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優しい魔王の疲れる日々(リメイク)  作者: n
優しい魔王の疲れる日々(リメイク)3
26/42

第24話:魔王と芳賀三姉妹

遂に始まった陽明学園体育大会。初戦は普通科対機械科。各科が目にも止めなかった普通科と歴史多き機械科の対決。

最初にぶつかり合うのは誰と誰なのか、必見の初戦!


「さぁ!普通科と機械科の皆さん!準備は出来たかなー!?」

 体育大会の司会、実況解説等は、当学園の教職員から選出される。プロを雇う事も出来るのだが、学園長曰く、プロの実況者よりも教員の皆さんがおやりになった方がより臨場感や日頃、生徒たちを見ている分、より正確でありながら、彼らを知らない他科の生徒たちも嫌味なくその生徒たちを知れると言う点からジャンヌは外に出ず、別室で体育大会をモニター越しに閲覧しながら、生徒たちの成長。及び、教員たちの熱意を感じるのである。

「今日の実況解説は銃器科教員の滝川(たきがわ)先生と普通科教員の白鳥でお送りしてますー!皆、盛り上がっていこうぜぇぇぇ!」

「銃器科教員の滝川です。よろしくお願いします」

 要の掛け声と共に、中央競技場のボルテージはMAXになり、所々から割れんばかりの完成が鳴り響く、更に競技場の中央には闘技場が出現し、普通科と機械科の選手はそれぞれその闘技場の中で戦闘を繰り広げる形になる。

 闘技場と一言に言っても屋根のある形になっている。中身は迷路の様に入り組んでおり、所々に正方形の部屋が散りばめられ、その狭い空間で戦闘が行われる。情報が漏洩しない限り、当人たちは闘技場の中身を知る事が出来ない。

 故に大まかな作戦を何通りか考えるという戦法しか取れず、科の得意分野のみではなく、それ以外の苦手分野の戦闘方法を選出せねばならない。

 ただ、その情報漏洩は現に普通科副会長雛罌粟涼子によって行われていた。

「僕はこの辺でいいんですかね?」

「はい。大丈夫です。そこで相手を待ち構えてください。相手は機械科ですから光学迷彩等を多数使って来るものと思われます。望月君の勘の良さ、魔族としての察知能力があれば見破れるはずですのでよろしくお願いします」

 涼子は控室で一枚のプリントを普通科各員に配布していた。鋳鶴はそれを手に持って確認しながら配置についている。



    土村&雛罌粟―――――――― 

      ↑

      ×

  鈴村  ↑

風間 坂本――――――×―――――望月

  荒神  ↓

      ↓

      三河――――×――――城屋

 とだけ、大まかに記載された地図だ。正確に書きすぎると、鋳鶴にとって大変見づらく、一人では読み切れないのでという点から涼子はメンバー全員が把握できる様にこうして簡易的な地図を製作した。

 基本的に迎え撃つ様な形で、決められている配置ではあるが、×の位置には一定の速度以上で動く物に対し、センサーが反応し爆発する様に設定された爆発物が多数設置されている。

 影太と涼子の場は多量の障害物などを涼子の銃を取り出す魔術を応用して設置し、一筋縄では潜り抜けられない様に改装されている。

 さらに影太の忍術様に多量に設置された障害物の影に隠れられる二つの機能が隠されているのだ。

「配置は完璧ですね。土村君、頼みますよ」

「……御意……。……しかし、俺に光学迷彩を見破る忍術はない……」

「そこはまぁ、小部屋の入り口に光学迷彩を解除させるためのジャミングを仕掛けていますから、相手が装着していても大丈夫とは思いたいですね」

「……ジャミングが気付かれた場合も考えて潜んでおくとする……」

「我々の背後にある爆弾も光学迷彩にまで引っ掛かるかは分かりませんね。そこを突破されたら駄目でしょう。それと土村君。先日説明した通り私たちの主な任務は工作員です。敵の所有物や敵自体に爆撃等を加え殲滅していきましょう」

「……御意……。……しかし、俺の体には極力触れないで欲しい……。……血が出てしまうからな……」

「それについては、耐えて貰うしかないでしょう。血が一定量以上出たと感知されたら強制退場となります。それにあなたにとっては、保健室ですら地獄では?」

 涼子と距離が近いせいか、影太の身体は小刻みに震えている。若干、顔色も悪い様相で、気分が悪い。というよりも今にも死にそうな面持ちをしている。

「……確かにそうかもしれない……。……しかし……!……あそこは俺にとって……天国でも地獄でもある……!……あそこには俺の……!……俺の……!……男達の……!……天使達が……!?」

 涼子と影太が談笑をしていると、小部屋の入り口から爆発音が周囲に響き渡った。

「静かに、敵はもう既にこの部屋に居るようです」

二人は自然と距離を取り、敵の位置を確認しようと障害物より顔を出す事は致命傷にもつながる。と考えた二人は、別々に周囲の物陰に隠れた。涼子は影太の生徒手帳に向けて自身の生徒手帳から電話機能で発信する。

影太は直ぐに携帯を取り、涼子からの着信に応える。

「……狙撃手……?……しかし、相手は機械科……」

「確かに相手は機械科です。しかし、銃器科ほどの弾丸、ミサイル等は作れずとも銃は一応、精密機械です。機械科の中では銃もおそらく製造しているかと。それだけではありません、機械科には、オートマトンや機械人形と呼ばれる物の製造も行われています。軽く見積もって考えてみても普通科の倍。いや、それ以上の戦力差が出るでしょう」

