第32話:魔王と潜入作戦
鋳鶴に迫る普通科の魔の手
女装プロデュースのプロと衣装づくりのプロの結託
更にその衣装には機械科のプロデュースも加わって……
白鳥女史と保健室のマドンナの見解はそしてノーフェイスの語るギフトとは
「なんかね?望月君しかいなくないかな?」
「しかし会長。望月君は適役かもしれませんが。彼の身長が少し……」
「だよねー?でも女の子を潜入させるっていうのは気が引けるし?かと言って大将である僕が行くのも危ないしね?ちょうどよい体系の土村君には別件があるしさ?城やんや坂本君だとあまりにも……?ねぇ……?」
一平は生徒会室で涼子と二人。機械科よりも謎の多い魔法科について調査を進めようとしていた。影太の忍術を用いても魔法科の女生徒の話題ぐらいしか提供しないため、というよりもあまりに厳重な警備故に内部情報の閲覧や聞き込みが不可能になっている問題を改善する為に会議を行っている。
影太なりにあらゆる撮影した写真を元手に情報収集を図ったものの、魔法科全体の結束力が強固なものになっており、影太の作戦も生徒たちが写真を受け取らず、影太に対する警戒態勢が厳重になっていた。
「確かに望月君は他二人に比べて細マッチョという所はあります。しかしですよ?望月君と坂本君では望月君の方が背が高いという事実があります。家系で見れば望月君の方が適任だ。そう思う会長の気持ちも理解できなくはないですが……」
「まぁ本来なら僕が行けばいいと思ったんだけどね?」
「先ほど会長も仰っていた理由の通り、貴方では駄目です。それに会長の変装は下手したら魔法科にデータがある可能性がありますしね」
一平は残念そうにコーヒーをすすりながらそれぞれの書類に目を通す。
「やっぱり望月君だけかなぁ?出来るのは?」
「彼が快諾してくれるかどうかですけどね。苦い顔で拒絶してくるとは思いますけれど、危険な事なので顔が割れている生徒では駄目ですし、実力者の方が仮に変装等がバレた場合でもなんとか魔法科から脱出も出来るでしょう」
「会長命令!とか言ったら?きっと怒るだろうねぇ?」
涼子は無言で頷いた。
彼女は一平よりも毎日の様にまだ付き合いの浅い選抜された普通科の面々の資料に目を通さない日はない。
一平としては直のコミュニケーションに重きを置いているため、あまり資料を見る事をせず、直接の接触を苦手とする涼子にとってこの資料は大変貴重な情報源なのである。
「とりあえず、言ってみる他ないでしょう。彼にピッタリな変装道具は機械科の方たちと土村君の共同制作で明日には完成するようにしていますし」
「え!?いつの間に!?」
「えぇ、土村君は当たり前ですが、機械科の方々も私が会長に進言する前に考えたこの作戦を公表した所。むしろ機械科の方が任せてくれ!な雰囲気を出していたもので」
「それは初耳だなぁ……?でもそれってさ?どういう物なの?」
一平はそう言いながら改めて作戦資料の表紙を見返した。
そこには「望月鋳鶴 女装潜入作戦」と大々的に記載されている。
「簡単に言ってしまえば、周囲の人間に錯覚を起こさせるスーツの様な物を制作していただいています。望月君は顔も端正ですので一番編集の難しい所をカットできる。そういう理由から顔以外の部分を周囲の人間から見たら女性的に見せる事の出来るスーツと言えばいいでしょう」
「でもそれって可能なの?望月君って背がすごく高いじゃん?」
鋳鶴の身長は普通科面々の中で誠の次に高い180cm。女性でその身長となると、よっぽどの事がないと有り得ない様な体格である。
「ですので女装した望月君の設定。もとい。鶴子ちゃん(仮名)の人生設計を土村先……。失礼しました土村君が念密に製作しているのでご安心を」
「雛罌粟?もしかして……?すごい楽しんでる……?」
