第31話:魔王と二回戦
滅茶苦茶お久しぶりです。本当に久々です。忘れている方というよりもあれ?この人これ書いてたのか……。みたいなのもあると思います。
本日から10日連続で予約投稿していこうと思っているので楽しみにしていてください
誤字脱字見受けられると思いますがそこは何卒、ご容赦ください。
「人体には、魔力の通る道筋があるの。現代でいう道路とかあるでしょ?あれがないと車は走るのが難しいし、走れない道さえある。鋳鶴の身体は今、本来あるべきその道がボロボロって訳」
窓からの木漏れ日が入る中央保険室の診察室で鋳鶴と穂詰は、人間の腕の標本を手に取りながら二人でそれを見つめている。
陽明学園に多数在籍する保健医の中で最大の診察室を使っている穂詰は、部屋の至る所にワインセラーや酒樽が配置されていた。設置されているベッドの数よりも酒類の方が鋳鶴の視界に入る当たり、彼女の診察室は最早酒蔵同然である。
「だから今は消費を抑えろって事なの?」
「まぁそうだよねー。概ね回復しているみたいだけど、突然無理させたりすると危ないかもね。鋳鶴の人外じみた回復力は本当にすごいけど、どうも芯まで回復するのは時間がかかるみたい。でも普通の人間なら芯まで痛めると一生駄目だったりするから、やっぱり私の弟でもあるし恵まれてると思うけどね」
へべれけになりながらの診察をしていた姉に対し、最初こそ不信感で凝り固まっていた鋳鶴だったが、いざ、診察の結果を言う事に際しては彼女の生真面目な側面を久々に見る事になり、自分が置かれている肉体の状態よりもその事が気になっている。
「いつもその調子でいてくれると助かるんだけど……」
「えぇー。だっていつも真面目で居たらそういう人だって思われちゃうじゃん?そーいうポジションは私じゃなくて杏奈姉だし」
穂詰は普段通りの鋳鶴の小言に対して、鼻の下でペンを挟み、床を踵で蹴り、回転椅子で回った。
それはまるで反抗期の子どもが親の言う事なんて聞くまい。と体現する時の様な哀愁を感じる。
「とにかく、今は安静第一。信じられない回復力があっても完全には回復してないんだからー。あんな大きい船を焼失させるのはすごいと思うけどー!」
そう。鋳鶴は機械科を下し、普通科は陽明学園体育大会二回戦に駒を進めた。が、唯一最後まで会場に居た一平と鋳鶴。
一平はただの魔力切れで、ものの一時間後には完全復帰し、二回戦への作戦を立てるために生徒会室で一人籠った。一方の鋳鶴は、魔力の消耗もさることながら、再生能力の酷使、ひいては一平の能力における肉体へのフィードバックが原因で数日間体を動かすこともままならないばかりか、目を覚ます事すらなかった。
その間の望月家の家事はもちろん、陽明学園が誇る月の姉妹。ムーンシスターズのゆりと神奈によって鋳鶴の代役が務められている。
鋳鶴が目を覚ます二日前には、各々完全に傷が治癒し、普通科に戻って二回戦までの準備と元の学生生活に戻った。が鋳鶴が中央保健室で寝ている間の授業のノート取りを含め他のメンバーは一平から特訓メニューなるものを与えられ、それをこなしている真っ最中だ。
そして機械科に勝利した普通科は景品の一種として普通科との協定を結び、一部の資材をこの体育大会開催期間中に提供、更には他科への諜報活動を委託している。
諜報活動は影太を筆頭に新調したカメラに機械科の生徒たちによるよりよい盗撮、もとい諜報活動に適した物にするための機能改善なども影太と数少ない機械科開発陣の男子生徒たちと盛り上がりながら仲を深めていた。
それを一部の機械科の女生徒たちと普通科代表の女性陣は冷ややかな目で見ることもあれば、またそんな様子をほほえましく思う者も居たという。
そんな男性陣を冷ややかに見ていたのは勿論、麗花と一部の機械科の女性陣。一方、詠歌と機械科開発の女性陣は男たちの企みを見てほほ笑んでいた。そんな両科団結の様相を普通科生徒会室からいつもの笑顔で回転椅子腰掛け、一平がコーヒーを飲みながら見つめている。
