第40話:魔王と初授業
忘れずにそのまま予約投稿を終えました今回で一旦10話分の掲載は終わります
また4年後になってしまうのか果たして
何とか書いてみようとは思います
魔法科のはずれにある古びた倉庫でまだ紳士的な男たちは会話を続けていた。
幸い、鋳鶴とともに特別休学という扱いで魔法科への潜入を許諾されている影太は入念に魔法科の生徒たちと会話と交渉をする時間はある。
「機械科に勝利しているという所でご存知だと思われますが、勝利条件として各科に足して何らかの力を働きかける事が出来ますよね?」
「……あぁ……。……現にそうして機械科の力を得た上で普通科と機械科の垣根を無くしていたからな……。……それが目的か……」
「えぇ、くれぐれも代表生徒の方々には内密にしていただきたい。あくまでも此処に居る我々と一部の生徒からぐらいの意見と思っていただければ」
影太は頭巾を深く被り直した。常連の生徒の少しだけ暗くなっている顔を見かねてではないが、恐らく口にする事も憚れる内容なのだろう。普通科ではほぼほぼそういう会話等聞いたことが無い故にその平和さ加減しか体感していない影太にとっては新鮮な気持ちもある。
これこそ本来の裏取引の様な場面と言えばそうなのだろう。普通科では生写真のやり取りのあとには生々しい猥談が繰り広げられたりするものである。
「魔法科とは本来、この陽明学園に置ける看板学科というものになります。故にその競争率や倍率も高いものになっています。こうしてMr.エロフェッショナルと取引をしている我々でさえも本来はそういう競争の世界で生きています」
「……普通科には無縁の生活だ……。……せめて競争があるとすればスポーツぐらいだな……。……それが魔術ともなれば苛烈にもなるか……」
「えぇ、スポーツそれ以上でしょう。スポーツでも確かに推薦や将来の職業に関わるものでもありますが、魔術や魔法となればさらに家の事も確実に関わってきます。それぞれの生徒に基本的には家柄があります。基本的に無魔は在籍していないのですが、魔術師や魔法使いの家系に生まれたと言えど、無魔にならないというわけではありません」
「……そこにも遺伝出来るものとそうでないものがあるものだな……。……我々忍の家と同じか……。……必ずしも家系全員がその才能があるわけではないからな……」
魔術師にも魔法使いにもそれぞれ家系や面子がある。保たねばいけないもの、受け継がなければいけないもの。それが与える障壁も少なからず影太は理解している。
普通科の生徒と言えど、自身にある忍の血での障壁等もその様なものかと納得を見せる影太ではあるが常連の生徒の表情は曇ったままだ。
「そこで御家騒動とかに巻き込まれる事もしばしばなのですよ。どの家につくかであったり、裏切りや謀反もありますし、この国に昔あった戦国時代の様な感じですね。まだ我々は学生の身ではあります。ただ、それを今のうちから否が応でも体感しなくてはなりません。虹野瀬家につくのか神宮司家につくのかなどです。そしてそこで生まれる確執であったり、我々の家に対する影響であったり」
「……派閥割れという事か……。……そういえば魔法科には度々、俺たちの味方である城屋誠が君たちとよく争っているという話も聞いたが……」
元魔法科で普通科の中で最も魔法科を嫌悪する男。その名も城屋誠。その人物の名前を口にすると少しだけ常連の生徒の顔が晴れやかになった。
「我々はそもそも彼と争おうとも思いません。あの方の姉である瑞希様にはお世話になった身でありますからね。彼と争っているのは派閥割れを起こしている方々ですからね」
「……意味がない……。……という解釈でいいのか……?」
「城屋誠。確かに魔法科にとっては目の上の瘤です。魔法科の生徒の大多数は城屋瑞希様の功績を認めざるを得ませんし、彼女の何者にも分け隔てなく接するその精神性に嫌味を言う者は居ません」
確かに。と影太は思った。
千鶴のスーツを手掛ける際に彼女はこれから自身が在籍した魔法科へ潜入するための作戦に対して力添えをしている。
まさにその注力は魔法科に特別な恨み事を抱えている誠が呆れ返る程に。
彼女は魔法科でのある事件が原因で両足が不自由になってしまっており、今は車椅子での生活を余儀なくされていて、それ故に誠自身も魔法科に対する恨みの念が凄まじい物になっていた。