 涼子の話を聞きながら、影太は敵に確認されない様にくまなく視野を広げる。

「土村君、偵察の方お願いしてもいいですか?」

「……御意……。……土村流忍術影這……」

 両手を合わせて印の様なものを組むと、影太は障害物の影に溶け込む様に消えていく。

影這は他の影に隠れ、移動を自由自在に駆け巡る土村流忍術の一つである。涼子の作った生涯物を移動し、小部屋中を駆け巡り、入り口に到達した。

「……破壊されている……」

「用心深い方でしたね。となると……、何処かに潜んでいる可能性が大きいですね。我々の入った、入り口にも仕掛けてはあるので、それが破られていませんから、潜伏中と見てもおかしくないでしょう」

 涼子は頭上に魔法陣を展開して銃器を複数本取り出そうと腕を伸ばす、その時だった。

「……副会長……!……伏せろ……!」

 通話越しに影太の声が、涼子の耳にこだまする。同時に腕を下げ、頭を抱えようと動いた涼子の腕に向けて、音の無い弾丸が数発襲い掛かっていた。

 弾までは光学迷彩は出来ないためか、弾丸だけは透明化していない。放たれた弾丸は僅かに彼女の腕を掠めて正面の障害物に三発分の弾痕を刻み付けた。

「くっ!」

「……副会長……!」

「大丈夫です!致死量ではありませんし、星は依然反応を示していません!土村君は今の射撃が何処からだったのかを調査してください!」

 射撃の音は聞こえなかったよりも耳に出来なかった。と言った方が正しい。影太の耳には障害物に跳弾した音と、涼子が障害物に背中を打ち付けた音程度だ。

 それだけをヒントに敵の位置を探知するのは難解を極め、影太は影から出られない状況に陥っている。だが、涼子の居場所はもうバレたも当然。

 影太は先ほどよりも目を凝らし、周囲を見渡す。涼子の位置はもう理解している敵なら、彼女を確実に仕留められる位置に移動する筈、それを考慮して影太は更に影這でそれらしき位置に移動する。

「私が出口付近まで移動したい所ですが……、少し厳しいですね」

「……すまない……。……位置が何処か理解できない……」

「やはり、私がもう一度動くしかありませんね。それで私を囮にして敵の位置を掴みましょう。それなら何とかなるはずです」

「……お言葉だが……。……貴女を失うのは困る……。……俺は一人では戦えないからな……!」

 影太は瞬時に影這を解除し、忍装束のまま影から飛び出した。彼の出現と同時に数発の弾丸が彼の元に発射される。

「……早い……!」

 一瞬の出来事に影太はクナイを取り出す暇もないまま、弾丸をその身一つで回避する。

 今回は運が良かったのか、影太も装束が多少破れた程度で済み、そのまま事なきを得たかの様に障害物の影に隠れた。

 しかし、銃弾は間髪入れずに発射され、影太の逃げる障害物全てに向けてその射撃は正確に位置を捉えている。

「……副会長……。……空中かもしれないな……」

「分かりました。もう一度やってみます」

 涼子は電話を切って二人で通った小部屋の入り口に向けて走り始めた。障害物に身を隠しながら、彼女の出来る限り早く不規則に走り続ける。

 彼女の移動速度と、どの障害物に隠れるのかを予想しながら、その先に向けて引き金を引く。

 その弾丸はことごとく涼子を掠めて周囲の障害物に風穴を空け、弾痕を刻み付けていくが、それが影太に付け入る隙を与えるヒントになる。

「……そこかっ……!」

 射出される銃弾を頼りに、影太はそれを思わしきポイントに向けてクナイを放つ、クナイに気付いた相手は対面からクナイの表面を狙って引き金を引き、見事にその腹を打ち抜いて叩き落とす。

 敵は更に影太に向けて銃弾を放つ。

「……影這……!」

 結果的に、影太の影這は直撃前には間に合った。しかし、僅かに肩を掠めた弾丸は影太が苦い顔を浮かべる程の怪我を与えている。

「……僅かに間に合わなかったか……」

 影這を行い、再び流血を止める為に肩を抑える影太の胸ポケットが振動する。急いで生徒手帳を取り出し、影太は涼子の着信に応答する。

「土村君、ありがとうございます」

「……礼は構わない……。……しかし、肩を負傷してしまった……。……敵も何処に消えたか分からず仕舞い……」

「やはり、厳しいですか」

「……と、なるはずだったが……。……俺の放ったクナイを叩き落とした瞬間に、火薬の臭いは覚えた……。……次は光学迷彩を破壊しよう……」

「やはり、どちらかが囮に成る方が早いですね。入り口付近の罠は大丈夫です。相手の出方を窺うばかりですが、今、私がこうして入り口付近に居られるという事は、土村君のお陰で私という標的を逃がしてしまったと同様。こちらから仕掛けるチャンスもまだあります。あまりに難しいのでやってみませんでしたが、私もそれなりに鍛錬は積んできました」

「……しかし、丸腰では……」

「えぇ、私は銃器が無ければ才能なしのただの副会長です。まぁちっぽけな練習でしたが、早速役立ちそうで何より」

 普段は手を宙に掲げ、銃器を取り出す魔法陣を出現させる涼子だが、影太の通話中に両掌を合わせ、普段は空中に作り出す筈の魔法陣を展開する。

 地面に掌を付けて展開する魔法陣は普段のものと違って明らかに強大で魔力の消費量も多い上に何より今の状態でこの強大な魔法陣の展開は自身の居場所を知らせる様なもの。影太は影這を解除し、涼子の展開した魔法陣の方向へと走る。

 彼女の魔法陣は光を放ち、障害物や遮蔽物も意味を成すことは無い。

「これでいいんです!土村君は警戒だけお願いします!」

「……警戒と言っても……!」

 涼子の元へ駆け寄ろうとした影太の数メートル先に敵は威嚇射撃を開始する。それ以上近づけばお前を撃つ。という合図だろう。

 影太はその威嚇射撃の方向に向けて複数の手裏剣を投擲する。見えない敵はその手裏剣もクナイと同様、空中で全て撃ち落とそうと銃を乱射するが、彼の手裏剣にはとある細工がされていた。 