「会長。望月君が目覚めたようです」
「お?ようやくかい?長かったね?」
「まぁ……、彼のした事は学園中で取り上げられましたからね。私たちだけでなく、白鳥先生やジャンヌ理事長にまで各科の新聞部辺りが強行取材に行ったとか云々聞きました。お二人とも心労が溜まっていて……」
「白鳥女史はむしろ喜んでたと思うけどねぇ?望月君の活躍もそうだけど、普通科自体が褒められたというか?各科から取材を受けるような存在になれたんだ?っていうのを僕に話してくれてね?だから、きついかもしれないけれど?白鳥女史も確実にその心労を喜んでるとは思うよ?よく言うじゃん?親が我が子を褒められた時の様に?自分の様に嬉しい的なさ?」
「そういうものなのですかね。私としてもこうして怪我したのは初めてでしたが、何となく、清々しさがありました。確かに、途中退場という事で悔しさもありましたけど。会長と、皆さんと戦えた事が何より嬉しかった。そこに充実感がありました。私の三年間は無駄ではなかったという事が証明されたのが嬉しかったですね」
一平は涼子の気苦労を知っている。
自分が生徒会長。という存在もあるが、あまりにも出来ない男の部類であることを理解している一平にとって彼女は無くてはならない存在。
故に彼女の事は基本的に理解しているし、その苦労を知っているからこそ、今の彼女が自然と吐露したその台詞は一平にとっても今すぐに賛同して感動を分かち合いたい所ではあった。が、今はまだ一回戦突破という所。一平はその衝動を抑えながら、淡々と窓から広がる外の景色を眺める。
「まだ、喜べないよ?僕が目指しているのは何より優勝だし?それにさ?これでもっと皆が思うようになったんじゃないかな?望月鋳鶴は譲れないってさ?」
普通科のメンバーが出した答え、それは望月鋳鶴という男が自分たちだけでなく、これからの普通科にとって誰よりも大切な人物である。という事であった。機械科に勝利するという歴史的快挙が巻き起こった事実はこれからも永遠に陽明学園が存在する限り、語り継がれていくだろう。
しかし、一平の中では一回戦突破だけではインパクトに欠けるかもしれない。という冗談めいた案と、鋳鶴自身を思う気持ちもある。
ただ、それ以上に一平にとっては目先の相手への対抗策をどうするか。という悩みを抱えていた。
「次の相手魔法科だもんねぇ……?魔王科と魔法科の潰し合いを期待していたんだけどなぁ?絶対あのくじ細工されてるよね?」
「会長、その話はやめましょう。私も望月君は結さんには渡したくありませんし、彼の意志が肯定的ならまだしもあの人は彼を力ずくで手に入れようとしているわけですし、重ねてくじの件はむしろポジティブに考えましょう。この体育大会、勝利さえできれば、我々は他科の力を借りることができます。魔法科に勝利さえすれば、今度は魔法科に否が応でも協力を要請する事が出来ますから、それを考えるとこの戦いはアドバンテージかと」
「雛罌粟はいつもポジティブだね?」
「誰かさんのおかげで私がポジティブでないと、赤ん坊の様なうだうだを聞かされてしまうのでこういう時にはポジティブになるしかない。というのが私からの意見ですね。弁解するならもう遅いですが、かず君はお馬鹿さんなので許してあげたい。という気持ちも少なからずはあります」
「え!?じゃあごめんなさ……」
「ただ、副会長として一人の女として相手のご機嫌を取るためにすぐにでも頭を下げるような男性はどうだと思いますけどね。あまりに空虚というか、本当に反省しているのか?という疑念に駆られてしまうので悪手だと思われますが」
涼子は手元の資料を束にまとめながら自分に後姿を向け続ける一平にそう言った。振り返ってすぐにでも謝罪しよう。そう考えていた彼は彼女の捲し立てるような意見に振り替える事が出来なくなってしまっている。
「雛罌粟はいつでも僕の事お見通しだなぁ……?」
一平は寂し気に雲一つない青空を見上げながらコーヒーを口に含んだ。
「沙耶!まだ足りねぇぞ!」
