第2話:魔王と登校
第二話です。よろしくおねがいします。
「もう四月だし、学校も忙しくなりそうだ」
歩がトレードマークであるポニーテールを揺らしながら、鋳鶴に振り向かず、呟くように言った。
二人が学校へ向かう一本道には、両脇に桜が咲き乱れ、桜吹雪を起こし、進級する生徒及び、入学する生徒たちを歓迎している様相だ。
去年から通っている陽明学園の高等部への普通科に進学が決定している鋳鶴と歩は、いつも通りの登校時間、いつも通りの歩みの速さで向かっている。
歩の方が、鋳鶴よりも歩くのが早い為、鋳鶴が少々追い付けていない状態である。がそんな状況を二人は春休みから待ち望んでいたので、気分が多少なりとも高揚している様に見えた。
しかし、そんな至福の時間よりも自分の家族全員が弁当を手にし、各々の職場や学校に向かったのかと心配な気持ちが鋳鶴の中にはある。
歩と登校出来るのは鋳鶴にとって至福の喜びであるが、逆にいつもより早く家を出てしまったがために、現在の自宅の様子を気にかけてしまう。
例えば、戸締りの有無やテレビの付けっぱなし、水道の流しっぱなし等である。
ゆりや神奈を信用してないわけではないが、彼女たちは可愛さ有り余る故に物忘れが酷い時が多々ある。それを加味して鋳鶴は、現在の自宅の様子が気になって仕方がない。
「どうした鋳鶴?」
「え!?あぁ……何もないよ。大丈夫、大丈夫!」
鋳鶴が動揺していることをその口調と態度から読み取った歩は、鋳鶴の前に立ちふさがり、彼の進行を遮った。歩の行動により、彼女の事を考えながら鋳鶴は右往左往する。が、歩もそれに合わせて右往左往に動くため、鋳鶴はその場でしどろもどろしていた。
「どうしたの?歩?」
「女か?」
「何が!?」
「だから、私は女でもいるのかと聞いている」
「はい!?」
「隠すつもりなら、私はお前を斬る」
歩が鋳鶴の釈然としない態度に、激昂気味に右腰にぶら下げていた木刀を両手で持ち、構えをとる。
ポニーテール以外で彼女の特徴の一つ、木刀を常に携帯し、必要があればそれで対象を叩くという半暴力的な部分もある女性だ。
歩は二人が通う陽明学園の風紀委員であり、特別に木刀の携帯が学園側から許可されている。
風紀委員だから仕方なし、と言ってはいけないはずなのだが、学園がそれを許可している。鋳鶴からすれば、それが歩でなければ理解出来るのだが、彼女は現在、日本全国における二学年の女子高生の中で日本一の女生徒だ。そんな彼女に木刀を携帯させるのは、鬼に金棒かと。鋳鶴は心の中で高校一年の時から叫び続けている。
「いやいやいやいや!?僕にそんなことあるわけないでしょ!?」
「お前は女という生物に対して寛容でありすぎるうえに、すぐに陥れようという癖があるからな!」
歩が鋳鶴を押し倒し、胸倉を掴んで、木刀を振りかざし、それを彼に叩き付けようと振りかぶる。
が、それを遮るかの様に二人の背後からシャッター音が鳴り響いた。
歩がシャッター音のした方向を見ると、そこには小柄で前髪が長い男子生徒が大事そうにカメラを抱え、その場から立ち去ろうとしていた。
「影太、何を撮影した?」
「……!?」
歩が手品でも使ったのか、一瞬にして鋳鶴の前から消え、影太の前に立ちふさがった。
影太もあまりの接近速度に少々戸惑いを隠せない。
流石、普通科の教員から魔法科への転科を進められる実力者だろう。
彼女が今、見せたのは、身体能力を一時的に魔力によって向上させ、一瞬の高速移動を可能にしたのだろう。これは魔法科でも数年かかって会得するような魔術なのだが、歩の生まれ持っての才能なのか、それとも誰かに習ったのか、それを扱うのを苦としない。
