第37話:魔王と魔法科の試練
第37話です
よろしくお願いします
「「うーん、やっぱり腕の方が外しにくいですね」」
「「同じ様には外せないか。魔法科も考えてか、難易度を上げているのやもしれんな。だが攻略法は同じだ」」
おっさんは簡単そうにそう吐き捨てた。
「「足が自由になっただけ良いと思いますけどね。それにしてもこんなのクリアできる人居るんですかね?」」
「「居ないだろう。恐らくだが。しかし、これをクリアできない様では勿論、魔法科への潜入任務は失敗に終わる上で魔法科への勝利は遠のくだろうからな」」
「「情報は大切ですけどねー……。なんか試験をこうしてクリアする方がマズい気がするのは僕だけですかね」」
「「何がマズいんだ?正攻法じゃあないか。それになりふり構っては居られないだろう?目立つ事を良い事と捉えるしかない」」
鋳鶴を鼓舞するおっさんの横顔は微笑んでいる様に見えた。交代すれば即座に終わる様な試験ではあるが、それを鋳鶴が静止し、自らの実力で試験という階段を上る様子を目の当たりにしているのだから、それは至極当然にも思える。
誰かに何かを教え、教え子がその理想を上回り試験を乗り越える様子は見ていて気分の高揚を抑えるのは難しい。おっさんの高揚感を間近で理解しつつ、またその期待に応えようとするのが鋳鶴である。
「「それにそもそもだ」」
おっさんは咳払いをすると千鶴に周囲を眺めるように無言で訴えた。
それは遠目にも見える魔法科編入希望生徒たちの視線である。編入希望者の中でも背丈が異様に高く、女生徒にしては大柄で名前は望月千鶴。
勿論、彼ら彼女らだけでなく、魔法科の生徒も千鶴の事を一目見ようと校舎から乗り出さんとしてる。
「「えぇ……」」
「「難解な試験を続々パスしていく生徒が居れば否が応でも注目はされるだろう。というよりもそういう宿命のもとに君は生きているのもしれないな」」
「「そんな宿命願い下げですよ!」」
「「それにだ。望月千鶴は可愛い。これも断言しよう」」
おっさんの一言で鋳鶴は常日頃、家族だけではなく、普通科の面々にも口を揃えて言われる言葉を思い出す。
「「これがあれですか……。家族や皆にも言われるあれですね……」」
「「あれだな。女性として生まれていれば完全無欠だったのに。という決まり文句だな。勉強は中の下。身体能力抜群。炊事家事洗濯のプロフェッショナル。欠点と言えば機械音痴ぐらいからな。俺からすれば男性でもそういう個性は悪くないと思うがね。この前インターネットで調べた時に出たギャップ萌えというやつか」」
「「ちょっと違う気がしますけどそういう事にしておきましょう」」
生徒たちの視線を感じると千鶴の集中力も散漫になってしまい。先ほど完全に掴んだ感覚が頭の片隅から欠落してしまいそうになる。
「唯一だってよ!」
「もしかしてあれクリアすれば魔法科生ってこと!?凄い!」
「純血でも無ければ魔法を取り扱う経験もないって聞いたのに?そんなまさか……」
千鶴は言わずもがな今現在魔法科で最も注目を集めている生徒だろう。何せ途中編入で魔法科に入学せんとしている生徒が魔法科の生徒でも難しい試験を楽々抜けていると知れば自ずと観衆は増えてしまうものである。
喜々とする者。危機感を感じる者。認めんとする者。その様子を見守る者。存在はそれぞれだ。恐らく陽明学園創設時から存在する魔法科初の出来事であり、偉業である。
魔法科には魔術を扱う家系の生徒。世間でいう純血の人間と純血の人間と魔法族ではない様な一般人等と結婚した子孫である半純血の者。最後に陽明学園中等部から入学する魔法族の血を持たぬ者だ。
千鶴は魔法族の家系ではあるのだが、魔法族の血を持たぬ者に該当する。
家系的に言えば望月家はカイゼル家という今は無き魔法族で指折りの名家の子孫であり、元を辿れば世界有数の魔術の素養があっても何ら不自然ではない。厳密に言えば勿論、望月家も魔法族の血は流れているのだが、現在の望月家を語るにはまず望月三十郎と望月雅、霧谷夫婦の話になってくるだろう。
その3人がそもそも魔術を得意とする人間では無い為か、魔法族はカイゼルの血を引く彼らをどう評すれば良いか悩みどころなのである。
