君。私だけお前の顔を見るのは失礼だから私も顔を明かそう」

 彼女はフードを脱いだ。

 すぐに露わになった顔は、鋳鶴にとってまだ年端もいかない少女に見えた。だが彼女の目は年相応に見えない淀みがあり、この世の全てを見据えているのかと言わんばかりの座った目をしている。

 それはきっと、彼女なりに覚悟が出来ている目だろう。

 左目は眼帯で隠れている。髪は鮮やかな銀色をしていて、右目の色は綺麗な青色、鋳鶴は即座に彼女が日本人ではないことを悟った。その確認を終了したと同時に、彼女は鋳鶴にナイフを投げつける。

数にして三本、少女の様な見た目にしては、鋭く、早く投擲されたナイフ。毎日の様に姉を征することのある鋳鶴にとっては、余裕をもってその攻撃を回避する事が出来た。

「筋は通っていると思うけど……」

「お前の存在が迷惑だ。私にとっては、もう筋が通っていようと通っていまいと関係ない問題なのでな」

「なぜ?魔王科に僕は何もしていないはずだ。それに学園内で君たちに会うことも無い。結姉も久しく帰ってきてないし、電話なんて一切かかってきてないんだから」

「そういう話をしているんじゃない。私はお前が、将軍の弟であることに憤りを感じているのだ」

「何を言ってるんだ……。それは僕には全く関係ないことじゃないか!人間、生まれた家を選べるわけじゃないし、筋を通せ!」

「ぬかせっ!」

 彼女は先ほどよりナイフを追加し、鋳鶴に投げつける。

 流石に鋳鶴とは言え、手品の様に投げ出され回避できる数ではない。と考えた鋳鶴は自分の左手を自分の目の前に翳した。それと同時に鋳鶴に直撃するはずだったナイフは、彼の前で失速し金属音を立ててその場に落下する。

「やっと本性を現したか、望月鋳鶴」

 今度はナイフでは無く彼女はスカートを翻し、太ももを露わにする。紫色のガーターベルトが露わになると、鋳鶴は直視を躊躇うが、彼女のガーターベルトには拳銃をしまい込むショルダーが仕込まれていた。彼女は躊躇いなく、ショルダーからサブマシンガン二丁取り出す。

 彼女は鋳鶴目掛けてそれを発砲するが、鋳鶴はそれを先ほどのナイフと同様。自分の左手を翳し、一定の距離に入ると、銃弾の速度は徐々に奪われ、地面に落下する。

「なぜ!なぜお前のような男があの方の弟なのだ!恥を知れ!この魔王が!」

「この野郎……!!」

 かつて浴びせられたその台詞。

 彼女の口から吐き出されたその台詞を反芻する様に、鋳鶴は思い出した。

 たまたま自分の感情の制御が効かず、クラスメイトに暴行し、怪我をさせてしまった幼き日の一日。

 相手に怪我を負わせたそれが、魔王が使っていたとされる魔法だったから、一時期だけ鋳鶴は魔王と呼ばれ続けた。

 世間は彼の気持ちを考えず、彼のことを魔王と呼んだ。

 一部の人間を除いて、彼の事を魔王と言う人間しかいなかったあの日。とても疲れたあの時期を、苦虫を噛み潰したかの様な気持ちを思い出した。

「お前は邪魔なんだ。魔王。お前は将軍の敵であり、私の敵でもある。そして人類の敵だ」

「違う……」

「決して違うことはない。認めろ、お前は魔王だ」

「認め……られるか……」

 鋳鶴の声が小さく低くなり、彼を黒い瘴気の様な靄が包む。

 少女は鋳鶴から一歩引いて彼の様子を窺った。しかし、瘴気は勢いよく飛び出さんとする気配は全くと言ってない。

 彼女は陽明学園の生徒手帳を取り出して、最後のページを開く、するとそのページが携帯の様なダイヤルになっており、それ押して少女が電話をかけようとした。

 その瞬間、鋳鶴が彼女に接近する。一呼吸置くことなく、ただ、彼女に近づいてやろうという一心が体の何処かに現れたのか、近づいた勢いそのまま、鋳鶴は彼女に喉輪をかけていた。