殺害という行為には至らないものの生徒によってはしばらく再起不能になる暴行を加えて度々魔法科を荒らしている。瑞希から止めろと言われても誠はその声には耳を貸さず、魔法科の生徒が出てこなくなるまでその敷地内で暴れまわる事をしていた。
しかし、誠は別として瑞希はそんな魔法科を恨みもしなければ呪いもしない。自身をそういう身にした学科ではあるが、彼女は魔法科の生徒で無くなった後でも魔法科に度々顔を出しては誠の事に対して謝罪をしたり、彼女自身が時折ではあるが誠を鎮める為に協力する事もある様だ。
彼女とスーツを手掛けていた時の事を影太は思い出す。まるで可憐な少女の様にはしゃぎ、鋳鶴の肉体の採寸を素早く終わらせてどうすれば可愛く見えるか、体を小さく見せる事が出来るかなど。
その時に聞いておけばよかったな。と影太は思う。今は敵とは言え古巣に対して使用する変装道具に何か違和感は覚えないのかと。ただ、彼らの話を聞いていると瑞希が今も尚、魔法科で好かれている理由が理解出来る。
好きというよりも崇拝の対象にもなっているのだろう。
「城屋誠の討伐は急務であり、名を上げるならぴったりですからね。まるで獣狩りの様に血気盛んな生徒はあの男の命なりなんなりを狙うはずですから、魔法科内に入れば会長副会長、四天王は2人が不在ではありますけれど、その御2人が居ないとともに魔法科内でも派閥争いというものが激化しているものはありますからね。体育大会でも魔法科の参加人数は最大5人ですから、本来ならば会長、副会長、四天王のうちから3人が選出されるはずですからね。四天王の欠員の今という事もあってあと1人がまだ欠員ですから、そこの席の奪い合いもありますからね」
「……しかしだ……。……5人居なくてもいいのだろう……?……我々普通科も10人最大出さなくても良いというルールではあるからな……。……そうなれば最悪、4人で出場すれば良いという所もあるだろう……?」
「Mr.エロフェッショナル。お言葉ですが我々魔法科が目指しているのは優勝のみです。確かに普通科という所が相手なのであれば4人でも十分かもしれません。が最後に我々が対峙するのは魔王科ですから魔王科には恐らく、5人でもどうなるかという様相でしょうから普通科の方々がお相手でも5人揃えるとは思うのです。それまでに連携等も改めて深めておきたいでしょうか」
「……俺たちは練習台という事か……。……もう少し卑屈に言えば、練習台になれて光栄とでも言えばいいのか……」
普通科と言えども誇りが無い。と言えば違うのだが、それでも魔法科との実力差は明白である。誠や鋳鶴が居たとて相手は陽明学園最強軍団の魔法科。それも学園創設以来の魔法使いと呼ばれる縒佳と寿を擁する歴代最強軍団でもある彼女らに万が一にも普通科が勝利できる可能性は極めて薄いだろう。
影太にはそれが取引役の生徒の態度を見ていると嫌が応にも理解出来る。
「先ほどの物も我々としては命がけで手に入れた物でもありますが、それを利用して魔法科への対策を講じようという魂胆でしょう」
「……まぁそれはそうなのだが……」
「勿論、お渡しした資料はどれも本物ですし、何よりその通りにもなっています。Mr.エロフェッショナル。そこだけは我々は貴方に対してリスペクトがあるのでそう思っていただけると助かります」
「……そこは俺も疑ってはいないさ……。……俺に対する信頼の現れだと、この時期にこういう事をするのはセンシティブな感じはするからな……」
影太の神妙な顔を見かねて常連の生徒は微笑んだ。
「……何か……?」
「いえ、日頃から我々の英雄として崇め奉られる方の何て言うでしょうね。何かに対して申し訳ないという気持ちというか、そういう思想が症状から垣間見えましたのでね。撮影の時も何か葛藤される事もあるのかな。と思いまして」
葛藤か。と呟いた上で影太は天井を見上げた。電球が一つ、煌々と光っており、光源はそれだけである。思い返すこともあるが、最初は上手く撮影も出来ず、誤ってフラッシュを焚く場合や物音を立ててしまう事もあった。
被写体に見つかり物を投げられる事もあった。