そして、影太と呼ばれるカメラを持った男子生徒は、土村影太。
鋳鶴とは小学生のころからの友人で、歩とも中学二年間以外の学校生活では同じ学校に通い、同じ通学路で通っている。
趣味は写真撮影、特技は音も無く動くことである。
彼が何故、そんな事を趣味、特技にしているというと、自分に課している人生の目標、且つ、人生の喜びの為である。それを利用して将来の就職などに役立てようとしている節がある。
彼は綺麗、美人、可愛いと噂立っている女性を己がカメラに収め、孤独な生活をしている男性諸君にそれを焼き増しし、ブロマイドなどを作製、販売して提供するという重大な任務を自身に課しているのだ。
しかし、そんな彼は土村一族という忍の家の末裔、裏では学校の為に隠蔽工作を働くこともあれば、学校側から様々な用途に繋がる日本在住の重役たちの居場所を知らせるため、あらゆる人物のストーキング任務も引き受けているという噂も立つ男である。
勿論、料金は対象によってピンからキリまで、彼はまだ学生なので同級生や学校の人間程度しかそのストーキング依頼は利用しないらしい。
彼は周囲の人間からはエロフェッショナルと呼ばれている。そんな彼にも弱点があり、それに苦悩している。
彼の弱点は、仕事の対象であるはずの女性だ。彼は女性を苦手としていて、本来、女性を写真に収めるために存在している様な男だが、本人の中で何かが反応してしまう女性に対しては、目を合わせる事や話すことも難しい男になってしまう。
そして極限状態に陥ると、鼻血や油汗が止まらなくなってしまうという身体的異常が発生する。
盗撮においては関係ない。ただ、彼は被写体をカメラに収めるだけ、と言うカメラマンというよりは冷静に対象を撮影する様はまさに狙撃手。カメラではなく、ライフルならどうなっていただろうか。
「……また魔法か……いい加減、魔法科に……」
魔法科という単語を呟いた影太の首筋には歩の木刀が数センチメートルの間隔を空けて、構えられていた。
影太は、歩の行動に対して、諦めたのかカメラを歩の反対方向に投げる。
鋳鶴のいる方向ではない為、自殺行為と判断し、構えを解いた歩だったが、その先には鋳鶴の影太とはまた別の友人、坂本桧人という青年が両手を挙げて、カメラを投げろと言わんばかり彼を広げて煽っていた。
「いいのが撮れたじゃねぇか影太!俺はこれを焼き増しするために学校に駆け込む!」
桧人も影太と同様、二人の幼馴染で小学生の頃からの友人である。
身長は、鋳鶴とほぼ同等で178センチメートル、特徴は剣山の様な髪形と、彼の性格をそのまま表したかの様な真紅の毛髪だ。
性格は鋳鶴、影太を足して二で掛けた程度の悪童ぶりである。
しかし、二人からの信頼と、同じクラスになる生徒たちからの信頼は厚く、学級代表を選出する時などは、彼が真っ先に選出される。
本人はそれをネタにして笑い話にすることもあるが、本人も満更ではないし、むしろ嬉しいという感情の方が強い。
学校でも桧人、影太、鋳鶴、の三人でよく騒ぎを起こしていて、基本的に鋳鶴は巻き込まれるような形で騒ぎを起こしている一団に加えられてしまうという被害者の一人である。
「ちっ、流石に距離が遠い。なら!」
歩は降ろしていた刀を握り、すぐさま大きく振りかぶって桧人に向かって木刀を投擲する。
綺麗なフォームで真っ直ぐに放られたそれは、真剣ではなく、木製であるはずなのだが。桧人の背中を刺突するのではないかという勢いで突き刺さり、桧人はうつ伏せでその場に倒れた。