「こいつっ……!」

 鋳鶴を振りほどき、少女は先ほど使った銃を取り出した。

 しかし、彼女の銃だけが、鋳鶴の瘴気に触れる。

 瘴気に触れた銃は、彼女が構え直した時には音を立てず、融解する様に崩れ落ちていった。

 鋳鶴自身に魔術の素養がないのは、彼女も理解している。加えて普通科の人間が魔法を使えるはずがないと、考えた彼女はナイフを投げた。

 あの靄が何か調べるというのもあるが、そのナイフも瘴気の前では、ただのその場しのぎにもならない。

「僕は魔王じゃない!望月鋳鶴だっ!人間でいい……僕は人間だ!」

 鋳鶴が正気を取り戻し、そう叫ぶと瘴気は消え、それを目撃した少女は、すかさず鋳鶴との距離を詰め、彼の鳩尾に蹴りを入れる。

 叫び声も上げられない様に的確に撃ち込まれた膝蹴りは、鋳鶴を膝から崩れさせた。

「冥土の土産に教えておいてやろう。私の名はライア、ライア・ポーカハイド。高貴なるドイツ軍最年少女性官だ。そしてお前の姉であり、我らが魔王科生徒会長。望月結の鉄砲玉だ」

 蹲ったまま立ち上がらない鋳鶴を見て、ライアは自身の右手を振りかざし、手刀を彼の首に当てる。

 ドサッという音と共に、鋳鶴が倒れたことを確認すると今度は、ナイフを取り出した。だが、そのナイフを取り出した途中で鋳鶴の手が彼女の足を捉えている。

「俺は……魔王じゃ……ないっ……!」

 再び、鋳鶴の体から靄が現れた。先ほどは靄だった瘴気が、徐々に黒いオーラの様なものになり、彼を完全に包む。

 そしてライアの足を掴んでいる手から瘴気があふれ出す。

「こいつっ!」

「僕は魔王なんかじゃない……!」

「激昂すると一人称が僕から、俺になる。聞いた通りだ。お前は甘い上に何より、事実を受け入れようとしない!その考えが周囲を不幸にする!お前が今、此処で消えれば、皆が幸せになるのだ!」

 急いで鋳鶴の手を振りほどこうとするライアだったが、人間の力とは思えない鋳鶴の腕力はその足を掴んだまま離すことはない。

 彼女の足を掴んだ腕には、黒いオーラの下から何やら青白く発光する紋章が手の甲に現れていた。

「普通科相手に使う代物ではないが、私にここまでさせるとは大したものだ。と言いたい。が、それが純粋な人間の力であれば及第点だったのだが……」

 鋳鶴の意識が朦朧とする中、ライアは眼帯を外し、鋳鶴はその目を見た。

 自分を見つめている右目と、彼女の眼帯で隠れているはずの両目を見た。

 眼帯越しに彼女の左目から、青白く発光した光が見える。

 自分の身体にも稀に現れるそれを見た鋳鶴は、自分の左胸と左腕の甲を見る。すると、自分の感情に合わせて青白く発光することや紋章らしきものが出ているのを再認識する。

「君の目は……!一体……?」

「なっ!お前には……関係ないっ!」

 鋳鶴に向かって自分の腰に下げている新しいナイフを取り出すと、その一連の動きに迷いは存在しなかった。彼女のナイフは真っ直ぐ鋳鶴の首元に向かって振り下ろされる。

「ライア。私の弟に何をしている?」

 ライアは自分の背後に、冷ややかな視線と声を感じる。

 彼女の背後にいたのは、髪が真っ直ぐ綺麗に整えられた黒髪を靡かせ、凛とした目つきをしている一人の女性だった。

 ライアの制服とは別の改造されたものだろう。彼女の腰元には、黒光りする鞘に納められた刀が帯刀されている。

 今の夕日が放つ、夕焼けに照らされて彼女の美しい黒曜石の様な黒色の髪は輝きを放ち、彼女の威圧感をより強調し、その場に居るだけでこちらが気圧されてしまうような雰囲気を醸し出した。

