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優しい魔王の疲れる日々(リメイク)  作者: n
優しい魔王の疲れる日々(リメイク)3
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第23話:魔王と体育大会

平和的な前日録は終わり、ついにまみえる両者。勝つのは普通科か機械科か。


 いつもと変わらない。何の変哲もない。ただの朝。

 一人の男子高校生は制服のまま日課の家事を黙々と行っている。大方、その作業が終わって、朝食の準備をしていた。

「やっぱり、いつもと変わらない事した方がいいなぁ。これがルーティンってやつなのかな」

「「毎日の様に変わらない生活を送って、それがルーティンになるのなら、楽なルーティンじゃないか。俺とピアノを弾くこともルーティンになれば、君は常に完璧な瞑想状態になれるぞ。最近、テレビでやっていたゾーンという奴だと思うがね」」

「ピアノもやりすぎは良くないですよ。それに刺青は何もありませんし、光る事もなければ、疼く事もありませんからね」

 今日の朝食は鮭の塩焼きと、レタスと卵とカットトマトのサラダ。味噌汁は、昆布出汁を取り、具は油あげ、絹ごし豆腐、さらにはワカメを投入し、オーソドックスな代物だ。

 ちなみに鮭の塩焼きは恐子も朝食を摂るので、一般の家庭に比べて望月家の鮭の塩焼きは数十切れに及んでいる。

「「しかし、毎日君を見ていると、世間で言う給食のおばちゃんという存在のようでならない。家族の為とはいえ、君の調理術は職人基準まで到達しているものと見える。正義の味方という得体の知れない夢を描くよりも料理人の方が賢明ではないかね」」

「えー、でも僕にとってそれは、おっさんとより仲良くなってより、魔族に近づくって事ですからそれなりには避けたいですよね」

「「ふっ、まぁ今日の相手が機械科程度で考えるか、それとも機械科という緊張感を持って挑むか。君次第ではあるが、俺にとって、今の君は機械科程度、という扱いをしている。としか考えられない」」

「いやいや、それはおっさんがそう思ってるだけですよ。というか、機械科に負けたら僕はきっと結姉の奴隷確定ですからね?」

「「今の君では、望月結には勝てんよ。俺には分かる。君の事を知り尽くしている彼女に、君が勝利するというビジョンが俺には到底見えない。更に、君は女性を殴れない。と、宣うんだろう?だから君は勝てない。しかし、俺とより、同調さえすれば、君は彼女を圧倒出来る。圧倒どころか、君の両親にすら勝るとも思うぞ」」

「両親を超えようだなんて、僕は思ってませんよ。それに二人を超える。という事は、僕がおっさんの同類を殺し続けなきゃいけないと思いますしね」

 鋳鶴はフライパンを翻しながら、そう言った。

 おっさんは半笑いで鋳鶴の言葉に応える。

「「それにだ。俺は昨晩の君は、俺をあれ以上は呼び出さなかったが、三河歩と何をしていた?」」

 突拍子のないおっさんの発言に、鋳鶴のフライパンを振る手が止まった。

「そっ……、そんな事は関係ないですよね……」

「「君は本当に感情も思考も理解しやすい人間だ。というよりもまだ高校二年生だろう……。よく眠れたからよかったものの。若気の至りがあっては困る」」

 気を取り直して、鋳鶴は聞く耳を持たぬ振りを決め込み、おっさんの前でフライパンを返し直す。

 彼はこの状況も一興と踏み、更に鋳鶴の隙に付け入る。

「「まぁ彼女と君は特別な関係なのだからあまり言わないが、仮にそこまで到達しているというなら、そういう時だけは俺を呼び出さないでほしいものだ。三河歩以外でもだが、君に良識ある事を祈っている」」

 鋳鶴は頬を赤くしながらもおっさんのまるで、親戚の伯父に近い様な対応に呆れ果て、口を噤んで料理に集中する。

「「おっと、そろそろ君の家族が起床してきた様だ。体育大会になったら俺を呼び出すなり好きにしてくれ」」

 そう言い残しておっさんは、鋳鶴の心象世界の中に溶け込み、消えて行った。

 ようやく、自由の身になった鋳鶴は、おっさんの扇動に苛立ちを覚えながら、コンロを点け直し、絶妙な手首の動きでフライパンを振る。

「鋳鶴、こんな日ぐらいいいのに」

「おはよう杏奈姉。こういう日だからこそ。いつもの様にするのが一番良いと思ってね。ほら、僕にとってのルーティンって奴だからさ」

 杏奈は纏まらない髪をヘアゴムで纏めながら、いつもの彼に笑顔を浮かべ、いつもの髪型に整えると、食器棚から大皿を取り出して、調理中で手を離せない鋳鶴にアイコンタクトを送り、リビング中央の大机の中央に置いた。

「あー!杏奈姉ずるいぞ!ゆりも手伝う!」

「ゆりが一人で起きてる……」

「何だよ兄ちゃん!私が勝手に一人で起きちゃいけないの!?」

「そういう事じゃないけど……」

 杏奈が大皿を置いてすぐ、ゆりが廊下から飛び込んで来たのか、と錯覚する様な凄まじい勢いで大机の定位置に着席する。

 内心、手伝わないのか。と思う鋳鶴を尻目に彼女はリモコンを手に取り、朝の報道番組をつけながらコメンテーターの話を聞きながら笑顔を見せている。しかし、鋳鶴は此処で気付く、ゆりが一人で起きた。という事実だけで感涙ものの成長なのだが、ゆりの髪型まで寝起きとは思えない仕上がりになっている事に。