「いえ!そんなことは!一歩間違えば命の危険すらありそうな事なので私は真剣にこの作戦に取り組んでいるんですよ」
「それは流石に嘘だよね?」そう言いたくなる気持ちを彼女の迫りくる圧に屈した一平はそれ以上何も言うまい。と心に決めて口を噤んだ。
「まぁ?望月君に期待するしかないようだし?ちゃちゃっと呼び出して依頼しちゃおうと思うんだけどいいかな?」
涼子は鼻息を荒くしながら一平に無言で頷いた。
一平は、学園のイベントで行われる美少女コンテストという大会に女装して出場している。学園長の思い付きで毎年複数回催されるそれに対して一平は一年の時に女装して参戦し優勝したのを皮切りに涼子も衣装合わせやメイクなどに関しては我を忘れて一平の女装に対して献身的に尽くす。
基本的に普通科でしか開催されない美少女コンテストは勿論、六科全域に参加対象が及んでいるのだが、普通科だけからしか人間が出ないと考えると少なく感じてしまう。
そんな中、一平は女装して参加し、優勝をかっさらうため美少女コンテストのみに現れる謎の美少女は正体を知られぬままファンを増やしている。
一平自らの趣味と、女装の研究のためか彼はアイドルが多数出演するバラエティー番組の視聴を欠かさない。その熱心さを学業などに向けてほしい。そう考える涼子もかつては存在していたが、今やアイドルの楽曲を購入し、握手券やチケット等を手に入れ女性らしい仕草を研究している姿を見ると、彼女自身も普段の学園生活を超えた補佐を務める。
鋳鶴への嫉妬か、それとも数多の事情があるにしろ。ノリノリで女装し魔法科の生徒を欺きたい。そう考えていた一平を尻目に新たなる世界を拡張せんとする涼子の態度に一平は少なくとも嫉妬していた。
「ぜっっっっっっったい!嫌です!!!!!!」
生徒会室に突如招集された鋳鶴は勢いよく机に両手を叩きつけて一平と涼子に抗議の意を示した。
「ほらほら?やっぱりね?」
「何故ですか!望月君はどちらかと言えば女性顔ですし!まったくもって問題ないかと!むしろ私や会長よりも女性らしくなれるようなご尊顔をしているではないですか!メイクや服装は私たちで用意しますから!」
「嫌なものは嫌なんですー」
「全く、坂本君と城屋誠の両名は筋肉が隆起しすぎているのが目立ちますし、会長の女装は顔が割れてそうな上に、わざわざ敵の陣地に丸腰で送り出せません。土村君はそもそも偵察に使っているので人数としてはカウントできません。ほら、望月君しかいないでしょう?姉妹が多すぎる望月君はそれぞれに何処か似通っているお顔をされているのでぴったりかなと思い。提案させてもらっています。更に貴方は普通科きっての実力者ですしね」
あまりに早口で語られた涼子の自論に鋳鶴は若干引きつつも真剣に耳を傾けていた。女装である意味は全くない気がするも涼子の言う作戦は理にかなっているを思った故である。普通科の女性陣に敵地中心部まで潜入させるわけにはいかない。
だが、女装しなければいけない。その羞恥を考えると、二つ返事で皇帝することな出来なかった。
「僕も望月君なら女装いけると思うんだけどね?それにさ?雛罌粟もこうしてノリにノっちゃってるし?」
「ノリ云々よりも!もっとまともな作戦はないんですか!?」
「比較的まともだと私は思いますが……。望月君は学園の有名人にもなりつつありますし、ただの変装よりは相手に察知されにくいとも思いますし」
「それにこんな作戦を計画したのも?これが悪いしね?」
一平は鋳鶴に向けて一枚の紙を投げた。
目の前で一回転し、丁度鋳鶴の目の前に露わになったその内容を見て鋳鶴は絶句する。
そこには魔法科新規生募集の張り紙であった。新入生入学前や新学期初期の場合なら理解出来る催しだが、体育大会も二回戦を迎える昨今の事情を考慮してもこの広告は奇妙なものである。
