第33話:魔王と女装
不穏な動きを見せる魔法科といつも通り、お祭り騒ぎの様な日常を送る普通科をある意味対比しているかもしれません
鋳鶴=千鶴という名前はかなり気に入っています
機械が弱点な女性と思っていただければ、だが男だ
「えぇ……」
様々な人間が携わって完成した制服を目の当たりにした鋳鶴の目は座っていた。
誠の姉瑞希はリモートで生徒会室の巨大モニターからその様子を眺め、鋳鶴を含めた普通科のメンバーは出来立ての鋳鶴専用の女装装備に幼少の頃に見る屈託のない瞳で見つめている。
「姉ちゃんと、影太と機械科と雛罌粟で作り上げた衣装かぁ。すっげぇな」
「一応?資金の提供をしたのは僕なんだけどね?」
鋳鶴は他の面々とは違いじっと衣装をにらみつける負うな表情をしている。ただ、内心その完成度の高さにも驚かされており、今後衣服を作製には見習いたい様な箇所ばかりある参考資料だ。とも考えている。
「これを着て魔法科に乗り込むって事だよな」
「「そう。これを着て魔法科に潜入して体育大会でこちら側が優位に立てる様な情報を手に入れる算段よ!」」
普通科の面々以外にも服飾に携わった誠の姉である瑞希が普通科生徒会室の巨大モニター越しに会議に参加している。
「……普通科、機械科、そして瑞希さんの叡智が結集して完成にまで至った品物だ……。……まさに完璧の品とも言えよう……。……俺も自分用に一着欲しいぐらいだ……。……勿論、女生徒用の制服でなければの話だが……」
「で?どんな機能がついてんだ?」
「それについては私が」
瑞希が出ているモニターとはまた別のモニターをボタン一つで出現させ、各々をそこに注目させる。すると、涼子が前日までに仕上げてきたであろうスライドショーが展開され、手元の資料を確認しながら話を続ける。
「この望月鋳鶴潜入任務を課題として作られた陽明学園魔法科女生徒風特殊スーツ。まずはどの体系にも合った伸縮素材を使用しており、望月君から鈴村さんや荒神さんという比較的小柄な女性や華奢な女性までスーツに対してある程度違和感のない着心地が体験できるものになっています。更には女装潜入用なので望月君の容姿を骨格レベルで変えられる様に補正をかける事も出来ます。加えてカモフラージュ機能も搭載しており、衣服が周囲の視線を感知し、あまりにも視線を集めている様ならあら不思議。消えるまではいきませんが望月君が着用していたとしてもそこらへんに居る女生徒となんら変わらない容姿を周囲に見せる事が出来ます」
「というと?」
「すなわち、視線を集めると自動的により女の子らしくなる。という事です。そうする事によって望月鋳鶴だ。という事実をより周囲に気付かせにくくする機能になっています。故に望月君は滅茶苦茶背の高いモデル体型の美女に変貌することができるんです」
「美女になってたら目立ちません……?」
「これは口が滑ってしまいましたね。流石に土村君とも話したのですが、そこは譲れないというところがあって」
「……男から見てもお前を美形と思う輩も居るからな……。……それにどうせなら美人な方が良いだろう……。……そう思っただけだ……。……更には……」
影太は手のひらサイズに収まる小型のリモコンを徐に取り出した。
「えぇ、これは叡智の結晶ですよ。どうかご覧あれ」
影太がリモコンのボタンを押す度に衣装が早着替えの様にモニター越しの衣装が変化していく。メイド、チャイナ、タイトスカート、アオザイ。その他にも様々な衣装を一通り見せて涼子はモニターの電源を切った。
「これで以上です。大いに魔法科潜入作戦の手助けになるでしょう。何かあった時の為に土村君を魔法科付近に配備させますのでそこも重ねて念頭に置いていただいて作戦決行といきましょう」
胸を張って機能解説を終えた涼子と影太。自分の作成した衣装に合点がいったのか、大きく頷いてすかさず誠の体長を測っている。
