第30話:魔王と機械科4
手がある。その一言で希望を見出す鋳鶴。しかし二人が置かれている今の状況はまさしく窮地。そんな最中、一人の助っ人と忘れられたあいつが帰ってきて!?
「我慢するってどうすればいいんですか?」
「「何、簡単さ。二つだけ、雑ではあるかもしれないが、手がある」」
「もったいぶらずに、早く言ってくださいよ!」
「「一つは、君がこの帆船を覆う魔力を全て吸い尽くすか、無力化する事。だが第一の作戦は君の魔族度。と名付けよう。それが格段に向上してしまう。というものだ」」
「それは嫌ですね」
「「そこでだ。魔族たる俺が考えだしたもう一つの策。それはこの帆船はまだ、魔力のみで構成されている。という事はだ。本来のものもそうだが、こういったものには核が存在する。そこを君が的確に叩けば、パン!帆船は風船の様に弾け飛んでその存在を保つ事が出来なくなるだろう」」
「で!?核の位置は分かるんですか!?」
「「これと言って見当はつかない。核が察知しにくい様にしているのか、どうも甲板やマストまで魔力の規模がデカすぎる。これでは俺の察知も中々役に立たなくなる。というもの」」
キメ顔でおっさんは鋳鶴にそう告げて心象世界の中に姿を暗ました。鋳鶴は溜息を吐きながら、帆船への攻撃を続けている。心が折れる様子は全くないが、おっさんでお手上げならばどうしよう。と鋳鶴は考えていた。
その時、悩める鋳鶴の前に一台の無人のバイクが現れる。音もなく、突然現れたそれは鋳鶴にとって不気味な光景にしか見えない。
更にバイクを発見したかと思えば、生徒手帳に着信が入る。物理での攻撃を一度止めて、鋳鶴は波紋を数層重ねて殴っていた箇所にそれを固定した。
「「望月君!聞こえますか!」」
「あ、雛罌粟さん。どうかされました?なんか不気味なバイクが居るんですけど」
「誰がバイクだ。私はマザーコンピュータだよ。少年」
「「そのバイクは、機械科の皆さんからいただいたものです。愛さんを止めてくれ。との事で、機械科のマザーコンピュータ、通称マザーさんが搭載されているまだ市場にも出回っていない最高のバイクです」」
涼子のお世辞に反応したバイクは前輪を動かし、まるで生き物であるかの様に鋳鶴の方向に向いた。
「私は常に最高の存在でなくてはね。ちなみに君に尋ねたいのだが?」
「はい。なんでしょう」
「君の名前は?」
「望月鋳鶴です」
「あぁ、君があの……。なら信頼に値しよう。色んな人間から君の事は聞いている」
「刈愛さんが貴方にした仕打ちは絶対に謝罪させます」
「いやいや、あれは刈愛の良さであり、同時に悪さだ。私はあれを矯正しようとは思っていないよ」
鋳鶴は無言でマザーの座席に跨り、アクセルを握った。
「話が早いのは非常に助かる。君は私に跨るだけで運転などしなくても良い。私が運転しよう。君はただ、愛が召喚したルール違反の無用の長物を処理してくれたまえ」
「どうしてそこまで協力を?」
「愛、彼女は最も沙耶の中で我儘で言う事を聞かない。身内の恥を普通科の一生徒の君に尻拭いさせるわけにはいかないからね」
「マザーさん。困った時は、お互い様です。でも刈愛さんには絶対に謝ってもらいますからね」
「優しい割に強情で、芯のある若者。麗花の言う通りだ」
「あ、麗花が言ってた喋るバイクってこういう……」
「あぁ、その通りだ。それよりも走らせてから、君に的確な指示と芳賀三姉妹から貰ったあの帆船の弱点を解説しよう。それでも良いかね?」
「時間はありませんからね。それに、マザーさん。いえ、バイクさん。貴方にお任せします。全力で破壊します」
「まぁ今の私は、バイクだ。マザーではなく、バイクにさんを付けて呼びたまえ」
「なんでそんな良い声なんですか?」
「声?まぁ私の声はとても良い声だという事は自負しているがね。私自身、この声を気に入っているし、何よりも製作者の趣味さ」
マザーの声はマザーという名前には似使わぬダンディな声質をしている。設定次第では彼の声を変える事は出来るが、沙耶は彼の声を一度も変えようとした事はない。彼自身この声を気に入っている事と沙耶も突然声が変わったらびっくりするという等の理由でマザーはダンディな男性の声質なのである。
「良い趣味だと思います。バイクさん、あれは本当に破壊してしまってもいいんですか?」
マザーは自身のメーターを応用し、所々発光させて鋳鶴に多色で彩られた笑顔を見せる、感情を伝える。
「あの帆船は、この陽明学園体育大会におけるルール違反で使用禁止の代物だ。しかし、機械科の発明品では最も貴重な試作品になっている」
「遠慮なく破壊してしまってもいいんですね」
「勿論。その方が沙耶もきっと喜ぶのではないのかな?彼女なら君にあの代物を破壊されたら、きっともっと滋養部で強い帆船を作らなければならないであります!とか言いそうではないかね?」
「なら、遠慮なく破壊します。できればですけど」
「彼女も研究者だ。そうしてくれた方が喜ぶだろう。さっきも言った通り、あれは試作品だ。それも魔力を動力源としている。更に魔力の薄い膜で本体を覆い、防御を固めた上でそれぞれのパーツを機械科から魔力を辿って空間転移魔法。即ちワープを用いて私たちの目の前で組み立てる。というものだ。言うなれば、召喚術を使用せずに魔術の素養がない人間にもあの帆船を製作することが出来る代物さ。あれほど大規模な物になると、直接召喚に要する魔力も尋常ではない。その課題をクリアして作り上げたあの帆船は、今、機械科が手掛けた対決戦用兵器なのだよ。まぁ体育大会のルールで使用が認められずお蔵入りになるはずだったものだがね」
バイクさんは鋳鶴を跨らせたまま急発進する。鋳鶴はその衝撃で座席から引き剥がされそうになるが、持ち前の身体能力と根性でバイクさんの急発進の負荷に耐え、体制を立て直し、マザーにしがみ付いていた。
「どうしたんですか!?」
「会場の天井がそろそろ崩落する恐れがあると考えたから、私は勝手に発進してしまった。望月鋳鶴、君に問題が無ければこのまま走り続けても構わないかね?私の運転で君は瓦礫をその身に受けることはないだろう。バイクさんの傷害保険つきだ」
元より崩落の兆候を見せていた天井がバイクさんの言う通り、巨大帆船の作業工程が進行していくと同時に小部屋の天井が音を立てて崩落していく、疎らになった天井の瓦礫は無数の礫と化し、鋳鶴を襲う。
バイクさんは瓦礫の落下位置を即座に予測し、まるで最初からその場所に瓦礫が落下する事を理解していたかの様に寸での所で回避していく、彼のアクセルを握り続ける鋳鶴は縋り付かん勢いで彼に振り回されていた。
「僕の事はいいですから!弱点をお願いします!」
「OK!」
バイクさんは鋳鶴に呼応して帆船の弱点を模索する。
人間ならば、弱点を魔力で探知しながら、高度な操縦をする事が出来る者はこの世に二人と居ないだろう。
超巨大帆船を破壊するに当たって鋳鶴たち普通科の人間に力を貸す事にバイクさんは心苦しさや後ろめたさはない。