それが今や表向きではその技術に用いていた忍術で体育大会で仲間を助け、裏ではさらに磨きのかかった忍術で様々な被写体に気付かれる事なく穏便に撮影を完了し、その場を去る。それがこうしてある程度のファンなるものを形成しながら褒められたのであってはそれこそ誉れ高き事と影太は考えていた。
冷静に考えれば盗撮の延長線上では?という感情を隠しながら影太は様々な事を走馬灯の様に振り返る。
罪悪感などあっては世界の独り身で寂しい生活を送る弱者男性を救う事等出来ないのだから、特に何かしてもらったわけではないが、影太は自力でアルバイト等出来るような体裁でもコミュニケーション能力があるわけでもないためにそういった方法で学費なり、生活維持費を稼いでいるのである。
最も、より善い方向に非合法ではなく、合法でその様に出来たならと彼なりに考える事もあり、それなりに葛藤はあるのだ。
「忍術が使えるとは言え、Mr.エロフェッショナル。貴方も人間なのですから」
「……それは確かにな……。……俺も君らの様な人間に幸福を届ける事が出来て少なからず嬉しい部分もあるからな……。……俺の忍術を効率よく生かして俺の生活の糧にしているだけだ……。……それで他人の感謝に繋がるのであればそれを善と思おう」
「そうでしたか。おっと話が大分逸れてしまいましたね。我々の魔法科が敗退してほしい。理由は縒佳様の事でもあります、あの御方の笑顔をもう一度見たい。というのもありますかね。撮影してほしいのも本心ではありますが、もう1度だけでいい、素直な笑顔を見たいのです。恐らく、それは普通科の方でないと出来ないと思っております。勿論、それをMr.エロフェッショナルの画角に収めていただきたいというのも事実!」
「……心得た……。……前者は俺にはどうもならないかもしれないが……。……後者は俺の方で何とかしよう……。……約束だ……」
―――――魔法科―――――
「で、あるからしてこの方程式は……」
おかしい。
鋳鶴もとい、望月千鶴の頭上には疑問符が浮かび続けていた。授業の形態は選択制の講義の様なものなのだが、普通科と何ら変哲の無いカリキュラムと授業内容である。
講義形態とは言え、千鶴はアイシャとの同席を義務付けられている事もあってなのだろうか。と考えていた。
アイシャは呑気に窓の外を眺めていたり机の上でお絵描きをしたりしている。好きな花なのだろうか、大きなチューリップを描いている。飛び級とは聞いているがまだ彼女の本当の年齢を千鶴は知らない。
そんな事よりも未だに魔法科らしい事が出来ていないと千鶴は少しだけ焦りを感じていた。影太からの連絡も無ければ普通科に滞在している面々からの音沙汰も無し、それがより千鶴の気持ちをやきもきさせている。
「アイシャさん……!」
千鶴は小声で絵を描き続けるアイシャの手に触れながら小声で語り掛ける。
「?」
「アイシャさん……!魔法の授業はいつするのですか……!?」
「まだしないます」
「えぇ……!?これじゃあ普通科と変わりません!」
「望月千鶴さーん、講義中は静かにしていただけると助かります」
「す、すみません!」
生徒たちの視線が一遍に千鶴に向けられる。赤面しながら千鶴はゆっくりと座り込み、低姿勢になりアイシャとの会話を続けた。
「それに魔法魔法となるのは選ばれた生徒のみます。千鶴はまだ選ばれる前。ちなみにアイシャは資格だけはあるます」
「えぇ!?」
千鶴の声に講義室の生徒全員と言っていいほど視線が向けられる。小声で謝罪しながら体を小さくして周囲からの視線を逸らそうとした。
「同室だからって私も自動的に選ばれるとかではないですよね……?」
「んー、分からないます。先生たちに選ばれたり、アイシャみたいに縒佳様に選ばれてそうなる事もあるます」
「でもアイシャさん凄いですね。その年齢で……」
アイシャは千鶴の投げかけにそっぽを向いた。彼女ならこう褒められれば笑顔でふんぞり返りながら喜ぶ筈と思っていた彼女にとってその行動は不思議以外の何ものでもない。
窓に反射していたアイシャの顔は少しだけ寂しげに見えた。
「千鶴は何もわかってないます。でも褒めてくれたのは嬉しいます」
「「千鶴。彼女の年齢を考えろ。あの幼さで魔法科のそういう所に抜擢されるという事はそれなりのプレッシャーや使命感があるという事だ。あの小さい体躯にどれだけの重圧を抱えているかは俺には分からん。が彼女が素直に喜ばないというのは即ちそういう事なのだろう」」