 神奈が彼女の髪を整えたのか。と鋳鶴は考えたが、その神奈がいつまで経ってもリビングに現れない。

「ゆり、神奈はどうしたの?」

「神奈なら寝てるよ。兄ちゃんのせいで神奈は全然寝れなかったんだぞ!」

「まぁ、鋳鶴の事を不安に思う神奈なら、そういう事もあるだろうな」

「杏奈姉も心配してたもんね」

「んなっ!」

 杏奈は思わず、ゆりに向かって六法全書を投擲してしまう。彼女の投げた六法全書は、ゆりが回避すれば、望月家のリビングのテレビに六法全書が、直撃するだろう。それを見越した上でゆりは、顔面目掛けて投擲された真正面から迫りくる六法全書を首を傾けて回避する。

「おい。朝からあぶねぇだろ」

 投擲された六法全書は間違いなく、テレビを破壊するはずだった。が、それは望月家長女が咄嗟に現れ突き出された右拳によって切れ端一つ残さず粉砕されてしまう。

 ゆりは恐子の態度を見て何も言わず、体勢を立て直して椅子の引き、杏奈は何処から取り出したというのか、新たな六法全書を手にしていた。

「今日は鮭の切り身か」

「ありがとね。恐子姉」

「今日は仕事だ。お前の勇姿を見れなくてすまんな」

「見に来ようとしてくれただけありがたいよ」

 一通りの会話を終えると、鋳鶴のフライパンはようやく動きを止めて、杏奈の設置した大皿に、大量の鮭の塩焼きが花びらを現すかの様に、螺旋状に置かれていく。

 目の前で広がる塩焼きの香しい香りに、恐子は唾を飲み込む。

 杏奈は箸入れから箸を取り出し、それぞれの席に箸を配置する。五名の机以外の場所に配置された箸は、現在の望月家に居住している数を現す。

 鋳鶴は続いてフライパンを流し台に置き、水に漬けると、今度は味噌汁の入った鍋のお玉を手に取り、人数分の味噌汁をよそう。

 その味噌汁を杏奈に渡すと、箸を置いた時の要領で家族それぞれの味噌汁のお椀を配置していく、恐子の辛抱も限界が訪れているのに気付いている鋳鶴は、彼女の茶碗を取り出し、音速を超えている。と言われてもおかしくない程の素早さで彼女の茶碗に、山盛りの炊き立ての白米よそい、杏奈に手渡す。

 白米は炊飯器から出たばかりで湯気がたち、茶碗を受け取った杏奈の眼鏡は真っ白に曇ってしまっている。

「杏奈、食事の時ぐらい眼鏡をとったらどうだ……」

 恐子が笑いを堪えているのか、肩を震わせながら口をへの字にして杏奈にそう指摘する。ゆりもその様子に気付き、口元を手で覆う。

「ラーメンを食べるんじゃないんだ。それに一時的な事だし、私が米を口にする時は、流石に眼鏡は曇らないだろう」

「お前がそう思うならいいんだ。ふふっ……すまんな」

「ゆりに恐子にどうしたんだ。らしくないぞ」

 杏奈は朝からテンションの高い二人を見て、多少なりとも不安を感じている。杏奈の中で二人は少なくとも望月家の畜生の部分を担い、悪しき点であり、鋳鶴から悪い部分を抽出した結果に出来たものと考える事も度々である。

「姉が弟を労うのは当然だろう?ゆりは知らんが」

「妹が兄を労うのは当然だよ?恐子姉は知らないけど」

 同時に吐き捨てられた様な台詞は、杏奈の目の前で旧落下し、彼女の耳に入る事は無かった。

 結果を言えば、入ってはいたのだが、あまりにもわざとらしく言う二人を見て反吐が出そうになった杏奈はそれを堪える為に、敢えて知らぬ素振りを見せた。

「頭痛くなってきた……」

 杏奈は頭を抑えながら、机に突っ伏してしまう。

「私もぉー。あったまいたぁぁい!」

 リビングに突如、震えた声を放つ三女穂詰が半脱ぎキャミソールに一升瓶を抱えながら雪崩の様に舞い降りた。

 個人的に思ってしまう望月家の悪い部分の増援に、杏奈は頭を抱え、白目を剥きながら狼狽している。

「杏奈姉が壊れたー。あはははは」

 穂詰は床に突っ伏しながら、顔から床に倒れ込んだ。鋳鶴は、狼狽する杏奈の目の前に淹れたての緑茶を手渡し、突っ伏した穂詰には数粒の錠剤と水の入ったコップを差し出す。

「おぉー……、これこれ……」

「はっ!私は一体何を!」

 杏奈は目を覚まし、穂詰はのらりくらりと起き上がり、リビングに着くと、鋳鶴がすかさず、彼女の席に本日の朝食を全て配膳する。

 しかし、彼女はそれを一度だけ吟味する様に眺め、顔を背けた。

「ちゃんと食べなきゃ駄目だよ」

「お酒だけじゃ駄目―?」

 何処から取ったのか、穂詰は御猪口を親指と人差し指で挟み、小刻みに揺らしている。

「駄目です。ちゃんと朝ご飯は食べましょう。それに今日から体育大会でどんな怪我人が出るか分からないんだよ?穂詰姉は絶対に何か仕事をしなきゃいけないんだから、ちゃんと酔わずに仕事行きなさい」

