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優しい魔王の疲れる日々(リメイク)  作者: n
優しい魔王の疲れる日々(リメイク)4
37/42

第35話:魔王と試験開始

順調に試験をパスしていく、鋳鶴もとい千鶴とおっさん

2人にとって容易いものであるからこそのハプニングもあるそうで……



―――――検査項目 詠唱力―――――



「望月千鶴さん、席にどうぞ」

 係りの生徒に促されるまま千鶴は再び椅子に腰かけていた。他の試験者はそれぞれ羊皮紙を手に握りしめながら魔術を使用する際に使われる詠唱の内容が刻印されている。

 千鶴は羊皮紙に手を触れると、おっさんが咄嗟に顔を出す。

「「何だこれはくだらない」」

「「えぇ?でもこれってちゃんとしたやつですよね?」」

「「そんなわけないだろう。詠唱など基本デタラメというやつだ。言い方がより悪くなってしまったか。確かに一定の物は存在するだろう。しかしだ。あくまでそれは形だけ、俺が知っている内では詠唱には魔術を形づけるための物と思っている。だからこそ不必要なんだ。なぜなら本来、魔術に形など無いのが正しいのだからな。恐らくここに記載のあるのは何の変哲もないただの魔術。それこそ形成等に意味はない」」

「「確かに僕らとしては魔術の形っていうのは分からないですけど、おっさんたち魔族からしたら常に触れている様なものですもんね」」

「「そういう事さ。絵描きや彫刻家と同じ、完成をイメージして製作を始める。人間は魔術の完成に余り触れないが故に詠唱が必要という事さ。まぁ俺ほどの魔族となれば必要のない事だが、若年魔族なら多少なりとも使用はする。そういう代物だ」」

 千鶴は羊皮紙に目を通すと、それっぽい言葉が並べられている。口にして出すのにはあまりにも羞恥心に耐えねばならない内容と千鶴個人は感じていた。

「いや……、業火とかなんちゃらて……」

 それなりにアニメや漫画を視聴し、購読している千鶴だから事の恥ずかしさがそこにはある。おっさんや真面目に受験している他の生徒には申し訳ない気持ちにはなるが、彼女にとってはこれを口にしなければいけない。という事実に多少なりとも口ごもりしていた。

「「千鶴。羞恥心など捨てなければならない。君の気持ちも理解してはやりたいが、これを恥ずかしがってはいけない。ただ読むだけで良い。いきなり詠唱もなしに魔術を使用出来る事が怪しまれるだろう」」

「「おっさんのあれ見たらなんか無駄だとも思っちゃう僕も居ますけどね。やらかしですよ。やらかし。虹野瀬さんとかに伝わってたら100バレそうな気がしますけど」」

「「そもそも俺が魔法科の人間の立場ならば、望月という名前と鋳鶴の従姉妹という資料を目の当たりにしたら確実にマークするがね。望月家は魔族の中でも有数の家名でもある故に魔法科でもさぞその名は知れ渡っているだろう」」

「「望月の血ってやつですか?」」

「「あぁ、その事なら普通科の図書室にも無い様な事について魔法科の図書室があるのならより深く鮮明に解説されている書物が見つかりそうだがな。君の背中の入れ墨についても詳細に知れるかもしれんが」」

 千鶴は自らの背に手を当ててその掌をそのまま自身の左胸にまで持ってくる。まるで何かに対して思いを寄せるように。

おっさんは千鶴の覚悟を言葉ではなく彼女の心中から察し、それ以上は何も言わず、彼女の試験に対する姿勢が変わった事に僅かながら口角を上げて微笑んだ。

「望月さん?」

「あ、失礼しました。集中しすぎてぼうっとしてました。始めます」

 千鶴はそう告げると試験官は自身の所定の位置に用意された椅子に腰かける。千鶴の背後10mほどに設置されたその椅子には赤いボタンの様な仕掛けが施されていた。

「このボタンを押すと正面に複数枚の鉄板が出てきます。近いもので言うとボウリングのピンの様に出てきますのでそれに対して完全詠唱した魔術をぶつけていただくというものになります」