 彼女の名前は望月結、魔王科では将軍と呼ばれ生徒たちから敬愛されている。

 望月家の5女で、姉弟の中では最も家族を大切にする女性だった。

 最近は帰ってくるのはめっきり減っていて家族に一番心配される立場にあり、家族からの連絡も全て着信拒否にしている状態だ。

 望月家で最も鋳鶴と関わりを持ち、ライアの投擲するナイフを回避する技術を彼に教えたのは、他ならぬ結である。

「お前は……私の可愛い弟に手を上げたのか、そんなことは許可した覚えはない。何よりも勝手に行動した罪は重いぞ。久方ぶりに帰省でもしようと思った矢先にこれだ」

「もっ、申し訳ございませんっ!」

 あまりにも早い勢いで頭を垂れ謝罪の意を込めて結に敬礼するライア。その速さはまるで、直立のまま一気に頭を地面に打ち付けようかとする勢いである。

 鋳鶴もライアの足から手を離し、地面にそのまま突っ伏していた。

 結は倒れた鋳鶴を優しく抱きかかえて、彼の頬に優しくキスをする。ライアはその一時に存在した姉弟愛の空間を見せられ、華奢な腕には似つかない血管浮き出る程の強い力で拳を握りながらライアは唇を噛み締め、苦虫を噛み潰した様な表情をした。

「鋳鶴、私の部下が、申し訳ない。久しぶりに帰ってきたぞ。お前を取り返すために」

 鋳鶴は倒れたまま、一向に動かない。

 結は、自宅のインターホン前まで鋳鶴を抱き抱えたまま向かい、片手で鋳鶴を抱えながらインターホンのチャイムを鳴らす。ほんの一呼吸おくと、玄関先で激しい足音が聞こえた。

 望月家のインターホンにはカメラ機能がついていて来客者の事が家の中から確認することができる。

 ライアと鋳鶴の戦いは近隣全体に響き渡るまで激しい戦いではなかったものの、流石に目の前の望月家の中に居る人間は嫌でも気づく。

 音が収まったのとインターホンから何かを察したのか、どうやら数人が室内で大声を上げながら騒いでいる様子だ。

 結が鋳鶴を再び両手で抱き抱えてしばらく待っていると、内玄関を蹴破る勢いで神奈が走って出てきた。

「お兄ちゃん!え、結お姉ちゃん……?」

「神奈、久しぶりだな。久々に帰省しようとしたらこのざまだ。私はどうやら、この家に居ない方が良いという事らしい。鋳鶴を頼んでいいか?」

 ゆっくりと神奈に鋳鶴を差し出す結。神奈も優しく、まるで繊細なガラス細工を扱うかのように鋳鶴を全身で受け止めた。抱き抱えただけで弱っている鋳鶴の容体を察した神奈は、いつも鋳鶴たちに見せる優しい表情とは一変して、怒りの表情に変わった。

