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優しい魔王の疲れる日々(リメイク)  作者: n
優しい魔王の疲れる日々(リメイク)4
36/42

第34話:魔王と潜入開始

女装潜入で魔法科へのスパイに向かう千鶴

その為に突如開催された魔法科編入試験を受ける事に




「お兄ちゃん、頑張ってね」

「頑張るんだぞ。兄ちゃん」

「うん。ありがとう。あ、ありがとうございます」

「此処ではお淑やかそうにしなくていいよ」

 女性の作法を叩きこまれた鋳鶴は無意識に発言を改める。神奈はその様子を微笑みながら鋳鶴に助言を送った。

 千鶴の姿で居る場合、全身がその理想像として投影される為に鋳鶴は普段のスニーカーを着用するが、神奈とゆりからはその靴は学園指定のローファーに見えている。

 流石に下着は男性用の物を着用しているが、こちらもローファーと同様に鋳鶴が衣服を脱ぐと自然と投影される様になる。故に取り外す仕草さえすれば周囲の人間にも違和感なく鋳鶴の下着を脱ぐという着脱の投影は完了され周囲の人間はそれに気付くことは無い。

「とっても便利だよねー」

「まさに技術力の結晶ってこった」

「そうだねー。これで魔法科に潜入するのは楽になると思うしね」

「あ、お兄ちゃん。編入試験の情報は貰ってないけど魔法科のテストは筆記とかだけじゃなくて実技もあるから気を付けてね」

「はは。そこは大丈夫だよ。とても心強い味方が居るからね」

 鋳鶴の言葉に神奈とゆりは首を傾げる。

「「まぁ俺が居るからな。知識は申し分ないだろう。それに詠唱も俺に任せれば何ら不安は無いさ」」

「「こればっかりは本っ当に頼りになります!」」

「「まぁ君はやらかしかねないからな。こうして姉妹たちが目を輝かせる様な姿をしているというのにいつもの天然を発揮されては余計に目立つ」」

「「天然って何ですか。ちょっと機械音痴なだけですよ」」

「「調理器具ならそれなりに扱えるのにな……。不思議なものだ」」

「詠唱とかもちょっとした試験があるそうだから、お兄ちゃん知らないだろうし……」

「大丈夫。そこも機械科の人たちがバックアップしてくれてるからさ」

「へー、機械科って凄いんだなぁ……。今度私も何かお願いしてみようかな」

「凄い技術を持ってるからゆりも納得する何かは作ってくれると思うけど……。貯金があればの話になっちゃうけどね」

「うっ……、所持金3000円の私じゃあ無理だ」

「そういうことにお金は貸さないからね!」

 鋳鶴はゆりにきっぱりとそう伝えて、ローファーのつま先を回地面に突き立てた。本来はスニーカーなので音はしないのだが、周囲の人間にはローファーの革素材が擦れる甲高い摩擦音が反響している。

「それじゃあ、行ってきます」

「うん。行ってらっしゃい」

「頑張れ!千鶴ちゃん!」

 2人の快い送り出しに鋳鶴基い千鶴は玄関からその初めの一歩を踏み出した。鋳鶴からすれば普段と何ら変わらない景色だが、周囲から見ればいつもの時間に自宅から学園に登校するのはそのままの鋳鶴の為、ご近所さんからすればあの子は誰?といった状況であるのにも関わらず、千鶴の鋳鶴はお構いなしにいつもと同じ会釈を返し、挨拶をする。