桧人は小さくなった鋳鶴の肩に優しく手を添えて、何も言わずただ立ち尽くしていた。
「鋳鶴、取り合えず明日の明朝から作戦決行だ。これはお前にしか出来ない」
「いやいやいやいや。桧人でもできるでしょ!?」
「俺にはとてもじゃないができない。というか、女装とかそもそも無理なのもある」
「それ私情挟んでるよね!?ズルくない!?」
「俺と桧人は骨格とかが鋳鶴と違ってガッチリしすぎてるからなぁ。本当に申し訳ないとは……ブフッ、思ってるんだぜ?」
会話の途中で堪え切れず、誠は吹き出しながら桧人の肩を何度も殴打した。鋳鶴の様な立場になることはないだろう。そう考えている誠にとって見知った人間の女装など、楽しみ以外の何物でもない。
「そこまで言うなら誠のも作ろっか?」
「いや、姉ちゃん。残念だが俺の分は……」
「瑞希さん!是非とも!是非とも城やんに衣装を作ってあげてください!僕に出来ることなら協力しますから!」
「鋳鶴!てめぇ!」
「そう!?望月君の力があれば百人力ね!がんばっちゃおうかな!」
張り切って裁縫道具を鷲掴みにしながら鼻息を荒くする画面の瑞希を見て鋳鶴は誠の表情を確認しながら、一目散に衣装のある教室へと逃げる様に向かった。
―――――魔法科 魔力計測所―――――
魔法科本校舎からしばらく離れた場所に建設された魔法科の生徒が個々に魔力を計測することのできる魔具や魔方陣を取り揃えた場所が存在する。魔法科に志願する生徒、編入の際には魔力計測所にて魔力を計測しある程度のクラス分けがされるという仕組みだ。
計測する項目は魔力、詠唱力、放出力、持続力、知識力、制御力の6つの項目を精査する、
魔力は単純な魔力量。
詠唱力はより俊敏且つ、性格な詠唱の可否。
放出力は自身の体内に残存する魔力を引き出して使用する力。
持続力は魔具や魔方陣と言う放出系の魔術ではなく、設置式または起動式である分野の魔力を使用するそれを一定時間持続する力。
知識力は単純な筆記であったり、魔術そのものであったり、魔具や魔方陣関連の就学力。
制御力は自身の魔力を如何に身体に負荷を与えずに制御する力。
精査の方法はスポーツテストなどと同様。それぞれを魔力計測所に魔法科の生徒を招集し、数日間かけて行われる行事である。
その6つの総合力で魔法科での学園生活は変わり、普通科や他科と比較すると精査に時間のかかるものになっている。
魔法科には階級制度の様な物が存在しており、それがそのまま魔法科での立場に直結する。
言うなれば陽明学園に置ける学科の立場により施設の使用出来る優先度合いが変わるように魔法科自体にその序列が存在し、各々の生徒が学園生活を謳歌している。実力が最も評価されている階級制度ではあるが、生徒によっては実力に見合わないにも関わらず、立場は高い者。実力は高くても素行の悪さによって評価されない者も居るのが現実だ。
「おい!氷室、此処はどうすんだ!」
一般の学校で普及されているような体育館の数倍規模はあるだろう計測所で篝が狼の遠吠えの様に大きな声を張り上げる。
「篝、そこに魔方陣を貼ってください。あとは私が、それと椅子の配置をお願いします」
零下は複数人の女子生徒に包囲されながら計測所内を闊歩し、手にした資料を確認しながら様々な生徒に指示を送っている。
一方、篝の方はというと、魔法科の中でも取分け筋骨隆々の男子生徒を集め、魔術だけでなく、本人たちの力も借りて重量のある備品を運搬させていた。
「篝さん!此処で?」
「あぁ、それでいい!」
魔法科の学生にも勿論、学園が用意した生徒手帳型の端末があるもののほとんどの学生は生徒手帳の携帯機能を使用することは少ない。現在の様な状況なら猶更で、多人数で集団行動を行うため一つの端末で別の端末にかけるよりも本人たちで魔力を使用し会話する念話という技術の方が魔法科では好んで使用されている。
