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優しい魔王の疲れる日々(リメイク)  作者: n
優しい魔王の疲れる日々(リメイク)1
3/42

第1話:魔王と朝

あらすじとプロローグともに添削しながら増やすなり削るなりしています。ここからが第一話になります!


 日本のとある民家、そこに一人の青年が朝早くから起床し、割烹着の様な服装に、エプロンを着用してキッチンに立っていた。

 キッチンの高さが青年の手を添える手元にあっておらず、屈んでいるためか、少々作業し辛いようにも見える。

彼は数年もこのキッチンに立ち続けている為もう慣れている様相だ。

 料理という作業に形から入る青年ではないが、料理を作るならしっかりした調理着を、と両親にわざわざ純白のエプロンと上着を催促し、今の姿に到る。

キッチンの換気扇から外へと漏れ出る料理の香りは、近所の野良猫たちを引き付ける。少しだけ野良猫たちに昨晩出た夕飯の残りをドックフードの用器に入れ、外に放置し、野良猫に毎朝餌を与えるのがまた、青年の日課の一つになっていた。

 青年の名は望月(もちづき)()(づる)

彼の朝、それは早朝四時から始まる。

 毎日休みは無く、彼は決まって、朝四時に起き家族の弁当を作る。

上から28歳、26歳、24歳、22歳、20歳、18歳の姉6人と15歳の双子の妹がいて鋳鶴は彼女たちの事を獣のようなものだ。と言う。

 そして鋳鶴は現在16歳、今年で17歳になる。彼の通う高校は中高一貫校で中学生の時から通っている。

陽明学園と呼ばれるその学校は、中学と高校で教育方針と施設が大きく別れ、中等部では一貫して普通科しか存在しない。

だが、高校になると六科という学科別に分けられ、魔王科、魔法科、科学科と化学科、銃器科、普通科に分けられてクラス形態で教育を受けるシステムになっている。

 中等部一年生の四月から今の高等部、普通科に通っている鋳鶴には普通科に入学した時点で中等部以上に今の高等部でのクラス替えというイベントは何の変貌もない、繰り返しの様なものだと思っていた。

今日から陽明学園は新学期とともに新年度と新中等部生が入学し、中等部で三年生だった者は高等部に進学する。自分のいたクラスは代わり映えしないとは思うのが今まで鋳鶴だが、今の鋳鶴はそうは思わない。なぜなら科によって優遇されることとそうでない物事があるからだ。

 例えば校内施設を優先的に借りられる権利、そして満足な教育を受けられる権利など。

普通科としては全国高等学校の中では水準的に見て高い方なのだが、そもそもの人気や集客があるのは他の科で、鋳鶴の行く普通科はその中でも最低の科として扱われている科だった。

 勿論、普通科における成績優秀者の中から他の科に転科するといったこともあり、鋳鶴はそれも考えながら自分のクラスは今年こそ変わってしまうのではないか、と考えている。

 しかし、今の彼にはそんなことはどうだってよかった。

 毎朝起床する時間は日によってばらつくこともあるが6時過ぎから朝食を作らないのが彼のポリシーであり、理想の生活である。両親二人が常に不在なこともあり、彼一人で姉妹の面倒を見ているというのもある。

 そんなことが毎日の様にあるのだから自分が通うような普通科の転科情報を聞いても若干気になるだけであって、家事に支障をきたすレベルではない。

 そして毎朝四時になぜ起きるのかというと彼の色々な用意をすることと姉妹全員の弁当を作ることを任されているからである。すべての家事を担当しているわけではないのだが、基本的に鋳鶴しかこの家では家事はしない。学校の用意、制服の下に着るカッターシャツを羽織り、顔を洗い自分の布団をたたむ。

日課でそれをかかさず、中学生の頃からこの生活を日常として送っているはずなのだが、いつから家事をしっかりしているかなどの詳細は覚えていない。

「よし、お弁当と朝食終わり、次は皆を起こしにいかないと」

 いつも5時から6時の間に鋳鶴は弁当を作り終える。

 それも様々な色とりどりの弁当、姉妹達の弁当の中身が重複することや色合いなどが同じにならないように、という事と姉妹たちの栄養価が偏らないようにと工夫されている。

 次に昨日の夕飯の食器洗い、洗濯、そして他の作業もしているうちに朝の7時、姉妹達が朝ご飯を食べに来る。

 本日の朝食は4品、鍋いっぱいに敷き詰められた茹でたてのウインナー。大皿に大量に添えられたスクランブルエッグ。続いてほうれん草とレタスのサラダ。スープは鋳鶴特性コーンスープ。ウインナーは綺麗にタコさんウインナーの形をしていてシンプルに塩茹でし、塩味になっている。