 影太は薄ら笑みを浮かべると、指を弾いた。

「なっ……!」

 彼の投げた無数の手裏剣の中には、一定の衝撃を与えると爆発する機能を搭載した起爆型手裏剣も存在したのである。

 クナイを全て撃ち落とした点から、投擲物全てに対して警戒する相手に、起爆機能を備えた手裏剣は効果覿面と見た影太はありったけの手裏剣を敵が居るであろう箇所に向けて投擲したのだ。

「……光学迷彩は素晴らしい……。……しかし、流石に乱射しすぎたようだな……。……忍に何度も同じ攻撃が通用すると思わないことだ……」

「全く、貴方は警戒しろと言っただけなのに、それ以上の戦果を挙げてくれますね。他の人間のアシストを出来てこそ戦力として一流だと私は思います」

 涼子が召喚したのは彼女の身長の二倍以上はあろうロングレンジのスナイパーライフルだった。

 組み立て式ではなく、彼女が且つて銃器科から学園長の許可を取って購入したそのライフルはただ、コレクションとして仕舞い込んでいた代物である。生徒会室に隣接する涼子専用の部屋でそのライフルは二年間埃を被り続けていた。

 それを今、涼子は影太によって姿を現しかけている透明な的に向けてスコープを覗き込んでいる。

「……副会長……。……そこから十五度右に動かしてくれ……、……その先に敵は居る……。……光学迷彩を破壊出来るかが先決だ……」

「私は貴方の勘を信じるだけです。忍の辿れる気配を」

「その前に……、貴方を撃つ……!」

「……女……!?」

「土村君、大丈夫です。撃つのは私ですから、貴方が気に病む必要はありません。如何せん、普通科は女性に優しい男性が多すぎますからね」

 敵もすかさず姿を現し、涼子の攻撃に備える。

その正体は芳賀三姉妹の長女である茶々の姿だった。

 影太が相手の姿を見て驚嘆の声を上げたのは、自分が攻撃を加えた相手が女性であった事と、完璧な射撃力を持ちながら、背が高く、身体もしっかりした(影太視点)のモノクルをかけた女性だからだ。

 故に影太は驚嘆の声を上げ、罪悪感に苛まれている。

 そんな彼を他所に目の前の女性二人は互いに銃を構えて引き金を引く寸前だ。

「金城会長に勝利を捧げる為に……!」

「私にだって戦闘面で出来る事はあるんですよ。それを証明します!」

 互いに引き金を引き、涼子は右肩を打ち抜かれ、茶々は前方に見えないシールドの様な物を発動していたにも関わらず、後方の壁まで吹き飛ばされ、全身を打ち付けられ、その衝撃により、更に光学迷彩も機能を失った様だ。

 彼女の周囲に部品の様な小さい鉄くずが四散し、その場に転がっている。

 小部屋の壁はかなり頑丈且つ、層が厚くなっており、いかなる衝撃にも傷付く場合はあっても完全にそれが破られる事は無い。

「がはっ……!」

 茶々は壁に打ち付けられたせいで暫く復帰は不可能を見た影太は影這を解き、入り口付近の涼子の元へ駆けつける。

「くっ!これは……」

 涼子は右肩を抑えながら出血を止めようと、改造された制服の袖を千切って止血の為に脇の部分に巻き付けている。

「……副会長……!」

「この程度、覚悟の上です……!」

 彼女の星はまるで警報を出しているかの様に光り輝き始める。これが、退場直前の勧告なのだろう。影太も彼女の止血に協力しながら星の様子を窺う。

「……あまり無理をするな……!……貴方に怪我をさせては会長に面目が立たない……!」

「意外と、頭が固いんですね。でも安心しました。そんな心配をしている余裕があるのなら、土村君にいつでも後を託せます」

「……俺は……。……貴方たち程、賢くない……」

「賢さなど、此処までくれば必要の無いものです。賢さだけあっても体育大会では勝てませんし、必要ありません。会長、望月君、三河さん、坂本君、鈴村さん、土村君、荒神さん、城屋誠。貴方たちの方が、私なんかよりも戦力としては高い水準ですから、私が出来る事など、戦力分析や偵察ぐらいです。貴方が残る方が重要なのですから、だからこの答えは正解なんです。相手は五人、私たちは9人。一人当たり、二人で当たる事は適正ですし、実力のある望月君、三河さん、城屋誠をああして配置したのも当然の計算です……!」

 星は依然鳴り止まず、涼子の居場所を教えている様なものだ。そして更に障害物の間を縫って数発の弾丸が彼女目掛けて発砲されている。

「……何……!?」

 影太は小部屋の地面を全力で叩き、楯の様にして茶々が放った弾丸から彼女を庇う。

「……土村流忍術、石畳返し……」

茶々の銃声は響き渡ったものの、再び彼女の姿が見えなくなっている。

 涼子を障害物に横たわらせながら、影太は止血に使えるであろう忍者用の簡易キットを差し出す。

「……副会長……。……貴女も頭でっかちだな……」

「へ?」

「……鋳鶴ならそう言うだろう……。……俺は貴方を犠牲にすれば、即座にこの状況を打破できると考えた……。……しかしだ……。……あいつなら、貴方が犠牲になって手に入れる勝利など、要らない……。……とでも言って跳ね飛ばすだろう……」

 影太はクナイを持って涼子の周囲を石畳返しで覆った。

「……貴方がそこまで自分を卑下したら……、……俺などただの変態だ……。……それに貴方の尽力が無ければ……、……皆の鍛錬も儘ならないものになっていた筈だ……。……だから、もっと誇り高く貴方は居てくれればいい……。……鋳鶴が、会長が、などと……、……宣う事もしなくていい……。……現場の俺たちは貴方の指示で動くのが一番、早く動けるからな……」