「「鋳鶴。今の君は千鶴なんだぞ?」」

「「あ、そうでした……。これは失敬しました」」

 ご近所さんの不思議がる視線を搔い潜りながら、鋳鶴は少し歩くと談笑している歩と桧人と影太と合流した。

「あ、えっと……!そうだ。千鶴だ。よっ」

「名前忘れてるじゃんか!」

「……やはり……この完成度……。……隠密にも十二分に使える上で変装にも用途を広げた万能の大器では……?」

「何かいつもと違う感じがするが、おはよう。鋳……、違う千鶴?」

 歩の余所余所しい態度を見かねておっさんが咄嗟に鋳鶴の隣に顔を出す。

「「いつもの態度ではないな」」

「「それは見れば分かりますよ。だって僕ですけど僕じゃない人が3人には見えている訳ですからね。そりゃ余所余所しい感じにもなりますよ」」

「「いや、そういう事ではなく、三河歩は別の事情がありそうだが……」」

 おっさんの思考は全くのご名答であり、歩は千鶴の容姿を見て少しばかり嫉妬を覚えていたのである。

 変装や潜入の為とはいえ、完全無欠の美少女化した鋳鶴基い千鶴の容姿に女性としての嫉妬が歩の中で渦巻いていた。

 こんなに可愛くしなくても。という気持ちと、どうしたらこういう美人になれるのか、という2つの気持ちが彼女の中で渦巻き、それが余所余所しい態度を生んだのである。

「まぁ可愛いんじゃないか。うん」

「どうしたんだ歩。まさか嫉っ!?」

 桧人が話し終える前に普段から腰に携えている歩の木刀が彼の脇腹に叩き込まれる。あまりの速さに桧人と一緒に彼女を囃し立てようとした影太は冷や汗をかきながら何事も無かったかの様に桧人の脇腹に肩を入れ、彼を支えた。

「……やはり、これを見破るのは難しいだろうな……。……これでお前は完全に望月千鶴になったんだ……。……後で写真撮らせてくれ頼む……」

「え、まぁいいけど……」

 一直線な紳士的態度を見せる影太に少しだけ引きながら、鋳鶴はそう応えた。彼は無言でガッツポーズをすると、桧人を投げ出し、カメラのレンズを歩きながら念入りに拭き始める。

 その様子を見かねた鋳鶴は桧人に素早く近寄り、肩を貸した。

 桧人の鼻を鋳鶴基い千鶴の香水が突く、彼は相手が本来は鋳鶴と認識しているのにも関わらず口角が吊り上がってしまっている。

「ちょっと!桧人!」

「え!あ、ごめん!」

「なんだこの空気感は……」

普段の登校との違和感に疑問を抱えながら歩は腕を組んでいるものの不満が隠せていない。それを察知した千鶴は桧人を影太に押し付けてそのまま歩に近寄った。

「むぅ……。常々疑問には思っていて口には出すまいとしていたが」

 今一度、歩は千鶴の全身を見て感嘆の声を上げた。

「どうしてここまで美少女にする必要がある。逆に目立つだろうに」

 頬を膨らまし、不満顔を露わにし続ける歩に千鶴は髪をかき上げながら微笑む。女性の歩から見てもその容姿は麗しく、まるで女性誌の表紙を飾る様なモデルに見えていた。

 如何に機械科の技術力と言えど、歩の最も千鶴に嫉妬した点は彼女の髪艶である。日頃時間をかけて端正に手入れする自慢のポニーテールを形成する黒髪よりも作り物であるとはいえその美しさに嫉妬ともに憧れさえ抱いていた。

「そこは会長たちに言ってほしいなぁ……」

「あと、もっとヒステリックだったり、高飛車な女子にはなれないのか?その容姿でいつものお前で居たらな。間違いを起こす者も現れると私は思うんだ」

「え?そうかなぁ」

「そうかなぁではない。いいか?望月鋳鶴は多少の機械音痴があるだけで家事全般の圧倒的なスキルがあるんだ。それと誰にでも嘘がつけない性格と自分を頼りにしてしまう人間には手を差し伸べてしまう。普段のお前なら何ら変わらないが、千鶴は違うから私はこうして口を酸っぱくして言うんだ。こうも美しくて性格も丸くてはお前の事を知っている桧人ですらあぁなるんだからな」

「確かに……」

「それに違う人間を演じるのだからこそ。普段のお前ではダメなんだぞ。影太や副会長と機械科のバックアップあれと言えど、流石に不安なんだ。普通科に居る不良学生のレベルとかではないのだからな。あそこは」

 鋳鶴は歩の表情を見ていれば事の深刻さが理解できる程度には彼女と時をともにしている。桧人や影太も同じ、彼女の不安そうな面持ちを目の当たりにして彼は胸元につけているペンダントを握りしめた。