 スクランブルエッグも単純な塩と胡椒の味付けのみと なっているが、とろみがついて輝いている。それでいて食感が残るように焼いており、食べる者の舌や歯を喜ばせる仕上がり、ほうれん草とレタスのサラダは所々にカニカマ風かまぼこを散りばめて、コーンスープはコーンでは無くクルトンが四つ浮かんでいた。

 家族が多い分、好みが分かれるため、鋳鶴は沢山の料理をまとめて作らなくてはならない。

 勿論、全員の口に合うように味付けはしているが、難癖をつけてくることも多いので鋳鶴自身、困ることがしばしば。

 だが、そこは中学生から朝ご飯を制作してきて手慣れた鋳鶴。家族で食事をするテーブルの上に姉妹のそれぞれの好みに合うようにタレや調味料が置かれており、それらはどれも綺麗に補充されている。

 家族の取り皿をそれぞれの席に置くのだが、鋳鶴と名前のかかれた机の両隣とテレビの真正面になるテーブル、そしてテレビを見ることを遮りそうな席に取り皿は置かれていない。

 鋳鶴が配置されていない机に取り皿を配置しようか迷っているときに、リビング付近の階段から降りてくる足音が聞こえた。

 足音に勢いは無く、恐らく寝ぼけているのだろう。

 床の軋む音も自然とゆっくりだ。

「あぁ……今日も仕事に行かなきゃならんのか……鋳鶴、代われ」

「あんた店長でしょうが!しっかりしてくれなきゃ僕も困るから!一応長女なんだし!」

「一応とはなんだ。これでもれっきとした長女だぞ」

 最初に降りてきたのは女性にしては短髪な方で鋳鶴と同じぐらい背の高い女性、名は望月恐子(もちづききょうこ)、28歳でこの望月家の長女。

 かつては、鋳鶴たちが暮らしている陽明町のヤンキーだったが、それも10年以上前の話。鋳鶴が6歳の頃には近所のファミレスに就職し、今はその店の店長を務めている。

常連にも近所の人間にも良い意味でも悪い意味でも恐れられていて、望月家最強の長女、彼女の性格は母と一緒で横暴そのもの(鋳鶴談)だが、家族の事を気遣うことの出来る実は心優しい女性。ヤンキーだったころには全国制覇を果たし、その名を全国に轟かせ日本中の不良少年少女は彼女を恐れ、自分から頭角をあらわしたりだの、望月恐子よりも強い。などと、名乗りを上げる事はしなかったらしい。

「ご飯は出来ているかな?」

 恐子が目を擦りながら席につくと、今度は眼鏡をかけて茶色に染まった髪を束ね右脇に六法全書を携えた女性がリビングに入った。

 これまた鋳鶴に背が届きそうなほど背が高く、目尻が少し上がり、初対面の相手には必ず萎縮されるだろう少し性格もきつめの女性だ。

 彼女の名は、望月杏奈(もちづきあんな)、望月家1の努力家で、今は弁護士の職についている。が彼氏はここ数年不在でそれを悩みとしている。付き合っていた元彼がいるのだが何らかの原因で別れ、ずっと独り身でいる。

いつも右手に持つか脇に抱えている六法全書は彼女の武器であり、いざという時になればそれを投擲して相手を攻撃する。

「今日も申し分ない朝食だな。鋳鶴」

「もう少しみんなが食べる量を控えてくれたら助かるんだけどねー」

 鋳鶴が恐子を横目で見る。が、彼女は朝の情報番組に夢中になっていた。彼女の視線に釣られて、鋳鶴もテレビに視線を向けると、ある店のモーニングサービス特集をしていた。

 モーニングサービスの生クリームがこれでもかと言わんばかりに乗っかっているパンケーキを眺めて涎を垂らしながら画面を齧り付くように見る恐子は普段の恐怖感が無く、まるで食事を待ちきれない子供の様な雰囲気を出している。

「あぁ~……眠い……頭痛い……死にそう……もう死ぬ……」

 恐子の様子を微笑ましく思い、背後から見守っていた鋳鶴の耳に朝方には似合わない重量感のある物を落とした時に出るような音が届いた。

 一人の乱れた長髪で茶髪の女性がリビングの扉にもたれかかって扉を開けている。

 彼女は三女の望月(もちづき)()(つみ)だ。

 年齢は24歳で鋳鶴の通う陽明学園の保健室の教員をしている。

 陽明学園の保健室は陽明学園のどの科も平等に使用できるという唯一の施設だ。

 学園の中央に病院の様な様相で建築されその中でもすべての保健医を管理しているリーダー的存在である。

 ただ、彼女自身。常に酒を飲んでいないと本領を発揮できないタイプで、彼女に用意された保険医様の部屋があるのだが、彼女の酒飲み場として使用しているのが穂詰の問題的な部分の一つ。