「「体は鍛えられる余地があるかもしれませんけど、心は……」」
「「あれぐらいの子どもは肉体的にもそうだが精神はより脆い事がある。更には千鶴が編入してても隠れてこちらを見ながら会話する連中が居る様な魔法科だぞ?彼女も彼女なりにかなり苦労していると見える。それが虹野瀬縒佳の我儘かどうかは気になる所ではあるがね」」
「「でもですよ。おっさん、アイシャちゃんがそれに耐えうる精神や肉体を兼ね備えているとしたら?」」
「「まぁ、そうでなくとも警戒はしておくに越したことはない。君程鈍い男……。すまない、今は女か……。は居ないからな」」
「「うーん、信じたいですけどねぇ」」
「「信じない事が吉と出る事もある。ましてや今、君が居るのは魔法科だぞ?たった今ここで私が望月鋳鶴です!なんて言おうものならハチの巣にされるぞ。俺が居てもこの数で君の体では此処から抜け出すのは無理だろうな。君を捕縛すれば魔法科の立場も保証されるだろうし、何より今はスパイだからな」」
「「それは確かに……」」
「「普通科の非モテ男どもに追いかけられるのとはまた違う。刺激的ではあるが流石に命にも関わるだろうからね」」
普通科での記憶。歩との甘い空間を人知れず築いてしまうと出てくる者たちが居る。黒い布に包まれたカルトな集団の事だ。彼は普通科の彼女を居ない歴=年齢という立場の男子生徒のみで構成されており、自称普通科の風紀を守る者たちらしい。
歩もその存在には悩まされてはいるが、稀に鋳鶴が彼らに追いかけられる姿を見て微笑んでいる事がしばしばだ。そしてもちろん、もれなく彼らは土村影太を崇拝しており、様々な物事のバックアップを務める事もあるという。
影太曰く、味方にすれば非常に頼もしい者たち、しかし裏切者は処されるので注意との事。その存在こそ様々で普通科の教員でもその組織の存在の認識はあるものの、行き過ぎた部分を感じられない為、お咎め無しとされている場合が多い。
「「幼女と言えど油断するなという事だ。むしろ騙すために授業中に絵を描くふりをしているだけかもしれん」」
「「そんな演技も出来るんなら尊敬しちゃいますよ。流石に天才少女なだけありますよね。感心してる場合かって言うかもしれませんけどこれは感心感服しますよ」」
「「俺の発言を先読みするんじゃあない。そうだったとすればかなりの脅威だからな。君は爪が甘いから気を付けた方がいい」」
「どうしたらアイシャさんみたいに特別な魔法の授業を受けられるようになりますか?」
アイシャは急に問いかけられ目を丸々とさせた。千鶴の目はアイシャが驚くほどに輝いており、毎朝彼女を悩ませる窓から差し込む朝日の如く、爛々と輝いている。
「眩しいます。そんな目で見ないでほしいます。アイシャも行きたくてあそこに行ってるわけじゃないます」
「ならならなら!私がついていきます!アイシャさんが何らかのピンチになったらそこを助ける。という事どうでしょう!ほら、ルームメイトですし、助け合いですよ。助け合い!」
アイシャは絵を描く手を完全に止めて千鶴の事を流し目で見た。
「「ほら、警戒されているだろう。普段の感じを出し過ぎだ。少しテンションの怪しい女性だぞ」」
「「それでいいんですよ。取り敢えず、アイシャちゃんの味方です。というアピールを細部にしていかないとですね。信頼を勝ち取るのはそいう細部が大切ですから!短期間ならですけどね」」
「迷うます。千鶴は優秀ではあるます。が、魔法科の魔法の授業は厳しいます。アイシャもついていけなくてこうして普通科と同じような授業を受け続けてるます」
「それでも私は行きたいですね。アイシャさんの事は私が援護しますから、困ったら是非とも頼ってください。2人1組で授業受けられますよね?」
「それはアイシャの希望もあるますから出来るます。でもアイシャも最近行ってない理由が別にあるます……」
目に見えてアイシャの態度が暗くなる。魔法科の魔法の授業とはアイシャの様な幼い少女にはそれほど重責で負担がかかるものなのかと千鶴は考えた。
言われてみれば編入試験であれだけ実力を試された事を思い出すとそれほどの厳しさは打倒だろうという結論に至る。それ以外で考えられうる事は恐らく、縒佳の寵愛を受ける生徒への嫉妬から来るイジメに近い様なものだろう。