元世界最高の魔法族と言えば納得をする者も多数ではあろうが魔法族からすれば何故カイゼルの血を引く名家が魔術を要さない私生活を送り、その血を薄くしてしまったのかと否定される事も多い。
ただ望月霧谷、雅夫婦は魔王スレイから世界を救っているという実例があるので表沙汰になる様な事でも無いのである。仮に表沙汰になったとしてその起因になる人間がどうなるかは言わずもがな分かる結末だ。
だからこそ誰もあの夫婦には何も言わないのである。
霧谷は笑って許すだろうが、雅の思考や行動がどうなるか予測不能な為だ。彼の機嫌を損なう事があろうとも彼の望む物を渡せば霧谷の場合は笑顔で許諾するだろう。
反対に雅の方は彼女に所望する物が無ければ最悪のケースが考えられるので彼女に関する発言には各国首脳陣はより一層気を使っているのである。
下手をすれば自国に大損害が与えられかねない。望月雅は軍事兵器よりも遥かに強力で強大な一個人なのだから。
「「鋳鶴」」
「「何ですか?」」
「「緊張は?無さそうだな」」
「「むしろ注目されて少し燃えてるかもしれませんね」」
「「いつもより減らず口が達者だな。だが、それでいい。確かな自身で手錠を開錠さえ出来れば今後にも繋がるからな」」
自分の生まれや家を顧みながら今一度、手枷に向き合う。少しだけ両腕に魔力を通すと理解出来る。この手枷がどれほど開錠するための魔力を通す筋道の細さ、鋳鶴が例えるならそれは裁縫の初めに通す針の孔だろう。
それなりに慣れている筈のものに近いがその難易度は千鶴の体から溢れ出ん多大なる魔力がその小さすぎる針孔には不相応な太い糸にさせているのだ。
裁縫ならば糸や針の種類を変える。先端を湿らせる。など様々な対応策を講じる事が出来る。だが手枷は違う。
「針孔は限られている。なら糸を細く……。蜘蛛の糸よりも強靭にして切れない様に……。今の自分に出来る事をやり切れ……。」
脳内で思い描くのは一本の細長い糸と針の孔。
これに時間をかけている様では本人が満足のいく裁縫など出来ようか。
家族の脱ぎ散らしや無理な着こなしによって解れるボタンや衣服の損傷を修繕出来ようか。
日々あの傍若無人な姉妹たちの世話をこんな糸通し如きで苦戦していて出来ようか。
途方もない日常の苦悩を思い返すあまり、鋳鶴もとい千鶴にはもうおっさんの声は届いていない。聞こうとしない訳でもなく、無視を決め込んでいる訳ではない。ただ、無心で目の前のそれに極限の集中
力を見せていた。
自然と体は前傾姿勢になり、その姿勢になった上で両腕だけ自然と前に出る。
「糸を通す、糸を通す、糸を通す、糸を通す」
「「おおっ!」」
おっさんの雄叫びも勿論、彼女の耳には念仏である。しかし、その集中力の賜物で今にも手枷は外れんばかりに繋ぎ目部分が青白く発光し、振動音を奏でていた。
「糸を通す、通った……!通った……」
通った。という千鶴の発言は聞いたものの未だに手枷は外れない。振動音は彼女の呟きと比較するとより大音量になっていることが実感できる。
「「ちづ……」」
おっさんがいつもの様に背後から千鶴に語り掛けようとしたタイミングで彼女の肩に触れようとする手が拒絶される。何時もならばそうして彼女の心により入り込み、彼女の変わりに行動をする事や思考を共有する事ができるのだ。
触れようとした手はまるで電撃でも浴びせられたような痺れを帯びている。おっさんは気を取り直して彼女に間髪入れずに触れようとするとテレビ番組の再放送かの如く、再び弾かれてしまった。
「「千鶴……?鋳鶴!?」」
おっさんの必至の呼び掛けも虚しく、ただ彼の周囲にこだまするだけだった。
――――――――――
「もう少し、もう少し!」
鋳鶴は集中していた。それこそおっさんの声も耳に入らない程に、彼の両腕に装備された枷は今にも外れようと振動音を奏でながら小刻みに動いている。
いつもおっさんと話合う時に2人で引き籠る精神世界で鋳鶴はただ1人目の前のそれに没頭していた。
「なぁ。このピアノってどうやって弾くんだ?」
鋳鶴の背後から突如質疑が飛ぶ。
「へ?」