「「素直じゃないな」」

 おっさんの余計な一言も耳に入らないほど、鋳鶴は歩をしっかりと見つめながら隣で歩みを進めている。

「大丈夫だよ。歩がそう言ってくれるから僕の気持ちは今、引き締まった。ありがとう」

 千鶴の顔とはいえ普段通りの鋳鶴を実感した歩は照れ臭そうに顔を反らし、その表情を見せまいとそっぽを向いた。

 その様子を見ておっさんは溜息をつきながら呆れ返り、桧人は影太にそれを写真に収めさせている。



―――――普通科 職員室―――――



「えー!?またぁー!?」

 陽明学園普通科職員室にて1人の学園主任の声が職員室一帯を吹き飛ばさん勢いで叫び声を上げていた。一平と涼子の2人は彼女の咆哮の様なそれを耳栓で対策をとっている。

「駄目かい?」

「駄目よ!駄目に決まってるでしょ!?言い忘れてたというか絶対知ってると思うけど、人気教師と言ってもそんな絶対的な権限があるわけがないでしょう!?」

「人気教師なのは認められると……?」

「まぁそこは?だってほら、土村君が写真撮ってくれるしー?」

「人気の指標はそこってことだね?」

「あと!風間君!一応、私は教員なんだから敬語は!?」

「んー?別に要女史だから良いかなぁって?」

「それが人に物を頼む態度かは置いておいて……、あ、失礼しました皆さん。仕事に戻ってください」

 要は深呼吸をして2人の目をじっと見つめた。

「でもでも?2人がわざわざ職員室に?しかも私目当てに一直線で来るって事はそういう事なんでしょう?けど、体育大会だし教員の協力はあまり他科にいい顔はされないのよね」

「勿論?僕らとしてはタダで協力してもらおうなんて言う甘っちょろいただの学園生活を謳歌している青春真っ盛りの思春期学生と同じにしてもらっちゃ困るよ?」

「こちらを」

 何処から取り出したのか、涼子は要の目の前にジュラルミンケースを優しく置いて鍵を開錠する。重厚感あふれるケースの蓋を開けると同時に要の目にはその物体が艶美な煙を吐き出しているかの様に見えた。

「こっ!これは!」

 ケースの真ん中で深紅の梱包材に敷き詰められていたのは一束の資料であった。その表紙には極秘 普通科全生徒身体の秘密マニュアルとだけ記載されている。

「なっ!こんな物。私が持っていないとでも!?」

「それは存じてるよ?僕らの持ってきた資料が白鳥女史の持っている資料と同じだなんて思っているのかい?」

「勿論。我々としてもこのデータと白鳥先生の持っている資料の差異はちゃんと理解していますよ。それに白鳥先生の資料は普通科で行われた健康診断等の資料しかないのでは?」

「何ッ!?」

「この中には我々、普通科体育大会メンバーだけでなく、普通科全生徒の最新版の資料がインプットされています。ご協力いただいたのは望月君のお姉さんにしてこの学園の校医である望月穂詰さんからですので」

「それが……、事実という確証はあるの!?穂詰が私にじゃなくて貴方たちに手渡す資料なんて……!」

「1さぁ?どうかな?でも一研究者としてもだし?欲しいのはあるんじゃあないかな?違う?」

「くっ……」

「悪くないと思いますけどね。会長の言い方が気に入らないとかそういうことを気にされる程度で受け取らないのなら研究者としての好奇心が足りないんじゃないんですか?」

「それはあるかもしれないけれど、面倒ごととか私なりに考えているのよ。学園長は大らかだからいいけど、普通科の教員は私だけじゃないのよ?そこの許可を毎回取ってるんだからもう!」