だが、カメラはしっかりと両手で抱き抱え、衝撃から守り役目を終えた彼は幸せそうな顔をしている。
彼の気配は読んでいたはずの歩、しかし、完全に慢心した自分が生んだ一瞬の隙を今は反省していた。
その後、歩は影太に撮影した写真のデータを全消去させて、三人をその場に正座させる。
「全く、お前たちはいつもこんな事ばかりして恥ずかしくないのか?」
「恥ずかしいって思ったら負けだよなぁ?なぁ鋳鶴、影太」
「……お前には同意したいけども……」
「僕は同意しかねるけど」
「三人とも体力も落ちてきているようだし、私が鍛えてやるか」
歩が三人を正座させて、しばらく説教をしていると、四人の通う学校のチャイムが鳴り響いた。
四人の周囲には、学園に向かう学生の姿は無く、先を見回しても学生など、人の影は全くと言っていいほど見えない。
居るとすれば、朝の散歩をしているご老人や、ベビーカーを引いている子連れの女性ぐらいである。
「まだ反省しろと言いたいが、遅刻は許されない。急いで向かうぞ」
「まぁ走れば間に合うだろ」
「……まだ足には自信がある……」
「まずいよ!このままじゃ、白鳥先生に怒られるよ!?」
鋳鶴の台詞とともに全員がその場から一斉に立ち上がり、学校の校門に向かって走り出した。全力疾走で息をきらしながら、四人は学校付近に到着する。
剣道部の歩が勿論、先陣を切って走る中、時点で速いのは鋳鶴、先ほどの自信はどこへ行ったのか、影太が最後尾を走っている。
四人が校門まで迫ると、校門前で何やら彼らを待っていた。と言わんばかりの態度で手招きをしながら、金髪の長髪を靡かせ、薄レンズの黒縁眼鏡をかけた白衣を羽織る女教師がいた。
まだ走っている四人に対して醸し出す雰囲気は呑気そのものだが、彼らを急かすように手を振り、こちらに向かって声を上げている。
「はーい!四人ともセーフっ!三河さんが遅刻しかけるなんて、珍しいこともあるものね。さてはこの三人が悪さをしたとか~?それとも三河さんも加わったのかな?」
「大体……!そんなっ!ところですっ!」
「そんなわけないじゃないですか!マッドサイエンスも大概にしてくださいよ!」
「これはマッドサイエンス関係ないと思うけどなぁ……」
鋳鶴が息を切らしながら金髪の女性にそう報告する。
反論する歩とそれを宥める要は、まるで姉妹の様に見えた。
彼女の名前は白鳥要、年齢は不詳でこの陽明学園の生活指導を任されている教員だ。
去年は、鋳鶴たちのクラスで担任を務め、成績は可もなく不可もないが、生徒たちの仲の良さを重視したクラスを作り上げた立派な教員である。
去年、鋳鶴たち全員を率いて学園における年間行事における成績が6クラス中ですべてにおいて3位以内の成績を収めていたとのこと、鋳鶴の通う陽明学園普通科の年間行事は、球技大会、体育大会、合唱コンクールと3種類である。陽明学園普通科には、運動神経に突出した生徒たちの集まるスポーツ科も併設されているのだが、球技大会も体育大会もスポーツ科と肉薄する程の力を見せている。
そして合唱コンクールも優勝しており、ピアノを弾いたのは鋳鶴、皆を指揮したのは歩という事である。
白鳥要の備考として現在、彼氏は募集中。学園に来る若い教諭に接近しては自己紹介をしている。
スポーツ科にスポーツで肉薄できるようなクラスを率いていては、学園に欠かせない教員としても働いている彼女、そんな事をしていては、彼女が学校で有名なのは当たり前と言った所だろう。
彼女の功績だけではなく、極めつけはなんといってもその性格と趣味だ。