1対1での受け答えはより精密な魔力の制御が必要にはなるが、現在の様に零下という1の存在が多人数の生徒に纏めて遠方まで話を届けたい場合は念話による会話の効率が高くなる。
ただ、魔力の制御が未熟な者が念話を継続したままで会話をしてしまうと、一定の人間に筒抜けになってしまうので注意が必要だ。最も彼ら二人が招集をかけた生徒は魔法科の中でも比較的優良の生徒の集団になっているため、念話に問題は生じない上に基本的どちらかが周囲の生徒ひいては二人でそのまま念話での会話をするため、一定の指示はより効率良く伝達されている。多人数側の場合はただ、念話をしておくだけで耳に入るのだから便利な会話方法の一種だ。
「「篝、そっちの作業はどれくらいで終わりそうですか?」」
「「あー、あと30分は欲しいところだな。会長と副会長は相変わらずこういうことやらないしな。俺たちがやらないと」」
「「という訳です。皆さん残り30分、魔法科の為にも頑張っていただきたい。会長と副会長がわざわざ学園長まで掛け合って決められたことですので、くれぐれもミスの無い様。頼みますよ。篝以外の返事は大丈夫です。念話を混線されると厄介ですので」」
零下は話し終えると、足元に魔法陣を展開する。彼の行動を察して取り囲んでいた女生徒たちは素早く、まるで軍隊の様に隊列を組んで一定の距離を置いた。篝はそれを察知すると目で合図して篝は各生徒に指示を続ける。
「零下さんは一体どこへ?」
1人の生徒が篝にそう問いかけると、篝は怪訝そうに胡坐をかいた。
「会長と副会長のところだろうさ。お前らも薄々分かってると思うけど、俺と零下は突然始まるこれに納得いっちゃあいない。あの二人も何考えてっか分かんねぇしな。古の制度撤廃を考えているそうだけど、魔術の素養がないやつをこの魔法科に招いてどうすんだ。って思ってよ。お前らや俺たちはまだいいけど、魔法科の制度撤廃には危機感感じた方がいいぜ」
「それは……」
「実力があるってんならいいさ。でも実力があるだけってのが魔術師じゃない。叩き上げの人間も居ないと不味いって考え方なんだと思うぜ?でも俺が好きな魔法科には少なくとも居るのさ。名前だけ高名で実力の無い奴ってのがな。古の制度の悪いところだけど、そこで陽明に舞い込んでくる資金や技術もあるってんなら別だけどな」
篝は優しく生徒に微笑みかけて両手を叩きながら立ち上がった。
「まぁ、俺と零下がそうはさせねぇさ。会長と副会長にも考えがあるのは分かるが、ちっとばかし説明が無さすぎるからな」
真っ直ぐな焔の灯る瞳で聳え立つ魔法科校舎を見つめながら指示を続けた。
―――――魔法科 生徒会室―――――
魔法科の生徒会室は陽明学園内にて上から数えて4番目の高さを誇る校舎最上階に存在する。最も高い建物は学園長室が存在する教員用校舎、時点で中央保健室、魔王科学舎に次いで4番目の高さになる。その最上階に位置する魔法科生徒会室には窓が無く、普段は縒佳のみしか利用しないため照明等も使用されることはない。本人の魔法と学園が用意した物資で快適な生活を送れる生徒会室になっているため、彼女は此処に引きこもりっぱなしとのこと。
「縒佳はいなくてよ?」
手元の書類を纏めながら不在の縒佳に代わって職務を行う寿が資料を纏めながら淡々と応えた。視線は零下の方向を向いてはおらず、彼女らしからぬ冷ややかな雰囲気を醸し出している。まるで零下がこの場に何をしに来たのか見透かしている様に。
「副会長。今回の編入生募集の件ですが」
「あぁ、あれはまぁ多少なりとも血に拘る必要のない世の中になってきている。という事。縒佳も納得はしている。私も納得していてよ?零下にとって何が不満なのか私には理解できないのだけれど」
「いえ、ただ興味本位でも耳にしておこうと思ったのですが。普通科に餌でも撒いていると思ったもので、魔法科の生徒はお二人に反感を抱くことはないでしょうが。あまりにも突発的だったものですし、何よりもそれを説明しなくては他の生徒たちが混乱するのではないですか?突発的に編入試験なるものを開催してもより、混乱を招くだけだと言いますか」