「鋳鶴!」

 穂詰は、御猪口を勢いよく叩き付けて鋳鶴に向かって鋭い視線を向けた。

 彼女の手にする御猪口は、望月家特有の怪力を持つ女性陣でも特殊な技能(魔術、異能力)を使われる事でもなければ傷一つさえつかない特別製の代物となっている。徳利も同様、穂詰が泥酔してバットの様にスイングし、家屋の壁や屋根に直撃しても徳利は何一つ傷つかない物になってる。

 駄々をこねる穂詰から御猪口を没収しようとする鋳鶴は、彼女の寮指に挟まれた御猪口の間を縫うように、右手の人差し指と中指で彼女の指が触れていない御猪口の部分を鷲掴みにする。

「くっ、私をフォークの神様と呼ばれた望月穂詰と知っての挑戦かっ……!」

「いや……、フォークの握りは人差し指と中指で挟むんじゃないの」

「流石、我が弟」

「はぁ」

 鋳鶴の溜息を見て、穂詰は無言で箸を取り、朝食に手を付け始めた。鋳鶴は神奈の起床が遅い事に不安になりながら、自身も席について、大皿に向けて箸を伸ばす。

 恐子とゆりの食欲も鋳鶴を気にしてか、あまり覚束ない様子で、普段からこうあればいいのに。と鋳鶴は心の中にそれを閉じ込めながら、朝食に手を付ける。

 自分の料理ではあるが、今日も上手く作れた。と思いつつ、今日の体育大会はどういったものなのか。と想像しながらサラダを口に運び、咀嚼する。

「ふぁぁぁぁぁ……。皆おはよう……」

「おはよう。ゆり、夜更かしでもしてたのかな?」

「へ!?ううん!なんでもないよ!寝坊してごめんなさい。って言おうとしたけど、今日は中等部は授業がないんだよ?」

「えぇ!?」

「中等部は高等部の試合を見るもよし、休んでもよし、みたいな感じなんだよね。高等部の皆さんはお兄ちゃんたちの体育大会を視なくちゃいけないと思うけど、一年生の人達はどうなんだろう」

「一年生で選ばれてる人が居ないからなぁ……。一年生もお休みとかなのかな」

 ゆりは神奈に恐子から守っていたのか、山盛りのおかずを彼女に差し出した。神奈はゆりに一緒に食べよ。と小声で言うと、ゆりは嬉々として首を縦に振り、神奈とその皿に盛りつけられたおかずに手をつける。

「やっぱり、お兄ちゃんのご飯は美味しいね」

 満面の笑みを鋳鶴に向ける神奈は、その後もゆりと二人で朝食を食べきり、体育大会の特例措置の様なもので杏奈が鋳鶴の家事を代行し、鋳鶴がいち早く学園に向かう事の出来る様に役割を交代した。

 鋳鶴はいつもより早くスリッパから靴に履き替え、滅多に見送る事のない家族に見送られる。妹たちだけでなく、普段鋳鶴の心労になるほど暴食をする恐子。

朝から酔い止めを処方して出勤するはずの穂詰。

髪型から制服まで荒れ放題のゆり。

普段は真面目で、望月家の理性である杏奈と神奈がおかしくなり、鋳鶴は体育大会というものを考えながら、今日の珍しい朝の光景を思い出しながら、大きな声で行ってきます。の挨拶をし、家を出た。



―――――通学路―――――



「おはよう」

「おっ……おはよう……」

鋳鶴は自宅を出て直ぐ、隣家の三河家の玄関を叩き、歩を呼んでいた。

昨晩の事を思い出しているのか、歩は耳まで真っ赤になり、鋳鶴と目を合わせる事すら困難な状況に陥っている。

「おっ、朝からラブラブだなぁ」

「……基本的にセットでは売れないから離れてほしいのだが……。……まぁ鋳鶴と歩の二人なら二人が一緒に写っていても欲しいと言う輩は存在するが……」

 一眼レフカメラを抱え、朝から影太、狼柄のグローブを抱えた麗花が足並み揃えて鋳鶴と歩の前に現れた。そして彼らの後ろには桧人と、彼にしがみ付いて移動をともにしている詠歌の姿も見える。

「助けろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」

「皆ー!おはよー!」

 うめき声とも取れる桧人の叫び声に比例して詠歌のテンションも上昇している様だ。

 桧人は右腕に真紅のバンドを巻いて、詠歌はその右腕に捕まりながら、引きずられる様に共に進んでいる。桧人の右腕を鷲掴みする詠歌の両手は所々テーピングが施され、痛々しい見た目をしていた。