枷に集中させるべき魔力を維持したまま鋳鶴は精神世界で響き渡る人の声に耳を傾けた。
背後から声をかけられている為かその容姿は例えるならば白い影がそのまま人の形を保ち一人でに動いているという様相だろう。
「質問しているのは私だ。何故ここにピアノがある?そしてどうやって弾くんだ?」
白い影は不愛想にそう吐き捨てた。
「どなたかは存じませんけど、それは僕自身が此処に居る時に弾くためにあります。それこそ集中力が欲しい時とか、誰かにお説教とかされてて現実逃避したい時とか。何より今は見当たりませんけど連弾してくれる方が居ますから、その人の趣味もあると思います」
「へぇ、この殺風景な場所にピアノがねぇ」
僅かな墓標が犇めく、青空の広がる荒廃した大地。その中心に2人の為のピアノは存在する。白い影はピアノの椅子に体重を全て預けるかの様に腰かけた。あまりの衝撃に椅子の軋む音だけが周囲に反響した。
「あ、貴方こそどなたですか!人のテリトリーに!」
それは不愛想に品性の欠片も無い手つきでピアノの鍵盤を弾いた。
「私も彼の様なものさ。彼と違って私自身の正体は今すぐにでも明かせるが、君によっぽどのことが起きない限り私は本来出てくる事は無い。そして君に私の事をバラせば何が起こるか私にも到底理解も予想も出来ないからね。まだその時期じゃあないのさ。ただ、もう1人。君の奥底には私が居ると認識してほしかったというかね」
「じゃあ何で今回は出てきて下さったんですか?」
「ん?それはだね。君が情けない試験なんぞに手こずってオウムの様に繰り返し同じことを言いだしたのを見かねてね。勘違いしてほしくはないんだが、私は彼の様に過保護ではないからね。どちらかと言えば嘲笑いに来たと思ってもらった方が良いかな」
「どうしてですか?」
「私は君が好きじゃあないのさ。というよりも望月一族が好きじゃあないんだ。三十郎の事が最も私は嫌いでね。孫の君も勿論嫌いだし、何なら多分末代まで望月一族を憎むだろうな」
「それでもこうして僕と会話していただけるのは喜ぶべきなんでしょうか……」
白い影は口を噤んだまま鋳鶴との会話を止めた。
「おっさんも最初はそうだったんですけど、多分お互いにまだ何も知らないだけなので穏便にいきましょう。爺ちゃんが貴方に何をしたかは分からないです。けれど望月一族全員を恨むのはまた別なんじゃあないですか?それに僕の体に居るんですから僕ともですけど、おっさんとも仲良くするのを約束。いや協力してほしいです」
白い影はゆっくりと椅子から立ち上がり、鋳鶴の前で背を見せながら伸びをする。
「気が向いたらな」
影との会話を終えると、千鶴の視界には魔法科の教室の景色が広がる。視界は晴れ、精神世界から出た鋳鶴は自身の両腕に視線を向けた。
「と!取れてる!取れてます!」
千鶴は目いっぱい試験官に満面の笑みを浮かべながら両手を広げて見せた。
「はっ、はい。見ていましたから、これで最終試験も終了になりますので発表を職員室前の廊下でお待ちください」
―――――魔法科校舎 職員室前―――――
千鶴は小ぢんまりとした椅子に腰かけて案内を待っていた。
「「鋳鶴……」」
「「もう1人居ました」」
「「もう1人?」」
「「おっさんじゃない方の居住人みたいな?」」
「「だから俺の声が聞こえなかったのか……。どんな奴だったんだ?」」
「「姿は見えなくて……。白い影でしたね。悪い奴みたいな感じでしたけど、根は良い奴なんじゃないかなぁって……」」
「「どういう事だ。初対面だろう?何か根拠があるのか?」」
「「んー、無いですけど……」」
「「あのなぁ……俺に対してもだったが、警戒心が無いというか好奇心が旺盛すぎるというか」」
「「自分の体の問題ですからね。自分が一番知っている筈じゃあないですか」」
「「君は医者じゃあないだろう?それに俺の正体だって知らないのだから、自分の体で知らない所があるのと一緒だろう?」」
「「だってー」」
「「だってーで大事に関わる事もあるのだからだってでは済まされないぞ。全く」」
おっさんは頭を抱えながら鋳鶴に背を向けた。
「どういう理屈かは知らんが、俺が干渉できない程の力を持っているという事か、検討はつくにはつくが……。あくまで推測の域を出ない。鋳鶴には内緒にしておくか」