 もちろんそこでは学生たちも働いており、誰もが将来医療関係に努めたいと志している者たちばかり、穂詰の酒癖が悪いこともあり、彼女は上司でもよく、医学生たちに叱られている姿が保健室病院付近では見られている。

 自宅では上半身にキャミソールでありながらノーブラで過ごす、下半身はパンティーのみで過ごすある意味野性的で包み隠すことなく、立派と言える姿見をしている。

 駄目人間感を醸し出すだるだるの衣服、ぼさぼさになった髪、目のやり場に困り、慣れるというよりも、そもそも姉なので鋳鶴はそれについてはあまり気にしていない。

 しかし、嫁入り前であることと学校でも酔っ払うと、脱ぎ癖が発生するために口を酸っぱくして注意していることもあるのだが、本人は別に気にしていない模様。

 本来はこの様にのんだくれというよりただの情けない大人なのだが、道着を着ると彼女は一転してとてつもない強さを誇る格闘家になる。

 彼女はありとあらゆる武道と武術を習い、それらの帯を全て獲得している。だがしかし、一番得意なのは言わずもがな酔拳である。

「とりあえず、酔い止めあげるから、それと朝ごはんだよ?」

 鋳鶴は処方箋と書かれた袋から鋳鶴は一錠の薬と、一杯の水を差し出す。穂詰はそれを受け取らず這ったままでリビングに向かった。

 食器が配置されていないのはあと2席、望月家の双子、ゆりと神奈のみである。鋳鶴は二人の事を心配して二人の寝室に向かった。

 リビングを出て二人の寝室に向かう途中で鋳鶴は家の中央庭にそびえたつ桜を窓越しに眺める。今年もこの家族と自分を見守ってくれている。そんな桜に向け、鋳鶴は両手を合わせた。

 桜を充分に見て二人の寝室の前に立つと鋳鶴は優しく部屋の障子越しに声をかける。

「二人とも、朝だよ」

「待ってね。お兄ちゃん!ゆりちゃんがおきないの!今日から新学期なのに!」

「うーん、神奈、近くにゆりの髪留めある?」

「髪留めを寝たままのゆりに結んであげて」

 神奈は鋳鶴の指示通りに寝ているゆりの枕元に置かれていたゴムの髪留めを取ると、急いでそれを適当な形でゆりの髪に結んだ。

 すると、みるみるうちにゆりが上半身から起き上がり、目をこすりながら障子をゆっくりと開いた。

「ふわぁ……にいひゃん、おはょ……」

 目を擦るゆりに振り返る様に鋳鶴が指示をすると、ゆりはすんなり振り返り、鋳鶴に背を見せ鋳鶴がゆりの乱れた髪を綺麗なサイドテールにセットしてみせた。

「兄ちゃん!おはよう!今日もいい天気だね!」

 まるで機械が電源のスイッチを押されて動き出す様に、ゆりにとっては起床することでサイドテールにすることが機械のスイッチであるかのように急に立ち上がる。

「ありがとう鋳鶴お兄ちゃん、ゆりちゃんやっと起きたみたい」

「よし、それじゃあ二人とも顔を洗ってからご飯を食べよう。僕はリビングで先に待ってるから」

 目を擦って起きたゆりは双子の片割れで一応、姉の方。

好きなものはアニメとゲームとスポーツ、将来の夢は正義の味方という生真面目且つそんな夢を大胆不敵に大声で叫ぶ少女。陽明学園の中等部に神奈と共に通っている。

 もっとも有名な陽明学園の中学生の双子のコンビでもある。その名もムーンシスターズ。

 兄とは違いすでに魔法科への進学が決まっており、受験も済ませている状態だ。

 ゆりはこの望月家では最も背の低い女性だ。

 もちろん胸囲もその身長と比例して一番控えめサイズになっているが彼女はこの家の誰よりも素早く動くことができる。

 邪魔なものがないからなのか、それとも彼女自身の身体能力からきているのか、それは謎である。

 もう一人のゆりを起こした神奈という少女、ゆりとは正反対の性格と体格で比較的温厚。望月家で最もおとなしく女性らしい女性だろう。そして体格が正反対ということはゆりとは違い背が高く女性らしい体つきをしている。