「これって罠じゃないですか?なんか怪しい気がしますし、魔法科がこんな張り紙出すなんておかしいですよ。登校するときにもありとあらゆる場所で見ましたけど、引き抜きって思いたいですけど、やっぱりこの時期には絶対おかしいですよ」
「仮に罠だったとしても乗らない手はないよ?だってほとんどの情報を知らない魔法科に潜入出来るんだしね?」
「リスクが大きい気もしますけど……」
「リスクを冒さないと魔法科には勝てないって僕は思ってるよ?」
会長の真剣な眼差しに鋳鶴はもう一度作戦の内容を確認する。
「勝率を上げるなら確かに必要かもしれませんね」
「「なんだ。女装する勇気が出てきたか」」
「「おっさんは黙っててください!」」
その後、鋳鶴は二人に反論する事もなくなり、一平はすべてのメンバーを生徒会室に呼び出し、全員を椅子に座らせた。
ある程度鋳鶴に説明した内容を伝達し、作戦の可否について一平はメンバーに尋ねる。
「俺は悪くないと思いますよ。城屋さんや俺だと、確かに不釣り合いだし女仕草なんて出来るわけがない」
「姉ちゃん居ても俺は男臭い男だし、鋳鶴が適役だろ。他のメンバーじゃ些か潜入ってバレちまうと脱出までの難易度が高くなるしな」
「アタシも賛成だ。影太は他の仕事があるってんならそっちを優先させるべきだと思うし。鋳鶴ならなんとかなりそうだし」
普通科の不良三人組。誠、桧人、麗花は生真面目な面持ちで話すも勘の良い鋳鶴は三人が話し終わると口角が吊り上がる瞬間を見逃さなかった。
「ちょっと!そこの三人はふざけてるよね!?」
「私も賛成ですね。鋳鶴なら何とかしてくれると思うし、魔法科の中に潜入するにあたって向こうで捕まったとしても鋳鶴ならって思うしね」
「そうだな……。私も詠歌も魔術の素養なんて無いに等しい。男装して潜入も良いと考えたがやはり鋳鶴が一番適任かと」
「会長!副会長!おふざけのメンバーとしっかりメンバーの差がすごいんですけど!」
「……俺も賛成だ……。……俺も潜入するという観点から……、……鋳鶴が最も二人組での生存確率が高いと思ったからな……。……校内になるため機械科のバイクを導入するのも不可能だ……。……それに皆も見たくないか……?……鋳鶴の女装を……」
本音が駄々洩れになっている影太に対し鋳鶴は今にも、お前マジか……。といわんばかりに迫真な目つきをしている。
鋳鶴は瞬時に周囲の人間の表情を見た。誰も彼も鋳鶴に対して羨望と期待の眼差しを向け、鋳鶴の反論など聞く耳もたぬ様子である。
「……衣装は協力者が居るからそこからデザインを設計してからお前に見せる……。……長期滞在も考えて全ての備品を女の子風にしてやるからな……」
「気になったんだが、下着は女性物を……?」
「……歩、それは良い質問だ……。……協力者はそこまで設計してくれているが……。……鋳鶴、いや鋳鶴に成り代わる鶴子ちゃんでいこう……」
「ネーミングセンス致命的すぎない……?」
「名前は僕に任せてくれないかな?それと望月君の姉妹とか言うとバレるかもしれないから、遠い親戚って感じにしよう?」
自分を余所に周囲が勝手に設定やら、生い立ちやらを考え始め鋳鶴は一人教室の隅に取り残されていた。すると数分後には沙耶と瑞希の二人が鼻息を荒くしながら現れ、鋳鶴の身体測定が始まったのはまた別の話である。
―――――中央保健室―――――
中央保健室の戸締りは現場における最高責任者の穂詰の仕事である。学生たちを一定数見送り、入院に近いような生徒が存在する場合は泊まり込みで過ごす。
ここ最近は鋳鶴と誠程度しかそういった利用をする生徒は居らず、比較的穂詰が此処に残る事は珍しい事である。