「結お姉ちゃん。お兄ちゃんを……、鋳鶴お兄ちゃんを……もう苦しめないで」

「私は鋳鶴を苦しめた覚えはない。私はただ、自分がどの高みまで到達できるか、それを知るためにあそこにとどまっているだけさ」

「帰ってこないだけでお兄ちゃんには苦痛なんだよ!?少しはお兄ちゃんの気持ちも考えてあげてよ!」

 神奈の叫び声と共に見えない波動のような衝撃が結を襲う。

 結はそれに立ち向かう事もせず、回避しようともしなかった。彼女の放った覇気の様な衝撃波は直撃したものの結には何も害は無かったのである。

 結は優しくほほ笑むと神奈の頭をそっと撫でる。神奈は結の目を見つめるが、彼女は我関せずと言った面持ちで望月家の内玄関を見つめた。

 玄関の奥でゆりが、息を殺して結の事を睨み付けながら敵対心をむき出しにしている。その様子にも結は笑みをこぼす。

「神奈。魔法を使えるようになったのか、偉いじゃないか」

「どうして……?」

「鋳鶴と一時とて離れ離れでいるのが、私には辛くて堪らないのだ。しかし、それとて私は鋳鶴とともに半径5mに居るのだけでも膝が笑ってしまう程に辛く、愛しいと思ってしまう。この衝動はどうしようもなく、止めることもできない。これはある意味、一種の愛の形なのではないだろうか。と私は思う。お前が鋳鶴を敬愛する様に、私は鋳鶴を愛してしまっている。弟として家族としてではなく、1人の男として、異性として、鋳鶴を見てしまっている私がここにはいるのだ」

「だったら余計に傍に居た方がいいんじゃないの……?」

「そういうわけにはいかないんだ。正直、鋳鶴だけではなく、他の家族にも会いたいと思うことは多いし、何より私は寂しがりやだからな。ちゃんと鋳鶴に会ってしまったら私は何をしてしまうか分からん。私にも姉たちにも神奈とゆりにも父さんと母さんにも鋳鶴は必要だ。鋳鶴は一人じゃない。私の駄々で鋳鶴を独り占めすることはあってはならないことだ」

「結お姉ちゃん……」

「まぁそういうわけだから私は学園に帰るとする。鋳鶴の治療費諸々などは魔王科に申請してくれ。それ相応の金額は出すだろうから」

 結はそう言って神奈に鋳鶴を託し、ライアとともにその場から消えた。

 魔法の一種である瞬間移動を可能にする類の魔法である。神奈は姉結との距離感を感じながら、玄関の奥で見守っていたゆりとともに鋳鶴を担いで彼を自室に送った。





「はい。兄ちゃん、あーんして」

「そんな重体でもないし、ご飯ぐらい自分で食べれるよ!?」

「駄目駄目。私が許可するまで絶対起き上がったりしたら駄目だかんね?」

 鋳鶴の部屋でゆりが溶岩の様に煮え滾った白濁色のお粥を掬って鋳鶴に食べさせようとしていた。

昨今のバラエティー番組に出演するようなリアクション芸人でさえ、この目の前に置かれた溶岩の様に煮えたぎる粥は食べないであろう。誰がどう見ても鋳鶴の笑顔は引きつっている。

「ゆり……?ちゃんと冷ましてる!?」

「ん?フーフーしてほしいのか兄ちゃん!この陽明学園のアイドル、望月ゆりちゃんのあーんを独り占めできるのは兄ちゃんぐらいだぞ?」

 レンゲで掬い取られた煮えた粥をゆりが顔を近づけ、息を吸い込み口を尖らせ、優しく粥に向かって吹きかけた。

夢中になって吹いているため、鋳鶴のことは見えていない。

 一方、鋳鶴の視線は残りの粥を捉えていた。以前として溶岩の様に音を立てて煮えている。

これは果たして粥なのかと、疑問を持たされるものであった。ゆりの方向を確認すると、ゆりは未だに優しく粥に息を吹きかけている。鋳鶴は、自分の妹が負傷した兄の看病をするという成長を目の当たりにし、喜びながら思い出に浸る。

それと同時に泣きそうにもなっていた。目が合うとゆりが満面の笑みでこっちを見てほほ笑む。いつもゆりが風邪をひいたときは鋳鶴が、今のゆりがしている様に自分も粥を作り、ゆりの看病をよくしていた。