「うーむ。鬼の力の計測化は難しいでありますなぁ……。鋳鶴殿の魔力も計測したかったのでありますが、どうも特殊なものすぎると通常の計測器では計測できないでありますし、何より需要が低すぎるであります」
「まぁ……機械科でも商売は大事だしな。トレーニングの機材を借りれるだけありがてぇ限りだ」
「交換条件というか、誠殿は嫌がっていたのに吾輩たちに押し付ける様に普通科の皆さんは誠殿と一緒に居て良い。という許可をくださったでありますし、吾輩が居る限りは機械科と普通科の協定は確固たるものであります」
「別にそんなの無くても来るに決まってんだろ。もう余計なしがらみもねぇんだし、お前の中に居る二人さえ許してくれりゃあ俺は構わねぇしな」
沙耶は真っ赤になる顔を生徒手帳で隠しながら、誠からそっぽを向き、連絡等が来ていないか確認をする。ちなみにこの時、誠は何げない顔で所持していた水筒を取り出したのだが、彼自身も気付かないうちにその水筒を逆向きで手に持っていた。
恋人の前では誰しも頬が緩んでしまう事や思考が麻痺してしまう事もしばしばだろう。今の誠にはその症状が出ているのに自らさえ気づかなかったのである。自分で思い返しても何故、あの様な臭い台詞を吐いてしまったのかという後悔と、普通科の面々が居れば怒らなかったであろう出来事に誠自身が混乱していた。
沙耶の脳内も言われたかった様な台詞を反芻しながら、取り合えず芳賀三姉妹全員に超高速でタイピングを行い、メールを送っている。
「なんか、ごめん」
「いやいや……、こちらこそであります……」
沈黙の中、誠も沙耶に勘付かれない様に鋳鶴へ生徒手帳からメッセージを送っていた。そんな鋳鶴は依然として穂詰と会話をしている。今の家の中を気に掛ける鋳鶴にとって穂詰は持ち前の酔っぱらっているのにも関わらず、鋳鶴に悟られない様にしっかり嘘をつき、それを悟られない様に目を合わさず会話をしていた。
いつもは彼女自身、清廉潔白な白衣に身を包んでいるのだが、鋳鶴が目を覚ますまで校内での献血促進キャンペーンを行っていたため、薄桃色の白衣に身を包み、怪しい店に居る女性の様な雰囲気を醸し出している。
対面の回転椅子に腰かけているのが鋳鶴だから良いものの。これが他科の男子生徒なら御禁制と言わんばかりの見た目をしていた。
「そもそもなんでそんな恰好してるの?流石に教育者として公序良俗に反した見た目してたら生徒たちの余計な血が流れると思うんですけど」
「えー?着替えるの面倒だし仕方なくない?それに杏奈姉と違って私は彼氏もしっかり居るんだしこういう格好しても大丈夫でしょー!行き遅れが着るならまだしも。私はセーフセーフ」
明らかにセーフじゃないだろ。鋳鶴はそう思いながら生徒手帳に着信が入っていたのに気づいたため、それを即座に取り出し確認する。
誠から送られてきたメッセージを開こうと画面に手を触れると、診察室の扉が開いた。
「おい!鋳鶴が目覚めたってほんとか!?」
「……鋳鶴……。……大丈夫か……!?……グフッ……!!!」
桧人と影太が扉を蹴破る様な勢いで診察室に入ってきた。扉は力を失った様に数回跳ね診察室の中に飛び込み、桧人を下敷きにする様に上に伸し掛かる。更に影太は穂詰のとんでもない姿を見て瞬時に鼻血を噴出しその場に倒れこんだ。
「あーあ、患者増えちゃった?」
「穂詰姉!影太には絶対触れないで!患者どころか死者が増えるから!」
「坂本君は?」
「桧人は大丈夫。詠歌のせいで鍛えられてるだろうし、ね」
「ね。じゃねぇ!無事なら無事って連絡の一件ぐらいよこしやがれ!それと、俺たちともう一人、客がいる。どうぞ」
桧人がそう言って扉を持ち上げて起き上がると、今度は車椅子に腰掛けた女性が姿を現す、それは誠の姉。瑞希だった。
「瑞希さん!」
車椅子にかけている彼女は鋳鶴の顔を見て優しい笑みを浮かべている。
「誠が大変迷惑をかけたみたいだから、普通科の皆さん。特に望月君には直接謝っておこうと思って」