今日はたまたま、校医として全校生徒の診断書等の整理を行っていた。勿論、いつもの様にほろ酔い状態で自室の机上にそれを散りばめている。
「はぁー。我が弟ながら、言う事聞いてくれないと困るー」
疎らに積み重ねられた一番上には鋳鶴の診断書が丁寧に配置されている様に見えた。彼の診断書は他の生徒と比較すると圧倒的な量になっている。
姉の愛情ではなく、陽明学園が誇る最高の校医としての職務を果たすため、鋳鶴の肉体に巻き起こっている前例のない症状に頭を悩ませていた。
「要ちゃんにはまず、見せられないとして本当に我が弟ながらお姉ちゃんを悩ませる体してるー」
穂詰は鋳鶴の身体に刻まれている刺青の存在を知っている。決して理解出来るような代物ではないが、彼女はその刺青を見た瞬間に鋳鶴の心臓部へ向けて刺青が集結している様に見えた。
身体に満遍なく魔力を行き渡らせる様にか、はたまた何かのメッセージが含まれているのか、鋳鶴の背中を久々にしっかり見た穂詰は生き物の様に広がっていく刺青に目が釘付けになっている。
「うーん。さっぱり分からない。魔族関連の資料を見るしかないわー。もしかしたらそこにヒントがあるかもしれないし」
穂詰は勢いそのままに椅子に腰かけ学園から支給されている彼女専用のパソコンを起動した。
陽明学園に在籍する殆どの教員が学園から支給されているデスクトップのパソコンは世間で言う最新式で電源を入れればものの数秒で検索エンジンが稼働する様になっており、待ち時間が無いに等しい高速さになっている。
その中でも生徒指導の要と中央保健室の管理人である穂詰の2人は学園の生徒たちの個人情報等が纏められたデータベースを自在に閲覧できるようになっており、そこから要の場合は生徒たちの素行の調査や学園で起きた事件。穂詰の場合は生徒たちの持病の調査や学園外で行われた様々な診察内容やレントゲン等を閲覧できる。
そこから素行が比較的悪い生徒たちを要専用ブラックリストに登録する場合や特段病弱な生徒や疾患を抱えている生徒たちへの再発防止。更には診察スピードを上げるために使用する。
「あ、この子しばらく見てないけど元気かなぁー。今度会いに行ってあげないと」
鋳鶴の資料を広げながらも他の生徒の資料も片手間に閲覧しながら黙々と作業を進行する穂詰はいつもの様にほろ酔い状態なのにも関わらず、マウスを握る右手は正確に動いている。
他の生徒たちの情報を閲覧し終え、穂詰のデスクトップ中央に突然の着信を知らせるメッセージが入った。
「あらー。要じゃない」
「貴女がパソコンの前に座してるって事はちゃんとした仕事中だった?いつも通り、画面越しでも酒臭いのが分かりそうな赤面具合だけど」
メッセージをクリックすると同時に穂詰のモニター一杯に要と彼女に用意された職員用の教室が背景として映し出される。
穂詰に引けを取らないほど要の部屋も汚く、その様子を見て彼女はほくそ笑みながら要との話を続けた。
「えー。そうかなー。要に比べたらまだ生徒たちとの距離を適切に保ってお仕事しているつもりではあるから良いと思うけどなー。マッドでサイエンティストな生徒指導の教員か。四六時中酔っぱらってるアル中校医の私だし」
「いや、まだ私の方がマシよ。穂詰は今までないだけで、もしかしたら酔った勢いで生徒たちの治療行為で手を滑らせるかもしれないでしょ」
「気になっている生徒に片っ端から解剖させて!とか言うよりはマシ!それに失敗とかしたことないしねー。私、失敗しないので」
本当に泥酔しているのか?と疑問に思う程はっきりとお決まりの台詞の様なものを吐いた穂詰を画面越しに要は眉をしかめながら見つめる。
その様子を泥酔が原因なのか彼女の様子を見るだけで今の穂詰は口角が吊り上がってしまう。長年の付き合いの二人だからこそ出来るフランクな会話だ。