沙耶の魔力を探知する時、彼女の肉体には三つの別種の魔力が宿っている。金平糖の様に棘の生えた魔力の赤い塊と、青く輝くゴムまりの様な球体と、押しつぶされたかの様にひしゃげたピンク色の塊の三つを確認している。
いつもの要領で鋳鶴の身体に潜む魔力を覗こうとすると、彼の身体にも太陽の様に眩しく、光り輝く魔力の塊と、もう一つ、その太陽に相反する存在である月の様な形をした魔力の塊を確認出来た。月の方は、青白い光と、薄紫の光を交互に点滅させながら、太陽の様に背後で輝いている。
鋳鶴の中に潜む者はバイクさんにはまだ、理解できていない。おおよその仮設を立て鋳鶴にその話題を振ろうと一呼吸置いた。
「なぁ、鋳鶴。君に一つだけ聞いていいか?」
「いいですよ。僕がお答えできる範囲でしたら」
「答えられなかった場合、君はどうする?」
「どうする……?そうですね。その時は黙ります」
人の心理を理解するプログラムは幾つもマザーの中に存在している。沙耶の母にインプットされた回路を用いて、更には沙耶が継ぎ足した回路も合わせて人間の脈拍やわずかな表情の変化で相手の感情を理解する。それはバイクさんが他のコンピュータと一線を画すコンピュータとしての最たる機能だろう。
それを張り巡らせてバイクさんは最善の言葉を見繕い、鋳鶴の中に居るもう一つの何かを彼の感情を逆撫でする事なく、完璧な質問を彼は考えた。
「君の中に居るもう一つの魔力反応は何かね?」
バイクさんは一言、そう言って、現場は瓦礫の音と、彼のエンジン音だけが鳴り響き始めた。鋳鶴は数秒沈黙し、バイクさんは彼の事を気にかけながら帆船の探知と適切なルート案内を形成している。
「他の人に言わないと約束してくださるなら、いいですよ」
鋳鶴は笑顔でそう言ってバイクのアクセルを握りしめた。
「あぁ、私は約束を守るコンピュータだ。他言無用にしておくよ」
「僕の中には、名無しの魔族のおっさんが居るんですよ。時々、僕がピンチになったり、どうしようもない時に現れて窮地を脱したりしてくれる。そういう魔族なんです。だからバイクさんが思ってるような悪い奴じゃないですよ」
「そうかね?君の様な好青年に憑けてその魔族も居心地が良さそうだなぁ。と私も思ってね」
マザーの一言でおっさんは鋳鶴の身体を無理矢理乗っ取り、表面に現れた。おっさんも只ならぬ気配と、殺気そして魔力の変容を感じ、バイクの状態ではあるが、身構える。
「機械にそう言われては、俺も舐められたものかと思ってしまうではないか、たかが機械風情が」
「おや、鋳鶴の体内に居る居候は君か。鋳鶴に許可は貰ったのかね?」
「許可?そんなものは必要ない。俺が出ようと思えば出られる」
「こんな好青年に憑りついて、食えない魔族だ」
「勝手に言えばいい。お前こそ、鋳鶴に何を吹き込むつもりだ」
「私は何も吹き込まないさ。そんな機能は備え付けられていないからね。ただ、一つ、鋳鶴がこれをやるよりは君がやった方が適任と考えたんでね」
おっさんは口元だけを緩めながらバイクさんのアクセルを連続で吹かす。
「お前のデータベースにあるかは知らんが、今ここで俺の力を行使すれば、確実に鋳鶴の身体を蝕む」
「体外には入れ墨として現れ、実際は本人の体内に打ち込まれると言われている魔力の楔かね」
「流石だ。よく理解しているじゃあないか」
「私は機械科のデータベースだ。普通科の情報で知らない事は滅多にないさ。勿論、望月鋳鶴という一生徒の情報もね」
バイクさんは依然、激動の安全運転を繰り広げながら、瓦礫を縫うように回避しながら最高速度で駆け回り、瓦礫を足場にして徐々に上へ、上へと駆け上がっていく。
「弱点は、見えるな。此処まで見る事に集中すれば、見えるのも当然か」
「なら一撃で破壊してくれる。そう考えてもいいのかね?」
「あぁ、魔族を甘く見るなよ?機械」
「甘く見てはないさ。人類の癌」
「「おっさん!あまり喧嘩腰にならないでくださいよ!」」
おっさんは鋳鶴の発言を無視し、アクセルを吹かし、バイクさんに合図を送る。嫌々おっさんの指示に従い、彼はメーター部を最大限活かし、帆船の弱点を伝えた。
「私が弱点を伝えているのは君のためじゃあないから、そこは勘違いしないようにお願いしたい」
「当たり前だ。鋳鶴の身体を気遣ってさえいなければ、お前など必要ない」
その言葉を信じ、バイクさんはフルスロットルで小部屋に降り注ぐ瓦礫を踏み台にして帆船の甲板まで到達する。しかし、それだけに留まらず、大観衆の全てがバイクさんのバイクと鋳鶴視認できるほどの高さまで飛び上がった。その様子は、まるで登り竜の様に曲線を描き、テールランプの残光を残しながら、その頂点に達した。
「魔族。弱点は此処だ」
バイクさんは帆船の後部に存在する羽板周辺を指し示す。
「人間でいう臀部だ。あそこに全力で魔力放出をすれば、多少破片は飛散するかとは思うが、確実に破壊する事が出来る」
「ふっ、これは魔力の塊なのだろう?」
「勿論」
「鋳鶴は周囲への被害を嫌悪するからな。だから、なぁ」
鋳鶴は心象世界の中でおっさんの言葉に呼応して頷き、覚悟を決める。と同時に、おっさんは鋳鶴が確実に頷く事を予期し、既に鋳鶴の魔力を全身に潤滑させ始めていた。
全身にくまなく流動する魔力は熱を帯び、鋳鶴を焼き尽くさん勢いで広がり、その結果がその表面に現れている。
遠目で見ると、鋳鶴の身体は青白く発光し、カッターシャツ越しでもその光が視認出来るほど眩い光を放っていた。その鋳鶴を見て彼の能力に気付く者もいれば、一般の生徒はただ、鋳鶴が何らかの力を行使して眩い光を放っているだけと思っているだろう。
その様子を静観する各科の実力者たちは、鋳鶴が起こしたその現象を危機的と捉える者。または、彼へ対する好奇心が沸く者に別れた。
その現象に恐怖する者はない。ただ空に輝く一つの星の様に神々しさや神秘的な何かを感じる者ばかりである。
騒ぎを収めている教員や帆船を何とかしようと行動を起こしていた機械科の生徒たちも歩みや作業を止めて、空に現れた鋳鶴を注視していた。
それは今も尚、中央保健室で激闘を繰り広げる二人と二体にとっても同様の事態である。
「やっぱり鋳鶴は格が違う。それでこそ俺だ」
「何を言っているんだ貴様ッ!」
「お前、ジャンヌのメイドなのに分からないのか?俺と鋳鶴は、一心同体なんだ。お前には到底わからないだろうが、あいつなら理解してると思うぜ」
「黙りなさい」
ジョバンニがジャンヌの冷淡な声とともにアセロに向けて拳を振るう。黄金の拳はアセロに寸での所で回避され、ノーフェイスの武具によって針の筵にされる。が、その腕をトカゲの尻尾の様に切り離し、瞬時に新たな腕を生成してノーフェイスとアセロに向けてラリアットを繰り出した。
「おい!ノーフェイス!」
「全く、世話の焼ける」
ノーフェイスはジョバンニの剛腕に向けて自身の三倍はあろう刀身の首切り包丁を複製し、ラリアットをその刀身に受けさせる。