 兄の鋳鶴が一番敵に回したくないのはこの神奈であり、鋳鶴の一番の弱点である。

 他の姉たちやゆりと違い、厳しい物言いをすると涙を見せることや兄に上目づかいで謝ってくるなど大変将来有望な小悪魔的姿を見せることもしばしばある。

 二人が脱ぎ散らかした服や髪留めを鋳鶴は元の場所に戻し、着替えた衣服は近くの洗濯籠に入れ、鋳鶴はそれを抱えてリビングに戻ろうと廊下に出た。

 ふと、廊下の窓から中庭を覗くと、そこには桜の花が、威風堂々と咲き誇っている。この桜は鋳鶴が生まれる前からこの家にあったと言われている桜である。

 祖父の望月三十郎がこの家を建築する時に植えたと言われるこの桜は毎年、この四月の時期になると決まって咲き誇り、鋳鶴たち、望月の家に住む家族全員をまるで鼓舞するように花弁を散らして見守っている。

 鋳鶴はその大木の桜を再び見つめると、今度は一礼してリビングの隣にある風呂場前に佇む洗濯機にゆりと神奈の衣服を入れて、洗剤と柔軟剤を洗濯機の所定の容器に注ぎ、電源を入れて起動した。

 そこから急いで鋳鶴はリビングに戻り、そこには彼が集めた面々がようやく席につきここで、食事のあいさつを始める。

 今日は鋳鶴が号令当番の日なので、今日は鋳鶴の号令で食事が始まるのだが

「鋳鶴。まだか」

 恐子がものすごい剣幕で箸を持ちながら、鋳鶴を睨み付ける。まるで餌を目の前にして殺気立っている空腹の肉食獣の様だ。

「恐子姉が箸を下ろすまでいただきますはしないからね?」

「こいつ……」

 恐子が苦虫を噛み潰した様な嫌悪感にまみれた表情をし、箸を下ろすと鋳鶴は手を合わせる。

それを見てリビングに集まった全ての人間が手を同じように合わせた。

 全員の顔を見まわし、全員と視線が合うのを確認すると鋳鶴は号令をかける。

「いただきます」

「「「「「「いただきます」」」」」」

 一斉に箸がテーブルの真ん中の皿に向かって伸ばされる。鋳鶴はゆっくり食事をするとこの家ではおかずがなくなってしまうのを計算して家族が最初に手を出さないものから手をつけた。

 肉食系が多い望月家で一番早くなくなるのはウインナー、まずそれではなく、スクランブルエッグとサラダを先に確保して他の家族が取り終わったころにウインナーを取ろうとしたのだが、すべて姉妹が取り終えた後でそこにはもう塩味のお湯しか残されていなかった。

「……」

「兄ちゃん?私のあげよっか?」

 ゆりが鋳鶴の顔の前にウインナーを見せつける。

「え!?本当に!?」

 ゆりの一言に兄としての喜びを噛み締める鋳鶴、いつも我儘ばかりで振り回される側の鋳鶴にとって、その妹からのひょんなことから邂逅するその優しさに、鋳鶴の目尻には涙が光っているように見えた。

「はい。あーん」

「あー」

大きく口を開けて食べようとする鋳鶴だったが、ウインナーは鋳鶴の顔を掠めてゆりの口の中に入ってしまう。

不敵な笑みを浮かべるゆりを見て、鋳鶴の眉間に若干だが、皺が寄る。

「ゆりちゃん、お兄ちゃん痩せちゃうよ?」

「いーの、いーの、兄ちゃんには三河さんの弁当があるかんね~」

 ゆりが不敵な笑みとともに鋳鶴を見ながら口に手を当てる。神奈も何かを察したのかゆりの真横で不敵な笑みを浮かべている。

「二人とも、もう少し静かにしなさい。あと恐子姉さん、鋳鶴の分まで食べなくても…」

「鋳鶴がいいって言ったんだ。私は知らんぞ」

 恐子がハムスターの様に頬を膨らませて、食事を続けている。

 杏奈はなんとか、少しでも彼女の元にある皿の上に盛られた食べ物を掠め取ろうとするが、その動きを既に恐子は見透かしているのか、彼女の掠め取ろうとする瞬間にはもう恐子の頬の膨らみになってしまっている。

「鋳鶴お酒~……あたまいった~い……」

「恐子姉はとりあえず僕の分も食べていいから!ゆりと神奈は気にせず朝ごはん食べてて!杏奈姉は心配ありがとう!穂詰姉は我慢してね!とりあえず学校に行けばあるんだからさ」