 影太の一言に涼子は涙腺が緩んだが、何も言わず、星が鳴ったまま石畳の中で影太の優しさに肩を震わせながら負傷した肩を抑え続ける。

 茶々はもう一つ、光学迷彩を発生させる機器を所持していたのか、再び姿を暗ましている。しかし、入り口の装置や他の障害物は特に弾痕や損傷は見られない。

「……格好つけたはいいものの……。……もう一つ、所持しているとは計算外だった……。……それも相手は女……。……影這はあっても相手の懐には入れない……。……どうしたものか……」

 影に潜みながら、影太は思考を巡らせる。星だけが鳴り響くその空間は何より奇妙で行動を起こした方が負けるという気配まで感じる程だ。

 影太は影這のまま、そこから出るのを相手の行動を待っているが、相手もよほどの我慢強い相手だと踏んで影這を維持しながら時を待つ。

「相手は忍者ですか……。手強い相手ですね……。予備を持っていて助かりました……」

 茶々は所持していた光学迷彩発生器を迷彩服の胸ポケットに入れ、新しい光学迷彩機を腰部のベルトに括り付ける。全身が迷彩柄の彼女は動きやすさに特化したい。という事から、この服装という結論に至った。

 光学迷彩を使っていても動きやすさ。という点では自身の姿見の機動力が反映される。更に彼女は靴の底に、小型のスラスターが内蔵された物を着用しており、制限時間はあるが、一定時間空中で浮遊する事が可能になっている。衣服の動きやすさを考慮し、こうして全身を兵隊の様な恰好をしている。

 他にも銃器をいくつか所持しており、腰ポケットに弾薬やカートリッジを所持し、背中にはライフル、太ももの側面にはハンドガンを備え付けている。

「相手は恐らく……、土村影太……。私と一緒であまりコミュニケーション能力は高くない……。副会長の雛罌粟さんは時間の問題……。土村影太を討てば、実質私の勝ち……!」

 靴のスラスターを全開にして茶々は影太の要るであろう障害物の元へ駆け寄る。

 茶々の持つモノクルは、一定範囲のあらゆる音や動く物体を探知し、彼女に知らせる様に設定してある。体育大会期間限定の備え付け機能ではあるが、視認する相手の魔力量や体調の事なども理解できる優れものだ。

 彼女の特別製モノクルは影太の影這の動きですら察知できる程に敏感なセンサーを使用している。その為、僅かな動きを計測した途端に自身の銃で引き金を引けるように彼女は体育大会に向けて練習を重ねた。

 その結果、先程の様に影太の罠にかかるという失態を犯したが、次はその失態を犯さない様にセンサーが学習するシステムにもなっている。

「そこだ……!」

 センサーが捉えた微弱な影の動きに合わせて引き金を引く、そこに影太が存在の有無の関係なしに、彼女は引き金を引き続ける。

 体育大会で使える予算は全て沙耶とマザーの使う兵器に使い果たした。故に彼女は爆発物の様に予算がかさむ様な武器を所持していない。それは残りの芳賀三姉妹も同様で全員が銃や近接武器を使いながら、光学迷彩で相手を背後から急襲し撃破するという作戦を立てている。

 決して努力の賜物と言えた物ではない。努力の賜物というのは影太の様に自力で機械や兵器に頼らず、結果や異能力を使う様な者たちの事を言うと、茶々は常々思っている。

 そう言っても機械科がその努力を怠っていると言えば、嘘になる。

 彼の様に忍術が使えなくても異能力が使えなくても魔術が使えなくても彼女たちには一般市民がまるで彼らの様に特殊能力がなくてもそれに匹敵する力を得られるような製品を開発できるという努力の賜物が存在し、それを扱えるという自覚がある。

 確かに、それらには劣る物にはなるかもしれない。が、その劣る物で卑下する言い方で言えば無能力の人間に一時でも良いから力を与え、夢を見させる事が出来る。

機械科の人間には特殊な能力は無い。強いて言うなら枷の様な沙耶の複数人格のみである。だが、特殊な能力を持たなくても勝てるという証明をするのなら機械科が最もそれに長けているのだ。

誰かの為に、だけでなく、自分たちも如何に他科と違った特色を見せ、他科に対抗していくのか、創立からずっと、機械科の生徒たちは変わらず、そういったコンプレックスを抱えながら機械科で育っていく。

例え地味でも構わない。機械に頼っているだけ、と罵られても蔑まれても先代から受け継がれてきた技術をより発展させ、それを陽明学園だけでなく、世の中枢を担う様な機械を製造し、日本をよりよい国にする為、という事を掲げて彼女たちは機械科の生徒であり続けた。

 魔法科や科学科と言った様な異能や魔術が基本となってきた世界では、機械いじりや開発だけでは到底、表の世界に立ちづらい状況になっている。

「私たちは……!貴方たちに負けるわけにはいかないの……!」

 今年の普通科のメンバーを目にした時も芳賀三姉妹は誰もが注意するのは城屋誠と風間一平の二人だと、最初の会議における話題になり、如何に彼らを抑え込むかでを主として作戦を立てていた。

しかし、そんな彼女たちにとっての不幸は、鋳鶴たちの存在だ。

思ったより苦戦を強いられていると感じている茶々は、影太の影に翻弄され、無駄な神経と弾薬を使っている。

望月鋳鶴と城屋誠の問題が持ち上がり、そこで普通科の戦力が判明した。沙耶の必死なデータ収集などにより、ギリギリで影太たちなどの戦力を理解する事が出来たのだ。

だが、普通科の新戦力のほとんどが忍術、魔術に秀でた者ばかり、機械という取り柄しかない機械科にはそれらを手玉に取るのは難しいという課題が持ち上がった。

先日起きた普通科の魔法科脱出戦により、更に判明した彼らのデータは膨大且つ、処理しきれない量である。

本来なら、望月鋳鶴が増える程度だったのにも関わらず、こうして城屋誠でもなく、風間一平でもなく、望月鋳鶴でもない忍に足止めされるのは茶々にとっても機械科にとても大きな苦戦なのだ。