「うん、美味しい!これはいける!」

 ゆりは冷ました粥を自分で頬張るとそれをジッと見る鋳鶴の視線に気づいた。ゆりは忘れていたわけではないが目の前の粥があまりにも美味しそうだったので食べてしまったのである。自分の中の衝動が抑えられず、反省したゆりは今度こそ鋳鶴に粥を食べさせようと一掬いした。時間を置いたからか、粥が少し冷め、湯気の勢いと溶岩の様な煮えたぎる音が止み、鋳鶴も安心している。

「はい!兄ちゃん、あ~ん」

「あ~ん」

 鋳鶴が口を開けるとゆりがそっとレンゲを鋳鶴の口に入れる。粥を口に含むと鋳鶴はその味を確かめる様にゆっくりと噛みしめた。

ゆりが作ったのか、神奈が作ったかはわからないが、鋳鶴は粥を食べていて幸福感を味わっている。

滅多に面倒を見てもらうことがない鋳鶴にとって愛する妹に粥を食べさせてもらうのは至福のよろこびでしかなかった。

「うん!美味しいよ!誰が作ったの?いつの間に誰かがこんなに美味しいお粥作れるようになったの!」

「レトルトだよ?」

 鋳鶴の感動は一瞬で冷め、彼だけの時が止まったかの様に静止した。

 ゆりは満面の笑みで鋳鶴に向け、レトルト粥のパッケージを自信ありげに、鼻息を荒くしながら見せつけている。

とても味わって味わって食べたつもりのそれが、レトルトだったという絶望から鋳鶴は解放されたかったのか、置いてあった粥の鍋を一気に持ち上げそれをまるで飲み物かの如く、飲み干した。

「今のは、見てない!聞いてない!」

「私がお湯を沸かしたんだぞ兄ちゃん!」

「それは成長と受け取っていいのか駄目なのやら……」

「兄ちゃん、私は取り敢えず、お湯を沸かせるようになったんだよ!?これは一人の女としてかなりの進歩だよ!」

「うっ……うん」

 少々引き気味の鋳鶴を見て、不機嫌気味に頬を膨らませ少し唸るゆり、彼女のその様子は、鋳鶴を引き気味の表情から笑顔に戻した。それと同時にゆりの顔もニッコリと明るい笑顔になった。

 ところがハッと我に返るゆりは嫌なことでも思い出したのか、鋳鶴の事を細い目で睨んだ。

「そういえば兄ちゃん、神奈が兄ちゃんを運んできたんだけど、なんか元気なくてさ。結姉ちゃんが来てたのを私は遠くから見てただけで……。動けるようになってからでいいから、後でいろいろ聞いてあげてくれないか?私じゃどうも神奈が余計に泣いちゃうとか考えちゃって……」

「神奈がか、大丈夫かな」

 動けないと言っていたはずの鋳鶴だが、悲鳴を上げる体を無視し、体をゆっくりと動かして立ち上がり壁伝いに部屋を出た。

自分の部屋は二階、ゆりの居る彼女の自室は一階にあるため、今の鋳鶴の体には厳しいものであった。普段なら普通に昇り降りに手間がかかることがなく、その行動に頭を使うこともない。しかし、今の鋳鶴にとってその階段を昇り降りするにはあまりにも長く、つらい道のりだと感じた。脂汗が額から滲み出て彼の辛さを物語っている。

「無理するなよ兄ちゃん、私がいるんだからさ。たまには役に立たせてくれ」

 ゆりが鋳鶴の前で背中を向けて屈んで見せる。

「え……?」

「おぶってあげるからさ」

 鋳鶴はゆりの優しい気遣いに感動して今にも泣きだしそうになっていた。

今まで一生懸命、家事をしてきてよかったとしみじみと思っていた。今日だけで最低でも二回はこの感情に襲われている。

彼女の筋力を気に掛けながら自分の体重を軽々背負うゆりの筋力もどうしたものかと思ってしまう。

「私のクラスで兄ちゃんのやさしさを知らない連中は、兄ちゃんの事を馬鹿にしたりするけどさ。私は兄ちゃんを誇りに思ってるよ!確かによわっちくて、情けないときもあるなぁって思うけど、それを私は贅沢だと思ってる。だって私たちのことをちゃんと食事管理してくれたり、衛生管理?してくれるのは兄ちゃんだからさ?そのうち皆にも兄ちゃんの凄さがわかると私は嬉しんだけどね!」