ジョバンニの肉体を切り裂いても叩き潰したとしてもそこから、人間の様に傷などを負って出血する事はない。
切り裂かれた肉体は青白く発光する魔力に変容し、宙を霧散しながらジャンヌの車椅子に備え付けられている小箱まるで巣に帰る動物の様に真っ直ぐ向かってその箱に吸収されている。
そして一時、その小箱に吸収された魔力は彼女の足代わりである車椅子の動力源となり、車椅子にも関わらず軽自動車は凌駕する様な速度で高速移動を実現していた。
「全く、美しいのに厄介とは、本当に昔から君は相手をし辛い」
「お褒めの言葉は嬉しいけれど、貴方の様な魔族ではなく、学園の方に言ってほしいものだわ。久々にジョバンニを出したのにあっちの光のせいで誰も黄金の彼を見る事はない。でもこれは望月さんを貴方の手から守護するためのもの」
「珍しいですね。ジャンヌ様が他の者のために私めを召喚なさるとは、それも人助けですか、きっと神がかり的な何かを持つ者なのでしょうな」
「ジョバンニ、余計な事を口走らない様に」
「おぉ、怖い怖い」
「貴方は私が狩ります」
「お前もちゃんと楽しんでいる様で良かったぜ。それに他の使えない教員連中じゃあ、あれを止められないだろうしな。無理強いでも鋳鶴はあれを止めなきゃいけないっていう運命にある」
「彼がより、貴方たちに近づくという事ですか!」
「あぁ、そうさ。ジャンヌもお前も鋳鶴を殺さなくちゃあいけなくなる。けど、鋳鶴を倒すのは、この俺だからな」
アセロは見様見真似でノーフェイスが複製した首切り包丁を出現させる。サイズこそ彼の複製したそれには及ばないものの太刀と呼称されていいほど巨大な包丁が、彼の右手に握られていた。
両盾と同じような容量だが、両盾と比較すれば、目の前にヒントの転がっている包丁など、両手を複製し、膨大な魔力の制御に慣れてきたアセロにとっては造作もない事とも言えよう。
「手本があれば、楽勝だな」
「流石に、そこは魔族ですかっ!」
アンリエッタはあらぬ方向にナイフを投擲し、アセロの目を逸らそうと試みながら、直後に彼の胸元へ入り込み両手で握ったナイフを突きつけた。
しかし、それを読んでいたアセロは彼女の動作に合わせて身を翻し、次の攻撃に備える。彼が完全にナイフを躱した様子を見終わったアンリエッタは、指を鳴らした。すると、あらぬ方向に投擲したナイフがアセロに向けて踵を返し、投擲時よりも加速して彼に向かう。
「やるじゃねぇか」
「読まれていましたか」
「自分の魔術を工夫して戦う。一流のメイドは格が違う」
「私は一流でもメイドではありません……」
アンリエッタは右腕を胸元まで振り上げ、親指と中指を擦り合わせて指を鳴らす。すると彼女の背後に20個ほどの波紋状の空間が現れた。
「一流の執事です」
もう一度、アンリエッタは指を鳴らすと、その空間から一本のナイフが射出される。それが20個ほどとなれば、アセロは両腕で紫の盾を展開した。しかし、魔力を制御する力をさらなる段階に進めたアセロは彼女が目の前で起こした現象をそっくりそのまま、彼女に向けて披露して見せる。
「なっ!」
「これが、複製ってやつか!」
同じ要領でアセロも指を鳴らしてナイフを波紋から彼女に向けて射出する。
「私のナイフじゃない……!」
アンリエッタはナイフの雨の中を縫うように体を捻らせながら回避していく、だが、彼女でもアセロのナイフを全て回避するのは難しく、それは彼女の執事服を切り裂き、彼女に僅かながらも流血する程度の負傷を与えた。
一方のアセロは彼女の射出したナイフを自身のナイフで相殺して数本落とし、そのナイフで相殺しきれなかったナイフを両盾で防ぎ、事なきを得る。
「本物が偽物に超えられちゃあ駄目だろ?本物がかすんじまったら優秀な偽物で良くなっちゃうからな」
「おまえっ!」
アンリエッタの目つきが豹変した。彼女の執事服のポケットから小さなカプセル状の薬品を取り出し、アセロの前で口に含み、自身に投与する。更に胸ポケットから手のひらサイズの赤い入れ物を取り出した。
「何だ……?」
彼女は赤い入れ物を無作為に破り、中身を取り出した。アセロの目にも見えないぐらいの代物で彼女はそれを自分の両目に入れる。
「ちょっとしたドーピングですよ。えぇ、ほんのちょっとした」
「アンリエッタ貴方……」
「折檻は後程お受けします。ですがこのアンリエッタにも誇りというものはあります。ジャンヌ様にお仕えする執事として生まれたての魔族風情に気圧される事などあっていいはずもありませんので」
「執事らしからぬ強情さね。でもいいわ。好きにしなさい」
ジャンヌがそう言い終えた。と同時にアンリエッタはアセロに向かって銀のナイフを数本投擲したと同時に彼に向かって斬りかかる。
アセロも持ち前の反射神経を発揮し、アンリエッタの投擲したナイフを全て複製魔法で背後に無数の波紋の様な物を作り出し、そこから強風を靡かせた。
「俺はまだ、先に行くぜ。執事さん」
「どうでしょうか?先というものはあってこそ先。というもの私が貴方の先に立ちふさがればその先という概念はなくなります」
「あんま難しい事言うなよ」
アンリエッタが突き出した右手をアセロは吸い寄せられる様に右腕で包み込む体勢に入り込み、自身の脇腹に寄せようと力を込める。しかし、そこは一流執事のアンリエッタ。彼の動きに合わせて脇腹に向けナイフを突き立てる。
「部分的に守ればいいんだよ。なぁ?ノーフェイス」
「あぁ、出来るものならな」
ノーフェイスに愛想を見せる事なく、アセロは返事もせず、六角形の紫色に発光する盾を右わき腹に展開しようと試みた。
「何?」
単純な話だ。アセロはそう思っていた。ただ、先程の盾を縮小し、アンリエッタの突き出したナイフと並行になるよう盾を複製すれば事なきを得る。と、盾の寸法、強度を想定すると同時に右脇腹を守る盾を複製した。筈だった。
縮小された盾の強度が足りず、肉体を強化しているアンリエッタの腕力にその盾がガラスの様に破壊され、周囲に紫色の魔力が霧散している。
彼女の突き立てたナイフは見事にアセロの脇腹に突き刺さった。ただ、彼の脇腹からは人間の様に血が出る事なく、紫色の魔力が漏れ出している。
「やはり、届いていないですか……」
アセロの表情が変わる。流石に懐まで侵入を許したというだけで魔族の沽券に関わる。故に彼の戦いを楽しむ。という心よりも今は目の前に存在する邪魔者を排除する為に、彼は目の奥に紫色の炎をたぎらせながら、アンリエッタの突き刺したナイフを脇腹から引き抜き、彼女に向けて投げ返した。
力の後遺症かアンリエッタはアセロにナイフを突き刺してすぐ、彼から離れ膝を突いていたのだが、まだ回復せず、その場にとどまっている。
アセロの反撃は早く、アンリエッタが指を動かすより先に彼女の背後に立ち、右腕を挙げていた。
「いえ、アンリエッタ。貴方はよくやりましたよ」
死さえ覚悟したアンリエッタの元に聞きなれた声が鳴り響いた。
「アセロ、撤退だ。これ以上は望月鋳鶴への支障にはつながらんだろう。むしろ、我々へのダメージが深刻になる可能性がある」