「詠歌、大丈夫?」

「あ、これ?」

 鋳鶴が桧人と詠歌の元に詰め寄って彼女の両手を確認する。若干、血の滲んでいる包帯が彼女の努力をそのまま表している様だ。

 鋳鶴は自分以外のメンバーがどんな修行や過酷なメニューを熟していたか、理解していない。

「これなら全然平気だよ。それにね。私だって鋳鶴をお姉さんだけのものにするのは勿体ないと思うしね。私は鋳鶴のしてることも知ってるしね。運動部の皆の為に何をしてくれてるのかも、貴方にいくら恩返ししても足りない恩義があるってさ」

「そんな。僕はただ」

「誰かの力になりたかったからって言うんでしょ?全く、物欲があまりない鋳鶴の事だからこうして返さないと。って、思ってるんだから」

 依然として詠歌は掴んだ桧人の腕を離す事なく、話続けた。会話の途中で桧人が気を遣って詠歌の話す高さを調節している。

「ありがとう」

「桧人も鋳鶴ぐらい素直ならいいのに」

 詠歌は桧人にしがみ付きながら彼を見つめる。彼女の視線を気にせず、桧人は詠歌を降ろして六人揃って陽明学園への歩みを進めた。

 校門が見える頃まで学園に近づくと、三人の影が遠目で見えている。

「やぁ?皆揃ってご登校の様だね?」

「えぇ、そうですね。皆さん健康で今日という日を迎えられて何よりです。我々三年生も珍しく同じ時間帯に登校しました次第で」

「さっさと沙耶を倒すぞ。お前ら次第でもあるが、俺次第でもあるんだからな!あんまり恥かかせんなよ!」

 生徒会室で行われる会議の様に、全員がそれぞれ揃い、普通科の校舎に吸い込まれる様に入っていく、その様子を車椅子に腰掛け、男装執事に引かせる学園長が銀色の太陽に光を受けて輝く扇子を開きながら、見つめていた。

「普通科は機械科に勝利出来るのでしょうか」

「さぁ?それよりも私は内容の方を楽しみにしたいものね。彼がどのように活躍するのか、何か起こるのか、私は予言するわ。今年の体育大会は、陽明学園創立以来の体育大会になるでしょうね。それでは、行きましょうか、私も挨拶がありますし」

「畏まりました」

 アンリエッタは彼女の車椅子を引いて、陽明学園闘技場方面に向かった。



―――――中央陸上競技場―――――



 普通科の面々が勢揃いして直ぐ、体育大会に参加するメンバーたちはそれぞれの生徒会室で体育大会の作戦会議における最終確認と、各科ごとに指定されたブレザーを着用し、中央陸上競技場に陽明学園高等部全学科の生徒たちが全て着席し、揃うのを待つ。

まだ覚悟が決まっていない者や、これまでの鍛錬を思い出す者。それぞれの体育大会への思惑や厳しい鍛錬の記憶が交錯する中、一人の生徒会長だけは、我が弟の事だけを考え、生徒会室で足を組みながら会長席に座している。

「それでは会場の準備が整いました。各科の代表者の皆様は、それぞれ各科で許可されている移動方法で中央保健室隣接の中央陸上競技場に集合してください。移動は五分以内という事でよろしくお願いします」

 アナウンスはそこで途切れ、鋳鶴たち普通科の面々は一平が合図を送り、涼子が会長室に集合した全員よりも一回り大きい魔法陣を足元に出現させる。

 彼女は、魔法陣に入った面々とは違い、片足だけ魔法陣の外に出し、全員と向かい合う。そして右腕を前に突き出し、自らの頭部よりも高く、手を掲げる。

 すると、魔法陣はゆっくりと全員を包み込み、それが終わったのを再三確認すると、彼女自身も魔法陣に入り込んだと同時に魔法陣は中央陸上競技場に転移魔法の要領で移動した。

 普通科の面々をまず、取り巻いたのは割れんばかりの完成と、六方向に別れた応援席がある景色である。

 しかし、六方向に別れた座席は、唯一紫色の席のみが空席になっていた。最前列に一人だけ、修道服を着用した男性が十字架を片手に立っている。

六科の代表者はそれぞれ、顔合わせや自己紹介などもままならないまま、目の前に配置された六花の名前が入ったプラカードの前に立つ。と同時に、歓声は止み、ジャンヌが車椅子をアンリエッタに引いてもらいながら、代表生徒たちの前に製作された教壇の前でアンリエッタが車椅子のバーを押し、その場で静止させた。

「げっ!」

 何を目にしての悲鳴なのか、誠が静まり返った代表制とたちの中で唯一、このタイミングで言葉を発してしまう。

「今、学園長の挨拶中だよ?城やんもちゃんと聞かないと、普通科が失格にでもされたら責任とってくれるの?」

「それは無理なんだけどよぉぉぉぉぉぉぉぉ……」

 誠が頭を抱え、狼狽してしまう程の出来事。きっと、鬼の力の為に何か、武具や衣服を忘れた。程度のもとかとは思ったが、誠が頭を抱えて狼狽してしまったのは、普通科最前席で車いすに乗りながら勢いよく手製の旗を振る女性の声だった。