「まぁ私自身もその様な魔法科の風紀を変えてしまう様なことをそうせずとも普通科相手にでしたら片腕でも勝てる。と縒佳に助言したのにも関わらずこの現状。それに、縒佳はどこまで考えているか、てんで検討はついてはいません。それでも氷室が口出しをすることではなくてよ?」
「ですがその餌に思い上がりのある連中が来られても魔法科の名に泥を塗るだけです。それに出資をそれなりにいただいている学科でもある故に普通科等の参入も見込まれるのは」
魔法科の歴史、今後のことに配慮しての零下の発言に寿は溜息をついた。憂うのでは歴史ではなく、今後よりも先の未来である。縒佳の思惑をすべて理解している訳ではないが、寿は頭の中で零下の意見を否定していた。
「血では争えない時代を見据えてよ?私は少なくとも認めたくはないのだけれど、この魔法科きっての実力者の意見の一つなのだから。氷室と日火ノが口出しをしていいことではないことは確かなの」
「ですが……」
言葉を出したところで零下は彼女の冷ややかな視線に気づき、それ以上言の葉を連ねることを止めた。理解ある寿でも零下にとっては立場も魔術師としての器量も上になる寿の言う事は聞かざるを得ない。
「氷室の気持ちは分かりましてよ。けれど、それ以上に私たち2人で貴方達二人よりも考えた上での計画です」
「お気持ちは分かります。しかし、新参者は我々の規律さえも崩す可能性があります!」
「あまり、私としても言いたくありませんが、これに関してはやってみなくては分からなくてよ?縒佳の考えている事は私には理解出来ないでしょうけど、彼女の事を魔法科で一番理解しているのは私でしてよ」
「しかし、こう言っては何でしょうが!もし、もし失敗という結果に終わったらお二人はどうされるのですか」
「失敗?最初から出すべき言葉ではないことを分かっていて?私たちは魔法科を更なる上のステージへ昇華させたいという気持ちからこうして動いています。それ以上言う様でしたら寛大な私も多少、お痛を働かなくてはいけないかもしれなくてよ?」
圧倒的な何か。零下は時に自身の上司とも言える副会長の寿と会長の縒佳に末恐ろしさを感じる時がある。
その恐怖は形容し難く、まるで人間でない何かが彼女たちの背後から現れ出んという気配。魔法科きっての実力者の篝も零下と同様感じた事のあるその感覚は二人以外の魔法科生徒との間に一線を画している。
故に彼女たちは魔法科の生徒たちの気持ちや境遇を理解している様で理解していない。それを傍らで見る篝と零下の二人は感付いてはいるものの二人には言えず仕舞いという事だ。
しかし、魔法科きっての実力者の彼女たちには誰も並び立つ事が出来ない故に誰も彼も意見をする者は居ない独裁政権の様なものと化している。
零下は唇を噛み締めながら食い下がり、その場を後にした。
肩を落としグラウンドに戻った零下を見かねて篝は即座に走り寄る。
「駄目だったか」
「すまない……。どうもお2人はこのまま続けるらしい」
「大丈夫だ。お前が危惧している問題は言わなくても分かる。言葉じゃなくて心で理解出来るって言うのか。難しい事は良く分かんねぇけど、俺たち2人は気張ってやるしかねぇ。お上品な2人に比べて俺たちは血ってやつに胡坐をかくことなく、地道に泥臭くやっていこうや」
「篝……」
「まぁでも俺とお前が居れば魔法科はそもそも無敵なんだ。魔王科に一泡吹かせてやりてぇのもあるし」
「確かに我々は普通科如きに後れを取るわけにはいかないからな。それまで気を抜かずに魔術を磨くだけだ」
篝は無言で頷くと手伝いの生徒たちを集めて円陣を組む。零下は一人、端末と睨みながら一人、達成項目を確認する。
「おい!零下!」
「ん?」
「こっちに来い。円陣でもしようぜ」
「あまり……」