「それは白鳥先生の好奇心を削ぐ理由になりますか?」

「ふっ……」

 要は生真面目に見つめる涼子の目を見て一息吹いた。いつも自分に冗談混じりに話している一平も気持ちでしかないが、本気でお願いをして来ている。と要は思った。

 断るのは簡単だ。ただ、やらない。そう告げてプリントを押し返すだけで済むだけの事。偽物かもしれない。そんな物は存在しないかもしれない。

 要にとってはそんなことはどうでもいい事で2人の目を見て本気の願望かどうかを品定めしていた。学年主任の権限でも限界は勿論ある。

「また望月ですか」

「要主任はお気に入りに甘すぎる」

「くだらない体育大会に力を入れてどうする」

「戦った先に何があるんですか」

 彼らがそれに挑戦する時も次の相手が魔法科だと知った時も自分より年上の教員や新任の教員にも言われてきた。

 その度に要は普通科の教員たちに頭を下げながら、彼らを説得し、時には軽度に脅迫しているのが彼女である。

「2人というか、9人は特に目がキラキラしてるのよね。機械科でも戦力さがーとか技術力がーとか言われててなんだかんだ勝ってたし、今回はそれよりも更に強い魔法科が相手なのに一切物怖じしてないじゃない」

「物怖じして僕のマニュフェスト?を妨害されちゃあたまらないからね?本気でやらなきゃいけない相手だとも思ってるし?それに僕ら2人じゃどうにもならないからさ?他科が力量や技術力で僕らに勝ってる事しかなんだから?僕らがそれを超えるには一丸になるしかないでしょ?」

「真面目な風間君は本当に斬新だから私はいつもたまげてるわ……」

「それだけ会長も真面目に取り組んでしまっているので私もこうして頑張るしかないんですよね。我儘もここまでくると立派というか」

「今年がチャンスなんだからそうなるのは仕方ないよ?それに本気でやるからには勝ちたいじゃん?」

「はいはい。分かりました分かりました。今回も私に任せといて!本当に貴方たちの我儘を守りながら望月君へのヘイトを分散させる苦労はなんとかしてほしいものだけどね。まぁ彼だからこそ許してくれる先生も少なからず居るのは確かなんだけどね」

「ありがとう……?」

「癖だろうけど流石にお礼の時に疑問形になるのはおかしいでしょ!」

「ありがとうございます。白鳥先生、必ずや普通科を我々が優勝に導いてみせます」

「はいはい。頑張ってね。風間君も張り切りすぎて無理しないようにね」

深い溜息をついてコーヒーを片手に持ちながら要はゆったりと椅子に腰かけた。



―――――魔法科 魔術場―――――



編入希望生徒はこちらに

 不愛想にその一言だけ記された薄紫色に発光する文字盤のみが空中に浮遊していた。

 所狭しと筋詰めにされている生徒たちはそれぞれの行動を取っており、陽明学園外からの制服を着用した学生も見られた。

「「まるで養豚場の豚じゃないか」」

「「そういう言い方、良くないですよ」」

「「此処から魔法科の願望を叶える様な掘り出し物がある可能性が考えられるのに、この扱いはあまりにぞんざいじゃないか?」」

「「まぁ魔法科も予算とかないんじゃなんですか?」」

「「予算がないのにも関わらず生徒を募集するならそれこそ俺は怪しいと思うがね。まぁ怪しいからこそ俺たちは此処に居るんだが」」

「「勝手に解決しないで下さいよ。魔法科は魔王科に匹敵する学費がかかりますからね。噂によれば魔王科と魔法科から溢れる学費がこちらに回されたりしているとか何とか」」

「「だから君らに施設利用の優先権がないというのか?学園の勝手の都合だろうに、彼らそれで君たちを虐げているのなら納得出来たものではない」」

「「でもそうだったとしたら?」」

「「いやいや、君らが虐げられる理由にはならない。もしもという話ではなく、絶対にあってはならない事だと俺は思うがね」」

「「おっさんの気持ちは少なからず分かりますけどね。でも正攻法で成し遂げないとただのテロリストと同じですから!気長にやりましょう」」

 珍しく言いくるめられてしまったおっさんは鋳鶴に感心しつつも腕を組みながらその時を待ち望んでいた。これだけの参加者を募っておきながらまるで鋳鶴の体を借りて読んだ小説の様に、奴隷として連れてこられた人間に見えるからである。