「姉貴が来てんだなぁこれが」

「……なっ!?……」

 彼の発言で影太はカメラを瞬時に取り出し、写真撮影を試みる。もその動作を予測していたかの様に、一発の銃弾が彼の一眼レフカメラのレンズを破壊した。

「影太!大丈夫か!?」

 思いもよらない出来事に麗花も彼を心配して歩み寄る。影太は結の撮影を試みた瞬間にレンズのみを打ち抜かれている。そもそも、打ち抜くのなら影太的にはカメラ本体を破壊される場合の方がダメージは大きい。再び家電量販店等に入り浸らなくてはいけない上に、学生では発狂してしまう程に費用が掛かる。

 更には、レンズのみを打ち抜くよりもカメラ本体、ましてや影太まで丸ごと狙撃してしまえば、普通科の戦力を減らす事にも繋がる筈。

 それらを考えながら影太は何者が狙撃行動に入ったかを考える。

「……大事ない……」

 何よりも影太に付き添っていた麗花ぐらいしか気づけない程の精密かつ、躊躇いのない狙撃。カメラのレンズも部分的に狙撃されただけでほんの一部に風穴を開けられただけという結果になっている。

 誠の姉以外にも、観客席には多数の生徒が存在している。が魔王科の生徒は一人として存在していない。それを考慮して、影太は魔王科の座席に着目してみる。

 魔王科の座席は普通科と隣接していて競技場の観客席は360度囲んでおり、どこからでも競技場を観る事が出来る様になっており、その中で格好の狙撃場所の模索を始めた。と同時に、六科の前方から白色の高台がグラウンド下から地上に現れる。その高台にはジャンヌとアンリエッタの姿があった。高台の出現と共に、アンリエッタとジャンヌの脇には一人の女生徒が、マイクの備え付けられた檜の机の前に立っている。

 鋳鶴は、その生徒の目を見た。まるで人間ではなく、人形の様に無機質な目をしていた。肌も心なしか、人肌よりや髪も彼女は白みがかっていてどうも人間ならざる雰囲気を醸し出している。

「会場にお集まりの陽明学園の皆さま。静粛に」

 会場は学園長とその執事、更には見た事もない生徒に戸惑いを隠せない生徒や教職員を尻目に淡々とそう述べた。

 彼女の発言で競技場内は静まり返り、彼女は、司会机に置いてある紙を取って司会を続ける。

「それでは学園長。お願いします」

 女生徒はそう言ってジャンヌに一礼し、司会机から距離を取る。

 ジャンヌが高台の前方に進んだ所で10cm四方の穴が現れ、そこからマイクがゆっくりと、まるで竹林の竹の様に伸びきってからジャンヌに合わせてサイズを調整して現れた。

「皆さん。御機嫌よう。待ちに待った体育大会の日がやってまいりましたね。選手の皆さんの溌剌(はつらつ)とした笑顔や意欲的な声を出されていて大変感心を覚えました。普通科から魔王科の高等部の皆さま、今年は何と機械科のみではありますが、大変才能のある一年生までもがいらっしゃると聞いております。今年も参加者、運営者、観戦者ともに節度を持ってこの体育大会を楽しもうではありませんか。参加者の皆さん、二年生の皆様は初めての事で緊張されている方、怪我などの不安をされる方がいらっしゃるかもしれませんが、当学園には望月校医という優秀な医者がいらっしゃるので心置きなく競い合ってください。一回戦はここ、中央陸上競技場と旧校舎で同時に開催されます。ちなみに総当たり戦ではなく、トーナメント制となっておりますので一回戦で敗北された科はその後、観戦するだけ、という事にはなりますが、観戦側としても最後までこの体育大会に参加されますよう。よろしくお願いします。どの体育大会も中等部の皆さんも観覧するでしょうし、恥のない行いをなさるようにしてください。そして皆さん、私は六科全てに期待しています。本日は魔王科の生徒が望月結さんしかいない事は残念ですが、時間が立てば魔王科の生徒さんも揃うと思うので、結さん。生徒会長の貴方からも言っておくようにお願いしますね。学園長、ジャンヌ・アヌメッサからは以上です」

 そう言い残して学園長は鋳鶴と結に目で何かしらのサインを送った。

 ジャンヌが話終わると同時に、少女はおもむろにマイクを手に取り、取会場の視線を集める。更に彼女は右手を翻し、顔と一緒に掌を空に向けた。彼女の動きに合わせてか、会場の真ん中、ジャンヌらが居る高台付近に薄緑色のディスプレイが表示される。

そこには、今大会のルールが記載されていた。

「こちらが今大会のルールになります。参加者、観戦者、職員の皆様はこちらをご覧になってルールのご確認、再確認をお願いします」

・参加人数

魔王科4人普通科10人以下まで可、他の科は五人までとすること、普通科は参加者があつまらなければ大会自体を辞退してもよい。

・大会形式

トーナメント戦の一回戦は抽選で選ばれた二科が戦う。続いて二回戦でシードされる学科の選定が行われる。そのシード権は、一回戦で最も相手の学科よりも戦力差を開かせた科とする。