ノーフェイスのカバーも限界を迎え、アセロの方へと金色の大腕が振り下ろされる。
「魔族にも老若男女が存在する。それをより知れただけ、このジョバンニは嬉しくありますよ。ですがこのジョバンニ、ジャンヌ様に魔族相手に容赦する事なかれ。と進言されていますので」
ジョバンニは右拳を固めてアセロに向けて振りかぶる。更に左腕に掴んでいたノーフェイスを彼の前に放り出す。ジョバンニのやり方に眉が微動するジャンヌを見てノーフェイスは嘲笑う様に息を吐いた。
「わざとやりましたか?ジョバンニ」
「いえ?もし、ノーフェイスとアセロの二人が私の一撃に耐えられなければ陽明学園を損壊しかねないと考えた結果です。ご容赦くださいませ」
「そう。それを忘れていたわ。疑ってしまってごめんなさいね」
「いえいえ、誰だってそう思うはずです。ですが、一つだけですね。ジャンヌ様は彼と出会うと私めを出したがらない。という事もあってノーフェイスの複製をあまり体験した事がなかったのですよ。ですから一つ、彼の最大を見てみたかったのです」
「はぁ……。そういう事もあったのですね。だから私は貴方を彼の前では出さないのよ。好戦的故の好奇心と落ち着きのなさを懸念して」
振りかぶった拳の位置が徐々に昇る。金色の剛腕はまるで太陽の様に煌めき、燦燦と照り付ける太陽を受け、その輝きを増していた。
ノーフェイスはアセロの前に投げられたものの即座に体勢を立て直し、アセロに背を向け、右手首を左手で掴む様に支えながら、全霊の魔力をその右腕に込める。
「全く、妙な事をしてくれたものだ。まだこれを見せるには早いアセロに、君の様な使い魔如きに複製の神髄を見せる事になるとはな。ジョバンニ!」
「光栄だノーフェイス。君に、幸あれッ!!!!」
アセロは不安げにノーフェイスの背中を見上げながら、彼の複製魔法を見つめる。ただ、見つめるだけではなく、凝視。
黒衣の鎧と骨の仮面に青白い無数の線が現れた。その線は彼の足元から右腕まで、まるで右腕の先が目的地であるかの如く、収束している様子が窺える。
ノーフェイスの全身を隈なく巡る線はやがて彼の右腕の先に明確な形を持って現れた。
二人の目の前には、万華鏡の中であるかの様にいくつもの破砕されたガラス片が現れ、螺旋状の形を形成する。更には無数の波紋を背後に出現させ、そこからあらゆる武具を根元させた。
「最初から本気をだしてほしいものね」
「最初から本気を出して何になるというのかね。ジョバンニ、君の一撃、受けてみせよう。金色の剛腕の精霊は近代の魔術にどう力を振るうのか気になるものでね」
ジョバンニは観察する。ジャンヌに言われるまでもなく、ただ、眼前に広がる万華鏡の様に広がるガラス片と宙に浮かぶ無数の波紋。そのすべてはノーフェイスを見れば理解できる。それは、ジョバンニに向けられたものではなく、すべてがジャンヌに向けられたものであると。
これを瞬時に組み上げる魔力、精密さ、且つ残忍さを兼ね備えた攻撃をジョバンニは全霊の力を持って右拳を振るい、万華鏡に触れる直前でアンリエッタに向けてウインクをし、合図を促す。彼女はジャンヌを抱きかかえ、彼女を守り、更には周囲の衝撃に備えるため、車椅子の近くで待機する。
「ノーフェイス!いけるぞ。このまま押し切れば!」
「駄目だ。我々の狙いは彼女を打倒する事でもなく、金色の精霊を打倒する事でもない。まさか、こうも邪魔が入るとは」
「貴方もまだ、本気を出す時ではないのでしょう?でしたら、生徒たちのためなら全力になる私たちと戦うのは得策ではないと思うのだけれど」
「だからこそ、こうしてそこそこの展開で済ませ、君らの目を逸らそうと思っていたのでね」
螺旋状のガラス片は、ジョバンニの剛腕を受け止める事なく、徐々に砕かれていく、非常に高く、大きく響くその音色は、まるで日の入りを告げる様な哀愁漂う寂しげな音色であった。
その轟音に会場から空を見上げる生徒たちは気付かなかったが、ただ一人。その轟音を聴いた生徒が居た。
「あれは…?」
マザーの自動運転のおかげもあり、青年の目は正面から落下する無数の瓦礫をしっかりと視認する事が出来る。瓦礫の先に存在したのは筋肉質の黄金に光る人型の何か、と車椅子に乗った少女を庇う紳士服の女性。人型の何かは二人の何かに向けて拳を振るっているものの、その拳を螺旋状の煌びやかに光る何かがそれをせき止めている。
「「あれは……?」」
「はっ!」
鋳鶴の視線がそれにうつると、まるで鏡の様に鋳鶴の右腕がガラス細工の様に魔力で徐々にコーティングされている。
「鋳鶴、あの男に影響されてはいけない。特にあの魔術を見て綺麗などと、思ってはいけない。と私はバイクなりにそう思うぞ」
「あぁ、そのポンコツの言う通りだ。君だけならまだしも君が彼に影響されるという事は俺の身体にも同様の症状が現れてしまう。確かに、人間としてあの魔術は精巧なガラス細工に見えるだろうが、どうか今は目の前の船に集中してほしいものだ」
ノーフェイスの魔術には自然と魔族には足りえない芸術性がある。もっとより、ぶっきらぼうに荒々しい魔術を使用すれば良いものの、鋳鶴から見れば彼の魔術は彼なりの工夫や見栄えを気にしているのでは。という考えが生まれるほどに、見ごたえのある代物ばかりと思っている。
別の根拠で考えるとすれば、彼の戦闘スタイルからもそれが窺えた。流動的な動きに加え、まるで数手先まで見据えたように武具を複製し、射出する。それが彼の戦闘スタイルであり、戦いを有利に進めようとする動きだ。
「鋳鶴、あの男に憧れる事は俺が許さん」
おっさんはただ一言、心象世界の中で外の世界を眺める鋳鶴にそう告げる。
彼の中の本能が告げていた。これ以上、鋳鶴がノーフェイスに見入ってしまえば、あの魔術を早いうちに体得してしまうのではないか。という恐れがおっさんの背筋を凍らせる。
禁忌魔法と呼ばれる禁術の一つである複製魔法を使おうなどと、普通の人間は考える事すらしないだろう。
興味本位で触れたい。と思うようなマッドサイエンティストならば理解出来なくもないが、鋳鶴の様な高校生があの魔術に興味を惹かれるのは非常に宜しいとは言えない。
何故なら、禁忌魔法は人間の好奇心を著しく刺激する事もあれば、その異形さ故にトラウマを植え付けられるような事もあるからだ。
鋳鶴はおっさんとマザーの言伝を聞き入れ、ノーフェイスから目を背け、己が置かれている現状を直視する。
目の前に存在するは巨大帆船の臀部。
そこを今から全力の魔力を集中させ放出し、完全に破壊する。
それが今、すべき事であり、目と鼻の先で幻想的な風景を作り出す場を無視し、それに向きあう。どれくらいの魔力を込めれば良い。とか、どこを精確に叩けば破壊できるか。など考えている暇などない。
鋳鶴は右腕に全霊の魔力を込める。すると全身を脱力感が襲う。その瞬間、鋳鶴は自分の肉体の状態を察する。きっと、この攻撃が終わればもう、全身が動かなくなるだろう。