少々ぶっきらぼうで、適当な一面もあるが、担当する生徒以外にも優しく、情が深い。どの科の生徒も区別しないというこの学園では珍しい教員の一人である。
しかし、裏の情報(土村情報)では、マッドサイエンティストな一面もあり、特殊な異能、魔法を使う生徒は彼女にその場で調べさせてくれない?などと頼まれ、嫌がる場合などはどんな手を使ってでも生徒を捕獲し、その子を解剖したがるというところがある。
今まで彼女の犠牲になった生徒はいないはずだが、とんでも発言や行動をよく起こしてしまいがちの教員だ。
「情けないぞ。その程度で息をあげるとは」
歩が立膝を着いて、息を荒げている鋳鶴を見てそう言った。
鋳鶴に反論の余力はなく、歩を見つめながら言葉も話すこともままならない。一度、落ち着いて深呼吸をすると、鋳鶴は乾いた口を開く。
「だって仕方ないでしょ!?朝ごはんっ……!あんまり食べてないからっ!」
「ははーん、さては姉妹どもに虐められでもしたか」
「まぁ……そんなところ」
桧人が呆れながら両手を振り、立膝をついていた鋳鶴の手を取る。
「息が整うまで二人で休憩でもしているといい。とりあえず影太、俺たちは先に行くぞ!」
影太はその場で突っ伏したまま桧人の号令に合わせて敬礼した。鋳鶴の様に立膝ですればいいものの、突っ伏したままの敬礼は聊かその体勢で居る方が肉体的に負荷がかかるでのはないだろうか。
「……了解……」
「とっとと行くぞ!」
桧人はその場で突っ伏している影太の制服の襟元を掴んで、影太を無理矢理立ち上がらせる。二人の身長差のせいもあるが、その様子はどう見ても腹話術師と人形そのものに見えある。
二人は歩と鋳鶴には目もくれず、一目散で自分の下駄箱に向かった。要は一連の動きを開いた口がふさがらないといった状態で傍観している。
「前年度の時点で説明した通り、下駄箱にクラス案内が貼られているけれど、四人は今年も私のクラスだからよろしくね。今年から二年生でいろいろ大変なことになりそうだけれど」
嬉しそうに悩んで見せる白鳥女史は、歩など眼中にない。と言わんばかりに、鋳鶴に視線が釘づけだった。
鋳鶴は中等部に居る時から彼女にとって格好の標的、そのマッドサイエンティスト的な視線は、鋳鶴の全身を舐めまわすようにくまなく視界に捉えている。
彼女の視線を感じて鋳鶴は蟹歩きで移動し、歩の背後に隠れた。
「望月君!今年からはもっと大変なことが起こる気がするから、あなたがもし死んでしまったらその肉体を解剖させてね!普通科にして溢れんばかりの魔力を持つ君の肉体にはとても興味があるの!だからね!?」
「だっ!駄目だぞ、先生!鋳鶴が死んでも私が解剖を許さん!」
「私は、三河さんも解剖したいのよ!?」
彼女の一言に歩の顔が凍り付く、それを見て白鳥女史は涎を垂らしながら彼女を見つめ続けた。白衣の袖で彼女は口元に付着した涎や唾をふき取りながら眼鏡を光らせている。
「せっ!先生!僕もそろそろ回復したので教室に向かいますね!」
鋳鶴は歩の目を覆いながら、彼女を抱き抱えて白鳥女史に頭を下げた。嫌がる歩をよそに、鋳鶴は彼女を宥めながら下駄箱に向かった。
下駄箱に向かうと、掲示板に一組と書かれた紙が貼りつけられている。鋳鶴がそれを眺めていると、抱き抱えられている歩が再び暴れ出す。
「おい、そろそろ降ろしてくれ!恥ずかしくてかなわない……」
「あぁ、ごめんごめん」
鋳鶴は抱き抱えていた歩を降ろして、制服の皺を取り払う。歩は鋳鶴の行動に、小声で謝罪を述べると貼り付けられた紙を眺める。