 望月家では、自分の食器は机の上に置きっぱなしでなく、各々が洗い場までは持っていくという決まりになっている。

 鋳鶴は、杏奈と恐子のやり取りを見守り、自分の食事に踏ん切りがついたのか、エプロンをつけて洗い場に移動していた。

 食器を洗いながら鋳鶴は各々に注意喚起をしている。それは、母親代わりの鋳鶴にとって日常茶飯事、自分の食事をする時間があろうとなかろうと鋳鶴にはいつも通りのことだった。

いそいそと鋳鶴が皿洗いをしていると、突然、家の中でインターホンが鳴り響いた。

 下げていたエプロンで洗剤の付着した濡れている手を拭くと、神奈と杏奈に皿洗いを任せて鋳鶴は急いで玄関に向かった。

 望月家の玄関は二重になっていて、防寒対策、且つ、防暑対策になっている。家につながる玄関はガラス戸で、インターホンはついていない。ガラス戸を開けると10mほど先にコンクリート状の階段がある。そこを降ると、木造の玄関が現れる。

この時間にこの家に来訪する客人は誰か決まっている。いつもなら戸を開かず、インターホンで確認するのだが、誰が来訪したか理解している鋳鶴は、勢いよく木造の戸を開き、その人物と顔を合わせる

「おっ……おはよう」

「歩。おはよう」

 玄関の前に立っていたのは鋳鶴の同級生の三河(みかわ)(あゆみ)だった。

鋳鶴と中等部の三年時と高等部から同じクラスで隣の家に住んでいる。去年、剣道の全国大会で女子高生一年生の部で見事に全国制覇を果たしている。

そんな彼女の名は学園中に轟いていて、剣道としての実力、成績も優秀であるため、別の科に異動する事を普通科の教員全員から推薦され、魔法科などに転科することも可能なのだが彼女はそれを拒み今年も普通科への進学になった。

これは、彼女の意思であり、彼女は勿論、魔術の素養があるため、今すぐにでも彼女が転科したいと申請すれば、今すぐにでも魔法科への転科が出来るだろう。

何故かはわからないが、歩は普通科に居つづける事を好んでいる。

 鋳鶴は、新学期になって初めて歩の事を直視したが、彼女の頭の後ろで綺麗に束ねられたポニーテールは朝日を受けて輝いている様に見えた。

そして彼女の右手には護身用の木刀が握られている。

きちっと着こなされた制服は彼女の生真面目な性格を表している。が、握られている木刀が威圧感を放っていて鋳鶴は彼女の容姿よりも木刀に視線を向けてしまう。

更に歩は、木刀を力強く握りすぎているのか、小刻みに木刀が震えてしまっている。

「いっ……一緒にがっがががが!学校に行かないか!?」

 緊張気味に鋳鶴に問いかける歩を見て、鋳鶴は微笑むと一度首を縦に振った。歩はその返答に目を輝かせ頬を赤らめている。

「でも今日はまだ、やることが残っているから先に行ってもらってもいいよ」

「いや、お前の家事が終わるまで私は待つぞ」

鋳鶴は急いで残りの家事を終わらせようと、家に戻ると玄関に自分の制服が置かれていた。

廊下の先を見ると、リビングの入り口から、ゆりと神奈が、鋳鶴の事を不敵な笑みを浮かべながら見つめている。

「え、これって」

「歩さんを待たせちゃいけねぇよぉ。兄ちゃん」

「そうだよ。私たちが家事をやることはいつでもできるけど、三河さんと登校するのは久しぶりなんだし」

「ふっ……二人とも……」

 二人の好意に鋳鶴は目に涙を浮かべて二人の妹の成長を喜びながら、玄関でエプロンを剥いで制服に着替える。

 学校指定の鞄の中身を確認し、今日の学校行事に必需品を確認し、ネクタイを締める。このネクタイを締めるのも二年目になると慣れたもので、鋳鶴はもうしどろもどろせずにネクタイを締めることができるようになっていた。

「あ、そうだ兄ちゃん」

「どうしたの?」

 鋳鶴の元に洗い物途中のゆりが駆け寄る。

「ちゃんと後で埋め合わせはしてもらうからね」

「え」

「え、じゃないよ!学園名物のクレープを二つ、買ってほしいなぁ~」

「嫌、だと言ったら……?」

「嫌でも別にいいけど、三河さんに色々言いふらしちゃうかもね」

「えぇ、奢らせていただきます」

 鋳鶴は別の意味で目に涙を浮かべて、二人に手を振ると靴も途中履きなのにも関わらず、一目散に歩のところに向かった。


第一話いかがだったでしょうか、前回の一話と違い、かなり文の量などにかなりの差があるかと思われます。時の流れというよりも自分自身の意識で増やしている点もあるので不思議に思われる事があるかと思います。

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