全霊の魔力を込めて破壊する。とはそういう事、己の限界を超えることはないが、その日一日、または数日を犠牲にしても良い。と言わんばかりの一撃である。
「「おっさん、ごめんなさい」」
「ふん、何も謝る事はない。君の様に健全な男子高校生だと彼の様な魔族の魔術であれば好奇心がうずくというもの」
「「そういう事にしておいてください。それとおっさん、無駄口を叩く暇があるのなら目の前の帆船を破壊しましょうよ」」
「君がそう振ったんだろうに……、まぁそれはいいとして、入れ墨が侵食し、体に広がっていく感覚がある」
「「大丈夫ですよ。それは覚悟の上です」」
軽い。おっさんはただただ、鋳鶴の潔さに感嘆とした。自身の身体に入れ墨が増えるという事は、より人間離れした魔力を取得し、更に人ならざる者に近づくという事。自己犠牲が強すぎるのも些か問題ではある。
が、おっさんは鋳鶴の身体に入れ墨が触れると同時に、異様な感覚に襲われた。自分という存在を受け入れはするが、それに応えようとすると、何者かが鋳鶴に近づくな。と言わんばかりにおっさんの侵入を拒否する。
完全に彼を手中に収めようとする気はなくとも完全に鋳鶴の肉体を使いこなすのには鋳鶴の身体を一時でも手中に収めなくてはいけない。それが何かは分からないが、おっさんは得体の知れない何かを押し退け、鋳鶴の身体に浸透していく。
「入れ墨が広がらない……?これでは出力が上がらな……、何故だ。俺は拒否されたはず、それが何故……」
確かに、おっさんの力の供給は鋳鶴の中に存在する得体の知れない何かによって弾き出された筈だった。しかし、鋳鶴の身体を拝借しているおっさんには魔力が漲って、油断していたら漏れ出そうなほどに全身に膨大な魔力が駆け巡っている。
自分を拒絶した存在が何者かは分からないが、おっさんは何らかの作用により、鋳鶴の身体自体に魔力が充満しているのを感じた。
彼の身体が魔力の供給過多で破裂しない様に工夫しながら、車のガソリンの様に細心の注意を払いながら吹きこぼれない方に限界まで魔力を充満させる。
「いつも時代を変えるのは覚悟ある者のみだ。少し辛いかもしれないし、俺もこの一撃を放ったら倒れるかもしれない。気付いたらまた保健室かもしれないが、それだけは仕方ない。と割り切って許容してほしいものだ」
「「構いませんよ。それで普通科が勝つことができるなら、ですけど」」
「俺が君にそう言われて出来ないと思っているのかね?」
「「おっさんならできると思って頼んでいるんですよ。これぐらい僕の身体でやってもらわないと、おっさんが居る意味なくないですか?」」
「君は本当に減らず口をたたく」
「「魔族を身体の中で居候させてるんですから、そりゃあ性格もちょっとずつ捻くれていくんだと思いますよ。誰かのせいとは限りませんけどね」」
鋳鶴の反応におっさんは無理矢理全身に力を込めた。まるで全身を巨大な何かに上から潰され、全身が圧縮されるかの様な感覚に襲われる。
おっさんと入れ替わっているはずの鋳鶴でさえ、その圧縮の力で気圧され、同様の感覚を共有しているが如く、歯を食いしばりながらそれを受けていた。
「「大丈夫ですかこれ?僕死にません?」」
「君は本当に鋳鶴の事を考えているのかね?」
「あぁ、故にこうして魔力を常に放出している。鋳鶴の身体がパンクしないようにな。本当に奇妙な男だよ。君は」
鋳鶴にはおっさんが何を言っているのか理解出来なかった。
おっさんはすでに自分の事をそれなりに理解しているというのに、まるで今まで少しばかりの出来事が振り出しに戻ったかの様な彼の態度に困惑している。
だが、おっさんの言い草は鋳鶴にとって心地の悪いものではなく、むしろこうして共に戦う事により、言いたいことが言いやすくなっているのだろう。と心の中で思った。
鋳鶴の身体、という膨大な魔力を感知してからなのか、帆船は突如魔力を束として固め、光線の様に鋳鶴に向けて発射される。
おっさんはそれを即座に察し、鋳鶴の身体を操作して左腕を翳した上で放出し続けていた膨大な魔力を掌で凝固させ、魔力の光線を宙へ受け流す。
鋳鶴の掌によって弾かれた一筋の光線は夕焼け空の雲を切り裂いて徐々に消失していく。
光線を受け流されたことさえも巨大帆船は理解しているのか、先程とは違い、さらに光線の数を増やしておっさんとの距離を離そうと試みる。
「お前の様な鉄の塊の計算など、たかがしれている。本来なら、こちら側に居るマザーコンピュータが内蔵される筈なのだろう?ならば、その性能は劣化して当然だと、俺は思う。かと言ってこのポンコツがインプットされてたとしても俺は負けんがね」
おっさんはマザーの座席を踏み台に、最後の攻撃を慣行する。襲い来る無数の光線は魔力の放出による空中での体勢を切り替え、要所要所は体の末端である手足に魔力を凝固させ身を守る。
帆船に飛ぶ能力はなく、ただ、鋳鶴とおっさんに臀部を向けて会場に落下していくのみ。おっさんはその落下していく物体に最高の一撃を叩き込むだけ、その様子を金城沙耶ではなく、愛の姿であった。
「まだだ、まだ終わらんお!」
どこから取り出し、どう運転したのか、ベビーカーの様な、はたまた、サイドカーの様な見た目の乗り物に搭乗し、鋳鶴とおっさんとマザーの前に猛スピードで幼女は現れる。
「おいおい。鋳鶴、このままでは彼女を巻き込んでしまう可能性があるぞ?どうする?」
「「僕に聞いてどうするんですか!何とかしてくださいよ!流石に僕は今、動けませんよ!?」」
鋳鶴とおっさんは溜め込んだ魔力を極力周囲への被害を抑えるために働きかけているため、愛の自爆特攻に対処している暇などなかった。
「全く、困った二人だ。機械的に言わせてもらうが、もう少し、未来の事を考えたまえよ」
マザーはモニターにサムズアップを投映し、二人に気を付けるように。そう一言告げて二人を振り降ろす。
「バイクさん!?」
「大丈夫さ。少なくとも我々のボスだ。私が丁重に止めて見せるさ。私を誰だと思っている?」
「ポンコツ」
おっさんがそう言い放って間もなく。
「最高のバイクです!!!」
鋳鶴が出てきて、屈託のない笑みを見せながら、フォローする。おっさんに馬鹿にされるのはバイクさんのプライドを刺激し、鋳鶴のフォローはプライドの刺激による興奮を抑えるために作用していた。
非常事態とはいえ、この二人と組めた。という事実をバイクさんは二度と忘れない様に、ここ数時間の映像と音声を全て機械科の中枢の本体に全てファイルとして転送し、ロックして保存をかける。
普段の機械科が刺激のない毎日ではない。しかし、この二人、人間と魔族という二人のコンビがマザーにとって忘れられない二人であることを確信したかの様に、今の彼は気分が高揚していた。
機械的に言えば、高揚という意味はおかしい。が、この人間に比較的近い、感情を読み取るという余分な機能を付け足したのは、目の前の幼女の中に眠る一人の無垢な少女である。
―――――三年前―――――