暑苦しいのは苦手。そう言おうとした零下は揺らめく炎の様に爛々と輝く篝の目を見て軽く溜息をつき、肩を落として端末を閉じた。
「そうだ。たまにはいいか。こういうのも」
零下は微笑みながら魔法科の生徒に混じり、篝の号令で全員が叫び声を上げた。
「さて、望月君?いや?望月千鶴君?準備はいいかい?」
「はぁ……」
鋳鶴は溜息混じりに項垂れながら一平にそう答えた。
「どうしても僕で且つ、女装して潜入ですか」
「それしかない!?そう思っているからね?」
普通科生徒会室に集められた普通科の面々で鋳鶴の様に不機嫌な態度をとるものは誰も居らず、彼の中に潜む魔族もかなり乗り気であることは確かだった。
「「鋳鶴。君にとって女装とは耐え難い試練かもしれないが、俺にとっては初めてのことで多少の高揚感はあるんだ」」
「「おっさんは黙っててください!恥ずかしい思いをするのは基本的に僕だけなんですからね」」
鋳鶴は渋々両手を広げて通称女装スーツに袖を通す、袖を通す担当は影太と瑞希に2人。妙に強張った表情をする2人を目の当たりにして鋳鶴の頬が思わず緩む。
「2人ともそんなに緊張しなくても」
「……これは貴重な事なんだぞ……。……例えるならそうだな……。……新築の家が出来た時にお祝いする感じの……」
「こればっかりは流石の私も土村君に概ね同意よ。こんな貴重な服を作らせてもらってそれを人に着てもらうだなんて、誠ならまだしも望月君なんだし、失礼の無いようにしないと」
まずそんな物騒な洋服を着させる時点で失礼では?という気持ちを押し殺して鋳鶴は2人が自身の両腕まで袖を通し終わると目を瞑った。
普通科の面々が見守る中。鋳鶴の全身を緑黄色の光が先ず足元を包囲する。まるで魔法少女が戦闘服に着替える時の様に足先から鋳鶴の着用していたスニーカー、陽明学園高等部普通科の制服が魔法科の物に変容し、肉体も女性らしく変貌していく。
鋳鶴はただ無言を貫き通し、メンバーの合図を待つ。
「「そう言えば、どんな容姿になるか聞いていなかったな」」
「「容姿は特に気にしてないですよ。普通の顔面で普通の体格だったら良いんですよ。それにおっさんに今言っときますけど、変な行動しちゃうと潜入ってバレちゃうかもしれないんで変な気は起こさないで下さいね」」
「「その約束。俺にしたことを君が忘れない事も大事だ。魔法科に潜入するという事は魔法科の連中という者は君や城屋誠が怒り狂う様な普通科を侮辱する言葉も常日頃発していそうだからな」」
「「そこはまぁ、僕はグッと堪える様にしてるんで大丈夫ですよ。ボロを出さない様に安全に重要情報だけ手に入れて出ていくだけなので」」
「「俺が言うのもなんだが、確実に前途多難な道という事だけ君が覚悟出来ていればいいさ。俺はただ、君の思うように動けば良さそうだからな」」
2人だけの世界で不敵な笑みを浮かべるおっさんに鋳鶴はまた溜息を吐きながら上を向いた。すると涼子のよしという声が響き、鋳鶴は恐る恐る目を開いた。
麗花と歩で生徒会室に設置されている大鏡を鋳鶴の目の前に配置する。
彼はまず、鏡を見る前に自分の手を見つめた。
そこには女性らしく、まるで鏡の様に反射しそうな美しさと瑞々しさを持つ白魚の様な色白の手があった。普段見る自分の手とは全く違い皺や家事で若干荒れた部分もない。
次は普通科女子生徒が着用する陽明学園指定の制服から伸びる足。更に殆ど履き潰していたスニーカーが革のローファーになっている。
逞しかった鋳鶴の脚は双方太すぎず、細すぎない肉感で踝までを覆う紺色の靴下を着用していた。
そしてようやく普通科の面々の今にも顎が外れんばかりに開かれた口が視界に入り、鋳鶴は笑いを堪え切れず腹を抱えて笑い出す。
「ちょっと、驚き過ぎですよ。そんなに僕の仕上がりがおかしいですか?」
影太は無言でシャッターを切りつづけ、鋳鶴ならぬ千鶴の瞬間瞬間、その佇まいを焼き付けるかの様にカメラのフラッシュを焚いている。