 これから始まるのは本当に魔法科の人間として相応しい編入生を決めるためのテストなのか果たして。

鋳鶴とおっさんの2人が会話を終えると、突如魔術場の照明が全て消灯される。魔法科の照明は廊下などの移動場所や生徒が集まる場所である食堂などを除き、基本は照明器具を使用しない。

その場を利用する生徒や教師が自身の魔力を消費して魔力を糧に動作する照明を使用している。故に魔力の痕跡と呼ばれるその場に居た人間の記録が残り、セキュリティとしても機能するという代物だ。

魔術を行使する事自体がその場に自身が居た事の痕跡になる事により、魔法科内で発生する事件や生徒同士の争いを抑止するものとなっている。

「おい。何が始まるのか知ってるか?」

「え、知らな……。んー、私は分からないかなぁ。何も聞かされてないし」

 気を抜いて素の自分、望月鋳鶴を出さない様に寸での所で千鶴を出して対応する。千鶴の隣に腰かけていた男子生徒は機械科の制服を着用していた。

「「他科からの引き抜きではないか」」

「「他科からの強奪でしたらそもそももっと好待遇でしょうしね。僕以外に他科で此処に着ている人はよっぽどの自信家か裏切り者って感じではないですか?」

「「その言い方はあんまりじゃあないか?君の様にスパイとして潜り込もうとしている可能性だって考えられるじゃあないか」」

「「それなら沙耶さんが言いませんか?」」

「「どうだか。鋳鶴。彼女らは確かに味方になったかもしれない。城屋誠の彼女というアドバンテージがあるのだから裏切る事も考えられない。しかしだ。普通科と機械科がそもそも争っていたのだからそういう事もあるかもしれないだろう?」」

「「おっさんの言い分も理解したいですけど、信じたいじゃないですか。こうして僕らに技術の結晶を託してくれたんですから」」

「「一平の資産を使ってはいるがな」」

「「大いなる力には大いなる代償が伴うんですよ」」

 鋳鶴とおっさんの会話を突如切り裂くように舞台の両脇に鼓笛隊が現れた。と同時に荘厳な重低音を繰り返す演奏がスピーカーを通して会場に反響する。

 編入希望生徒たちの騒めきは荘厳な演奏により搔き消されしばらくすると舞台中央の檀上がライトアップされた。

「「虹野瀬縒佳ではないのか」」

「「普通は生徒会長とか科の教務主任とかがやると思ったんですけどね」」

 壇上で照らし出されていたのは縒佳ではなく、寿だ。彼女に負けじと美肌の寿は照らされる光を受け、魔法科に侵入し、誠と喧嘩をした時に出会った彼女よりも輝いて見える。黒いドレスに彼女の肌のコントラストが繰り出す眩い光が編入生の群れに直撃し、あまりの眩さに数名は目を細めたりする様子が見えた。

「皆さん、御機嫌よう。陽明学園魔法科生徒会副会長。神宮寺寿です。皆様本日は大変お日柄もよく」

「「鋳鶴。いや、千鶴。恐らく、舞台の背後辺りから魔力探知の気配がするな」」

「「魔力探知ですか?」」

「「俺の推測だが。舞台の後ろに虹野瀬縒佳でも潜んで我々を品定めしている。と言った所だろう。試験は既に始まっているのかもしれないな」」

「「それだけで何がわかるんですか?これだけ人間が居たら探知する魔力もぐちゃぐちゃですよね?」」

 おっさんは小さく溜息をついて千鶴を睨んだ。

「「確かにこれだけの人間が居れば魔力を探知するのは難しい、ただそれは、1人の人間を探知する場合だけだ。これだけの人数でしかも優秀な人材を探知した場合、君ならどうする」」

「「あ、出来るだけ……!出来るだけその場に居る大きな魔力の人間を探せばいいってことですか!?」」

「「その通りだ。流石に君の服装を見破るまではいかないだろうが、ちゃんと探知を防止してくれると助かるのだが」」

 おっさんの予想は見事的中していた。寿の背後には縒佳が控えており、腕を組んで彼女の様子を見守っている。2人の予想は的中していたのは確かだ。しかし、縒佳は魔力探知を行っておらず、ただ寿の様子を見ているだけ。