機械科の倉庫に誇りを被った一台の機械の前に一人の少女が座って「彼」を見つめていた
「全く、物好きな若者だな。君には、友達が居ないのかね?それとも私の様な老機械をコケにしに来たのかね?」
少女は無言で首を横に振った。
「私も暇じゃあないんだ」
「どうしてでありますか?」
「人間もそうだが、私にも役目というものがある。少なくともこんな誇りまみれの部屋を毎日の様に訪れる君よりも大切な役目がね」
「じゃあそんな大事な機械がどうしてこんな所に置いてあるでありますか?」
マザーは少女の表情を伺いながら一度、咳き込む。少女は彼の咳き込みを耳にして目を煌びやかに輝かせた。
「不思議な機械でありますね」
「あぁ、私の製作者の全てが詰まっているからな。機械科にて私に出来ない事は何一つない。警備ロボ一体から食堂のメニューまで私が動かし、作っているからね」
「さぞ、聡明な開発者であるでありますな」
「当たり前だ。私の製作者を聞いたら君もあ、そりゃあそうか。ぐらいの認識にはなるだろうからね」
「そうなんでありますか?」
「あぁ、まぁテロリストとして知られているかもしれないが、私は彼女の全てを理解していた。私を作った彼女はテロリストではないだろうし、何より、この陽明学園が誇れる生徒会長だったからね」
「金城九重殿でありましたっけ」
「その通り、彼女は歴代最強にして歴代最高の機械科生徒会長だった。魔族の囁きを聞いてしまったとか、様々な憶測等飛び交ってはいるが、彼女の事を理解しつくしている私にとってはそんな事はない。と断言できる」
「吾輩もそう思うであります。九重殿はそんな人ではない。と思っているであります」
「お、いい心がけだ。真実を見定めようとする君は偉いぞ。一年生にしてはやるじゃあないか」
「どうして吾輩が一年生だと……?」
「三年生と二年生の情報は全てインプットされている。一年生でどうしてか一人だけまだ、私の頭に情報がインプットされていない生徒が居てね。それが君だと思ったんだよ。毎日の様に来るわりに知らない顔だと」
生徒手帳を携帯、所持していれば、自然とマザーの元に情報が行くようになっている機械科では少女の様な生徒は珍しい。
むしろ、マザーは自分に会いに来る彼女の事が気になりだしていた。いつも自分の事を見つめては、少しだけボディに触れて帰る一年生の事をマザーは知りたくなって仕方なかったのである。
長年、この陽明学園という広大な敷地の中にある一つの学科に居る中で自分の受け持っているも同然の機械科の生徒で知らない人間が居る。それも入学式が終われば即座にインプットされているはずであろうデータがない。
まさか、と思い。彼女の目の前で一度、データベースを見直し、再検索をかける。見落としがないか、間違って別の学科の人間を登録していないか、数千、数万自分のデータベースに登録されている過去の生徒たちも含め漏れがないか確認する。
すると、探しているうちに、マザーは一時間前に登録されていた、たった一つのロックが何重にもかけられたファイルを発見した。
その厳重に保管されていたファイルにはタイトルも付けられている。それに気づいたマザーは少女が何者か瞬時に理解した。とともに躊躇いなくロックを全て解除し、その中に入っていたデータを解析する。
「そうか、君が……」
「やっと、気付いてくれたでありますか」
「やっとという程、長くはないだろう?」
「吾輩からすれば、やっとであります。母を探し、此処に来て漸く、掴んだのであります。吾輩の家族の事を」
「私は君の母の全てを知っている。それを見越して私の所というか、機械科への進学を選んだのかね?君が思う母ではないかもしれないし、理想通りにはならないかもしれない。それに、君という貴重な才能をつぶしかねないこともあるかもしれない。いくら、こうして投げやり気味に君の母が私に君を託したとは言え、此処に来ても修羅の道であることに変わりはない」
マザーは少女の表情を確認した。此処まで言えば、きっと彼女も不安げな面持ちを見せ、諦めるだろう。と思っていた。が、少女の瞳は満点の星空の様に輝き、鼻息を荒くしてマザーの話を聞いていないのか。と問いたくなるほどに興奮を露わにしている。
「まさか、ワクワクしてるとは言わないな?」
「いやいや、やっぱり親はその存在を子どもが超えるためにある存在であります。その温もりを知らぬという事ならなおのことであります」
目を輝かせる少女を見て、マザーは自身を作り出した設計者を思い出す。自分が初めてマザーコンピュータとして機械科に配備され始めて見た人間もこんな煌びやかな瞳を見せて笑っていた。
何故、自分の中に厳重に保管されたファイルがあったのだろう。
何故、入学式も終わって数日後にこのファイルが現れたのだろう。
「まだ、知らないふりをするでありますか?」
彼女の面影は十分にある。
彼女そのまま、という訳ではないが、最も慣れ親しんだ人間に彼女は酷似していた。別れを突如告げられた日から何年経ったか、そしてその光景、彼女の肉声を今も自身の中に刻んでいる。
ジャンヌから彼女が魔族へ加担した事を告げられた時、何故そのような行動に移ったか理解しがたかった。高度な計算能力を持ち合わせていても理解が出来ず、ショート寸前まで追い込まれた事もある。
どうあっても見つけられなかったフォルダの中には彼女の戸籍と親としてはあまりにも無責任な内容のショートメッセージ。
母が母なら子も子だ。マザーはそう思いながら、沙耶の顔をもう一度、確認する。
「君の名はもう割れている。自己紹介しなくていい。とまでは言わないが、敢えて聞こうじゃないか」
少女はマザーの一言により強く、目を輝かせながらマザーのメインカメラを見つめ、彼の前に腰掛けて大きく口を開いた。
「吾輩の名は、金城沙耶!金城九重の娘にしてこれからの機械科を背負っていく最強のメカニックになるであります!」
「やかましい。と言いたくなるほどに君の声は大きいな。まぁ、だからこそ。私も大丈夫そうと思ったんだがね」
「早速ではありますが、母を超えるためにマザーを改造するであります」
「マザーとは、私の事かね?」
「そうでありますよ?他に誰が居るのでありますか?」
「いやいや、いきなりマザーとは馴れ馴れしいな。私には歴とした名前が……」
「えぇーっと……スパナスパナ……」
「人の話は最後まで聞くのが筋だろう?」
「マザーは人ではないでありますから、いいかなって思ったであります」
「まず確信したのは、そういう口の減らない所が非常に九重に似ている。第一印象は最悪のスタートだ」
少女は得意げにマザーの隣に移り、彼の胴体の扉を開いた。
「お!おい!やめたまえ!いくら九重の娘といえど、ほぼほぼ初対面の機械にそれは無礼だろう!?ましてや実の母親が組み上げた私に素手で触れるなど、本来許容し難い事だろう!?」
「いやいや、元から良いボディとコンピュータの演算処理機能がついているでありますが、吾輩が更にグレードアップしてあるであります!それに、」