「あー!瑞希。診察終わったらすぐに帰れって言ってるじゃーん!私から鋳鶴には色々伝えておくって言ったのに!」
穂詰が半酔い加減に瑞希にそう言った。鋳鶴は気にしないでください。と一言告げると瑞希は鋳鶴の目を真っ直ぐに見つめる。
「私のために誠が貴方たちに協力してるのは知っているわ。あと少しでもあの子の更生に付き合ってくださり、感謝しています」
「感謝だなんて……」
「えぇ、誠さんのお姉さん。鋳鶴は普通科の秩序を守るためにやっただけです。感謝だなんてそんな」
「……まぁ、俺たちは何もしていないがな……」
「いえ、こうして普通科の皆さんがあの子の周りに居てくださることで誠の気も紛れているんだと思います。魔法科からの連絡も減りましたし、昔から喧嘩はしてもかまわないけれど、相手に重症まで負わせてはいけません。とだけ教育していますので」
お姉さん。教育出来てないですよ。穂詰を加えた4人の脳裏にはその言葉が浮かんだ。それをかき消すようにそれぞれ首を一斉に横に振って瑞希の話に集中する。
「魔法科の大魔女と言われていた私も誠の鬼の力というのでしょうか。あれには多少、手を焼くこともあったのでそれが未然に防げる上に適度に発散する体育大会という場所があって助かっています」
「瑞希さん……。流石にそれはちょっと語弊が……」
「そうだった?それはごめんなさい」
きっと、悪気はないんだろう。鋳鶴は彼女の性格を穂詰の態度を見て感じ取った。望月家の女性陣の一人である彼女が押されるぐらいの女性なのだから相当なものだろう。それか穂詰が見せた年上としての余裕か。
「全く、学園内とは言え、誠君がこれまでの行いを校医として認めるわけにはいかないのよねー。そりゃあ瑞希とは昔からの知り合いだけれどねっ」
影太のシャッターが鳴りやまず、彼が穂詰を被写体に入れる寸前で目にもとまらぬ速さでカメラを躱している彼女を見て桧人と鋳鶴は呆気にとられている。
「次は魔法科です。誠を自由にさせてもらっている代わりにあの子には最後まで皆さんに協力する様伝えておきますので」
瑞希の言う通り、誠の目標は魔法科への復讐である。自身の姉、瑞希の両足を奪った一つの科を彼は絶対に許さないとまで豪語していた。しかし、瑞希から漂うただならぬ何かに鋳鶴は寒気を感じている。稀に見かけた事のあった彼女の雰囲気は両足が無くなっても変貌する事はない。悲壮感ではなく、むしろ新緑の森の様な落ち着きさえ感じる。
更には優しい微笑みの中に確かな芯があるのだろう。見えない何かに守られているかの様な力強い何かを鋳鶴は感じていた。
「大丈夫です。それに城やんが報われるなら、それが本当に城やんのしたかった事なら、僕は良いと思いますよ。復讐さえ済めば喧嘩する姿勢も大人しくなるだろう。と僕は思ってますからね」
「そうかしら?」
「瑞希安心して。私の弟は人を見る目はあるのは確かだから!」
「いや、穂詰さん。鋳鶴に人を見る目は……」
「……確かに……、特に女は……」
「そこ二人!うるさいよ!」
その後、我が弟の恋愛はどうか。という瑞希の考えから誠と沙耶の話を詳細まで問いただされ続け、鋳鶴、桧人、影太の三人は穂詰による静止まで会話を続けようとする彼女に生気を奪われる寸前まで行ったという。
ただ、その場の全員が彼女を止められなかった理由としては彼女の見せていた奇抜な格好にもあった。穂詰さえも彼女がピンク色のナース服で実の弟とその戦友に対する治療行為していたのである。
その奇妙な光景はまるで大人の店の様な雰囲気を醸し出しながら穂詰はこっそりその様子を面白おかしく見守りながら照明の色を白からピンク色に変えていた。
――――魔法科 生徒会室――――
魔法科の生徒会室はオセロの様に白と黒が左右対称になる様に散りばめられた装飾をしている。窓枠は1つしかなく、そこから木漏れ日が入り込み、陽明学園を一望する事も出来る代物だ。しかし、此処の窓が開かれる事は一年に一度あれば良い方で年が明ける瞬間に縒佳自らでなく、寿が彼女の事を思ってその時だけ開く程度である。