「完全詠唱できなかった場合は……?」

「完全詠唱できずとも鉄板を数枚破壊する力があれば基本的には及第点という評価にはなりますかね。一定以上破壊した方の中で成績上位者が決まると言った所です」

「はい。分かりました。それではお願いします」

「「深呼吸だ。鋳鶴、君は天才だ。魔力も普通の人間どころか魔法科でも君に匹敵する生徒は居ないだろう。自信は力だ」」

「「やけに励ましてくれるじゃないですか」」

「「だって俺に任せれば余裕で及第点だろうに何故代わらない?それは自分に自信があるからじゃあないのか?それともそれなりに調整してこの項目をパスしたいのか?炊事洗濯ならば器用な君だが……」」

「「うーん、でもカンペ見て魔力を出すだけですから簡単かなぁって思ったのもありますし何ならおっさんに頼ってばっかりも駄目なのかなって思ったり」」

「「そうか……。向上心は良い事だ。だが、魔力を込めすぎても込めなさ過ぎても丁度良い魔術は放てない。今回は見守るだけにさせてもらうよ」」

「「おっさんを不安にさせるどころか魔術の素養を不安視させないぐらいの成績を残して見せますよ」」

 根拠のない自信を見せる鋳鶴を見ておっさんは笑い堪えながら軽く咳払いをした。冗談混じりの強がりは多少なりともおっさんの頬を緩ませる程度には可愛く聞こえるものである。ただ、彼に気を入れすぎてもいけない。と思うところがあるからこそおっさんは笑いを堪えた。

 彼の手にする羊皮紙には目もくれず、ただ、彼を信じて精神世界で座禅を組みながらおっさんはその時を静かに待つ。

「ええっと……大いなる火球は……」

 魔術を使用する事に対して大切なのは自信である。彼は魔族ではなく、純粋な人間なのだから、自身の様に矮小な存在の頃から魔術を使用出来るわけでもなければその技術を授かる人間も限られている。

 魔族の敵としてよく名を聞いた望月家の長男でも魔術の詠唱程度でどぎまぎしてしまうのだから。

「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

「「どうした!千鶴!」」

「「おっさん!?聞こえなかったんですか!?」」

「これは……」

 魔法科の生徒が立ち尽くす千鶴の隣で腰を抜かして立てなくなっている様子がおっさんには理解出来た。少しだけ真っ青に見える彼女の表情の先を見ると、そこには魔法科で用意されたボウリング状に隊列を組んで並べられた鉄板が綺麗に火球の形を描いたかの様に綺麗にくり抜かれている。

「「なんだ上出来じゃないか。完全詠唱出来たのだろう?」」

「「何か調節が出来なくて……、隣の教室も破壊してるんですよこれ……」」

「「完全詠唱は出来たものの。力の調節が上手く出来ずにかなりの出力で魔力放出をしながら火球を出してしまった。という感じか」」

 千鶴が放出した火球の詳細は確認できず、おっさんはその有様を設置された鉄板の惨状から察する。と同時に魔法科生の膝が笑ってしまい立てない様子を見かねて思わず微笑んだ。

「「やってしまったものは仕方ない。君は力加減も出来ん大馬鹿者という事は理解出来たからな。それに」」

 おっさんが見たその有様は隅に配置された鉄板が原型を留められない状態であり、まるで溶岩で焼かれた様に溶けている様子が見れる。何よりも鉄板という実質緩衝材があるのにも関わらず、千鶴の完全詠唱で放たれた出力制御が出来ずじまいだった火球は隣の教室にまで破壊が侵食してしまうほどの威力だった。

「「してもこれは……、やりすぎでは」」

「「だから言ったでしょ!?」」

「あの……、差し支えないのならお伺いしたいのですが……」

 地面に座り込んで身動きの取れなくなった魔法科生徒が千鶴に向かってか細い声を発しながら近寄った。

「はっはい!」

「望月家の関係者さんですかね……?そうでなかったとしても何処でこれほどの魔術を会得されたのかお聞きしたくて……」

「え、えぇっと……」

「「俺が代わろう」」

 千鶴は無言でおっさんに頷くとおっさんは千鶴と意識を入れ替えた。

「何て言うんでしょう……。普通科にいらっしゃる望月君の従姉妹で!小さい頃にお母様の雅さんからある程度の魔術を習っていたんです!なので完全詠唱までは出来てませんが、ある程度こうして魔力を放出する事が出来るんです」

「やっぱり望月家の方でしたか!それでなら納得は出来ますね。でも普通科の望月君は普通科なのに親戚の千鶴さんは魔法科なんですね」

「それは私の父が陽明学園の魔法科を推薦してくだったのでそうしています。そう簡単に入学する事は難しいかもしれませんが、精一杯私の出来る事をやるまでなので!それに私、鋳鶴君の事があまり好きではないので……」