「余計なお世話だ!私はこのままの私が、おおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
その後、沙耶は数日間マザーの部屋から出る事なく、いくつかの単位を放棄した。と伝えられている。しかし、マザーの改良は彼女の機械科において瞬く間に確立し、堂々とマザーを率いて機械科を導く先導者として名をあげる。
「最初は、とんでもない娘と思っていたさ。今でも信じられない相手とは思っているし、君異常の天才は居ないと思っている。世に出たらきっと、私的にはエジソンは超越すると思っている。それぐらいに、君という人間は才能に溢れている。まるで無限に水の湧き出る泉の様な」
「マザーには感謝してるお。それは私も沙耶も刈愛も同じだお。だからこそ、そこを退いてほしいお」
「それは……、出来ない」
「裏切るのかお?」
「駄目かね?」
「駄目だな」
マザーの前で愛の姿が瞬時に刈愛に変化する。いつも見慣れた相手でもこういう時にもなればマザーの中でも緊張が走る。
走馬灯の様に脳裏に浮かんだ出会いの場面を払拭しなければ、鋳鶴は彼女たちの暴走を止められない。今、出てきているのは愛と刈愛の二人だけ、唯一、この場を簡単に収められるだあろう沙耶はまだ目覚めていないのか彼の前に顔を出すことはない。
「まぁ、なんだ。君たちから感情をもらう前ならば、私はきっと、彼らに協力する事はなかっただろう。君たちには私という最大の誤算があった」
「マザーが裏切るだなんて思ってなかったお」
「それは良かった。マザーコンピュータと言えど、時にミスを犯す事が証明されたな」
「沙耶の夢はどうするんだお。責任とれるのかお?」
「製作者に反逆してしまうポンコツだからな。私は、この戦いが終わってしまったら、初期化されたってかまわないさ。彼らにはそれだけの価値がある。その先に沙耶の幸福が待っていると、私は思っただけさ。君たち二人には見えないかもしれんがね」
「本当にお前がそう思うのなら、彼らに期待した末を見届けさせてやろう。その前にお前を破壊し、望月鋳鶴を止めるのみだ」
一部始終を鋳鶴とおっさんは黙してみていた。二人の会話は聞こえないが、どうにも神妙な表情なのは確認している。
きっと、マザーの裏切りに関する追求と、これからの話でもしているのだろう。バイクから放り出された鋳鶴はマザーの座席を蹴って跳躍していたため、未だ帆船を下に見る事が出来ていた。
「「おっさん」」
「何だね?」
「「次も頼みますよ!」」
「どうしたんだ。藪から棒に、気持ちが昂ってしまったのか?」
「「僕の身体が、この衝撃に耐えれれば、次も戦えますし、おっさんはもっと僕の
身体を使いやすくなって乗っ取りやすくなるでしょうしね!」」
おっさんは合図もなしに、鋳鶴の身体を操り、超巨大帆船に向けて最大の魔力放出を行った。
全身が灼熱に抱擁されるが如く、隈なく熱されているのを感じる。自分の身体に眠る膨大な魔力に驚愕しつつも鋳鶴は今の自分の身体が原型を保てているのは何を隠そうおっさんの力のおかげという事は理解していた。
今の魔力放出が、機械などにみられる放熱だとしたら、その放熱の力はとうに鋳鶴の身体を凌駕しうるものに到達している。鋳鶴の身体を支えているのはおっさんの力のみで原型を保っていた。
ただ、同時におっさんも鋳鶴の身体を借りている身になり愕然としている。
明らかに人間が耐えられる魔力放出の域を超過している鋳鶴の身体が悲鳴を上げるだけで済んでいるということに。それだけ鋳鶴の身体は人間の高校生とは思えぬほどに頑丈で素質のある肉体という事により気付かされる。
放出量は一流のジャンヌや鋳鶴の母である雅でさえ、多少は顔を歪めるであろう膨大なものだ。それをただの高校生が己の身一つ、原型を保ちつつ放出している。という事実におっさんは鋳鶴の人間としての可能性。凡人なら原型を保てず、全身を魔力に変換してしまい、骨さえも残らず蒸発してしまうだろうに、と考えながら帆船に向けて魔力を放出し続けていた。
「帆船を破壊するほどの魔力を放出しているのに……、彼は非常に頑丈なのですね。アンリエッタ」
ノーフェイスとアセロとの戦いを終えたジャンヌとアンリエッタは中央保健室屋上にて体育大会の行く末を見守っていた。ジャンヌは車椅子に悠々と腰かけ、オペラグラスを使用して見守っている。
アンリエッタも素っ気ないふりをしながらジャンヌの目を盗んでは目を細めながらその様子を見ていた。
「流石はあの女の息子という所でしょう。ただ……」
「どうかしたのかしら?」
「いえ、いずれ、陽明の生徒とはいえど、彼自身が貴方の前に障害として現れるような気がしてならなくて……、そうノーフェイスの様に……」
「えぇ、悔しいけれど。あの男とそっくりね。戦い方といい、何から何まで、魔力の形まで似ている気がしてならないわ」
ジャンヌは車椅子の肘掛けに右肘を突き、不貞腐れながら頬杖をした。しかし、不貞腐れている様に見えて、ジャンヌの目は眩い光を放っている。
「でも……、仮にあれにならなかったら、と思うとワクワクしちゃう。それこそ、私たちにとっては希望になるのでしょうから」
ジャンヌは微笑みながら鋳鶴の背中を見てそう呟いた。そして手持無沙汰な左腕を振り上げ、会場の周囲に何やら透明な壁を作製している。
「おぉ……」
「お馬鹿ね。アンリエッタ。学園長として生徒たちは宝なのですからそれぐらいはしないといけません」
「失礼しました……」
「鋳鶴、君は本当に丈夫だな」
「「破壊に時間かけすぎじゃないですか!?もういい加減体ぶっ壊れますよ!!」」
「大丈夫さ。君の身体は簡単には破壊されないし、俺がさせるわけがなかろう」
放出された魔力は今も尚、帆船の臀部に向けて射出され続けている。魔力で構築されている帆船は鋳鶴の魔力をいくら放出しようと、その形が崩落する様子はてんで見せない。
「おい!ポンコツ!これは本当に破壊できるのか!?」
「当たり前だ!鋳鶴のとんでも魔力さえあれば!私も助力してやりたい所ではあるが、バイクの身体では刈愛を抑えるだけで精一杯なんだ!」
マザーはそう言って鋳鶴に向かって放たれる銃器の弾丸を無力化していた。自分の車体や備え付けられている銃を放ちながら、彼女の攻撃を抑制している。
鋳鶴の両腕はすでに限界を迎え、溶岩の様にオレンジ色に発光し、融解を始めていた。
その影響はおっさんにまで及び、体内に存在する鋳鶴の意識も風前の灯と言わんばかりに会話もままならないぐらいに追い込まれている。
「「おっさん……、そろそろ……」」
「まだだ!まだ音を上げるな!鋳鶴、大丈夫だ俺がなんとか!」
鋳鶴の身体に付いた星がついに警告音を奏で始める。おっさんの治癒能力でも追い付かなくなった体の崩壊は徐々に手首から肘にまで拡大していた。
「お取込み中、悪いんだけどね?一人、すごーい人を忘れてはいないかい?」
鋳鶴、おっさん、マザー、刈愛の下で一平が満面の笑みで手を振りながら、呑気に彼らの様子を眺めていた。