・勝利条件

敵対学科の大将の撃破、敵対学科の全滅、敵対学科の申告降参の三つである。大将は各科の会長が務め、指揮権は会長のものとする。

・禁止項目

核兵器、衛星兵器、禁忌魔法、超弩級帆船または戦艦の使用、危険性が極めて高い毒物、殺傷能力のある薬などの使用を禁止する。

・大会内容の中継

体育大会の内容は会場の様々なところに設置されているカメラから全校いたるところで大会経過が見える様に中継する。当日の学園内の映像機器はそれのみを放送するのみとする。

・会場

魔王科校舎付近に存在する旧校舎または中央保健室に隣接する中央陸上競技場のみとする。ただし、異常気象や破壊力の高い魔法や技術で会場が半壊または全壊したときは地下各議場を会場とする。

・体育大会参加者の皆さんへ ――――星の解説――――

1.体育大会開始直前に出場者は中央のボタンを押して起動してください。

2.この星は体育大会の参加権です。

3.この機械には生命維持装置としての機能も有しています。星の着用者が致死量の出血、致命的な一撃や肉体の欠如等、生命を維持するのも危ぶまれる。また、今後日常生活に支障が出る様な怪我、裂傷を負う直前に、この星が代わりに破壊されます。

4.この星を奪われる。または破壊される。生命維持装置の発動が確認される。と体育大会の会場から、陽明学園中央保健室に強制送還されます。

5.星は機械科、及び学園長ジャンヌ・アヌメッサ氏が公平に管理しています。

6.この機会を私的な目的で改造、意図せぬ使用をすることを禁じます。

・賞品

優勝科は他科に絶対的な一つの願いを聞き入れるということが出来る。

願いの有効範囲は学園長が許容する事柄までとする。

例 機械科が普通科会長を科から引き抜く事が出来る。

・特殊ルール

 普通科のみに限り、トーナメントで勝利する度に、対戦を行った科に対し、何らかの協力を求められる事とする。

例 資金、魔術書、特殊技術の指南など。

 等の項目が表示されていた。

「一回戦の内容も現しておきます」

 女生徒が指を鳴らすと、ルールの隣にもう一つ新しい薄緑のディスプレイが宙に現れる。

一回戦

 魔法科―科学科

銃器科―魔王科

 普通科―機械科

 と表示された。その結果にどよめく会場。歓喜する生徒、悲観する生徒等、様々な様相である。会場の様子を眺めている群衆を他所に、ジャンヌとアンリエッタは会話を交えている。

「良い目をしていました。きっと彼と普通科のお仲間たちでしたら、この体育大会を制す事も可能でしょう」

「本当にそうでしょうか……」

「あら、アンリエッタは彼らが魔王科に勝てないとでも思っているのかしら?」

「はい。残念ながら……、ジャンヌ様が彼らをそういう期待の眼差しで見ていらっしゃるのは存じ上げていますが……。それでも厳しいかと」

「全く、貴方はナンセンスね」

「え」

「確かに、魔王科は圧倒的。戦闘のプロである貴方から見たら、それはそれは差が開きすぎて勝負にもならないって今も思っているでしょう?彼らでは機械科相手でも勝てないだろう。って」

「はい」

「だからナンセンスなのよ。彼らは確かに弱いかもしれないけれど、それ以上に伸び代がある。と私は思っています。確かに、この学園はどの科も素敵でその科にも特筆すべき点がある。機械科なら機械。魔法科なら魔法。科学科なら異能力。銃器科なら射撃力とかかしらね?魔王科ならほら、オールマイティに熟すとか言うじゃない」

「お言葉ですが!その五科は明確にそういった技能を持っています!しかし、普通科は!勉学や運動には力を入れているのは確かです。日本の普通科高校としてのレベルも高いです。しかし、それは普通科だから故です!この学園において、彼らはどれほど優れていても他科には敵いません!」

「だから、彼らは勝てないと?」

「はい……」

「なら、賭けをしませんか?教員として聖職者として、あまり良い行いとは言えませんが。私は普通科に賭けたいと思います」

「なっ!何を仰るんです!?」

「だってそうでもしないと、つまらないし。それに貴方のそうやって慌てふためく様子も見たかった。というのもあるかしら」

「ですが賭けると言っても何を……」

「そうね……」

 ジャンヌは顎に右腕を当てて考え込む。アンリエッタも始まってしまった以上避けられない。と考えながら、普通科以外で体育大会を制するであろう科を予想する。魔王科は言わずもがな。銃器科は魔王科と初戦から当たってしまう為、除外して魔法科と科学科の予想をする。

 魔術を得意とする魔法科。

 超能力や異能を武器に戦う科学科。

 世間もだが、その二科は互いに切磋琢磨しながら、高め合っているものの。魔法科陣営の方が粒は揃っている。それを考慮し、アンリエッタは魔法科を選択。

 普通科と機械科では、言わずもがな機械科だろう。いかに、鋳鶴と誠が居たとしても駒が足りない状況になると予想する。

 戦いは質より数という事もあるが、それでも普通科と機械科では数が揃っていてもそれ以上の質を兼ね備えている機械科には敵わない。

 そしてアンリエッタの脳内には、魔王科、魔法科、機械科の三つが残るが、この三科で比較しても魔王科が優勢で二科に勝利は考えづらい。それと特殊ルールの二回戦でシードされる権利を持つのは、もっとも相手との差を見せつけた。という科に成る。という事から、明らかに一回戦の面子を見る限りは魔王科か機械科だろう。