「「ちょっと!変な設定盛り込まないで下さいよ!」」

「「こういうキャラを出した方が味が出るだろう?俺に任せたまえ」」

「そういう事でしたか……。魔法科としては彼に関して良い噂を聞きませんからね。何とも信じがたい事ですが、寿様や縒佳様の強襲を耐えたとか何とか……。普通科がどんな卑怯な手を使ったかは分かりかねますが、あのお2人が普通科に遅れをとる筈がありません」

「本人からは私も聞いていませんがきっと、そういう卑怯な手を使ったに違いないと思っているので何より好きじゃないので!」

「「……」」

「それなら千鶴さんはきっと魔法科に偉大なる力を齎しに来てくれた。というニュアンスで良いかもしれませんね!ありがとうございます!」

「いやいや……私なんてまだまだなので、それでは次の会場に向かいますね!」

 そう言い残して千鶴はその場を後にする。次の試験内容を確認しようとすると、鋳鶴はおっさんに交代をせがんだ。

「「あのなぁ……。咄嗟の機転で何とかなったものの。あまりに軽率すぎるぞ。ただ、君を多少なりとも傷つけたかもしれない事は謝罪せねばならないな」」

「「む。そういう気持ちがあるなら全然構いませんよ。それに僕が悪いですからね」」

「「君は言うなれば理科室って所の水道さ。少ししか蛇口を捻ってないのにも関わらず。シンクからはみ出んばかり水が溢れてしまう。ちゃんと調整が出来ていれば良いのだが、君はまだ未熟だから仕方ないさ」」

「「人間界の理科室なんて良く知ってますね。物知りが過ぎますよ」」

「「何、古い友が教えてくれたからな。君にはまだ伝えられないというか、何よりも伝える事が出来ないという奴だ」」

「「音が掻き消されちゃう呪いでしたね。最近無くて忘れてましたよ。それだけその人との思いでよりも僕らや普通科の皆との思い出が増える事が大事ですから。おっさんが少しでも柔らかーい魔族なれるようにしないといけませんからね」」

「「それは……」」

 おっさんは口を紡ごうとした。

「「僕のためじゃないですよ。他ならぬおっさんのために決まってるじゃないですか。その先で僕とより分かり合えれば良いってだけです。人間と魔族だってきっと分かり合えるって思ったりもしてますからね」」

「「何故そう言い切れる。まぁ君と合わない生き物を見てみたいものではあるが」」

 2人は談話を続けながら無意識に次の会場に到着するも入口の掲示板には

望月千鶴 放出試験PASS

余りにも大げさに貼りだされたそれを見て互いに冷や汗を搔きながら他の生徒の視線を掻い潜って次なる試験場へと足を運んだ。



―――――検査項目 持続力―――――



「ほぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

「うぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 千鶴とおっさんの耳を劈くような叫び声が周囲一帯に突如響いた。

眼前には多数の生徒たちが謎の言語が記された本に体の一部を挟まれ悶絶する様子が見て取れる。

「だ、大丈夫ですか!?」

「望月千鶴さんですね」

「そうですけど!大丈夫なんですか!?」

「大丈夫ですよ。これも試験の兼ね合いになりますのでちゃんと魔法科のカリキュラムに乗っ取った検査項目になっていますから、命を奪う様な事はありませんし、何より危害を加える様な事もありませんので」

 悶絶して倒れている生徒の形相を見ると、そうではないだろう。と言いたくなる千鶴だがそこは堪えて試験官の生徒に目を向ける。

「これは魔力混入の壺と言って我々学生の中でも魔力の制御が効かず、溢れ出る魔力を抑制する為に使われる壺になります」

 壺は紫一色で本体の上部下部の境目に白色のギザギザの線が引いてあるだけの代物であった。

「これを使って調べるのは制御の力ではなくて持続力ですよね?」

「そうです。この壺に対して手を入れていただく事こそが持続力の測定になります。周囲で倒れている生徒たちはこの壺に魔力を極限まで吸われ切ってしまった方たちになります」