おっさんが鋳鶴の問いかけを無視し続けていると、魔法科の生徒が呼びに来た。
「お待たせしました。望月さん。こちらに」
千鶴は魔法科の生徒に案内され、外に出る。久しぶりに吸う外気は彼女の肺を存分に膨らませ景気よく鼻息を吐いた。
「良い空気だなぁー」
千鶴の気の抜けた言葉に合わせるかの様に彼女を連れていた生徒が振り返った。
「この度はお疲れ様でした。結果としては全科目を望月千鶴様はパスされました。よって陽明学園魔法科への編入が公式に認められます」
「本当ですか!?良かったぁ嬉しいです!」
「「心にもないことを……」」
鋳鶴の千鶴としての演技におっさんは半ば呆れながら溜息をついた。
「つきましては望月千鶴様は魔法科寮での生活をご希望でしょうか。それともご自宅からの通学をご希望でしょうか」
「寮生活でも良いですかね。魔法科への見聞をより広めたくて!」
「「その方が情報を集めやすいだろうからな」」
「「勿論ですよ」」
「そうですね。女子生徒寮で空きがある部屋は……ありませんね。相部屋でもよろしかったでしょうか?」
「はい。それで……あ、でもお相手の方はどういったお方か教えていただけると……」
「データーベースを確認しますので少々お待ちください」
「「相部屋か……。1人部屋の方が良いんじゃあないかな?」」
「「うーん、それもそうですけど同じ魔法科の生徒の方でしたら意外と知らない事も聞けるでしょうし」」
「「相手にもよるだろう。何せ陽明学園由緒正しき歴史の長い魔法科が、厄介者も居るだろうしな。俺は君がいじめられたりしないかが心配なんだ」」
「「そんな訳ないじゃないですかー。穏便に行きましょうよ穏便に」」
「「穏便にいくわけがないだろう。腫物を触る様に接されると思うがね。陽明学園魔法科の試験をパスして編入されるわけなのだからね。やけに格式だけ高い様な所に今まで魔法もろくにやってませーんみたいな人間が入れば嫌でも噂は立つだろうし、物見客は出てくるものさ」」
「「同室の人が良い人かだけ祈っておきます……」」
「えぇ、はい。はい……。一応ですがすべての課題をパスされたので、えぇ、よろしいでしょうか。かしこまりました。それでは」
試験官の生徒が生徒手帳の通話機能を使いながら千鶴に目配せをして話を続ける。
「「魔法科もそういう所は変わらないんですね」」
「「魔族では念話と言われる事はするがな。あぁいう文明の利器に頼るのも人間なら悪くないんじゃあないか?」」
「「念話って何ですか?」」
「「言葉のままさ。携帯電話の通話の様な事をその媒体無しで成立させる。機械と比べて若者の良く言うあれだよ。通信費というものはかからない。自身の魔力を使う事はあるだろうがな。ただ、魔力や集中力が無ければ途切れやすくもなるだろうし、人間で会話を成立させられるのは一握りの人間だと思うがね。一方的に話すなら別だがね」」
「「僕にもできますかね?」」
「「無理だな。受け取るだけなら簡単だが、会話を成立させることは出来ないだろう。魔法科の生徒でも出来るのは数えるぐらいしか居なさそうだ。そもそも念話が出来ないからこそ生徒手帳の通話機能を使うのだからな」」
「「それはそうですね……」」
「お待たせしました」
「相部屋ですがご用意が出来るそうなので望月千鶴様がそちらでよろしければ」
「ご用意していただきありがとうございます。お相手の方の事も教えていただけたら嬉しいのですが」
「そうですね。お話させていただくとすれば」
「はい」
千鶴は固唾をのんだ。試験官の生徒も自ずと真剣な眼差しを彼女に向けている。例え相手がどんな人間であろうと、普通科の為ならと考えている千鶴は発表を待つばかりで両手が握り拳になっていた。
「飛び級で入ってきた天才ですかね」
「飛び級!?滅茶苦茶賢いって事ですよね?しかも私よりも賢そうですね……」
「それは勿論です。ですが、千鶴さんは明日から魔法科の生徒になる訳ですから、それに私よりも彼女の方が物知りかもしれませんからね」
「どんな方だけ教えていただければ……、それとお名前も……」