しかし、不幸中の幸いと言っては何だが、彼女らはその情報を体育大会のギリギリで掴めたという所。データが無い。という状況に比べれば、予想外の人間は多いが、データが有る。という場合の方が気持ちは楽になる。

「そこか……!」

 蠢く影を捉えた茶々はそれに向かって躊躇いなく引き金を引く。二、三回鈍い着弾音が辺りに反響し、影は動きを止め、そのまま静止する。

「やはり……、警戒するべきは三人だけだったか……」

 茶々は安堵し、手にしていたハンドガンを太もものホルスターに入れようとしたその時だった。

 彼女の背後から短刀を手にした一筋の影が彼女を急襲する。

「……その首、貰った……!」

「えぇ……、奇襲をかけてくるのは理解していました……。そして私はわざと……、貴方の近くでそう煽った……。勘違いされているのなら……、それは謝罪しましょう……。我々は貴方たち全員を警戒していますから……、もう誰一人として貴方たちを相手に一筋縄でいくなどとは……、思っていません……!」

 影太の短刀が彼女の首筋数センチまで近づいた。

そこまで到達すれば、影太にとって射程圏内に入ったも同然。しかし、此処で影太は気付く、自分の胸元に付けた星が、彼女の太もものホルスターに入れようとした銃とは別の、隠し持つ拳銃の銃口が向けられている事に。

完璧な反応だった。影太にとってその完全な一撃は、到達する数センチまでという距離にも関わらず、時間が掛かる。恐らく、このまま何も起きなければ、影太は自分の星を打ち抜かれ、強制的に退場させられる。そして何より、影太は星があるとは言え、茶々の事を傷つける事に、一瞬だけ躊躇いを見せていた。

故に、彼の攻撃は彼女の銃撃よりも遅くなる。

瞬時に影太は、空中で身を翻した。

 この距離での射撃はいくら影這と言えど、防御は間に合わない。むしろ影這をして高速移動を繰り広げたとしても胸元の星に弾丸が当たらないという保証は無かった。

 だから、彼は空中で全身を捻って体を回転させ、彼女の拳銃による凶弾を防ごうとそういった姿勢を取ったのだ。

「一か八か……!」

 茶々は影太に向けて三発の弾丸を発射した。そのうちの二発は影太に直撃し、彼の体勢は空中で崩れる。

 当たり所は悪く、致命傷にはならずに、影太は彼女の拳銃を蹴り上げて瞬時に影這を繰り出し、難を逃れた。

「致命傷ではないが……、星の音がする……」

 そう、影太が二発の銃弾を受けた事と、全身を翻して回転させた事により血が飛び散って周囲に飛散している。

 出血量にも反応する星は、影太の場所を茶々に教える様に小部屋の障害物を通して鳴り響く、二つ分の星の音色が小部屋の中で鳴り響く、双方、銃弾を受け疲弊している筈、片方は影太の作り出した石畳に囲まれてこちらに攻撃は愚か、間に銃弾を数発打ち込めば、星が機能を発揮し、強制的に彼女を退場させるだろう。

 影太は最早、虫の息。彼女にとってはもう仕留めるのは容易い状況だ。手負いの忍では、その行動に限界がある。

 彼の影になる時間も限度がある筈、と考えた茶々は自身の腰を確認した。恐る恐る腰部に手を触れると、再び括り付けていた筈の二機目の光学迷彩が破壊されている。

「な……。何故……!」

 事の発端はあの一瞬だった。

 彼女が影太と数センチまで近づき、彼との射程圏内で起こった一瞬の出来事。

 彼は短刀でぶつかり合うと同時に彼女の腰に付けられていた光学迷彩を瞬時に手裏剣を飛ばして破壊していた。

 彼の心情とは、女性は傷つけず、手を触れず、被写体としてカメラに収めるべき存在である。茶々の顔や身体を見ると、影太のカメラマンとしての血が疼く。それは衝動的で生理的なものに近い。

 人間の三大欲求とは、食欲、睡眠欲、性欲。だが、影太にとってそれは、四大欲求に成り代わる。その三つに加えて彼には撮影欲というものが顔を出す。素晴らしいと、一度でもその撮影欲を刺激した被写体は死んでも写真に収めるという確固たる意思と、情熱を見せる。

「……俺は……!……忍である以前に……!……カメラマンだ……!」

 もう光学迷彩での誤魔化しは出来ない。

 彼は躊躇いなく、今度こそ茶々の首を確実に狩るため、その短刀を仕舞う事はないだろう。何故なら、彼が胸元に装着した星の警告音は既にこれ以上は上がらないであろう速度まで到達している。

 それは星の定める肉体へのダメージが撤退寸前まで高まっているという証であり、影太の機動力は次の一手で彼の全力全霊が飛んでくるのだろう。

 影這も恐らく、もう発動も成せない状態なのか、彼は隠れようともせず、その身一つで茶々の元へ突撃を慣行する。

「正面から突っ込んでくれるのはありがたい……!狙いを絞るのが楽になるっ……!」

「……確かに……、……その判断は合っている……。……俺はもう自身の忍術を発動する余力が殆どない……。……貴女は賢い女性だ……。……だから、ここまで言えば分かるだろう……?……どうして俺がこうして己の身一つで貴方の元に駆けるのかを……!」

 茶々は影太の発言の内容を頭の中で理解する余裕は無かった。全力の移動速度で弾丸を回避する彼の動きに精一杯な彼女は、あまりに彼という標的に熱中するあまり、彼の発言と結びつく、一つの存在を忘れている。