「「あぁ、あの壺か」」

「「やっぱりおっさんなら知ってますよね」」

「「知ってるも何もあれは魔族でも重宝するものではあるからな。本来の用途とは違って試験に使用する物としてはかなり賢い。考えたな魔法科」」

「「本来の用途ですか?」」

「「人間と魔族は肉体の構造が違う。故に用途が変わる。例えるなら水さ。魔族と人間ではそれぞれその水を貯水しておくだけの器の大きさが違う。器が大きければ大きいほど多く貯水される。人間の場合はその器が基本的に矮小なもの故にあの壺は恐らく、君の様な魔力量が多いのにも関わらず魔力を垂れ流いしにしてしまう。または魔力制御不足で周囲に危害を加えるほどの瘴気を放ってしまうのを未然に防ぐために使用されているのだろう。魔族ならば周囲にも酸素以上に魔力が溢れている世界で過ごしているため、魔力不足に備えるためある程度自分の近くに配置しておく、人間でいう家具の様なものになる」」

「「いかに魔力が充満した世界と言えど、そこで諍いがあれば魔力は確かに必要になってきますもんね」」

「「勿論、魔法科とはまた別だが、人間に対しての拷問器具としても役割を果たせるので非常に利便性の高いものではあるがね」」

 千鶴は感心しながらおっさんの話に聞き入っている。

「壺の出力はある程度下げてはあります。魔法科生徒用ではなく、一般生徒様にですけれど。それでも死屍累々とした現場にはなってしまうので非常に心苦しいものではありますけどね。1分間です。1分間ずっとこの壺に手を入れ続ける事が出来れば、持続力のテストは合格になります。魔法科で就学するのには必要最低限の魔力を有している。という証明になりますからね。何なら此処を合格出来なければ他の項目よりも評価点が低くなってしまいます。簡単且つシンプルな検査方法故の結果の簡潔さや配点の大きさに繋がる。という事にもなります」

「そういう事でしたか、なら」

 千鶴は試験官の合図もなしに右手を壺の前に差し伸べた。するとおっさんが千鶴の右半身金縛りにかけたかの様に抑制する。

「あっ、あれ?」

「どうかされましたか?」

「ちょっ、ちょっと待ってくださいね」

「「君は不用心が過ぎるんじゃあないか?」」

「「いきなり体乗っ取らないで下さいよ!しかも無理やり!」」

「「無理にでも止めるさ。利き手だぞ」」

「「それがなんだって言うんです?部活でもやってるわけじゃあるまいし!」」

「「君は使い慣れている腕をどうしたら得体の知れない壺に突っ込めるんだ?確かに俺はあの壺の事を解説した。勿論、魔法科の生徒もだ。その上でその腕を入れるのか?」」

「「おっさんが言うなら左手にしますけど……。別にそこまで気にしなくても……」」

「「君が天才なら構わんさ。たが、俺はそう思わないからこそむやみやたらに大事な利き手を壺に突っ込ませる事を抑止したんだ」」

 千鶴はおっさんの警告を快諾し、左手を伸ばした。

 壺は空気中に存在する魔力も吸収しているのか、気にしなければ問題ないで空気清浄機の様な稼働音を微かに放っている。

「「左手に変えた意味が君にも分かるさ。俺とその壺のおかげでな」」

「それでは望月千鶴さん。どうぞ、ゆっくりと御手を壺の中に」

「はい。分かりました」

 千鶴の左手が壺の真上に到達すると、壺の稼働音が激しくなる。先ほどよりも苛烈にまるでその左手を早く挿入してくれと言わんばかりに、その様子を目の当たりにして千鶴は少しだけ左手を戻そうとした。

「「だから言ったんだ。まぁ俺の警告もあって恐怖心が芽生えたかもしれないが。その恐怖心は大切だ。そういう経験は君の糧になるだろうからな」」

 5秒ほどの静止。千鶴の中でおっさんの警告もさることながら、淡々とした試験官の態度を見ていると何か起きるんじゃないか。という疑念に駆られてしまう。

 得体の知れない壺ではあるが、魔族も使うという代物。

 どうして此処にこれが。

 本当にこの試験は意味があるのか。

 考える必要もない事が頭に浮かぶ。

「……鋳鶴……。……いや、今は千鶴だったな……。……気にするな……。……会長からその壺について調べろと前に言われていて、それはもう調査済みだ……。……全くもって問題ない……」