「私が守りますから、大丈夫ですよ。アイシャさん1人に奇異の目は向けさせません。絶対に!だから!」
お願いします。とは言わずに手を差し出す。周囲の生徒は板書に夢中でその様子が視界に入る者は居ない。教員を生徒に背を向け黙々と黒板に文字をチョークで刻んで行くのみである。
「分かったます。そんな目で言われたら期待してしまうます。でも約束をしてほしいます!」
アイシャも千鶴の手を取る訳でなく、小指のみを突き立てて千鶴の目の前に彼女の数分の1程しかない小さい手を差し出す。
千鶴もその動きを見て差し出した手を彼女と同様に小指のみを突き立ててその小指を小指のみで優しく握る。
「指切りげんまんですね!いいですよ」
「はい。指切りげんまん嘘ついたらはりせんぼんのーますます。指切った!」
アイシャは千鶴に笑顔を向けて指を下ろしてお絵描きに戻った。
「「すまない。少しだけだが、俺の杞憂だと良いんだが」」
「「どうかしました?」」
「「嘘が見えてな。個人的にどう見てもあの体躯にはある筈の無い決意を見たぞ。彼女は笑顔で肯定しているだろうが、内面不安の方が強いはずだ。君のなんだ。根拠のない自信というか望月千鶴への信頼ではないだろうが。なんなんだろうな。鋳鶴は感じていないかもしれないが、指切りの間で彼女の中における波長が変わったような」」
「「考えすぎですよおっさん。僕を信頼してくれてそう思ってくれたなら結構ですし、大きな一歩の手助けってことですよね」」
「「その意見を肯定したいのは山々だが、そんな胆力を見せる彼女が少し行くのをためらう様な場所にこれから君と行くんだぞ?」」
おっさんは腕を組みながら不敵な笑みを浮かべてそう言った。おっさんの態度を見ていると鋳鶴自身も彼が何を思っているか理解出来てきている様な気がする。
「「僕からはあまり言いたくはないですけど、おっさんが居る限りは大丈夫ですよ。2人ならなんとかなる。ではなくておっさんが居るからこそ何とかなると思ってるんで2人でアイシャちゃんを助けるのは当たり前の事ですからね」」
「「折角だし乗ってやる。君に俺の力を見せつける機会でもあるからな。おっさんではなく、―――――と呼ばせてやる」」
恐らくおっさんの本名の部分だろう。おっさんも気付いてハッとした表情をするが鋳鶴ももう慣れたもので突如響き渡るノイズに不快感はあるものの動じる事は減ってきていた。
しかし、どれだけ鋳鶴もおっさんも歩み寄ったとしてもこのノイズは止むことを知らない。出来るのであれば本名を知りたいし、教えたいのである。
「「すまない」」
「「いやいや、こればっかりは仕方ないですよ。センシティブワードってやつですからね。おっさんはドスケベですから」」
「「誰がドスケベだ。君には負ける」」
鋳鶴は微笑みながらおっさんにそう返し、それに応じた返しをおっさんも返す、会話のキャッチボールはこの短期間で慣れたものだろう。と思いつつもおっさんはそれでこそ望月鋳鶴の人柄が成せるものなのだろうと感心していた。
本人にそのまま伝える事は決してないのだろう。彼はお調子ものでそんな彼のペースを無駄に乱すわけにはいかない。とおっさんも考えているからこそ適切な距離が保たれているのである。
2人はアイシャの描く絵の完成を見守りながら教員の書く板書を書き写してそのまま授業終了の鐘の音を待つばかりだった。
―――――普通科生徒会室―――――
「そっか?そういう事なんだね?」
「……僅かながらですが……」
生徒手帳を耳に当てながら一平は生徒会の活動と銘打って授業をサボっている時間帯に影太からの連絡に耳をかしていた。
聞いた事のない報告は彼にとってすべてが貴重であり、それが打倒魔法科の財産になると思い喜々として影太の話を聞いている。
「それも大事なんだけどね?雛罌粟には内緒にしているアレも頼むよ?」
「……風間会長……。……それはこちらのセリフでもある……。……荒神は勿論、女性陣には黙秘を貫いてくれ……。……最近、白鳥女史の目が厳しくてな……。……協力者は欠かせない上にその存在もあって俺はこの学園での活動を許されている点がある……。……スパイ活動と同時にな……。……鋳鶴にも話してはいないな……?」
「あぁ、勿論だよ?望月君は良くも悪くも真面目過ぎるから土村君に言い渡しているサブミッションの話をすると起こりそうな気がしてね?まぁ?僕もそんな彼の真面目な性格が大好きなんだけどね?」
