第26話:魔王と芳賀三姉妹3
忍と秘書。魔法使いの弟と陸上少女、スケバン少女が脱落し、芳賀三姉妹の長女と次女も脱落した。その出来事が起こる前の同時刻。別の小部屋で鬼が待ち受けた機械科の相手とは……
更に真打登場!
「はぁ。嫌だなぁ。誰も来てほしくないけど、真ん中だもんなぁ……。誰も来ない訳ないよなぁ……」
学園総出の生放送で鋳鶴は中継先から項垂れた姿を見せていた。相手が誰かも分からない状態で鋳鶴は相手が女性陣という事を思い出しながら、相手を想像して対処法のイメージトレーニングをしている。
「「鋳鶴、相手が女性でも油断するんじゃあないぞ」」
「「分かってますよ。芳賀三姉妹とか言ってましたし、相手は確実に女性だけだと思いますよ?だから僕にとってはちょっと嫌なんですけどね……」」
「「男だけが戦う世の中ではなからな。それに君は優しすぎる。そんな事ではこの体育大会は勝ち残れないと思うがね?普通科最高戦力である君が真っ先に敗北しては示しがつかないし、何より、君が敗北した時点で敗北も等しいだろう。だからこそ、俺は君を負かせるわけにはいかないし、何より俺自身、学生という小童どもに負けるつもりはないがね」」
「「自信満々なのはいいですけど、女性には手加減してくださいね」」
「「俺がそこまで器用な事出来ると思っているのかね?最低限の努力はするが、俺にも無理なものは無理だ」」
「「そこをなんとかしてこそ、一流の魔族とかじゃないんですか?破壊するだけなら二流でも三流でも出来ると思ってますけど」」
「「そうやって煽るのも君の癖だが、そうやって煽るからこそ、俺にもそういう意識が芽生えるものだからな。ほら、敵が来たぞ」」
おっさんにそう促され、鋳鶴は小部屋から覗くと、その先には小柄な体に似使わない大鎌を引きずりながら歩く、一人の少女が居た。
大鎌は床と擦れ、金属音を奏でながら、鋳鶴に威圧感をかける。
「あっ危ないよ……?」
「「君は馬鹿か?あれは敵だ」」
「「そんな事は分かってますよ!」」
「私は芳賀三姉妹の三女。芳賀江と申します。よろしくお願いします」
「「丁寧な女性じゃないか、まぁ持っている武器は大変物騒な物だが」」
「「何当たり前な事言ってるんですか!ぶっ飛ばしますよ!」」
「「まぁ何だ。君の事だから、まず対話からだろう?」」
「「相手は女性ですし、そりゃそうですよ。それに此処での戦いは学園の皆が見れる様になってますからね?全力で攻撃しても僕が非難を浴びるのは当然かと……」」
「「あのなぁ。確かに君のそのナヨナヨしい考えも分からなくもないが、普通科の生徒が機械科の相手をするんだぞ?よくよく考えたら君が全力で相手しても非難されないと思うがね」」
「どうかされましたか?」
「え!?いや、何でもないよ!芳賀江さんだよね。僕は望月鋳鶴です。よろしくお願いします」
「望月……?ゆりちゃんと神奈ちゃんのお兄さんですか?」
「え!?二人を知ってるの!?」
「はい」
二人が機械科の生徒に知れ渡っている。という事は、何か悪事をしでかしている。としか考えが浮かばない。
江の表情を見ていると、嫌悪感などは見れないという点から、鋳鶴は彼女に対して二人が特段何か悪事を働き、怨んでいる事などはないと考えた。
「お友達みたいなものですからね。機械科にも興味をお持ちだった様なので私が案内したんです。その時にお友達になったというかなんというか……」
「迷惑かけてなきゃいいけど……」
「いえ、迷惑だなんてむしろ二人の無理難題には助けられてます。バッタライダーのプレミアムベルトの参考にもなりますし」
説明しよう。
バッタライダーのプレミアムベルトとは、市販のバッタライダーのベルトは、お子様でも手の届きやすい5000円+税という価格になっている。
バッタライダーは一年周期で作品が代わり、ナンバリングタイトルとして多数のバッタライダーが存在しており、今年のバッタライダーのベルトは5000円程の値段になっているのだが、江の手掛けたバッタライダーのベルトは昭和、平成と人気バッタライダーのベルト製品を大人向けに作り替えた物だ。
彼女の作品は市販のものと比べ、おもちゃ会社と提携して製作したもので値段は40000円+税からが基本となっている。
しかし、彼女が製作したベルトやアイテムは高価な物ばかりになるが、それでも買う者が絶えない程の人気グッズと化している。
最近では、市販の物も彼女が製作会社と共に考え会議にも参加し、そこで意見を述べたりもしているとのこと。
「ゆりちゃんはお兄様の影響からか、バッタライダーが好きとおっしゃってて、貴重な友人兼視聴者として彼女の意見も取り入れたりしますからね。とても参考になってます」