「それで、ちょっと真面目な話なんだけどねー?うちの鋳鶴はどう?去年と変わりなくしっかりやってる?」
「あー、まぁそれなりに普通科の力になってくれているし、彼らとの輪も乱すことなく、以前と変わらず、掃除とか用務員さんの手伝いとかもしてくれているみたい。でも隠すつもりは無かったんだけど、少し体にガタが来てるとは思う」
「やっぱりそうなんだ。でも大事なのはガタが来てるのは昔から無茶をする性格も相まっての結果。ただ、今の鋳鶴はその傷を癒す暇もないっていう現状が一番危ないかもしれないわねー」
要はここ最近における普通科の出来事と鋳鶴の怪我の詳しい容態。細かい体調の変化までありのままを陽明学園が誇る校医に伝達した。
実の弟でもある鋳鶴故か、時折彼女らしからぬ溜息が出ているのを要は確認する。
「酔いが覚めた様な顔してる」
「そうー?」
要は彼女が何故、常時泥酔状態を保ってしまう様な生活をしている理由を知っている。校医であり、場合によっては手術ですら任命される彼女。
初対面は互いに未成年で陽明学園内であったが、今や双方陽明学園に欠かせない教員の二人になっており、二人の友好関係は周知の教員たちも知るほどである。
ジャンヌも二人の交友関係を既知し、学園の主戦力として多大な期待を寄せているらしい。
「次は魔法科との戦いみたいなものだから、もっと無理しちゃわないかなぁーとか考えた訳。それに魔法科に勝ったら結と戦わなきゃいけないじゃない?鋳鶴に出来るかなぁと思って」
「心配は弟だけ?」
「うん。器用だけど不器用な長男だからね。姉や妹は何人もいるけど、たった一人の長男坊だしねー」
「そこまで気にする事なら、いつだってその態度で居てあげればいいのに。不器用な姉たちったらありゃあしない」
「ほら、私たちの家って異常だから。不器用な姉というよりも長男坊が器用すぎるの。実の弟にガチ恋している妹も二人居るし、二人ともそういう感情があるにしてはとっても遠くに居るし」
要は微笑む穂詰を尻目に机の脇に置いていた教員用の新聞を手に取った。
この新聞は毎朝各教員にジャンヌ自身であいさつ回りをしながら配布している教員用の新聞である。
そのため他科の生徒が知る事の出来ない情報や学生の関係者の大きな事柄を取り上げ、生徒の周辺情報を知らせるためのツールだ。
「あの二人はねー。時たま心ここに在らずって感じがするのよね。真宵ちゃんはその辺のバランスしっかりしていた方だと思うんだけれど、結ちゃんは多少の強迫観念に駆られている節は見える。決勝戦は私たちで二人を止められるようにする必要があるかもしれないしね」
「そうね。二人とも解剖してみたいぐらいには望月家きっての強靭な肉体と屈強な精神力があるものね。長男坊の望月君は本当に大変だと思う。勿論、そんな長男坊の望月君も解剖したいのだけれど」
「普通に担任なのにそんな事言えるのは引く」
学生の様なノリで穂詰は微笑みながら要にそう応えた。
「いやー、穂詰さえ良ければ貴方も解剖してしみたいのだけれどね!」
「絶対駄目!というかアルコールしか入ってないと思うけどー」
「だからこそ興味が沸くのよッ!どうして穂詰は見た目で酔っぱらってるって分かっても保健室を利用する生徒たちの体調ははっきり理解出来ているし、カルテの筆記も完璧だもの」
「まぁねー。集中力はしっかりしているのかもねー。あと長年の経験かなー。まぁ長年と言っても校医としては10年もやってないけど」
自慢げに高揚している頬に触れながら、穂詰は徳利に酒を注ぎ即座に飲み干す。彼女の肉体は特異なものであり、通常の人間が摂取できるアルコール濃度の限界値を数倍は超えている。かと言って全く酔わないという訳ではなく、望月家では毎日の様に嘔吐している模様。