「貴方は確かに、優秀な女性です。しかし、あまりに彼に熱中するあまり、私という小さき存在を忘れましたね?」

 影太を迎え撃つ準備をした茶々は、忘れていた存在の発言に、二人を迎える準備を取るため、右手に拳銃、左手にハンドガンを握る。

 しかし、時すでに遅し、彼女の右手の拳銃を影太がクナイを投擲して破壊し、影太の言う忍術の維持の限界。

 それは涼子を守護する為に起こした石畳だった。彼の限界を悟った石畳は、まるで生き物の様に元の床に戻り、何事も無かったかのように小部屋の床と化した。

「くっ……!二者択一か……。いや、この場合は……。二兎追う者は一兎も得ず……!」

 依然、短刀を持つ影太は茶々に向かっている。石畳は完全に床として戻り、涼子は新たに召喚したライフルのスコープを覗き、狙いを定めていた。

「……なっ……!」

「利用させてもらう……」

 茶々は影太の不意を突き、自分から彼との間合いを詰める。そうする事によって涼子の定めた狙いを自身と影太の戦闘により、引き金を引かせないという作戦である。

 石畳どころか影這すら使えない影太は涼子の狙いを茶々のみに向けさせる為にバックステップを行い、彼女との距離を遠ざけようと、背後に飛んだ。と同時に、茶々は靴のスラスターを全開にし、バックステップした影太との距離を更に詰めてハンドガンの底で彼の短刀に殴りかかる。

「これでいい……!」

「……確かに、良い判断だ……。……しかし、我らが副会長の狙撃を舐めてもらっては困るな……!……やれっ……!副会長!」

 影太の叫び声に、日頃の暗さは見られなかった。

 涼子は彼の叫び声に反応する事もなく、ただ、黙々と目の前の標的に対する狙撃方法を模索する。一瞬でもずれれば、彼女と格闘を繰り広げる影太に直撃し、手負いの自分と茶々のみがこの場に残る。

 彼女の心は平静を保っていた。

 影太のお膳立ての賜物でもあるが、彼のお陰という形で退場する事はなかった。それでいて目の前の味方が敵に倒されようとしている所でミスの出来ない状況で彼女は狼狽えることなく、常日頃の自分を見失わない様に黙々と引き金に手を乗せる。

 恐れを取り払う方法はない。ただ、目の前の標的を打ち抜く、という意思のみが彼女の中で渦巻いていた。

 少なからず、影太も鋳鶴や一平と一緒で誰かの為に戦う様な人間であると彼女は理解している。故に、彼は涼子を石畳で守った。

 涼子はそれを頼んだ訳でも無ければ、願った訳でもない。

 純粋な善意と彼の行動が、今の自分を未だ戦場に立たせ、味方の窮地を救う好機が目の前にある。

「迷うな……。撃て!」

 涼子は引き金を引いた。

 複雑に絡み合う様に近接戦闘を行う二人に向けてライフルの引き金を引き、弾丸を射出する。

 着弾までは数秒もない。更には茶々と影太の二人も一歩として譲ることなく、短刀を向け、ハンドガンの底で殴っている。

 影太は茶々のハンドガンを持つ右腕を弾き飛ばし、彼女の上体を大きく反らせた。

 彼女の射撃は正確だった。茶々は上体を反らされてしまった瞬間に、腰を無理矢理捻って体勢を崩す、本来、彼女の腹部を狙った涼子の弾丸は、彼女の右腿を打ち抜き、多量の血を噴出させる。

「ぐっ……!」

 だが、それだけで終わらないのが茶々である。彼女は体勢を崩しても尚、右腿を打ち抜かれても尚、涼子に向けてハンドガンの中に装填していた弾丸を全て発射している。

「……副会長……!」

「ぐっ……!私は構いません!」

 茶々の放った弾丸は涼子の頬を掠め、右足の先を打ち抜いた。

 銃撃の衝撃と、足先に走った激痛により、彼女はその場に倒れた。体勢を崩していた茶々は、スラスターを全開にし、影太の腹部を蹴りつけ、数メートル程吹き飛ばす。

「……がっ……!」

 太ももに巻き付けていた包帯が解け、影太の太ももは彼女の蹴りを受けた衝撃によって血を噴き出す。微量に床へと飛び散った血は、茶々に確かな手応えと自信を産む。

 二人の不幸中の幸いは、辛くも影太が蹴られる先を工夫して茶々の与えた衝撃で涼子の元まで吹き飛べた。という事である。

 涼子は右足を引きずりながら眼鏡を掛け直し、影太の元へ駆け寄った。影太も怪我が許す限り、這って彼女の元へ到達する。

「はぁはぁ……、世の中そう、うまくはいきませんね……」

「……あぁ……。……こんな戦場では貴方の計算でも起こりえない事が起こるものさ……。……俺たち二人では彼女もやっとという事だ……。……貴女はよくやった……。……俺の様に忍の訓練をしていなければ、一般人と何ら変わない……。……大変忍耐力と根性を持っているのが副会長……。……貴女だ……」

 涼子は何も言わず、肩を震わせながら笑いを堪えた様な表情で影太を真っ直ぐに見つめた。

「何を言うんですか。貴方の方が私よりも随分な努力家ですよ。それに、褒めるのは彼女を倒してからにしないとですよ」

 小部屋には三つのアラームが鳴り響いている。涼子と影太は障害物に隠れながら彼女の攻撃に備え、障害物を背に二人、止血作業を進めていた。

「もう無駄ですね。こんな事をしても」

「……それには同意だ……。……向こうもそんな事はしないだろう……。……時間の無駄というよりも……、……我々を直接狙った方が早い……。……それも最初と同様で先に手を出した方が負ける……。……というもの……」