「ほんとに!?君があのプレミアムシリーズを手掛けてるの!?」
「はい。企業の方からもよく委託されますし、お兄様も好んでいるという事で一度、私の工房を拝見されます?」
「本当に!?」
「はい。ですが、私に勝ったら。という条件付きにはなりますがね!」
江は鋳鶴の返答と同時に彼女は大鎌を手に取り、彼に斬りかかっていた。おっさんの反応速度のおかげか、鋳鶴の全身は自然と彼女の攻撃回避し、追撃に備える様に彼女の前に立つ。
「どうしても戦わなきゃいけないんですよね」
「はい。いくら友人のお兄様と言えど、私は金城会長と二人の姉の為に戦うだけです。大義は互いにあります。けれど、どちらかは敗北しなければなりません。それが現実でこの体育大会なんです。大人しく負けてくださいとは言いません。私は実力で貴方を倒します」
鋳鶴から見ても、彼女の目は本物だった。輝いている上に、濁りはない。ましてや穢れすらない。彼女はただ、望月鋳鶴という男をまず、倒す事だけを考えている。
「「むしろ、彼女の方が清々しいじゃないか。俺は君にもああいった精神を持って戦ってほしいものだ」」
「「覚悟とか高潔さを競うものではないと思うんですけど!」」
「「まぁ俺からしてみれば、彼女は自分の為に戦っていない時点でナンセンスだと思うがね。君の様な誰かの為に戦おうとする男の方がよっぽどセンスがある」」
「流石、ゆりちゃんと神奈さんのお兄様ですね。無言で私の攻撃を回避するだなんて、場数が違います」
「そっ!そんな事はないよ!僕なんて素人同然さっ!」
鎌の一撃を鋳鶴は身を躱して回避する。
彼女の鎌には、見た所何も細工はない。ただ、装飾だろうか、口金の辺りが、コンポの様にスピーカーが備え付けられているだけ、極力無駄な力を使わない様に、最低限の筋力で彼女の攻撃を回避していた。
「「あのスピーカー。何かありそうだな」」
「「どういう用途でつけてるんでしょうね。どう見ても邪魔な様な気がしますけど」」
「「デザインだろう。彼女程の人間ともなれば、そりゃあデザインなども手掛けているだろうし、芳賀江ブランド。という高尚な存在がある様な気もする」」
「「聞いた事ないですよ。そんなブランド」」
「「本当にあったらどうする。彼女の怒りを買うかもしれないぞ?」」
「「あったら困る様な事言う訳ないじゃないですか。精神攻撃もちょっと世間体では駄目な気がするんで」」
「「凶器を振り回すような相手にその調子で相手をするなど、馬鹿を超えて阿呆の領域だ」」
「「誰が阿保ですか!こんな回避方法は阿保には出来ないと思いますけど!?」」
「「袖は破れてるぞ」」
「「袖なんて所詮飾りですよ。おっさんにはそれがわからんのですよ」」
「「高校生なのだから容姿にも気を使ったらどうだ」」
「「おっさん、今の状況見て言ってます?それ」」
「「あぁ」」
「「宿主が阿保だと、どうやら阿保は同居人にも伝染する様ですね」」
江の攻撃は衰える事を知らず、鋳鶴に考える暇も与えない様に、ずっと振られている。鋳鶴はふと、彼女の一撃を回避しようと最低限の動きで回避しようとした瞬間に彼女の鎌により繰り出される一撃が早送りされたかの様な錯覚に襲われた。
先ほどまでは回避出来ていた彼女の攻撃を鋳鶴は回避できずに、左肩に切り傷を負ってしまう。
「なっ!」
「効いてきましたかね」
「「あぁ、きっと超音波か何かだろう。あのスピーカーはそういう意味だったのか、非常に納得のいく答えを得られたぞ鋳鶴」」
「「いや!遅いですって!切られちゃったんですけど!?」」
「「そんな事もあるさ」」
「「もしかしたら負けてたかもしれないんですよ!?」」
「「ギリギリを攻める様な舐めプまがいな事をする君が一番悪いだろう?俺に非は無い筈だ」」
鋳鶴の星を腰部のベルトに付着している。江の攻撃は的確ではないものの、大雑把に鋳鶴を切断し、星の機能で強制送還しようという作戦だろう。
単純な話。星の機能さえあれば、大会の規約に従ってさえいれば相手を一撃で殺害する様な一撃さえ加える判定まで入れば強制送還という扱いになる。
鎌の口金に備え付けられたスピーカーから出ている超音波の類は、確実に鋳鶴の何かを蝕み、彼に一瞬の隙を作り出した。
「でもあの二人のお兄様という事は相当な実力者だと言うのは理解しています。いつもゆりちゃんは貴方の事を私との引き合いになりますから」
「え?そうなんだ」
「えぇ、学園一。いや、日本一の兄だってあの子は言っています。私と身内自慢でぶつかり合う事は出来るのは彼女ぐらいですしね。神奈ちゃんは優しい子なのでそういう事にはならないのですが」