「でも鋳鶴の身体は絶対駄目。鬼が出るか蛇が出るか分からないし、まだ要には言えないけれど鋳鶴の身体はやっぱり他の生徒たちとは違うの。確かに研究材料にふさわしいのは理解できるけど、二人の身を案じて私はこう言ってる」
「そんな事分かってる。私も好奇心が働きそうになるけれど、彼の背中凄いから。威圧感というか、彼自身は出していないかもしれないけど、他の生徒たちは居ない時。もしかして気張ってる?と思うぐらいには威圧感凄いから。何かを常に警戒しているというか、何と言うか」
「うーん。我が弟ながら分からん所はあるのよねー。でも家ではそんな事ないと思うけどなー。よくわからん!」
声には出さないものの要は溜息をついて穂詰との回線を閉じた。
―――――崖の底―――――
崖の底でノーフェイスとアセロの二人は光源魔法と呼ばれ、人間の世界で電球と呼称される明かりを自身の魔力で行使した。
光源魔法とは自身の魔力で輝く光源を作り出し、それを頭上付近に浮かべ、暗がりや洞窟といった視界の悪くなる場所で明かりを灯し、視界を確保する。という用途の魔法だ。
アセロに詳細は明かさず、ノーフェイスは甲冑で隠れた顔を地面と平行にしながら何かを探している様子を彼に見せていた。
光源魔法は魔力を制御する為に必要な訓練の一つでもある。というノーフェイスの言葉を半信半疑で聞き入れ二人は今に至る。
「なぁ。ノーフェイス」
「なんだね。アセロ」
「光源魔法での訓練はもう飽きた。それに何を探してるんだ?」
アセロの突拍子もない質問にノーフェイスは歩みを止めた。
「暗夜草。という植物を知っているかね?」
「なんだそれ。食べられるのか?」
「まぁ、魔族にしか食す事の出来ない薬草に近い物と思ってくれればいい。君の魔力制御の訓練も兼ねて私はそれを探している」
「それを誰かにやるのか」
「あぁ。スレイ様にな」
「人間で言う介護みたいなもんか」
「介護?いや、違う。未だに肉体に刻まれた裂傷の跡が改善されない。という事と我々に科す為のギフトを練っている」
「ギフト?」
ノーフェイスは採取の手を止め、アセロの前に手を差し出す。
「何だ」
「ただの授かり物さ。まだ君には見えないかもしれんが、我々上級魔族にははっきりと視認出来るようになっている」
アセロはノーフェイスの手元を凝視するが、それらしき物体は何も見えない。
彼からは視認できないが、ノーフェイスの手には青白く発光する金平糖の様に凹凸のはっきりした物体が浮遊している。
「ほら」
下手投げでノーフェイスはアセロにそれを投げ渡す。見えない物を投げ渡される事などアセロには未経験なのは勿論、実体無き物を掴む事ほど高難易度な事はない。
どんなに凝視しても姿を見せる事のないそれをアセロは目を瞑って想像する。先ほどのノーフェイスの投げ方からしてギフトは両手に収まるサイズだろう。
瞬時に判断を決め、アセロは目を見開いてノーフェイスが投げた不可視の物体に手を伸ばし、両手で挟み込む様にして彼はそれを手にする事に成功する。
「と……取れた……」
「手に出来た時点で君には素質がある。という事だ。素質さえあれば、君がギフトを授かった時に違和感なくそれを行使できるだろう」
何も無いのにも関わらず、何かある。しかし、アセロは此処で気付くギフトの重量と、その魔力の膨大さに。
「これを……内包しているのか……」
「スレイ様はギフトを内包可能な魔族を選定し、与えている。私の見立て通りに君が理想通りの魔族に成り得ることが出来るのなら、ギフトは授けられるだろう。そうすれば、望月鋳鶴など造作もない」
「もう、鋳鶴は超えてるけどな。でも驚いたこれは凄い……。欲しくなった。ギフト」
ノーフェイスは無言でアセロの手中に存在していたギフトを引き寄せ、自身の心臓部に手を当て身体に取り込んだ。