他にも携帯電話を取り出して無我夢中に動画や静止画で連射して撮影している者も現れ始め、鋳鶴はいよいよその異様な風景に恐怖を覚え鏡の前に立つ。
「え、これが僕!?」
「「ほう。流石女系家族と言った所か、姉妹に揃って君も端正な顔立ちだからもしやとは思ったが、ここまでとはな」」
「「何冷静に分析してるんですか!え、これは可愛くないですか?可愛いですよね!?」」
「「人間はそれを自画自賛と言うんだろう?良かったじゃないか、君が良ければそれで潜入すればいいだろう?」」
おっさんや普通科の面々が千鶴の美貌に羨望の眼差しや感嘆の声を上げる中、鋳鶴だけは1つの違和感に気付いていた。
「皆、一つだけいいかな……?」
千鶴は少しだけ声を強張らせながら鏡を指さした。それぞれが声を発するという行為を忘れているのか、千鶴の疑問に対して何がいけないのか。と言わんばかりに首を傾げている。
「身長が変わってないじゃん!デカいままだけど!?」
「……確かに……」
「あ、ほんとだ。これどうしよ」
製作に携わった影太と瑞希が呆気に取られる中、最も高揚していた涼子は千鶴の手を取り普段は見せない煌びやかな目をして鋳鶴を見上げていた。
「かっ……可愛い!身長なんていうものは何の問題もありません!」
「あの雛罌粟さ……」
「逆に逆にですよ。背が高い女の子でこれだけ可愛くて美人なので私としては逆に壁ドンとかされたいというか何と言うか、取り敢えず千鶴さんは大成功ですね。会長!」
「え?う……うん?」
「涼子さんの圧に会長が気圧されてる」
「いつもハキハキとしてるが、あんなに燥いでる雛罌粟を俺は見た事がねぇ。ありゃあガチの目だ」
詠歌と誠は頷きながら双方意見を酌み交わしている。
「いやでもこんな大きい女性は流石に……」
「私は良いと思いますよ」
「駄目だ。この人、正常な判断が出来てないよ!桧人!」
「いや、そのままで良いだろ!目立つし」
「目立っちゃ駄目なんだよ!潜入なんだよ!」
いつもより身振り手振りが大きい千鶴を見てもその場に居る全員が千鶴の美貌に囚われて催眠状態に近い、彼女はその様子を見かねて衣装の電源を落とす。
「あぁ、すいません。流石に機械科との協力で編み出したそのスーツの効力が凄まじいですね。まさかあそこまで理性が崩壊するとは、千鶴ちゃん恐るべしですね」
「そこの結集により雛罌粟さんの頭が変わったのでは……」
「いえ、やはり土村君、先ほどの写真あとで焼き増ししてどうか私にいただけないでしょうか。勿論、お金はお振込み致します」
「……ふっ……。……副会長……。……お代ならもうすでに千鶴の衣装でもらっているさ……。……副会長の財力が無ければ実現しなかったからな……」
「いや?土村君?財力は僕だよ?」
「……いや……会長……。……実は……」
周囲の目を気にしながら影太は一平の耳元で囁き、一平の表情が強張る。先ほどまでの物言いが嘘だったかの様に一平は話す事を止めていつもの椅子に腰かけた。
「結局今のは何だったんです?」
「いいや?何もなかったよ?ささ?準備しようか?」
「おい!影太!会長に何言ったんだ!おい!このエセ忍者!」
「……何とでも言うが良い……。……さぁ……!……行くのだ千鶴……!……魔法科への編入手続き書類はまた明日渡す……!……この状況をご家族に説明するために今日はもうそのまま帰りなさい……!」
「頼むぜ鋳鶴。お前にかかってる」
「何かあったらいつでも駆け付けるからよ。前みたいに魔法科の連中とドンパチやるのは慣れっこだしな」
「こら、誠?お姉ちゃんの前でそういう暴力的なお話は無しよ」
「鋳鶴、不安だったらいつでも連絡してくれても構わないんだからな」
「影太が居るし、鋳鶴なら大丈夫だって!歩はちょっと心配しすぎなんだよ」
「んなっ……。別に心配とかそういうわけではなく……」
「桧人と2人で気長に待ってるね」
「いや、そこは皆だろ……」