「「くだらない会話でもして時間を稼いでほしいものだな。あのスピーカーが君に何をしているのか。見ものだ」」
「「出来るだけ早くしてくださいね」」
「「保証は出来ない。俺は気分屋だからな」」
「だからこそ。私は証明したいんです。貴方を倒して」
今度は鋳鶴の首目掛けて彼女は鎌を振るい、間一髪で鋳鶴は回避する。まさに紙一重、身体に何らかの加重がかかる中、鋳鶴は動きを調整しながら彼女の攻撃の観察に入る。
大振りではあるが、それは彼女の肉体が所持している鎌にあっていないからだろう。と瞬時に見抜いた。と確信した鋳鶴だったが、加重のせいか、はたまた彼女の先ほどまでの大振りは何だったのか、と言わんばかりに江の動作が素早くなっている。
突如、素早くなった彼女の攻撃を鋳鶴は完全に読む事が出来ず、右腿と左腕に切り傷を負う。
「すごいですね。負荷をかけているのに、そこまで動けるだなんて」
「変な姉たちのお陰で体は鍛えられているからね」
「一つ、疑問があるんです」
「何?」
「ゆりちゃんと神奈ちゃんはどうして、お兄様ばかりをって言ってしまうと何か引っかかってしまうかもしれませんが、お姉様の結さんの話をされないのですか?鋳鶴さんよりも結さんの方が身体能力も高いと思いますし、魔王科の生徒会長さんですし」
鋳鶴は口を噤んだ。
結の事に関して、彼女と口論しようと鋳鶴は考えたが、大人気ない。ゆりと同じになってしまう。という発想が浮かんでしまったが故に鋳鶴は口を噤んだのだ。
だが、自分の事を姉の結よりも優れている。と微塵も思わない鋳鶴だが、何故、ゆりと神奈の二人が彼女よりも自分の話をするのか。という事に関しては答えだけは浮かんでいた。
それが同時に、ゆりと神奈の何らかのサインである事にも鋳鶴は気付く。
本来ならば、より近親者として手本にするならば、鋳鶴ではなく、結だろう。
それは鋳鶴も理解している。誰よりも結を近くで見ていた鋳鶴だからこそ、ゆりと神奈が結を一番に自慢しない。その事実が、彼の心に少しだけ彼女の事を気遣う隙を作り出す。
その隙を見逃さない江は鋳鶴に向けて、先程よりも速度を増した一撃を繰り出し、彼の首を掻かんと鎌を振り下ろす。
「どうして兄ちゃんは、誰かの為とか何かの為じゃないと全力出さないんだ?」
望月家の縁側で月に照らされながら、三人の兄妹がアイスキャンデーを頬張りながら、会話を繰り広げていた。
三人の傍らにはそれぞれのお気に入りのコップに注がれた麦茶が置かれている。
「どうしてそんな事を聞くの?」
「だって本当に評価される事は苦手っていうか、兄ちゃんしないじゃん?勉強もそこそこ出来て、運動も私たちとかお姉ちゃんたち程ではないけど出来るのにさ」
「あー。でもこの家で。って事なら、僕以上に何かできる姉や妹たちが居るから、僕は安心してこのままでも良いって思えるんだ。だから、皆には僕みたいに誰彼の為とかじゃなくて、自分の為に何かをしてほしいってずっと思っててさ。僕としての適材適所ってやつが人助けなんであって、皆みたいに学園からとか他の生徒から英雄視される様な素質はないんだ」
一人の妹はアイスキャンデーを頬張りながら、立ち上がって兄の前に立った。彼女の背後では蛍が舞っており、何とも幻想的な風景を彼に見せつける。
「でもそう考えると、私たちが兄ちゃんをそうしちゃった節があるんだよね。いっつも私たちの行いを一歩下がった所で見てるっていうか、それこそお母さんみたいに皆を見守ることが多いもんね」
「うーん、言って良いか分かんないけど、そうだと思うよ。まぁ料理とかは好き好んでやってるけどさ。僕は誰かを助けるのが心からじゃあないと思うけど、好きなんだと思うよ。恐子姉やゆりがつまみぐいを止められないように、僕は誰かを助けるっていう事がやめられないんだ」
「でもさ。いつも感謝されるわけじゃないんでしょ?誰かを助けたってそれは兄ちゃんとその助けられた人にはいいかもしれないけど、結局それは、他の人の何かを邪魔したりとかにも繋がったりするんじゃないの?」
「確かに、そうかもしれないね。父さんが言ってたんだけどさ」
父。鋳鶴の口からその言葉が飛び出した途端、ゆりだけでなく神奈ですら、苦虫を噛み潰した様なしかめっ面を二人は見せる。
鋳鶴は二人を宥めながら話を続けた。
「誰かを助ける。とか誰かの味方になるっていうのは、誰かの敵になったりもするって事なんだ。僕は家族皆や友達の味方ではあるけど、その人たちと敵対している人たちからしたら僕は敵も同然だろう?」
「まぁそれはそうだけど、兄ちゃんは考えすぎだと思うけどなぁ」
「そう?」