だが、生徒会室の窓を開けずともこの部屋の空調は陽明学園トップクラスの快適空間を保てる様にと、ジャンヌからの寵愛を受ける魔法科ならではの清らかな空気になっていた。
それもその筈、魔王科がこの陽明学園に作られるまで魔法科が全国に陽明の名を轟かせていたのだから当然の事である。
ジャンヌからの魔法科への厚い信頼と期待は依然変容する事なく、魔王科よりも未だに魔法科を信頼している側面が彼女にあるのだ。
「まさか、普通科が機械科に勝利するなんてね。思いもしなかったわ」
生徒会長と刻まれた卓上プレートを持ちながら、魔法科生徒会長である縒佳は足を組んで座席に深くす座りこんでいた。
「でも一平の事ですから、貴女には読めていたのではなくて?」
「そうね。何処か、あの軽薄男には計り知れない人望がある。どうしてかは全く分からないのだけれど、望月結ですら彼には尊敬の意を持つこともあるみたいね。全く腹立たしい事実だけれど」
「ですわね。得体の知れない男性ではありましたけど。最近、貴女の話を聞いていても魔法科の生徒が彼の持つ力の話をしていてもきな臭い事ばかり、核心を突けずこちらの隙を伺われそこを的確に突いてくる。前回取り逃がしたのは機械科の協力あってこそ。と私も思いましたが、あれはあの男あってこその脱出劇だったと私は思っていますわ」
「嫌悪。とまでは言わないけれど、もとより軽薄な男を好まない私にとっては忌むべき相手だと思うの。まぁそこまであの男に労力を行使するのが嫌っていうのもあってこれまで放っておいていたけれど、体育大会という全力の潰し合いならば合法的に普通科を潰す事も出来るし、悪いことではないわね」
「しかし、風間一平だけに焦点を当てていては機械科の様な敗北を喫する可能性がありますわ。彼らの奇策に惑わされない様にしませんと、私は盤外戦術を提案しますがいかがかしら」
「珍しい。寿の事だから、普通科など正面から叩き潰してしまえばいいんですわ!とか言うと思っていたのに、どういう風の吹き回しかしら」
寿は縒佳の発言に少々頬を膨らませながら不満顔を露わにするが、気にせず話を続ける。
「まぁ……普通科の奇策を予想してのものですけれど、彼らを私たちの陣地に招き入れるというのは得策ではなくて?」
「以前にもあった事だし、彼らは敵地に潜入する事は好きでしょうしね。時折、普通科の忍の魔力反応が魔法科に存在していたりもする。この科、私や貴方だけでなく、可愛い女の子も多いし、裏で取引か何かに使われてたりしていると思うし」
「なんと破廉恥な……」
「破廉恥かどうかはあれだけれど、あの忍は貴女にかつて啖呵を切った不良と帰宅時に同伴しているのをよく見るわね」
「私を女狐呼ばわりしたあの礼儀も作法も皆無な女ですわね……!それとあのバイク。あれはきっと……」
縒佳は椅子に腰かけながら寿に向けて一枚の普通紙を人差し指と中指で挟み、手首をスナップさせて投げつける。
「あのバイクは、機械科の物だった。そういう事ですわね」
普通紙には普通科と機械科の情報が記載されていた。それも縒佳が厳選した寿が顔色を変えるであろう情報だけを凝縮したそれを。
寿の頬はいつもの色白加減を忘却したかの様に真紅に近い色まで変貌する。縒佳は腹筋が捻じ切れそうになるぐらい強烈な笑いの衝動を腹部までで抑え、平静を保っている。
彼女が予想していた以上に寿には普通科の不良女に女狐と言われた事を腹立たしく思い激昂していた。
自分より遥か劣等の存在。且つ、魔術もろくに使えない様な集団の一人に煽られてしまったという事実事態、彼女には認められないのだろう。
ただ、その様子を間近で見る縒佳からすれば、普通科の生徒。ましてやろくな能力もないであろう一人の生徒に気をやるなど、むしろ徒労であると考える。
この神宮司寿という魔法科のナンバー2(本人はナンバー1だと思っている)がこれほど普通科の生徒一人相手に多彩な顔色を見せるのは魔法科生徒会長として非常に興味深い事であった。