「ゆぅぅぅぅぅりぃぃぃぃぃぃ~……」

「ちょっとちょっと!?兄ちゃん大丈夫!?」

 貯め込んだものが鋳鶴の目から零れ落ちた。

目は潤んで涙をボロボロと流している。ゆりは兄の豹変し続ける態度を見て、やれやれと思いつつもその表情は笑顔だった。やがて神奈の部屋につくとその手前で鋳鶴からゆりに降ろしてほしいと頼み、自分の足で立った。ふらつきながらも床に足をつけなんとか壁にもたれることなく歩き出す鋳鶴、ゆりはその姿を静かに見守っている。

 鋳鶴はゆりと神奈、二人の部屋の前に立つと障子に手をかけた。

「神奈?いる?」

「何?」

「入っていい?」

「無理しちゃダメだよお兄ちゃん」

「無理なんてしてるもんか!この通りぴんぴんしてるよ!」

 障子越しに見える鋳鶴の影が動いているのを神奈は目にした。が肝心なその表情が見えていない。しかし、余計に神奈は鋳鶴の体を気遣って障子を開くのをより拒んだ。

彼女にとって、兄の無理している姿ほど見るに堪えないものはないからだ。

「僕は大丈夫だよ。神奈が心配することないさ」

 鋳鶴が障子越しにその場に座り込んだことに気付いた神奈は聞き耳を立てた。鋳鶴が背中を向けて座っているのは彼の影で分かる。

 神奈は鋳鶴に背中合わせで座るように自らも障子の前で体操座りをした。

「いっつも無理ばっかしてるから、ある意味あれぐらいなら大丈夫さ!」

「お兄ちゃんはいつもそうやって、自分で全部背負いこんで……」

「そう見えちゃうかな?」

「私には少なくともそう見えるよ。今日ね、結お姉ちゃんがお兄ちゃんを抱えて帰って来たの」

「部屋まで運んでくれたのは神奈だったんだね。ありがとう」

「お礼なんていらないよ。ゆりちゃんも手伝ってくれたし」

 徐々に神奈の声が掠れて彼女が鼻をかむ音がい鋳鶴の耳を劈く、少しずつそれが嗚咽のに変わり始めたところで、鋳鶴は障子をそっと開けた。

「お兄ちゃん……」

「ごめんね。神奈、本当にごめんね」

「謝るのは私や、お姉ちゃんたちなのにっ……。うぅぅぅ……」

 鋳鶴が神奈をゆっくりと抱きしめ、頭を優しく撫でる。

抱きしめた途端に、神奈の瞳から大粒の涙が一気に流れ落ちた。大声でわめきながら鋳鶴の胸の中で泣く神奈は、鋳鶴の事を気遣わず涙だった。

神奈は、普段涙を見せる様なか弱い女性ではない。それを見て鋳鶴は、家に常に居る姉と妹たちに自分の事をより、心配させないように努めようと心で決めた。

魔王科のライアという生徒はよく知らないが、彼女の周囲には確実にない、自分にはここまで気遣ってくれている家族がいることに感謝していた。

それと同時にライアが言っていたことを思い出す。

そして彼女の左目のこと、自分の体に現れる紋章と同じだったという事実を思い出しながら、鋳鶴は神奈の体重を支える体の痛みを同時に感じ、そのまま神奈を抱きしめたまま眠りに落ちてしまった。


第三話いかがだったでしょうか、お姉さんとライアさんの関係がなかなか気になる所ですが、彼女たちの登場は今後、いつになるかわかりません!乞うご期待!

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