「うん。何か高校生じゃなくて近所のじいちゃんとかと話してる気分になるなぁ。それでも大好きだし、たった一人の兄ちゃんだしさ」
「ゆりも神奈もいつか分かる時が来るよ。良く枯れてるとか言われたりもするけどね。僕だって誰の味方でも良いって言われたらそれは違うからね。ちゃんと、自分がその人に協力して良いかは見定めているつもりだよ」
「私は心配だよ。お兄ちゃんはやっぱり優しい人だから誰かに騙されたりとかするんじゃないかって、ほら、人を疑う事とかしないから」
「確かに、でもそういう時こそ。私とか神奈がお兄ちゃんを沼から引き揚げてあげなきゃいけないから!」
鋳鶴はかつて、二人の尊敬する人。と題した作文を読んだことがある。
勿論、家族の事に関して書かれていたのは事実だが、最も作文に書かれていたのは鋳鶴の事だ。
母や父、他の姉妹たちの事も書かれてはいたが、その倍以上は鋳鶴に関しての事が多く、二人も彼に見られまいと隠しているものだった。
たまたま、ゆりの机に丸められていた原稿用紙を好奇心で広げてしまった鋳鶴は申し訳ない。という気持ち半分、いつも兄としての自分をこう見ていたのか。と気付かされた。
神奈の整頓された机の中央に置かれていたクリアファイルに綴じられている原稿用紙を手に取り、読んだ。
しかし、鋳鶴は原稿を読んだ。という事実は伝えず、本人たちの発表を影太に依頼して撮影してもらい、一度だけ目に焼き付ける様に視聴し、影太の撮影したデータを完全に抹消した。
その映像は如何に自分の家族が誇らしいか、そういった内容の作文である。
「例えば、兄ちゃんが間違った誰かの味方になろうとした時は私たちが絶対に引きずり戻すから!」
「いやでも、僕が一番おかしくなる瞬間はゆりや恐子姉が言う事聞いてくれない時かなぁ」
「あっ、ははーん。そうやって人に責任押し付ける兄ちゃんにはこうだ!」
ゆりは言い分を述べる鋳鶴に対して首に腕をかけ、羽交い絞めする様に彼を地面に臥せさせる。
彼女の身体能力なら、鋳鶴と同等かそれ以上の早さを誇るが、鋳鶴はゆりに無い力で彼女を圧倒して羽交い絞めを返す。
「やっやるな……!」
「もうゆりに負ける様な僕じゃないからね!出し抜こうとしても無駄無駄無駄無駄!」
「くぅー!容赦ないよ!普通ならこんな事してたら、警察に捕まるんだからね!そこんとこ分かって欲しいな!」
「兄妹だからセーフですー!合法ですー!」
ゆりと鋳鶴はプロレスの様なじゃれ合いの様な絡みを終えると、汗をかいたゆりは縁側から離れ、その場には鋳鶴と神奈の二人だけが残った。
「私たちは、お兄ちゃんを尊敬してるよ」
神奈は縁側からリビング方向を指さしてそう言った。望月家の玄関からリビングにかける廊下にはそれぞれ望月家の人間が獲得した勲章や賞状、トロフィーなどが飾られている。
恐子ならば、店長として企業に与えた功績や、元ヤン時代の全国制覇の旗や写真。
杏子ならば、額縁に入れられた様々な資格の証明書。
穂詰ならば、帯と保険医としての証明書。全国的に有名で高価な酒の瓶。
普段家に居ない四女、五女、更には六女の結まで三人の資格や功績に合ったトロフィーや賞状が飾られる。
ゆりなら部活などでのトロフィー。
神奈は成績優秀者に送られる賞状。
父の霧谷と母の雅もそれぞれが手に入れた何かをそこに飾って大切に保管している。その中で鋳鶴だけは、賞状や勲章、更にはトロフィーも獲得した事が無い為。彼の場所は基本的に僅かな範囲になっている。最もそういったものが多い両親の場所に比べれば三分の一もないだろう。
しかし、彼女たちからすれば、鋳鶴の持つ狭い範囲で手にしたその全ては、両親には及ばないものの。彼の人柄や彼の在り様を全て表している。
近所の老人ホーム等から送られた慰労状。保育園、幼稚園の園児たちからもらった手作りのメダルや似顔絵等だ。
鋳鶴本人はいつも姉妹たちに、「僕の場所は要らないよ」と言う。
彼は誰かの為、何かの為に動く男である故に、その生涯で一度もそういったものを手にしていない。
譲与される場合でも鋳鶴は基本的にそれを断り、あまりにも処分や置き場所に困る物であった場合は、学園に置いたりしている。
「まだ気にしてたの?」
「うん。だってお兄ちゃんを評価するのはそこじゃないしね」
「どうして?」
「言ってたじゃん!人は物差しで測るものじゃないって」
「そんな事言ったっけ?」
「言ってた!すごく格好つけた感じで」
「覚えてないなぁ」
「なら、仕方ないよ。お兄ちゃん女性に手を出しちゃったりしたの忘れちゃう人だし」
「それだとなんか語弊がない!?」
「そうかなぁ。だってお兄ちゃんの事だし、ふらっと誰かを助けて好きになられちゃうかもしれないじゃん?」