そこには、それぞれのクラスの早見表があり、二人は自分たちの名前と、影太と桧人の名前が載っているのも見つけて顔を見合わせ、教室へ続く階段へ向かった。
「今年も同じクラスか、きっと白鳥先生の仕業だろうな」
「先生も言ってたけど、僕は皆と同じクラスでうれしいよ。もちろん歩と一緒なのもね」
歩は真顔のまま鋳鶴の発言に顔を赤らめ、視線を逸らす。
鋳鶴は彼女の行動を微笑ましく思いながら、二階の教室フロアにたどり着く、自分達のクラスを遠目で見ると、クラスの前で桧人と一人の女子生徒が数十メートル離れている二人にも聞こえるレベルの声。いや騒音と言うのが正しいだろう。そのレベルの声量で言い争っているのが見える。
「なんで私は6組なのに桧人が1組なわけ!?信じらんない!」
「仕方ないだろう。お前がスポーツ優先で生きてて普通科に在籍してんだから、それに6組以外は普通科の生徒なんだから仕方ないだろうよ。諦めな」
「嫌!嫌!嫌!いやぁ!桧人が他の女の子と話しているのを見るなんて耐えられないわよ!どうしてくれるの!?」
「どうしてくれるのと言われてもなぁ……」
「どうしたんだ二人とも」
先ほどまで顔を赤くしていた歩が、喧嘩の仲裁をするように2人の間へ割り込むように入って行く、桧人と話している間に歩が割り込むと少しだけ吠えていた女性が不機嫌そうな顔をした。
「歩でさえ、私と桧人の間に入って来るのが嫌なのよ!?わかってる!?」
「あのなぁ。詠歌、歩はずっと昔からの友達なんだから許してやってもいいんじゃないかー?そこまでくるとちょっとめんどくさい」
「めんどくさぃぃ!?めんどくさいですって!?もう大っ嫌い!」
詠歌という少女は胸に校章とクラスの番号が記されたバッチをつけていた。
鋳鶴たちの通う普通科には胸に陽明学園の校章とそれぞれのクラスの番号が書かれたバッチをつけている。
鋳鶴たちは1と書かれたバッチをつける予定なのだが、まだ担任が生徒たちに配っていないため、胸にまだ番号はついていない。
廊下で桧人と喧嘩していたのは鈴村詠歌。
二年生から普通科の6組が、スポーツ選抜と呼ばれる生徒たちの教室になっているため、鋳鶴たちとクラスが分かれてしまい。教員に抗議するなど、問題を起こすが、良い意味でも悪い意味でも破天荒な女子生徒である。
また、桧人の彼女を自称しているらしく、彼に近づく女子生徒は、友人の歩であろうとも許さない。
そんな彼女が得意としているスポーツは、陸上の短距離走で中等部の頃から全国大会に出場し、彼女の実力は学園中だけでなく、全国でも指折りの選手との事だ。
性格には問題がある。が、その問題は全国レベルの短距離走というものに対するリスクだろう。
彼女は練習にも妥協することなく、全国レベルになってからも毎日の様に最後まで居残り練習をし、走り込みをしているという。
「やっと行ったか」
「詠歌は厳しいね。桧人もごくろうさん」
「どっかの誰かさんみたいに、馬鹿みたいに素直で厳しい女の方が俺はやりやすいが、あいつはあいつで歩にはないところがあるからな」
「うっ!うるさい!」
「誰も、三河歩とは一言も言ってないがな。自覚症状があったのか」
桧人はにやにやしながら歩を見つめる。悔しそうに歯ぎしりをする歩を見て、鋳鶴は心配そうに声をかける。
「それが、歩のいい所だし、別に目くじらを立てる必要はないと思うけどなぁ」
歩は再び顔を赤らめながら、その場に座り込んだ。にやけ顔だった桧人が、これには耐えきれなかったのか、大きな声を出しなが抱腹絶倒の様相を見せる。