 結果的にどちらかは魔法科と二回戦でぶつかる可能性がある。機械科なら魔法科優勢。魔王科なら決勝は恐らく、機械科と魔王科という結果になるだろう。

 アンリエッタの中で優勝候補は魔王科になり、ジャンヌにその旨を伝えようと肩を撫で下ろす。

「決めた。賭けるのは今年の休暇にしましょう」

「休暇!?ですか……」

「えぇ、私が負けたら、今年の夏はずっと学園に居ましょう。アンリエッタが負けたら……、それは負けた時に決めましょうか」

「えぇ……」

「ハラハラドキドキしたいじゃない?」

 ジャンヌ悪魔的な微笑みに、アンリエッタは何も言わず、微笑んだまま沈黙した。

「でも冗談にならない、ハラハラドキドキもあるかもしれないわね」

「と、言いますと……?」

「鋳鶴君がこの体育大会で何かやらかしたりする事が無ければいいのだけれど、それが唯一の不安要素かしらね」

「それは、我々も細心の注意を払わなくてはなりませんね……。望月鋳鶴と、望月結。陽明学園の姉弟対決もあるやもしれませんし……」

「え?私は何なら昨日からずっと、それが決勝だと思ってイメージしているのだけれど?それに私は見てみたい。っていうのもあって普通科に賭けているの。陽明学園創立以来の普通科が体育大会を制する偉業をね」

 ジャンヌはそう言って微笑むと、会場に向けて一礼し、アンリエッタに車椅子を引かせた。彼女は指を鳴らして女生徒に合図を送ると、女生徒は一礼してマイクを取る。

「それでは体育大会のルール解説等を終わります。それでは中央陸上競技場と旧校舎で試合を行います。それでは中央陸上競技場は普通科と機械科。旧校舎には銃器科と魔王科の皆さん居向かってもらいます。午後からは魔法科と科学科の対戦カードとなっております。それでは皆さん、ご清聴ありがとうございました」

 女生徒の適切かつ、礼儀正しい態度を見て、会場中は拍手喝采に包まれた。ある者は彼女の経歴などを調べ、一人はどの学科の人間かを調査し、影太の様に携帯の写真機能を使って彼女の姿を収める者も居る。

 学園長も彼女同様に手を振り、高台は徐々に低くなり、元のトラック状の地面に戻された。

「あれ?司会のあの子、どこかで……」

「何だ。またお得意の女たらしか」

「違うからね!?でも何処かで見た事あるのは確かなんだ」

 鋳鶴はその疑念を抱きながら黙々と普通科の集合場所に向かった。一平を先頭に中央陸上競技場の地下から控室を探す。

 若干、迷宮の様に入り組んだ控室は、全員で紆余曲折しながら控室を発見し、その中に全員が収まる。

「全く、姉貴のやつ、トラウマとかはねぇのかよ」

「安心したよね?それに?城やんのお姉さんならこっちに色々教えてくれると思ったし?機械科だけじゃなくてもし、勝利したら魔法科や魔王科と戦う様な事になれば?彼女に魔術への対策も聞く事ができるしね?」

「まぁ、姉貴もそういう事は未だに好きだからな。俺たちに頼まれて嫌な顔するとは思えねぇし、それにしても魔法科のOBなんだから魔法科を応援しろよって話なんだがなぁ」

 誠は照れくさそうに鼻を掻いた。

 誠の姉である瑞樹とそこまで関りはないが、現地にまで応援しに来た姉に呆れながらも誠の頬は緩んでいる。その様子を目の当たりにした鋳鶴も誠とは違った頬の緩みが留まる事を知らない。