「それは……、お断りするけど……」
「お兄ちゃんには三河さんがいるもんね。他は余計だよ!」
神奈は両腕を顔の前で握り、鋳鶴を見つめた。
これにはコメントしづらいのか、鋳鶴も冷汗を若干かきながら、神奈への言い分は無しとする。
「でも皆が立派な事に変わりはないよ」
「私もそう思う。けど、私も含めて皆。他の人達を笑顔にするものは取れないよ。世間で役に立つ者なんて真宵お姉ちゃんの一握りとかじゃないかなぁ」
「それでいいんだ。それで、人生っていうのは自分の為にあるんだから、僕みたいな考えをしちゃうのは良くないよ。あんまり、自分を卑下するとまた二人に怒られるから言わないけど、誰かの為に、何かの為に生きる。っていうのはおすすめ出来ないしね」
鋳鶴は傍に置いてあった麦茶に手を伸ばして、一口だけ含んだ。
夏の世にコップに滴る水滴は月明かりを受け、輝いている様に見える。
「そう。僕は自分の為じゃなくて、自分以外の為に戦うんだ。それが僕が一番手っ取り早く出来る事だし、何よりも僕のやりたい事だからさ」
最後に一言。こういう高校生になっちゃ駄目だよ。と鋳鶴は神奈に言い残して縁側を後にする。
リビングに向かう廊下の途中で、廊下に射す月明かりをぼんやりと眺めながら、他の家族を思い浮かべ、鋳鶴はキッチンで一人、自分の使ったコップをスポンジで拭いていた。
「「重いな」」
「「そりゃそうですよ。当たり前じゃないですか」」
「「代わるぞ」」
「「手を出さないって約束してくださるなら」」
「「それは保証も確証も出来ない。彼女の無事なんて気に掛ける程、今の君の身体は万全じゃあないだろう?」」
「「馬鹿な事言わないでくださいよ。どうかしちゃったんですか?」」
「「どうもしていない。強いて言わせてもらえば君がいつ、俺を使うかを考えているだけだ。俺を使わねばならん。そうなった時、君に何を言われるか、何をされるかと考えているんだ」」
「「何を言われるってのは分かりますけど、何をされるかって意味わかんないですよ。僕の身体なんですし」」
鋳鶴とおっさんの二人は、心象世界で会話を交えながら、江の攻撃を回避し続けていた。足は縺れ、本来の動きが出来ず、彼女に成す術なく鋳鶴は追い込まれている。
ついに危機感を感じ、走馬燈を巡った鋳鶴だったが、おっさんは彼の様子を見て笑みを堪えながら、じっと彼の様子を心象世界から覗いていた。
―――――鋳鶴の心象世界―――――
「まぁ、俺が行けば何とかなるだろう。しかしだ。手を出すのも無粋というものもあるだろう」
おっさんはそう呟いて、十字架に腰掛けていた。
相変わらず、鋳鶴の心象世界はモノクロで白と黒のみが存在している。おっさんが覗く宙に浮いたスクリーンには鋳鶴と江の戦いがテレビの様に放送されていた。
「全く、クソ真面目もいい所だ。女、子どもと加減をしていては、鋳鶴の身体が持たない場合もあるやもしれないのに」
戦場。それは躊躇ってはいけない、一瞬のミスが生死を分ける空間だ。誰彼構わず殺す者より、鋳鶴の様な心を持ち、比較的弱い者と見なされがちの立場の人間でさえもその項目からすれば、強弱の関係性も変わる場合がある。
それを体育大会に置き換えても意味は変わらないだろう。
戦場に置き換えれば、おっさんの中で今の鋳鶴を例えるなら、少年だから少女だからと言って銃を撃ってくる相手に反撃をしないという事。
優しさ。それは彼の最も秀でた部分だとおっさんは考えるが、それがこの場では仇でしかない。おっさんの記憶の中でも魔族故か、人間の子どもに銃を、剣を、突き立てられたことがある。
醜いもの。と、初めは解釈したおっさんもその景色は何ら珍妙な光景ではなく、追い込まれたからこそ出た非情な作戦に近いものだった。
初めておっさんは、そこで人間を好きになった。魔族も確かに潔白と言えたものではないが、人間もそうは変わらない所に若干、惹かれるところがある。寧ろ、人間は平然と真顔でそんな醜態をさらすことが出来るのか。と思うと、おっさんは穏やかな気持ちになった。
だが、考えれば考える程、鋳鶴の異常な優しさ、慈悲深さはおっさんの思考を搔き乱す。
おっさんが殺した記憶のある人間はどれもこちらと命の駆け引きではなく、むしろおっさんとの実力差に魔族側に寝返ろうとした汚い人間ばかりだった。
鋳鶴はきっと、目の前で困っている人間でも居ない限りは戦争をしようなど、考えもしないだろう。
彼のスタンスはあくまで何かの為に、誰かの為に、彼に付き合う通りはない。しかし、おっさんは乗り掛かった鋳鶴という舟に乗らねば生きていけない。