「……彼氏(仮)に激情する全国屈指の美少女スプリンター……頬を赤らめる風紀委員……売れる……はっ……!」
影太がカメラで撮影したものを確認していると二人の影を背後に感じる。
ゆっくりと振り返るとそれは、激昂した桧人と歩だ。当たり前ではあるが、自分の彼女(仮)の写真を撮られたこと、と自分の頬を赤らめているという恥ずかしい場面を影太に撮られたことに怒りを感じたのか、二人は影太を完全に殺気だって背後に立ち、見下ろしていた。
鋳鶴はそんな事はお構いなし、今年も同じでクラスの生徒たちと話を交え、握手をしている。
「……いや……これはそのだな……南無……!」
「逃がさねぇ!このエロフェッショナル!」
「許せ影太、それを広められるわけにはいかないのでな!!!」
「……あまり使いたくはないが……!」
桧人の拳と歩の木刀が影太に今、振り下ろされようとしている。が影太は瞬時に両手で何やら印の様なものを指で組んだ。すると二人の前から姿を忽然と消し、二人の視線を逸らした。
消えた影太の跡を見ると、黒い影のみが、その場に存在しているのが分かる。二人の攻撃は影太を捉えることはない。
影太は地面に現れていた影になり、二人の視線を釘付けにする。
二人はためしに地面に向かって攻撃を加えるが、床に傷をつけるだけで周囲にはそんな二人を嘲笑う影太の笑い声が響き渡るばかりでやる気を削がれた。
体のない人間の影は本来、存在するはずはない。が存在しない肉体から出たであろう影は、まるで影絵の様に教室の床で活き活きと踊っている様子が見て窺える。
「……土村流忍術……影這……」
「んなっ!」
「影太!今ならまだ許してやらんまでもない!」
「……では詠歌の生写真と、鋳鶴がシャワーを浴びている写真はいらないんだな……?」
影太の謎の脅迫に二人は動揺の色を隠せない。
実はこの2人も自分の好みの写真を各々、影太に要求しており、彼の中では昔からの根強い客として扱っている一面もある。
自分の気持ちを知られているはずだが、一歩踏み出せない歩は鋳鶴のオフショットを影太に依頼し、詠歌を彼女ではない。と言い切る桧人も彼女のスポーツに勤しむ姿を撮影した写真を影太に所望している。
素直になれない方にも、エロフェッショナル土村影太は、等価交換で自分の技術を貸し出すのである。
一気に形勢逆転し、影太は二人を尻目に、自信あり気に鼻息を荒くしながら、影這解き、廊下に出てすかさず逃走を図ったその時だ。
「影太ー?僕の写真って何かなぁ」
「……あ……」
鋳鶴が影太の頭を背後から鷲掴みわにしながら、威圧感溢れる口調で笑っていた。が、瞳の奥は笑っていない。自分の家でシャワーを浴びている状況を盗撮されている。ということは自分の姉妹も常に盗撮させてもらっているぞ。と言っているも同じこと、と考える。姉たちの事は鋳鶴にとってまだよかったのだが、下の姉妹二人を撮られているかもしれない。という事を考えると瞳の奥が笑っていないことも仕方ないことである。
「……ゆりちゃんと神奈ちゃんは撮影してないぞ……!……これは誓う……!」
影太のその言葉を聞いて鋳鶴は彼の頭を鷲掴みしている腕の力を少しだけ優しくした。
その隙を狙って影太は鋳鶴から逃げ出そうとする。彼は流し目で歩を見送った。はず、が新たな手が影太の胸倉を掴む。彼の胸倉を掴んだ手は、指は隠れているが、手の甲が見える様に作られた革製で漆黒のグローブを着用していた。
漆黒のグローブから垣間見える色白な手の甲は影太の体を持ち上げるには、あまりにも細すぎる。
「おい。影太、アタシを置いてくとはどういうことだ?」