 何処からともなく影太の声を聞き取った千鶴は試験官の顔を盗み見た。

 淡々とした態度は依然として変わらず、彼女の手元を注視し、釘付けになっている。影太の声も試験官の耳には届いていないのだろう。

 加えて影太の声を聞いた途端に千鶴の中に挑戦するという気持ちが沸き上がる。

 不安を抱く事も大切だ。という考えも抱きながら千鶴は臆して戻しかけた左手を壺の中に手首まで突っ込んだ。

「「土村影太か。一体どこから」」

「「何かすっごい吸われますねこれ!」」

「「さっきまでビビっていた人間とは思えん思い切りの良さだな。友の声はそれほどに君に勇気を与えるのか」」

「「おっさんの注意も聞いた上でだったんで腕丸々突っ込んでやろうと思いましたけど、手首までにしておこうかなって」」

「「あぁ、懸命だと思うよ。その判断も間違いじゃあない」」

 千鶴の左腕から微かにではあるが、魔力が放出されていくのを感じた。放出とは違う。緩やかに流れる小川のせせらぎの様に、自然と千鶴は魔力をその壺に提供するかの様に脱力してその行為を受け入れる。

 まるでかかりつけの医者に血圧の測定を毎日の様に通院し依頼する高齢者の様に、千鶴は心を平静に保ち、魔力が抜けていくという感覚を噛み締めていく。

「気分はいかがですか?」

「全然!大丈夫です。むしろデトックス?って言うんですかね。それをされている気分になれますね!」

「それは良かったです。それにしても壺が大人しくなるほどの魔力をお持ちなんですね。流石望月家の方です」

「そうですか?」

「えぇ。先日、魔法科にいらしたついででという形で穂詰教諭も壺に腕を挿入していただいて千鶴さんと同じようなことを申し上げていたものですから」

 感覚が穂詰と同じという試験官からの話を聞いて嬉しさ半分。いつも学園内でも自宅でも酔いどれでいる姉と同じ言葉を発してしまったという羞恥心が千鶴の心に悲しさ半分を抱かせる。

「「嫌なのか?姉と同じ感覚というか」」

「「嫌に決まってるじゃないですか!いや、なんかあまり強く否定しすぎてもいけないのは分かってるんですけどね」」

「「思春期ってやつ故のアレか。葛藤というか」」

「「葛藤というよりも恥ずかしさってやつですよ。羞恥心的な。って解説させないで下さいよ」」

「「あぁ、ふふっ。そのすまんな」」

「まったく……」

「どうかされました?」

「え!?あ、違います!穂詰さんもそうだったんですねぇって思っただけで!むしろ光栄というか!やっぱり同じ血が流れているんだなぁって!あはははは!」

「親戚の方というよりは姉妹ぐらい近いと私は勝手に思いますがねー。御2人とも背も高いですし、プロポーションも抜群ですし」

 まじまじと試験官に胸を凝視され少しだけ胸元を覆う千鶴。その様子をおっさんは何とか身を震わせながら笑い声を出すのを堪えている。

「私、直接お会いしてはいないのですが。先日、魔法科の敷地内で普通科の生徒の集団が大暴れしたと聞いて、千鶴さんは親戚として何か聞いていらしたりしていませんか?すいません。馴れ馴れしくて気になってしまったもので」

「い、いえ。私は鋳鶴君とあまり親しくないので……」

「それは失礼しました」

「「そういう断り方もあったか」」

「「普通かどうかは分かりませんがこれが普通なんですよ!」」

「「普通?普通か……」」

 普通の定義とは、と鋳鶴に問いたくなる気持ちを抑えていると、試験官がセットしていたであろうアラームが試験場に鳴り響き3人に終了の合図を告げる。

「体調はお変わりないですか?」

 そう問いかけられて千鶴は自らの手を握りしめる。

 若干の倦怠感と左肩の重みが気になるものの、おっさんとの意思疎通や自身の視界には何の問題もない。

 千鶴は無言で試験官に頷くと、彼女も軽く会釈をして千鶴と目を合わせた。

「持続力の計測は以上となります。お疲れ様でした。教室から出ると休憩スペースがありますのでそちらでよろしければお紅茶などを休憩がてらお楽しみください。持続力の計測後には突然立ち眩みを起こされる方もいらっしゃるのでお気をつけて」

「お気遣いいただきありがとうございます」

 そう言い残して紅茶という言葉が引っかかっている千鶴は控えめにスキップしながら試験管の言う休憩スペースに一目散に向かった。

「顔色一つ。変えていませんでした」

「そう。そうだったの。へぇ、信じられない計測値ばかり叩き出しているけれど、本当にこれを?望月鋳鶴の親戚と呼ばれるこの子が?親族なのは理解できるけれど、親族も魔力がここまで凄まじいなんて事有り得るかしら?」