背中合わせの感情を持ち合わせる者同士ならまだしも更に人間と魔族という対極の存在。おっさんは頭を抱えるどころか、鋳鶴との関係性に心躍る事もしばしばなのである。
望月鋳鶴という青年を宿主とし、彼に寄生する様に生きていく、居心地が劣悪に感じる事もあれば、魔族では体験不可能の様な温もりやおっさんからすれば、余計な事まで、彼は身を持っておっさんに享受する。
彼が空っぽであることも笑顔が少ない事も理解していた。
おっさんは彼の為を思いはしない。
ただ、彼に何かあれば、追い込まれるのは彼を依代として存在する自分である。
心の奥でそう押し込みながら、一方的に鋳鶴の思考と感情を彼の身体を通して理解し、彼と言う船が転覆しない様に気を掛けるのがおっさんの役目。
「俺は、君の保護者ではないのだがね」
「「そんな事は分かってますって」」
「分かっているなら、何故俺と会話する?」
「「そりゃあ、頼りにしてるからですよ。駄目もとですけど、おっさんは魔族だとは思いますけど、ノーフェイスの様な連中とはちゃんと線引きしてますし、いつも言ってるじゃないですか、貴方が居ないと僕はまともに戦えないって」」
「まったく……」
「「勇気なんて僕みたいな奴には本来無いんですよ。体育大会に出る勇気も魔族の力ありきというか、おっさんありきというか」」
「たまには素直に助けを求めたらどうだ?」
「「いやぁ、なんかそれだと、自分を裏切るというか、諦めた感じがするんで嫌なんですよね。すぐに諦めておっさんに助けを請うような奴は、ノーフェイスにビビっちゃいますよ」」
「やはり気に食わない」
「「おっさんと僕は正反対の性格と立場ですからね。そりゃ気に食わない部分だってありますよ。僕はあんまり無いですけど」」
「ええい。君は本当に減らず口の止まらん男だ」
「「おっさんこそ、むしろ思いますよ?僕がおっさんに助けを求めるんじゃなくて、おっさんが僕を自主的に助けてくれたらなぁって」」
「鈍感に見えて狡猾。本当に君は抜け目ない奴だ」
「「それで、どうします?」」
「もう少し、君の踊り狂う様子を見せてほしいが」
「「なら、もうひと踏ん張りしますね」」
「本当にするのかね?」
「「だってもう少し待った方が良いですよね?瞬時に入れ替わるの疲れますし」」
「俺の心を読もうとしても無駄だぞ」
「「いや?単にそう思っただけですよ。心を読んだというか、おっさんってわかりやすい性格してるんで読むまでもないですから」」
この兄にして神奈という妹か。とおっさんは思った。あまりに小悪魔的で蠱惑的な兄妹は、周囲の人間を困らせているのだろう。特に恋愛方面で二人が起こす勘違いの嵐は数知れない。
「どうして、貴方は上の空なんですか?まるで私からの攻撃など、片手間で充分だ。と言いたいぐらいに、片手でいなし、回避し、肉体はとうに限界なのでは?」
「「素晴らしいな。君はいたいけな少女を憤慨させてるぞ?」」
鋳鶴はおっさんを無視して攻撃を回避しながら、江の問いに答えた。
「何だろうね。まだ僕は今の自分を限界と思っちゃいないからなのか、それともただ、負けたくない。という一心だけで闘ってるのか。正直、自分でも分からないよ。でも負けられないっていう気持ちがあるから必死こいて君の攻撃を受けない様に体が無意識に動いているんだと思う」
「どうしてですか。貴方たちが私たちに勝てる可能性は低い筈です。城屋様がいらっしゃっても勝てるかどうか」
「それって機械科の皆さんが出した答えだよね?僕や皆は少なくとも負ける。だなんて思いながら戦ってないからさ」
「貴方たちが、私たちに勝利したとして!この先、どうやって戦うんです!?」
「それは先々で考えるよ。それに今の相手を差し置いて次の相手を考えるだなんて失礼だし、僕はあまりしたくないから」
江は鎌の柄を力強く握りしめ、鋳鶴に振りかかる。
鋳鶴は彼女の鎌による横なぎを腹部を凹ませながら回避した。僅かに刃が触れたのか、鋳鶴の衣服が裂けてしまう。
「そんなノープランで体育大会に出場とは……、舐められたものですね」
「機械科の皆と戦う前にはちゃんとミーティングもしたし、それぞれに鍛錬を課して体や精神を鍛えていたからね」
「私が言いたいのは……、才能の無い方々が才能のある方々の邪魔をしないでほしいという事なんです!」
「「言ってくれるじゃないか、小娘風情が」」
「「今の発言は若干、イラっとしましたけど、事実ではあると思いますし、彼女も機械科の為に戦ってますから、許してあげましょうよ」」
「私は沙耶会長を優勝させたい!姉様たちに栄光を!機械科にも栄光を届けたいんです!だから、負けられないんです……。才能が無いは言い過ぎたと思いますけど……、それでも私は、勝ちたい。貴方たちを踏み台にしてまでも皆様が上に行く為の力になりたい!」