「そうですね。先ほどもお話した通り、彼女はかなりの天才です。魔力量も一般生徒の数倍。ですが、魔術の素養があまりにも乏しく、それは年齢のせいもあるのですが一般の生徒からすれば宝の持ち腐れと嫉妬される事もしばしばです。しかし、彼女は基本的に縒佳様と行動をともにすることを許諾されていますので魔法科でも立場を失わない状況でもあります。天才ではありますが、それは学力や魔力量という所ですかね。協調性に欠ける様な言動はしませんしね」
「それを聞いて安心しましたけど、縒佳さんが一目置いている子でもあるんですね」
「えぇ、彼女の名はアイシャ、アイシャ・ウォルガングです」
―――――魔法科 女子寮―――――
アイシャ、その名を脳内で復唱しながら試験官に案内されるがまま魔法科の女子寮の前に立っていた。千鶴から見ても女子寮は大きく、それこそ普通科の校舎規模にも見える巨大な施設だ。深みのある赤黒い臙脂色を基調とした壁。所々に彩られた金色の線がそれをより絢爛なものとして見せている。
移動中に試験官から手渡された陽明学園魔法科のパンフレットを穴が空かんばかりに凝視する千鶴の姿に試験官はしばしば微笑んでいた。
10階建て玄関は二重の自動ドアでエントランスとロビーを完備。そこには魔法科の生徒ならば誰でも無料で嗜む事の出来るドリンクバーなどがついており、コンビニエンスストアも配備、加えて高級ホテルの様なシャンデリア。普通科との格差を痛感しながら首を傾げつつもそれがこの学園の問題であり、体育大会でその格差を縮める為にこうして潜入しているんだ。と千鶴は再び兜の緒を締める。
「こちらになります」
「でっっ……、大きいー!」
「「千鶴。今、君の中の鋳鶴が出てきていた様だが」」
「「うるさいですよ!今の僕は誰がなんと言おうと女子高校生なんです!」」
「こちらは1階になります」
「うわっ……本当だ……」
自動ドアをくぐった先には煌びやかに光を放つ巨大なシャンデリアと恐らく鋳鶴の人生の中でも最高級品であろう椅子や机も配置されている。ドリンクバーの種類も豊富で女子生徒数名がその椅子に腰かけながら机を挟んで談笑していた。
「「普通科なら男子生徒が炭酸飲料の空き缶片手に下品な話をしているだろうな。まぁそれもそれで普通科の日常という事であって良いとは思うがね」」
「「そもそも普通科ならこういうスペースがありませんよ。食堂で話すかなぁってなるぐらいです。食堂が閉まる時に職員さんに注意されるまで居座る生徒もいますからね。クーラーが良く効いててテスト期間になると大人気のスポットでもありますから」」
おっさんと話していると千鶴は試験官に誘導され彼女たちの隣の席に着席する。
千鶴は彼女たちの存在を気にかけながら、スカート両端を両手の親指と人差し指で優しく挟みながら少しだけたくし上げてお辞儀をした。
そして鋳鶴の時の様にそのまま着席するのではなく、彼の思う上品な女生徒らしく、腰部から太ももにかけて手を引きながらスカートに発生するであろう皺を極力抑えられるように着席する。
「それではご案内を開始しましょう。明日からではありますが、千鶴さんにはこの陽明学園魔法科に編入される事を許諾します。ようこそ魔法科へ」
「ありがとうございます」
「学園生活の形態は魔法科も基本的には他科と何ら変わりはありません。1時限目は朝の9時からです。ご自宅から通学されるのも学生寮に入寮してそこから通学するのも選択いただけます。先ほどお伝えした通り、千鶴さんには寮での生活をしていただきます。よろしいですね?」
「はい」
「基本的に学生寮の設備は24時間365日稼働しています。コンビニエンスストアも基本的には使い放題です。現金は勿論、クレジットカード決済や学園内通貨でも支払っていただく事が可能です」
「学園内通貨とは何なんですか?」
「魔法科には他科と違い、学園内通貨というものがあります。後ほどお渡しする魔法科生徒手帳にその機能が導入されておりまして、例を挙げますと魔法科の生徒や教員で使用できる仮想通貨の様な物です。1万円をチャージしていただくと特別サービスで1万1千円に増額される等の特典が受けられます。それこそ校内でのイベントや行事で優秀な成績、功績などを残されると学園長直々から付与される事もあります。卒業時には貯めた、または残ったその通貨を現金に変換することも出来ます。通貨はマジカと呼ばれています。飛行用箒の貸し出しであったり授業料をそれで工面する事も出来るんですよ」