「何か妙案はありますか?」

「……残念ながら……」

 影太はこれと言った手はない。と言わんばかりに所持している残りの忍具を取り出した。クナイ、手裏剣も残り数個。起爆に使える様な火薬もなく、他には短刀のみ。

 涼子の魔力もあと一度、銃を取り寄せできる程度の魔力量しか残っていない。と身体で理解していた。

 そんな絶望的な状況と理解している二人。だが、二人とも希望は捨ててはいない。

「土村君は、どういった時に喜ばれるんですか?こんな時に何ですが、貴方の趣味というか、喜ぶ顔をあまり私は見ない気がしていましたので」

「……趣味は撮影だ……。……大体は盗撮と呼ばれるものだが……、……最初はただ、美人や可愛い女性という被写体をそのフレームに納め、撮影する……。……という事が至上の喜びだった……。……しかし、何処から広まったのか……。……俺の趣味はいつの間にか……、……仕事になっていた……。……理解の無い人間には否定される様な職になっている……。……というのは重々承知の上だ……。……忍としての技術と、カメラの撮影技術あってこその俺だと思っている……。……この趣味を仕事にするのは悪くない……。……と思っているし……、……俺自身、ずっと連れ添っている連中の癖が移ったのか……、……人の為に何かをすることは嫌いではなくなったからな……」

 涼子は影太と余り話す機会が無かった。

無かったと言うよりは、彼女自身、あまり自分に関わってこようとしない人間には関わらない事が多い。

桧人や鋳鶴の様に自ら関わろうとしてくる様なタイプの人間とはやや冷徹に思われるかもしれないが、適切に対応し、それなりの誠意を見せる。

普通科の為。一平の夢の為。あらゆる事に彼女は尽力してきた。彼の背中をずっと見続け、自分は非戦闘員に近い存在と、心では思いながらも底では、内なる闘気を秘めながら、ずっと彼女はこの三年間副会長を務めてきた。

あまり関わり合いに成りたくない。という訳ではないのに、人に対して冷淡に接してきた彼女は、いつの間にか笑顔を失っていた。

それは、負荷という意味合いではなく、それを個性として彼女は受け入れ鉄の女、雛罌粟涼子を演じて来た。

ふと、一平の事をカズ君。と呼んでしまうのは、彼が彼女の従兄弟というものもあるが、何よりも彼の天衣無縫とも言えてしまうコミュニケーション能力の前では涼子も素を出さずにはいられないのである。

いつの間にか、一平の周囲には個性的で能力のある面子が揃った。それ故か、疎外感を感じる事もあったが、誰も彼もが彼女から目に映るのは成人君主の様な性格で助かっていた。あまりにも不愛想で鉄の女である涼子を受け入れてくれるか、という点で彼ら彼女らは何の変哲もなく受け入れた。

麗花や誠の様なタイプ人間は正直な所、涼子にとって苦手なタイプであった。今でも誠に関しては苦手意識が強いが、麗花に関しては影太との数少ない会話と彼女の性格で涼子の中で彼女の見方は変わった。

一度だけ、一平に彼女は問いを投げかけた事がある。

どうして、いつもカズ君は笑顔で誰にでも接する事が出来るの?

と、一平はその質問にも笑顔で涼子に、どうしてだろう?僕の雰囲気?とか?見えないオーラとか?のお陰じゃない?

いつもの様に飄々としながら、まるで無邪気な子どもの様に彼はそう答えた。

陽明学園の生徒会長は誰もが羨む役職であり、花形の存在である。

六科の生徒会長は誰しも威厳があり、能力があり、知識があり、その科で学園長に一番先に認知される生徒である。

科における顔であり、それは広告塔に該当するもの。

言ってしまえば、一平はそれに該当しない項目の方が多い。だが、彼の周囲には他科の生徒会長に負けず劣らず存在している。

むしろ普通科の名物の一つだ。

一平と同様。影太の撮影技術もそれに該当すると考えるのなら、それは称賛されるべきものであり、彼がそれを成長させたい。と、願うのなら、涼子は不愛想な鉄の女の殻を破ってでも彼の力に、普通科の力になりたい。と、考えた。

「そうですね。一つ、提案があります」

「……ん……?」

「普通科の勝利報酬の様なもので勝利した科に言う事を聞かせる事が出来る。というものがありましたよね?」

「……あれか……」

「あれって回数制限とかが無いんですよ」

「……ほう……」

「貴方はいつも盗撮と謳われてしまう程、写真で美女や美少女を撮影する事を趣味としていますが、仮に勝利した場合ですよ?機械科の女性たちに撮影許可がいただけるかもしれませんよ?まぁ勝利を仮定した上でのさらなる仮定ですが」

 涼子の一言で影太の目に炎が灯った。あまり良い提案ではないと涼子は踏んでいたが、それが功を奏し、彼の目に生気を取り戻させる。

「……それは本当なんだな……?」

「えぇ、しかし、それには我々が勝利する事が最低条件です。我々が勝利する確率を少しでも上げる為に彼女を倒すしかありませんね。それに機械科も彼女らの事を愛してやまない。貴方の言う可哀想な男性陣がいるかもしれませんよ?土村影太。いえ、エロフェッショナルでしたっけ?貴方にとってそれがまた急務なのでは?」

「……約束は出来るのか……?」

「出来るとは思いますよ?貴方の撮影技術は本物です。彼女たちも断らないと思いますし、いつもの盗撮なんかよりはちゃんと許可を取って撮影した方が世間体に響きませんしね」