江は叫び声を上げながら鎌の柄を握る。すると、何らかのスイッチでも作用したのか、彼女の鎌は形を変容させ、先程よりも刃を増し、数段に別れた。鎌は唸る様に機械音を奏でながら、チェーンソーの様に視認できない速度で回転している。
「非人道的すぎるので使いたくはありませんでしたが、こうするしかありません」
「当たったら怪我で済みそうじゃないね……」
「そういう風に開発してますからね。一秒に一万も回転する刃を採用しています。掠めただけでも肉まで入るでしょう。直接触れでもしたら、それこそ骨も砕きます。まぁ体育大会のルールに乗っ取りはするのでお兄様に触れた途端、強制送還されるでしょう」
鋳鶴はチェーンソーを気に掛けながら、超音波の影響で鈍くなった体を揺り起こす。見兼ねたおっさんは鋳鶴の体の半分を持ち上げる。
「「一つ、灸を据えてやる必要があるな」」
「「え、暴力沙汰は止めてくださいよ!?」」
「「いや?極めて平和的且つ、合理的で君の魔力も温存出来る魅力的な作戦だ。それに彼女も傷つけずに強制退出させる事も出来るだろう」」
「「一つ、信じていですか?」」
「「魔族と相乗りする勇気はない様に思えたが?」」
「「流石に此処で僕が倒れるのは……」」
「「まぁ君の刺青が広がらない程度には善処するさ」」
「「こんな状態で言うのもなんですが!僕よりも彼女の事を気にかけてくださいね!」」
鋳鶴の心からの叫びにおっさんは溜息で返事をした。そして鋳鶴からバトンタッチすると、脱力感と今にも地に臥せる様な圧力を味わう。
「何か……変わりましたね」
「雰囲気が。かね?」
鋳鶴の身体で立膝を突きながら、おっさんは江を見つめた。二人の間には留まる事のない刃の回転音が鳴り響き続けている。
「誰ですか。貴方は」
「俺は、望月鋳鶴だが。そうだな。ここまで鋳鶴を苦戦させた君には特別に教えてやるべきなのかもしれないな」
「「おっさん!」」
「「なんだ。今、良い所なのだから邪魔建てするな」」
「貴方が、お兄様の不思議な力ですか?」
「素晴らしい。ご明察だお嬢さん。名探偵になれると俺は思うぞ。望月鋳鶴は、俺という同居人と共に過ごしている。彼が無謀にも君に挑んだのは、俺という力と、本人の実力があったから故にだ。お前は人を見る目がないというか、何というか。ただ、己の感覚でしか人を見れず、鋳鶴という特異な人物を見逃してしまう。機械科の天才もまだ青いクソガキという事か」
「なんですって……?」
「その通りだ。君なら一回で理解してくれると思ったのだが、まさか理解力も低いという訳ではないな?見かけだけに囚われ、一方的な考えしか出来ない、愚かな少女か」
江は両手を震わせながら、おっさんに言いたい放題言わせていた。本人の中でも思う事はある。
望月鋳鶴の特異性を理解していなかったわけではない。もしもという可能性を思考に入れていなかった訳ではない。ただ、目の前に居る男は反撃という反撃をする事はなかった。ただ、それだけと言ってしまえばそうだが、それが江は理解出来ずに居た。
「ならどうして!私と真っ当に戦わなかったのです!」
「はぁ、あまりに男心というものが分からん少女だな君は。現代の女性という奴は乙女心を理解しろ。という輩も多いらしいが、相手に理解を求めるのなら、理解を得てほしいという相手を先に理解するという事が必要だ。という簡単な事も何故分からない」
彼女はおっさんの話を遮るかの様に鎌で斬りかかった。
超音波は、依然続いているものの。おっさんはそのわずかな魔力を耳栓の様に耳の穴に膜を作り超音波を遮っている。
そのお陰か、江の攻撃をおっさんは何食わぬ顔で回避し、彼女の背後に立つ。
「若い。という事は強みだ。しかし、君はまだあまりにも若すぎる。鋳鶴の様にどうしようもなくウエットすぎるのもどうかと思うがね」
「黙ってください!貴方は何者なんです!人の気持ちに土足で!いや、人の心をまるで見透かした様な話をして、気持ち悪い!」
「俺の性格上、これは仕方のない事なんだ。俺の事はいくらでも嫌いになって構わんが、鋳鶴の事を嫌いになるのは別だからな?それだけは君の幼い脳味噌の中に仕舞っておいてほしい」
おっさんの精神と鋳鶴の肉体が、江との会話を繰り広げる中で徐々に同調している。そのお陰もあってか、おっさんの操る鋳鶴の体は完全に彼女の超音波を遮り、全快の状態にまで引き上げた。
更に、魔力も幾分か回復の兆候が見られ、二人の判断は概ね正しかった様に思える。芳賀江という少女の怒りを買う。という事にはなったが、おっさんはむしろ、都合が良いと考えている。