「えぇ、もしかしたらセットで戦う事が出来るかもしれないわ。普通科の忍。貴女に短歌を切った女と彼女を導いた機械科のバイク」
寿は立ち上がり、縒佳の目の前に立ち普通紙を彼女の漆黒の机に叩き付ける。
「許せませんわ……!この私をコケにした上に……!我らが魔法科への度重なる侵入!決して許容できることではありませんことよ!それに何故縒佳はそんな重大な事を今まで黙っていたのかしら!?」
「だってこうなると私は分かっていたし、どうしたら貴女が更にこのくだらない体育大会と真摯に向き合うかという事を考えていたのよ。機械科は脆弱だったけれど、普通科ほど脆弱ではなかった。彼らの戦力よりも機械科の方が優勢だったのにも関わらず、勝利した。あまり、彼らを認める。という事はしたくはないけれど物事には勢いというものが存在している。だからこそ貴女の様に相手が自分より遥かに格下だと思って相手を見ていると足元掬われるわよ。って事を教えたかったのよ」
「でもそれにしてはお話好きの貴女がよくここまで私に話さなかった事が気になりますわ。私のモチベーションアップならば今からではなく、情報さえあればもっと迅速に伝達してくれても良かったですのに」
「それじゃあ駄目なのよ。普通科が機械科を打ち破った。という事実がなければ、貴女はそこまで激昂しないだろうと思っていたし、あまりに早く貴女のモチベーションを向上させた所でそういう事に飽き性な貴女では決勝までそのやる気が持続しないでしょう?」
「私だって……魔王科が相手だったらやる気も何も最初っから振り切ってますわよ」
「それを普通科でも出して欲しいっていう所なのよ。確かに望月結と比較しては脅威としては数えられないけれど、望月鋳鶴も居るのだから」
「あのいけ好かない女の弟でしたわね。彼」
「そう。此処で彼をボロ雑巾にしようものならあの女の精神を揺さぶれると思わない?あの高潔女の顔が歪む様を性格の悪い私は見てみたいもの」
「良い趣味してますわね。貴女が生徒会長で良かったと体育大会だからこそ思いますわ。まぁ魔法科ナンバーワンの魔術師は私でしょうが」
魔法科きっての実力者で一番単純に物事を聞いてくれる貴女が今の私には一番必要。
縒佳はそう思いながら寿用に編集した資料ではなく、鋳鶴。誠。一平の三人の情報を記載した普通紙を取り出してそれを眺めた。
―――――魔法科 花壇―――――
燃え盛る炎の如く逆立った橙色の髪は額を露わにし、爛々と輝く瞳をした男子生徒と視野に影響が出ないギリギリの所まで水色の髪を伸ばした男子生徒が魔法科花壇にて腰掛けていた。
昼時ではなく、二人とも授業を抜け出しこの場に居るのだろう。橙色の髪の生徒は、魔法科炎の魔術師日火ノ篝と氷の魔術師氷室零下だ。
「零下よぉ……。お前の予想。外れちまったな」
「えぇ、構いません。私からしてみれば、機械科には私怨が皆無なので全力で叩き潰して差し上げるという行為には奔走しにくいと思いましてね。だからこそ。こう言うのもなんですが、普通科の勝利を私は嬉しく思います」
「どーせ。あの忍だろ?寿様もお前もさぁ。もう少し煽り耐性付けたらどうだ。お嬢様と冷静キャラで売ってるような二人なんだからよ」
「確かに、私と寿様の怒りは篝。貴方の憤怒に比べれば赤子レベルも当然かもしれません。が、そこは別。あの男が私に送った氷陰キャという言葉が許容し難いのでね」
「あまり普通科を構わない方が良い。俺の勘がそう言ってる。俺は寿様やお前みたいに本人が直視できない現場で怒る事はないしな」
零下には篝の虚言が目に見えていた。坂本桧人の事を知った時の怒り様。加えてその理由を考慮しても零下自身よりも寿よりも感情を爆発させるべき人間は篝であるべき筈。零下が魔法科に入って二年もの間、同級生の彼を見ていれば、彼が無理をして現状に対し何も言わず炎の魔術師はその時が訪れるまで黙している様に見える。
「君らしいですね篝。普通科の坂本桧人への憎悪ではなく、君の中には彼を気に掛ける心もある様に思えますね。座して沈黙し、先を見据えている様に見えて、君の目は煌々と且つ爛々と輝いて坂本桧人との戦いを待ちわびている違うかな?」