「へー、最初からは勿論ないですよね?」
「いえ、千鶴さんは編入生であり、特段優秀な成績でその試験をパスされたので3万マジカを付与予定です。普遍的な生徒では1度に3万マジカを付与されるなど中々ありませんよ」
思わずおっさんと顔を見合わせ今にも飛び出さん勢いで喜びを見せる千鶴に彼は呆れていた。勿論、試験官の前に鎮座する千鶴は微動だにしない様に努めている。
「3万でもそんなに凄いんですね……。ちなみに下品な質問になってしまうんですけど、今までの付与マジカで1番高額だった事案とかってどんな事があるんですか?」
「そうですね。それこそ縒佳様がこの前、魔術協会大臣賞なるものを獲得された際には学園長から直々にお呼び出しがかかり30万マジカ程付与されていましたかね。生徒会長の縒佳様と副会長の寿様が良く学園長から呼び出されてそうしてマジカを付与されています。しかし、お二方ともご実家が大変資産を所有されているのでそれでもマジカが余ってしまう一方だとか、いやはや羨ましい」
「魔法科から操業して現金化できるなら凄い良いシステムですね」
「えぇ、魔法科は他科に比べれば莫大な予算を頂いている学科になりますので魔術協会であったり、魔術協会に所属されている主な名家と呼ばれる方々に支援していただいているのもありますけど。それ故に問題も山積みではありますがね」
「そうなんですね……」
「「まぁ、利権争いなどもあるだろうな。普通科よりも競争は苛烈になっているだろうし、魔法科に資金提供をしている名家であればあるほど試験項目の免除等もありそうだな。俺はそう思う」」
「「その根拠は?」」
「「根拠よりもまず、陽明学園の魔法科は日本の中でもかなり技術力が高いと言われているのだろう?それにも関わらずだ。念話等で話す人間が余りにも少ない。それで済む事をわざわざ古来から続く肉声による伝達を利用しているのだからその技術力などたかがしれよう。まぁ一部の生徒は可能ではあろうが、それでも技術力も低いだろう。全くもって嘆かわしい」」
「「そこまで人間側の魔術における技術力を危惧しているなんて……」」
「「意外かね?」」
「「意外も何もおっさんは魔族なんだから気にしなくてもいいんじゃあないですか?」」
千鶴の素朴な疑問におっさんはやれやれと言わんばかりに額に指を立てて首を横に振った。
「「我々としてはだ。まぁ我々というよりは俺のみの見解かもしれないが、相手が強ければ強い程燃える。という所もあるが、何より俺が現役時代にもなればそれはそれは人間側にも強者が多かったものだ」」
「「意外と武闘派なんですね」」
「「勿論だともそれでなければ君の体を俺の制御下に置いて戦う事もないさ。それも君の肉体あってのものだがね」」
「「感謝してくださいよ」」
「「君に?まさか……。肉体さえあれば俺単独で闘うさ」」
「「珍しくツンツンですね」」
おっさんは千鶴の小言を無視してそっぽを向いた。
「それでは行きましょうか。部屋の用意が出来たみたいですので、まずは内覧とルームメイトになるアイシャさんへの挨拶も兼ねてですが」
「はい!」
千鶴は小気味良く返事を返すと試験官は優しく微笑んだ。おっさんは少しへそを曲げたまま千鶴にすべてを任せて言葉を発さぬままその移動を見送りつつも先ほどの女子生徒に対して視線を向けた。
「「妙だな。いや、妙だと思う方がおかしいのだろうか。どうか俺の杞憂であってほしいがね」」
おっさんは千鶴と違って背後に遠ざかっていく女生徒2人を見つめたままその場を後にした。
好きなんですよね。圧倒的な力を使うのも良いけれど燃費が悪くて効率が悪いので効率を良くして戦うみたいな。あと人間&異形の組み合わせが大好きすぎてついついやってしまいますね
次回は3月1日0時更新です
今回も何卒お願いします。少しハンターになってきます