自分に圧倒的な自信がある人間というものは、魔族だけに関わらず、イレギュラーな才能や出来事を否定したがるという傾向にある。
そう考えるおっさんにとって芳賀江という少女は格好の獲物であり、良い挑発相手という事だ。プライドの高い人間程、おっさんにとって操りやすく、小馬鹿に出来る存在。加えて、普通科を馬鹿にするどころか、宿主の鋳鶴ですら馬鹿にする豪胆さ。
面白い。と嘲笑はするが、宿主を馬鹿にされる。という事はおっさんにとって自身を貶された。と受け取る。
頂点に達する事はない。決して、おっさんはそう自身に言い聞かせながら、鋳鶴の要望に応える姿勢と彼女を一撃で強制退出させられる方法を考える。
彼女に傷を負わせる事なく、この場を収め、鋳鶴の身体を気遣って動く事。それは造作もない事だが、あまり定石に載った様な考えで、芳賀江を攻略しては、遊び心が足りない。と、おっさんは更に考える。
それに、この戦い全てが撮影されている。というなら、より印象に残る終幕を彼女に与え、観衆を沸かせねばならない。
「プライドは大切さ。特に人間にはな」
「お兄様の身体はもう虫の息。今の貴方を倒す事は造作もありません」
「目の前の現実しか直視できないのかね?俺がもし、演技していたらとか、君の超音波をまだ受けているふりをしていたらと、考えないのかね?」
「あり得ません。如何に今のお兄様の人が変わったと言えど、その肉体に刻まれたものは、治療の魔術や、特殊な技能が無ければ無理です。素晴らしいお兄様とは存じていますが、それは普通科の人間には到底取得が不可能だと思われます」
「それは……、あくまで君の小さい世界の中でだろう?」
「いえ、私の小さい世界であろうと、貴方たちは普通科の人間なんです。出来る事は限られている。もっとも奇跡を起こす事が不可能な学科なんです。それをこれまでの体育大会の結果が物語っていますから」
「おいおい。体育大会は自分から勝手に、普通科は体育大会に勝てない。とでも言うのかね?子ども向けの製品を作りすぎたもので、思考能力もそんな相手に合わせて落ちているのかね」
江は鎌を振り下ろし、おっさんの目の前に広がるタイルに突き刺した。
それ以上は手をあげるという合図か、別の何かか。
「一つだけ、忠告しておこう。君は確かに天才だと、俺は思っている。鋳鶴なんかよりも、鋳鶴だけじゃない。普通科の誰よりも君は結果を残し、これまでの功績を残してきた。でもこれは体育大会で製品発表会とかではないんだよ。お嬢さん」
おっさんは腕を組んで彼女が地面に突き刺した鎌を蹴り、彼女に優しく手渡した。まるでこれまでの非礼を詫びる様なその動きは、一層不信感を募らせる結果になっている。
「これ以上は私も耐えられません。御容赦ください!」
「やれやれ、もう少しカルシウムを摂取する事をおすすめするよ。どれが良いか、とかは鋳鶴に聞いてくれ」
江は鎌を振り上げて鋳鶴の頭頂に向けて振り下ろす。
チェーンソーの様に高速で刃を前後に起動させながら、機械音を立て、聴くに堪えない金属音が周囲に鳴り響く。
おっさんは修羅の様な形相を見せる江の表情を見ても動じなかった。
あぁ、この人間はこの程度の者なのだと、おっさんは枯れた心で彼女を見上げている。鋳鶴と比較して申し訳ない。というよりも彼女が負けるのは当たり前と思っているおっさんにとってこの結果は必然であった。
「残念だよ」
「うるさいです!」
おっさんは全力で息を吸い込み、彼女の振り下ろす鎌に向けたつもりで口を開いた。
「黙れッ!小娘!」
魔力放出と共に怒り任せに全力で飛び出た彼の叫び声は、小屋全体に反響し、江を遥か後方に吹き飛ばした。
鎌を破壊するまでには至らなかったが、江を吹き飛ばし、壁に直撃する寸前で星が生命維持装置を発動し、彼女をこの小部屋から強制退出させる。
「ふう。これぐらいか」
「「やりすぎですよ!」」
「やりすぎぐらいがちょうどいいのさ。さぁ、次の所へ行こうじゃないか。移動は任せたぞ」
鋳鶴は溜息混じりに無言でおっさんとバトンタッチし、身体のコントロールを得る。先ほどまで受けていた傷と、消耗していた魔力。ひいては、彼女の超音波によるぐらつきも完全に消えており、鋳鶴はおっさんに感謝しながら、別の小部屋へ向かおうと一歩踏み出した。
すると、鋳鶴の進行を妨げる様に歩が待機している小部屋の方面から爆発音が鳴り響く、彼女の身を按じた鋳鶴は、自然と眼前に広がる機械科本陣に繋がるであろう廊下よりも、自身が彼女を進行させまいと守っていた通路に足が無意識に向いていた。
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