 影太は、一度だけ頷くと、血の滲んだ布を太ももから取り除くと、涼子も止血を辞め、地面に両掌を添え、最後の余力と魔力を振り絞って魔法陣を展開する。

「……まぁ……、……やらないよりはやるだ……。……」

「なら、私も貴方と一緒に機械科の彼女たちに撮影許可をもらうために頭を下げますよ。それに土村君では交渉も覚束ないでしょうし」

「……貴方が居れば百人力だ……。……なら残りの余力を今、この瞬間に捧げよう……」

 影太は最後の影這を発動し、障害物の影と一体化する。

 走り回るよりも早く、彼女のスラスターよりも早く影太は移動しながら星が奏でる警告音を頼りに茶々を捜索する。

「星の音はある……。あの忍と副会長はまだ息がある……」

 茶々は足の怪我を考慮してスラスターの音を無音に近いレベルまで下げて僅かに宙に浮きながら、止血作業をしていた。

 思ったよりも傷が深く、星の警告音も下がりつつあったが、完全に聴こえなくなることはもう無いだろう。

 相手は二人。忍と射撃を得意とする副会長。どちらを先に討つか優先する場合、狙撃手を残すか忍を残すか、どちらか一方を討てば勝利は手中に納めたも同然。

 しかし、今、目元のモノクルで確認すると、影太の生体反応は見えない。だが、涼子の生体反応は表示されている。

 あまりにも多い障害物に視界を遮られている上、その距離が把握できない。生体反応が確認できない影太よりも司令塔且つ、遠方から狙撃する彼女を撃った方が話は早い。

 残弾にも余裕はある。背中に携えたライフルは幸運にも破壊されていない。

 茶々は黙々とライフルに弾丸を装填し、障害物の配置を脳内に描き、それを利用して銃弾を跳弾させる事によって彼女を間接的に打ち抜こうと考えた。

 しかし、跳弾というものはやろうと思ってやれるものではない。それを考えながら彼女は瞬時にライフルの引き金を弾いた。

 一発目を撃ったと同時に彼女はリロードを開始、新品の薬莢を破損した光学迷彩を入れたポケット付近に携えていたポシェットから取り出し、装填する。

 それを六発分繰り返し、彼女の肉体が許す限り射撃を敢行した。

「これが限界か……」

 茶々は弾丸を握ったまま、ライフルを杖の様にして立ち上がろうとしていた。

 しかし、そんな彼女の背後から一つの影が忍び寄る。

「はっ……!」

「……土村流忍術、影這&瞬影……!」

 茶々は脇腹付近に星を設置していた。影太は短刀を掲げながら彼女に向かって飛び出す。

「アイデアは素晴らしい……。それは認めましょう……。そして貴方の忍術と……、彼女の頭の回転の早さに……!」

 茶々は太もものホルスターからハンドガンを取り出し、短刀を向ける影太に向けて数発射出する。

「……貴女は一つ、忘れている……。……確かに短刀を持って貴女に攻撃したら……、……防御の姿勢を取る……。……人間としては正しいが……、……この体育大会においては間違っている……」

 影太は茶々を攻撃するのではなく、彼女が打ち出した銃弾の殆どをそれで叩き落とし、彼女の影に入り込む。

「なっ……!」

 茶々は急いで腕を翻して自身の影に向けて引き金を引き、射撃する。一瞬で放たれた数発の弾丸が影に到達する前に影太は彼女の影から脱出して彼女の脇腹に装着された星を右腕の人差し指と中指で挟んで綺麗に絡め取った。

「……星は相手に取られても駄目……、……破壊されても駄目……。……本来なら女性に手をあげないと倒せないのが戦場の常……。……だからこそ少し物憂げではあったが……、……このルールのお陰で助かった……」

「そう……。だから私自身を攻撃すると見せかけて……、でも貴方は優しすぎるが上に……、一つのミスを見落としてる……」

「……不覚……」

「そう……。貴方はそうして私に構い続けるが故に……、副会長さんを見放した……。仮にそれが作戦だったとしても……」

 気付けば、音の鳴っている星は二つ、影太が手にしている茶々の星と、彼が装着している星のみだった。

 涼子の星は音を放つことを止めた。のではなく、茶々が先ほど放った弾丸が彼女の星ではなく、脳天を直撃する前に、星の機能によって中央保健室に送還されたのである。

「……確かにそうだが……。……これは二人の勝利だ……。……俺だけのものじゃない……」

「そ……う……」

「……副会長には後で謝罪する……。……それでは、さらばだ……!」

 影太が手にした星を握り潰そうとした瞬間だった。

 目の前で茶々が膝から崩れ落ち、その場に卒倒する。それよりも前に影太は星を握ったまま彼女を抱き抱え、地面と接触しない様に寸前で支えた。

「そして……、これが最後の誤算ね……。忍さん……」

 彼女を支えた拍子に影太は星を握りつぶしてしまい。彼の掌で粉々になったしまった。と同時に影太の広げた掌に一滴の赤い雫が落ちる。

「…………」

 茶々は強制的に中央保健室に送還された。影太は掌に落ちて広がった赤い雫を見て自らの鼻に触れる。

 気付けば、手は真っ赤に染まり、白目を剥いてその場に顔面から倒れ込んでしまう。

土村影太。通称エロフェッショナル。

彼はエロのプロフェッショナルであるあまり、女性の体に触れると鼻血を噴出してしまう。という癖がある。

 茶々の言った最後の誤算とはあまりにも彼は女性に紳士的な部分もある為、自分でも気づいていた筈の弱点を忘れ、彼女の体に触れてしまう。という事であった。

 影太の星は彼の鼻からの大量出血により、星は送還機能を作動させ、影太もこの小部屋から強制送還された。

 他の部屋でも激戦が繰り広げられる中、三人が戦いを繰り広げた小部屋では、ただ別の小部屋や通路から響く、激しい戦闘による爆発音だけが空しく鳴り響いている。


珍しいタッグというか、目新しい関係性等を考えて書いてみました!中々良いコンビとして書けたんじゃないでしょうか。と自分で思います!

明日も更新しますのでどうかよろしくお願いします!次は誰と誰の戦いになるのでしょうか!

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