「ここまで言って言われておいてもう行かないわけにはいかない感じじゃないですか!」
「まぁ千鶴ちゃんは可愛いので望月家にはすぐに馴染むと思いますよ。というかむしろ姉妹様方に服を破壊されないか心配ではありますが、帰宅して最初に会うのは基本的にどなたなんですか?」
「基本的に僕より早く帰っているのは妹の神奈とゆりですね。2人とも同時刻に帰ってくる事が多いので」
「ムーンシスターズは兄への気遣いを忘れない素晴らしい妹さんたちなので沢山甘やかしてあげてください。兄が女装させられて帰ってきたとか言われたら私なら引いてしまうかもしれないので」
「ちょっと!雛罌粟さん!女装させといて引くはないですよね!?」
「言葉のあやです。いやそれにしても滅茶苦茶可愛いですね。思わず語彙が壊滅的になってしまうレベルの可愛さです。いや、もう可愛いとかではなく尊い」
鋳鶴は涼子の発言に引き気味になりながら全員に挨拶をして生徒会室を後にした。
身長180cm超の女性は一般的に珍しいという世間的事情とスーツが作り出す美少女ホログラム(影太命名)が最大限の効力を発揮する為。校門を過ぎるまで千鶴を見かけて振り返らなかった人間は居なかったという。
―――――望月家―――――
「ただいまー」
千鶴もとい鋳鶴はいつもの様に玄関を開け、靴を脱ぐために上がり框に腰かけ靴の踵部に指を入れる。すると慌ただしい足音とともに息を切らしながら彼のもとへ駆け寄るゆりと神奈が現れた。
「ゆりちゃん!すごいよ!本当だった!」
「あぁ……。兄ちゃん。こりゃすごい……!」
「何が?」
「声までちゃんと女の子だよ!」
「もしかしたら望月家で一番の美人なんじゃ……」
「2人とも大げさだよ」
「兄ちゃんがこんな可愛かったら私は絶対言う事聞くし、早起きだってするよ。ちゃんと毎朝髪の毛も自分でやるし」
「いや、兄ちゃんが普通のままでもやってよそれは……」
「でもお兄ちゃんがこんなに可愛くて完璧に家事もこなすのはもう完全無欠だと思うよゆりちゃん。好きな男の子とか連れて来ようものならお兄ちゃんに取られちゃいそう」
「それはあるなぁ……。今の姉ちゃんたちでも嫌なのに兄ちゃんまでそこに加われたら私たちに勝ちはないぜ」
「お兄ちゃんって呼ぶのはいいけど、偽名とかどうするの?鶴子ちゃんとかなの?それとも自分でつけた別の名前があるの?」
「千鶴」
鋳鶴の淡々とした一言に2人は一瞬固まり顔を見合わせる。鋳鶴は少しだけ呆れ加減に腰に手を当てながら2人の様子を冷やかな目で見守っていた。
「あのねぇ……」
「怒ってる姿も可愛いぜ。千鶴ちゃん」
「ちょっとゆりちゃん!多分千鶴ちゃんは年上だろうからさん付けとかにしないと失礼じゃない?」
「いやでも千鶴さんっておかしくないか?だったら望月さんって呼んだ方が畏まった感じがあって私はそれがいいと思うぜ」
「そんな事はどうでもいいの!2人にこんなことを頼むのはあれかもしれないけど、というよりもゆりよりは神奈よりのお願いなんだけど……」
「なーに?」
「違和感とかない様にしたいから女性らしい仕草とか教えてほしくて……」
「おい!兄ちゃん!神奈に教えてもって私はカウントしないとはどういう要件だ!?喧嘩か!?」
「まぁゆりちゃんよりはお兄ちゃんの方がそういうのはしっかり出来るかもね」
ゆりの発言に対し、ゆりはついに沈黙し別の生き物でも宿っているのか彼女の特徴でもあるポニーテールも萎びた様子になっている。
「明日だもんね。明日までに出来る事は今日やっちゃいたいし、こういう時にお姉ちゃんたちがしっかりしてればと思うようになるとは……」
「梓姉が居ればよかったのになぁ……。今は良い意味で強い姉たちしかいないからね」
最大限の望月家の皮肉を吐露しつつ、鋳鶴の神奈から女性らしさを会得する修行の火ぶたは切って落とされた。
次回34話は2月25日0時投稿予定です
どうかよろしくお願いします