更に彼女の隣には全身黒ずくめのフードをまとった人影が立膝で待機していた。

「どう?目ぼしい魔力はあるかしら?」

「縒佳様。魔力の歪みは見えますが、何やら特殊な細工が施されてそうです。他にもちらほら、一般の者に比べれば魔力を蓄えている者も居るようですが……。あなた様のお眼鏡に叶う者が居るかどうか」

 黒フードは自信が無さそうにか細い声でそう言った。

「へぇ……。細工?それは面白そうね」

「あの位置です。中央部のあの女生徒ですかね……。あまりにも女生徒にしては大柄な様な気がしますが」

「多様性の世の中なのだから、あぁいう人が居ても不思議じゃないわ。私からは見れないけれど、貴方の慧眼で見ると歪んでいるのね」

「はい……。歪んで見えるのですが、あの女生徒かどうかも分かりません」

「いえ、私は貴方を信じている。他の子は貴方に色々言うけれど、私は気にしていない。とても参考にさせてもらうわ。それにあの女生徒。望月千鶴。か、とても気になる名前をしているわね。千鶴。ね」

「歪みまでは取れないみたいで何らかの力に干渉されていると思われます。どういたしましょう」

「どうもしないわ。様子見をしましょう。そして彼女にも贔屓や小細工などなしで平等に魔法科の試験を受けさせる。ちゃんと実力を見なきゃね。それが今回の編入生募集ですもの」

「かしこまりました」

「それに、私の予想が当たるなんて事があったら、そうだった時の彼女の反応が気になるわね。慌てふためくのか、それとも顔色変えず嘘をつくのか、それとも本当に望月千鶴なのか」

「どういう事ですか?」

「それは自分で考えた方が楽しいわよ。それじゃあ、引き続きお願いね」

「はっ、はい!」

 黒フードは周囲に聞こえない程度の返事。縒佳の姿がなくなるまで敬礼を解くことはなく、彼女が去ると再びステージより向こうの側への探知を再開した。



―――――魔法科 校庭―――――



「それではこれから皆さんには魔法科の生徒も年に1度は受けなければならない魔術魔法技能試験と呼ばれるテストを受けてもらいます。内容としては魔力、詠唱力、放出力、持続力、制御力、知識力ですね」