「鋳鶴!何笑ってんだ!」

「いや、城やんもお姉さんというか、家族には弱いんだなぁって思ってさ。でも安心したよ。城やんの事だから帰れ!とか言うもんだと思ってた」

「俺もそこまで鬼じゃねぇよ!それにこれから俺は彼女を相手にしなくちゃならねぇんだ。そんな事で一々吠えてたらキリがねぇ」

「なんかごめん……」

「謝る必要なんてねぇよ。それに戦わなきゃいけないのは仕方ない事だしな。負けるつもりは欠片もねぇし、勝つのは俺だ」

「さてと?城やんの決意も聞いた所だし?皆で円陣でも組んじゃう?組んじゃう??」

「皆さん、申し訳ありませんが、会長の我が儘に付き合ってもらえると助かります」

「はいはい。分かったよ。ほら、影太も」

 一平の勢いと、涼子の催促に近い願いに応えて麗花が影太を勝手に引き連れ、隣あって肩触れさせる。勿論、麗花は影太の体質を考慮して会長と麗花で影太を挟む。

「私たちも断る理由ないもんね!桧人!」

「まぁ、そこはな。あとそろそろ手を離せ!?」

 桧人と手を組んだまま詠歌は麗花の隣に立って円陣の中に入る。

「あぁ、断る理由はねぇ。全員、一平の被害者みたいなもんだしな。そういう意味では円陣も組みやすいだろ?」

 悪態をつきながら、八重歯を見せて誠も円陣の中に加わる。

「だけど、もう一人の馬鹿が居なけりゃあこんな大所帯になる事はなかったと思うぜ?全員、普通科の連中だが、どんな科と比べてもこの科は異常だからな。な、鋳鶴」

 円陣に未だ加わっていない当人二人を誠は流し見した。

歩は何も言わず、鋳鶴より先に円陣に混ざり、半笑いで鋳鶴の事を待つ。すると、全員の視線が一斉に鋳鶴を襲う。

まだ入らないのか。という催促ではなく、何を言い、どの様な事でこの場に存在する全員の意思をまとめ上げるのか、期待の眼差しであった。

「えっ、じゃ、じゃあ……。星のおかげで恐らく、大きな怪我はしないと思いますけどそれでも皆、気を付けていきましょうね!」

「何かもっとしまった挨拶出来ねぇのかよ……。まぁ、そこが鋳鶴らしいと言えば、そうなるんだが、平和主義者には難しいか」

「「ふっ、俺が挨拶してやっても構わんがな」」

「「おっさんは黙ってウォーミングアップでもしといてください!出番は絶対にありますから!」」

 この場には、おっさんと鋳鶴を含めた者たち、歩、誠、桧人、詠歌、影太、麗花、一平、涼子の10人のメンバーが揃っている。

 確かに、機械科だけでなく、他科との力量差は理解出来ない訳がない。鋳鶴は、体育大会への緊張故に、先ほどの様な言葉を口走ってしまった。

 おっさんの一言はむしろ、鋳鶴の心を勇気づけ、鋳鶴は震える体を止め、一度深呼吸をする。

「僕らは、六科最弱です。それは揺ぎ無い事実でまごう事無き真実です。でも僕らには数がある。それに弱いって言っても周りからだけですから!僕は普通科が一番強いと思ってますし!だから、締まって行きましょう!僕らは勝利さえすれば相手の科からの協力を得られますし!さらに戦力アップに期待できますからね!」

 鋳鶴は円陣の中央に自分の右腕を差し出した。しかし、誰も彼の行動には乗り気を見せず、むしろ恥ずかしがっている者や呆気にとられている者も見て取れる。

「いや……、流石にそこまでするのは恥ずかしいぞ……」

「えぇ!?」

「僕もね?恥ずかしながらそう思うよ……?」

 鋳鶴以外の面々がそう言った仕草や表情を見せる中、鋳鶴は無理矢理全員の片手を引っ張り出し、自分の手の上に重ねさせる。

「こういうの好きなんです!いいからやりましょ!」

 鋳鶴に無理矢理引っ張られたからには全員がその様子と意気揚々とした鋳鶴に折れて、手を重ねた。

 そして鋳鶴の掛け声と共に全員が腕を一気に押し込んで、一気に振り上げる。やってみれば全員笑顔で最初の気恥ずかしさやプライドとは何だったのか、という表情をしていた。

「「俺も微力ながら協力させてもらうからな。此処には10人分の腕があるという事を忘れてくれるな」」

「「勿論ですよ。思いっ切りこき使うから覚悟しておいてくださいね。回復役としても攻撃役としてもじゃんじゃん呼び出しますからね」」

「「魔族使いが荒いな。まぁ構わんが、開始直前まで同調を始めるが、構わんかね?」」

「「はい。皆もそれぞれ準備がありますから、僕もおっさんと同調を高めようかと思ってましたし、丁度いいですね」」

「「なら、話は早い。さぁ、同調を始めよう」」

 それぞれが機械科との対面となる十分後に向けて武器や能力の確認を行う。その中で鋳鶴は椅子に腰かけて目を瞑った。



―――――機械科控室―――――



 普通科と同様、それぞれが準備を始めていた。

「さてと、今日は絶対に勝つでありますよ!」

「えぇ……。この芳賀三姉妹……。全身全霊で金城会長の力になります……」

「はい!茶々姉同様、この初尽力させていただきますよ!」

「私も金城会長のお力に成れるように頑張ります。お姉様二人にも負けない様、これからも上級生の皆様を支える力になります!」

「全く、マザーコンピュータを体育大会の選手へ登録とは……。全く、大胆な事を考えるものだ。だが、全身真っピンクというのはいただけないな」

 マザーは両手を広げたまま四人に近づいて全身を見せる。しかし、女性陣は誰一人マザーの姿をおかしいと思う者は存在しない。

「やっぱりピンクが一番良しでありますなぁ」

「沙耶、君の趣味は時たまに私と合わないのは重々承知の上ではあったが……、私としてはもう少しシックなデザインの方が良かったと思う」

 マザーの意見がそれ以降、取り入れられる事はなかった。しかし、マザーにとっては沙耶、茶々、初、江は全員娘の様なもの。彼に表情こそはないもののきっと、あの四人が体育大会に向けて熱くなっている事は至上の喜びだろう。

 彼女らの事を気遣ってか、マザーはそのまま開始時間になるまで沈黙を貫き、出来るだけ彼女らの邪魔をしない事を心掛けた。


三夜目の投稿になります!明日も連続投稿するのでよろしくお願いします!

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