「可能性としては有り得なくないかと……。望月家の家系ですし、それなりに血の繋がりがあり、それでいて親族もという事は」

「納得出来ない。したくないわね。バカバカしいじゃない。だって先日まで魔術の才もなかった女子高校生が日本で1、2を争う権威があり、実力者が集まる学園によ?突然フラッと現れて編入試験があってそれに一般人としては有り得ない計測数値を叩きだすなんておかしすぎるとは思わない?」

「それは……」

「普通科の出方を見るために施策がこうして作用するとは思っていなかったわね。本当に潜入があるとは思ってもみなかったから、あまりに不思議な子が来るものだから驚いてしまったわね。気にしすぎというのもあるかもしれないけれど、それでも好都合の存在でありすぎるのよ。もう少しバレにくい形で潜入されると思っていたけれど、望月千鶴で間違いなさそうね」

「縒佳様がそうおっしゃるなら、彼女にフォーカスを当てて観察するのもよろしいのではないでしょうか?それか既に別室扱いでも」

「元より合格させる気などあってない様なものだったから、私が楽しむためにもまだ合格は伏せておきましょう。本当に親戚さんの可能性があったら困ってしまうから」

 縒佳は突如開催した魔法科編入偽装作戦に関して思うところがあった。

 本人が一番驚いたのは比較的突発的な催しの筈が、魔法科で用意する筈だったサクラ受験生が不要なほど全国各地から編入希望の人間が集まった事。

 近年様々問題を抱える魔法科だからこそというのもあるが、縒佳にも魔法科だけでなく、魔法を扱う一人の人間として一つの問題に直面していたからだ。

「しかしです。しかしですよ。お言葉ですが縒佳様。望月家は純血の家系ではなく……」

「純血、半純血、魔術師の血が混ざってるどうのは私だけの前では禁句にしていた気がするけれど?篝や零下は伝えていなかったのかしら」

 教官の生徒は身の毛のよだつ得体の知れない恐怖に駆られた。縒佳は相も変わらず端正な顔立ちで艶やかな黒髪を靡かせている。しかし、その縒佳の背中からだろうかまるでドス黒い何かが、言語では表すことの出来ない恐怖がそこにあると彼女は感じた。

 魔法科の様々な生徒が口々にする内容。

虹野瀬縒佳には得体の知れない化け物をその体に宿している。

という七不思議の様な噂を一人の生徒が体感した瞬間であった。

「しっ!失礼しました!」

「いいのよ。私は他の皆に比べてそういう事に興味がないだけ」

「存じてはおりましたが……!」

 教官は縒佳に向けて頭を上げる事が出来ない。膨大な威圧感で頭が上がらない訳ではない。先ほど肌身で感じた得体の知れない何かにまるで押さえつけられている様な感覚を彼女は味わっていた。

 縒佳の態度を見るに彼女の意志ではない。

頭上にまるで大きな掌で覆われているかの様に押さえつけられている。と教官は察した。

「くだらないじゃない。貴方がそれこそ純血至上主義者なら申し訳ないけれど、現代の魔法なんて血や才能だけじゃない。本人の努力次第で何とかなることもあるのだから。それこそ今回の試験を経て覚醒する様な人間だって居るのかもいれないし、それを純血じゃないとか何とかで門前払いするのは話が違うでしょう?それに純血であることにかこつけてまるで魔法は自分たちの物だと言わんばかりに我が物顔をする。大した実力もない様な人間に限ってね」

「そ、それは到底私の口からでは……」

 魔法科の社会は圧倒的実力主義、次いで名家が優先される。縒佳は少なからず後者の名家であれば実力者よりも上に立ててしまう様な今の現状を憂いていた。

 それは自分自身が虹野瀬家故の驕りなのか、それとも一人の魔術師、魔法使いとしての願望であるのか。何にせよそれに革命を起こすのに望月千鶴の力が必要不可欠なのだろうと縒佳は考えていた。

「貴方を手に入れたらどうなるのかしらね。望月さん、いや望月君」


試験とか書いてても面白いんですよね

その学科の特徴を書いたりするのが好きなので、虹野瀬さんも勿論お気に入りです

贔屓してしまいそうです

今回はちゃんと予約投稿を忘れませんでした

次回の更新は2月27日0時になります

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