「……魔法科のスパイよりも俺に託しているサブミッションの方が大切かもしれない……。……そう思っているんだが……」
「本当の任務と同等ぐらいには扱ってほしいよね?エロフェッショナルとしてのこれからを支える活動になるわけだし?それに忍としての技量も上がるかもしれないからね?気を使ってる所もあるんだよ?何も考えてないと思われているかもしれないけどね?」
「……それはいささか難しい問題だな……。……友とエロを天秤にかけるわけには……」
一平は立ち上がって、口籠る影太の話を聞きながら机の上に置いていたマグカップをマドラーでかき混ぜる。
「問題はね?考え方さ?確かに本作戦は大事だよ?それで望月君の今後も変わる可能性があるよね?あまり現実的ではないとは思うけれど?機械科との闘いは見られているから戦力増強を図って魔法科はもしかしたら望月君をヘッドハンティングするのかな?とも思っているからね?僕らは元より力がないから各科の力添えを貰いつつ、各科の格差をなくしていく為に戦っているよね?でも魔法科は僕らに勝利する旨味はあまりない筈なんだよね?城やんとは因縁があるから無理だろうしね?」
影太は眼前に広がる魔法科の校舎を見つめた。まるで堅牢な城の様である。あまりにも標高のある校舎と取引相手から耳にした魔法科の縮図を考えると流石は陽明学園が誇る超エリート科という考えが頭の中を巡る。
「……俺の忍術もどこかで通用しない可能性も考慮しなくてはいけないな……。……簡単に出し抜ける連中でもないだろうし……」
「君なら大丈夫さ?それにいざとなったら望月君も居るし?僕もいつでも助けに行けるように準備はしているからね?深夜も学園に常駐だよ?雛罌粟も居るから家事の様なものは大丈夫だけどさ?」
「会長。私を炊事係とお思いでは?お皿洗いぐらいはしていただけないと」
「雛罌粟!?居るなら言ってほしかったね!?えー?それならデリバリーとかでいいんじゃあないかな?その方が経費で色々落ちるかもしれないよ?」
何処から出てきたのか、一平の真後ろから雛罌粟が現れ、彼は椅子から飛び上がる様にして跳ねた。そんな一平を見て雛罌粟が優しく微笑む。
「何か土村君を悪いお話でもされていたんですか?ちなみにデリバリーの件は勿論駄目です。あくまで私と会長のポケットマネーからですよ。普通科はそういう各所へ使わないといけない予算も少ないんですから、その改善のためにも小さいことからコツコツとやっていかないと」
「……そこは概ね同意です……」
「土村君!?」
「ほら、駄々こねないで下さい会長。貴方がそれでは普通科の生徒へ示しがつきませんからね。土村君も会長と怪しい話をするのであればこういう大きな任務の途中ではなく、それを達成してからにするべきですよ。何が起こるか分からないのでね」
「……御意……」
「ご、ごめんね?土村君。報告ありがとう。また定期的に報告してくれると助かるね?よっぽど夜明けの時間帯でもない限りは起きているだろうから」
「夜遅くまでライブDVDを見たりゲームしたりしているからでしょう?土村君と望月君。潜入活動をしてくださってる2人だけでもなく、他の皆さんや機械科の皆さんも協力して下さっている事はお忘れなきようですよ」
「分かったよ……?今日は0時には寝るからさ……?」
「いえ、22時台に就寝していただき、そこから土村君の連絡を待っていただく様な形態が一番良いかと。何にせよ急な出撃がある場合でも会長が迅速に迎えます様にとの事ですし」
「何かあっても僕が行っても……ねぇ……?」
釈然としない態度を見せる一平に涼子は呆れながら彼の目の机に両掌を勢いよく叩きつけた。
「貴方は!普通科の生徒会長でしょうが!」
「ひっ……分かったからね……?」
一平は引き気味でマグカップを涼子の繰り出す衝撃から守るために寸での所で掴んで回避していた。何せそのマグカップは一平が今、大絶賛で推しているアイドルの限定グッズ故の行動である。
涼子の突拍子の無い暴力からそれを守る為に一平は今日最速の動きを見せたのであった。
途中で予約投稿を忘れたりしてしまって申し訳ありませんでした
次も10話分完成したら投稿しようと思っています
それではまたいつか