「「会長!?」」
「まぁ?僕が出る幕はないかなぁ?って思ってたんだけどね?」
一平は余裕綽々と言わんばかりに、ゆっくりと鋳鶴が攻撃し続けている帆船に向かって歩みを進める。
中央保健室で中継を眺める負傷した面々と、固唾をのんで見守っていた普通科の生徒たちのテンションは一平の登場とともに、ボルテージが最高潮にまで沸き立っていた。
「流石、あの男は分かっているな。鋳鶴、ひいては普通科のメンバーを見ても彼でなければ、全員に目を配り、コントロールするなど不可能だ。こういう時にああやって堂々と不敵な笑みが出るのを抑えながら、満面な笑みを浮かべられる。とんでもない男だよ。彼は」
「「今日も出番がないと思ってあぁやって今、出てきた訳だと思いますしね。腕がもげそうな状態で言うのもなんですけど、こんな時にも冷静でいられないと、この体育大会は戦っていけないと思いますよ」」
「両腕がもげそうな人間が言うと説得力が違うな」
「「誰のせいで両腕がこうなってると思ってるんですか!さっさと決めますよ!会長の手を煩わせるわけにはいかない!って訳じゃないですけど、僕の両腕も本当に限界なんで」」
鋳鶴の様子を遥か下で見た一平は、鋳鶴に対象を合わせて、己の持つ能力を発動する為に深呼吸をした。
「望月君の腕はそんな華奢じゃなかったでしょ?それぐらいは普通に耐えられるような立派な腕だったよね?」
一平の一声に鋳鶴は深く頷き、納得の笑みを浮かべた。すると、魔力放出により融解しかけていた両腕がみるみるうちに再生されていくのが分かる。
まるで時が巻き戻されたかの様に鋳鶴の両腕は新品同様に変容し、魔力放出の出力を融解寸前の両腕の時よりも更に協力に段階を上げた。
「素晴らしい異能だよ。彼の能力は個人にあてた方が効く類のものだな。むしろ催眠に近いのかもしれない」
「さて?もう一押しかな?」
一平はモニターを確認し、会場に残っている人間たちの視線を確認する。更には肉眼で顔の方向を確認し、鋳鶴に視線が向けられている事を確認すると、一平は帆船に向けて人差し指を向けた。
「大丈夫さ?きっと、あの帆船は魔力の塊なんだろう?破片が実体化する前にやわらかい魔力に変換されて霧散するのが普通だよね?」
「「会長、ありがとうございます!」」
一平は少しだけ膝を突き、歯を食いしばって何かに耐えていた。しかし、鋳鶴には即座に笑みを見せ、右手親指を立ててあとは彼に任せると言わんばかりに、その場で仰向けになり、大の字で倒れこんだ。
「流石だな。一平、今は礼を言おう。鋳鶴!最大火力で飛ばすぞ!」
「「はい!分かってますよ!おっさん!」」
全快した鋳鶴の肉体は悲鳴を上げる事なく、出力を最大限まで引き上げた。再び両腕が取れそうになるような反動を受けながら、鋳鶴の両腕からは魔力が光線状になって射出されている。
その光線の魔力は今まで鋳鶴の魔力では帆船には敵わなかった故に破壊する事さえままならなかったが、ついに帆船を守っていた魔力の壁はそれに貫かれ、帆船本体に直撃した。
刈愛は漸く、マザーのバイクの身体を半壊させてものの、時すでに遅し、鋳鶴の放った魔力がすでに帆船の半分を破壊している。
「馬鹿な……!破壊ではなく、昇華しているというのか!?」
一平の力によって、鋳鶴の魔力放出の全てを受けている帆船は会場の周囲に船体の破片を飛散させる事はない。更には膨大な魔力を受けて爆発を起こす事もない。魔力の塊であった帆船は鋳鶴の魔力放出の力もあり、その姿を削り取られる様に失われていき、残りカスが天に向かって雪の様に昇華していく様子が見える。
「あら、綺麗」
「ジャンヌ様……」
「駄目かしら?」
「駄目です。貴女が触れていい様な代物ではありません」
鋳鶴が昇華させた魔力は雪の様に天から再び降り注ぎ、会場から歓声と驚嘆の声を湧き上がらせる。彼は多幸感に包まれ、会場に向けて余裕を見せるためか、手を振った。
会場から飛ぶ歓声と、達成感に油断したのか、今の自分が何処に居るのかを忘れているのである。
「「ほら見ろ。油断しているからそうなる」」
「ちょっと!おっさん!こっからどうすればいいんですか!?」
「「ガス欠だ。これだけはどうにもならん」」
「なんでそういう所まで対策してなんですかぁ!?」
「「余力を残して戦えるほど、甘くはなかった。更に君は強くならなければいけないからな。というよりもだ。最悪、地面に直撃するまでに星を破壊すれば良いと思うんだが?」」
「ナイスアイディアです!」
鋳鶴が制服に着けていた星を一目散に掴み、その場で潰そうとした時、彼の服の襟を何かが掴み、鋳鶴の墜落を地面から3m程度の所で止めた。
「全く、あの二人は……」
照れくさそうに頭を掻いている沙耶が鋳鶴を地面との衝突から助け、そのまま地面に優しく着地させた。
「反則技を使って更には敗北して惨めな最後でありましたなぁ……」
沙耶は半壊したマザーの残骸を抱きかかえながら、バーニア一つで自身とマザー、更には鋳鶴を抱えて降りてきた。
わざわざ手間をかけて自分を助けてくれた事を鋳鶴は感謝しながら、深々と沙耶に会釈をする。
魔力の雪が降る中、二人は見つめあっていた。機械科の会長と、着地させられた直後に尻もちをつき、その場に座り込む鋳鶴と、大の字になったまま微動だにしない一平の三人がその場に残されている。
「すっごく、楽しかったです」
鋳鶴は微笑みながら、沙耶にそう言った。
「普通科。やるでありますな。次はちゃんと、正々堂々。吾輩たちの力を見せてやるであります!今回は、景品が豪華だったので二人もおかしくなってしまったのかと思うでありますし……」
「確かに!でも三人とも城やんの事、大好きなんだなぁってよーくわかったんで僕は良かったですよ。城やんには、もっと機械科に行ってもらわないとですね」
鋳鶴の発言に、沙耶は口角を上げて笑って見せた。鋳鶴と、見えてはいないだろうが、一平にも一礼し、即座に振り返る。肩を震わせて何か悔しそうに唇を噛みしめる彼女の瞳には涙が浮かんでいた。
彼女は機械科で過ごした三年間を走馬灯の様に思い返しながら、空を見上げた。激戦を終えた陽明学園の空はどこか寂し気に夕日が沈んでいる。
一息つき、自身の胸に手を当てると、沙耶は星を無言で砕き、その場から去った。
普通科 機械科
会長 風間一平 〇――――× 会長 金城沙耶
副会長 雛罌粟涼子 ×――――× 副会長 芳賀茶々
城屋誠 ×――――× 芳賀初
望月鋳鶴 〇――――× 芳賀江
坂本桧人 ×――――× マザーコンピュータ
土村影太 ×
三河歩 ×
荒神麗花 ×
鈴村詠歌 ×
という結果で陽明学園体育大会一回戦第一試合は幕を閉じた。
遂に10日間連続投稿も今回で終了となります!また次の更新は半年以内にしたいっていう感じですかね。感想などお待ちしております!31話からは第二回戦の内容になってます!乞うご期待!
ブックマークなどしていただけたら嬉しいです。感想もお待ちしております!