 魔力は単純な魔力量。

 詠唱力はより俊敏且つ、性格な詠唱の可否。

 放出力は自身の体内に残存する魔力を引き出して使用する力。

持続力は魔具や魔方陣と言う放出系の魔術ではなく、設置式または起動式である分野の魔力を使用するそれを一定時間持続する力。

制御力は自身の魔力を如何に身体に負荷を与えずに制御する力。

知識力は単純な筆記であったり、魔術そのものであったり、魔具や魔方陣関連の就学力。

 それらを各生徒事にデータベース化し、魔法科の中枢に厳重保存されている。

 校庭に集められた編入生は全員、魔法科指定のジャージを着用し司会役の解説を黙して聞いていた。

「「くだらん。適性検査など、魔術はもう血で使役できる様なものでもなかろう」」

「「まぁまぁそう言わずに」」

「「鋳鶴。君の家系の様にずっと優秀な魔法使いであるのならまだしも近年はまともな純血魔法使いは居ないと聞く」」

「「おっさんの言うまともがどれぐらいかは分かりませんが……、陽明学園の魔法科には少なからず居ると思いますけどね」」

「「虹野瀬縒佳も神宮寺寿も純血ではあるようだがな。しかし、それ以上に何かうさん臭さを感じ取ってしまっていてな」」

「「なんですか!そのうさん臭さって!」」

「「あくまで現時点の二人に対する俺の推理でしかないからな。お前には内緒にしておくよ」」

「「またお得意の秘密主義ですか!」」

「「まぁ何だ。君に出来なさそうな分野は俺に任せてくれ、そもそもテストの様なものでもあるのだから君の実力は兎も角、やらかしで落とされても困るからな」」

「「そこは心配なく、おっさんに頼る事なくなんとかやり遂げてみますよ」」



―――――検査項目 魔力―――――



「それでは、望月千鶴さんですね」

「はい。あ、はぁ~い」

 気を取り直すかの様に千鶴は猫なで声を発して魔法科の生徒に案内されるまま用意された椅子に着席する。

「じっとしているだけで良いですからね。血圧測定の要領で両腕にこれを着用させてもらいますね」

 生徒は千鶴の両脇に手を通し、血圧計のカフを巻き付けるのと同じ様に千鶴の両腕上腕に灰色の布地が巻かれる。

「「特に異常はない、ただ不思議な計測方法だな」」

「「シンプルで良いと思いますけどね。これなら時間かからないと思いますし、あまりにも相手の顔が近いのでドキッとしましたけど」」

「「そこは胸を張り給え、たかが魔力を計測するだけだろう。変に力を入れてしまって誤解を生む様な数値を叩きだす方が俺としては心配だ」」

「「おっさん。そこは心配ご無用ですよ!それ!」」

「計測不能……?おかしいですね……。もう一度失礼します」

「あれれ」

「「鋳鶴少しだけ代わってくれないか」」

「「おっさんがやって莫大な数値が出たらどうするんですか。それは出来ませんよ」」

「「なら仕方ない。微量な魔力放出の技術を教えてやろうと思っていたのに」」

「「そういう事なら……、でも気を付けてくださいね」」

「「任せろ」」

 おっさんはそう言って千鶴は体を明け渡し、おっさんはそのまま計測係の生徒に危惧を装着したまま詰め寄った。

「すまない。どうやら器具の用途を理解していなくて上手く魔力を出せませんでした。申し訳ない」

「いえいえ!こちらの計測の不具合かもしれなかったので、それではどうぞ!」

「「少しだけ荒療治でもあるが、君が非常時に少しでも活路を開ける様にしておかないとな」」

 おっさんは緩やかに力を込めた。血流の様に魔力の流れる道を想像しながら、千鶴の全身に満遍なく、均等に魔力が行き渡る様に膝の上で握りこぶしのまま両手を置いている。

 急激に魔力を増幅すると内部が傷ついている鋳鶴の体に何が起こるか分からない。そう考えた上でおっさんは全身から緩やかに魔力を放出していた。

「どっどんどん数値が上がってます!これは、これはすごい!」

 千鶴の魔力量検査を行っていた生徒が椅子から立ち上がり、千鶴と計測器から距離を取る。好奇心というよりは得体の知れぬ何かを見つめる様な目をしていた。恐怖ではない。くまで生徒にとってそれは興味を惹く存在でもあったからだ。

「「おっさん……、滅茶苦茶不味い様な気がするんですけど……」」

 千鶴の発言通り、計測器で言う巻いた部分でない大元の設置型の器具は甲高い高音を周囲に撒き散らしながら、煙を吹いている様に見える。

「ごっ、ごめんさなさい!」

「こんな事初めてかもしれないので驚いています……」

 そそくさと千鶴は頭を下げてその場を去り、続いて詠唱力の項目へと足を急がせる。

「「だっから言ったじゃないですか!おっさんに任せると碌なことにならないって思ったのに!気を付けろとも言ったのに!」」

「「まぁ何だ。俺にもミスぐらいあるさ」」

「「あまりにもミスしちゃいけないところでミスしてますよ……。次は詠唱でしたよね。流石に僕では無理なのは最初から分かりますから!次は頼みましたよ!?」」

「「最初から俺に期待してどうする……。神にも縋る……。いや、この場合は魔族にも縋りたいといった感じか」」

「「魔族ギャグはいいですから!」」

「「ふふふっ。魔族ギャグか、良いセンスをしている。君のそういう謎のセンスが俺は好きだよ」」

「「うるさいですよ!何か小馬鹿にされている感じがしてモヤモヤします!」」

 おっさんは千鶴の態度に微笑みながら、2人は次なる詠唱力を計測する場所に向かったのである。


0時投稿の予定が某ハンティングゲームと昨晩はライブの後だったので予約投稿する事忘れていました

楽しみにされていた方々大変申し訳ありません

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