「お前なぁ。そうやって他人の心を読むのやめろよな。長い付き合いだから構わねぇけどさ。そんなんだから下級生に変な噂されたり、普通科の忍者に悪口を面と向かって言われるんだと思うぞ」
「なっ!それは本当なのか!」
「犯人捜しはすんなよ」
「ふっ……。篝、私を舐めてもらっては困る。我らが魔法科の生徒なら構わないさ。その意見が時に真実足りえるからね」
「俺なんかよりもよっぽど、お前の方が今は暑苦しいと思うけどなぁ。寿様もそうだけど、気にするなって割には気にかけすぎてんだ。戦いの時以外は俺の方が冷静だし」
「えぇ、ちゃんと線引き出来るという点では、私は篝を尊敬してますともそれに有望な魔法科二年生筆頭の我々。加えて会長と副会長も居れば十分でしょうに、お二人は更なる戦力増強を図っているとか」
「それはどうしてだ?俺たち二人じゃ不安って事なのか?」
零下は篝の問いに対して食い気味に首を縦に振り微笑して答える。
「風早先輩と光土君は海外留学中ですし、実際の戦力では申し分ないはずですからね。ただ、去年の事を見越してのお二人の海外留学ですし、あまり言いたくはありませんが。我々が普通科に敗北でもしようものならその二人に顔見せ出来ません」
海外留学に向かっていた二人の帰還はもう目と鼻の先である。篝と零下は戦力として申し分ない。魔法科の必要不可欠な存在として二人を見送っていた。
風早は3年。光土は1年。
現在の魔法科には縒佳と寿が光と闇の魔法使いとしての頂点だとしたら、彼女らの一つ下の実力者という枠組みで4人の魔術師を火、水、風、土の項目で分け、それぞれの生徒にその四大魔術の頂点を極めさせる。
縒佳と寿の2人は陽明学園魔法科だけでなく、国の未来を担う魔術師として一年生の頃から光と闇の魔法を担当していた。本来なら四大魔術の極めた生徒の四名から選出し、次代の光と闇の魔術師を担う生徒を選出するのである。
縒佳と寿も3年という身故に今年で陽明学園を卒業してしまう。風早は次代の風の魔術師を選出しなければならない時期であり、一年生の光土は中等部3年生の頃よりジャンヌに才能を見出され現地からオンラインで進級の旨を伝達されている。
篝と零下と二人が揃うには、普通科の打倒は必須であり、彼らはこの三年間打ち破られ続けている魔法科の伝統や権威を取り戻すために動いていた。
陽明学園の頂点は自分たちだと、そう信じて風早は4人に礼をして学園を去り、光土も中等部の頃からの憧れである5人に礼をして風早とともに海外留学をしている。
「負けられないとかじゃなくて、負ける筈がない。ってやつなんだろうな。」
「そうですよ。篝、如何なることがあっても我々が普通科に遅れをとるわけにはいかないのです。誰彼私怨はあるでしょうが。あの二人を快く送り出しておいて帰ってみれば普通科に敗北を喫したなどど、彼らには口が裂けても言えない事ですからね」
零下は花に向かって手を添えた。すると彼の手から青色に発光する魔法陣が出現し、そこから優しい一筋の水流が花壇に注がれる。
「花の水やりぐらい自分の手でやったらどうだ」
「そうしたいのは山々なんですがね。魔力のコントロールの修練も兼ねてこうしてみるのも良いものですよ」
「あの二人に見られたりでもしたら何て言われるか」
「それぐらいがいいんですよ。私も花は嫌いじゃないですからね。一つ、二人にお持ちしますか……」
そう言って零下は花を一輪摘んで右掌に乗せる。左手人差し指と中指を花に当て魔力を込め氷漬けにした。
掌に凍らせた花を持ちながら、零下は顔色一つ変えることなく、篝とともに生徒会室に向かう。
久しぶりに投稿するにあたってなろうの仕様が変わっている感じもありましたし、趣味が趣味でそれに没頭していまい。更に仕事が仕事だったのでこうしてしばらく怠けてしまいました!
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