「ギフトの大小は様々だ。私はこの程度の大きさだが、他の者は私の物より強大なギフトを有している者も居る」
ノーフェイスは再び暗夜草の探索を始める。アセロにはそれ以上何も言わず、無言のまま彼に背中を見せ続ける。
しかし、アセロはその背中に違和感を覚えた。彼のギフトに直で触れた所為なのか、はたまた本来がそうだったのか。あまりにもその背中は自身の目標の一つとして巨大な存在に見えた。
―――――普通科 生徒会室――――
「出来た様だね?」
一平は目の前に配置したマネキンに着用されている魔法科の制服に触れながら呟いた。人差し指と中指で生地を挟み、心地よい肌触りを味わっている。
「会長あまり触れないでください。城屋誠の姉である瑞希さんの裁縫の力。私が提案した制服の機能性。そして機械科の頭脳と技術力によるそれの実現により完成しました。望月君専用に完全チューンナップされた最高の魔法科女生徒制服です」
高揚しきっている涼子の鼻息は一平から見ても煙を噴出するディーゼル機関車の様な勢いをしていた。その開発資金は一平が個人的に所有するポケットマネーから抽出されたものだが、一平は何も言わず、そんな涼子を優しい目で見守っている。
「思春期男子特有の汗臭さであったり、むさ苦しい臭い等を完全に防臭。女性らしい匂いを周囲に振りまく事の出来る空気清浄機能及び人体に無害なアロマを周囲に散布する機能。更には望月君の体格だけでなく、他の皆さんの着用も考慮し、伸縮自在の素材を使用しています。カモフラージュ機能として女生徒らしく、女生徒よりも女生徒に成れるよう周囲の人間に対して視覚調整も行えるようにしています」
早口且つ、凄まじい剣幕で話を続ける涼子に一平は口を出そうにも出せずに居る。
「そして衣服だけではなく、ウィッグにもその機能を搭載しヘアカラー、髪型まで自由自在!毎朝の寝ぐせにさようなら。更に髪の毛自体に特殊なコーティングを施し、ウィッグを装着している本人の意思があれば、ある程度の衝撃等に耐える事の出来ます。なので髪を切られても大丈夫。という物になっています」
「良い感触だね?ずっと触っていたいぐらいだよ?それにしても開発から数日程度しか経過してないよね……?」
「会長」
「なに?」
「私は真剣に望月君の女装が見たい。という気持ちと、真剣に魔法科への潜入を成功させたいと願っています。会長が女装して潜入という作戦を渋らなければこうはなりませんでしたが……。が、です。それ故にこうして機械科との友好関係の向上。私と瑞希さんも楽しく開発する事が出来ました。土村君の尽力もあり、完璧な物が出来たと思っています」
雛罌粟が少しだけ口角を上げ、一平にその表情を見せる。
「そっか?まぁ、僕の資金をふんだんに使いすぎなのは困ったもんだったけどねぇ?来月推しているアイドルのCDが出るというのに沢山買えなくなったらどうしてくれるんだい?」
「同じCDを何枚も買うよりはこの使い方の方が有意義かと思われますが……」
「それは違うよ?浅い、浅いよ雛罌粟?CD一枚につきに、1回の握手券がついてくるんだ?その1枚で推しと握手が出来るんだよ?なら僕は力の限りCDを買うんだ?だって沢山握手して認知してもらいたいじゃん?それに僕の女装は研究に研究を重ねた末に陽明学園美少女コンテストで優勝するレベルになっているんだよ?それこそ握手会で可愛い女の子たちを目の当たりにしてこそさ?」
地雷を踏んでしまった。と雛罌粟は思ったが、時すでに遅し、一平の熱弁は止まらず。まるでターン性であるかの様に今度は一平のマシンガントークを雛罌粟が受ける事となった。
31話を2月22日12時に投稿し、32話は2月23日0時とさせていただきました。
32話もどうかよろしくお願いします