影太は恐る恐る胸倉を掴んだ腕の先を薄目で見ると、学園が支給する制服にスリットを入れ、生足が見える様に改造しつつ、踝ほど伸びているスカート。
それと同じぐらいまで伸びきっている毛先まで丁寧に手入れされている綺麗な髪を靡かせ、更に制服の上半身と下半身の境目には、彼女の腹部が露わになってヘソが見えるという仕様になっている。
そして彼女が一番人の目を引くのは、眉間に皺を寄せているのが常の彼女が腰にぶら下げている猫の刺繍がされたボクシンググローブだ。
歩の木刀と一緒で彼女も武器を所持している。歩はおそらく、常に携帯していないと落ち着かないというものではなく、護身用に使う武器だろう。
「……あっ……荒神……」
彼女の名前は、荒神麗花。
陽明学園普通科の女番長、中等部の頃から彼女は恐れ知らずで、他の科の生徒とも喧嘩することがよくあったほどである。
考えることより先に手が出るタイプではあるが、なによりも友人のことを考えて行動するタイプだ。
いつも影太と一緒に居てはよく周りからはいじめていると思われがちだが、鋳鶴や桧人たちからすればそれは麗花の愛情表現として見ている。
しかし、彼女も裏では人気が高く、学園の中でも彼女に殴られたいだの、蹴られたいだの言っている男たちの存在があるため、彼女の人気も底知れないものだ。
ただ、あまりにも勿体ないのは、そのまな板と名付けられた程の胸の無さ、彼女は陽明学園で唯一、影太が触れても彼が、鼻血や汗を流すことのない女子生徒である。
「あんまり盗撮ばっかりしてんじゃねぇよ」
「……これは盗撮ではない……!」
真面目な顔を見せる影太に呆れ気味の麗花は、彼の胸倉を掴んだまま巴投げで彼を廊下まで投げ飛ばした。
それと同時に、影太のカメラは彼の手を離れて宙を舞う。そのままカメラは誰の手にも触れられることは無く、無情にも床に直撃し、カメラは原型を留めなくなるほど損傷してしまっている。
「……こっ……こいつ……!よくも……よくも……去年で何台お前はカメラを壊したと思っている……!」
「一学期に3台、二学期に4台、三学期に2台か」
「……そこまで毎年破壊されていたら……もう生涯にお前が壊すであろうカメラの台数はおかしなことになるぞ……!?」
「そんなもん高校までだろ?それ以上一緒かなんてわかんねぇんだし」
「……俺はお前と一生関わっていかなければいけない気がしてならない……」
「はっ!?はぁっ!?おっ!お前何言ってんだよ!」
声を荒げる麗花を見て疑問視する影太、その表情を見て鋳鶴と桧人は呆れ気味に肩を落とした。
「それより荒神、遅刻はしなかったのか?」
桧人は再び影太の胸倉を掴んでいる麗花に話しかけた。麗花は桧人からの突然の質問に影太を離し、影太はその場で崩れ落ちた。
「あぁ、ギリ遅刻だったなぁ。珍しく遅刻なんてしちまった。今日は学校じゃないと思って近所とかを走ってたからよ」
「ほんとに麗花は自分に厳しいよね。影太も今度一緒に連れて行ってあげたら?」
鋳鶴の提案に麗花は崩れ落ちた影太をもう一度持ち上げて、振り回す。
「はぁ!?誰がこんな奴なんかと!」
「……荒神が嫌なら俺は走らないが……?しかしだ……朝は弱くてな……」
「いっ!?嫌……嫌?嫌ぁっ!?」
「そんなことはどうでもいい!後で話し合え!とりあえず、白鳥からもらったんだがこの資料を見ろ」
桧人が手に持っているプリントを叩きつけて机の中心に全身の視線を集中させ、机を囲む。
そこには陽明学園普通科球技大会のお知らせと書かれた紙が置かれていた。
明日のお昼には三話を出そうと思っています。よろしくお願いします!